『続々々々・神咲対抗恭也争奪大会』






神咲に連なる者たちの目に見えない闘いと、その根底にある好意に気付かない鈍感な一人の男によって、
その被害は周りの者たちへと広がっていく。
まあ、目に見える被害ではなく精神的な疲労によるものが多々ではあったが。
そんな訳で、ここ最近は休日になると、家人たちは家を留守にする事が多かった。
この日の休日も、同じ様な感じであった。
少しだけ違うのは、那美は美由希と、久遠はなのはと出掛けており、薫、楓の二人には仕事が入っていた事だった。
その為、今現在高町家には恭也と葉弓の二人しかいなかった。
例によって盆栽の手入れをしていた恭也の元へ、葉弓がやって来て声を掛ける。

「恭也さん、もうそろそろお昼ですので、何か用意しますけど、何かリクエストはありますか?」

葉弓の言葉に恭也はしばし考え込み、結局何でも良いですと答える。
それを聞き、葉弓は少し苦笑しつつ、指先を顎に当てて考え込む。

「そう言われると困りますね〜。うーんと、冷蔵庫の中には……」

葉弓は冷蔵庫の中に入っている物を思い出しながら、何を作るか考える。
そんな葉弓に、盆栽の一つに鋏を入れ終えた恭也が言う。

「すいません。葉弓さんは料理が上手で、作られる物はどれも美味しいのでつい、何でもと」

その言葉を聞き、葉弓は嬉しそうに微笑む。

「そうですか。それは嬉しい言葉ですね。では、私は昼食の用意をしてきますので、これで。
 出来上がったら、お呼びしますね」

いそいそとその場を去って行く葉弓の背に、楽しみにしていますと声を掛けると、恭也は再び盆栽と向かい合うのだった。



昼食を終え、リビングでのんびりと茶を啜る恭也の元へ、食器を洗い終えた葉弓がやって来て隣に座る。
のんびりとお茶を啜る音だけがリビングに響く中、葉弓が話し出す。

「恭也さん、この後は何かご予定とかは?」

「特にありませんけど」

「そうですか。じゃあ、ちょっと待ってて下さいね」

葉弓はそう言うと、恭也をその場に残し、立ち去る。
程なくして戻ってきた葉弓の手には何やら握られており、再び葉弓は恭也の横に腰を降ろすと、自分の足を軽く2、3度叩く。

「さ、恭也さん」

「……えっと」

葉弓の求めている事を理解しつつも、躊躇う恭也。
そんな恭也にお構いなく、葉弓は中々行動に移らない恭也に焦れたのか、その頭を掴むと無理矢理足の上へと乗せる。
頭を上げ、抗議の声を上げようとする恭也の頭を押さえつつ、先に声を出す。

「動くと危ないですよー」

そう言って、葉弓は恭也の耳に何かを突っ込む。
耳の中に異物を入れられ、恭也はとりあえず大人しくすると、口を開く。

「えっと……、これって」

恭也は既に分かりきった事を念のためか、尋ねる。
それに対し、葉弓は恭也からは見えないが、満面の笑みを浮かべて答える。

「はい、耳掃除です♪前から一度やってみたかったんです」

「他人の耳掃除をですか?」

「いいえ、恭也さんの耳を、ですよ」

恭也の名前を強調するように言うと、葉弓は恭也の耳を掃除していく。
恭也も何か言おうとするが、思った以上に気持ちよく口を噤む。

(まあ、誰もいない事だし……)

恭也はそう思い直すと、肩から力を抜き、大人しく葉弓にされるままにする。

「どこか痒い所とかはないですかー?」

「はい、特にありませんね」

「そうですか」

恭也は目を閉じながら、そう答える。
葉弓は丁寧に恭也の耳を掃除しながら、恭也の顔をチラチラと見る。

(こんな距離でゆっくりと恭也さんの顔を眺める事が出来るなんて……。
 それに、私の足に恭也さんの頭が。……足に掛かる体重がとても心地良いです)

葉弓は嬉しそうに恭也の耳を掃除していく。
恭也の方も気持ち良いのだろう、少しうとうとし出す。
ある程度掃除した所で、葉弓は恭也の耳元にそっと囁くようにして言葉を投げる。

「気持ち良いですか?」

これに対し、恭也はまどろみに身を任せたまま、思った事をそのまま口にしてしまう。

「はい、気持ち良いですよ。耳掃除もですが、葉弓さんの柔らかい感触や体温がとても心地良いです」

その言葉に葉弓は赤くなるが、言った本人は何を言ったのか分かっていないのか、気持ち良さそうな顔のまま目を瞑っている。
暫らく照れて固まっていた葉弓に対し、恭也は急に動きが止まった事を不思議に思い、固めを開けて葉弓を見る。
赤くなっている葉弓と目が合うと、葉弓はぎこちなく笑みを浮かべる。
そこにきて、恭也は自分の言動を振り返り、先程の台詞を思い出す。

「え、えっと、あ、あれはですね……」

何か言おうとするのだが、何も言えず、口からは言葉にならない言葉だけが出る。
そんな恭也を見て、逆に落ち着きを取り戻したのか、葉弓は小さく笑みを零す。

「大丈夫ですよ、恭也さん。落ち着いてください」

葉弓の言葉に、恭也は深呼吸を数度し、落ち着きを取り戻す。

「えっと、先程の事は……」

弁明しようとする恭也の口に指を当てて言葉を遮ると、

「今度は逆の耳をしますので、反対側を向いてください」

そう言って、恭也の顔を体ごと自分の方へと向けさせる。
その行為に大人しく従い、恭也は向きを変えると再び葉弓の膝に頭を置く。
そして、葉弓は逆側の耳も同じ様に掃除し始める。
暫らく無言だったが、不意に葉弓が話し出す。

「先程の言葉、ちょっと嬉しかったですよ」

言葉の真意が分からず、恭也は葉弓を見ようとするが、耳掃除の最中の為、それは出来ず、
ただその声から特に気にしていないようだと分かり、とりあえずは胸を撫で下ろす。
少し冷静になった所で、恭也の視界に葉弓の体が映る。
急に恥ずかしくなり、視線をあちこちに彷徨わせていると、その視線が少し上を向く。
そこには、女性特有の曲線が描かれた柔らかい物体があり、程よい大きさのソレを下から見て恭也は頬が赤くなるのを自覚する。
慌てて視線から逸らすものの、一度気になったものはそう簡単に頭から離れず、目を瞑ったものの、頭の中に何度も再生される。
葉弓はそんな恭也の様子に気付いていたが、特に何も言わず、ただ笑みを深めるだけだった。
暫らくして、耳掃除を終えた後も、葉弓は恭也に膝枕をしていた。
当初、断わった恭也だったが、その時にあまりにも悲しそうな顔をするので、大人しくされるがままとなる。
後頭部に感じる葉弓の感触を誤魔化すように、上から見下ろしてくる葉弓を見ながら、恭也は口を開く。

「足、痛くないですか?」

「いえ、全然問題ないですよ。寧ろ、心地良いぐらいです」

そう言って、葉弓は恭也の髪を撫でる。

「恭也さんの髪、サラサラですね」

「そうですか?自分では分かりませんけど。髪と言えば、葉弓さんの髪はとても綺麗ですよね」

「そうですか、ありがとうございます。でも、ちょっと長過ぎたりしませんか?
 少し切った方が良いでしょうか」

「そんな事はないですよ。その、とても似合ってますし」

「恭也さんがそう仰るんでしたら、このままにしておきますね」

葉弓は嬉しそうに告げる。
それを聞きながら、恭也は知らず葉弓の髪に手を伸ばし、それに触れると指でそっと弄ぶ。
特に言葉もなく、そのまま穏やかな時間が流れていく。
そのうち、どちらともなく微睡み始め、いつしか眠りへとつくのだった。



暫らくして、恭也は物音に目を覚ます。
そっと目を開けると、なのはがいつの間にか帰ってきており、久遠と二人でこちらを見ていた。

「なのは、帰っていたのか」

「うん。珍しいね、お兄ちゃんが気付かないって」

「そうだな……。随分と久し振りにゆっくりと寝た」

そう言って起き上がろうとした恭也を、なのはが小さな声で止める。

「お兄ちゃん、今動いたら葉弓さんを起こしちゃうよ」

その言葉に、恭也はまだ葉弓に膝枕をされたままである事に気付く。
一瞬、慌てるが、恭也は葉弓を起こさないように気を付けながら、そっと呼吸を繰り返す。

「他に誰か帰ってきてるのか?」

「ううん」

「そうか」

なのはにしか見られてない事に安堵しながら、恭也はこの状況をどうしたものか考える。
少し可哀相な気もするが、葉弓を起こす事に決めて声を掛けようとする。

「お兄ちゃん、葉弓さんも疲れているみたいだし、寝かせといてあげようよ」

「し、しかし……」

何か言おうとするが、無言のなのはに睨まれ、恭也は大人しく頷く。

「仕方がない。起こさないようにそっと」

恭也は葉弓を起こさないように気を付けながら、そっと体を起こそうとする。

「お兄ちゃんはそのまま」

「いや、しかし……」

「いいから」

なのははそう言うと、毛布を持ってきて葉弓と恭也に掛ける。

「お兄ちゃんも疲れているんだから、もう少し休まないと」

「いや、休むなら部屋で休むから」

「だーめ。だって、葉弓さんが起きちゃうもん。それに……」

なのははそう言って微笑むと、久遠を胸に抱いて恭也の毛布に潜り込む。

「な、なのは!?」

「しー!静かに」

人差し指を口に当てて、なのはは注意する。
それに頷き、恭也は小声でなのはに話し掛ける。

「どういうつもりだ、なのは」

「私もくーちゃんも疲れてるの」

「だったら、こんな所で寝ないで部屋でちゃんと……」

「お兄ちゃんと寝るのも久し振りだし。駄目?」

なのはにお願いされ、更にはそのなのはの胸の中で、同じ様に訴えかけてくる狐姿の久遠を見て、恭也は大人しくなる。
それを了承と受け取ったのか、なのはは嬉しそうに恭也の胸に頬を寄せると目を閉じる。
そのなのはに抱かれる形で、久遠も丸まり目を閉じる。
暫らくすると、二人(一人と一匹)から、規則正しい寝息が聞こえてきた。
それを見ながら、恭也は小声で葉弓に話し掛ける。

「葉弓さん、起きてますよね」

それに答えるように、葉弓は目をそっと開く。

「いつ、気付きました?」

「ついさっきです。なのはが俺の所に潜り込んだ時に、目を覚ましたみたいだったんで」

恭也の言葉に、葉弓は正解ですと小さく笑ってみせる。

「だったら、どうして起きなかったんですか?」

「だって、私が起きたら、折角恭也さんと寝れると喜んでいたなのはちゃんをがっかりさせてしまうでしょう?」

恭也は否定せず、違う事を口にする。

「優しいですね、葉弓さんは」

「そんな事はないですよ。(それに、寝たふりをしてれば、もう少し恭也さんに膝枕をして差し上げれますから)」

そんな葉弓の胸中など知らず、恭也は話を続ける。

「すいません葉弓さん。どうやら長い間、膝をお借りしていたみたいで。もう大丈夫ですから」

そう言って、恭也は頭だけを上げようとする。
そんな恭也の頭をそっと手で押さえ、

「もう少しお貸ししてますよ」

「でも、それだと葉弓さんが疲れるんじゃ」

「私なら、大丈夫ですよ。それに、私も気持ち良いですから」

「してもらっている俺は兎も角、している葉弓さんが?」

「ええ。程よい重みと温もりを感じますから。
 それに……手を伸ばせば届く距離に恭也さんがいる事が

後半部分を聞き取れず訪ね返す恭也に、葉弓は内緒と笑顔で答えるだけだった。
こうして、恭也は葉弓の言葉に甘える形で、再び膝枕状態に戻る。
恭也は片手でなのはの頭を、もう片方の手で久遠を撫でながら、再び眠りへと落ちていく。
そんな恭也の顔を眺めながら、恭也の髪を優しく撫でる葉弓の顔はとても幸せそうだった。







結局、全員が戻るまで目を覚まさなかったなのはのお陰で、この事態は全員が知るところとなり、
また一波乱起こるのだが、それはまた別のお話。





おわり




<あとがき>

夜多狗さんから52万Hitリクエストで、神咲対抗恭也争奪大会の続きです。
美姫 「今回は葉弓さんメイン!」
そうです。葉弓さんがメインです。
と言うよりも、葉弓さんしか出てきてないし。
美姫 「なのはや久遠は出てるわよ」
ま、まあ、そうなんだけど。
と、とりあえず、完成!
美姫 「………………」
完成!
美姫 「……………………」
完成!
美姫 「……………………」
うぅー、無言のプレッシャーは止めて(泣)
美姫 「さて、浩が凹んだ所で……」
こらこらこら。
美姫 「ちっ。立ち直りが早いわね」
楽天家と言ってくれ!
美姫 「はいはい、馬鹿言ってないの」
さ、寂しい……。
美姫 「じゃあ、またね♪」
また!





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