『澄清日常』






ある日の休日、高町恭也は翠屋の手伝いをしていた。
昼を回り、大分落ち着いたものの、店内にはまだまだ客の姿があった。
恭也はフロアにいる客を一通り眺め回し、特に用のありそうな人もいないようだったので、一息つく。
そんな折、ドアベルが音を立て、新たな来客を告げる。
恭也が出るよりも早く、バイトの子が先に向かったため、恭也は水を用意する。
少女が案内したのと入れ替わるように、恭也はメニューと水の入ったグラスをその客のテーブルへと置く。
凄く慣れた動きで、自然と流れるように動いていた動作が、客の姿を見た途端、急に止まる。
そんな恭也の様子には気付かず、席に座った客は笑みを浮かべて恭也の名前を呼ぶ。

「やっほー、恭也」

何の悩みもなさそうなその笑みに、恭也はため息を吐き出すと、ゆっくりと口を開く。

「で、何の用だアルク」

「そんな言い方はないんじゃない?私はお客様よ」

「……それは大変申し訳ございませんでした。それで、どういったご用件でしょうか」

「恭也が今日はバイトって言ってたから、来てみたの」

再び出そうになるため息を堪え、恭也は営業スマイルを浮かべる。

「では、メニューがお決まりしましたら、お呼びください」

「うん、分かったわ」

バイトの邪魔をしに来たのではなく、本当に客として来た様子のアルクェイドに恭也はすまないような顔を向ける。
が、すぐに元の顔へと戻ると奥へと向う。
一方のアルクェイドは、メニューを真剣に見て何かを悩んだ後、近くの女の子に声を掛ける。
その子と少し会話した後、その子は奥へと入って行く。
恭也は他のテーブルの客に水を注ぎ足しながら、それを横目で伺う。
恭也の視線に気付いたのか、アルクェイドはこちらを向くと小さく手を振る。
それに応えることなく、恭也は背を向ける。
単に恥ずかしいだけなのだが、アルクェイドは面白くなさそうな顔をして、
恭也にあっかんべーとすると、睨むようにその背中を見詰める。
その視線を感じつつも、恭也は知らない振りを決め込む。
そんなアルクェイドの元へ、奥から桃子がやって来る。
二人は笑顔で何やら話し始め、恭也は不安を覚えてそちらを見る。
その視線に気付いているのか、いないのか、二人は特上の笑みを浮かべる。
そのまま桃子は奥へと戻り、アルクェイドは楽しそうに頬杖をつくと、わざとらしく恭也の方を見る。

「あれ、恭也どうしたの?仕事中じゃないの?」

「ああ、そうなんだが。さっき、かーさんと何を話していた?」

「べっつにー。大した事は話してないよ。どうして?」

「いや、それなら良いんだが」

「ほらほら、さっさと仕事に戻りなさいよ。ほら、呼ばれてるわよ」

アルクェイドの指差す先では、客の一人が確かに呼んでいた。
恭也は不安を抱えつつ、そちらへと向うのだった。
そして、その不安は数分後に的中する。
奥から呼ばれ、そちらへと向うと、桃子がそこに待っていた。

「はい、これアルクェイドちゃんの頼んだ奴ね。あと、アンタの分」

そう言って、桃子はトレーの上にコーヒーを乗せる。

「俺の分とは?」

「休憩時間よ」

他に何か企んでいないか、恭也は訝し気な視線を向ける。
それを受け、桃子は拗ねたように言う。

「何よ。その何か企んでいないか探るような視線は。別に私は良いのよ。
 折角、恋人のアルクェイドちゃんが来たから、休憩時間を作って、
 少しでも二人でいられるようにという母心が分からないのなら」

「…………」

それでも尚、疑わしそうな目を向ける恭也の頭を軽く叩く。

「アンタってば。良いわよ、良いわよ。どうせ私は信用されてないんだわ。
 しくしく。こうなったら、帰ってなのはに愚痴を聞いてもらうわ。
 その時、ある事ない事言ってしまうかもしれないけど、それは仕方ないわよね……」

「くっ。俺が、悪かった。と、とりあえず、これを持っていてそのまま休憩にすれば良いんだろう」

恭也の言葉に、桃子は笑顔で頷く。

「そうよ」

「では、いってくる」

その背中に向って、桃子は声を掛ける。

「頑張ってね〜」

桃子のよく分からない声援を背中に受けつつ、恭也はアルクェイドの待つ席へと向う。
恭也が来たのを見て、アルクェイドは嬉しそうに笑みを浮かべる。

「ほら」

「ありがとう!」

恭也はアルクェイドの向かい側に腰を降ろすと、コーヒーを一口啜る。
アルクェイドは恭也の持って来たパフェを目の前に、じっと恭也を見詰める。

「?食べないのか?」

「うん、食べるけどね……。はい、恭也、これ」

そう言ってアルクェイドは恭也の手にスプーンを握らせる。

「俺は甘い物が苦手なんだが」

「知ってるわよ」

「だったら……」

恭也に最後まで言わせず、アルクェイドは片手で制する。

「だ・か・ら〜、私が食べるのよ」

「食べれば良いだろう?」

「む〜」

スプーンをアルクェイドに返そうとする恭也に対し、アルクェイドは頬を膨らませる。

「そうじゃないのよ!」

本気で不思議そうな顔をする恭也に、アルクェイドは呆れたような顔を見せた後、口を開ける。

「食べさせて。ほら、あ〜ん」

「……はい?」

「もう、早くしてよね」

そう言ってもう一度口を開けようとするアルクェイドを恭也は制する。

「何よ」

「何で俺が食べさせないといけないんだ」

拗ねたように言うアルクェイドに、恭也が当然のように疑問をぶつける。
それを聞き、アルクェイドは恥ずかしそうに俯くと、小さな声で呟く。

「絶対に笑わない?」

「……ああ」

「今の間が気になるけど、まあ良いわ。
 あのね……、この間美由希に借りた本をね、昨日読んでたのよ。
 そしたら、そういった場面があったの。恋人同士がそうやって食べさせ合っているシーンが……。
 だから、私も恭也としてみたかったの……、その……えっと……」

アルクェイドは話しているうちに恥ずかしくなったのか、少し頬を染めると更に俯く。
言われた恭也も、誤魔化すように天上を見上げ、ため息を吐く。
それを勘違いしたのか、アルクェイドは肩を落とす。

「だって、こんな気持ちになったのは恭也が初めてだったんだもん。
 だから、そういったのを見て、憧れるというか羨ましいと思ったのよ。
 今まで、そんな事思ったこともした事もないんだもん」

「…………ほら」

恭也はスプーンで目の前に置かれたパフェを掬うと、アルクェイドの前に差し出す。
一瞬驚いたような顔をするアルクェイドだったが、すぐに笑みを浮かべるとそれを口へと含む。

「うん、美味しい。次はそっちのイチゴが食べたいな」

アルクェイドの言葉に従い、恭也はそれをスプーンに乗せるとアルクェイドの口元へと運ぶ。

「アルク、口元にクリームがついてる」

「ん?」

恭也の言葉にアルクェイドは舌を出してそれを舐め取る。
その仕草に恭也は視線を逸らす事が出来ず、思わずアルクェイドの口元からチロリと除く赤い舌を見詰める。
視線に気付いたのか、アルクェイドが不思議そうな顔で見てくるのを誤魔化すように、
恭也はスプーンでパフェを掬うと、アルクェイドへと差し出す。
それを口にした後、アルクェイドは恭也の手からスプーンを取り上げる。
やっと開放されたと胸を撫で下ろす恭也の目の前に、クリームの付いたフルーツが差し出される。

「……何の真似だ」

「今度は恭也の番よ。はい、あ〜ん」

「俺はいい。遠慮する」

「何でよ〜」

「良いから、自分で食べろ」

「どうしても食べてくれないの」

アルクェイドは悲しそうに恭也を見詰める。
そんなアルクェイドの顔を見て、恭也は内心で臍を噛む思いに囚われる。

(その顔は反則だぞ……)

そんな事を思いつつ、恭也は仕方なく口を開ける。
そこへ、アルクェイドが嬉しそうにスプーンを運ぶのだった。

「ねえねえ、美味しい?」

「あ、ああ」

「でしょう。いつもよりも美味しく感じるよね」

本当にそう思っているのだろう、満面な笑みを浮かべながら、アルクェイドは恭也に語り掛ける。
その笑顔を眺めつつ、恭也はやっぱり自分はアルクェイドには敵わないと痛感する。

(駄目だ。アルクェイドのこんな表情を見るためなら、俺は何でもしてしまうんだろうな……。
 こいつにこんなにも惚れた時点で、俺の負けか……。まあ、こんな負けなら良いか)

そんな事を思いつつ、恭也の顔にも笑みが浮ぶ。
それを見て、アルクェイドは再び嬉しそうに微笑を浮かべると、恭也の口元に再びスプーンを運ぶ。
恭也は大人しくそれを口に入れる。

「あっ」

「どうしたアルク」

「うん。恭也、ちょっと」

アルクェイドが内緒話でもするかのように恭也を手招きする。
それに誘われるまま恭也は身を乗り出し、アルクェイドへと顔を近づける。
お互いの息が掛かるほど顔を近づけた後、アルクェイドは恭也の口元を舐める。

「なっ!」

これには流石に驚いた恭也は、慌てて顔を離すと、アルクェイドへと話し掛ける。

「な、な、何を……」

「ん?クリームがついてたから」

平然と言いつつも、アルクェイドの顔は少し赤くなっていた。
それに気付いたのか、恭也は自分を落ち着かせるようにコーヒーを一口啜る。

「そ、そうか。ありがとう」

「どういたしまして。さて、次は恭也が私に食べさせる番だね」

そう言って今度は恭也にスプーンを渡し、それを受け取った恭也は諦めたのか素直にアルクェイドに食べさせるのだった。
それを陰で見ていた従業員たちから、同じように隠れて見ていた桃子へと声が掛けられる。

「店長〜、あの領域に近づけません〜〜」

「店長、他のお客さんも目のやり場に困っているみたいなんですけど」

「あっちのお客さんは、明らかにお二人の空気に邪魔されて、席を立てないみたいなんですけど〜」

「って言うか、二人とも周りのことを綺麗さっぱり忘れているみたいなんですけど……」

『どうしましょう、店長〜』

「あ、あははははは。まさか、こんな事になるとは思ってもいなかったわ。
 桃子さんもびっくりよ。でも、あの恭也がね〜。いやー、変われば変わるもんね〜」

『店長、笑い事じゃないですよ〜』

従業員の言葉が見事に重なる。
この後、桃子は松尾さんに襟首を掴まれ、厨房へと連れて行かれ、
従業員たちは、恭也とアルクェイドの周りを避けるように仕事をこなしていくのだった。
そんな周囲の騒ぎとは無縁で、恭也とアルクェイドは楽しそうに時を過ごしていった。

「恭也と一緒なら、何でも楽しいね♪」

そう笑顔で語るアルクェイドに、恭也は俺もだと口には出さずに告げる。
だが、アルクェイドにはそれが聞こえているのか、意味ありげな笑みを浮かべるのだった。
そんな笑みを見ながら、恭也はやっぱり敵わないと再認識しつつ、それに心地良さも感じているのだった。







後日、翠屋の裏メニューとして、パフェを食べさせてもらえるという品があると噂が立ち、
連日のようにありもしないメニューを求めてやって来る客が増えたとか。





おわり




<あとがき>

フィンさんからの61万Hitきりリクです。
美姫 「恭也とアルクェイドのほのぼの、ラブラブよね」
そうです。
ほのぼの、ラブラブになってるかな。
美姫 「多分、なってると思うけど、これ以上を求められていたら知らないわよ」
うぅ〜。脅すなよ。ただでさえ、完成が遅いんだから。
美姫 「そう言えば、そうよね。これは、お仕置きが必要よね」
しまった!薮蛇?
美姫 「くすくす。合法的にお仕置きが出来るわ」
いや、合法的って何か違うし。
そもそも、理由がなくてもお前はするじゃないか!
美姫 「くすくす。何も聞こえませーん」
くっ!何て都合の良い耳を。
美姫 「羨ましいでしょう〜。じゃあ、羨んだまま飛びなさい」
逃げ……、防御!
って、あっさり貫通?グゲルボッポーーーーーー!!!!!
やっぱり月は丸かったーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!
美姫 「ふっ。露と消え、夢幻と化すがいいわ。
    じゃあ、またね♪」





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