『IF 〜恭也と美由希の場合〜』






HRも終わり、放課後に突入した教室内は、俄かに騒がしくなる。
放課後独特の空気が漂う中、掃除当番たちが掃除を始め、部活のある者や特に用のない者も教室を出て行く。
そんな中、ここ3年G組に一人の少女が姿を見せ、教室の後ろの扉から遠慮がちに顔を覗かせる。
不安げな顔で覗き込んだ少女は、目当ての人物を見つけると、嬉しそうな笑みを浮かべる。

「お兄ちゃん」

遠慮がちに声を掛けつつ、教室へと入って来た少女に、顔見知りとなった何人かの女子生徒が声を掛けていく。
実際、毎日、休み時間や放課後になる度に、教室へとやって来るこの少女は、G組のクラスメイトなら、誰もが知っていた。
少女はそんな女子生徒たちに挨拶を返しつつ、目当ての人物、自らの兄である恭也の元へとやって来ると、
丁度、鞄を掴んで立ち上がった恭也の腕へと抱き付く。
恭也は抱き付いて来た少女の頭を、空いている方の手でポンポンと軽く撫でる。

「それじゃあ、帰るか」

「うん」

腕を組んだまま教室を出て行く二人を、別段珍しがる事もなく見送るクラスメイトたち。
その後ろ姿を見送り、恭也の悪友となった隣席に座る忍は、軽く肩を竦め、

「もう、すっかり慣れたわね」

そう呟くと、二人の後を追いかけるように教室を出て行く。
忍の言う通り、ここ3年G組では、いや、風芽丘学園ではあの風景は良く見られる事で、特に珍しい事でもなかった。
いわば、あの二人はある意味有名なのだった。
非常の仲の良い兄妹、ブラコン、シスコンとして。
下駄箱の辺りで追いついた忍は、恭也へと話し掛ける。

「それで、恭也と美由希ちゃんはこれからどうするの?」

「とりあえず、翠屋へ行くつもりだ。
 忙しいようなら、少し手伝おうと思う」

「そっか。じゃあ、一緒に行っても良いかな」

恭也が頷いたのを見ながら、忍は靴へと履き返る。
同じく履き替え終えた恭也は、美由希がやって来るのを入り口で待つ。
程なくして美由希がやって来ると、そのまま恭也の腕を取ると、隣りに居る忍へと話し掛ける。

「お待たせ、お兄ちゃん。忍さんも翠屋ですか?」

「うん。昨日、新メニューが出たって恭也から聞いたから」

忍の言葉に頷くと、三人は歩き始める。



翠屋へとやって来た三人は、珍しくそれ程混んでいない店内を見渡す。
と、丁度、奥から店長であり恭也と美由希の母親である桃子が出てきた所で、三人に気付くと近づいて来る。

「いらっしゃい、忍ちゃん、お帰り、二人共」

「お邪魔しま〜す」

「ああ、ただいま」

「ただいま、おかーさん」

それぞれ桃子へと返事を返すと、恭也が店内を見渡しつつ、尋ねる。

「今日はバイトの子達だけで大丈夫そうだけれど、どうする?」

「そうね、今日はバイトの子も多いし、手伝いは良いわよ。
 いつも手伝ってもらってばっかりじゃ悪いしね」

「そんな事はないが」

「はいはい。丁度、席も空いているし、恭也と美由希も何か食べていきなさい」

そう言って空いているテーブル席を指差す。
三人はそれに逆らわず、素直にそちらへと向かう。
そんな三人に手を振ると、桃子は再び厨房へと戻る。
それを見送った後、三人はそれぞれに注文をすませる。

「お待たせしました〜」

程なくして、注文した品が届く。
期間限定の新メニュー、さくらんぼフルーツケーキを食べる忍の向かいの席では、恭也がコーヒーを口にしており、
その隣りでは、美由希が嬉しそうにパフェをつっついている。
何口か食べると、美由希はパフェのアイス部分を少しだけスプーンで掬い取り、恭也の口元へと持っていく。

「はい、お兄ちゃん。少しだけあげるね」

「ああ、ありがとう」

短く礼を言うと、恭也はそれを口に放り込み、恭也の反応を伺うようにじっと見ている美由希に、美味しいよと答える。
その答えに気を良くしたのか、美由希は満面の笑みを見せると、もう一口アイスを恭也へと食べさせる。
と、少しだけ美由希の手が震え、恭也の口の端に少しアイスが付着する。
それを拭おうとナプキンに手を伸ばす恭也を制し、美由希が変わりにナプキンで拭き取る。

「ありがとう」

「えへへ、どういたしまして」

そんなやり取りにも慣れた忍は、気にせずに口と手を動かす。

「それにしても、相変わらず二人共仲が良いわね」

「まあ、兄妹だしな」

「えへへ〜。ずっと一緒だったもんね」

忍の言葉に頷く恭也と、そんな恭也に嬉しそうに抱き付く美由希。
始終こんな感じの二人に初めて会った時は、驚きもしたが、今ではすっかり慣れてしまった忍である。
忍だけではなく、二人を知る者の殆どがこうであるが。
忍は軽く肩を竦めると、紅茶を口にするのだった。



忍と別れた恭也たちは、家へと戻って来ていた。
制服から着替えた美由希は、リビングのソファーに座り、本を読んでいる。
恭也はキッチンで、そんな美由希と自分の分のお茶を淹れると、それを持ってリビングへとやって来る。
二人分の湯呑みをテーブルへと置くと、恭也は美由希の後ろへと周り、後ろから抱きつくようにして、
美由希の肩から顔を出して、読んでいる本を覗き込む。

「で、今度は何を読んでいるんだ?」

「うん、今はね…」

そう言って美由希は本の表紙を見せる。
それを見た恭也は、そのままソファーを跨ぎ越して、美由希の後ろへと身体を入れる。
美由希も恭也の意図を察し、慣れたように腰を少しだけ浮かし、恭也の足の間に腰を降ろし、そのまま恭也の胸に凭れる。
下から恭也を見上げながら、

「最初から読む?」

「いや、そこからで良いよ」

「うん」

恭也の言葉に頷くと、美由希はまた本を読み始める。
それを恭也は後ろから、手を美由希の腰から前へと回して抱き締めるようにして組み、肩から顔を覗かせて一緒に本を読む。
これが昔から、二人で一緒に本を読む時の態勢で、それは今もなお続いている。
お互いに違う本を読む時でも、お互いに背中を合わせていたり、違う事をしている時でも、動き回らないで済む時は、
何かしらと触れ合っている二人だった。
小さい頃から、常に二人一緒で行動していた為、特に可笑しくも思っていない二人だった。
と、そこへ高町家の末っ子のなのはが那美、久遠と一緒に帰宅する。

「ただいま〜」

「ああ、お帰り」

「お帰り、なのは」

「お邪魔します」

「いらっしゃい、那美さん」

「いらっしゃい、那美さん。久遠もいらっしゃい」

「くぅ〜ん」

美由希の言葉に、子狐の久遠も嬉しそうに鳴いて答える。

「わざわざなのはを送ってもらったみたいで、すいません」

「いえ、私の方こそ、久遠と遊んでもらって」

頭を下げる恭也に、那美も軽く頭を下げる。
そこへ、なのはが恭也へと声を掛ける。

「それでね、お兄ちゃん。那美さんに晩御飯を食べていってもらおうと思ってるんだけれど…」

「ああ、良いんじゃないか。確か、今日は晶が当番だったな。
 晶には言ったのか?」

「うん」

「なら、問題ない。那美さんの方も宜しかったですか」

「ええ、大丈夫です」

既に慣れているのだろう、なのはと那美は二人の様子を見ても、極普通に話を進めていくのだった。



夕食を終えて少ししてから、那美を送っていく事にした恭也は、那美と一緒に玄関へと向かう。
そこには美由希も当然のように付いて来ており、三人は那美の住んでいるさざなみ寮への道を歩く。
恭也と美由希は手を繋ぎながら、那美と話をしながら歩く。
やがて寮へと着くと、

「今日はありがとうございました。夕食をご馳走になった上に、送って頂いて」

「気にしないで下さい。家は賑やかなのは歓迎ですから」

「そうですよ、那美さん。それに、那美さんだったら、いつだって大歓迎ですよ」

恭也と美由希の言葉に、那美は嬉しそうにもう一度礼を言う。
那美が中へと入ったのを見届けると、恭也と美由希も踵を返す。
先程よりも少しゆっくりと歩きながら、空を見上げる。

「こうしてお兄ちゃんと二人で夜の散歩っていうのも良いよね」

「そうだな」

お互いに無言になるが、繋いだ手の温もりをしっかりと感じ、どちらともなく少しだけ強く握り締める。
そのタイミングが全く同じだった事に、お互いに驚いたような顔でお互いを見て、次いで笑みを浮かべる。

「少しだけ遠回りして帰るか」

「うん」

恭也の言葉に、美由希はただ嬉しそうに答えるのだった。



そして、深夜。
各自、部屋へと戻って眠りに着いた頃、恭也の部屋の襖がそっと開く。
恭也は身体を起こすと、そちらを見る。
影となっていてはっきりとした姿は見えないが、恭也は全く迷いなく影へと声を掛ける。

「どうした、美由希」

「うん、ちょっと……」

曖昧な返事をする美由希に、恭也は微かに苦笑しつつ、布団を捲る。

「ほら、いつまでもそんな所に居たら、寝不足になるぞ」

「あ、うん」

恭也の言葉に、零れんばかりの笑みを零すと、美由希は部屋の中へと入り、恭也の布団へと入り込む。

「えへへ」

嬉しそうな笑みを浮かべながら、美由希は恭也へと擦り寄る。
美由希が布団に入ったのを見て、恭也は布団を掛けてやると、美由希を包み込むように腕を回す。

「どうせ、いつも潜り込んで来るんだから、初めから来れば良いだろう」

「でも、それだと迷惑だと思って」

「途中で潜り込まれてくるよりはましだ」

「あうっ、ご、ごめんなさい。でも、部屋の中が真っ暗だから…」

恭也の服をぎゅっと握るながら謝り、必死に言い訳をする美由希の髪を優しく指で梳く。

「別に怒っている訳じゃない。少し言い方がきつかったな。すまん。
 お前が来るのは迷惑なんかじゃないと言いたかったんだ」

「あ、うん、ありがとうお兄ちゃん。
 じゃ、じゃあ、明日からは…」

「ああ、初めからおいで」

恭也の言葉を聞き、美由希は嬉しそうに頷く。
今年、高校へと入学するまではそうしていたのだが、高校入学と同時にそれを止めたのだった。
しかし、毎日、こうして途中で恭也の部屋にやって来ていたのだった。
兎も角、こうして二人はゆっくりと眠りへと落ちていった。
因みに、眠る時も一緒なのは、流石に高町家以外の者たちは知らないが…。






おわり




<あとがき>

IFのお話〜。
美姫 「もし、美由希が甘えん坊で、恭也がそれを許していたら?」
というよりも、シスコンとブラコンかな。
甘える可愛い美由希を書こうと考えたのが最初だったんだが。
美姫 「こうなった訳ね」
うむ、その通りである。
出来れば、もう少し美由希を甘えさせたかったかな。
美姫 「ふーん、そうなんだ」
ああ。っと、といった所で、今回はこの辺で。
美姫 「それじゃ〜ね〜」





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