『Halloween』






高町恭也は学校から家へと帰り、自室へと向かう途中でその動きを止める。
思わず周囲を見渡し、目を何度かしばたかせた後、もう一度それを見る。
だが、どうも見間違いや幻覚ではないらしい。
とすると、これは一体何なのか。
恭也はその謎の物体を目にしたまま、暫し首を捻った。
視線の先には、一匹の子狐――久遠がちょこんと鎮座して恭也を見上げている。
いや、いると思われる。
その判断が付かない。
何故なら、久遠の首から上が全く見えないからだ。
久遠の首から上は、かぼちゃだった。
首が入っている所以外に穴らしきものがないせいか、体は狐、
頭はかぼちゃという訳の分からないものがそこにいた。
よく見れば、鎮座しているのではなく、見えないから下手に動けないのかもしれない。
その辺り、その辺りにいる――かどうかはこの際置いておいて――狐とは違い、とても利口である久遠の事だから、
それもありえない話ではない。
ともあれ、かぼちゃを被っている意味が分からず、ただ立ち尽くす恭也だったが、
徐々に久遠の様子が可笑しくなっていく。
小刻みに体を震わせたかと思うと、ポテンと横になり、ついには大人しかったはずが、
後ろ足や前足で必死にかぼちゃを蹴っていた。
暫くそれを見ていた恭也だったが、すぐある事に気付いて久遠の頭に付いたかぼちゃを取ってやる。
顔が外に出た瞬間、安堵したようにふーっといった感じで頭をふりふりしつつ、前足で顔を撫でる。

「やっぱり、息が出来なかったんだな」

危ないところだったと胸を撫で下ろす恭也にようやく気付いたのか、
久遠は恭也の足に数度顔を擦りつけて礼をすると、トテトテとそのまま奥へと行く。

「あ、くーちゃん、どこに行ってたの。
 え、お兄ちゃんが帰って来たの。じゃあ、行こうか♪」

くぅーんという久遠の言葉を理解するなのはに感心する恭也の耳に、奥から二つの足音が聞こえてくる。
恐らく、先程の会話からすれば、なのはと久遠だろう。
だとすれば、少し注意しておいた方が良いかもしれないと、さっきまで久遠が被っていたかぼちゃを手にする。
縁側へと姿を見せたなのはへと声を掛けようとした恭也だったが、その格好にまたしても機先を制される。
なのはは普段着の恭也のように、頭から足までが真っ黒の服に身を包んでいた。
頭には、少し大きめの鍔が広く黒い先端が尖り、横へと折れているとんがり帽子を被り、
肩からは黒いマント、その下に見える服もひらひらしたスカートも黒。
手には、先端が星型になった杖らしきものを手に、俗に言う魔女の姿をしていた。
異様に可愛らしい魔女の足元には、こちらも黒い帽子をちょこんと頭に乗せて、背中に黒い布、
恐らくはマントなのだろう、それを付けた狐姿の久遠が寄り添っている。
困惑する恭也へと向け、なのはは手にした杖を振りながら、

「トリック・オア・トリート」

「くぅぅ〜〜ん」

「……はぁっ?」

急な事についていけていない恭也へ、可愛らしく頬を膨らませると、小さな魔女はもう一度同じように杖を振る。

「トリック・オア・トリート。お菓子をくれなきゃ、悪戯しちゃうよ」

「…ああ、ハロウィーンか」

ようやく理解した恭也へとにっこりと微笑みながら、なのはは手を差し出す。
真似するように、その足元では久遠が器用に前足を差し出す。
そんな二人の頭を軽く撫でると、恭也は少し渋面になる。

「今帰ってきたばかりで、お菓子は持っていないな。
 キッチンに行けば、確か大福か煎餅があったと思うが」

和のおやつが出てくる辺り恭也らしいとなのはは苦笑しつつ、杖を大きく振る。

「それなら、悪戯しちゃうよー。くーっちゃん!」

言ってなのはと久遠は、屈み込んでいた恭也へと飛びつく。
これが美由希辺りなら、あっさりと身を躱して、今ごろは床と対面をしているだろうが。
なのはと久遠に背中に乗りかかれた恭也は、何事もないように立ち上がると部屋へと進む。

「で、兄は着替えたいのだが」

部屋に着いても離れようとしない二人にそう言うも、二人は恭也の首にしがみ付いたまま離れる素振りを見せない。

「むむ」

仕方なく、自分で引き離そうと背中へと手を伸ばすも、巧みに恭也の腕を躱す。

「あははは。お兄ちゃん、そっちじゃないよ。こっちだよ〜」

恭也の背中を左右に移動しながら、迫る手を躱すなのは。
が、あっさりとすぐに捕まって背中から引き離される。

「むー、悪戯が失敗しちゃった」

「悪戯が失敗した魔女はどうなるんだ?」

「うーん、とりあえずは撤退するのです。行こう、くーちゃん」

なのはに鳴いて答えると、二人は恭也の部屋から出て行く。
着替えをしながら、恭也は何か買ってくるかと考える。
ついでに、何か足りないものがなかったか確認しようと、着替えを終えた恭也はリビングへと顔を出す。
と、入り口を潜った瞬間、鋭く空気を切る音と共に振り下ろされる丸められた雑誌。
それを恭也は腕で払い除けると、襲撃者へと蹴りを飛ばす。
襲撃者――美由希は後ろに飛んで蹴りを避けると、ニヤリと笑みを見せる。
今の奇襲は中々良かったと思いつつも、家の中ではどうかと注意するかどうか考える恭也だったが、
美由希の格好を見て、小さく溜め息を零す。
なのはと同じように黒いマントを纏い、不敵な笑みを浮かべる。

「トリック・オア・トリート」

「お前、聞く前に攻撃してこなかったか。
 いや、あれは悪戯レベルというものではないが…」

「……あ、あはははは」

笑って誤魔化す美由希を軽く睨んでから、恭也はなのはに対したのと同じような答えを返す。

「第一、さっき学校から帰ってきたばかりなのに、お菓子を持っている訳ないだろう」

「あははは、それもそうだね」

「それにしても、何で突然」

「うーん、今日の朝、なのはがおかーさんに言ったみたい。
 そしたら、おかーさんも楽しそうに皆でやろうって」

「そうか。今日は日直で先に出たから、俺は知らなかったよ」

「あれ? 晶かレンに聞いてないの?」

「いや」

てっきり二人が伝えていると思っていたのか、美由希は小さく肩を竦める。
そこへ、晶とレンも姿を現す。

「師匠、トリック・オア・トリート」

「お師匠、トリック・オア・トリートです」

緑色の服に灰色っぽいマントを付けてバンシーに扮した晶と、狼の耳を付けたレンが同時に現れる。
どうやら、かぼちゃをくり貫いて作るジャック・オー・ランタンを作っている途中だったらしく、
二人ともかぼちゃをその手に持っていた。
ようやく、久遠の頭が挟まっていた理由の見当がつく。
恐らく、作りかけのかぼちゃの中を興味本位で覗いたのだろう。
恭也は持っていたかぼちゃを晶たちに渡す。

「師匠、これはお菓子じゃないですよ」

「しかも、何の調理もされていない上に、中身がくり貫かれて空っぽです」

「いや、別にお菓子として渡した訳じゃないから。
 さっき、久遠の頭にそれが嵌っていて、危うく窒息する所だったんだ」

「ああ、そう言えば一つ足りないと思ってたけど」

「このアホ! ちゃんと見とかんかい!
 お師匠が気付いたから、今回は良かったけれど」

「うっ、わ、悪かったよ」

流石にこの件に関しては強く反論できず、晶は大人しく謝る。
そんな晶へと、レンは何処から取り出したのか、白いシーツを持ち出し、頭から被せる。

「暫くは、お前はお化けにでもなって反省してろ」

「……ふっふっふ。確かに、かぼちゃの件は悪いと思う。
 だがな、お前にここまでされる覚えはねぇ!」

まさに今から喧嘩が始まるかと思われたその時、リビングになのはが顔を出す。

「晶ちゃん、レンちゃん!」

なのはの鋭い声に、二人は背筋を伸ばして動きを止める。

「もう、二人にはお化けかぼちゃを作ってくれるように頼んだのに、こんな所でまた喧嘩して」

「「いや、これは…」」

「言い訳は聞きません! ほら、なのはも手伝うから、一緒にやろう」

「お、おう」

「じゃあ、さっさとやってしまおうか」

なのはに言われ、二人は矛先を互いに納めるとキッチンへと戻って行くのだった。
その背中を見送った後、恭也は美由希へと何か足りないものがないか尋ねる。

「特にはない、かな」

「そうか。じゃあ、ちょっと出掛けて来るが、すぐに戻るから」

「うん、いってらっしゃい」

「ああ、いってきます。そうそう、戸棚に大福があったはずだ」

「あ、本当。じゃあ、後で貰うね。とりあえず、なのはたちを手伝うよ」

「一応、気を付けてな。刃物とはいえ、刀と包丁では違うんだからな」

「分かってるって」

恭也を見送ると、美由希はキッチンへと向かうのだった。



適当にお菓子を買った恭也は、家へと帰る途中に鳴った携帯電話に出る。
電話の相手は忍だったようで、ちょっと家に来てくれという内容だった。
突然の事に考え込む恭也の目の前に、ノエルが姿を見せる。

「お迎えにあがりました」

「今、電話を貰ったところなんですが。
 それ以前に、何故、ここが?」

「偶々です。恭也様のお宅へと迎えに上がる途中で見つけましたので」

恐らく忍は恭也が承諾したら、あまり待たせる事無く迎えが付くようにと時間を考えて電話したのだろう。
だが、生憎と恭也は外に出ており、偶然とはいえノエルがそれを見つけたという事か。
目の前にノエルが迎えとして来ているのもあり、恭也は忍の屋敷へと行くことにする。
ノエルの運転する車が、月村邸の門前で止まる。
が、門は開く様子を見せない。
門に据えられているインターフォンから、忍の声が届く。

「恭也〜、庭で待っているから来てね♪」

その言葉を聞き、恭也はまた新しい警備システムかと呆れる。
見れば、ノエルも同様に呆れたような顔をしていた。

「恭也様、申し訳ございません」

「いや、ノエルが謝る事じゃないから。
 はぁ、さっさと忍の所へと行って、今日は早めに帰るよ。
 なのはたちが待っているから」

恭也の目が車内にあるお菓子の入った袋を見ながら言うと、ノエルは大体の事を察したのか、

「分かりました。それでは、お車はこのままにしておきます」

「ああ、頼む」

そう進言するノエルに、恭也は感謝の言葉を投げる。
車の方向転換をするノエルを背に、恭也は意を決して門を開けると一歩、中へと踏み出す。
途端、盛大な音を立てて茂みのあちこちから銃の取り付いたアームが出てくる。

「…実弾ではないよな」

半信半疑で呟きながら、恭也は背中から小太刀を取り出すのだった。



それから十数分後、忍の待つ庭へとやって来た恭也は、疲れた顔で忍の前にやってくる。

「……お前もか、忍」

忍の扮装を見て思わず恭也が呟くも、忍は何の事か分からず、吸血鬼の格好で首を小さく傾ける。
が、すぐに気を取り直すと、両腕を広げて八重歯を見せ付けるように口元を上げる。

「トリック・オア・トラップ〜」

「待て…。トラップって何だ。どっちを選んでも変わらないじゃないか。
 それに、トラップなら今抜けてきた所だ」

「あり? 何か違ったけ?
 あ、ああ、そうだった、トリック・オア・トリートだった。
 という訳で、お菓子ちょうだい♪」

「存分に悪戯された気分なんだが?」

「あ、あはははは」

軽く睨みつける恭也へ、忍は乾いた笑いで誤魔化す。

「ふぅ、まあ良いけれどな。さて、悪いけれど今日はこれで失礼するよ」

「えー、なんで?」

「家で。小さな魔女が待っているんだ」

「ああ、なのはちゃんか。それじゃあ、仕方ないか」

「良かったら、忍も来るか?」

「良いの?」

「ああ、別に構わないが」

「じゃあ、お邪魔しまーす。っと、このままの格好で良いか」

自分の姿を見下ろし、恭也の家でも同じ事をしていると聞いた忍はそう決断する。

「あ、その前に…」

忍は手を伸ばして恭也の首を掴むと、その首筋に唇を近づける。

「し、忍、何を」

「だから、お菓子をもらうの〜。ほら、私は吸血鬼だし」

「はぁー、分かった。分かったから、さっさとしてくれよ」

「ん〜♪」

返事をしながら既に恭也の首筋に噛み付く忍。
その喉が数度上下し、すぐに忍は離れる。

「うん、満足♪ あ、そうだ。私もお菓子を持っていかないとね。
 ちょっとだけ待ってて」

「ああ。先に車に行ってるよ」

家に入っていく忍にそう答えると、恭也はノエルの待つ車へと向かうのだった。





  ◇ ◇ ◇





家に付く前に電話で忍とノエルが行くことを伝えた恭也たちは、早速、玄関で迎えられる。

『トリック・オア・トリート』

いつの間にか来た妖精の扮装をした那美も加わっての行為に、恭也は買ってきた飴玉を渡す。

「はい、私からもね〜」

忍はラムネをそれぞれの手に乗せながら、恭也に続く。

「こちらもどうぞ」

忍に続き、ノエルも同じようになのはたちにお菓子を渡す。

「今日は賑やかな夕食になるね、恭ちゃん」

「ああ。かーさんも喜ぶんじゃないか」

「だね。あ、そうだ、恭ちゃんも仮装しようよ。
 それで、おかーさんを迎えてあげるの」

「いや、俺は…」

「ああ、美由希ちゃん、それは良いアイデアね」

「何か師匠にあう衣装残ってたかな」

「その前に、サイズや。お師匠にあうサイズがあるか見な」

恭也の意見はそっちのけで盛り上がる娘さんに、恭也は口を挟む事も出来ずに取り残される。
結局、ノエルも巻き込んで恭也は忍と同じようにドラキュラに、ノエルは狼少女へと扮装させられるのだった。
そして、案の定、そうやって迎えられた桃子はかなりご機嫌で、食後にお菓子を作って全員に振舞ったとか。






おわり




<あとがき>

うん、季節ネタ。
美姫 「ハロウィンね」
おう。ちょっとした日常のイベントって事で。
美姫 「今回はドタバタ控えめね」
まあな。
美姫 「さて、それじゃあ今回はこの辺で」
ではでは。
美姫 「それじゃあ、またね〜」







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