『リリカルIF A's 〜逆転兄妹〜』






番外編2 美由希による姉の観察日誌





これは、私の日記……ではなく、我が姉の痴態もとい、暴走記録、もとい、観察日誌である。



○月X日 晴れ

今日、夕飯が終わった後、我が弟が母さんに一枚の紙を渡していた。
多分、学校からもらったプリントだろうなと思いつつ、私はその様子を何とはなしに眺めていた。

「授業参観かぁ」

母さんの呟いた言葉から、それが授業参観のお知らせだと分かる。
どうやら今度の日曜日に行われるらしいのだが、うちは店をやっている。
休みの日といえど、そう簡単に休みにはできないのだ。
それが分かっているからか、我が弟は無理をしなくても良いなんて可愛い事を口にする。
思わず抱きつきたくなるぐらいのいじらしさ。
けれど、そんな事はしない。
だって、後が怖いもの。
と、話がそれる所でした。
プリントを見て考え込む母さんの後ろから、父さんがプリントを覗き込み、

「まあ、仕方ないな。諦めろ、恭也」

息子には容赦ない父さんは、そう豪快に笑い飛ばす。
我が弟、恭也も分かっていると頷くも、やはりその顔は少し蔭が差している。
それを見た瞬間、いや、父さんがそう口にした瞬間、父さんから離れた母さんは流石だと思う。
勿論、私だってそっとその場を離れたのは言うまでもないけれど。
母さんが充分に離れた直後、私の目の前を一直線に横切っているナニか。
その後、ドスンという壁に何かがぶつかる大きな音がし、どさりとそれが床に落ちた音がする。
それが何かなんて、今更私たちには分かりきった事で、
私と母さんは何もなかったかのように、もう一度プリントに目を通す。
この頃には何故か、もう父さんの姿はないのだけれど、気にしては駄目。
だって、私は自分の身が可愛いのです。そうそう、私もあちら側――父さん側に立ちたくありません。
視界の隅で、我が姉が何やら食後の運動をしているみたいだけれど、私は何も見えません。

「ちょっ、な、なのは!? ま、待て待て待て。流石にそれはやばいだろう。
 がっ、ちょっ、や……。だ、誰か……。も、桃子、美由希……」

何も聞こえない、幻聴、気のせい。
何度か繰り返し言い聞かせるうちに、やっぱり気のせいだったのか、何も聞こえなくなりました。
うん、問題ないよね。ないない。
問題も解決した事だし、私はお母さんに話しかける。

「ねぇお母さん、少しぐらい何とかならない? 私もお店に入るし」

「うーん、そこまでしてもらわなくても。
 問題は調理の方なんだし、士郎さんと松尾さんに任せれば……」

またしても無理しないでと言おうとする恭也を後ろから抱き上げるのは、
食後の軽い運動を終えた我が麗しのお姉さまであられる。

「お母さん、その日は私が行くよ」

「なのはが?」

「うん! 当然じゃない。可愛い、可愛い弟の行事なんだもの。
 行かないなんて薄情な人はこの家にはいません!」

はっきりきっぱりすっきりと言い切るなのは姉。
いません、じゃなくて、いさせませんだろうとは思うけれど、勿論口にしない。

「美由希? 今、何か失礼な事、考えなかった?」

鋭い姉の指摘に、私は力いっぱい首を横に振る。
疑惑の眼差しを向けられ、背中に冷や汗を流す私でしたが、救いの神は意外なところ、でもないか。
なのは姉を完全に止められる存在なんて、我が弟以外にはいないのだし。

「なのはお姉ちゃん、本当に来てくれるの?」

「当たり前じゃない!」

さすがのなのは姉も、恭也の言葉の前には妹の不穏な態度など遥か遠く銀河の彼方まで、です。
このまま無事に忘れてくれることを祈りつつ、姉弟の会話を見守ることにします。

「迷惑じゃない?」

「全然! だって、恭也の学校生活が見れるんだもの。それに、変な虫は早めに摘んでおかないとね。
 それと、恭也を虐めている子がいないか確認もしないといけないし……ふふふ」

そう言って怪しく笑うなのは姉。
いや、あの、本当に怖いです、はい。
けれども、恭也はそれに怯むことなく、むしろなのは姉の言葉に嬉しささえ滲ませて抱きついてます。
流石、物心つく前からなのは姉の傍にいただけはあります。既に耐性が出来ている。
いや、むしろ、なのは姉がそれを恭也にだけは悟らせてないのかな。
だとすれば、それはそれで凄いんだけれど。
多分、恭也の方が気づかないだけだろうけれど。
昔から何度も見てれば、ましてや、恭也には絶対に悪意や殺気なんて向けないし。
それはそうと、変な虫って。いや、言いたいことは分かりますけれど。
恭也自身は自覚がないみたいだけれど、恭也ってば大きくなったら絶対に美形になるよね。
今も、とっても可愛いし。勿論、身内びいきなしで。
だから、なのは姉の言い分も分かるんだけれど、でも、相手はまだ小さい子達だよ?
それに、悪い虫も何もないと思うけれど。恭也は弟なんだし。
まあ、それこそ今更だけれどね。
そうそう、変な虫は兎も角、いじめっ子はいないと思うな。
学校で、いや、この近所、いやいや、この町で恭也を虐める勇気のある人なんて。
昔は居たけれど、でも、あの子達は……。
うっ、あ、あれは思い返すも恐ろしい、入学式から一ヶ月も経ってない頃のこと……。
いやいや、思い出すのはやめよう、うん。あの子達、今頃、遠い地で普通に生活できているかな。
……無理っぽいかも。相当、トラウマになるよね、あれは。私でさえ、思い返すも鳥肌が。
それをあんな小さい子が。なのは姉、恭也が絡むと見境ないしな。
結論から言うと、恭也を虐めた子は全員、一家揃ってどっかに引っ越しました。それも逃げるように……。
まあ、でもあれは仕方ないかも。私だって許せないもの。
恭也は優しいから、無闇に人に手をあげたりしない。
それを良い事に、散々恭也を虐めたんだし。うん、自業自得だね。
過剰防衛かもしれないけれど、それこそ気にしたら駄目だし。
って、何か話がそれているような。
えっと、何の話だったかな。
……そうそう、授業参観の話だった。
えっと……、もう話す事はないよね。
そんなこんなで、ちょっとした騒動はあったけれど、授業参観にはなのは姉が行くという事で決まったのでした。

「……誰か、俺の事も忘れないで」

……気のせい、気のせい。何も聞こえないし、何も見えない。



○月X日 晴れ

今日はとうとう恭也の授業参観日。
朝、嬉しそうに出掛けていった恭也を見送り、私はゆっくりとした休日を満喫しています。

「美由希、それじゃあ私はそろそろ出掛けるから、留守お願いね」

「はーい、いってらっしゃい」

まるでデートに出掛けるみたいに気合の入った服を着て、軽くお化粧をしたなのは姉。
正直、我が姉にして同性ながらも見惚れてしまうほど綺麗です。
これでブラコンじゃなければ、男が放っておかないのに。
いや、それでも放っておかないし、未だに声を掛けられたりするらしいのだが、肝心のなのは姉にその気がなく。

「恭也じゃないから嫌」

なのだそうで。本当に、何でもてるんだろう。
いや、確かに見た目は美人な上に恭也さえ絡まなければ性格も悪くない。
優しくて明るく、勉強も運動も料理などの家事能力も優れている、まさに才色兼備な姉ですから。
でも、極度のブラコンなんですよ、この人。

「ブラコンじゃなくて、キョウコンだもん」

言ってもこう返ってくるのが分かっているので、勿論言いません。
ともあれ、めかしこんだなのは姉を見送り、私は家に一人きりという時間を満喫する。
鬼の居ぬ間に……、という訳ではないけれど、帰ってきたら恭也がこうしていた、ああしていた、
こんな事を言った、といった恭也に関する事を聞きもしないのに延々と聞かされるだろうから。
今のうちに休んでおかないとね。
少しでも聞き流したりしたら、それこそ恐ろしいし。
という訳で、少し読書をしたらゆっくり寝ることにしよう。
う、うぅぅ、折角の休日なのになぁ……くすん。

案の定、帰ってきたなのは姉に延々と、それも帰りにどこかに寄って遊んできた、
なのは姉曰く、デートしてきたとかで、想像していた以上に恭也に関する話を聞かされました……。
お願い、誰でも良いから代わってください……。



○月X日 曇り

突然ですが、皆さんピンチです。
いや、もう何がなんだか。
私の目の前には、大層ご立腹されたなのは姉。
その手には、まるで日記帳のような一冊のノート。
って、それは……。

「美由希〜、これに関して何か申し開きすることがあるのなら、聞くだけなら聞いてあげるけれど?」

「か、勝手に人の部屋に入って、まつさえ、人の日記を勝手に見るなんて!
 幾らなんでも酷いよ、なのは姉!」

「辞書を借りようと思って入ったら、机の上に放ってあったのよ。
 勿論、日記とかなら私だって見なかったわ。でもね、表紙に書かれた字が入ったのよ」

言ってノートの表紙を見せるなのは姉。
そんな事をしなくても、それは私のなんだから当然知ってるよ。
『なのは姉観察日誌』マジックではっきりとそう書かれた自分の字を見ながら、私は後退る。
勿論、下がった分だけなのは姉も前へと出てきて、結果として距離はまったく変わっていない。

「こんな事を書かれていたら、普通は見ちゃうわよね?」

「そ、それでも人のを勝手に見るのは……」

「風で勝手にページが捲れたのよ」

そんな偶然があるわけないでしょう!
そう叫びたいのを堪え、私はじりじりと壁伝いに扉へと向かう。
が、あっさりと扉と私の間に立ち塞がるなのは姉。
その顔は笑っているけれど、目は全く笑っていなくて。
あー、お怒りレベル3ですか〜。私、明日学校に行けるかな。
冷や汗なんて生易しくもない、それこそ滝のように汗が流れ出てくる。

「好き勝手に書いてくれてるじゃない。
 これなんて、何々? 私は美由希に鬼のような扱きをね〜。
 私は美由希のために、鍛錬メニューを組んであげてるのに、こう思っているんだ。
 こっちのページなんて、私の観察じゃなくて美由希の私に関する愚痴だし、次のページは私の悪口よね」

あははは、もう笑うしかできない。
って、そこまで詳しいって事は全部読んじゃいましたか。
……それはとってもまずいような。
で、でも、あれは最後から3ページ目辺りに書いているから、見られていない可能性も……。
あ、無理でしたか。なのは姉の指が、ノートの最後の方に掛かる。
まだあれは新しい方だから、半分も書いていないのに、あそこに指が掛かるという事は見られたと言う事で。
それはつまり……。

「これは何の冗談かしら? 従姉弟同士は結婚が可?
 このまま恭也が成長して、自分に相手が居なかった場合の想定?
 私の目を掻い潜って、恭也を手懐ける方法? 丁寧に、私の予定までタイムテーブル化して。
 しかも、かならず恭也の傍にいて邪魔とかまで書いてくれちゃって」

「あ、あははは、なのは姉。それは冗談なんです。
 もう、本当に、偶々試験の最中で疲れてた上に、那美さんから告白されたという相談を受けてたので。
 だ、だから、決して本気では……って、聞いてくれませんよね?」

私の言葉ににっこりと眩しいぐらいの笑みを見せ、次の瞬間には全ての感情がその顔から消え去る。
あ、久々に見たな〜、怒りレベル5。
えっと……神速!
幾らなのは姉でも、正反対の方向に神速で逃げれば……って嘘!?
い、いつ抜かれたの私!?
なら、もう一度神速で逆方向に……って、何で目の前に既になのは姉がいるの!?
や、やっぱりなのは姉、人間じゃない?
う、嘘です、ごめんなさい、そんな事は思ってません。
って、や、やめっ……。あ、ああああ……。

この後、私がどんな目にあったのかは言いたくないです、はい。
ごめんなさい、もうしません。ほんの冗談のつもりだったんです、本当に。
どうかお許しくださいお姉さま……。







おわり




<あとがき>

キョウコンなのは番外編第二弾。
美姫 「今回は美由希視点ね」
美由希の出番が殆どないから、今回は出番を増やしてみました。
美姫 「美由希にしてみれば、あまり嬉しい増え方じゃなかったかもね」
あははは。まあ、事件とか起こってない時の高町家の日常って感じで。
美姫 「相も変わらず、キョウコンなのよね」
まあ、それはな。今回は恭也といちゃつくシーンが殆どないけれど。
美姫 「そんなこんなで番外編第二弾でした〜」
ではでは。






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