『刻まれし時』






リリアン女学園の薔薇の館へと続く道を二人の女性が歩いていた。
長く柔らかそうな髪を揺らしながら優雅に歩く姿は、まるで西洋人形のようであり、
その横を歩くショートの髪の少女は、日本人形を思わせた。
二人のうち、日本人形を思わせるほうがもう一人の少女へと話し掛ける。

「お姉さま、少しお聞きしても宜しいですか?」

「どうしたの、乃梨子。改まって。私に答えられる事なら良いわよ」

西洋人形──志摩子の許可を貰い、乃梨子は尋ねる。

「お姉さま、その時計は?」

「うん?これ?これがどうかしたの?」

志摩子は腕につけている時計を、乃梨子の方へと向けながら尋ね返す。

「いえ。ただ、妙にそれだけが浮いていると言うか、お姉さまには合っていないと言うか」

しどろもどろになって言う乃梨子を微笑ましく眺めつつ、志摩子は遠くを見つめながらゆっくりと語り出す。
それは、乃梨子に話すと言うよりは、ここにはいない誰かに向かって、そして、自分の気持ちを確かめるように。

「これはね、とても大事な、本当に大事な約束の証なのよ」

そう言いながら志摩子は、その腕時計を愛しそうにそっと撫でる。
その顔を見て、乃梨子は見ず知らないその人物に焼きもちにも似た感情を抱くが、
本当に嬉しそうに語る志摩子の顔を見て、敵わないなとそっと溜め息を吐く。

「どうしたの、乃梨子」

「悔しいけど、私にはお姉さまにそんな顔をさせる事は出来きないです」

乃梨子の台詞に志摩子は優しく微笑みを浮かべると、その髪にそっと触れる。

「乃梨子は乃梨子よ。恭也さんとは違うわ。だから、そんな顔をしないで。
 乃梨子には乃梨子にしか出来ない事があって、私もそれに助けられているんだから。
 乃梨子はたった一人の大事な私の妹よ」

志摩子の言葉を嬉しく思いつつ、そんな事を恥ずかし気もなくあっさりとと言う志摩子に、乃梨子は感心すら覚える。
そして、たったそれだけの事でさっきまでのもやもやとした気持ちが嘘のように消えている事に、改めて志摩子の凄さを実感する。
尤も、当の本人はそんな自覚など無いのだろうが。
また、それぐらいの事であっさりと立ち直る自分の単純さに、乃梨子は呆れるのだった。
それを誤魔化すように、乃梨子は先程、志摩子の言葉に出てきた男性のものと思われる名前について尋ねる。
途端、志摩子は頬を染め、慌て始める。

「え、えっとね。恭也さんと仰るのは…。その、大体半年程前にうちに来た方で……。
 あ、でも女性と言うわけではなくて、その視察と言うか、本当は別の理由があって来られたんだけど、色々と事情があって……」

そんな初めてと言えるような志摩子の反応に驚きつつ、そんな仕草を可愛いと思う乃梨子。
しかし、このままでは話が進まないと思ったのか、乃梨子は何とか志摩子を落ち着かせようとする。
それから数分後、ようやく落ち着いた志摩子は改めて恭也について話し出すのだった。

「恭也さんとは、子供の頃にも一度会っていたのよ。
 それで、ここで再会したの。その時に昔、交わした約束をもう一度交わしたの。
 この時計はね、その約束の証」

そう言うと志摩子は、再びその時計をそっと撫でる。
そんな志摩子の横顔に、乃梨子は思わず言葉をなくして見惚れてしまう。
乃梨子の視線に気付いたのか、乃梨子はばつが悪そうな顔をして、何でもないと言うと歩き始める。
そんな乃梨子に首を傾げつつも、横に並んで歩き出す。

「そういえば、その約束って何なんですか?」

乃梨子の何気ない疑問に、志摩子は顔を真っ赤に染め上げる。

「そ、それは……。まあ、それは良いじゃない、ね」

言い淀む志摩子に乃梨子は益々興味を抱き、しつこく尋ね始める。

「乃梨子、何だか由乃さんみたい…」

迫り来る迫力に耐え切れず、志摩子は思わずそう口走る。
それを聞いた途端、乃梨子は大人しくなると呟く。

「うっ。それは…。あ、別に由乃さまが嫌いだとかそういう事ではないですよ。
 ただ、自分がお姉さまに、聞きたい事を遠慮なく尋ねているのかと思っただけで…」

「分かっているから落ち着いて。
 とりあえず、その答えはまた今度ね。時間がある時にでも。
 ほら、今日はもう薔薇の館に着いてしまったもの」

志摩子の言う通り、二人の目の前にはいつの間にか薔薇の館の扉が聳え立っていた。
志摩子の言葉に乃梨子は頷くと、一応のために念押しをしてから扉を開ける。

「今度教えて下さいね」

「ええ、また今度ね」

くすくすと笑い声をあげながら、志摩子も薔薇の館へと入って行く。
二人で並んで階段を上り、乃梨子がビスケット扉を開ける。
中には既に二人以外のメンバーは揃っているようで、志摩子を見た祥子が声を掛ける。

「丁度良かったわ、志摩子。あなたにお客様よ」

「私にですか?一体、どなた……」

祥子の言葉に首を傾げつつ、部屋へと入室した志摩子は、その視界に見えた人物を見て、思わず持っていた鞄を落とす。
そして、震える声でその名を口にした。

「恭也さん……?」

「志摩子、久し振り」

極普通に挨拶する恭也に対し、志摩子は何を言って良いのか分からずその場に立ち尽くす。
そんな志摩子に、祥子が声を掛ける。

「志摩子、とりあえず席に着いたら」

「え、ええ」

祥子に言われ、志摩子は席に着く。
乃梨子はとりあえず志摩子の鞄を拾い上げると、そのまま志摩子の横へと座る。

「あ、ごめんなさい。ありがとう乃梨子」

「いえ」

礼を言う志摩子に笑みを返し、乃梨子は志摩子を挟んで横に座るりながら、祥子たちと話をしている恭也へと視線を移す。
それを見て、自分以外とは知り合いらしいと分かり、徐に口を開く。

「あの、宜しいでしょうか」

小さく手を上げて尋ねる乃梨子に、令がどうぞと口を開ける。
それを受け、乃梨子はゆっくりと言う。

「こちらの方は男性に見えるんですが、一体何故リリアンに?」

「そうね…」

祥子は暫らく考えた後、乃梨子へと説明を始める。

「今日、何故ここにいらっしゃったのかは、私たちもまだ聞いてないから分からないわ。
 ただ、志摩子に会いに来たのは間違いないみたいだけどね。
 で、こちらは高町恭也さんと仰って、まあ色々とあって私たちとは知り合いなの。
 それで、特別に薔薇の館だけならって事で許可したのよ」

「はあ」

その言葉に頷く乃梨子へと、恭也が話し掛ける。

「高町恭也です、よろしく」

「あ、はい。二条乃梨子です」

お互いに挨拶をしていると、やっと正気に戻った志摩子が恭也へと尋ねる。

「それで、恭也さんはどうしてここに…」

恭也はその志摩子の言葉に首を傾げ、先程までの志摩子の態度を思い出す。

「ひょっとして、志摩子も何も聞いてないのか?」

「えっと、私も聞いてないというのは?」

「いや、俺は今日ここに来るようにしか言われてないんだが。
 てっきり、志摩子が何かを知っているのかと」

「いえ、私は何も?それよりも、言われたとは、どなたにですか?」

「志摩子のお父さんからだが…」

「父がですか」

嫌な予感を感じつつ、志摩子は確認のため尋ねる。
どうか聞き間違いであって欲しいという願いを込めて。
しかし、無情にも恭也はあっさりと頷き、それを肯定する。

「じゃあ、一体?」

「他には何も言ってなかったんですか?」

「ああ。行けば分かるとしか。だから、てっきり志摩子が知っているのかと…」

「いえ、私も」

二人して首を傾げている所へ、恭也の携帯電話が着信を知らせる。
恭也は携帯電話を取り出すと、電話に出る。

「あ、恭也〜」

「かーさんか、どうしたんだ?」

「うん。そこに志摩子ちゃんはいるの?」

「ああ。いるけど」

春休みの終わり頃に全員で一度遊びに行き、高町家の面々とは面識のある一同は、黙って恭也の電話が終るのを待つ。

「ああ。………はっ?ちょっと待て。一体何を企んで……あ」

桃子が言いたい事だけ言って電話を切ったのだろう、恭也は頭を抱える。
そんな恭也に、説明を求めるように視線を向ける志摩子。
それに気付き、恭也はしんどそうな口調で説明を始める。

「よく分からんが、かーさんもこっちに来ているらしい」

「ひょっとして道に迷われたとか?」

「いや、今志摩子の家にいるらしい」

この言葉に、志摩子だけでなく祥子たちも驚く。
そんな祥子たちを見ながら、恭也は苦々しく答える。

「かーさんのあの声は絶対に何か企んでいるに決まっている。嫌な予感が……」

「他にも何か仰っていたんですか?」

尋ねてくる志摩子に、恭也は苦笑しつつ答える。

「ああ。出来るだけ早くに志摩子の家に来るようにと。
 後、志摩子だけでなく、祥子たちも一緒にと」

「私たちも?」

「ええ」

突如上がった自分達にの名に、祥子たちは驚くが、こうしていても仕方がないという事で立ち上がる

「まあ、今日は特にする事もありませんから、今から志摩子の家に行く事にしましょうか」

この祥子の言葉に反対する者もおらず、一同は揃って志摩子の家へと行く事となったのだった。
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  ◇ ◇ ◇





志摩子の家へと着いた一行は、玄関から中へとあがる。

「居間にいると言ってたから、こっちだな」

先行して歩いて行く恭也の背中へ、乃梨子が不思議そうに声を投げる。

「恭也さん、どうして場所を知っているんですか?」

言われ、全員が不思議そうに恭也と志摩子を見詰める中、恭也は口を開く。

「……前に来た事があるからな。それよりも、ここだ」

誤魔化すように恭也は居間へと通じる戸に手を掛ける。
用心しつつ、そっと引き戸を開ける。
途端、クラッカーが鳴らされる。
呆気に取られる一同の中から、恭也と志摩子の腕が桃子に掴まれ、上座へと連れて行かれる。

「これは?」

どうにか声を出し、この現状の説明を求める恭也に志摩子の父親が話し掛ける。

「見ての通り、祝いの席じゃ。さあさあ、皆さんもどうぞ。空いている所に座ってください」

言われ、祥子たちも腰を落ち着かせる。
しかし、その顔は未だに不思議そうではあったが。
そんな一同に説明するように、桃子と志摩子の父親が代わる代わる語り出す。

「これは、恭也と志摩子ちゃん二人のお祝いよ」

「そういう事」

「だって、二人ともあんな約束してるのに、それを桃子さんに言わないんだもの」

「駄目だよ、恭也くん。ちゃんと言わないと」

「桃子さん、志摩子ちゃんのお父さんに聞いて初めて知ったのよ。ショックだわ〜。よよよ」

「まあ、そんな訳でお祝いをしようという事になってね。
 その準備が終わるまで、恭也くんに志摩子の所に行ってもらって訳だよ」

代わる代わる言う二人を制し、恭也が桃子へと尋ねる。

「だから、結局何なんだ、これは」

「何って、二人の婚約パーティー」

「ああ、そういう事か……って、ちょっと待て!」

桃子の言葉に志摩子は顔を赤くし、恭也は慌てる。
祥子たちは話の展開に付いていけていないのか、茫然としたまま二人を見ている。

「だって、二人ともそういう約束したんでしょう?」

恭也の態度に不思議そうに尋ねる桃子に恭也は頷きながら、口を挟む。

「それはそうだが、何故それを知っているんだ」

「だから、志摩子ちゃんのお父さんに聞いて」

恭也は隣で照れている志摩子へと視線を向け、言ったかどうか確認する。
それに対し、志摩子は小さく首を振る。
そんな二人を見ながら、志摩子の父が口を開く。

「二人とも、覚えていないのかな?その約束をした時に、他に誰かいただろう?」

「「あっ!」」

二人して思い出したのか、志摩子の父を見るとにやりと笑みを浮かべていた。
いや、正確には覚えてはいたのだが、すっかり忘れていた二人だった。

「そういう事。志摩子の様子や恭也くんがここに来た時に一目見て、分かったよ」

その言葉に納得した二人とは違い、祥子たちは驚いたように二人を見る。

「ど、どういう事、志摩子さん」

由乃の言葉を皮切りに、全員が恭也と志摩子を見詰める。
そんな中、乃梨子は一人納得したように呟く。

「ああ、お姉さまが言ってた約束ってこの事だったんですね」

「の、乃梨子!」

何とも間の悪い呟きに、志摩子は声をあげるが、祥子たちが詳しい話を乃梨子から聞き出す。
そして二人へと視線を戻すと、祥子が尋ねる。

「それで、その約束って何かしら?」

楽しそうに尋ねる祥子に、由乃が祐巳に耳打ちする。

「祥子さま、段々と先代の薔薇さま方に似てきてない?」

「あ、あはははは」

「それを言うのなら、令さまも同じかと」

乃梨子の言葉を示すように、令も楽しそうな顔で恭也と志摩子に事情を求めている所だった。

「まあ、既に何かは分かっているんだけど、一応本人の口から直接確認しないとね」

観念したのか二人は話し出す。

「前に志摩子と俺が小さい頃に会っていたという話はしましたよね」

確認するように尋ねる恭也に、全員が頷いて見せる。
それを見て、恭也は続ける。

「それで分かれる時に、志摩子と約束をしたんですよ」

「そ、それが恭也さんのお嫁さんになるといった感じのもので…」

恥ずかしさからか、呟くように小さな声で話す志摩子。
その後を継いで、恭也が語る。

「で、この前の事件の後、別れる時にその約束を果たすという約束をして別れたんだ」

「それで、何度か恭也さんがこっちに来られた時に話して、私が卒業してから話すことにしようと。
 それなのに……」

志摩子は何ともいえない表情で、自分の父へと視線を送る。
送られた本人は、いたって平然として笑みを浮かべていたが。
説明を聞き、祥子は一つ頷くと、笑みを浮かべる。

「おめでとう、志摩子」

祥子に続き、令の口からも祝いの言葉を聞き、志摩子は嬉しそうに微笑む。
それにつられるように、祐巳たちも口々に志摩子へと言葉を投げる。
志摩子は照れつつも嬉しそうにはにかみながら、その言葉を受け取っていく。
その横で、恭也は何とも言えない表情を浮かべていた。

「恭也さんは、嬉しくないんですか?」

そんな恭也に志摩子が尋ねる。
勿論、それが恭也の照れ隠しだと分かっていて、そう尋ねる。
志摩子が分かっていて尋ねてきている事を知りつつも、泣きそうな顔で上目遣いで見られ、恭也は首を横に振る。

「そんな事はない。俺も、嬉しいよ」

少し赤くなりながら、志摩子から視線を逸らして恭也は答える。
そんな恭也の様子に、周りからも苦笑が零れる。
志摩子はそっと恭也の顔に手を伸ばし、自分の方へと向き直らせて、改めて問い直す。

「もう一度、ちゃんと言って下さい」

「……意外と強引だな」

「言って欲しいんです。駄目ですか」

至近距離で志摩子を見詰めながら、恭也はそっと呟く。

「俺も嬉しいよ」

そっと微笑みながら呟いた言葉に、志摩子も笑みを返す。
それを見ながら、恭也は続ける。

「志摩子、愛してる」

そう言って、志摩子の返事も待たずにその唇をそっと塞ぐのだった。
周りからどよめきが上がる中、志摩子はそっと目を瞑り、唇から伝わるその温もりにそっと身を委ねるのだった。





おわり




<あとがき>

大変長らくお待たせしました。
ショウさんの70万Hitリクエストです。
美姫 「リクエストは恭也X志摩子だったわよね」
おう!始めは違う展開だったんだが、最終的に出来上がったのはマリとら志摩子ENDの後日談に。
美姫 「計画性の無さが伺えるわね」
そ、そんな事はないぞ。冒頭の乃梨子とのやり取りは最初からあったんだから。
美姫 「じゃあ、最初からマリとらの後日談の予定だったんじゃ」
いや、違うんだな〜。
乃梨子と志摩子のやり取りはあったんだが、それ以降の話がなかったんだ。
それと、後日談を書く気がなかった。
そこへ、たまたま恭也X志摩子のリクが来たんで、こうなったと。
美姫 「なるほどね。まあ、確かにリクSSに完結した長編の後日談とかは無理って言ってたもんね」
あはははは。今回は、たまたまこうなったけどな。
美姫 「それにしても、遅い!遅すぎるわ!」
ゆ、許して〜〜。
美姫 「駄目よ。久し振りにお仕置きね♪」
やけに活き活きと……。
美姫 「フフフ。いっくわよ〜〜」
ま、待てと言うに!
美姫 「離空紅流、鳳焔舞!」
ぐげるぴょ〜〜!!
美姫 「……フッ。悪は滅びたわ。じゃあ、またね♪」





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