Love dependent on the result』

  
〜後編〜






翌日の放課後、と言っても、土曜日で授業が半日だったため、まだ昼過ぎだが、
昼食を食堂で済ませた恭也は唯子との約束通り、護身道部の道場へとやって来る。
その道場の入り口で、恭也は中に入るのに多少躊躇するが、思い切って扉を開ける。
扉のすぐ近くにいた女子生徒の一人が、開いた扉へと振り返り、そこに立っていた恭也の元へとやって来る。

「どうしたんですか、高町先輩。もしかして、見学ですか?」

「あ、ああ、似たようなものだ。所で、どうして俺の名前を?
 何処かで会ったかな?」

同じ学園の生徒同士ならば、廊下などですれ違っていても可笑しくは無いが、その程度で名前を覚えているような事があれば、
かなりの生徒の名前を覚える事になる。
だから、当然ながら恭也が聞いた何処かというのは、話をしたとか、自己紹介をしたとかそういった事を指していた。
そう訊ねながら、恭也はその女子生徒とそういった事がなかったか記憶を探るが、何も思いつかず、ただ素直に謝罪を口にする。

「すまない。何処かで会っていたのかも知れないが、記憶にないみたいだ。本当にすまない」

恭也の言葉を聞き、その女子生徒は可笑しそうに笑い始める。

「あ、ごめんなさい。思っていたよりも、面白い人なんだなって思って」

その言葉に首を傾げる恭也に、何とか笑いを堪えてその生徒は説明する。

「私と高町先輩の間には、個人的な付き合いはなかったですよ。
 私が高町先輩を知っていたのは、高町先輩がこの学園ではちょっとした有名人だからですよ」

「有名人? 俺が?」

「はい」

その女子生徒の言葉に暫し考え込み、やがて一つの結論に辿り着く。

「なるほど。赤星か。赤星の友人として、知られているという事か。
 しかし、友人の名前まで有名にしてしまうとは、赤星の人気は凄いとは思っていたが、想像以上だな」

「えっと……。ほ、本気みたい、ですね。あ、あははは」

その女子生徒は何処か乾いた笑みを浮かべると、最初のやり取りを思い出して、恭也を中へと招き入れる。

「見学でしたら、どうぞ」

「ああ、ありがとう」

「でも、どうして急に見学なんかに?」

「ああ、ちょっと鷹城先生に頼まれて」

「鷹城先生に?」

「ああ」

「まあ、良いですけど。高町先輩が見学しているとなれば、部員たちもいつも以上にやる気をだすでしょうし。
 …逆に集中できなくなる可能性もあったわね」

最後は呟くように言う女子生徒を不思議そうに見遣りつつ、恭也は道場の端へと移動すると、
静かに腕を組んで、練習が始まるのをじっと待つ。
時折、部員たちの視線を感じ、居心地の悪さを感じつつも、ひたすらじっと待つ。
そのうち、唯子がやって来ると、部員たちは唯子の元へと集まる。
唯子は恭也の姿を見つけると、小さく手を振ってくる。
それに頷きで返す恭也と、そんな二人の反応を見て、部員たちから黄色い声が飛ぶ。

「鷹城先生、高町先輩とどんな関係なんですか?」

そのうち、そんな質問まで出始め、道場内は俄かに騒がしくなる。

「どんなって、んーと、昔からの知り合いがお世話になっていた寮の人たちと私が知り合いで、
 恭也くんも、その人たちと知り合いだったんだよね。後は、私が担当している子と、恭也くんが知り合いだったのと。
 後は、昔から言ってた喫茶店の息子さんだったりとか…」

「きゃぁ〜、恭也くんだって。良いなー、私も高町先輩を名前で呼んでみたい〜」

「って、今、呼んだじゃない」

「それとこれは別よ」

とかあちこちで私語が始まる中、唯子は大きく手を叩く。

「はいはい。お喋りはそこまでにしてね。ほら、そろそろ練習を始めるよ。
 恭也くんが見てるからといって、あまり張り切らないように。
 いつも通りにやってね」

唯子の言葉に、生徒たちは元気よく返事をすると、普段の練習メニューへと移る。
その様子を眺める恭也の元へ、唯子がやって来る。

「それじゃあ、これから普段通りの練習が始まるから、ちょっと見ててね」

「はい」

頷く恭也をその場に残し、唯子も普段通りの指導を始める。
準備運動を終えた生徒たちは、次いで基本の型などを一通り始める。
それ見回しながら、唯子は生徒たち一人一人に色々とアドバイスをしていく。
それらが終ると、二人一組となって組み手などを行う。
唯子自身も生徒と一緒に組み手をしたりして、直接指導を行う。
そんな感じで全ての練習を終えると、唯子は簡単な連絡などを伝え、本日の部活動が終了する。
着替えるために更衣室に向かう生徒たちの中、唯子と恭也だけは動かずに道場内に残る。
最後の生徒が道場を出て行ったのを確認すると、唯子は不安そうに恭也に尋ねる。

「大体、いつもこんな感じなんだけど」

どうかな、と訊ねてくる唯子に、恭也は口を開く。

「そうですね。別段、問題はないかと思いますけど。
 皆、楽しそうにやっていますし」

「うーん、そうなのかな」

「下半身を強化するんであれば、走り込みとかも効果あるかと思いますが。
 体力も付きますし」

「筋力とか瞬発力を更に向上させるには、どうしたら良いかな」

「そうですね…」

恭也は少しだけ考え込むように腕を組み、床をじっと見詰める。
と、その耳に突然、ぐー、というようなお腹の鳴る音が聞こえ、恭也は思わず顔を上げると、その音の発生源へと視線を向ける。
そこでは、自分のお腹を押さえながら、顔を赤くして俯く唯子の姿があった。

「に、にははは。ちょっとお腹が空いたみたい。
 ご、ごめんね、真剣に考えてくれてるのに」

「いえ、気にしないで下さい。あれだけ動けば、お腹も空きますよ」

「うぅ、でも、恥ずかしいよ」

「とりあえず、続きは翠屋でしますか」

「あ、うん」

まだ恥ずかしそうにしながらも、恭也の提案に頷くと、汗を流すためにシャワー室へと行く。
唯子の支度が整うのを待ち、二人は翠屋へと向かうのだった。



  ◇◇◇



翠屋へとやって来た二人は、空いている席へと座る。
注文を取りに来た子に、恭也はコーヒーを注文すると、唯子を見遣る。
メニューと睨めっこしていた唯子は、やがて顔を上げると、幾つかの商品を注文する。

「夕飯前だから、軽くしとかないとね」

「軽く、ですか」

少なくても、五品はあったんじゃないかと思い出しつつ、恭也は呟く。
そんな恭也の様子に、唯子は恥ずかしそうに舌を出すとはにかむ。

「あははは。ほら、私って女の子にしては、よく食べるから。
 やっぱり、変かな?」

一瞬だけ不安そうに瞳を揺らしながらこちらの様子を伺うように見てくる唯子に、恭也は軽く笑みを見せる。

「そんな事はないですよ。食べる量なんて、人それぞれですし。
 それに、鷹城さんはとても美味しそうに食べられるので、見ていて気持ち良いですし、楽しいですよ」

「そ、そう?」

「はい。少なくとも俺は良いと思いますよ」

「そっか。ありがとうね、恭也くん」

嬉しそうに笑いかけてくる唯子をまともに見て、恭也は恥ずかしそうに目を逸らす。
そんな恭也の様子に、更に笑みを深めつつ、唯子はじっと恭也を見詰める。
やがて、その視線に耐え切れなくなったのか、恭也は姿勢を正すと口を開く。

「それでですね、練習の事ですが」

「うん」

恭也の言葉に、唯子は真剣な顔付きに変わると、乗り出すようにして恭也の言葉を待つ。
恭也は自分が考えた事を幾つか上げ、唯子はそれをメモに取っていく。
途中で注文した品が来たので、一旦中断して、食べる事に専念する。
その間も唯子は楽しそうに恭也に話し掛け、恭也も静かながらも楽しそうにその話を聞きながら、
時折、口を挟んでゆったりとした時間を過ごす。
ふと気が付くと、既に日も沈みそうになっており、練習に関することは全く話していなかった。

「ご、ごめんね、恭也くん」

「いえ、そんなに気にしないで下さい」

ひたすら頭を下げる唯子に、困った様子の恭也。
そこへ、いつの間にか傍に来ていた桃子が助け舟を出す。

「だったら、夕飯ご一緒にどうですか。
 夕飯の後にでも、また相談すれば良いんですし」

「いえ、しかし…」

「かーさん、突然、そんな事を言っても鷹城さんには鷹城さんの事情があるだろうから、迷惑だろう」

「唯子ちゃん、この後、何か予定ある?」

「いえ、別にそういう訳では。ただ、桃子さんたちに迷惑が掛かるので」

「あら、うちは来客大歓迎よ。唯子ちゃんみたいに可愛い子なら尚更ね」

「か、可愛いだなんて、そんな事ないですよ」

「そんな事ないって。綺麗で可愛くて、ああー、もう、一層の事、うちの子にならない」

「嬉しいですけど、遠慮しておきます。今の家族が好きですから」

「そう、それは残念だわ。あ、なら、恭也のお嫁さんになれば良いのよ。
 そうすれば、何も問題なく娘になるもんね」

この発言に、恭也は我関せずと飲んでいたコーヒーを噴き出し、咽る。

「ごほごほ、な、何を言ってるんだかーさん」

「もう、汚いわね」

「だ、誰のせいだ、誰の!」

「いやーねー、冗談に決まってるでしょう。唯子ちゃん程の子が、アンタなんか相手にする訳ないでしょう」

桃子のその言葉に、恭也は少しだけ顔を翳らすが、すぐにいつもの顔に戻る。
それに気付いたのか、いないのか、桃子は少しの間だけ恭也を見た後、笑みを浮かべて唯子へと顔を向ける。

「ねえ、唯子ちゃん」

「え、あ、そ、そんな事はないですよ。恭也くんは格好いいし、優しいですから。
 ぎゃ、逆に、唯子の方が似合わないですよ」

咽る恭也の背中を優しく擦っていた唯子は、顔を真っ赤にしながら、あたふたとそう口にする。

「ありゃ? えっと…」

急に黙り込んだ桃子に、恭也と唯子は思わず顔を見合わせ、再び桃子へと顔を向ける。
その視線に気付いたのか、桃子は我に返ると、口を開く。

「とりあえず、夕飯の方に関しては、家に既に電話しているから、逆にご招待されてくれないと余る事になっちゃうのよ」

「かーさん、一体、いつの間に」

「うーんと、唯子ちゃんと恭也が一緒に店に入って来て、少ししてからかな。
 今頃、晶ちゃんとレンちゃん、二人とも張り切って料理してるんじゃないかしら」

そう言って笑う桃子に、恭也は疲れたように息を吐くと、唯子へと向かう。

「そういう事みたいですので、本当に迷惑でなければ、是非、来てください」

「…ええと、それじゃあ、お邪魔する事にします」

「うんうん、遠慮しないでね。と、私はそろそろ仕事に戻るから。それじゃあ、また家でね」

「あ、はい」

奥へと戻る桃子を見送ると、二人は店を出て家へと続く道を並んで歩く。
夕日に照らされて長い影が落ちる中、恭也は横を歩く唯子へとちらりと視線を向ける。
沈み行く夕日に照らされて、朱に染まった横顔に恭也は思わず言葉を無くし、その横顔に見入る。
どれぐらいそうしていたのか、不意に唯子が恭也の方へと顔を向ける。
はっきりと目が合った後、恭也は恥ずかしそうに前を向く。
唯子も同じように、じっと見詰められていたと分かると、夕日によるものとは別に顔を朱に染め上げて、慌てたように前を向く。
二人の間を静寂が流れる。
しかし、二人ともそれを気まずく思わず、逆に何処か居心地の良さと、温かい物を感じて、無言のまま足を進める。
いつの間にか、二人は極自然に話をし始める。
そのうち、話題が先程の桃子の言葉へと移り、恭也は軽く頭を下げる。

「先程は母がすいませんでした」

「先程? あ、ああ、べ、別に私は気にしてないから」

恭也の言葉に、唯子は多少赤くなりつつ、そう答える。

「それより、恭也くんの方こそ、迷惑だったんじゃない。
 私なんかとじゃ」

「そんな事はありません!」

思った以上に大きな声だったと気付き、恭也は取り繕うに一つ息を吐くと、

「えっと、そんな事はないですよ。鷹城さんは、その、とても魅力的な女性ですから」

「あ、ありがとう。
 でも、お世辞とはいえ、そんな事ばっかり言ってると、勘違いする子とか出てくるから、気を付けないといけないよ」

「別にお世辞ではないですよ。自分は、そういうのは苦手ですから。
 だから、その、本心ですよ」

「そ、そう。えっと、ありがとうね」

「いえ。それより、勘違いというのは?」

もう一度礼を言った唯子に、恭也は聞き返す。
そんな恭也の言葉に苦笑しつつ、

「つまり、恭也くんが自分に気があるのかと勘違いするって事」

「まさか」

「それはどうかな〜。乙女心は、複雑なようでいて、意外と単純な所もあるからね」

「はあ、そうなんですか」

「そうなんですよ、恭也くん」

ふざけた様に言う唯子に、恭也は思わず笑みを零す。

「あー、何が可笑しいのよ。あ、まさか、私は乙女じゃないって事?
 酷いなー、恭也くんは」

「別に、そんな事は言ってないじゃないですか。
 どうして、そうなるんですか」

「どうせ、私は乙女じゃないですよ〜」

「いえ、鷹城さんは充分、乙女ですよ」

「本当に?」

「ええ」

「どの辺が?」

「……甘いものが別腹な所、とか?」

「うわー、酷いよ、それは。ああー、物凄く傷付いてしまいました」

「すいません、許してください」

「駄目です〜。そんな事を言う人には、お仕置きが必要ね」

「お仕置きですか?」

「そう。何が良いかな〜」

唯子は楽しそうに、そのお仕置きとやらを考え始める。
そんな唯子の様子に、困ったような表情を浮かべつつも、恭也の口元は微かに緩んでいた。
その事を唯子は勿論のこと、本人も気付いていないかったが。
やがて、何か決まったのか、まるで名案だと言わんばかりに顔を輝かせる。

「恭也くんの担任に話をして、恭也くんに出す課題だけ倍にしてもらうというのはどう」

「それは…、勘弁してください」

本当に困ったといった顔で恭也は唯子にそう言うと、その代わり、と続ける。

「今日の夕飯のおかず、俺の分を一つ差し上げますんで」

「ん〜、どうしようかな〜」

「では、二つ」

「う〜ん。って、それじゃあ、まるで私が食い意地が張っているみたいじゃない。
 そんな事言うのは、この口ですか〜」

そう言うと、唯子は恭也の頬を片方だけ引っ張る。
引っ張られながらも、恭也は唯子の前に指を三つ立ててみせる。

「では、三つで…」

頬を引っ張られているため、少しくぐもりながらも告げた言葉に、唯子は恭也の頬から手を離す。

「仕方がないな〜。そこまで言うなら、特別に許してあげる」

「ありがとうございます」

「そうと決まれば、早く行こう」

「ちょ、そんなに急がなくても、夕飯は逃げませんって」

恭也の言葉を聞いていないのか、唯子はもどかしそうに恭也の腕を掴むと、いきなり走り出す。
口では唯子を止めつつも、恭也も楽しそうにその後に続くのだった。



  ◇◇◇



夕食後、恭也は唯子と護身道部の練習メニューについて話し合い、幾つかの項目を今までの練習に付け加える。
それらが終ると、恭也は唯子を昨日と同じく家まで送って行く。

「恭也くん、本当にありがとうね」

「いえ、別に大した事はしてませんから」

「ううん、そんな事はないよ。とても助かったよ」

「それは良かったです。でも、まだそれで完成ではないですから。
 後は、個人個人にあったメニューや、それで本当に良いか確認も必要ですし」

「そうだね。まだ当分は、よろしくね」

「はい。所で、明日は部活の方は」

「明日は部活は休みだよ」

「そうですか。では、月曜日に」

「うん。それじゃあ、お休み」

「お休みなさい」

お互いに挨拶をすると、二人は別れる。
恭也は、少し寂しさを感じながらも、頭を振ってそれを追い払うと、走り出す。
同じように、恭也と分かれた唯子は、一人家に帰ってベッドに倒れ込むと、大きな息を吐く。
お互いに、胸に言いようのないものを感じながら、恭也は深夜の鍛練へ、唯子は眠りへと着く。
次の日も、何かもやもやとしたものを抱えつつ過ごす二人は、
しきりにカレンダーを見ては、次いで時計を見るという事をしては、時間が進むのを遅く感じていた。
尤も、お互いに相手が同じ事をして、同じような気持ちでいるなんて知らずに。



  ◇◇◇



月曜日の昼休み、赤星と忍と連れ立って食堂へと向かう途中で、放送を告げる独特の音が流れる。
そして、次いで告げられる放送。

『3年G組、高町恭也くん。至急、校長室まで来てください。もう一度繰り返します』

「またか」

そう呟く恭也だったが、赤星は心配そうに聞いてくる。

「おい、今度はも大丈夫なんだろうな」

「ああ、大丈夫だろう」

「そうか、なら良いんだけど」

「赤星くんは心配のし過ぎだって」

そう笑い飛ばす忍に、赤星は至って大真面目な顔で告げる。

「そうは言うが、今、校長室って言ったぞ」

「「えっ!?」」

「いや、何で高町まで驚いてるんだ」

「いや、職員室かとばかり」

「校長室と言ってたぞ、ほら」

繰り返される放送を聞き、恭也は赤星の言っている事が間違いではないと確認すると、
心配そうにしている忍と赤星に、問題ないと告げて校長室へと向かう。
心配そうに恭也を見ていた二人だったが、とりあえずは食堂へと向かうのだった。



「高町です。今、放送で呼ばれて着ました」

ノックをして、そう恭也が告げると、内側から入りなさいと言われ、扉を開ける。
中に入ると、正面の机には校長は座り、その横には教頭が立って恭也をいた。
そして、その二人の正面、机を挟んだ先に唯子が立っていた。
レンに何か大事でもあったのかと唯子へと視線を向ける恭也に、唯子はその意味を理解して首を小さく横へと振る。
それにほっと胸を撫で下ろし、なら何で校長室に呼ばれたのだろうかといった顔になる。
そんな恭也に、教頭が声を掛けてくる。

「君たちは、何で呼ばれたのか分かっているか?」

「さあ、全く分かりませんが」

「そうか、分からないか。では、鷹城先生の方はどうですか?」

「私も全く」

二人の言葉を聞くと、教頭は校長を促がす。
教頭に促がされ、校長は机の上で手を組むと、二人に向かって話し掛ける。

「実はですね、お二人に関してある噂を耳にしまして」

「噂ですか?」

恭也と唯子は揃って顔を見合わせると、そんなのは初めて聞いたとばかりに驚く。

「どうやら、お二人も知らないみたいですね。
 その噂と言うのは、実はお二人が付き合っていて、校内、校外問わずに密会をしているというものなんです」

「はぁ?」

「何ですか、それ?」

更に驚く二人を尻目に、校長は淡々と続ける。

「高町君が、鷹城先生に会うために護身道部へと行ったとか…」

「後、街中で二人を見たという生徒もいるんですよ。
 仲良さそうに手を取っていたとか、喫茶店で会っていたとか。
 あまつさえ、鷹城先生、貴女がその生徒の家へと行ったとかね。
 他にも、貴女の家にその生徒がいたとか。全く、教師という立場でありながら、生徒と」

文句を続けそうになる教頭を黙らせ、校長は問題となっている二人へと再び話し掛ける。

「さて、大体は教頭先生が今、仰ったとおりです。
 それらの噂が、今、校内で囁かれているんですよ。
 良ければ、詳しく教えてもらえますか」

校長の言葉に、最初に恭也が答える。

「喫茶店に居たのは事実です。その喫茶店はうちの母が経営してまして、鷹城先生は学生時分からのお得意さんなんです」

「なるほど。しかし、噂では、高町君と鷹城先生が一緒の席に居たと聞いてますが」

「ええ、そうです。鷹城先生とは、顔見知りですから。俺だけでなく、俺の家族たちもですが」

「では、護身道部の道場に行ったというのは。高町君は部活動をしてませんよね」

「あ、それは私が頼んだからです」

「どういう事ですか」

鋭く睨みつける教頭に対し、唯子は毅然とした態度のまま告げる。

「高町君は、武道の鍛練に関しては、かなりの知識を持っているんです。
 私の知り合いの医者が褒めていたんです。それで、護身道部の練習メニューを見てもらおうと思いまして。
 それで、私がお願いしたんです」

「では、高町君の家に行ったというのは」

「それは、うちの母が鷹城先生を夕飯にお誘いしたからです」

「そう言えば、先程、ご家族揃って知り合いと言ってましたね。
 では、高町君が鷹城先生のお宅へと伺ったというのは」

「それは、多分勘違いではないかと。
 遅くなってしまったので、鷹城先生と自宅までお送りしたんです。
 勿論、家には上がってません。家の前で別れましたから」

「なるほど。どうやら、嘘は言ってないようですね」

納得する校長に対し、教頭は声も高らかに言う。

「何を呑気な事を言ってるんですか。
 確かに、今の事が本当だったとしても、疑われるような事をした二人に問題があるのは間違いないんですよ。
 ここは、何らかの罰を…」

「教頭先生。別に、二人は何も問題を起こしてませんよ。
 ただ、親しい者同士の極普通な行動ではないですか」

校長の言葉に、教頭も言葉を無くし、大人しく引き下がる。
かと思われたが、教頭は二人を見ると、

「では、お二人はただの親しい友人で、本当に特別な関係ではないんですね」

それに頷く二人に、更に続ける。

「つまり、お互いに友人以上の感情は持ってませんね」

念を押すように言う教頭の言葉に、恭也は少し考え込むと、首を横へと振る。
これには、教頭も、そして唯子も驚く。

「俺は、鷹城先生の事が好きです。
 友人としてではなくて、一人の女性として。
 今、教頭先生に言われて、やっと気付きました」

「な、何を言ってるんですか、君は」

恭也の突然の言葉に、教頭は声も高くヒステリックに叫ぶ。

「すいません、鷹城先生。ご迷惑をお掛けしてしまって。
 でも、俺は例えこの場を繕うための嘘だとしても、それだけは出来ませんでした。
 鷹城さんが好きだから、好きだと気付いたから」

恭也の言葉に、しかし、唯子は首を横へと振る。
それを見て、教頭が喜ばしげに手を広げて唯子を褒める。

「鷹城先生の方は、よく分かっているみたいですね。流石は、我が校の教師です」

しかし、唯子の顔には笑みが浮んでおり、そっと恭也へと一歩近づく。

「ありがとう、恭也くん。凄く、凄く嬉しいよ。
 私もね、恭也くんの事、好き」

「な、鷹城先生! 貴女まで、何を言っているんですか!」

「恭也くんが勇気を出して言ってくれたんです。
 だったら、私もそれに応えなければいけないと思いました。
 だから、私も自分のこの気持ちに、例え一時でも嘘は吐きたくないんです。
 勿論、自分が教師だという事も自覚してます。
 それでも…」

そう告げた唯子の横に恭也はそっと立ち、その手を握る。
それに勇気付けられたのか、唯子は教頭に向かって更に言葉を続ける。

「ですから、それなりの処分は覚悟してます。
 でも、それは私だけにしてください」

「何を言ってるんですか。ここは俺が処分を受けますから…」

「駄目だよ。恭也くんはもうすぐで卒業なんだから。
 皆と一緒に卒業式を」

「それだったら、鷹城先生だって。教師という職を失うかもしれないんですよ。
 それに、護身道部だってどうするんですか。
 あれだけ必死に生徒のために色々としてきたじゃないですか」

「片方だけ処分だなんて事はありません! 校長、二人に何らかの処分を…」

「まあまあ、少しは落ち着きたまえ。高町君、鷹城先生。
 今、ここで言われた事は本当ですか。それによって、どんな処分が下されるとしても?」

校長の言葉に、二人ははっきりと頷く。
それを見て、校長は口元を綻ばせる。

「そうですか、分かりました。では、二人に処分を言い渡します」

じっと紡がれる言葉を待ち、静寂が部屋に訪れる。
しかし、それはそう長くなく、校長によって破られる。

「校内での過度の付き合いをしない事。以上です」

「えっと、それは?」

「つまり、あまり生徒たちの前でイチャイチャしなければ良いという事ですよ」

そう言うと、校長はお茶目そうに片目を閉じてみせる。
それに嬉しそうに顔を綻ばせると、恭也と唯子は揃って頭を下げて礼を言う。
しかし、教頭は掴みかからんばかりに校長に詰め寄る。

「校長、それでは、他の生徒に示しがつきません!」

「まあまあ、そんなに目くじらを立てることもないでしょう。
 恋愛は自由ですよ」

「それはそうですが、二人が教師と生徒だから問題なんです!」

「そうは言いますが、鷹城先生は海中の先生。高町君は風校の生徒ですよ。
 確かに、合併準備期間中ですが、まだ正式な合併はしていないんですから、他校ですよ」

「しかし…」

まだ何か言いたそうな教頭を強引に遮り、校長は二人に退出を促がす。
もう一度、校長へと頭を下げると、二人は校長室を後にする。
廊下へと出た二人は、とりあえずは人目の付かない所までやって来る。

「えっと、もう一度、改めて言わせてください。
 好きです、鷹城さん」

「うん、私も好きだよ、恭也くん」

二人はそっと目を閉じると、そっとキスをする。

「早速、約束を破っちゃいましたね」

「大丈夫だよ。生徒の前じゃないし、この程度ではいちゃいちゃとは言わないから」

「よく考えてみれば、それって人によって尺度が変わりますよね」

「そういう事〜」

そう言って抱きついてくる唯子に、恭也は苦笑を浮かべつつ、

「とりあえずは、程ほどにしておきましょう、鷹城さん。
 校長先生に悪いですから」

「それもそうね」

そう言って恭也を話すと、唯子は手を後ろで合わせ、恭也よりも数歩前へと進むと振り返って、その身を曲げる。

「二人の時は、唯子って呼んでね」

そう言って微笑む唯子に、恭也は照れつつ、そっとその名を口に乗せる。

「唯子」

「うん」

満面の笑みを浮かべ、唯子は幸せそうに返事をするのだった。





おわり




<あとがき>

と、言う訳で完結〜。
美姫 「とりあえずは、ハッピーエンドね」
うんうん。という訳で、恭也X唯子でした〜。
美姫 「いや、だから、分かってたから」
ば、馬鹿なぁぁぁぁぁ!
美姫 「まだ言うのは、この口〜」
ひゃ、ひゃめへ〜。
美姫 「たく、馬鹿な事ばかりしてないの」
うぅぅ、すまん。
美姫 「さて、それじゃあ、次の作品に取り掛かるわよ〜」
ひゃいぃぃ(涙)







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