『Love dependent on the result』
〜前編〜
四時間目終了のチャイムが校舎に響き渡り、教師が授業を終える。
それと同時か少し早くに号令が掛かり、礼という言葉と共に数人の生徒は一斉に廊下へと出ていた。
そんな慌しい昼休みの光景の中、そこだけが別物であるようにゆっくりとした空気が流れていた。
ピクリとも動かない二つの影。
男子生徒と女子生徒という違いはあるものの、それ以外は良く似た姿勢、つまり机に突っ伏している二つの影。
そんな二人を見ながら、苦笑めいたものを浮かべつつ一人の男子生徒が近づく。
「おい、高町」
声を掛けられ、影の一つである彼──高町恭也は顔を上げる。
「起きたか?」
「ああ。何だ、もう授業は終わりか。早いな」
恭也の言葉に今度ははっきりと苦笑を浮かべ、隣で未だに寝ている女子生徒──月村忍を指差す。
「月村さんも起こしてあげた方がいいんじゃないか」
「そうだな。おい、忍」
「んっん…」
「昼はどうするんだ?」
「う〜ん、どうしようかな」
未だに眠たそうな声で返す忍に、恭也と赤星は顔を見合わせる。
そこへ、放送を告げる独特の音が流れる。
『3年G組、高町恭也くん。至急、職員室まで来てください。もう一度繰り返します』
再び繰り返されるアナウンスを聞き流しながら、恭也は赤星と顔を上げた忍を交互に見る。
そして、不思議そうに首を傾げつつ。
「俺?」
と呟く。
その呟きに忍と赤星は頷く。
「ああ、間違いなく高町と言ってたぞ」
「恭也、一体何をしたの。ね、ね。忍ちゃんに話してみない」
先程までの眠たそうな様子とは一転し、興味津々といった顔で聞いてくる忍にでこピンを一発かます。
「いたっ!酷い〜、女の子に手を上げるなんて」
「うるさい。全く、何故何かしたと決め付けるんだ」
「じゃあ、本当に心当たりはないの」
逆に尋ね返してくる忍に恭也は暫し考えて首を縦に振る。
「ああ、何も思い浮かばないな」
「…授業態度の事とかは」
赤星が横から口を出す。
お世辞にも勤勉とは言えない恭也の授業態度の事を言ってみる。
「うむ。それだと今更だと思うが。それに、それなら忍も呼ばれないのは可笑しい」
「失礼ね。私はたまに真面目に受けてるもん」
「たまにと言うのなら、俺だって同じだ」
二人のレベルの低い言い合いに、赤星は肩を竦める。
「どっちもどっちだな。と言うか、今まで何も言われなかった方が不思議だ」
「「失礼な(ね)」」
同時にハモリつつ赤星に反論する。
「俺だって真面目に受けようとは思っているんだぞ。
ただ、それに体がついていかないだけで」
「そうよ。あのお経を読んでいるような話し方が悪いのよ。
大体、訳の分からない事ばっかりいうんだもの」
「いや、知らない事を習ってるんだから、分からない事で当然…」
赤星が何か言いかけるが、それを遮るように忍は続ける。
「それに、私は恭也よりはましだもの。
理数の授業はちゃんと受けてるでしょう」
得意そうに言う忍に、恭也は言葉を失う。
そんな友人を慰めるようにそっと肩に手を置き、
「それよりも高町。至急って言ってたと思うが、良いのか」
そう告げる。
「……職員室に言ってくる」
「ああ。行って来い」
「頑張ってね〜」
二人の声援を背に、恭也は教室を出て行く。
◇◇◇
職員室の前へと辿り着いた恭也は、ノックをしてから入る。
「失礼します」
すると、恭也が来るのを待っていたのか、ドアのすぐ横に教師が立っていた。
「ああ、やっと来た。待ってたよ」
そう言って朗らかに笑うまだ若い女教師は、そのまま恭也を近くの椅子に座らせると、自分もその前に椅子を持って来て座る。
「鷹城先生が俺を呼んだんですか?」
「そうだよ」
恭也の言葉に鷹城と呼ばれた教師は笑顔で頷く。
恭也が疑問に思う事も尤もで、彼女──鷹城唯子は恭也とは全く関係のない教師だからである。
それどころか、他校の教師と言っても良い。
恭也が通うここ、風芽丘学園は近々海鳴中央と合併する事になり、現在はその移行期間中なのである。
同じ敷地内にあるその海鳴中央の教師が唯子だった。
しかし、全く面識がない訳ではなく、恭也の妹分とも言うべき存在で、
両親の都合から高町家に居候している鳳蓮飛と城島晶という繋がりで恭也もちょくちょく唯子と話をしたりしている。
それだけではなく、妹の美由希の親友である神咲那美の住んでいるさざなみ寮という繋がりもあって、
度々、宴会や何やで顔を合わすこともあり、今では公私共に親しい間柄ではある。
しかし、そうは言っても学校内で呼び出しをするのはこれとは別である。
それを不思議と感じていた恭也は、しかし一つの事に思い至る。
そして、それを思いついた途端、恭也は口を開く。
「まさか、レンに何かあったんですか」
勢い込んで尋ねる恭也に唯子は笑顔で首を横に振る。
「ううん、レンちゃんは大丈夫だよ。至って平気」
「そうですか」
ほっと胸を撫で下ろした恭也だったが、そこへ唯子が続けた言葉でまたも真剣な顔つきに変わる。
「でも、レンちゃんに関係ある事はあるんだけどね」
真剣にレンの容態を案じる恭也の態度に好感を持ちつつ、唯子は大した事ではないと前置く。
「レンちゃん、少し前に手術したでしょう」
唯子の言葉に恭也は黙って頷き、続く言葉を待つ。
鳳蓮飛、通称レンは心臓に持病を持っていたが少し前に手術をしたのだった。
術後も容態は問題なく、暫らく入院した後無事退院をした。
「で、一応まだ様子見って事で、体育の授業は少し休ませながらやらせているんだけれど、
特にこれといって問題も見当たらないから、そろそろ大丈夫かなと思って。
本人に聞いても、絶対に大丈夫って言うからね。レンちゃんはそういった人に迷惑を掛けるって事に非常に気を使うから。
別に迷惑でも何でもないのにね」
そう言って苦笑する唯子の言葉に恭也は頷く。
「それで、家ではどんな感じかと聞こうと思ってね。
本人から聞くよりも、高町くんから聞く方が一番確実だと思ったのよ。
それで、こうして呼び出したって訳」
ようやく納得のいった恭也は安堵し、少し力の入っていた肩から力を抜く。
「そういう事ですか。
てっきり、俺は普段の授業態度の事で呼ばれたのかと思ってましたから、
鷹城先生が呼んだと知ってよく分からなかったんですけれど、これで納得いきました」
「にゃはははは。高町くん、呼び出しをくらう程、授業態度が悪いんだ」
「いえ、まあ、それはこの際関係ないですし…」
少し旗色が悪くなるのを感じたのか、恭也は誤魔化すように咳払いをした後、唯子の質問に答える。
「そうですね…。家でのレンは手術をする前とそんなに変わらないと思いますね。
今までと同じで、晶と交代でご飯を作ってくれたり、家事をやってくれたりと。
たまに晶と喧嘩をするのも代わりませんし。特に問題はないと思いますよ」
「そうか。だったら、少しずつだけど運動量を増やしても大丈夫かな」
「そうですね。多分、問題ないかと」
晶とレンのレベルの高い喧嘩を思い出し、苦笑しつつ恭也は答える。
「うん、分かった。ありがとうね」
「いえ。こちらこそ、ありがとうございます」
「あははは、高町くんは立派にお兄ちゃんしてるね」
「そうでしょうか」
「うんうん。っと、ごめんね、折角の昼休みなのに」
「いえ、まだ時間は充分にありますから。それでは」
「うん、またね」
唯子に頭を下げると、恭也は職員室を後にして食堂へと向うのだった。
◇◇◇
食堂に着いた恭也を待っていたのは、美由希たちからの質問攻めだった。
美由希たちは恭也の姿を見つけるなり、恭也の元へとやってくると矢継ぎ早に声を掛ける。
「恭ちゃん、さっきの呼び出しなんだったの」
「師匠、一体何をしたんですか」
「お師匠、さっきの放送は一体」
「恭也さん、もしかして停学とかですか」
那美の発した言葉に、美由希たちが反応する。
「えっ! 恭ちゃん、停学なの」
「師匠、停学だなんて、何を…」
「お師匠の事ですから、のっぴきならない事情があったんやと思いますけれど…。
せめて、うちらには相談して欲しかったです」
「えぇー! 本当に停学なんですか!」
収拾の着かなくなった事態をどうしたものか思案する恭也の視界に、友人二人の姿が映る。
恭也は少し考え、赤星に助けを求める。
「赤星、こいつらを何とかしてくれ」
「何で、私に頼まないのよ」
「たまたまだ」
「嘘! さっき、少し考えてたでしょう」
「気のせいだ。って、良いから何とかしてくれ」
頼まれた赤星は仕方がないと呟き、美由希たちに話し掛ける。
「ほら、美由希ちゃんたちも落ち着いて。とりあえず、昼食を再開しよう。
高町も何か買ってくるんだろう。話はその後、席に着いてからゆっくり聞けば良いじゃない」
赤星の言葉に美由希たちは少し落ち着きを取り戻し、席へと戻る。
恭也は片手で感謝を示し、食券を買いに行く。
それから暫らくして、昼食を手に戻ってきた恭也が席に着くなり、美由希たちが口を開こうとする。
それを片手で制し、恭也は自分から先に話し始める。
「最初に言っておくが、別に停学ではないからな」
「えっ! そうなの」
「でしたら、一体何処からそんな話が出たんですかね」
驚く美由希に対し、不思議そうに呟く那美に晶が言う。
「那美さんが言ったんじゃなかったでしょうか」
「うちもそうやったと記憶してますが…」
那美はしばらく考え、乾いた笑みを浮かべる。
「……あ、あははは」
「まあまあ、それはもう良いじゃない。それより、恭也の話が先でしょう」
那美を庇うように忍が言い、美由希たちもその言葉に恭也へと視線を向ける。
「ああ、別に大した事じゃないから気にするな」
「気になるよ〜」
恭也の言葉に美由希が拗ねたような声を出す。
しかし、恭也はそれ以上は何も言わず、食事に手を付ける。
「ほら、喋ってばかりいると昼休みが終ってしまうぞ」
恭也の言葉に美由希たちも渋々と箸を動かす。
それを見ながら、赤星が念を押すように言う。
「本当に問題はないんだろうな」
「ああ。本当に問題ない。ちょっと質問されただけだからな」
「そうか。なら良いんだが、何かあったらちゃんと言ってくれよ」
「分かってる」
それを聞くと、赤星は自らも食事を再開する。
それからは、いつもの様にとりとめない会話をしながら昼食を取り続ける。
そこへ、二人の生徒がやって来る。
「高町先輩、少し宜しいですか」
恭也は箸を動かす手を止め、その女子生徒、リボンの色から二年生だと分かった生徒たちの方を見る。
「今でないと駄目なのか?」
「別にそういう訳ではないんですけれど…」
言い淀む生徒に代わり、もう一人の生徒がその女の子に話し掛ける。
「ほら、香純しっかりしなさいよ」
「う、うん」
香純と呼ばれた女の子は一度大きく頷くと、何かを決意したのか思い切って言う。
「すぐに済みますので、出来れば今の方が」
「分かった。で、何の用です」
恭也に聞かれ、躊躇いがちに香純は質問する。
「高町先輩は気になる人がいらっしゃいますか」
「はっ?」
香純の質問に、恭也は思わず素っ頓狂な声を上げる。
それに構わず、香純は続ける。
「どうしても聞きたいんです」
香純の真剣な目を見て、恭也は暫らく考えてから答える。
その一挙一動から、これから出るであろう言葉を一言も逃さないとばかりに恭也を見る香純。
同じように、何気ない仕草を装いつつも、恭也の言葉に耳を傾ける美由希たち。
恭也の口からそれが出る。
「そうだな。強いて言うならば、鷹城先生は少し気になるな」
「……! そ、そうですか、ありがとうございました」
香純は潤みそうになる目に力を込め、頭を下げるとこの場を去って行く。
その背中を先程から付き添っていた生徒が優しく撫でながら、「元気出してね」と励ましていた。
香純たちを見送りつつ、恭也は意味が分からずに首を傾げていたが、すぐさま食事に取り掛かる。
が、その手が止まる。
美由希たちが、何か聞きたそうな顔でこちらを見ていたからだ。
「どうしたんだ、皆して」
「恭ちゃん、今の気になる人が…」
「そ、その鷹城先生と言うのは」
「ホンマなんですか!」
そう聞いてくる美由希たちに、恭也は首肯する。
「ああ、そうだが」
「恭也は鷹城先生の何処が気になるの」
忍がそれを恭也に尋ねる。
それに対し、恭也は箸を再び置くと、腕を組み思い出すように言う。
「レンは知っているだろう」
いきなり名前を呼ばれ、驚くレンを余所に続ける。
「一度、鷹城先生に仕掛けようとして、小さな殺気を向けたことがあってな」
レンが小さく声を上げる。
それに対し、美由希たちは少し呆れたような顔をする。
「お前、そんな事したのか?」
「まあ、その、少しどれぐらいやるのか知りたくなってしまってな」
「で、どうだったんだ」
赤星は続きが気になるのか、そう急かす。
それに促がされ、恭也もその時のことを話す。
「隙だらけだった。しかし、下手に踏み込めないものがあったな。
護身道とはその名の通り、自身を守るもの。ならば、その極意は危険に遭わない事だろうな。
そう言った意味では、鷹城先生は凄いんだろう。
しかし、それだけじゃなく、実際にどの程度の腕なのか少し気になってな。
たまに、同じように仕掛けようとするんだが、全て同じ感じでな。
ひょっとしたら、こちらの殺気に気付いているのに、そのまま流しているのかもしれないが。
まあ、実際に手合わせするというような事はないだろうが。向こうは武道、俺は武術だからな。
似ているが、違うものだ。ただ、護身道の動きは少し役に立ちそうだから、興味はあるがな」
そう言って、お茶を一口啜る。
そして、箸を手にして食事を再開させようとして、何とも言えない表情で一斉に見られているのに気付く。
「どうしたんだ、お前たち」
その恭也の問い掛けに、美由希たちは揃ってため息を吐く。
「高町、お前の気になるって言うのは、そう言う意味でか」
「ああ、そうだが。さっきの子も何か武道をやっているみたいだったからな。
恐らく、俺が何かやっていると思ったのかもしれん。
それで、手合わせの依頼に来たのか、もしくは俺が気になるような実力者がいないかを聞いて来たのだろう。
鷹城先生なら、護身道の顧問もされている事だし、教えを請うには最適だろう」
「私、あの子に少し同情しちゃった」
「恭ちゃん、幾ら何でもそれは…」
「可哀相ですね」
忍に続き、美由希、那美にまで何やら言われ、恭也は意味が分からないまでも不満そうに赤星に尋ねる。
「俺が何かしたのか」
そんな恭也の肩に手をぽんと一つ置き、赤星は何かを悟ったような目をして、ただ静かに首を横へと振るのだった。
つづく
<あとがき>
はぁ〜、一杯のお茶が落ち着く…。
美姫 「って、何一人で寛いでるのよ」
まあまあ。
さて、一服した所で…。
美姫 「続きを書くのね」
いや、一眠りしようかと。
美姫 「今宵の紅蓮はよく斬れる。蒼焔は血に飢えているわ」
急に続きが書きたくなってきたぞ〜。
頑張るかな〜。
美姫 「うんうん、頑張ってね♪」
あ、ああ。だから、刀を仕舞おうね、お願いだから。
美姫 「え〜」
え〜、じゃないの! 落ち着かないでしょう、俺が!
美姫 「私は落ち着くわよ」
お前、俺の意見はどうでもいいんですか(涙)
美姫 「ほら、うっとりしない? 私の刀に、浩の心臓へと刺さって行くのよ。
徐々に埋まって行く刀身。そして、浩の苦悶の表情。ああ〜、うっとり」
しません! ってか、俺は完全に死んでますよね、それって。
美姫 「えっ!?」
そこって、驚く所ですか! 極当たり前の事だろう!
美姫 「嘘。だって、浩よ、浩」
ああ、俺だよ。
美姫 「いや〜ね〜。そんな人間みたいな事になるわけないじゃない」
俺は人間だよ!
美姫 「…………。えっ!?」
何で驚く! というか、何だ、今の間は!
美姫 「もう、そんな冗談は面白くないわよ♪」
いや、冗談じゃなくて…。
美姫 「もう、しつこいわね。なら、試しにやってみましょう」
いや、試しでもやられたら、俺は死ぬぞ。
美姫 「……。えっ!?」
何で、また驚く! ここは驚く所なのか!? しかも、また間があるし。
美姫 「でも、今の間は、さっきよりも早かったでしょう」
いや、早い遅いじゃなくて…。
美姫 「大丈夫、大丈夫」
何が!?
美姫 「だから、心臓を刺してもって話」
そっちかよ! って言うか、無理だって。
幾ら俺でも、それはまずい。
美姫 「本当に死んじゃう?」
ああ、間違いなく。流石に心臓に喰らったら、復活するのに時間が掛かる。
美姫 「それって、死ぬとは言わないんじゃ…」
いや、だって一度は死ぬだろう?
美姫 「アンタが言ってたのは、そういう事なのね」
どうしたんだ? 疲れたような顔して。
美姫 「いや、何か急に疲れたわ。って、普通は、一度でも死んだら、それまでなのよ」
……。嘘!?
美姫 「いや、嘘じゃないって」
だって、ヒゲを生やしたおじさんは、何回か死んでも大丈夫だぞ。
しかも、キノコを取ると、その回数が増えるし。
美姫 「ああ、駄目だわ、眩暈までしてきた」
それは大変だ! 早く、これに着替えて。
美姫 「ありがとう。……って、何でメイド服!?」
それは、俺が喜ぶから。
美姫 「アンタにとってのメリットしかないじゃない!」
…………。馬鹿な!
美姫 「いや、馬鹿なのは、アンタの頭の方だわ」
……。えっ!?
美姫 「いや、それはもう良いって。
疲れたから、私はもう寝るけど、アンタはさっさと続きを書きなさいよ」
へいへい、分かったよ。
美姫 「はぁ〜。それじゃあ、また次回で」
次回の中編で!