『変わらぬ日々の中で募る想い』
私、高町なのは。
私立聖祥学園に通う高校一年生。
趣味、特技はお菓子作りにAV機器の操作。
それと……。
数年前の一件で使えるようになった魔法。
とは言っても、日常で使えるような便利なものではなく、あれから一度も使ってはいないけれど。
それでも、今でも、あの時の紅い宝石はこの胸に。
これは、あれが夢じゃなかったって事を証明してくれるものだから。
あの、くーちゃんとリンディさんと一緒に過ごした夏の日の…。
そして、あの男の子と出会った夏の日の…。
あれからも私は変わらぬ日々を過ごし。
本当は、最初の頃はかなり落ち込んでいたみたいで、お兄ちゃんたちが心配そうにしていたんだけど。
それでも、何も聞かずにいてくれて。
皆、いつも通りに接してくれました。
そのお陰で、私もすぐに元気になって。
そうそう、あの日からお母さんから本格的にお菓子作りを教わったんだよ。
今では、お兄ちゃんたちも褒めてくれるぐらいになったんだから。
クロノくんにもいつか、作ってあげるね。
早く、また会えると良いのにね。
はぁ〜。
出せない手紙を綴り、鍵の付いた引出しの奥へと仕舞う。
あの日から、時々書いている手紙も、今ではかなりの量になって来ている。
今も書き終えた手紙をこうして入れて、しっかりと鍵を掛ける。
家の中は休日だというのに静かで、皆、出掛けている。
最近、またこうして思い悩む事が増えているような気がするな。
だめだめ。このままだと、またお兄ちゃんたちに心配掛けちゃう。
私は気分を変えようと出掛けることに決める。
このまま家でうじうじと悩んでいても仕方ないもんね。
そうと決めたら、すぐに準備しよう。
手早く準備を済ませた私は、特にあてもなく歩く。
あ、そうだ、久しぶりにあそこへ行ってみようかな。
うん、それはいい考え。
不意に思いついた事だったけれど、私にはそれが素晴らしい考えのように思えた。
目的地も決まったし、行きますか。
と、その前に、あそこに行くんだったら、寄らないと行けない所が。
私はすぐにでも向かいそうになる足を押さえるように、少しだけ向かう先を変更して歩き出す。
さっきまでとは違い、何だか心が軽くなったよう。
足取りも軽く、私は少し足早にソコへと向かうのでした。
着いた。
私は目の前の石をじっと見詰める。
藤見台にあるお父さんのお墓。
いつ来ても、ここは綺麗で、きっと間を空けず誰かが訪れているんだろう。
私も少しだけお掃除をすると、持ってきたお花とお水を半分お供えして、手を合わせる。
それから立ち上がると、短い間だったけれど、一緒の時間を過ごした親友に、
残り半分のお花とお水をお供えしながら挨拶する。
「久しぶりだね、アリサちゃん。私ももう、高校生だよ」
目を瞑り、私の愚痴を聞いてもらう。
きっと、アリサちゃんはうんざりした顔で、だけれど真剣に聞いてくれるんだろうな。
それで、最後には笑顔で、「元気出しなさいよ」とか言いそう。
あ、本当に言いそうだ。うん、アリサちゃんらしい。
そう考えるとちょっと可笑しくなって、小さく笑みを零す。
さ〜て、アリサちゃんに愚痴も聞いてもらったし。
目を開けて立ち上がった私は、またしてもふと思いつく。
あそこにも行ってみようかな。
…うん、そうしよう。
ここまで来たんだし。
そうと決まれば…。
私はもう一度だけ、ここに眠る親友の女の子とお父さんに挨拶を済ませると、更にここから上がって行く。
ちょっと晴らしの良い草原へと辿り着いた私はそっと目を瞑り、両腕を広げて優しく吹き抜ける風を全身で感じる。
うーん、ここは本当に久しぶりかも。
お父さんやアリサちゃんの所へ何だかんだと言いいつつ、行っていたけれどね。
最後に来たのはいつだっただろうか。
思い出せないほど来てなかったかな。
まあ、良いか。
うーん、いい天気。
顔を上げて空を見上げれば、そこにはあの日と似たような青空がどこまでも広がっていて、
私は自分が空に包み込まれているような錯覚を覚える。
そのままゆっくりとと後ろへと倒れ、草の匂いを胸一杯に吸い込みつつ、それでも空をじっと見詰める。
あれ? あれれ?
ひょっとして、雨?
こんなにも晴れ渡っているのに。
不意に頬を伝う水滴に雨が降っているんだと理解するけれど、私はその場を動かずにまだ空を見上げている。
何処にも雨雲の一つも見当たらないけれど、確かに雨が降っている。
だって、頬を冷たいものが流れていくんだもの。
見上げる青空が滲んで見える。
ぼやける視界で空を見詰めたまま、私は自分が泣いている事をようやく認める。
それを認めたせいか、心の中に押さえきれない想いが言葉となって零れる。
「会いたいよ、クロノくん。あんまり待たせると、忘れちゃうよ…」
呟くように小さく零れた言葉に、私の目は更に滲みそうになる。
それを堪えるように腕を目へと持って行こうとした時、不意に私の独り言に答える声があった。
「出来れば、忘れないで欲しいな。こうして、会いに来たんだし」
聞き覚えのない声。
でも、何処かで聞いたことのある、記憶に引っ掛かる声。
最初は幻聴かと思って呆然としたけれど、すぐに体を起こす。
と、目の前には昔の面影を残しつつも成長した男の子の姿が。
分かる、分かるよ。
面影が残っているし、何より、あの瞳。
優しくて強い輝きを放つ瞳。間違いない、クロノくんだ。
「あ、ああ…」
会ったら何を言おう、何を話そう。
そんな事を色々と考えていて、まずは名前を呼ぼうと決めていたのに、いざ本人を目の前にしたら、
何も浮かんでこない。言葉が出てこない。
すぐ傍まで近づいてきて、触れられるぐらい近くまでやって来ても、まだ私の口からは何も言葉が出てこない。
「ひょっとして、怒ってる?
これでも、かなり早く戻ってきたんだけれど…」
少し困ったように笑うクロノくんを見たら、さっき堪えたものが一気に溢れ出してきた。
驚いたような顔を見せたけれど、すぐにまたあの笑顔を見せてくれて、指で私の涙を拭う。
けれど、私の目から流れ出るソレは、次々と溢れ出して止まらない。
「ク…クロノくんっ……」
掠れたような声で名前を呼び、その胸に顔を埋めて私は嗚咽を洩らす。
嬉しくて、本当に嬉しくて自分で自分の行動を制御できていない。
そんな私の背中をクロノくんは優しくそっと撫でてくれる。
そんな事されたら、また涙が出ちゃうよ。
私は久しぶりに、いっぱい泣いた。
ようやく涙が止まった私はクロノくんの胸から顔を上げる。
って、さっきまで私、クロノくんに抱きしめられていて…。
そう気付いた途端、顔が赤くなった。
おまけに、突然あんなにいっぱい泣いて。
よく見ると、クロノくんの服の胸元はびっしょりと濡れていた。
何となく気まずいかも。
でも、そう思っているのは私だけみたいで、クロノくんは何事もなかったかのように話し掛けてくる。
「まだ、ちゃんと挨拶してなかったね。
久しぶり、なのは」
「う、うん。久しぶり、クロノくん」
また涙ぐみそうになったのを何とか堪えて、笑顔で再会の挨拶を交わす。
涙の跡が残っているだろうけれど、それでも今出来る最高の笑顔で。
おわり
<あとがき>
という事で、Dr.ZEROさんの255万Hitリクエストです〜。
美姫 「リクエストは、大きくなったクロノとなのはのラブラブなお話なんだけれど…」
ラブラブ……?
美姫 「おまけに、クロノの出番って最後の方だけだし」
いや、もっと甘々にしようかとも思ったんだが、何となくあんな感じで始まったから。
こう、綺麗な形で終わるというか。再会して終わりって感じで。
美姫 「あんたね〜」
あ、あははは。
美姫 「はぁ〜。ともあれ、ここにお届けです」
こんな感じになってしまいました。
美姫 「本人も反省しております」
という事で、ちょっとラブは下のおまけでご勘弁を……。
美姫 「それじゃあ、またね〜」
ではでは。
<お・ま・け>
話したい事はたくさんあるけれど、それはこれからゆっくりと話していけば良い。
これからは、ずっと傍に居てくれるって言ってくれたから。
だから、私は何も言わず、クロノくんの服を掴むとそっと目を閉じる。
今、一番伝えたいことを伝えるために、小さな勇気を振り絞って。
クロノくんが動揺しているのが、目を閉じていてもはっきりと伝わってくる。
それが何だか可笑しくて笑みが込み上げてきそうになるけれど、それを堪えてじっと待つ。
女の子からここまでしてあげているんだから、後は男の子の番だよね。
クロノくんも覚悟を決めたのか、ゆっくりと近づいてくる気配。
そして、優しく触れられる感触。
目を開けると、そこにはクロノくんの顔が、ゆっくりと離れていく所だった。
私が目を開けていたことに気付いたのか、クロノくんは顔を紅くしてそっぽを向く。
けれど、それに先回りするようにクロノくんの顔を覗き込む。
逃げれないように、顔を両手で挟んで。
困っているクロノくんに気付かない振りをして、私はただじっと見詰める。
視線がせわしなく動いている。あ、何か楽しいかも、これ。
忍さんやお母さんがお兄ちゃんをからかうのって、こんな気持ちなのかも。
ついつい面白くてじっと覗き込んでいると、クロノくんは本当に困ったような顔を見せる。
でも、私は手を離してあげない。
長い間待たされていたんだから、これぐらいは良いよね。
自分にそう言いかせてじっと見詰めていると、不意にクロノくんの顔が視界いっぱいになる。
あ、またキスされたんだ。
そう気付いたときにはクロノくんの顔は離れた後だった。
少し混乱気味の私に、クロノくんが困ったように言ってくる。
「えっと、まだ足りないのかな?」
えっと、つまり、クロノくんは私がもっとして欲しいとせがんでいると思ったって事?
でも、何を? いや、この場合、何をなんて考えるまでもなくて…。
途端、私は手を離し、多分、真っ赤になっているであろう頬を両手で押さえる。
う、うぅぅ。ちょっと恥ずかしいかも。
クロノくんに背中を向けて顔の熱を冷ましていると、不意に温かいものに包まれる。
クロノくんが後ろから包み込むように抱き付いてきたのだと分かる。
折角、下がった顔の温度がさっきよりも熱く火照る。
え、えっと、ど、どうしたら…。
下手に声を出すことも出来ず、緊張で体を固くする私へと、クロノくんは優しい声音で話し掛けてくる。
「もう少しだけ、このままでいても良い」
少し恥ずかしいけれど、それ以上に嬉しくて私は無言で頷くと、
体の前に伸びてきているクロノくんの腕にそっと手を置き、背中に感じる温もりに身を任せる。
優しい風が吹くこの場所で、私たちは暫くの間、こうしてお互いの温もりを感じていた。