『小さな昼休み』






「なあ、高町」

「何だ、赤星」

昼休みも中程を過ぎた時間、食堂から戻ってきた赤星が恭也へと声を掛ける。
その顔は何か言い難い事を伝えようとしているのか、いつものように率直な物言いではなく、
何処か歯に物が挟まったかのような感じで、聞いてもいいのかどうか悩んでいることがはっきりと見て取れる。

「まあ、その何だ」

「ああ」

言って赤星は、その視線を忙しなく上下に揺らす。

「今は、学校の昼休みだよな」

「そうだな」

そこでまた会話が途切れ、恭也は仕方なく赤星の言わんとしている事を教えるように、自分から口を開く。

「まあ、お前が言いたい事は何となくだが予想が付く」

「そうか」

「ああ」

「で?」

「……ちょっとした偶然が生んだとしか言いようがないな」

言って二人の視線が、下へと落ちる。
丁度、腰掛けた恭也の足、太もも部分に。
そこには、本当に気持ちよさそうな表情で寝息を立てる一人の少女の姿があった。

「お前が食堂に行った後、起こそうと肩を揺すったのが悪かったのかもしれん……」

恭也は思い出すように赤星へとその時の状況を語り出す。



「忍、忍。昼だぞ」

「…ん〜。もうちょっとだけ〜」

「ご飯はどうするんだ」

「あとで〜」

「はぁー。また、徹夜でゲームか。あと、五分だけだぞ」

「ん〜」

諦めたのか、妙に甘いことを言って恭也は忍を起こすのを少しだけ待つ事にする。
と、肩に置いていた手をのけるなり、忍の体が傾く。
恭也は慌てて受け止めるも、座っている忍に対して立っていた恭也はしゃがむ形となる。
丁度、恭也の胸に寄りかかるようにして眠る形となった忍は、知ってか幸せそうな笑みを浮かべる。
恭也は本当に仕方ないとばかりに、起こさないように自分の椅子を引っ張ってくると、
そこへ腰を降ろして忍が起きるのを待つ事にする。
しかし、後ろの窓側という日差しが気持ちよく当たる場所で、何もせずに忍を見ていた恭也は、
次第に睡魔に襲われ、いつしか眠りについていた。



「…で、さっき目をさましたら、こうなっていた」

言って自分の膝で眠る忍を見下ろす。
二人の椅子が近い距離にあるため、忍は丸まるようにして恭也の足に頭を乗せている。
そんな忍の髪を無意識なのか撫でながら、恭也はどうしたもんかと、さほど困った様子もなく赤星を見る。
赤星は苦笑を浮かべると、肩を竦めながら短く「知らない」とだけ返す。

「忍、いい加減に起きてくれ」

「ん〜。後五分」

「いや、もう既に五分以上待ったぞ。
 いい加減に起きないと、昼抜きになってしまう」

「お昼?」

「そうだ。忍はいらないのか」

「う〜〜ん。食べる……」

言ってようやく身を起こした忍に恭也も立ち上がろうとするが、忍の腕が首に伸びてくる。
慌てる恭也をよそに、忍はそのまま身をずらして恭也の足の上に座ると、首筋に顔をゆっくりと埋める。

「頂きます」

呟いて、忍は恭也の首筋に強く吸い付く。
寝ぼけて無意識に恭也の血を吸おうとし、それに気付いた恭也は慌てて忍を引き離す。
勿論、傍目で見ていた者たちはそんな事情を知らず、忍の言葉と行動から顔を紅くする者が多数おり、
小さなどよめきが教室に湧き上がる。
唯一の救いは、そんなに教室に残っている生徒がいなかった事ぐらいだろうか。
ともあれ、恭也は忍を軽く揺すりながら声を掛ける。

「忍、寝ぼけすぎだ」

「……うぅ、恭也が、恭也が拒んだ〜〜」

「そうじゃなくて」

「じゃあ、良いの?」

目の端に涙を溜めて見上げてくる忍に、恭也は言葉をなくす。
かと言って、寝ぼけているであろう忍に対して、ここで頷けば間違いなく血を吸うだろう。
その行為自体は問題ないのだが、いかせん、ここでは人目があるのだ。
そんな風に困る恭也を見上げたまま、忍はスンスンと鼻を鳴らし、今にも泣き出しそうな顔になる。
恭也は忍の頭を抱き寄せるようにして首筋に持っていくと、忍の頭を抱くようにして首筋を隠す。
恭也の腕の下で、忍が口を開いて恭也の首筋に噛み付く。
しかし、いつものようにその後に襲ってくる小さな痛みはなく、代わりに首筋に風が当たる。
ふと視線を巡らせれば、恭也の首筋に吸い付いたまま、忍は寝息を立てていた。

「……はぁー」

恭也に否定されたのではないと分かったからなのか、忍はそこで力尽きたように再び夢の世界へと旅立つ。
疲れたように溜め息を吐き出した恭也は、そのまま忍を抱くようにして肩を落とす。
そんな恭也の様子を赤星が楽しそうに見詰める。

「ところで高町、昼は良いのか? もう本当に時間がないぞ」

「……どうしたもんだろうな」

くすぐったそうに体を小さく揺らすと、恭也はすぐ横で眠る忍の顔を覗く。
当分、起きそうにない事を確認すると、机で眠っていた態勢に戻そうと自分から引き離す。
しかし、思った以上にしっかりと抱き付かれており、簡単には引き離せそうもなかった。

「…昼は諦めるか」

「そうか。まあ、次の授業が始まるまでには起こした方が良いとは思うけれどな」

「分かっている」

「それじゃあ、俺は購買に行って、何か適当に買ってきてやるよ」

「すまんな」

「気にするな」

軽く手を上げて恭也に応えると、赤星は教室を出て行く。



赤星から買ってきてもらったパンを片手で食べながら、恭也はもう一方の手で忍が落ちないように支える。
流石にクラスメイトの視線が気になるが、なるべく気にしないようにしながら食べる。

「しかし、本当によく寝ているな月村さん」

「ああ。またゲームでもして徹夜したか、遅くまで起きていたかだろう」

「はは」

二人で話をしていると、ようやく忍が目を開ける。
ようやく忍の唇から解放された恭也の首筋は、赤くなっていた。
忍は目を開けると、間近にある恭也の顔に驚きつつも嬉しそうに目を細める。
次いで、自分の態勢を確認すると、離れるどころか恭也に体重を預けるように深く腰掛け、満面の笑みを浮かべる。

「おはよう、恭也」

「ああ、おはよう。ようやく、お目覚めか。とんだ眠り姫だな」

「何のこと?」

「いや、別に」

言って恭也は昼食を再開する。
それにつまらなさそうに返事をしつつ、恭也の手元へと視線を向ける。

「ふーん。って、美味しそうなもの食べてるわね。一口頂戴」

言うが早いか、忍は恭也が返事をするよりも早く、恭也が齧り付いているパンに反対側から齧り付く。
口に入れたものを飲み込んでから、恭也は忍を嗜める。

「行儀が悪いぞ、忍」

「えへへ。ごめん、ごめん」

謝りながら、恭也の手にあるパンに齧り付く。
恭也は仕方ない奴だと溜め息を吐きながら、忍が食べやすいように持ってあげる。
それに嬉しそうに反応しつつ、もう一口食べる。

「恭也は食べないの?」

「口に物を入れたまま…。はあ、まあいい。
 言われなくても食べるさ」

言ってパンに齧り付く。
二人は昼食を終えるまでそれを繰り返す。
特に意識してやっている訳ではない二人に、赤星が苦笑しながら声を掛ける。

「二人とも、ここが学校で、教室内だって事を忘れているだろう」

言われ、二人はかなり注目を浴びていることに気付いて赤面する。
同時に、恭也は軽く赤星を睨む。

「分かっていたのなら、食べ終わる前に、もっと早くに教えてくれ」

「いや、あまりにも自然だったから、声を掛けれなかった」

言いつつもその顔は笑っており、恭也は文句を言おうとするが、
自業自得の為に何も言えずに、押し黙るしかなかった。
その傍で、忍は照れつつも嬉しそうにはにかみ、恭也の胸に置いた手をぎゅっと小さく握り締める。
昔からは考えられないこの日常を、すぐ傍にいてくれる恭也を、自分が誰かを愛するという気持ちを、
それら全部を愛しく感じながら、忍は目一杯に今を楽しむ。
これから先もずっとずっと。恭也と共に。
そんな事を考えながら恭也の顔を見上げれば、その視線がぶつかる。
意味もなく笑みが浮かんでくる忍に、恭也もまた笑みを返す。
それだけで、今さっき、忍が考えていた事と全く同じ事を恭也も考えていたのだと、何となく理解する。
そこに言葉はなくても、二人はしっかりと繋がっている。
それを感じながら、二人はもう一度、柔らかく笑みを浮かべるのだった。






おわり




<あとがき>

290万ヒット〜
美姫 「ミヤさん、おめでとうございます〜」
そして、リクエストありがと〜。
美姫 「恭也と忍の少し甘いお話」
いかがでしたでしょうか。
美姫 「微甘という事で、こんな感じなのね」
おうともさ。
しかも、久しぶりの短編。
美姫 「あら、そう言えば」
さて、次の短編はいつになるやら。
美姫 「って、自分で言わないの!」
あははは。
ともあれ、こんな感じになりました〜。
美姫 「それじゃあね〜」







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