『エリス緊急来日』






麗らかな陽射しの射すとある休日。
暇を持て余していた大学生になった恭也は、誰もいない家で鳴った電話を取る。
すると、そこから聞こえてきた声は、恭也の愛しい人の声だった。
自然と弛む口元を押さえ、恭也は話し掛ける。

「どうしたんだ、エリス」

その恭也の声に答える声は、少し慌てており、それを感じ取った恭也は不審な顔になる。

「恭也か。すまないが、すぐに空港に来れるか」

「ああ、別に問題ないが。何かあったのか」

「ああ。少し困った事が起こってな。恭也、頼む、力を貸してくれ」

エリスの言葉に、一も二もなく頷くと、恭也は車のキーを持ってすぐさま家を出るのだった。
空港に着いた恭也は、エリスの姿を探して辺りを見回す。
その前にエリスが現われる。
二人は暫らく見詰め合うと、ゆっくりと口を開く。

「久し振りだな」

「ええ。恭也は元気だった」

「ああ。エリスは?」

「うん。私も元気と言えば、元気かな」

微妙な言い回しをするエリスに、どういう事かと尋ねようとした所で、周囲の視線を感じる。
エリスは帽子を深く被っているが、そこから覗く綺麗な金髪やその双眸、顔立ちで男性の目を引き、恭也は女性の気を引いていた。

「とりあえず、移動するか」

「そうだね」

二人は頷くと、そそくさとその場を後にした。
高町家へ恭也の運転する車で向う道中、恭也は助手席に座るエリスに尋ねる。

「で、一体何があったんだ?」

「ああ。実は、少し困った事が起こって、恭也以外に頼る人がいないんだ」

エリスの言葉に、若干嬉しさを感じながらも真剣な顔つきで尋ねる。

「どうしたんだ。護衛か何かか?」

恭也の言葉に首を横に振る。

「そうじゃないんだ。その……」

言い淀むエリスに対し、恭也は力強く言う。

「何をそんなに不安そうな顔をしているんだ?話してくれ。
 エリスの為だったら、何だってするぞ」

その言葉に決心したのか、エリスは顔を上げる。

「その前に、一つだけ約束して欲しいんだ」

「何だ?」

「私の事を嫌いにならないで…」

不安そうな顔で小さくなる声で、必死に言う。
それを見て、柔らかく微笑みと、

「そんな事ある訳ないだろう」

「そ、そうか。それを聞いて安心したよ。実は…」

そう言ってエリスは、まだ被ったままだった帽子を脱ぐ。

「エリス……、それは……」

恭也の視線の先、エリスの頭の上にはネコの形をした耳があった。

「恭也、前!」

エリスの声に我に返ると、恭也は前を見る。
それから空いているスペースを見つけ、そこへ車を止める。
それから、ゆっくりとエリスを見る。
見られて恥ずかしいのか、エリスのネコ耳がピクピクと動く。
いや、もしかしたら単に音に反応しているだけかもしれないが。

「本物なのか…?」

「うん。ある程度、自分の意志で動かせるし、触ると感触も…」

恭也はじっとエリスの耳を見詰める。
そんな恭也の様子に不安になったのか。エリスは潤んだ瞳で恭也を見詰める。

「やっぱり、こんな女の子は嫌?」

「うっ!」

エリスに見詰められ、恭也の動悸が跳ね上がる。
それを押さえつけるようにしながら、

「そんな事はない。どんな姿になってもエリスはエリスだ。それに……」

「それに?」

「その、結構、可愛いと思う」

恭也は恥ずかしそうにそっぽを向いて、そっと呟く。
しかし、その声ははっきりとエリスに聞こえており、エリスは嬉しそうに笑みを浮かべると、恭也に首に抱き付く。

「ありがとう、恭也」

「ああ」

そんなエリスの髪を撫でながら、恭也は気になった事を尋ねる。

「所で、それが生えた事によって、何か影響は出てないのか?」

「うん。特には。あ、でも、少し感情が出やすいと言うか、押さえにくいと言うか。
 後、表情がよく変わっていると言われた」

エリスの言葉に成るほどと頷く。

「しかし、何で突然そんな事に」

「それが分からないの。だから、恭也の所に来たんだけどね。
 あ、勿論それだけじゃないのよ。長期休暇が取れたから、恭也の所には行こうと思ってたの。
 その矢先の事だったから」

それだけの事に、慌てたように言うエリスがおかしくて、恭也はそっと抱きしめる。
エリスは小さな呟きを洩らしたが、恭也に身を任せされるがままになる。

「分かってるよ。会えて嬉しい」

「私も」

暫らくお互いの温もりを感じた後、そっと離れる。
それから少し不安そうな顔で、

「元に戻れるかな?」

「大丈夫だ。その手の事に詳しそうな知り合いが二人程いる」

恭也は脳裏に、忍と那美を思い浮かべながら答える。
その答えに安堵の笑みを浮かべるエリスに対し、恭也は切り出す。

「所でエリス。その耳に少し触ってもいいか?」

「えっと…うん、恭也だったら良いよ」

恭也の言葉に恥ずかしそうに俯きながら、エリスは答える。
エリスの了承を受け、恭也はそっとエリスのネコ耳に手を伸ばす。
触れた瞬間、ビクッと身を強張らすが、それもすぐに落ち着き、恭也がそっと撫でるのを気持ち良さそうな表情で見ている。
やがて、エリスの目がとろんとしだす。
そして、妙に甘えたような艶かしい声を出す。

「恭也〜」

「どうしたんだ、エリス」

エリスの声にどぎまぎしながら、恭也が尋ねる。
エリスは恭也の首元にしがみ付くと、匂いを付けてマーキングするかのように鼻先や頬を擦りつける。
そして、体をうずうずと疼かせる。

「何か尻尾がモゾモゾするの」

「尻尾まであるのか」

「うん。恭也、尻尾出しても良い?」

「ちょっと待て。尻尾を出すと言う事は…。だ、駄目だ」

「いや〜ん、モゾモゾする〜。外に出したい〜」

「わ、分かったから、少し待ってくれ」

恭也はエリスを離すと、車を発進させる。
運転中の恭也に、エリスは纏わり付く。

「エ、エリス、危ないから」

「いや〜」

言いながら、エリスは恭也の首筋を味見するかのように舐め上げる。

「くっ。本当に危ないって」

「にゃ〜」

殆ど猫化してじゃれ付いてくるエリスを何とか押さえながら、恭也は車をとある建物の駐車場へと入れる。
それから数時間後、恭也は再び車を発進させ高町家へと向う。
その車中で、エリスは恥ずかしそうに頬を染める。

「ごめんね、恭也」

「まあ、気にするな。途中で、その、理性を無くした俺も悪かった」

「…確かにね」

「おい」

エリスが頷くのを見て、恭也は思わず声に出す。
そんな恭也を見ながら、エリスは更に顔を赤くする。

「だって、恭也ったら…。私の尻尾や耳よりも、恭也の方が獣よね」

「………仕方がないだろう。そ、その、好きな人にあそこまで抱きつかれた上に、あんな顔をされたら。
 そ、それに、尻尾を触っただけで、あんな声を出すエリスも悪い」

「うっ。べ、別に好きで出した訳じゃないわよ。第一、自分で触ったり、他の人に触られた時は何ともなかったんだもん。
 多分、恭也に触られたから、好きな人だから、あんな風になっただけよ」

恭也はエリスの言葉に嬉しさを感じながらも、聞き逃せない一言を聞き、エリスに尋ねる。

「他の人が触ったというのは…」

恭也が少し憮然とした顔で尋ねるのを見て、エリスは言いたい事が分かったのか笑みを浮かべる。

「大丈夫よ。女性だけだし、それにズボンも穿いてたから」

「別にそんな事は気にしてない」

そう言って、運転に集中する振りをする。
そんな恭也を見詰めながら、

「ふふ。恭也も焼きもちを焼くんだ」

と、楽しそうに語る。
それを横目で見ながら、恭也は言う。

「悪かったな。だけど、例えみっともなくても、エリスに俺以外の男が触るのは我慢できないんだ」

それを聞き、エリスの顔に満面の笑みが浮ぶ。

「全然、みっともなくないよ。私はそう言ってくれて嬉しいよ」

そう言うと、エリスは恭也の頬にキスをする。

「しかし、今のエリスをかーさんたちが見たら…」

「やっぱり驚くよね」

「いや、それは大丈夫だろう。まあ、驚くかも知れないが、そういった事の耐性は一般の人たちよりもあるしな。
 問題は別の所だ」

恭也の言葉に首を傾げるエリス。

「別の所?」

「ああ。きっとエリスの耳とかを触りまくって、なかなか離そうとしないだろうな」

何となく想像が出来たのか、エリスは困ったような笑みを浮かべる。

「ティオレさんと同じ様な反応しそうだもんね」

「ああ」

二人して溜め息を吐く。
吐いた所で、どうにもならないのだが。

「まあ、それは兎も角、無事に元に戻れるといいな」

「ええ。でも、恭也は少し残念とか思わない?」

「何を言ってるんだ」

「だって、さっきの恭也、いつも以上に…」

「その話は止めてくれ…」

恭也は恥ずかしそうに言う。そして、改めて真剣な顔つきになると、

「さっきも言っただろう。どんな姿でもエリスはエリスだって。
 それに、元に戻ったって、エリスは充分に……、その、可愛いし、綺麗だから」

恭也は顔を赤くしながら、前を見て言う。
その言葉にエリスも顔を赤くしつつ俯き、嬉しそうな笑みを浮かべる。

「ありがとう」

エリスの言葉に、恭也は無言だったが、それが照れているだけだとエリスにはよく分かった。
だから、それ以上は何も言わず、そっと恭也の手に自分の手を重ねる。

「まあ、色々とあるけど、とりあえずは休暇で来たんだし、その間は恭也に甘えさせてもらうからね」

「ああ、分かっている」

「後、恭也も甘えてよね」

「…まあ、それなりにな」

恭也の返答に、苦笑を浮かべつつ、エリスはポツリと呟く。

「愛してるわよ、恭也」

「俺もだ」

二人は軽く唇を合わせるのだった。







おわり




<あとがき>

エリスSS遂に完成です。
美姫 「ああ、予告から早幾年…」
こらこら、そこまでじゃないって。
美姫 「でも、遅かったのは確かよね」
まあな。猫耳エリスが浮んで、書き始めたは良いが、途中で止まったまま。
別に書けなかった訳じゃないんだが、ついつい後回しにしてしまったと。
美姫 「それがやっと出来上がったのよね〜」
うん、良かった良かった。
美姫 「さて、今回はこの辺で…」
お開き!





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