『リリカルIF A's 〜逆転兄妹〜 5』






倒壊した瓦礫を見下ろすなのはの眼下で、その瓦礫の中からフラフラと立つ事も難しそうな状態の闇の書が起き上がる。
ふらつく身体を宙に舞わせ、その身体が突如光を放つ。
攻撃を警戒するなのはの前で、闇の書の身体が縮み、そこにははやての姿が浮かび上がる。

「誰か分かりませんけれど、ありがとうございます。
 防御プログラムが一時的に停止したお陰で、何とか切り離す事が出来ました」

そう言って礼を述べるはやてであったが、その人物が先ほど会ったなのはだと知って驚く。
驚きつつも、はやては切り離されて胎動し始める防御プログラムを含め、人のいない海へと転移する。
恭也とフェイトも一緒に転移させられたのか、なのはの傍にいる。

「で、あれはこのまま放置って訳にはいかないのよね」

「そうですね。でも、その前に……」

言ってはやてがなのはたちから離れる。
と、はやてを囲むように四つの影が。
闇の書に吸収されたはずのシグナム達である。
守護騎士プログラムを復旧し、自分のための杖と騎士甲冑を身に纏うはやて。
そこへアリサとすずかを守っていたはずのユーノとアルフ、アースラからクロノがやって来て合流する。
防御プログラムが活動を開始するまでの時間に対応策を考えるためだ。

「一応、アースラがこの上、衛星軌道上で待機してアルカンシェルの準備をしてはいるけれど……」

クロノは続けて、そのアルカンシェルの威力を語る。
百キロ単位の地区をも巻き添えにすると。
故にここでは撃てないと。

「……うーん、恭也の敵みたいだしこの際、多少の被害には目を瞑るって訳にはいかないわね。
 ここでそんなのを撃ったら、私と恭也の愛の巣まで壊れちゃうじゃない。
 クロノ、アンタ何て事をするのよ!」

「ま、まだ撃った訳じゃないですし、撃てないと言ってるじゃないですか」

理不尽ななのはの物言いに、襟首を持って揺さ振られながらも何とか解放してもらおうと言葉を紡ぐ。
同時に目で恭也に助けを求める。
それを理解したからではないだろうが、恭也がなのはを止める。
あっさりとクロノを解放するなのはに、
恭也とフェイトはアースラの居る軌道上まで中核を露出させて転送させる案を出す。

「それは良い考えね。流石、恭也とフェイトだわ」

言って抱き付くなのは。
既になのはがその案を良い案と認めた以上、中核を露出させるのが困難でもやるしかないとクロノは諦める。
まあ、どちらにせよ今の案以外に浮かばないので仕方ないが。
殆ど沈みかけた太陽を眺め、なのははクロノに穏やかな口調で尋ねる。

「あの防御プログラムは好きにして良いのよね?
 中核を露出させるためには」

何とも言えない雰囲気を纏い出したなのはに、クロノは原因が分からずにおどおどしながらも頷く。
単に、恭也と過ごすクリスマスイヴを邪魔されたという理由なのだが、
なのはにとってはとんでもない理由であり、その怒りは手に負える範囲を超えていた。

「敵にすれば恐ろしいが、味方にすればこれ程頼もしい存在もいないな」

「本当に頼もしいか? 必要なら、味方ごと吹き飛ばすぞあいつ……いや、あの人。
 どっちの場合も気は抜けねぇよ」

慌てて言い直すヴィータに苦笑しつつも、その気持ちが良く分かるシグナムはその事ではからかわず、
寧ろ、先ほどの自身の発言について考え、すぐに答えを出す。

「……訂正しよう。恭也が絡まなければ、とな」

そのシグナムの言葉を聞いていた全員、恭也やフェイト、はやてを除く者たちが、
リインフォースと名付けられた元闇の書までもがはやての内で激しく同意する中、クロノが最初の攻撃を浴びせる。
それに続くように、それぞれが名乗りを上げ、防御プログラムに攻撃を加えていく。
順調に攻撃が決まっていくが、その再生速度に恭也たちは驚きを隠せずにいた。
こちらの攻撃は一人一人がそれこそとんでもない威力を誇っているのである。
それが波状に攻撃を仕掛けているというのに、それ以上の速度で傷ついたしりから再生していくのだ。
勿論、防御プログラムもやられるだけではなく、反撃を仕掛けてくる。
それらはユーノ、アルフ、ザフィーラに阻まれるも、次第に学習してきたのか、
その攻撃が広範囲に渡り始め、三人の防御を潜り抜ける攻撃も出始める。
それでも恭也たちは防御プログラムに攻撃を繰り返す。
そんな中、防御プログラムが僅かに攻撃を弱め、その分一箇所に魔力を溜め始める。
危険を察知したクロノがその個所に攻撃を加えると同時に、その魔法が放たれる。
ディバインバスター以上の威力を持つ魔法が放たれる。
しかも、運悪くその先は次の攻撃のために魔力を収束して動きの止まっていた恭也が居た。
気付いた恭也も魔法を中断して防御魔法の展開と回避行動に移る。
だが、防御プログラムの攻撃は恭也を吹き飛ばす。
シールドを張ってダメージを軽減したものの、恭也は咳き込み苦しそうな表情を見せる。
回避の動きが止まった恭也へと、チャンスとばかりに追撃の光線が襲い掛かり、
ユーノがそれこそ死に物狂いの顔で防御魔法を展開する。
勿論、クロノも咄嗟に自身の周囲の状況など忘れてシールドを張るも、幾つかの攻撃は恭也へと届き、
腕を足を顔を掠めていく。浅くだが傷付き血が流れる。

「あっ……」

その場に居た恭也、フェイト、はやてを除く者たちの口から――いや、現場を見ていたアースラのスタッフや、
遠く離れた海上を見渡せる臨海公園内に転移させられ、突然の事態に混乱しながらも、
恭也たちの戦いを見ていたアリサやすずかまでもが揃ってただ呆然とそんな声を漏らす。
漏らし、そこからの動きは皆、早かった。
近くに居る者たちは、一斉になのはから離れだす。
アリサとすずかは互いに手を繋ぎ、先ほどよりも顔面を蒼白にして少しでも海上から離れようとする。
さっきまで激しい攻防が繰り広げられていた時にも逃げずに見ていた二人が、
それこそ一刻でも早く逃げ出そうと必死に。
海上では、それまで果敢に防御プログラムと対峙していた騎士たちが、自らの主を抱えて戦線を離脱しようとしていた。
騎士にあるまじき行為かもしれないが、騎士の中からはそれを止める者は誰もいない。
いや、件の主のみが止めるようにそれを口にする。

「皆、何してるんや! まだ防御プログラムが……」

そんなはやてを、四人の騎士はその忠誠心から、シグナムが背後から羽交い絞めにし、
ヴィータが口を押さえ、はやての前にザフィーラが立ち塞がり、
シャマルが結界を張って完全に行動そのものを押さえつける。

「主はやて、お許しください」

「これがはやての為なんだよ」

「決して力に屈した訳では……」

「お願いですから、はやてちゃんも大人しくしててください」

訳が分からずに眼を白黒させるはやてに、融合したリインフォースが話し掛ける。

「主はやて、ここは騎士たちの言う通りだ。私も今すぐにこの場を離れた方が良いと判断します」

実際に戦ったからこそ分かるリインフォースからの言葉。
そして、本来なら騎士たちの記憶を受け継ぐはずなのに、何故、あの時は恐怖しなかったのか。
その記憶がなかったのか。
それも自身の内部ではやてと話している内に、自分がなのはと戦った経験から推測をしており、
再び騎士を生み出すときに、それが正しかったと分かったのだ。
それは、闇の書にさえ見れない位のプロテクトがその記憶に掛けられており、
つまりはそれだけのトラウマであるということ。
その所為で、なのはの情報がなかったのだが、それを咎める気など全く湧き上がる事もなく、
寧ろ、経験からもとっても納得する所であった。

「主はやて、お願いですから逃げてください!」

「主は知らないでしょうが、私たちは皆、この身をもって知りました。
 何故、騎士たちを取り込んだのにあの人に関する情報が全くなかったのかも嫌と言うほど。
 騎士たちですら、忘れたいと強く思い、
 統制管理の私ですら読み取れないほどのプロテクトを掛けるような事項が今、発生しようとしています!」

夜天の書の内で会った際には冷静に見えたリインフォースが、慌て大声を上げて訴える。
融合しているはずのリインフォースの声が聞こえたのか、

「そうだぜ、はやて。は、はやくここから離れないと……」

リインフォースの言葉にヴィータが何かを恐れるように同意すれば、
彼らの参謀と言えるべきシャマルまでもがいちもにもなく頷く。

「今回は私たちは標的にならないでしょうけれど、余波が来ないとも限りません。
 それに、あれははやてちゃんの教育にも問題が……。下手をすればトラウマに……」

「主を守るべき盾の守護獣でありながら、逃げの一手しか取れない我が身が悔やまれる」

「気にするな、ザフィーラ。あれはどうしようもない」

「そうよ、ザフィーラ。シグナムの言うとおりよ。天災と思って諦めましょう。
 それよりも早くこの場から離れましょう」

騎士たちがそんな風に揉めている中、恭也たちアースラチームも同じように揉めていた。

「ユーノくん、何で逃げるの!?」

「恭也、お願いだから逃げて! お願いします、恭也だけでも良いんで安全な所に逃げてください。
 なのは様、僕は精一杯やりました。でも、防御プログラムの攻撃がそれ以上に強かったんです!」

「良いからフェイトも逃げるんだ!」

「だから、何で!?
 まだ、なのはさんは戦っているのに!」

フェイトの視線の先では、なのはが襲い来る無数の触手を邪魔だとばかりに纏めて斬り飛ばし、
飛んでくる光線を小太刀で弾き、確実に防御プログラムに近付いている。
その間も、防御プログラムに攻撃を加え、常に防御プログラムを傷つけている。
その光景を同じく見下ろしながら、

「僕は出来たばかりの妹をなくしたくはないんだ」

「意味が分からないよ!」

言い合うクロノとフェイト。
が、その矛先が不意に変わる。

「ああ、もう! ユーノ、そもそも君がちゃんと恭也を守らないから!」

「僕だけの所為にするなよ! 君なんか間に合わなかったじゃないか!」

突然喧嘩を、それも必死の形相で始める二人。
困惑する恭也とフェイトであったが、二人の喧嘩をなのはの声が止める。

「二人とも同罪だよ」

離れているはずなのに、二人の喧嘩の声は届き、更になのはの声も静かなのにはっきりと聞こえる。
同時に身を震わせる二人。

「……あ、あれはどうしようもなかったんですよ。
 ユーノだって一生懸命にシールドを張ってました。ただ、敵の攻撃のほうが強すぎたんです。
 でも、致命傷になる攻撃は全て防いでましたよ!」

「クロノだって、必死でしたよ。
 あのタイミングで気づいてシールドを張ったのは大したものです。
 ただ、距離がありすぎたんです。それに、クロノの張ったシールドも全く無意味という事もなかったですよ。
 現に幾つかの攻撃はちゃんと防いでました!」

さっきとは一転して互いを褒め合う二人。
と言うか、何気に相手を褒める振りをしながら、失敗点を報告しているようにも聞こえる。
互いにそれを感じ取ったのか、無言で睨み合う二人だったが、

「うるさいよ♪ ただでさえ、頭にきているんだから、これ以上怒らせないで欲しいな?」

笑顔のなのはの台詞に、互いの口を塞ぎあってコクコクと頷く。

「とりあえず、お前は滅びろ♪」

笑顔でさらりと恐ろしい事を口にし、なのはは小太刀に纏った魔力で魔力弾を全て弾き、
そのまま頭上に振りかぶる。
頭上に振りかぶられた時には、その刃はゆうに十数メートルまで伸びており、
膨大な魔力が一つに収束しきれず、放電するかのように、魔力の余波がバチバチと音を立てる。
桜色の死というイメージを具現化させた魔力の刃が、躊躇せずに振り下ろされる。
流石の防御プログラムも危機を感じたのか、その眼前にシールドを展開するもそれすらも紙のように斬り裂く。
切り裂き、威力を全く衰えさせずに防御プログラムの本体、人を模した個所の右肩部分から斜めに振り抜く。
身体を真っ二つに割られながらも、それすらも再生しようとする防御プログラム。
だが、なのはは攻撃する手を休める事無く、振り下ろした刃を返し、横に薙ぐ。
空気そのものを斬り裂くような鋭い一撃。剣先の速度は音速でも超えたのか、
魔力の刃を中心にソニックブームが起こり、海面が凹み、波飛沫が周囲に舞う。
その波飛沫一つ一つに桜色の魔力が纏わり付き、触れた防御プログラムの身体を斬り裂く。
悲鳴とも怒号ともつかない叫び声をあげ、魔力弾を生み出す防御プログラム。
だが、生み出された魔力弾は放たれる前に全てなのはの投げた魔力でコーティングされた飛針で潰される。
飛針を投げたなのはは、魔力を纏ったままの小太刀を右脇に構えて下から振り上げる。
海中へと魔力の刃が潜り込むも気に掛けず、一気に振り上げる。
下から上へと今度は引き裂かれ、同時に打ち上げられた波飛沫が先ほど同様に刃物となって、
切り裂かれた内部に突き刺さり、爆発する。
苦し紛れに襲いくる触手はなのはに触れる間もなく切り飛ばされるか、飛針によって消し飛ばされる。
再び魔力を纏い刀身を伸ばした小太刀が、再生を終えた防御プログラムを上から下に切り裂き、
上がる悲鳴を気にもせずなのはは前へと出る。
その背後には最初の斬撃からずっと収束していた桜色の魔力が渦巻き、
既にその大きさはなのはの身長の何倍にも膨れ上がっていた。
魔力の塊とも呼べるソレは、なのはに付き従うように後を追う。
この時になって、初めて防御プログラムに今までにない動きが見られる。
なのはから距離を取ろうと後ろに下がったのだ。
だが、その巨体からか僅かに下がるもなのはの速度の方が速く、また防御プログラムもすぐに後退を止め、
なのは目掛けて触手を、光線を、魔力弾を、持てる力全てを攻撃に注ぎ込んで打ち落とそうと迎撃する。
それらを全て避け、躱し、薙ぎ払い、なのはは着実に防御プログラムとの距離を詰める。
間合いに入るなり、なのはは十メートルほどに伸びた小太刀を左腰辺りに構え、一気に横に振り抜く。
その刀身に合わさるように、背後にあった魔力の塊がぶつかり大爆発を起こす。
海面が蒸発して霧が発生し、打ち上げられた海水が雨となって降り注ぐ中、
なのはは静かに防御プログラムの居た場所を見下ろす。
防御プログラムの巨体は見るも無残の姿となりながらも、それでも再生しようと蠢く。
中核が少し顔を覗かせているのだが、誰もなのはにそれを進言する事も出来ずに事の成り行きをただ見守る。
そんな中、ゆっくりと再生する防御プログラムを眺めながら、

「うーん、しつこいわね。でも、その再生力のお陰でストレス発散は出来たから、お遊びはここまでにしようか。
 それじゃあ、今度こそ本気、全力全開で行くからね。私の恭也を傷つけた事を後悔しなさい」

なのはの言葉に戦慄する一部を除いた者たち。
あれで本気でないのか、とか、さっきまでのはお仕置きにならないのかとか、
その胸中は様々だが、ただ一つ共通しているのは、絶対になのはを怒らせないこと、恭也に危害を加えないこと、
この二点だけは今後も絶対に守ろうと胸に刻み込む事であった。

「恭也、レイジングハート」

なのはの声に応え、恭也の足元に魔法陣が描かれ、レイジングハートの短い返答が返る。
レイジングハートを囲むように、環状の魔法陣が端から端まで等間隔に六つ並び、恭也の周囲にも魔法陣が浮かぶ。
恭也が自分の魔力と周囲の魔力を一点に収束する。
だが、収束された魔力はその場に現れない。
それらは全て、なのはの持つ小太刀へと収束していく。
その魔力に上乗せするように、なのはは自分の魔力もそこに収束させ、更には周囲の魔力も拾い集める。

「ああ、今、私と恭也の魔力が一つに……、恭也と一つに……、はぁぁ」

艶かしい声を漏らしつつも、収束される魔力量は半端ではない。
元より膨大な魔力を誇る二人の姉弟。
その二人が周囲の魔力さえも取り込む程の魔法である。
余波を恐れた一同は何も言わずに距離を開ける。
膨大な魔力が収束されているのだが、それらはなのはの持つ小太刀の周りに薄く纏わり付く程度にしか現れていない。
いや、それぐらいの大きさにまで凝縮されていると見るべきか。
先ほどまでの攻防とは打って変わり、動かないなのはと再生に専念している防御プログラム。
ただ時間だけが静かに流れて行く。
やがて、防御プログラムの再生の方が先に終わりを告げ、なのはへと攻撃を仕掛ける。
だが、なのはは静かに目を閉じたまま動かない。
迫る触手や光弾を肌で感じつつ、ただその意識は握った小太刀に集う魔力へと注がれる。
充分な魔力が収束され、ようやくなのはが瞳を見開いた時には、
なのはの周囲には防御プログラムの攻撃が迫っていた。
誰もが防御プログラムの攻撃のほうが先だったと思った瞬間、なのはの姿が消える。
消えたなのはの姿を求め、クロノたちが視線を彷徨わせる中、恭也はなのはの位置をじっと見つめていた。
今の動きが見えていたのではなく、単にあそこに居ると思っただけである。
だが、事実としてなのははそこに、防御プログラムの背後、数メートル先に居た。
離れている恭也の視線に気付いたなのはは、手を振り恭也の下へと一直線に飛んでくる。
そのまま恭也に抱き付き、

「ああ、もう恭也ってば何て凄い魔力なの〜」

「なのはお姉ちゃんの方が凄いよ。それに、僕あそこまで制御できないし」

「そんな事ないわよ。私が魔法を使えるのはレイジングハートのお陰だもの」

「そうか。じゃあ、レイジングハートが凄いんだね」

【それは違います、マスター。マスターが居て私が居るのです】

レイジングハートの言葉に嬉しそうな顔を見せる恭也を、なのはは更に抱き締める。
そんな中、状況を把握したいクロノがもの凄く遠慮がちに、ビクビクと声を掛ける。

「あ、あの、防御プログラムは……」

「うん? ああ、攻撃ならしたわよ。
 御神流の奥義之極、閃との複合技、距離も間合いも全て零にし、物理的、魔法的どちらの防御さえも無意味にする、
 永久不滅恭也至上・高町レイジング流魔導式奥義之一でね」

見下ろすなのはの視線の先、防御プログラムの身体がゆっくりとまるで砂のように崩れていく。
崩れていく所から再生しようとするのだが、再生した途端にやはり崩れる。
崩壊していく速度と再生する速度で、前者の方が早いらしく、
防御プログラムの身体は、徐々に再生が追いつかなくなっていき、崩壊が広まっていく。

「あ、あれはどういう……」

目の前の事態を理解できず、クロノはなのはへと説明を求めるような視線を向ける。
が、なのはは特に説明するつもりもないのか、何やら技の名前をレイジングハートと相談していた。

「何が良いかしら?」

「やはり、マスターの名前を一部頂くというのは」

「流石、レイジングハート。いい案だわ。
 じゃあ、恭か也をつけて。あ、そこにわたしの文字もいれて……。
 いや〜ん、まるで子供を名付けるみたいじゃない。
 うーん、ひらがなだとあれだから、漢字にしてみようかしら」

まだ防御プログラムが生きていると言うのに、既に興味がないとばかりの態度である。
それでも、クロノは辛抱強くなのはに聞きたそうな視線を向ける。
だが、そこに殺意や害意がなく、恭也に危険が及ばないのであれば、
恭也の事を考えているなのはが反応するはずもなく、結果として無視されるような形となる執務官。
それを見かねたのか、恭也がなのはに声を掛ければ、途端に反応を返す辺りは流石と言えるのだろか。

「なのはお姉ちゃん、あれは何が起こってるの?」

「うん? ああ、あれね。
 あれは新しい魔法よ。ただ、かなり魔力を消費するのと、魔力弾とかと違って飛んでいかないの。
 だから、自分から敵に当てに行かないといけない上に、少しでも動かそうとすると制御が大変なのよね。
 まあ、その辺りの欠点を閃で補ったお陰で、私の流派初の奥義に昇格したのよ」

恭也に向けて胸を張って説明をするなのは。
嬉しそうな説明だが、崩壊する理由が分からずクロノが尋ねる。

「どういう原理なんですか、あれは。そもそも、あんな魔法は今まで見たことも聞いたこともないんですが」

流石に恭也に説明を求められていたからか、今度はその質問に答える。

「まあ、偶然思いついたからね。
 元々は、質量を局部に増加させて、自己重力が中性子核の縮退圧を凌駕するようにしたんだけれど……」

「ちょっと待ってください! それってシュバルツシルト面よりも小さくしようとしたという事ですか」

なのはの説明に何か思いついたのか、クロノが呆れたような声を上げる。
それをあっさりと肯定するなのはに戦慄しつつ、叫ぶように声を荒げる。

「そんな事をしたら、ブラックホールができるじゃないですか!」

「うーん、その言葉は正確じゃないんだけれどね。
 ブラックホールって言うのは、一応天体だし」

「そういう事ではなくて……」

「まあ、そう呼べるようなものが出来るかな。
 それなら、恭也に手を出した愚か者を放逐できるじゃない。
 ブラックホールって、時空の他の領域と将来的に因果関係を持ち得ない領域として定義されているしね」

なのはのあっさりとした物言いに、恭也と敵対した事のある騎士たちは揃って身体を強張らせる。
もし、その魔法が完成していたらと考え、全身を嫌な汗が伝う。
それに気付かず、なのははあっけらかんと続ける。

「吸い込めなくても、増加させる質量を敵に定めれば、なんとその敵の身体の一部分からブラックホールが。
 そうなれば、本体を抉り取ったようなものだしね。とは言え、そう簡単に実験もできないしね。
 理論的な組み立ては出来ていると思うんだけれど。ねぇ、レイジングハート?」

【はい、その通りです。ですが、制御に失敗してマスターの街を飲み込む訳には行きませんから】

問題になるのが、恭也絡みのみであるという事に頭を抱えるクロノであったが、その点に関しては今更である。

「何処かに無人島とかあれば試せたんだけれどね〜」

まるで近所にお買い物に行ってきますというような軽い感じで答えるなのはに、
クロノは今までにないぐらいに絶句し、疲れた顔を見せる。
今の言葉は、場所さえ問題なければ魔法でブラックホールを作れると言う事だから。
それが制御に成功するか失敗するかは別として。

「そ、そんな事が……」

傍で話を聞いていたユーノも、呆然とそう呟く。
が、その呆然とようやく口に出した言葉に、なのはは何でもないように返す。

「まあ、あくまでも理論上は組めているって程度だけれどね。
 多分、問題ないはずよ。
 ただ、最終的に目標だけを飲み込むようにしたいんだけれど、今だと周囲にまで影響が出ちゃう可能性もあるのよ。
 だからこそ、一度ぐらいは試してみたいんだけれどね。
 恭也の敵を無くすためなら、私は何だってするわよ」

【その意気です】

あっけらかんととんでもない事を言ってのけるなのはへと、レイジングハートは鼓舞するように声を掛ける。
最早、誰もが言葉をなくす中、なのははようやくさっきの魔法へと説明を移す。

「で、あの魔法はその途中で思いついたの。
 ブラックホールを作る上で、質量、角運動、電荷というのは大事でしょう。
 で、その過程で量子力学とかそういうのがいるじゃない。
 幾ら私とレイジングハートでも、行き成りそこまで魔法で出来ないから、そこに辿り着くまでに必要なその前の構成、
 またそれに必要なその前の構成、と言う風に簡単なものから取り組んでいったの。
 その過程で分子を弄るというのを覚えたからね。なら、これも攻撃に転用できるんじゃないかと思って。
 元々、この世のものは全て分子から成り立つからね。なら、もしその分子間の結合を崩壊させればどうなるか……。
 言わなくても結果は分かるでしょう。ああなるのよ」

言って指差す先にはゆっくりと、だが確実にまるで砂のように崩れていく防御プログラムが。
つまりは、分子レベルで崩壊を起こしているという実例である。
とは言え、そんな簡単なものではなく、改めてなのはの実力に戦慄するクロノ。
魔法に対する才能もあったのかもしれないが、それに見合うだけの、いや、それ以上の努力をしたのだろうと思わせる。
ただ、その努力の方向性がかなり物騒な方を向いていて、その動機が恭也という事が頭の痛い所ではあるが。
何とも言えない顔になるクロノに、なのはの説明は続く。

「乱暴且つ簡単に言えば激しく原子を動かし、その隣り合う原子の動きを完全に止める。
 その止まった原子の隣の原子はこれまた激しく動かし……と、
 こんな感じで連鎖させていくと分子間の結合も弱まるでしょう。まあ、実際はちょっと違うんだけれどね。
 そうね、もっと言えば、熱したガラスを極度の冷水につけると簡単に割れる。
 あれと同じって思っていれば良いわ。その方が簡単でしょう」

「違うような気もしますが」

何か違うどころか、レベルが違いすぎると言う言葉を飲み込む。
クロノの言葉になのはは同意しつつ、

「それは違うわよ。でも、本当に細かく説明したところで意味ないでしょう。
 それに私だって完全に理解している訳じゃないもの。ああしたらこうなったって所もあるしね。
 別にアレの理論が分かったからって、何か得する訳でもないんだからもっと気楽にしなさいよ」

そう言い捨てる。その表情には本当にどうでも良いと浮かんでおり、説明はお終いとばかりに恭也とじゃれ合う。
互いにじゃれ合う姉弟を眺めながら、クロノは中核が露出し、更にはそこまで崩壊していく防御プログラムを見詰める。
言うならば、アルカンシェルと似たような事を小さな範囲でやってのけたようなものである。
その事実に思い至り、

「つまり、分子レベルでの連鎖崩壊……」

あの魔法の正体に辿り着いたクロノが、枯れた声でようやくそう搾り出す。
その言葉が終わるとほぼ時を同じくして、防御プログラムの中核までもが完全に崩壊するのだった。







おわり




<あとがき>

防御プログラムも制覇!
美姫 「まさに、手のつけようがなくなってきたわね」
はっはっは。そして、いよいよお話はラストへ。
美姫 「次回はエピローグね」
おう!
エピローグはすぐに!
美姫 「それじゃあ、まったね〜」







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