『リリカルIF A's 〜逆転兄妹〜 4』






ユーノが無限書庫で必死に調べ上げた結果、闇の書に関する幾つかの新しい事が判明した。
だが、そんな事は関係ないとばかりに、高町家のリビングでは浮かれる一人の女性の姿があった。

「ジングルベ〜ル、ジングルベ〜ル♪」

陽気に歌声を上げながら、なのははリビングにあるツリーの飾り付けをする。
その隣では、同じく楽しそうににこにこと恭也も一緒に飾り付けをしている。

「き〜よ〜し〜、こ〜の夜〜。恭也と〜、私は〜♪」

「なのは姉! 聖なる夜に何する気! というか、まだ聖夜じゃないし!
 そんな事、無理に決まってるじゃ……はっ!」

流石に聞き流せないと思わず突っ込んでしまった美由希は、殆ど条件反射でその場から跳び退る。
が、来ると思われたなのはの攻撃が来ず、両腕をクロスさせて顔の前で構えていた美由希は、
警戒心を滅茶苦茶だしながらも、そっと腕を下ろす。
見れば、なのははにこにこと美由希を見たまま、攻撃してくる意志はないようである。

「何って、そんなの女の子の口から言わせるなんて、もう美由希もそんなお年頃なのね。
 で・も、秘密♪」

かなり浮かれているなのはが口にした内容に僅かに引きつつも、ご機嫌ななのはにほっと胸を撫で下ろす美由希。

「恭也のプレゼントは何が良いかな〜。
 お姉ちゃん、腕を振るってご馳走も作るからね。24日は終業式だし、早く帰ってきてね」

「あ、ごめんなさい、なのはお姉ちゃん。
 ちょっと遅くなると思う」

「えっ!? な、何で……?」

今にも死にそうな、世界の終わりを告げられたような表情を見せるなのは。
申し訳なさそうな顔で、恭也はその事情を説明する。
それによると、アリサとすずかから紹介された新しいお友達が入院していて、
その子を驚かせようと企画しているとのことであった。

「そ、その新しいお友達って女の子?」

「うん! 八神はやてちゃんっていうの」

「そう……。ふ、ふふふ。アリサちゃんとすずかちゃんが紹介したんだ〜。
 そうなんだ……。あの子たち、そんなに人生に悲観しているのかな?
 それとも、もう明日の朝日なんて見飽きたのかな。
 恭也に、私以外の女とクリスマスイヴを過ごさせようとするなんて」

「な、なのは姉!? ほ、ほら、ただのお友達なんだし、アリサちゃんたちもそんなつもりじゃ……
 それに女って、女の子だよ」

身内から犯罪者を出すのはまずいとでも思ったのか、それほどまでに恐ろしい空気を纏ったなのはに、
美由希が精一杯の説得を試みる。が、なのははそんな美由希を冷ややかに見詰め返す。

「そう言えば、美由希さっき無理って言ったわよね」

「え、えっと〜、言ったような言ってないような……」

「日本には言霊って言うのがあってね。言葉は力を持っているんだって。
 ……魔法があるぐらいなんだから、言霊があっても可笑しくないよね」

後半部分は小さく呟かれたので美由希の耳には届かなかった、
いや、既に前半部分を聞いただけで、恐怖に硬直した美由希の耳には入らなかっただろうが。
なのはは一歩、また一歩と美由希に近付く。

「あ、あの……。さっきは笑って許してくれたじゃない」

「何の事かしら?」

「う、あ、ああ……。わ、私、何もしてない……はずだよね?」

「ふふふ」

後退る美由希と、追い詰めるなのは。
ゆったりとした動きながら、両者の間には既に何度もシュミレートされた結果が映し出されている。
神速で後ろに逃げる。駄目、なのは姉も同じく神速で追いついてくる。
横へと逃げる振りをして、後ろ。駄目、今ので眼の動きで読まれてしまった。
なら、思い切って前へ……行ってどうするのよ、私!
みすみす、口を開いて待っている虎に飛び込むな!
考えろ、考えるんだ。なのは姉を出し抜く方法を…………。
ごめんなさい、無理です。全く浮かびません。
最早、目の端に涙さえ浮かんでくる。それを零すのを堪え、起死回生を狙うかと拳を握る。
が、なのはの眼を見ただけで、その気概も一瞬の内に消えてしまう。
遂に観念した美由希は、ただただ静かに両掌を合わせ、自らに祈りの言葉を捧げる。
そんな敬虔な美由希に神が一度だけ奇跡を許したのか、

「なのはお姉ちゃん、ごめんね。
 でも、すぐに帰って来るから。なのはお姉ちゃんの料理大好きだし、一緒にお祝いしたいもん」

恭也の言葉に、さっきまでの空気が霧散に、それこそ天にも昇らんとばかりに恍惚とした顔を見せる。
それにほっと胸を撫で下ろし、美由希は恭也を必死に拝む。
信じていない神にも感謝を捧げ、同時に恭也のクリスマスプレゼントを奮発する事を誓う。
渡す際、今後もこんな状況でなのはに話し掛けてくれるように頼む事を、
しっかりと忘れないように脳内に刻み込み、記憶させながら。
ついでに、今出来る限りのご機嫌を取るべきだと美由希は考え、

「恭也、その日はなのは姉と一緒に寝たらどうかな?
 偶に一緒に寝ているみたいだけれど、初めから約束しておくのって滅多にないでしょう。
 なのは姉も良いよね?」

「勿論よ! 美由希、アンタ良い妹だわ」

「いえいえ、その代わりさっきの発言に関しての責任は……」

「ん? アンタ、何か言ったの?」

「いやいや、何も言ってないよ。で、どうかな、恭也?」

「良いの、なのはお姉ちゃん」

「良いに決まってるじゃない!」

恭也の言葉に当然とばかりに頷くなのは。
そのやり取りを見て、美由希は胸を撫で下ろす。
恭也が断る事はないだろうと思っていたが、万が一にも断っていたら自分の命はなかったと、
今更ながらに思いついたからだ。
流れる冷や汗を腕で拭い、美由希は気を取り直すように、ツリーの飾りを二人に手渡すのだった。



 ◇ ◇ ◇



そんなこんなでやってきた12月の24日、クリスマスイヴ。
学校を終えた恭也たちは一旦家に帰り、それから病院前に集まっていた。

「それじゃあ、行くわよ」

アリサの号令の元、四人ははやての病室へと向かう。
扉の前に立てば、中から楽しげな会話が聞こえてくる。

「多分、ご家族の方じゃないかな? 何度か会ったことあるけれど、皆、良い人たちだったよ」

すずかの言葉に恭也とフェイトも緊張を和らげる。
アリサが静かにと唇の前に人差し指を立て、そっとドアノブに手を掛ける。
目で開けると伝えてくるアリサに、三人が頷いて返すと扉を開け放つ。

「はやて〜、メリークリスマスー!」

言いながら中へと入るアリサ。
続いてすずかも続き、二人の来訪を知ったはやても嬉しそうに、けれども少し驚いた顔を見せる。

「アリサちゃんにすずかちゃん! どないしたんや?」

「お見舞い兼、クリスマスプレゼントを持ってきた可愛いサンタって所よ」

アリサの言葉にはやては益々嬉しそうな顔を見せ、それにシャマルたち三人も顔を綻ばせる。
だが、続いて入ってきた二人の人物を見て、その笑顔が強張る。
それは入ってきた二人、恭也とフェイトも同じであった。
咄嗟に身構えそうになるヴィータをそっと押さえ、シグナムとシャマルは互いに恭也とフェイトに念話を送る。
この場で争う事はなしにと。
意外な形で闇の書の主を見つけた恭也とフェイトであったが、はやてを見てその言葉に頷く。
敵ながらもその事に感謝を捧げるシグナム。
二人のコートを預かり、皺にならないように壁に掛けるシャマル。
だが、ヴィータはきつい眼差しで二人を睨むように見詰め、

「けっ、何しに来やがった」

吐き捨てるようにそう口にする。
これにはシグナムが注意しようとするも、それよりも早くはやてが注意をしようとし、

「あらあら、随分と元気な子がいるみたいね。
 今の吐き捨てるような言い方は、ちょっと女の子には似つかわしくないかな?
 それとも、まさか舌打ちとかじゃないよね? 私の恭也に」

新たに入室してきた女性の声に、騎士三人の体が強張る。

「よ、よくぞ、いらっしゃいやがりまして。
 ごゆっくりしやがってください」

精一杯に丁寧な言葉を心がけ、ヴィータは恭也とフェイトを迎え入れなおす。
だが、その言葉は新たに入ってきた人物、恭也の一緒に行こうという言葉に付いて来たなのはにも向けられていた。
そっとシャマルが下がる中、なのはは意にも返さずに中へと入るとコートを脱ぐ。

「初めまして、八神はやてちゃんだったわね」

言ってはやてに近付くなのは。
警戒心を出したままシグナムがその傍に近付く。
流石にはやての為となれば、恐怖心にも打ち勝つらしく、なのはを最も苦手とするヴィータも睨むように見てくる。
そんな三人の視線に気付きながらも、平然とした態度を崩さずにはやてに右手を差し出して握手する。

「話には聞いてます。確か、恭也くんのお姉さんで、なのはさんですよね」

「ええ、そうよ。話って、私の? 悪口じゃないと良いけれど」

何処から見ても良いお姉さんという感じで爽やかな笑みを見せ、なのはは近くの椅子に腰を下ろす。
なのはの言葉にはやては笑いながら返す。

「悪口なんて一つも聞きませんでしたよ。
 恭也くんとフェイトちゃんから聞いた通りやなぁって思ったぐらいやし、いや、思ったぐらいですし」

「ああ、気にしなくても良いわよ。話し易いように話して。
 貴女は病人なんだから、そんなに気を使わないの。でも、聞いてた通りって気になるな」

はやてとすぐに打ち解けて話し始めるなのは。
一方、気が気でないのがシグナムたちなのだが、恭也に危害さえ加えなければ問題ないのかもと少しだけ気を緩める。
勿論、警戒を解いた訳では全くない。
そんな張り詰めた騎士たちの様子も知らず、はやてはなのはと話をする。

「とっても美人さんで優しいお姉さんやて聞いてます」

「あら、それじゃあ、聞いてた通りじゃないんじゃない?
 ひょっとしたら、がっくりさせちゃったかな?」

「そんな事ないです! 恭也くんが自慢するだけあって、とっても綺麗です!
 それにもの凄く優しそうですし」

その発言には、言ったはやて自身と、言われたなのは本人、恭也にフェイトを除く者は揃って否定の言葉を、
勿論、心の中で吐くのだが、なのはが笑顔のまま一睨みしただけで、そんな考えさえも消し去る一同。
一方、爽やかな笑みを浮かべる裏側で、なのはは恭也が言ったという言葉に狂喜乱舞しており、
また、フェイトには高ポイントが加算されていたりする。
何のポイントなのかは、なのは本人しか知らないが。
フェイトたちを残った椅子やベッドの端に座らせ、一人立っていた恭也を手招きするなのは。
近付いてきた恭也を抱き上げ、自分の足の上に座らせる。
嬉しそうな笑みを零す恭也に、これまた嬉しそうに笑い返すなのは。
そんな二人の様子を微笑ましそうに見ながら、はやてもヴィータを手招きする。
なのはに怯えつつもはやてに呼ばれて近付いたヴィータは、突然、はやてに抱き着かれる。
きょとんとするヴィータであったが、すぐにはやてに抱きつき返す。
はやてとしては、なのはみたいにヴィータを抱きかかえたかったのだが、如何せん下半身に思うように力が入らず、
またそんなに力もないので正面から来たヴィータを抱える事も出来ず、
また、今の抱き付かれた状況からでは後ろから抱きかかえる事も出来ず、これはこれで良いかと思うのだった。
だが、はやてのやりたい事を察したのか、なのはは片手でヴィータの襟首を掴んで持ち上げる。
咄嗟に身構えるシグナムとシャマル。
対し、ヴィータは完全に硬直し、ビクビクとなのはを見る。
そんな態度など歯牙にも掛けず、くるりと前後を反転させてはやての腕の中へと戻す。
なのはから解放されてほっと胸を撫で下ろすヴィータの背中から、何よりも安心できる、
大好きなはやての腕が伸びて来て抱き締められる。
自分から抱き付けないが、これはこれで良いかもとヴィータは大人しくなる。
感謝の言葉を投げてくるはやてに、何でもないという態度で気にしないように告げるも、
恭也のなのはお姉ちゃん優しいという言葉には大げさに反応を返し、恭也に抱き付く。
恭也もまたなのはの足の上で体の向きを変え、なのはに正面から抱き付く。
そんな二人を羨ましそうに見詰める三つの視線。
その内の一つを投げるフェイトをなのはは手招きする。
恭也を右手に抱き、近付いてきたフェイトを左手で抱き締める。
突然の事に驚きながらも、その温もりにフェイトは嬉しそうに、おずおずとなのはに抱き付く。
フェイトの事情を知るからこそ、なのはは優しくフェイトを抱き締めてあげる。
対し、残る二対――アリサとすずかの視線に関しては、徹底的に気付かない振りを押し通す。
彼女たちの対象はフェイトとは違い、恭也に向けられていたから。



 ◇ ◇ ◇



アリサやすずかが帰った後、恭也とフェイトはシグナムたちに屋上へと呼び出されていた。
因みに、なのははシグナムに席を外して欲しいと頼まれた恭也のお願いで、
ジュースを買いに行っており、ここにはいない。
恭也のお願いでもあり、この後は楽しい恭也とのクリスマスイヴのイベントが待っているという事もあり、
なのははスキップしそうな勢いで一階の売店へと向かっていった。
その間にとばかりに、三人は早口ではやての状態を、闇の書に蝕まれている事を告げる。
その為に闇の書を完成させないといけないと。
だが、恭也たちも見逃す訳にはいかず、また闇の書のプログラムが既に壊れている事も伝える。
ユーノが必死になって調べ上げた事なのだが、今更ヴィータたちも止まれず、
結局は戦う事となってしまう。だが、戦闘が始まってすぐ、恭也とフェイトだけでなく、
ヴィータたちも魔法で拘束される。
見れば、空に浮かぶ二人の仮面の男。
ビクビクと周囲を窺い、何かを確認した後に背筋をしゃんと伸ばす。

「ご苦労であったな、騎士たちよ」

「残りのページは、貴方たちのリンカーコアで埋めさせてもらう」

言ってシグナムとシャマルのリンカーコアを抜き、闇の書に吸収する。
激昂するヴィータだが、拘束されて動けない。
恭也とフェイトの二人も、魔法によって作られた折のようなものに閉じ込められ、
必死で叫ぶも外へと声は洩れない。
そちらを一瞥し、指を鳴らす仮面の男たち。
一瞬後には、そこには恭也とフェイトの姿があった。
勿論、男たちによる幻影魔法である。
だが、ヴィータの見ている前で変身した所で、既にその正体は知られているはずである。
訝しむ三人であったが、その場に新たなる登場人物が現れる。
闇の書の主、八神はやてである。
病室に居たのに、いつの間にか屋上にいるという事に、何が起こったのか分からずに混乱するはやて。
そんなはやてに、偽者の恭也とフェイトは騎士たちがしてきた事を、自身の運命を教え、
はやての目の前でヴィータのリンカーコアを奪い、その存在を消し去る。
泣き叫ぶはやての前に、その悲しみと怒りの意志に反応した闇の書が現れ、起動を始める。
それを見て偽恭也たちはその場を立ち去ろうとするが、突如、下から飛来する一つの影。
言わずとも知れたなのはである。
なのはは一直線に偽恭也たちへと向かう。
恭也の姿を模した方が、笑顔で両手を広げる。
その傍に掛けより、近付くなりその顔に跳び蹴りを喰らわす。
驚く間も与える事無く、なのはは小太刀を偽恭也に振り下ろす。

「恭也の姿を真似るなんて、何て事をしてくれるのかしら?
 全然似ていないけれど、少しだけ罪悪感が出そうよ。それらは全部、あなたにぶつけさせてもらうけれど」

躊躇も容赦もなく滅多打ちにするなのは。
彼女にとって、恭也かどうか見分けるのなんて、それこそ無意味である。
なのはにとって恭也は常に一人で、幾ら似ていようが迷う事などないのだから。
意識を失うまで殴り、その体を呆然と見ていたフェイトの偽者に投げつける。

「うーん、偽者の恭也と一緒にいたって事は貴女も偽者ね。
 じゃあ、遠慮はいらないわね。
 フェイトちゃんは今のところ、恭也の親友で私にとっても美由希よりも可愛い妹分だしね。
 だから、そっちにも容赦しないよ」

にっこりと微笑むなのは。
だが、向けられる殺気は洒落で済むレベルなどではなく、思い出される過去の邂逅と相まって体を震えさせる。
逆に、なのはの言葉に本物のフェイトは嬉しそうに微笑み、
一瞬でも騙されなかったなのはに、恭也はまたしても尊敬の念を重ねる。
そんな二人とは違い、敵対してしまった偽者は、逃げの一手を最初に打ち、この場から逃げ出す。
舌打ち一つ残し、なのはは本当の恭也を探す。

「なのはお姉ちゃん、ここだよ!」

「駄目だよ、恭也。この魔法、姿を見えないようにするだけじゃなく、声や念話さえも外に届かない」

「そんなぁ」

悲観する二人とは逆に、その肩に乗っている屋上で合流したユーノは楽観的な表情を見せていた。

「多分、そんな法則関係ないと思うよ」

ユーノが誰にともなく呟いた言葉通り、なのはは恭也たちの方に顔を向ける。
再度、恭也が名前を呼べば、なのはは笑みを見せる。
迷いなく見えないはずの恭也たちの元へと辿り着き、小太刀を一閃。
物理的な攻撃で結界を破壊するなのはに、ユーノは最早何も言わない。
恭也はなのはに今起こった事を伝え、三人が病院の屋上へと戻るとそこには
意識を失ったはやてに代わり、闇の書の意識が現れた銀髪の女性の姿が。
その瞳に涙を流し、なのはとフェイトを見上げる。

「我は闇の書、我が力の全ては、主の願いのそのままに。
 故に、おまえたち二人を倒す」

そう宣言する。
恭也とフェイトは必死にあれは自分たちでないと説明するも、闇の書は聞く意志を示さず、ただ掌を向ける。
封鎖結界が張られ、結界の外に出れないようにした後、黒い球体が挙げた掌に現れて大きくなっていく。

「まさか、広域攻撃魔法!?」

フェイトが驚きの声を上げ、あの魔法の恐ろしさを説明する。
一方、なのはは完全に冷たい眼差しを闇の書へと向ける。

「恭也を倒す? 私の聞き間違いかしら?」

「いや、違わん。主はお前には悪い印象は持っていないようだ。
 だから、邪魔をしないのならば見逃し……」

「煩い、黙れ」

恫喝でも声を荒げたのでもなく、平坦で静かな声。
けれども、その声は闇の書へとしっかりと届く。

「恭也を倒すというのなら、貴女を敵として認識するわ」

「……そうか」

残念そうにそう漏らすと、闇の書は完成した魔法を三人に向けて放つ。

「デアボリックエミッション」

シールドを重ねる恭也とフェイト、ユーノの三人。
対し、なのはは真っ直ぐに闇の書へと向かう。

「レイジングハート」

なのはの声に応え、その刀身に魔力が溢れ出して刃を形成する。
桜色の魔力刃は5メートル程に伸び、なのははそれを振り下ろす。
自身へと向かってきた部分を切り裂き、その中を走り抜ける。
驚愕する闇の書に対し、頭上からの勢いそのままに跳び蹴りを喰らわす。
吹き飛ばされながらも空中へと逃げると、闇の書は更なる魔力を収束させていく。

「なのはさん、戻ってきてください!」

フェイトの言葉に、なのはは闇の書を見るも従って恭也たちの元へとやって来る。

「どうしたの?」

「あの魔法は危険です!」

叫ぶフェイトはかつてあの魔法を見たことがあるのだと言う
威力で言えば、恭也のスターライトブレイカー並にあるらしい。
魔力を蒐集した者が使用する技を再現できる闇の書。
その特性の発揮といった所か。
魔力のチャージまでに時間が掛り、更には距離を開ければ威力が落ちるとの事で、闇の書から距離を開ける恭也たち。
そこへアルフも合流してきて、アースラが既にこちらの状況を掴んでいる事を伝える。
全速で闇の書から離れるフェイトへと、バルディッシュが民間人の存在を告げる。
見捨てる訳にも行かず、そちらへと向かう恭也たち。
そして、そこで見たのは……。

「アリサちゃんにすずかちゃん!?」

驚きながらも近付く恭也たち。

「……あの二人のために恭也を危険な目に合わせたくないわね。
 見なかった事にしようって、進言しなさいユーノ」

「そ、そんなの無理に決まってるじゃないですか!?」

恭也の肩から首を掴んで引き寄せたユーノにそう言うも、流石にうんとは言えない。
なのはに逆らう訳にはいかないが、流石にこればっかりはと涙目で訴える。
なのはも流石に本気ではなかったようで、それ以上は何も言わない。
その事に安堵するユーノ。
二人の目の目に降り、驚く二人に事情を後でと言い放つ恭也。

「ああ〜ん、凛々しい恭也も良い♪」

一人、身悶えているなのはを眺めながら、アリサもすずかも、どうせなのは絡みなんだろうな〜、
と本当は違うのだが、そう思ってこの非常識も妙に納得する。
その間に闇の書の魔法が完成し、それが放たれる。
恭也たち四人はシールドを張り、その攻撃に耐え切る。
シールドを張れない、というか、元々魔導師ではないなのはは恭也に守られるという滅多にない状況に酔いしれる。
何とか防ぎきった恭也は、アースラに連絡してアリサたちをここよりも安全な場所に送ってもらうように頼む。
流石にこの結果の外は無理なので、万が一にユーノとアルフも一緒に。
そんなやり取りをしている間もなのはは未だに恭也に守ってもらったという事に恍惚とするも、不意に消え去る。
何故なら、こちらを向いている恭也の顔に小さな傷が。
見れば、腕や足にも幾つか傷が出来ていた。恭也だけでなく、それはフェイトやアルフも同様で。
無事なのは守られていた三人と、小さいユーノだけである。

「ちょっとイタチ」

「ぼ、僕はイタチじゃ……な、なんでしょうか、お姉さま」

反論しようとしたユーノであったが、なのはの顔を、その身に纏う空気を敏感に察知して反論を飲み込む。
そんなユーノの首をむんずと無造作に掴む。

「あの闇の書とか言うの、いらないよね」

「いや、えっと……。一応、はやての身体……ぐ、ぐるじぃぃぃ」

「いらないよね?」

「で、出来れば殺すのだけは止めてあげてください。
 恭也も悲しみますから」

「…………ちっ。なら、痛めつけるのは?」

「む、寧ろ、それは願ったり叶ったりなんですが。
 どんな対処法をアースラが取るのかはまだ分かりませんが、弱らせる分には……」

「そう。アリサちゃんとすずかちゃんは邪魔だから、さっさと転送なり何なりしちゃって。
 それと、恭也が気にするだろうから、ちゃんと守るのよイタチとアルフ」

「も、勿論です、お姉さま!」

「わ、分かってるよ!」

元気良く返事を返す二人に満足すると、なのははユーノをすずかに手渡す。
瞬間、アリサとすずかが何か言う前に姿が掻き消える。
何処か安全な場所を見つけて転送されたようである。
流石はアースラスタッフ。素早い仕事である。
勿論、今のなのはの状態をモニターで見ていたからこその速さであるが。

「さて、それじゃあお仕置きタイムの始まりだね♪
 恭也とフェイトちゃんは、後から来ること。良いわね」

「でも……」

「私なら大丈夫だから。恭也もフェイトちゃんもさっきの攻撃を防いで疲れてるでしょう。
 だから、充分に休んでから来る事」

なのはの言葉に恭也とフェイトは頷く。
それを満足そうに見遣ると、偉い偉いと二人の頭を撫でてあげる。
優しいお姉さんという顔を見せるなのはであったが、
それを追えて闇の書の方へと向けた顔には一切の感情が見られなかった。

「それじゃあ、いってきま〜す」

二人に向けて再び優しい笑顔を振り撒き、すぐさま闇の書へと向かう。
手に持つニ刀の小太刀には既に魔力が纏わり付き、その力の解放を待ちわびるかのように輝きを増す。

「来たか」

なのはの接近を目にし、自身の周囲に短剣のように鋭い形の魔力を浮かび上がらせる。
その数はざっと二十以上。
それらが一斉になのはへと向かって放たれる。
自分に向かってきたものは小太刀で弾き、元より当たる軌道にないものは無視して更に加速するなのは。
だが、無視した魔力の短剣は切っ先を反転させて背後から襲い掛かる。
瞬間、なのはは神速の領域に入る。
闇の書の背後に周り、自分に向かって来ていた魔力の短剣の前に闇の書を突き出す。

「くっ」

シールドを張って自らの魔法を防ぐ闇の書であったが、背後が疎かになっていた。
その背中を斬り裂くなのは。
何とか前へと出て回避行動を取ったのと、バリアジャケットのお陰で傷は付かなかった。
だが、ざっくりとバリアジャケットの背中は大きく裂ける。
闇の書がなのはの方へと向き直るよりも早く、ニ刀による連撃が繰り出される。
左右上下、時に頭上に行き成り現れたかと思えば、天に足を向けたまま横薙ぎの一撃が顔に、
それを躱したと思えば、いつの間に移動したのか、足元から縦への斬撃。
背後から、前から。空中という区間を存分に使い、まさに四方八方から刃が伸びてくる。
シールドを張る暇もなくぐらい。
自身を全包囲で包み込むようなシールド魔法を使うも、やはりそれだと強度が幾分落ちるためか、
あっさりと切り裂かれる。反撃する暇もなく、完全に防戦一方となる。

「大人しくやられちゃいなさい、闇の書」

「……お前も私をその名で呼ぶのだな」

なのはの言葉に悲しげに呟かれた言葉。
しかし、なのははそんなもの気にも止めず、更に攻撃は苛烈さを増していく。

「呼ばれたくないのなら、呼んで欲しい名前を言えば?
 私はその呼び方しか知らないし、正直、どうでも良いもの。
 でも、嫌がるのなら、何度でも呼んであげるよ、闇の書。
 だって、貴女自分で宣言したんだものね、恭也を倒すって。
 私の敵になるって。しかも、うちの弟を傷つけちゃうなんて。
 という訳で、お仕置き決定だから、闇の書♪」

楽しげな口調とは裏腹に、その攻撃速度も更に増す。
徐々に身体に当たり始める刃。バリアジャケットも殆ど意味を成さず、触れる所から斬られていく。

「ほらほら、刀ばかり気にしてると……」

「がはっ」

両腕で左右から来る小太刀ニ刀を防ぐも、そのがら空きとなった腹になのはの足が突き刺さる。
不意の衝撃に動きが止まった瞬間、腕を押し切ろうと力を込められていた小太刀が離れ、
今度は上下から襲いくる。それを下がってやり過ごすが、小太刀はそのまま通り過ぎず軌道を変えて追って来る。

「まずは、右肩」

なのはの宣言通り、その右肩に小太刀が突き刺さる。
突き刺した小太刀を捻り、更なる苦痛を与えつつ、もう一刀を太腿に突き立てる。

「これがフェイトちゃんの分と」

こちらも突き刺した状態で捻りを加え、苦痛に歪む顔に蹴りを入れてその反動で小太刀を一気に引き抜く。

「次は恭也の分」

言って、納刀した小太刀を抜刀。
虎切に魔力が上乗せされた一撃は、闇の書の張ったシールドを破壊し、なのははそのまま一刀による乱撃、
虎乱を闇の書へと放つ。
それを両手で防ぐ闇の書だが、いつの間にかもう一刀が加わっての乱撃になる。
ニ刀の乱撃、花菱により身体に、腕に、足に傷を増やしていく闇の書は、魔法で加速して距離を開ける。
それを見てなのはは小さく笑う。計算通りと。
一刀を鞘に納め、残る一刀を後ろへと引き絞る。
魔法によって作られた床を思い切り蹴り、同時に神速。
刺突奥義射抜で闇の書の左肩を穿ち、引き抜きざまに無事な方の太腿に突き刺す。
すぐさま引く抜くと同時に、背中を相手の身体に密着させ、徹で肘を入れる。
魔法による強化で吹き飛ぶ闇の書に神速で追いつきながら、鞘に納めたニ刀を抜刀。
抜刀からの四連撃、薙旋で四肢の骨を砕き、大の字に広がり無防備となった胸部へと雷徹を放つ。
地面へと落下する闇の書を神速二段で追い越し、小太刀に膨大な魔力を込め、下から放つ。

「ブレイク」

シグナムへと放った魔法と御神流の合成技に、ありえないほど背を反らし、身体を痙攣させる。
が、それだけで終わらず、小太刀二本で闇の書を支えたまま上昇する。
その小太刀には、先程よりも膨大な魔力が収束していく。
まるで、恭也のスターライトブレイカーのように。

「御神流奥義鳴神とスターライトブレイカーを合わせて改良してみたんだけれど、
 貴女が最初の被験者だよ。という訳で、行くよ」

なのはの腕が高速で動き、小太刀が振るわれる。
同時に、ニ刀の触れた場所から膨大な魔力の爆発が起きる。
スターライトブレイカーは、発動した場所から近ければ近いほど威力を増す。
そして、今のは零距離。これ以上はないという高威力を闇の書へと叩き込む。
口から、体中から血を噴き上げ地面へと落ちていく闇の書。
大きな音と共に、その頭上に瓦礫が降り注ぐ。
それを冷めた眼差しで見下ろすなのは。
一部始終を見ていたアースラスタッフは、声もなく、敵であるはずの闇の書に同情するほどであったとか。







おわり




<あとがき>

なのは様、更にパワーアップ。
美姫 「あーあ、敗因は恭也に手を出した事ね」
だな。
という訳で、いよいよ最終戦。
美姫 「一体、どんな結末なのかしらね」
恭也となのはのラブラブエンドは間違いないだろう。
と言うか、そうしないと……。
美姫 「なるほどね。ともあれ、また次回でね〜」
ではでは。







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