『リリカルIF A's 〜逆転兄妹〜 3』






数分前、ヴォルケンリッターたちを見つけたとの報が入り、恭也とフェイトはアースラへとやって来ていた。
見つかったのはヴィータとシグナムの二人で、二人は別々の世界にいた。
この二つの世界は離れており、どちらかを捕まえてからもう一方に向かっていたのでは間に合わないと判断。
故に、恭也とフェイトはそれぞれヴィータとシグナムの元へと転送されるのだった。

「こ、ここまで離れれば、攻撃も届かないだろう」

そう吐き捨て、それでも万が一と振り返るヴィータ。
既に魔力の蒐集も終え、後は転送魔法で帰還するのみであったヴィータ。
しかし、そこへ恭也が現れて戦闘となったのである。
デバイスのパワーアップに加え、練習に実戦を重ねた恭也はヴィータと互角以上に渡り合っていた。
蒐集の後でヴィータが疲れていた事もあり、恭也が優勢でさえあった。
だからこそ、ヴィータは一瞬の目晦ましの後、全速でその場を離脱したのだ。
距離を離れて見詰める先で、恭也がレイジングハートを構えているのが見える。

「まさか、ここまで届かせるつもりか? 無理に決まってるだろう!」

長距離用の砲撃魔法でさえも届かないと思われるほどの距離を開けたヴィータは、余裕の顔で転送魔法を唱える。

「お姉ちゃーん!」

【イエス、マスター。なのは様、召喚!】

「げっ!? ま、またかよ」

途端、ヴィータの顔色が変わる。
慌てて転送魔法を発動させようとして、制御できずに失敗に終わる。
そんなヴィータに後ろから声が掛けられる。

「落ち着いて、もう一度転送魔法の準備をしろ。
 アレの相手は引き受けてやる」

言って現れたのはあの仮面の男であった。
ヴィータを庇うように前に出つつも、背中でヴィータを押しながら後退する仮面男。

「だ、大丈夫なのかよ!」

敵か味方か分からない男ではあるが、アレの相手をするよりはと任せようとしたヴィータであったが、
更に距離を開けようとする男に、思わずそんな言葉が口をついて出てくる。

「そんな事を気にしている暇があるのなら、さっさと転送魔法を準備しろ!
 いや、してください。俺だって、アレを抑えておく自信などないのだ!
 そもそも、こうしてアレと対峙などもうしたくもない! だが、この場合どうしても仕方なかろう。
 だから、さっさと逃げろ! 急げ!」

弱腰の台詞に顔を引き攣らせつつ、男の台詞も尤もだと急ぎ転送魔法を唱える。
と、その視界の隅に魔力の帯が映る。
恭也が放ったディバインバスターがヴィータへと襲い掛かっていた。
だが、仮面の男は余裕めいた様子で片腕を前へと出して、恭也の魔法を受け止める。

「ふんっ、この距離を届かせたのは褒めてやろう。
 だが、この程度の威力など片手で充分」

初めて仮面の男が役に立っていると心の内で思いつつ、ヴィータはひたすら転送の準備を急ぐ。
恭也は懲りずにもう一発撃ち、またしても余裕の態度でゆっくりと腕を前へと突き出す仮面男。
が、その顔が――仮面に隠れて顔は見えないが、その纏う空気が驚愕に歪む。

「なっ!?」

その声に思わずそちらを見たヴィータは、泣き出しそうな顔で更に魔法を急ぐ。
んなバカなと叫ばず、転送魔法を唱えている自分を褒めてやりたいぐらいである。
仮面男の驚愕する先、恭也の放ったディバインバスターに背中を押されて近付いてくるのは――。

「あ、悪魔め」

仮面の男が思わず漏らす先、真っ白な、穢れのない純白を身に纏ったなのはが小太刀を手に近づいてくる。

「よくも恭也の攻撃を鼻で笑ったわね!」

その両の目に怒りという感情のみを映し、驚きのあまり突き出したままであった仮面男の腕を小太刀で斬る。
バリアジャケットのお陰か、腕こそ斬り飛ばされなかったものの、鈍い音と共に腕がありえない方向へと曲がる。
その光景を目の前にして、ヴィータは思わず目の端に水滴を浮かべてしまう。

「あ、う、ああぁっ。あ、あたしは、今回は高町きょなんとかに何もしてねぇぞ」

虚勢を張るも僅かに足を震わせるヴィータに対し、なのははにっこりと笑みを返す。
だが、ヴィータはその笑顔を見ても安心など出来ず、ただただ恐怖を抱く。

「恭也の名前を覚えないなんて、そんな子はいらないわよね」

「あ、ああ……。で、でも、あたしは、な、何もしてねぇですよ」

「恭也が折角、話をしようって言ってるのに、それを無視したでしょう。
 恭也がっ! 恭也がっ! 話を! 私以外の女の子と話を!」

「そ、それは八つ当た……な、何でもねぇです」

「とりあえず、大人しくするなら良し。そうじゃないと……」

ゆっくりとヴィータに近付くなのは。
身体が強張り、折角完成した転送魔法を発動することさえ出来ないヴィータ。
その両者の間に仮面の男が割って入る。
折れた腕を庇うようにしながらも、ヴィータを庇うように。

「ま、待ってもらおうか。どうしても、そいつを連れて行くと言うのなら、まずはわた……がっ!」

「邪魔するんじゃないわよ!」

最後まで言わせる事なく、なのはの右足が男の脇腹に突き刺さる。
痛みに言葉を失うその腕を首を腹を足を、ニ刀の小太刀が容赦なく襲う。
ひたすら打たれ続け、ただのサンドバックと化した男の襟首を掴み、
なのはは右手の薬指に恭也に付けてもらった指輪へと視線を移す。

「レイジングハート」

【イエス、アイマム】

「恭也の魔法が効かないなんていうこのバカに、本当に効かないか見せてもらいましょう」

【ラジャー】

テンポ良く返って来るレイジングハートの声。
今まで、自分の力を完全に引き出せるマスターに出会えなかったレイジングハート。
そんなレイジングハートを完全に使いこなし、また道具ではなくパートーナーと扱ってくれる恭也。
これ以上はないマスターに出会えたという事が、レイジングハートにとっては幸せで、
だからこそ、レイジングハートにとって、マスターである恭也は何事にも優先されるのである。
そんな考えを持つレイジングハートだからこそ、なのはと意気投合したのは言うまでもなく、
なのはの指輪もまた、前回の戦いが終わった折、
なのはと二人して再び技術者を脅は……お願いして作ってもらったものである。
能力は大したものではなく、レイジングハートから離れても魔法が発動できるというものである。
その魔法も、単になのはの足元に半径2メートル程の床を作るだけ。
勿論、それ以外の魔法も少しは使えるが。
何より、恭也の姉だけあってか、その魔力は軽く恭也さえも凌駕するなのはである。
足場を作る程度など微々たるものでしかない。
更に、この指輪には他にも秘密があり……。

「レイジングハート、私の魔力を上乗せして」

【イエッサー】

これが秘密であり、単になのはの魔力を恭也の魔力に上乗せするというだけである。
だけとは言うが、恭也の魔力保有量はAAA。
そして、その恭也を凌駕する魔力保有量をなのはは有しており、その二人の魔力が合わさるということは……。
答えは仮面の男自らがその身で味わう事となる。
先程の攻撃よりも太い――両腕いっぱいで抱えれるかどうかという太さの魔力の帯が真っ直ぐに、
なのはに放り投げられた仮面の男を目指して飛来する。
眼前にシールド、それもかなり強力そうなシールドを展開するも、まるで紙のようにあっさりと貫かれ、
男の姿はそのままいずこへと消えていく。
あまりの大きな魔力の放出に空気が震える中、ヴィータは慌てて転送して逃げるのだった。

「ちっ」

小さく舌打ち一つ残し、なのははすぐに恭也の元へと戻ると、胸の中に恭也を抱き締める。

「恭也〜、最後の格好良かったわよ〜」

「ありがとう、なのはお姉ちゃん」

「ああ〜、もう何て可愛いの〜」

恭也の頬に頬を合わせてすりすりとその柔らかさを堪能すると、今度はそこに何度も口付ける。
そんな二人に遠慮がちにクロノから通信が入る。

「あー、取り込み中の所悪いんだが……」

「本当に悪いと思うのなら、もう少し黙ってなさいよ」

「す、すまない。だが、こっちも火急の件でね。フェイトの方がちょっと苦戦しているんだ」

「えっ!? なのはお姉ちゃん、フェイトちゃんを助けてあげて」

「……恭也のお願いじゃ仕方ないわね。
 それに、あの子は本当に恭也の事を親友として見てるみたいだし。
 他の女共とは違うものね。これがアリサとかなら見捨てるんだけれど……」

ブツブツと何事か呟いた後、なのはは満面の笑み――ヴィータたちに向けるものとは全く違う――を見せる。

「分かったわ。恭也の頼みだもの。それに、あの子には恭也を助けてもらった恩もあるしね」

なのはの言葉に嬉しそうに抱き付く恭也を抱き締め返し、
なのははこれ以上はないというぐらいに幸せそうな表情を見せる。
それを破るように、

「残念だが、今君たちがいる世界からフェイトのいる世界は離れすぎていて、すぐに転送は出来ないんだ」

「そんな!」

恭也の上げた悲壮な声になのはが反応する。

「だったら、何が火急の件なのかしら?
 なに? 恭也を不安にさせて楽しもうっての? 良い性格してるじゃない。
 矯正する必要がありそうね」

「ま、待ってくれ! 別にそんなつもりじゃないんだ!
 つまり、火急の件というのはフェイトが苦戦しているから、恐らくは騎士の捕縛は難しいだろうということだ。
 そこで、せめて仮面の男だけでもそっちで確保して欲しいと」

「で、でも、何処に行ったのか分からないんですけれど」

「正確には、どこに飛ばしたのか、だろう」

「あう、ご、ごめんなさい」

クロノの言葉にしゅんとなる恭也。途端……。

「クロノくん……いや、クロノはそんなに生きたまま地獄を味わいたいんだね。
 意外だな、ユーノ以外にもそんな事を望む人がいるなんて。もしかして、マゾ?」

「ち、違う! きょ、恭也、僕が悪かった。
 とりあえず、仮面の男も今なら弱っているはずだ。だから、探して捕まえて欲しい」

「でも、フェイトちゃんが……」

クロノの言っている事は分かるが、納得できない恭也は思わず言葉を濁す。
それを見てとったこの人が黙っている訳もなく。

「弱っているんなら、そっちにいる適当な奴でも充分でしょう。
 そっちからこっちに派遣しなさい。で、私たちはフェイトの居る所へ転送。
 それで問題ないでしょう」

「だから、距離の問題が……」

「そんなの一旦アースラに私たちを戻して、そこからすぐにフェイトの世界へと再転送しなさいよ」

「流石にすぐには無理だ。調整などの作業が……」

反論しようとするクロノの言葉を、静かな、けれども有無を言わさない声が遮る。

「ごちゃごちゃ煩いわよ。
 何か勘違いしているようね、クロノ。
 私はお願いなんてしてないの。
 恭也が私にお願いしたから、私はあなたたちにやってじゃなくて、やれって言ってるの?
 意味、分かるわよね?」

「も、勿論だ。エイミィ、全クルーに通達!
 ただちに転送の準備を! 急いでやらせろ!」

エイミィはクロノの言う通りに艦内に命令を流す。
途端、慌しく艦のあちこちで人が動き出す。

「転送準備をすぐに整えろ。幾つかのチェックは飛ばしても構わない!
 二人を回収後、最初に恭也のお姉さんを転送する。速度重視だ!
 その後、再度チェックをして恭也を転送する。こちらのチェックは何を置いても安全を優先だ!
 恭也の転送時には、厳重の注意で安全第一を忘れるな!」

そこまで一気に言い放つと、末端まではこの危機感が伝わらないと思ったのか、クロノは続ける。

「緊急事態発生! 恭也の姉が急いでいる!
 諸君らの訓練以上の働きを期待する! 尚、これは訓練ではない。
 繰り返す、これは訓練ではないぞ!」

クロノの叫びにも似た声に、先程よりも素早くクルーたちが動き出す。
訓練として、緊急時の現場転送や避難訓練なども定期的にやっているが、
その時よりも遥かに早い動きを、今までの訓練でも出した事のない程のタイムで。
クロノも艦中に素早く指示を飛ばし、次々と準備を整えていく。
結果、今までにない素早さで恭也となのはを回収し、なのはをフェイトの居る世界へと転送する事に成功する。
なのはが艦から転送された後、艦内に安堵の空気が流れる。
だが、ここで気を緩ませる訳にはいかない。
何より、これから恭也を転送させるのだ。
細心の注意を払っても払いすぎるという事はない。
幸い、なのはからも安全優先を言い渡されている。
クルーたちはそれこそ針の先程のミスもないかチェックを繰り返し、なのはからかなり遅れて恭也も転送するのだった。



フェイトとシグナムの対決は、殆ど互角で進められていた。
だが、やはりシグナムの方に僅かに分があるのか、フェイトの方が徐々にではあるが追い込まれていく。
再度、二人は向かい合い互いに前へと出る。
その瞬間、フェイトは動きを止め、あまつさえ、デバイスを手放す。
戦っている最中にありえない事態。
だが、その理由は一目瞭然で、フェイトの胸から一本の腕が生えていた。
その腕が掴むのは、フェイトのリンカーコア。

「貴様!」

一対一の戦いを邪魔され、騎士として怒りを顕わにするシグナム。
だが、その怒りを向けられた男――恭也に吹き飛ばされたはずの仮面の男は平然としている。
その様子を見ていたクロノたちも流石に驚く。
驚くも、すぐにクロノは仮面の男が二人以上居る可能性を考える。
その間に仮面の男の言葉にシグナムは渋々と納得したのか、フェイトのリンカーコアに手を伸ばし、
触れる前にシグナムと仮面の男、二人の身体が地面の上に転がる。
代わりに、その場にはさっきまで居なかったなのはが立ち、手にフェイトのリンカーコアを持っていた。

「えっと、これはどうしたら良いのかな」

何となくフェイトの胸にそれを置けば、それはそこがあるべき場所とばかりに再びフェイトの胸へと戻る。
フェイトの身体を見て、ただ気を失っているだけと分かるとなのはは胸を撫で下ろす。

「良かったわ。恭也のお願いを叶えてあげれなかったかと思ったじゃない。
 さあて、それじゃあ私の相手は……。アンタ誰?」

立ち上がるシグナムと仮面の男を見渡し、なのははその視線を男へと固定すると首を傾げる。

「誰とは異な事を。さっきまで対峙していたのではないか?
 尤も、私はただあの騎士が逃げる時間を稼いだ程度だが」

「稼いだ? あれで? そもそも、腕を折ったのに何ともないみたいだし、何よりも気配が違うわよ」

「……ちっ。失敗したのか」

小さくそう漏らすと、仮面の男はその場から姿を消す。
一方、なのはとの会話を聞いていたクロノは、やはり二人以上いたという推測が正しかったと確認する。
そして、少しだけ考え込むのだった。

「あんな形でテスタロッサとの決着をつけるのは私としても不本意であった。
 その事には礼を言おう。だが、仲間が世話になった借りをまだ返していなかったな」

「そっちこそ、この前の恭也への悪口に対するお仕置きを忘れてないわよね」

不敵な笑みを浮かべて対峙する二人の剣士。

「我が名はシグナム、騎士を束ねる烈火の将。そして、我が相棒、レヴァンティンだ」

「永久不滅恭也至上・高町レイジング流魔導式 高町なのは」

「「いざ参る!」」

互いに名乗りを上げるなり前へと出る。
ぶつかり合うは刃二つ。
鍔競り合いはしかし、なのはのニ刀目を躱す為、シグナムが後ろへと飛んですぐに終わる。
レヴァンティンが薬莢を吐き出し、コック音を響かせる。
次の瞬間、大剣は連結刃へと変じて鞭のようになのはに襲い掛かる。
それを全く異に返さず、なのははただ前へと突き進む。
その顔には薄っすらと笑みが浮かび、頭の中はシグナムの吐いた恭也への暴言だけが再生される。
時間を置いた所為か、シグナムが言った事のないはずの悪口までなのはの頭の中ではシグナムが発した事となっている。
勿論、シグナムにはそんな事も分かるはずなく、ただ強敵を前に何処か嬉しそうである。
前進してくるなのはを囲うように、連結刃が縮まる。
それでも尚、なのはは真っ直ぐに刃に囲まれた中を突き進む。
そのまま輪が閉じられる中、なのはの脳裏のスイッチが入れ替わり、神速の世界へと飛び込む。
瞬く間にシグナムとの距離を詰め、まずはあばらを一本と呟く。
同時に神速が切れ、シグナムも僅かに反応して背後へと跳ぶも、それ以上の速さでなのはの小太刀が振るわれる。

「まずは一本」

顔を顰めるシグナムに対し、なのはは涼しい顔でそう告げる。

「まただ。何だ、今の動きは。魔法とは違う……」

「戦闘中に考え事?
 確かにあのチビっ子のように考えなしは駄目だけれど、あの金髪みたいに長考も駄目だと思うんだけれど」

神速でシグナムの背後に現れたなのはは言うなり背中を痛打する。
息を詰まらせつつも踏ん張り、倒れずにレヴァンティンを背後へと振るシグナム。
だが、なのはは既にしゃがみ込んでおり、寧ろシグナムの足の間に滑り込むようにして再び背後へ。
擦れ違いざま、シグナムの左膝を砕く。
再び背後から先程痛打した個所を徹で小太刀を振り抜く。

「まだだよ。恭也の悪口を言ったんだから、この程度で済むとは思ってないよね」

長い期間を置いて少しは冷めた怒りであるが、逆に長期間空いたために、
先程のようなありえない現象――全てシグナムが言ったような記憶の再生――が起こり、
なのはの怒りは既に頂点付近まで来ている。
更にシグナムにとっては運の悪い事に、恭也に怪我をさせたのもシグナムとして置き換わりつつあった。

「そう言えば、恭也の顔に傷を付けたのも貴女だったかしら。
 あれ、あれれ? 何かもう、お仕置きじゃ済まなくなりそうな罪を犯してない?
 レイジングハート」

なのはの指輪からレイジングハートの声が返る。
小太刀に莫大な魔力が纏わりつき、五メートル程の刃と化す。
が、それはそのまま凝縮されるように縮んでいき、小太刀の周りを包み込む程度にまで凝縮される。

「さて、ここからが本格的なお仕置きだよ♪」

その言葉にモニターで見ていたアースラのクルーたちは寒気を覚える。
対峙するシグナムも思わず後退りそうになるも踏み止まる。
レヴァンティンから再び薬莢が吐き出され、刃に炎が生まれる。
それを大上段から振り下ろし、けれどもなのははやはり神速で持ってその一撃を躱すとシグナムの懐へ飛び込む。

「がっ!」

近付きながら納刀していた小太刀をまさに神速で抜刀する。
一撃で甲冑に皹が入り、二撃目で砕け散る。
三撃目が右腕を肘から逆方向へと捻じ曲げ、四撃目が胸元へと当たり、骨を数本持っていく。
神速からの薙旋、いや、神速の中での魔力付きの薙旋。
血を吐きながら地面を滑っていくシグナム。
ふらつきながらも左手でレヴァンティンを握り、地面に突き刺すと立ち上がる。
両手で握ろうとして、右手が完全に動かず痛みに顔を顰める。
それでも逃げる素振りを見せず、左手のみで構えて見せる。

「やはり強いな。だが、そう簡単に倒れる訳にはいかないのだ」

「そんなの知らないわよ。私には関係ないし」

すぐに間合いを詰めるなのは。
シグナムは左手一本でレヴァンティンを振り回し、なのはへと横薙ぎの一撃を見舞う。
それをなのはは一刀で受け止め、いつの間にか納刀していたもう一刀を抜刀。
御神流の虎切。しかし、長距離を誇る虎切でも長剣の間合いではシグナムには届かない。
が、その切っ先から魔力が刃のようになって飛ぶ。
レヴァンティンを引き戻して防ぐも、やはり無理な態勢に足元がおぼつかない。
その足を蹴りで払い、更に態勢を崩した所を胸を押して後ろへと倒れさせる。
邪魔となるレヴァンティンを魔力で強化した鋼糸で絡め取り、遠くへと投げ飛ばす。
完全に無防備となった胸元へと、軽く跳んで上から小太刀をニ刀を交差させて雷徹を放つ。
ただし、そのニ刀は共に莫大な魔力をその刀身に纏わせている。
地面を背に叩きつけられる形で雷徹を放たれる。
背後に飛んでダメージを軽減する事も出来ず、また僅かとは言え重量による加速、なのは自身の体重、
それらも加わった雷徹に甲冑の下にあったバリアジャケットも、
咄嗟に展開されたシールド魔法もあっさりと砕け散る。
血反吐を吐くシグナムを冷ややかな眼差しで見下ろしながら、なのはは静かに雷徹を振りぬき、

「ブレイク」

なのはの言葉に刀身に込められていた魔力が一気に解放され、その場で爆発を起こす。
爆発よりも数瞬早く、シグナムを囲むように四方に障壁が生まれる。
だが、それはシグナムを保護するものではなく、この魔法の威力が他に霧散、浸透しないための、
対象にのみ全てのダメージが行くように張られた檻のようなものであった。
結果、四方八方へと威力を散らすはずの爆発は、ただ一点にのみ向かう。
いや、ただ囲んでしまえば障壁が破れる可能性も考慮し、
対象とは反対方向――この場合は上空――には障壁もなく、結果として天に向かい一本の魔力の柱が立ち昇る。
巨大な柱は爆発の威力の何分の一程度のもので、その何倍もの魔力による爆発にシグナムは晒されている事になる。
煙が晴れたそこには、地面に数メートル規模のクレーターが出来上がり、その中心にはボロボロのシグナムが。
まだ意識はあるのか、辛うじて眼を開けるも全く起き上がる気配がない。
バリアジャケットは既にないのも同じぐらいにただの布と化しており、僅か一部がまだ残っている程度。
露出した肌は焼け爛れ、何故か無数の切り傷も刻まれている。
特に酷いのは雷徹をまともに喰らった胸部で、十字に深く刻まれた傷は炭化して黒くなっている。
静かにクレーターの外に立ち、冷ややかな眼差しでシグナムを見下ろすなのは。

「うーん、まだ改良の余地があるかもね。
 魔法で強化した鋼糸を爆発とは違う魔法で撃ち出すというのは良いと思ったんだけれど、
 その後の爆発で鋼糸の方が千切れちゃうか。とは言え、鋼糸で切断してから爆発だと時間が空きすぎるし。
 うーん、意識もまだあるみたいだし、とりあえず、もう一発いっとく?」

切り傷の謎は解けたが、なのはの口にした台詞に、
流石にそれは、とアースラの誰もが思うも口には出来ないで居る中、ようやくその場に恭也が現れる。
急ぎクロノはなのはに気付かれないように、恭也にのみ念話を送る。

≪恭也、お姉さんを止め……あ、いや、もうそれ以上は何もしなくても良いと伝えてくれ≫

よく分からないながらも恭也は肯定の返事を返し、ようやく見えてきたなのはの元へと向かう。
恭也に気付いたなのはは、シグナムの事は既にその意識からなくなり、真っ直ぐに恭也の元へと向かう。

「恭也〜♪ お姉ちゃん頑張ったよ。
 フェイトちゃんが危ない所を、まさに危機一髪で助けてあげたんだから」

「ありがとう、なのはお姉ちゃん」

「あんっ、もう良いのよ〜。恭也のお願いだもの」

いちゃつく姉弟を余所に、クロノは誰にも気付かれずに頭を抱える。
なのは一人でも規格外として頭の痛いところであったのに、何故かレイジングハートと気が合い、
レイジングハートを介して魔法という力まで手に入れたという事実に。
またレイジングハートもそれを当然のように行使しているという事に。
それらに対する小さな怒りは、レイジングハートを改良し、更にはなのはにあの指輪を渡した技術部へと向かう。
余談だが、後日この件を問い詰めたクロノであったが、逆に涙ながらにその時の状況を語られ、
何かを悟ったような遠い目で、命の尊さ、生きている事の素晴らしさ、
なのはとレイジグハートの二人に逆らう愚かさを訥々と語られ、処罰どころか、逆に特別休暇を与える事となるのだが。
ともあれ、いちゃつく二人を視界の隅へと無理矢理追い出し、クロノは待機していた魔導師に指示を出す。

「今のうちにあの騎士を捕縛してくれ。くれぐれも丁寧にな。恐らく、いや間違いなく重傷だろうから」

疲れたように呟きながらも、ようやく闇の書の主の手掛かりが掴めそうな事に少しだけ気を緩める。
が、それがいけなかったのか、シグナムの傍にシャマルが転送してくる。
その事に誰も気付かず、モニターで気付いた時にはシャマルはシグナムと共に転送する所であった。

「恭也、なのはさん! 転送を阻止してください!」

間に合わないと思いつつもそう口にするクロノ。
振り返ったなのはを見てシャマルが身体を振るわせ、慌てたように転送する。
転送する前に見せたシャマルの態度になのはは頬を膨らませる。

「失礼な女よね。今の所だけ見ると、まるで私に怯えて逃げたように見えるじゃない」

事実その通りなのだが、なのはの中ではシャマルに酷い事をした記憶はなく、
またあれは恭也に手を出した者に対する正統な手段だと思っているので、身に覚えがないのである。

「恭也〜。お姉ちゃん……」

「そんな事ないよ。お姉ちゃんを怖がったんじゃなくて、早く逃げないといけなかったんだよ。
 だから、さっきのは偶々だよ。だって、お姉ちゃんはとっても優しいもん」

「恭也〜。世界中の人間が何を言っても気にしないわ。
 だって、恭也がちゃんと分かってくれているんだもの」

ひしっと抱き合う姉弟。確かに恭也には優しいだろうという突っ込みは、やはり誰も発しない。

「恭也も優しいし、可愛いわよ。
 それに、今日は格好良かったわよ」

「ありがとう。でも、なのはお姉ちゃんも可愛いし、綺麗だよ」

「……あ、ああっ! もう何て嬉しい事を言ってくれるのかしら!
 お姉ちゃんを悶死させる気なの! ああー、もう最高の一日だわ。
 ねぇ、恭也もう一回言って」

「恥ずかしいけれど、なのはお姉ちゃんは綺麗だよ」

「ああ〜。恭也、恭也、恭也、恭也、恭也〜〜〜〜〜!!
 愛しい私の恭也〜!」

抱き締めてキスの雨を降らすなのは。
恭也は少しだけ困ったような顔を見せるも、やはり嬉しそうにそれを受け入れる。
ひとしきり終わると、今度は恭也がなのはの頬に口付ける。

「ありがとう、お姉ちゃん」

お願いを聞いてくれたお礼をする恭也。
なのはの顔はこれ以上はないぐらいに緩みきり、恭也の頭を撫でる。

「ああ〜、本当に良い子に育って。
 恭也も今日は頑張ったわね。だから、これはご褒美♪」

言って恭也の唇に口付ける。
恭也もまた当たり前のようにそれを受け入れ、嬉しそうに微笑む。
幼い頃からやられている所為か、これが当たり前となっているようである。
勿論、他の人にはやっては駄目、これはお姉ちゃんと弟がする事だと言い包められている。
これを理解した当初、恭也は美由希にもやろうとした事があり、美由希は必死に抵抗をした。
もし、そんな事をされたら、翌朝、自分は間違いなく臨海公園の沖合いに浮かんでいるであろう事が、
はっきりと脳裏に映像付きで想像できたから。
後ろから突き刺さるなのはの視線も怖いし。
この時、懸命に抵抗する美由希を見て、恭也は嫌われていると悲しそうな顔になり、
それがなのはの怒りを買ったのは言うまでもない。
後に美由希は涙ながらに語る。

「だったら、どうしろって言うのよ……」

だが、そんな言葉が恭也の絡んだなのはに通じるはずもなく、
またその事をよく理解していた美由希は、ただこうして愚痴を零すしかできなかったのだが。
この事件の後、なのはと美由希は長女と弟という新たな条件を付け加えて恭也に教えたのである。
こうして、美由希は自身の安全を手に入れ、恭也も美由希に嫌われていないと笑顔を取り戻し、
その笑顔になのはも幸せを感じるという、実に平穏な一日が訪れたのは高町家では有名な話である。
姉弟の仲の良いスキンシップもようやく終わりを告げ、なのはがフェイトを抱き上げて、
三人はこうして無事にアースラへと帰還するのだった。
なのはとしては充分に満足した一日であったが、クロノにすれば重傷のはずのシグナムを逃がし、
こちらも怪我を負ったであろう仮面の男も逃がしたという、とても苦い一日となったのである。







おわり




<あとがき>

なのは様三度。
美姫 「四度じゃないの? 外伝入れると五度」
A'sでは三度ということで。
ともあれ、今回はちょっと大人し目かな。
美姫 「どこがよ」
そこまで残虐じゃなかっただろう。
美姫 「いや、最後の攻撃はちょっと……。しかも、何か新しい流派を作ってるし」
永全不動八門一派に対抗して、レイジングハートと二人で作ったのだよ。
これにより、更なるパワーアップを!
美姫 「周囲は良い迷惑かもね」
キョウコンなのはの明日はどっちだ!?
美姫 「短編のはずがここまで来るとはね」
あははは。俺が一番驚いている。
美姫 「そんなこんなで、これにて」
ではでは。







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