『続々々・神咲対抗恭也争奪大会』
休日の高町家。
と言っても、特に普段と変わった様子もなく……。
変わった様子もなく……。変わった……。
何故か、朝から神咲の者たちが浮かれている事を除けば、特に変わった様子はなかった。
朝食もそろそろ終ろうかという時、恭也が声を掛ける。
「では、皆さんの準備が整い次第、出掛けることにしましょう」
その言葉に、薫たちが頷く。
「では、私は当初の予定通り、のんびりと過ごす事に致します」
「すいません、十六夜さん」
「いえ、恭也様がお気になさる事ではありませんから。それに、のんびりと過ごすのも悪くはないですから」
そう言って微笑む十六夜。
そんな中、なのはが恭也へと話し掛ける。
「お兄ちゃん、私も一緒に行ってもいい?」
「ん?何か欲しい物でもあるのか」
「別にそういう訳じゃないけど。今年は夏休みに入ってから、お兄ちゃんと出かけた事がなかったから」
なのはの言葉に恭也は少し照れたようにしながら、
「出掛けると言っても、デパートに行くだけだぞ」
「それでも良いの。駄目?」
なのはに尋ねられ、恭也は薫たちを見る。
今日の約束は、薫たちとしたものだから、一応聞いてみようというのだろう。
「薫さんたちは構いませんか?」
「うちは別に構わんよ」
「うちも」
「私もなのはちゃんなら、大歓迎ですよ」
「なのはと一緒♪」
那美も頷き、特に反対はないようだったので、恭也はなのはに言う。
「そういう訳だから、良いぞ」
「ありがとう!」
なのはは恭也だけでなく、薫たちにも礼を言うと、すぐさま出掛ける準備をするために、久遠と一緒に部屋へと向う。
そんななのはの後ろ姿を嬉しそうに見送る恭也を、薫たちは見詰めながら、胸中で同じ事を思っていた。
(恭也(さん)(くん)は、なのはちゃんに甘いから。
将を射んと欲すれば、まず馬を……)
そんな薫たちの胸中など知らず、恭也はまだ食事をしている美由希たちへと視線を向ける。
「美由希たちはどうする?一緒に行くか?」
恭也のこの台詞に、美由希たちは首を横に振る。
「私は、今日は庭の花壇の手入れをするから」
「うちは既に約束がありますんで」
「俺も同じくです」
「そうか。なら、仕方がないな。じゃあ、俺も準備してきますので、皆さんも準備が終ったらここに」
恭也はそう言うと、その場から去って行く。
同じ様に、薫たちも部屋へと戻り、出掛ける準備を始めるのだった。
デパートに着いた七人は、まず薫たちの服を買う為に女性服のフロアへと向う。
暫らく時が流れ、恭也はベンチでなのは、久遠と共に座り、休憩していた。
(どうして、女性はこうも長いんだろう……)
恭也は少し離れた先で、あれこれと悩んでいる薫たちを眺めながらそんな事を考えていたが、
ふと横でジュースを飲んでいるなのはに声を掛ける。
「なのはは何か買うものはないのか?」
「うーん、特にないかな」
少し考え、そう答える。
それに頷き、再び前に視線を戻すと、薫がすぐ近くまで来ていた。
「どうかしましたか?」
「うん。幾つかに絞ったんだけど、決められなくて。良かったら、恭也くんが見て、決めてくれん?」
「俺が、ですか?しかし……」
何か言おうとした恭也の背中を、なのはが押すようにして立たせる。
「お兄ちゃん。薫さんは、お兄ちゃんに選んで欲しいんだよ。
だから、お兄ちゃんが良いと思った物を選べば良いんだよ」
「しかし、俺はそういった事はあまり詳しく……」
「だから、それは良いんです!分かりましたか?分かったら、さっさと行きなさい。
じゃあ、薫さん、こんな兄ですけど、どうぞ連れて行ってください」
「あ、ありがとう、なのはちゃん」
薫は苦笑しつつ、恭也を連れて行く。
「なのはちゃん、かなりしっかりしてるね」
「はぁ。
どうも俺や美由希が小さい頃から剣術をしていて、あまりかまってやれなかった所為か、やけに大人びていると言うか……」
「まあ、なのはちゃんのお陰で、恭也くんに決めてもらえるんだから、感謝しないとね」
「そうですか?」
「そうじゃよ」
恭也の言葉に、薫は頷くと先程まで悩んでいた場所へと連れて行く。
そこから三着ほど服を取ると、試着室へと向う。
「じゃあ、着替えるから少し待ってて」
「はい」
恭也は居心地が悪そうにしながらも、頷くと薫が着替えるのを待つ。
カーテン越しに、微かに聞こえた服の生地が擦れるような音に、恭也は妙に落ち着かなくなり、
試着室に背中を向けると、店内に流れる音楽に意識を集中させる。
やがて、後ろからカーテンの開く音と共に薫の声がする。
「お、お待たせ。これなんだけど、どうかな」
薫が見せたのは、薄いブルーのサマードレスだった。
「………………」
薫の姿に、恭也は言葉を忘れ、しばし見惚れる。
それを不安に感じたのか、薫が声を掛ける。
「や、やっぱり、うちにこういうのは似合わないかな……」
「そ、そんな事ないですよ。よく似合ってます」
「本当?」
「はい」
恭也を見て、嘘を言ってないと分かると、薫は嬉しそうな、それでいてどこか照れたような笑みを浮かべる。
「じゃあ、次のに着替えるから」
そう言って、カーテンを閉める。
その後、二回ほど同じ事を繰り返し、薫は試着室から出てくる。
「どれが良かった?」
「俺は、最初のやつが良いと思いましたけど。
その、とても似合っていて綺麗でした」
恭也は赤くなりつつ、正直に答える。
また薫も、恭也の言葉に赤くなる。
「じゃ、じゃあ、これにするね。会計を済ませてくるから」
そう言うと、薫は火照る頬を押さえながらレジへと向う。
それを見送った恭也の元へ、葉弓たちがやってくる。
「恭也さん、私のも決めてください」
「恭也、うちも!」
「恭也さん、私も」
詰め寄る三人に結局逆らえず、恭也は葉弓たちの服も選ぶ事となった。
買い物を終えた薫たちは、やけに上機嫌な様子で、恭也はほっと胸を撫で下ろす。
と、恭也は時計を取り出して時間を見ると、
「もう昼過ぎですね」
「そんな時間になってたんや」
「楓の言う通り、全く気付かなかった」
「とりあえず、昼にしますか。ここには、飲食店たくさんありますから、何かしらあるでしょう」
恭也の提案に特に反対もなく、そのまま飲食店のフロアへと向う。
そこでは、昼を周ったばかりということもあり、どの店も混んでいた。
「さて、どうしましょうか」
「そうですね。とりあえず一回りして、空いている所に入るというのは」
葉弓の意見に、全員が賛成する。
「じゃあ、誰か一人に荷物番を頼んで、二手に分かれようか。その方が早そうやし」
楓の言葉に、薫がそれを引き受ける。
「じゃあ、うちが荷物番をしとくよ」
「薫さん一人だと大変でしょうから、俺も残ります」
「だ、大丈夫じゃよ」
「でも、全員分の荷物となると、多いですし、重いですから」
結局、恭也の言葉に引き下がる形となる薫だったが、その表情は嬉しそうだった。
片や、楓たちは不満そうな顔を見せる。
そんな中、真っ先に葉弓が動き出した。
「じゃあ、薫ちゃんお願いね。なのはちゃん、一緒に行きましょうか」
「はい、葉弓さん」
薫に荷物を渡すと、葉弓はなのはの手を取る。
それを見ながら、楓たちは、
(葉弓さん、何て抜け目のない……)
と思っていたとか。
「仕方がないな。じゃあ、那美と久遠はうちと一緒に行くで」
「うん」
楓と那美、久遠は葉弓たちとは逆の方向から周って行く。
全員を見送り、恭也と薫は少し離れた所にあるベンチへと向う。
その途中、急に薫の手が握られる。
薫は驚いて、そちらを見ると、そこには小さな女の子がいた。
同じ様に薫を見て、驚いた顔をすると、すぐさま泣きそうな顔になる。
「ママじゃない……」
どうやら母親と間違えたようであった。
薫は困ったような顔をしながらも、しゃがみこんで女の子に視線を合わせる。
「お母さんとはぐれてしまったんじゃね」
途端、女の子の顔が歪む。
その女の子が泣き出すよりも先に、薫は女の子の頭に手を置き、優しく撫でてあげる。
「大丈夫よ、心配なか。うちがお母さんの所まで連れて行ってあげるからね」
「本当?」
「ああ」
薫は女の子に笑いかけながら、そう言うと立ち上がる。
「ごめん、恭也くん。そういう訳だから……」
最後まで言う前に、恭也がそれを遮る。
「一緒に探しましょう」
「……そうじゃね」
薫と恭也は、一緒に母親を探す事にする。
恭也は荷物を両手に持ち、薫は女の子の手を繋ぐ。
「どこに行ったと思う?」
「そうですね。薫さんを母親と間違えたということは、ついさっきまでは一緒だったって事でしょう。
だとしたら、まだこの近くじゃ」
恭也の言葉に頷くと、薫たちはその周辺を探し回る。
それから数分もしないうちに、女の子の母親が見つかる。
二人は何度も母親にお礼を言われつつ、照れた顔をしていた。
その親子の去り際、女の子が薫たちの方を振り向き手を振る。
それに応え、小さくてを振る薫に向って、
「お兄ちゃん、お姉ちゃんありがとう!二人とも、仲良くね」
無邪気に笑いながら去ってく姿を見ながら、何となく照れながら二人は顔を見合わせ微笑み合う。
そこへ、
「恭也さん、薫ちゃん、今の言葉はどういう事かしら?」
「うちも聞きたいな」
「私も凄く興味あります」
いつの間にいたのか、葉弓たちが背後に立っていた。
恭也たちは、とりあえず空いている店に入り、食事をしながら、先程の事を説明するのだった。
昼食も何とか終えた頃、今度はなのはと久遠の服を買う為に子供服売り場へと向う。
「私は別に……」
「良いから、良いから。久遠のものを買うついでだし」
最初は遠慮していたなのはだったが、楓たちの言葉に甘える事にする。
なのはの服は比較的早く決まり、会計を済ませたのだが、未だに久遠の分がまだだった。
それと言うのも、なのはと違い久遠は服の事が良く分からず、自分の意見を言わなかったからである。
その為、葉弓たちが久遠を着せ替え人形のようにして、色んな服を試着させては楽しんでいた。
恭也となのはは少し離れたベンチに腰掛け、その様子を遠巻きに見ていた。
そこへ薫がやって来て、なのはの隣に座る。
「薫さんは、一緒にやらないんですか?」
恭也の言葉に、薫は疲れたような笑みを浮かべる。
「あのパワーには、流石についていけん」
そんな薫を見て、恭也となのはは顔を見合わせて笑みを浮かべる。
一方、葉弓たちは恭也と薫が一緒にいるのを見るが、なのはもいるという事で安心し、久遠に新たな服を着せて楽しむ。
久遠は、何度かなのはの元に行こうとするのだが、葉弓たちに囲まれ、そこから逃げ出す事が出来ず、今はただ大人しくしていた。
恭也と薫だけだったら、そんなに話す事もなく静かな時が流れたかもしれないが、
二人の間にいたなのはが、二人の代わりに次々と話をしていく。
もっぱら二人は、そんななのはの話の聞き役をしていた。
なのはは恭也と一緒にいられることが嬉しいのか、いつもよりも少しはしゃいだ感じで、嬉しそうな表情で話をする。
そんななのはを見て、恭也も知らず目を細める。
また薫も、そんな二人を見て心和んだ表情を浮かべ、時折柔らかい笑みが覗いていた。
そんな恭也たちを余所に、葉弓たちは久遠にひたすら服を着せては、喜びの声を上げる。
そんな葉弓たちの耳に、とある夫婦の会話が聞こえてくる。
「ほら、あなた。あそこのご家族。とても仲が良さそうじゃない」
「うん?ああ、本当だな。あの子のお父さんもお母さんも、若く見えるな」
「本当よね。それも含めて羨ましいわ。私たちも、生まれてくるこの子と一緒に、あんな風になれたら良いわね」
「そうだね。あ、赤ちゃん用の服はあっちみたいだな」
そう言いながら、その夫婦は仲良さそうに去って行く。
その言葉を聞いた葉弓たちは、怨めがましい視線を薫へと向ける。
それを感じたのか、薫は背筋に寒いものを感じ、身を震わせる。
「薫さん、どうかしましたか?」
「いや、何か寒気を感じたような気がしただけじゃから。多分、気のせいかと……」
恭也は最後まで聞かず、手を薫の額に当てる。
「別に熱は……。ん?少し熱くなった気がしますね」
「い、いや、これは違うから。だ、大丈夫じゃよ」
「本当ですか?」
「あ、ああ」
疑わしそうに見る恭也と、間近で顔を覗き込まれ、顔を真っ赤にする薫。
そんな二人の間に、なのはが割り込む。
「ほら、お兄ちゃんがそういう事するからでしょう」
「何を言ってるんだ?」
「良いから!薫さんは本当に大丈夫なの」
なのはの強い口調に、薫の様子を伺う。
そこで薫も頷くのを見て、恭也は意味が分からないながらも納得する。
「全くおにいちゃんは……」
未だブツブツと文句を言っているなのはを見ながら、薫は安心したような、少し残念だったような複雑な顔をするのだった。
それらを見ていた葉弓たちは、
(薫ちゃんんんんんんんん〜〜〜〜!!)
悪霊などから人々を守るはずの退魔士たちが、揃って呪い殺しそうな目つきで薫を見ていた。
その隙に、久遠はなのはの元へと逃げる事に成功したのだった。
おわり
<あとがき>
アルさんの49万Hitリクエストで、神咲対抗恭也争奪大会の続きです。
美姫 「薫メインというリクエストでしたので、今回は薫が結構良い目にあってます」
ここまで来ると、争奪大会じゃなくて、争奪戦だな。
美姫 「まあ、最初は短編のつもりで大会の賞品が恭也っていう話だったからね」
この次は、一体誰がメインに来るのか。
美姫 「葉弓さんか、那美か。それとも、久遠?今回、殆ど出番のなかった十六夜さんか?」
それは全くの不明!
美姫 「そんな訳で、また次回……って、どんな訳だ!」
ぐぼらばぁぁぁ〜〜!
美姫 「ふぅ〜〜。じゃあ、またね♪」