『新たな日々、変わらぬ日々』






朝の光がうっすらと窓の隙間から差し込む。
部屋の中に敷かれた一つの布団がもぞもぞと動き、布団の主が目を覚ます。
恭也はゆっくりと起き上がろうとして、腕に掛かる重さにその動きを止める。
傍らを見れば、恭也の腕を枕に眠る愛しい妻の寝顔が目に飛び込む。
彼女も恭也と同じく朝は早いのだが、今日はまだ夢の中らしい。
恭也はそんな薫のあどけない寝顔に笑顔を零しつつ、まあ仕方がないかと再び身を横たえる。
その仕草が腕から伝わったのか、薫は「んっ」と小さく声を出し、少しだけ身を動かすが、
すぐに眠りやすい場所を見つけたのか、恭也の腕に頭を置いたまま、恭也へと擦り寄るとそのまま眠りに落ちる。
恭也は薫の髪を起こさないように慎重に手で掬い取ると、
昨日、新婚旅行から帰ってきたばかりで疲れているだろう薫を、もう少し寝かせてあげようとその寝顔を見詰める。
薫の寝顔を見ているうちに、恭也も段々と睡魔に襲われ、彼にしては珍しくそのまま二度寝をするのだった。

あれからどのぐらい経ったのか、恭也は軽く身体を揺すられる感触にゆっくりと目を開ける。
目を開けて飛び込んで来たのは、既に着替えて手にお玉を持った薫の姿だった。

「おはよう、恭也」

「…ああ、おはよう。どうやら、薫の寝顔を見ているうちに、俺も眠ってしまったようだな」

「寝顔って。は、恥ずかしいな。そんなのを見ても、何も面白くないのに…」

「いや、そんな事はなかったぞ。かなり可愛いかった」

恭也の言葉に照れて赤くなる頬を一度撫でると、薫は恭也へと顔を近づけ、悪戯っぽく笑うる。

「まあ、うちも恭也の寝顔を見たから良いけど…」

「それこそ、面白くもないだろう」

「そげん事はないよ。それよりも、もうすぐ朝食が出来るから」

「ああ、分かった」

そう返事を返しながらも目を閉じる恭也に、薫は何も言わず元々近くで覗き込むようにしていた顔を更に近づける。

「んっ。……それじゃあ、鍋を火にかけているから。
 恭也もすぐに」

「ああ、分かった」

やや顔を赤くして足早に部屋を出て行く薫の背を見詰めながら、恭也は上半身を起こして伸びをすると、
さっさと着替えを済まして、洗面所へと向かうのだった。



「「頂きます」」

二人同時に手を合わせてそう言うと、恭也は最初に味噌汁を手に取る。
それをやや不安そうに見詰める薫の前でそれを口にする。

「うん。美味しい」

「そう、良かった。ちゃんと恭也の好きな味になっているのか不安だったから」

「そんなに気にしなくても、薫の料理の腕は充分に素晴らしいって。
 それに、今までだって薫の料理は食べていたんだから」

「だけど、やっぱり不安は不安だったんよ」

「なら、もう大丈夫だな」

「まだまだよ。他にも色々と勉強しないと」

「そんな必要はないと思うが。まあ、薫がしたいのなら、無理には止めないさ。
 でも…」

何か言おうとした恭也の言葉を察し、薫はその言葉を取るように頷きながら言う。

「無理はしない事、じゃろ?」

「そういう事」

「分かってるよ」

そんな会話をしながら、朝食の時間はゆっくりと流れて行く。
その後、朝食を終えた二人は、出掛けるまでの時間ゆっくりと過ごし、出掛ける時間になると揃って玄関へと向かう。

「それじゃあ、行こうか」

「うん」

薫は恭也の頬へと口付け、お返しとばかりに恭也も薫の頬へと返す。
最後にお互いの唇に軽く触れるように口付けると、二人は戸締りをして外へと出る。
お互いに表の仕事は翠屋となっており、今日はそっちの仕事のため、揃って出掛ける。
恭也と薫は腕を組みながら歩く。

「にしても、まさか自分が父さんと同じような事をするとは思ってなかった…」

「それって、士郎さんや桃子さんも同じような事をしてたって事?」

「ああ。かーさんと再婚してからずっと、出掛ける時はしてたな」

「それは、恭也くんや美由希ちゃんたちの前でも?」

「ああ。本当に仲の良い二人だと感心と呆れが混じった目で見ていたな」

「…うちらも、子供がいても出来るぐらい仲良くいたいね」

「まあ、流石に恥ずかしいが、薫が望むなら」

「うん」

お互いに柔らかい雰囲気を纏いつつ、二人は商店街を歩いて行く。



閑静な住宅街の中を歩けば、家々から夕食の匂いが微かに漂ってくる。
そんな時刻、ここ神咲家も夕食の時間を迎えていた。
日本家屋の外見にそぐわしい畳敷きの居間にある卓袱台に料理が並ぶ。

「はい、恭也」

「ああ、ありがとう薫」

薫は茶碗にご飯を装うと恭也へと手渡し、自分の茶碗にもご飯を装う。
恭也は薫の準備が終わるのを待つと、手を合わせて頂きますと言い、早速目の前のおかずへと箸を伸ばす。
それを何処か不安そうに、それでいて何処か楽しそうに見守るように見ていた薫は、

「どう? 桃子さんから教わったんだけれど?」

「ああ、美味しいよ」

そう言って柔らかく微笑み合う二人。
これだけを見れば、初々しさを感じさせる若い夫婦の夕餉の一時といった所である。
そう、ここだけを見れば。
恭也と薫は極力お互いのみを見るようにして食事を進める。
が、次第に恭也の顔が険しくなり、肩を震わせ、遂にその動きが止まる。
恭也は叫びたくなるのを堪え、ゆっくりと搾り出すように言葉を発する。

「……で、お前たちは毎度、毎度、人様の家の夕食時に何をしに来ているんだ?」

そう呟く恭也の言葉を聞き流すように、手に箸を握り、口に入っていた煮物を飲み込んだ美由希が口を開く。

「薫さん、私はもう少し濃い味付けの方が良いです。恭ちゃんもそう思うよね」

「思わん! 俺はこれぐらいが丁度、良いんだ」

「恭ちゃん、飼いならされたら駄目だよ。ちゃんと自分の好みを言わないと」

「言っているだろうが! 大体、料理の一つも満足に出来んお前が何を偉そうに」

「……あ、こっちのおかずは美味しい」

恭也の言葉に聞こえなかった振りをして、次なるおかずを摘む美由希へと何か言おうとした恭也の前に、
二つの皿が差し伸べられる。

「師匠、これ新しいやつなんですが、どうですか?」

「お師匠、うちの新作の料理を食べてみてください!」

晶とレンが揃って差し出す料理を一瞥すると、恭也は溜め息を吐き出す。

「晶、レン…」

「何ですか、師匠。そんな亀のはどうでも良いから、俺のを食べたいんですね」

「何を言ってるか、このおサルが! お師匠は、お前のなんぞいらん、うちのが食べたいと言ってるんや!」

「何だと!」

「なんや!」

二人は卓袱台に皿を置くと立ち上がり、静かに構える。
そんな二人の騒動をのんびりと眺める者が、そも当たり前のように二人の料理に箸をつけつつ、
のほほんとした声で解説をする。

「うんうん。最近は晶も結構、腕を上げたからね〜。レンもうかうかしてられないわね」

「ですよね。でも、まだレンちゃんの方が余裕あるみたいですけど」

その二人の解説者に、恭也は既に何かを言う気力を無くしたのか、ただただ力なくその名を呼ぶ。

「忍、それに那美さんまで…」

恭也の声に、忍はただ黙々と箸を運び、那美は僅かに頭を下げて挨拶をしてくる。
それに挨拶を返しつつも、恭也は頭を抱える仕草を見せる。

「毎度、毎度……」

「ま、まあまあ、恭也」

ぼやく恭也を宥めるように落ち着かせる薫に、美由希たちが一斉に同意するように頷く。
それを半眼で睨みつつ、

「初日だけは何事もなく過ぎたというのに、その日以来、ずっと家に来やがって…」

押しかけてくる美由希たちに辟易といった態度を見せる恭也に、美由希たちは何も言わずに黙々と箸を動かす。
よく見れば、先程まで喧嘩していたはずの晶とレンもいつの間にか座って食べている。
これ見よがしに盛大な溜め息を吐きつつ、恭也も夕食を再開するのだった。



夕食を終えた恭也は、まだ居座ろうとする美由希たちを追い出し、ようやく一息つく。
先程までの騒がしいのが嘘のように静まり返った居間で、恭也と薫は寄り添って座り、
何をするでもなくただ時間が流れるに任せる。
と、不意に恭也の肩に頭を乗せていた薫が口を開く。

「美由希ちゃんたちも恭也が家を出て、寂しいんじゃろうね」

「そうか? あいつらは、単に俺たちの邪魔やからかって楽しんでいるようにしか見えないが」

「まあ、それもあるかもしれんけれど。
 でも、騒がしいけれど楽しいと思っているでしょう」

「まあな。でも、ああいう騒々しいのも確かに良いが、薫と二人でこうしているのも嫌いじゃない」

「うちもおんなじだよ」

恭也は薫の肩をそっと抱き寄せ、薫は静かに目を閉じて身を任せる。
騒々しい毎日ではあるが、それでも二人は確かに幸せを感じていた。
願わくば、騒がしくともこうした日常が続く事を切に祈りつつ。






おわり




<あとがき>

という訳で、銀さんの235万Hitリクエスト〜。
美姫 「恭也と薫の新婚さんもの」
初々しい二人……になっているかな?
美姫 「とりあえあず、こんな感じになりました〜」
リクエストありがとうございます。
美姫 「キリ番おめでとう!」
それでは、この辺で。
美姫 「まったね〜」
ではでは。







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