『続々々々々・神咲対抗恭也争奪大会』






そろそろ夏休みも終盤へと差し迫った頃、高町家の一室で小さなくしゃみが上がる。

「うぅ、体がだるいし、頭が痛い……」

一度は身体を起こすも、すぐにしんどくなってそのまま布団へと倒れ込むと、
那美の意識はブラックアウトするのだった。



既に朝食の準備の終わった席では、最後の住人である那美を今かと待つ面々が。

「美由希ちゃんはこれから出稽古があるんだから、先に食べて良かよ」

「そうですか。では、お言葉に甘えて……」

薫の言葉に美由希はおずおずと箸を手にする。
それを見ながら、楓も箸を取る。

「それじゃあ、うちも仕事があるからお先に。いただきます」

「薫さんや葉弓さんも、今日は仕事があったのでは?」

「そうなんじゃが。仕方なかね。うちが那美を起こしてくるから、皆は先に食べてて」

薫はそう告げて席を立つ。
それを聞き、一同は顔を見合わせると頷き、手を合わせる。

『いただきます』

薫の言葉に甘えて、それぞれ食事を始める。
その賑わいを背に聞きながら、薫は那美の部屋を訪れる。
ノックをしてから、中に声を掛ける。

「那美、いい加減に起きんね。もうすぐ夏休みも終わるというのに、こんな調子じゃ……。
 那美? おらんとね」

全く返事のない事を不審に思い、更に問い掛けるも返事はやはりない。
薫は一言断りを入れると、扉を開ける。

「なんね。やっぱりおるんじゃなか。ほら、那美」

言って那美の近くまで寄った薫は、異変に気付く。

「那美?」

額へと手を当てると、熱があるらしい。
見れば、何処か苦しそうな顔をしている。
薫の行為で目を覚ましたのか、那美は気だるそうに目を開ける。

「あ、薫ちゃん」

「那美、何処か調子がおかしい所は?」

「ちょっと体がだるいのと、頭がぼーっとする」

「やっぱり、風邪ね。今日一日は大人しく寝てる事だね」

「うん、そうする」

「朝食はどうする?」

「今はいい」

「分かった」

薫は那美へと掛け布団を掛け直してやると、静かに部屋を出る。
恭也たちの元へと戻った薫は、那美が風邪を引いた事を伝える。

「うーん、どうしようか。俺は夕方まで出掛ける約束があるし」

「うちもや」

晶の言葉にレンも同じように困ったような顔を見せる。
他の面々も同様で互いに顔を見合わせる。

「大丈夫だ。俺は何も予定がないからな。
 ですから、皆さんは仕事や約束で出かけても構いませんよ」

そんな中、恭也が那美の看病を買って出る。
晶やレン、美由希はその言葉に甘えて朝食を終えると後片付けを始める。
対し、薫たちは何か言いたそうな顔を見せるも、相手は病人という事もあり、
結局は何も口にせずに、出掛ける準備をするのだった。
全員が出払ったリビングで、恭也は特にする事もなくどうしたものか考え込む。
いや、全員ではなく、なのはと久遠も同じように残っていた。

「二人も出掛けたらどうだ。風邪が移るといけない」

「うーん、お昼からはくーちゃんとお出掛けの予定があるんだけど……」

「そうか。まあ、無理にとは言わないが。部屋にさえ入らなければ、大丈夫だろうし」

「うーん、やっぱり出かけて来ます。くーちゃん、行こう」

少し考えた後、なのはは久遠と共に出掛けることにしたようだった。
家を出ようとするなのはの頭に白い麦わら帽子を被せてやる。

「ありがとう、お兄ちゃん」

「ああ。暑いんだから、あまり日の下にばかりいるなよ。
 それと、水分の補給も忘れるな」

「はーい。それじゃあ、いってきまーす」

「くぅ〜ん」

一人と一匹を送り出すと、途端に静かになる高町家。
恭也は暫し考えて、美由希に薦めてもらった本を読む事にする。






昼過ぎ、耳に痛いほどの静寂の中、那美はゆっくりと目覚める。
汗で濡れたパジャマが肌に張り付く感触に顔を顰めつつも、
誰も居ないかのように静まり返った家に少し寂しくなり、心細さを感じる。
他の者たち皆が、今日は予定があるのを知っているので、出かけたのだろうと推測する。
折角、恭也と二人だけで過ごせると思っていた那美はその事を残念に思いつつ、
いつもは賑やかな家の静寂さからか、それとも風邪の寒さからか分からないが体を一度震わせる。

「喉、渇いたな」

カラカラになって、声が少し枯れている。
何か飲もうと、気だるい体を何とか起こそうとするも、すぐにふらつき壁に手を付く。

「はぁー」

熱っぽい息を吐き出しながら、那美はゆっくりと扉を開ける。



「ん?」

物音を聞いた気がして、恭也は読んでいた本に栞を挟んで閉じると立ち上がる。

「那美さんが起きたのかな」

考えを思わず口に出しながら、恭也は那美の部屋へと向かう。
丁度、那美の部屋の前で当人と出くわす。

「へっ!? きょ、恭也さん!? で、出掛けてなかったんですか」

「ええ。元々予定もありませんでしたし、病人の那美さんを置いては」

恭也の言葉に感動しつつも、那美は今の自分の姿を思い出して慌てる。
寝乱れて裾が覗き、胸元の空いたパジャマ。
髪も櫛を通しておらずにぼさぼさのまま。
何より、寝汗を掻いている。

「あ、あの、えっと……」

必死に何かを言おうとするも、その声さえもガラガラになっている。

「あ、あう〜。コホコホ」

慌てる那美だったが、不意に咳き込む。
それを見て恭也は那美を支えると、

「部屋に戻りましょう。何かいるのなら、俺が持ってきますから」

「あ、ありがとうござ……、じゃなくて、きょ、恭也さん、その離れて」

「いえ、遠慮せずに」

「そ、そうじゃなくてですね。その、起き立ててで髪もぼさぼさですし、その寝汗も掻いてて。
 そ、そうだ、シャワーを」

「何を言っているんですか。熱があるんだから、駄目に決まってます。
 それに、そんな事気にしないでください。風邪を引いていて、さっきまで寝ていたんだから当たり前です」

恭也の言葉に那美はそれでも少し抵抗があったが、本気で心配する恭也を見て、大人しく肩を借りる。
が、急に起きてここまで無理をしたのか、膝から力が抜ける。
それを恭也が両腕で支える。

「ほら、無理をするから。早く部屋に戻りましょう。
 少しすいません」

一言断ってから、恭也は那美を抱き上げると部屋へと運ぶ。
風邪の熱とは別の意味で顔を赤く、熱くさせる那美。
それを起きて急に動いた所為で熱が上がったと思ったのか、恭也はすぐに那美を部屋に入れると布団に寝かせる。

「とりあえず、何か飲むものを持ってきますから、ゆっくり休んでいてください」

「お願いします」

恭也は台所でスポーツドリンクを取り出すと、コップに水の入った洗面器、タオルを数枚用意する。
両手が塞がった状態で器用にノックをしてから扉を開ける。
那美が体を起こすのを手伝い、その口にコップを近づけて飲ませる。

「ありがとうございます」

「いえ。本当は体を拭かれるのにお湯も用意しようかと思ったんですが、
 流石に俺が手伝うわけにはいきませんから。
 そちらは、もう少し具合が良くなってからの方が良いかと思いまして」

「いえ、ありがとうございます。えっと、それじゃあ着替えるんで……」

「はい、外に出ていますね。あ、着替えを取りましょうか」

「い、いえ。その、お気持ちは嬉しいんですけれど、その、下着も替えたいので……」

「す、すいません。そうですよね。えっと、それじゃあ、俺は廊下にいますんで、終わったら呼んで下さい」

お互いに顔を赤くすると、恭也は外へ那美はゆっくりと体を起こすのだった。
それから少しして、那美の声が掛かり恭也は部屋の中へと戻る。
着替えたものを洗濯機に入れようかと思った恭也だったが、下着もあるのを思い出してそれを口にするのは止める。
見れば、部屋の見える所には着替えたはずのものがない。
那美が気遣って、恭也の見えないところに置いてくれたのだろう。
まあ、本人が恥ずかしいというのもあるだろうが。
ともあれ、水を絞ったタオルを那美の額に乗せ、使い終わったタオルだけを手に持つと立ち上がる。

「飲み物は頭下に置いておきますので。それじゃあ、俺は下にいますから」

「行っちゃうんですか」

何故か心細くなり、思わず口走った那美だったが、慌ててその口を閉ざす。
それを見て、恭也は病気の時は寂しくなるというのを昔、どこかで聞いたなと思い出す。

「いえ、これをしまったらまた戻ってきますよ。
 迷惑でなければ、今日はずっとここに居ようかと思いますが」

「えっと、お願いします」

思わず口走った事に恥ずかしい思いを感じながらも、恭也の言葉に那美は少し嬉しそうに頷く。
そんな那美に笑みを残すと、恭也は那美の部屋を後にする。
那美に言った通り、恭也はすぐに那美の部屋の戻ってくると、那美の横に座る。

「何かあれば遠慮なく言ってくださいね」

「はい。ありがとうございます」

「そう言えば、お腹はどうですか」

「……少し」

「じゃあ、何か作ってきます」

那美にそう言うと、恭也は再び部屋を出て行き、次に戻ってきた時には、お盆を持っていた。

「雑炊ですが、食べれそうですか」

「あ、はい」

恭也は鍋から茶碗によそうと、蓮華で掬って自分の口元へと運び、フーフーと息を吹きかけて冷ます。

「はい、どうぞ」

そのまま那美の口元へと持っていき、照れる那美を見て自分がした事を思い出して、こちらも照れる。

「すいません。つい、昔なのはにやったみたいに」

茶碗を那美へと差し出して、自分で食べてもらおうとするが、那美は小さく首を振る。

「えっと、良かったらお願いしても良いですか」

風邪で甘えたくなっているのかと思った恭也は、そのお願いを聞き届け、
少し照れながらも那美へと食べさせるのだった。
食事を終えた那美に風邪薬を飲ませて、布団に寝かせる。

「それじゃあ、ゆっくりと休んでください」

「はい。あの、もう一つお願いしても良いですか」

「何ですか?」

「その、手を……」

言って布団から手を出した那美だったが、流石に恥ずかしかったのか、やっぱり良いですと引っ込める。
その手をそっと恭也は掴むと、那美へと優しく言う。

「ずっとこうしてますから」

「ありがとうございます。おやすみなさい、恭也さん」

「はい、おやすみなさい那美さん」

程なくして、寝息を立て始めた那美を暫く見ていた恭也だったが、繋いだ手に視線を移すと静かに目を閉じる。



夕暮れ時、目を覚ました恭也は自分も寝ていたのかと苦笑を洩らす。
どうやら、那美はまだ寝ているらしく、恭也は空いている手ですっかり温くなったタオルを取ると、
そっと掌を額に当てる。

「熱はもう殆どないな。この調子なら、明日には治っているかな」

手を離して、額に張り付いていた髪をそっと掻き揚げてやりながら、恭也はそう一人ごちる。
家の中にはまだ誰の気配もない事から、まだ誰も帰ってきていないのだろう。
やけに静かな家に普段の賑やかさを思い出しながら、恭也はじっと那美の顔を見詰める。
特に意識して行ったのではなく、ただ何となく考え事をしていたために見詰めていたといった感じで。
だが、件の那美が目を覚まし、じっと見られていることに気付いて顔を赤くさせる。
そんな事に気付かず、恭也は目を覚ました那美に声を掛ける。

「おはようございます、那美さん」

「あ、はい、おはようございます。
 えっと、その、ずっと見てたんですか」

「あ、ああ、すいません。そういう訳では。俺もさっき目を覚ましたところですから」

自分も寝ていた事を告げながら、恭也は弁解じみた事を口にする。
だが、元々那美には責めるつもりなどないので、それ以上の追求はなかった。
その事にほっとしながら、恭也は繋いでいた手をそっと離す。
少し寂しそうな顔を見せる那美に、恭也は安心させるように言う。

「まだここに居ますから」

そうじゃないのに、とか小さな呟きが那美の口から漏れるも、恭也の耳には届かなかった。
気付いていない恭也は、那美へと更に話し掛ける。

「ところで、体のほうはどうですか」

「あ、だいぶん楽になりました」

「それは良かったです。熱の方も引いているようでしたし。
 お湯とタオルを用意しましょうか」

「……えっと、お願いします」

恭也の言葉に暫し考え、まだ恭也が部屋に居てくれるという言葉を思い出し、那美はそう返答する。
お湯とタオルを恭也が取りに行っている間、那美は何やら考えている様子で、じっと一点を見詰める。
やがて、恭也が戻ってきて部屋の扉がノックされる。

「どうぞ」

那美の言葉に恭也が部屋へと入ってきて、お湯の入った洗面器と新しいタオルを数枚置いてくれる。
それではと出て行こうとする恭也の袖を掴み、那美は引き止めると顔を真っ赤にしながらお願いする。

「その、一人では背中の方ができないので、その……」

「そ、それは、誰かが帰ってきてから頼んだ方が良いのでは……」

「こ、このままだと気持ち悪いので、お、お願いできませんか」

「……わ、分かりました(ただの病人の世話、病人の世話)」

恭也は那美に返事をしつつ、必死で疚しい事はないと自分に言い聞かせる。

「えっと、それじゃあ脱ぐので後ろを向いててもらえますか」

「は、はい」

恭也が背中を向けると、那美は新しい着替えを取り出し、着ているパジャマの前を開けていく。
上を脱いだら、胸を隠すように脱いだパジャマと腕で隠し、恭也へと声を掛ける。

「そ、それじゃあお願いします」

「は、はい」

緊張した那美の声に、恭也も必要以上に緊張を強いられながら、ゆっくりと振り返り、
那美の白い肌に思わず目が惹きつけられる。

「ど、どうかしましたか」

何処か変な所でもあったのかと不安になって声を掛ける那美に、恭也は慌てて首を振るとタオルを手にする。
湯に入れたタオルをしっかりと絞り、那美の背中にそっと当てる。

「い、いえ、何でもありません。
 それじゃあやりますので、強かったら言ってください」

「はい、お願いします」

那美の言葉に、見えないと分かっていても頷くと恭也はそっと那美の背中を拭いていく。
やや那美の肩よりも上から見下ろすような形となり、
恭也は那美のうなじから首筋、鎖骨へと思わず目をやってしまう。
本当に白くて綺麗な肌に、見ているだけで恭也は顔を赤くさせる。
それは那美も同じで、少し大胆すぎたかと内心で思いながらも、時折、タオル越しではなく、
直に触れる恭也の指にビクッと体を震わせ、必要以上に力が入っていた。
長いようで短い時間が経ち、ようやく恭也は那美の背中を拭き終える。

「お、終わりましたよ」

「あ、ありがとうございます。ごめんなさい、こんな事までしてもらって」

「いえ、お気になさらずに」

「……」

「……」

沈黙が続き、それに耐え切れなかった那美はよく考えずに言葉を発する。

「薫ちゃんたちみたいに綺麗な肌だったらまだ良かったんでしょうけれど……。
 あ、あははは」

冗談めかした言葉だったが、恭也はそれを思わず強く否定する。

「いえ、そんな事はなかったですよ! 白くてとても綺麗でした」

「あ、あうっ」

「す、すいません、変な事を言ってしまって。
 お、俺は廊下に出てますんで、終わったらまた声を掛けてください」

恭也の言葉に照れて耳まで真っ赤になる那美に、恭也も照れて慌てて謝ると部屋を出て行く。
背中越しに扉が閉まる音を聞き、那美は肩に入っていた力を抜くと、顔をだらしないぐらいに蕩けさせる。
頭の中では、何度もさっきの恭也の言葉がリフレインされていた。
その後、小さなくしゃみで我に返った那美は、急いで体を拭いて着替えを済ませると恭也へと声を掛ける。
それを聞き、那美の部屋へと戻ってきた恭也の手をもう一度取る。

「えっと、またこうしてもらっても良いですか」

「ええ、どうぞ」

恭也の言葉を心地良く耳にしながら、那美はそっと目を閉じて静かに眠りにつくのだった。
眠りに落ちるその前、風邪を引いて寝込んだけれども、決して悪い一日ではなかったと思いながら。





おわり




<あとがき>

バルスさんからの420万ヒットリクエスト〜。
美姫 「久しぶりね、これも」
まあな。これはあくまでも連載じゃなくて短編だからな。
美姫 「まあ、そうなんだけれどね」
だろう。
美姫 「にしても、今回は那美メインというか、那美よね」
まあな。薫や葉弓、楓は個人イベントがあったのに、那美はなかったから。
美姫 「ああ、それで今回は那美になったのね」
ああ。
美姫 「じゃあ、もし次があったら、久しぶりに神咲全員でドタバタ?」
いやー、どうなるかな〜。さっきも言ったけれど、短編だから。
美姫 「つまり、書き始めるまで分からないと」
そういう事だな。
美姫 「うーん、普段なら吹き飛ばすところだけど、短編だしね〜」
ほっ。
美姫 「とりあえず、バルスさん、リクエストありがとうございました〜」
ました!







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