「いたか!」

「ううん、こっちにはいないわ」

俺は物陰に潜み、気配を消しながら、聞こえてくる声に耳を傾ける。
どうやら、ここに隠れている事は気付かれていないようだ。
後は、あいつらがさっさとこの場から立ち去ってくれる事を願うだけだ。
やがて、あいつらは諦めたのか、この場を後にする。
それでも、俺はすぐには出て行かず、慎重に辺りの気配を探りつつ、一分程してから物陰から姿を現す。

「ふぅー。何とかやり過ごせたみたいだな」

それでも、俺を狙っているのはさっきの奴らだけじゃない。
いや、あいつらも組織の一員だから、正確に言うのならば、一組織に狙われていると言っても良いのだろう。
問題は、俺を…いや、俺たちを捕まえるためだけに、かなりの人数が動いているという事だ。
おまけに、今手持ちの武器は、小刀や飛針、鋼糸といった持ち歩ける物しかない。
一番頼りになり、最も信頼する小太刀がない。
それだけで、少し心許ない気持ちになる。
しかし、そんな気持ちを押さえ、次なる行動に移らなければ、いつ何時、この場所にまたあいつ等がやってこないとも限らない。
そう、敵は30人近くもいるんだから。
俺は決意を新たにすると、そっとこの場所を離れるのだった。
何故、こんな事になったのか思い出しながら…。





『壮絶バトル!?』






全てはあの日から始まった…。
恭也はエリスからの突然の電話で呼び出され、空港へと迎えに行った。
そして、そのまま自宅へと連れて帰ったのだった。
既に、恭也とエリスの仲を知っていた桃子たちは快く迎え入れ、部屋も恭也と一緒にする程だった。
エリスはヘアバンドをして、ネコ耳を隠していた。
勿論、恭也と寝る時はそれを外していたが。
そして、その後どうなったのかは、言うまでもない事で。
ただ言えるのは、二人が眠りに着いたのは、空が白じみ始めた頃だった。
そして、フィリス先生の所へと診察に行った。
今にして思えば、これが悪かったのかもしれなかった。
少なくとも、原因の一つではあるだろう。
しかし、その時の恭也にはそんな事は分かるはずもなく、エリスをフィリスへと見せたのだった。

「か、可愛い♪」

その第一声がこれである。
エリスは少し不安そうに恭也を見る。
その視線を受け、恭也は大丈夫だと頷く。
そんな二人のやり取りにも気付かず、フィリスはエリスの猫耳を凝視する。
その指が、いかにもな感じでうずうずと動いている。

「と、とりあえず触診を…」

そう言ってフィリスはエリスの耳を触る。
触れられた瞬間、耳がピクリと動くが、フィリスは気にせず触る。
触られたフィリスは擽ったそうに首を竦めるが、声を出すのを堪える。
充分に堪能した所で、耳から手を離したフィリスは満足気な吐息を漏らす。

「はぁ〜。幸せ〜。私ってば、何故か猫に触ろうとしても逃げられるんですよね。
 ですから、こんなにゆっくりと触ったのって初めてです」

「えっと、フィリス先生。それは兎も角、これは治りますか」

「……治しちゃうんですか」

物凄く残念そうに告げるフィリスに、しかし恭也は頷く。

「ええ。その為に、こうして来たんですから」

「うーん、何か勿体無い気が……」

「フィリス先生!」

少し口調を強めて言う恭也に、フィリスも反省したのか謝る。

「すいません。医者が言う言葉ではありませんでしたね」

「いえ。それで、治せそうですか」

「正直、分かりません。そもそも、何が原因でそんな事に?」

フィリスの問い掛けに、エリスは首を傾げ、分からないと答える。

「とりあえず、治療法を探す事は探してみますから」

「「お願いします」」

フィリスの言葉に、二人は揃って頭を下げる。
そんな二人、特にエリスの方を見ながら、フィリスはうずうずと指を動かす。

「エリスさん……。もう少し触らせてもらっても良いですか」

「お断りします」

フィリスの猫撫で声を、エリスはきっぱりと断わる。
そう言われ、フィリスはいじけたように両手の人差し指を付き合せつつ、

「良いんですよ。どうせ、私なんか、近寄っただけで動物が逃げていくぐらいなんですから。
 一層の事、害虫駆除のお仕事の方が似合っているのかも。うぅぅ」

流石に目の前でそこまで落ち込まれては、エリスも罰が悪いらしく、仕方なさそうな声で言う。

「少しだけなら……」

「あ、ありがとうございます。…………ああ〜、幸せ〜」

エリスの言葉に顔を輝かせると、周囲にもその幸せを撒き散らすかのようなオーラを出しつつ、フィリスはうっとりとした表情になる。
暫らくフィリスにされるがままになっていたエリスの耳を、第三者が触る。

「恭也?」

「あ、ああ、すまない。フィリス先生を見ていて、つい」

恭也は苦笑しつつ、その手を離すが、それをエリスが取って耳へと持っていく。

「その、恭也だったら、良いよ」

少し頬を染めつつ、そんな事を言うエリスに、恭也は思わず抱きつきそうになるが、
フィリスの手前、それを堪えると、許可を貰った耳を撫でる。

「んっ」

恭也が触ると気持ちが良いのか、エリスは少しだけ声を上げ、気持ち良さそうに目を細める。
診察室を、暫しの無言が包みこむ。
傍から見たら、それは異様な光景だったのかもしれない。
何せ、男女三人が、無言で恍惚とした表情を浮かべているのだから。
現に、突然部屋に現われた彼女も、言葉途中でその動きを止めてしまう。

「フィリス、悪いけれど、お金貸…………」

突如現われたリスティに気付く事無く、恭也とフィリスはエリスのネコ耳を触り続ける。
と、恭也の視線とリスティの視線が交わる。

「……リ、リスティさん!?」

「えーっと、そっちの女性は確か、恭也の恋人の……」

数回とはいえ、エリスとあった事のあるリスティが記憶を引き出す。

「あ、エリスです。その、お久し振りです」

「あ、ああ。一体、何をして……、って、何だ、その耳は!?
 恭也の趣味か。いや、そうじゃないな」

じっとエリスのネコ耳を注視し、一つの結論に達する。

「夜の一族……ではないよな」

「ええ、違いますよ。その、何故か、こうなっていたみたいで。
 それでフィリス先生に」

「ああ、そういう事ね」

そう呟いたリスティの瞳が、次の瞬間、怪しい光を放つ。
それに嫌な予感を感じ、恭也は急ぎ釘を刺す。

「リスティさん、この事はどうか内密に…」

「無理♪ だって、こんな面白そうな事、黙ってる何て僕にはできない♪
 そういう訳だから、申し訳ない、恭也♪」

「全然、申し訳ないように聞こえません!」

叫ぶものの、リスティの姿は既に消えていた。

「……真雪さんの所か。と、なると、真雪さんからかーさんに行くのは間違いないな」

ため息を吐き出しつつ、恭也は少し気が重くなるのだった。

「エリス、とりあえず帰るか」

「そうだね」

二人は頷き合うと、未だに耳に触りながら幸せを感じている女医を正気へと戻す事から始めるのだった。



  ◇ ◇ ◇



その後、帰宅した恭也を待っていたのは、ねこじゃらしを手に持った三つ編みの妹や、
両手をうずうずさせている関西弁の妹分、更には、何故か猫缶を手に持った、もう一人の妹分などだった。
その誰の目も、ただ一点、エリスの今はヘアバンドを着けている頭部に集中していた。
そのただならぬ様子に、エリスは愚か、隣にいた恭也ですら寒気を覚えるほどに。

「「「エリスさん、耳を触らせて!」」」

まるで、稽古をしていたかのように、全く同時に同じ事を口にした三人は、エリスの言葉も待たず、飛び掛る。
予想外の出来事に、全く反応できなかったエリスとは違い、こうなる事を多少は予想していた恭也は、
エリスの腰に腕を回し、そのまま引き寄せる。
結果、美由希たちはそのまま玄関へと倒れこむのだった。
縺れ合って倒れている三人に、恭也が言い放つ。

「お前ら、馬鹿な事をやってるんじゃない」

「むー、馬鹿な事じゃないよ。第一、恭ちゃん、独り占めする気?」

「お師匠、それはないですよ」

「そうですよ。ほら、こうやってネコ缶も用意したんですから」

「馬鹿者。エリスは猫になった訳じゃないんだ。そんな物を用意するな。
 それと、独り占めしている訳ではない」

「恭也になら、独り占めされても良いかも…」

ぽつりと呟いたエリスの言葉に、恭也は照れつつ、誤魔化すように咳払いを一つする。
そんな恭也を、美由希たちがジト目で見てくる。

「やっぱり、独り占め…」

「違うわっ! 第一、エリスは、その、俺の恋人だぞ!
 だから、別に独り占めとかでは断じてない」

「師匠って、独占欲が強かったんですね」

「お師匠の意外な一面ですなー」

「だから、何でそうなるんだ……」

疲れた声を出す恭也に目もくれず、美由希たちはただ隙を窺う。
それが分かっているからこそ、恭也もエリスを背後に庇いつつ、玄関へとゆっくりと後退していく。

「恭也、どうしよう」

「多分、もう少し経てば冷静になると思う。
 ただ、今は無理だろうな」

「となると……」

「ああ、逃げるしかない!」

恭也はそう言うなり、エリスの手を引いて家を飛び出す。
その後を、美由希たちが追って来ようとするが、いち早く外へと出た恭也は、力一杯、玄関の扉を閉める。
その直後、扉にぶつかる音が盛大に響くが、それを気に掛ける事もせず、恭也はそのまま外へと飛び出していった。

「恭也、何処に行くつもり」

「分からん。こうなった以上、逃げれる限り逃げるのみだ。
 恐らく、かーさんも美由希たちと同じ状態になっていると見た方が良い」

「で、でも、桃子さんは仕事じゃ…」

「エリス、かーさんを見縊るな。
 こんな面白い事が目の前で起きているのに、自分だけが仕事で参加しないなんて事、あの人に限ってありえない」

「えっと……」

恭也のやけに説得力のある言葉に、エリスも言葉を無くしつつ、それでも足だけは懸命に動かす。
と、前方に見知った人物を見て、恭也は足を止める。
その人物も恭也に気付いたらしく、片手を上げて柔和な笑みを見せる。

「やあ、恭也くんじゃないか」

「耕介さんでしたか」

「どうしたんだい、そんなに慌てて?」

「まあ、色々ありまして」

「えっと、そちらは確か、エリスさんだったっけ?」

「あ、はい」

ほっと胸を撫で下ろす恭也と、挨拶をするエリス。
さざなみの人間を、耕介に止めてもらう事を思いつき、恭也は耕介に話し掛けようとする。
そこへ、耕介の腕がエリスの頭へと伸ばされる。
その手を恭也が打ち払う。

「耕介さん、貴方もですか」

「分かってないな、恭也くん」

「何がです」

「ネコ耳は浪漫なんだよ」

「はい?」

耕介の言葉の意味が分からず、恭也は思わず聞き返す。
しかし、それに構わず、耕介はそのまま続ける。

「さらに、メイドさんならなお良し!
 漢なら、誰でも一度は憧れるネコ耳メイドだよ。
 さあ、エリスさん、このメイド服を着てくれ!」

そう言って、何処からともなくメイド服を取り出す耕介に、恭也とエリスは一歩後退りながら尋ねる。

「耕介さん、そんな物を一体、何処かから」

「うん? 俺、裁縫も結構、得意なんだよ。
 服の作りとかは、昔、真雪さんの漫画の手伝いで調べた事があったから」

「…………それは分かりました。しかし、一つ分からない事が」

何だい?、と笑顔で尋ね返してくる耕介の動きに注意しつつ、恭也たちはゆっくりとだが耕介から距離を取る。

「リスティさんから話を聞いてから、それを作るのは幾ら何でも無理ですよね。
 だとすれば、それは一体、何時作られたものなんですか?」

「そんな事はどうだって良いじゃないか。それよりも、さあメイド服を…。
 そして、ご主人様と言ってくれ」

「い、嫌よ」

エリスの返答に、耕介は大げさな手振りで絶叫する。

「な、何故だーー! メイド、それもレアなネコ耳メイドともなれば、ご主人様と言うのが基本じゃないか。
 世界の半分はメイドで出来ていると言っても過言ではないんだよ。
 そんな事では、立派なMMM(もっと萌えろメイドさん)部隊になれないぞ」

「何なんですか、さっきから怪しい事ばかり…」

「なっ! し、知らないのか。
 これは彼の有名な人物が記した書物にも書いてあると言うのに!
 彼の人物も言っているだろう。『メイドは一日にしてならず、天然ネコ耳は後天的にはなれず』って。
 エリスさんは、その名言を覆す、後天的なネコ耳メイドさんだぞ」

「いや、だから、メイドではないですって。
 そもそも、その怪しい人物は誰なんですか」

「氷瀬浩だ!」

「……えーっと、誰でしょう」

「さあ、俺も詳しくは知らない。兎も角、エリスさんにこの服を着せる!
 そして、ご主人様を呼ばせるんだ!」

「そんなに力説されても…」

呆れたように呟く恭也の後ろから、エリスが顔だけを出して言う。

「嫌よ。もし、ご主人様と呼ぶんなら、私がそう呼ぶのは恭也だけよ」

「ぬぐぐぐ。ここまで言っても無駄なら、後は実力行使あるのみ」

そう言って突進してくる耕介を横にヒラリと躱し、ついでに足を掛けて転ばす。
耕介が起き上がってくる前に、恭也はその頭部にきつい一撃を食らわせて気絶させると、急ぎその場を逃げ去る。

「……これは、知人全員を敵だと思った方が良いかもしれないな」

「うぅ。あの人たち相手に逃げ通せるのかな?」

不安げに呟くエリスの言葉に、恭也も思わず同じような事を思ったが、

「大丈夫だ。御神の剣士は守る者がいる限り、決して負けない」

「恭也…」

恭也の言葉に嬉しそうな顔を向けるエリスだった。
尤も、状況が状況ではなければ…。
こうして、行く先々で知人に出会っては、逃げたり、実力行使したりと恭也とエリスは逃げ回っていた。
今しがたも物陰に隠れ、連中をやり過ごした所だ。

「ふぅー。何とかやり過ごせたみたいだな」

「でも、本当にいつまで逃げれば良いんだろうね」

「何処か良い隠れ場所でもあれば良いんだがな…」

二人は少し駅から外れた街の郊外まで来ていた。
建物が立ち並ぶ、狭い通路に入った裏路地で、やっと休憩を取っていた所、先程の連中が来たという訳だった。
辺りは既に暗くなって来ており、ここからでも表通りの明りが微かに見える。

「人通りが多くなってきたから、人込みに紛れても良いんだが…」

恭也の不安はただ一つ。
追ってきている連中が、果たして人目を気にするかどうか。
あっさりと結論を出した恭也は、首を振る。

「こちらの身動きも取れなくなるから、止めておいた方が良いな」

人目を気にしないと結論を出した恭也だった。
と、何を思ったのか、エリスが凭れていた建物を仰ぎ見る。

「ねえ、恭也…」

「どうした」

「ここに入れば、大丈夫なんじゃない」

エリスが見上げているものを見て、恭也は絶句し、次いで顔を赤くする。

「いや、しかし…」

「な、何を恥ずかしがってるのよ。その、今回は身を隠すためであって…。
 それに、この前、私を空港に迎えに来た時は、強引に入ったくせに」

それを言われると何も言い返せない恭也だった。

「そうだな。このまま逃げ回るよりは確実だな。
 寝床の確保もできるし」

「そういう事。それじゃあ、早く行こう。モタモタしていると、さっきの奴らがまた戻ってくるかもしれないから」

エリスの言葉に頷くと、恭也とエリスは怪しまれないように腕を組み、表通りへと出る。
そして、件の建物へと向う。

「所でエリス、本当に身を隠すだけか」

「そういう事は聞かないの!」

「そういうものなのか」

「そうよ」

顔を赤くしつつ、視線を逸らすエリスに、恭也は謝る。

「それはすまなかった。ただ、その、本当に身を隠すだけのつもりなら、俺も抑えなければいけないと言うか…」

エリスは無言のまま恭也と組んだ腕に力を込める。

「恭也、あまり野暮な事は言わないの」

「ああ、すまない」

そう謝りつつ、二人はその建物へと消えていった。
こうして、恭也たちの壮絶なる鬼ごっこは恭也たちが見つからない状態で幕を降ろすのであった。





おわり




<あとがき>

美姫 「メイドさん?」
うっ!
美姫 「ネコ耳?」
あ、あれは、あくまでも作品上の話だぞ。
このSSに出てくる登場人物は、全てフィクションであり、実際の人物とは何ら…。
美姫 「はいはい。分かった、分かった」
何だ、その投げやりな言い方は。
美姫 「いや、別に…」
と、とりあえず、ネコ耳エリス第二弾でした。
美姫 「第二弾って、三弾もあるの」
いや、分からない。って、これは短編だし。
と、とりあえず、今回はこの辺で〜。
美姫 「はぁ〜。まあ、良いわ。それじゃあ、皆さんごきげんよう」




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