『雨宿り』
学校帰り、少し寄り道をして遊んでいた恭也と忍の二人は、急に降り出した雨に慌てて走り出す。
臨海公園の屋根のあるベンチへと駆け込み、軽く着いた水滴を払う。
「もう急に降って来るなんて」
「恐らくは通り雨だろう。暫くはここで雨宿りだな」
「そうね。臨海公園に居る時に降って来てくれたお陰で、雨宿りの場所も無事に確保できたしね。
そういう意味ではタイミングには感謝かしら」
現金だなと小さく笑いつつ、恭也は空へと視線を向ける。
かなり激しく降っているが、少し視線を遠くにやれば明るい空が見える。
精々が十数分ぐらいであろう。とは言え、急な上に激しく降られた所為でそれなりに濡れてしまっている。
同じく雨の中にいた忍を気遣い、そちらへと視線を転じ、すぐさま顔を前に固定する。
恭也のそんな動きを察したのか、怪訝そうに恭也を見上げた忍は、その頬が少し赤いことに気付く。
何故だろうと首を傾げるも、すぐに自分の身体を見下ろして納得する。
夏服として薄着となった制服が雨に濡れて肌に張り付き、下着も薄っすらと透けているのである。
「恭也、見たでしょう」
「っ! い、いや、その見てないこともないが、わざとじゃなくて。
その、すまない」
しどろもどろに言い訳するも、結局は見たという事に変わらず最後には謝る。
そんな様子を楽しげに眺める。
「顔を真っ赤にして照れちゃって。恭也にならいいよ見られても……」
「忍、あまりその手の冗談は言わない方が良いぞ」
恥じらう仕種までしてそう告げた忍に、恭也は前を向いたまま至極真剣に言う。
そんな恭也との距離を妖艶な笑みを浮かべて縮めると、そっと腕に擦り寄り、頬に手を当ててこちらを向かせる。
「冗談じゃないんだけれどな」
「あまりからかわないでくれ。幾ら俺でも――」
思わず言いかけた言葉を飲み込むが、忍は楽しそうに、しかも何処か嬉しそうに恭也にじゃれ付いてくる。
「俺でも、なにかな?」
「何でもない」
「え〜、教えてよ〜」
纏わりついてくる忍を払い除けつつ、時折鼻腔をくすぐる忍の髪の匂いに内心ではかなりドキドキと鼓動を早める。
と、不意に忍が動きを止め、小さくくしゃみをする。
「大丈夫か?」
「あー、大丈夫、大丈夫」
「やはり濡れたままでは寒いか」
とは言え、掛けてやる上着も何もない。
が、忍は何かを思いついたように恭也を見詰める。
「ねぇ、恭也。身体の体温をこれ以上は下がらないようにする良い方法があるんだけれど……」
「何だ? 俺のシャツでも貸すのか。それでも構わないが」
「だ〜め。それで恭也が風邪でもひいたら私が困るわよ。
そうじゃなくて、こうして」
言って恭也の腕を取ると自分の肩から前へと下ろす。
つまりは、恭也に後ろから抱きしめてもらうような格好になる。
「後はで恭也が私のお腹の前で自分の手を握って、これで良し。
これなら二人とも温かいでしょう」
顔を赤くしながらも、先ほどよりも近い距離で恭也の顔を見詰める忍。
同様に恭也も顔を赤くし、身体を強張らせるも少しだけ腕に力を込める。
「……そうだな」
「んふふふ〜♪」
照れ隠しにぶっきらぼうに言い放つ恭也へと甘えるように引っ付く忍。
その格好のまま、雨の落ちる音に耳を澄ませる。
静寂の中で聞こえるのは、雨の音以外には互いの鼓動や息遣いのみ。
最初は忙しなかった鼓動も、今ではゆっくりといつも同様に、いや、いつもよりも落ち着いたように聞こえる。
どのぐらいそうしていただろうか、気がつけばいつの間にか雨は上がっていたが、
二人はどちらもそれを言い出さず、互いの鼓動を確かめるようにただ静かにそのままでいた。
おわり
<あとがき>
雨だからといって、決して憂鬱だけではないのだよ。
美姫 「またしても唐突ね。大体、人によっては雨が好きだって言う人だっているわよ」
それは言わないで!
と、それは兎も角、今回は雨宿りという事で。
いや、実際に今外は雨。
美姫 「で、浮かんだと」
その通りです。
久しぶりに短編をお届け。
美姫 「それでは、この辺で」
ではでは。
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