『込められし思い 第10話』
授業の終了を告げるチャイムが鳴り響き、昼休みへと気持ちが移っていた生徒を戒めるかのように、
今の授業を担当していた教師の口から、言葉が飛び出る。
「という訳で、今度の授業で小テストをする。
この間の学期末テストで赤点でなかったからといって安心してる奴、注意しておけよ。
この小テストの結果次第では、新たに補習もありえるからな」
途端に、生徒たちの間から、悲鳴にも似た声や、横暴という言葉が聞こえてくる。
それらを全て聞き流すと、教師は荷物を纏めて教室を後にする。
昼休みに入ったのとは違う喧騒が教室を満たす中、恭也はゆっくりとその体を起こすと、伸びをする。
「うーん、もう昼か」
その横では、恭也と同じような姿勢でいた忍も、ゆっくりと体を起こし、閉じていた目をゆっくりと開けていく。
「ふぁ〜、もう、お昼?」
「そうみたいだな。って、いつにもまして眠そうだな、忍」
「うん。ちょっと、昨日遅かったから…」
「またゲームか」
「まあね」
欠伸をして出てきた涙を指先で拭いつつ、忍は恭也の言葉に頷く。
そんな二人の元へ、冬桜と赤星がやって来る。
赤星は、二人を呆れたように眺めた後、その口を開く。
「二人共、その調子だと、さっきの先生の言葉を聞いていなかったみたいだな」
「どうかしたのか?」
赤星の言葉に、恭也と忍は揃って赤星へと顔を向ける。
そんな二人の反応に、赤星はやっぱりなという顔をした後、教えてやる。
「次の授業で、小テストをするらしい。
しかも、これの点数次第では、夏休みに補講が受けられるという景品付きのな」
「……忍、俺はどうやら未来から過去へと来たらしい。
どうせ、お前の仕業だろうから、さっさと元の時代に戻してくれないか」
「失礼ね、恭也。幾ら私でも、時間を遡るような機械を作るお金なんてないわよ」
「そうか。…って、それって、金があれば作れるって事か!?」
「ううん、駄目に決まってるじゃない」
「ったく、紛らわしい言い方をするな」
「あははは〜、まあまあ。って、それ所じゃないわよ。
赤星くん、それってどういう事よ? だって、学期末はこの間、終えたところじゃない。
それとも、何かの冗談?」
「忍様、赤星様が仰っている事は事実です」
三人のやり取りの中に、冬桜が入って来る。
冬桜からその言葉を聞き、二人は事実だと悟る。
「お前ら、俺の言葉を信用してなかったのか」
「冗談だ、許せ」
「そうそう、冗談よ。って、テストは冗談じゃないのよね〜」
大げさに溜め息を吐いてみせる忍に、赤星が言う。
「恐らく、テストも終って、夏休みを前にして浮かれている俺たちに釘を刺すつもりなんだろうな。
お前ら、そんなに浮かれている場合じゃないぞ、って」
「釘を刺す?」
「どうして?」
二人して真顔で聞き返してくるのに対し、赤星は珍しいものを見るように交互に二人の顔を見た後、
高町と月村だしな、と呟くと、二人に向かって言う。
「なら、聞くが、俺たちは何年生だ?」
「三年に決まっているだろう」
「どうしたの、赤星くん。まさか、あまりの暑さで、ついに…」
「まあ、ここ数日は特に暑かったからな…」
二人の言葉に、赤星は本当に疲れた様な表情で助けを求めるように横を見る。
それを受け、冬桜がおずおずと口を挟む。
「あ、あの…。つまり、赤星様が仰りたいのは、お二人が受験生という事です」
「ああ、そういう事か」
「だったら、初めからそう言ってくれれば良いのにね」
顔を見合わせ、うんうんと頷く二人を見ながら、赤星は俺が悪かったのか、と冬桜へと聞いていた。
それを受けた冬桜は、慌てた様子で、えっと、えっと、と言葉を濁すだけだったが。
「しかし、受験生と今回の事と何か関係があるのか?」
「さあ? そこまでは、私も分からないわよ。
とりあえず、今度のテストでちゃんと点数を取って、補習だけは免れないとね。
まだ未プレイのゲームが数本あるし、なのはちゃんとも対戦する約束してるし」
「そうだな。俺も、夏休みは美由希との鍛練で使う予定だからな」
そんな二人の言葉を聞き、赤星は本当に心底疲れた顔を見せる。
「お前らみたいなのがいるから、今回のテストなんだろうな……」
「何だ、まるで俺たちが悪いみたいじゃないか」
「本当よ。私たちの何が悪いって言うのかしら」
「受験生と自覚しているのに、授業はまともに受けない。
受験前の大事な夏だというのに、勉強のべの字も予定に入っていない。
他にも細かい所であげれるが、大まかに言えば、この二つだろうな」
「「…………ああ、そういう事か」」
赤星の懇切丁寧な説明により、恭也と忍はようやく納得したという顔を見せる。
そんな赤星を慰めるように、今までのやり取りを見ていた彩が軽く肩を叩く。
「まあまあ。この二人に何を期待してるのよ」
「確かに、藤代の言う通りなんだが…」
「中々失礼だな、藤代」
「本当に、失礼しちゃわね、彩ったら」
「あれ? でも、間違ってないと思うけど?」
可愛らしく首を傾げて見せる彩に、恭也も忍も言葉を無くす。
と、彩は何か思い出したように、その場で駆け足を始めると、口早に告げる。
「と、それよりも、早く食堂に行かないと。冬桜も高町くんみたいなお兄さんを持って大変だろうけれど、頑張ってね。
それじゃあね〜」
「いえ、その私は…。兄様は大変、尊敬できる方で……」
「冬桜、彩はもう居ないから」
恭也の言葉に、冬桜はあっと小さく呟くと、顔を赤くして俯く。
そんな冬桜に笑いかけつつ、恭也は軽く冬桜の肩に手を置く。
「それよりも、俺らも昼にしよう」
「あ、はい」
恭也の言葉に、冬桜は俯いていた顔を上げ、嬉しそうな笑みを見せる。
「ほら、赤星も忍も、早くしないと休み時間が終るぞ」
恭也に促がされ、忍と赤星も動き出す。
四人は連れ立って、屋上へと上がる階段を登る。
屋上では、既に美由希たちが先に食べ始めていた。
「……んぐ。…恭ちゃんたちが遅かったから、先に食べ始めてるよ」
そう言ってくる美由希に軽く手を上げて答えると、恭也たちも思い思いの場所へと腰を降ろし、昼食を取り始めるのだった。
昼食を取り終えた恭也と忍は、揃って憂鬱そうな溜め息を洩らす。
それを見た那美が、二人にどうかしたのか尋ねる。
「うん、実はね…。今度、小テストがあって、それで赤点だと、夏休み補習なのよね」
「全く、人が寝ているのを良い事に、勝手に決められてもな…」
「恭ちゃん、それって、先生は全然、悪くないから」
「美由希ちゃんまで、赤星くんと同じ事を言うのね〜。
だって、赤星くんに聞いた、そのテストの範囲って、全然、習ってないのよ!」
「それは、確かに先生の方が悪いですね」
忍の言葉に晶が頷くと、レンもその横でうんうんと頷く。
「それやったら、ちゃんと先生に言うて、その範囲の所を授業してもらうか、
テストの範囲を変更してもろうた方が良いんとちゃいますか」
「俺としては、テストそのものを無くして欲しい所だがな」
そう呟く恭也に、冬桜が困ったような顔をしながらも、静かに口を開く。
「兄様、忍様、今回のテスト範囲ですけれど、今日の授業までで全て習ってますけれど」
「本当か?」
「はい」
「でも、私は知らないわよ」
「俺も聞いた覚えはないが…」
「そ、それは…」
二人の言葉に、言い淀む冬桜に代わり、赤星が呆れたまま告げる。
「そりゃあ、そうだろ。お前ら、殆どの授業で寝ているんだから」
「失礼ね。私は理系の授業では絶対に起きてるわよ」
「俺は、四限目と五限目以外は絶対に起きているぞ」
「「それに、そんなにしょっちゅうは寝てない」」
二人の返答に、赤星はまたしても盛大な溜め息を吐き出し、ゆっくりと言い聞かせるように言う。
「良いか、今回のテストは古文で、これは文系の科目に分類される上に、
何故か、週三回ある授業も月、水、金の四限目、五限目という授業なんだ。
それと、確かに、そうしょっちゅうは寝てないだろう。
だが、テストが終ってから、つまり、今回の小テストの範囲の授業をしていた時は、二人共、寝てたよな」
「…成る程。それでテスト範囲を聞いても、授業でやった記憶がない訳だ」
「そういう事だったのね〜」
二人して納得しているのを眺めつつ、赤星は肩を落とす。
一頻り納得した二人は、目の前の現実にぶつかる。
「「小テスト、駄目かも……」」
新たに、肩を落とす二人が加わり、何とも言えない空気が漂い始めた頃、忍が顔を上げる。
「そっか、彩に教えてもらえば良いんだった」
「そうだな。藤代なら、適任だな」
「って、恭也も教わる気なの?」
「当たり前だろう」
「まあ、別に良いんだけれど、私の家で泊まりで教えてもらう予定なんだけれど…。
でも、恭也だったら、良いか。うんうん、そうしよう。恭也も一緒に勉強しようね〜」
「……いや、泊まりなら話は別だ。流石に、深夜に女性二人と一緒というのはまずいだろう」
「恭也だったら、構わないわよ」
そう言って恭也を引き込もうとする忍の言葉を遮って、美由希が口を挟む。
「駄目です。恭ちゃんには、深夜の鍛練をしてもらわないといけないんですから」
美由希の言葉に、関係のない那美や晶、レンまでも頷く。
それに笑みを見せながら、忍は余裕たっぷりに答える。
「でも、その所為で、恭也が補習になったらどうするの? 夏休みは、何処へも行けなくなるわよ〜」
この言葉に、美由希たちは何やら悩み始める。
そこへ、冬桜が遠慮がちに声を掛ける。
「あ、あのー、兄様」
「どうした、冬桜」
「宜しければ、私が勉強を教えますけれど」
「そうか、冬桜が居たな」
「はい。古文は得意ですから」
「なら、冬桜に頼もう。その方が、時間も都合がつき易いしな」
これで解決したとばかりに頷く恭也に、美由希たちはほっと胸を撫で下ろし、忍は残念そうな顔を見せるのだった。
◆◆◆
夕食後、鍛練の時間まで、冬桜に勉強を教えてもらう事となった恭也は、早々に自室へと篭もっていた。
他の者も邪魔しないようにしつつ、いつも通りに時間が流れていく。
そして、深夜の鍛練の時間となり、美由希はどうして駄目なようなら、勉強の方を優先してもらおうと考え、
邪魔にならないように、そっと恭也の部屋へと向かう。
恭也の部屋へと近づいた頃、中から微かな息遣いと共に声が聞こえてくる。
思わず、美由希はその声に聞き耳を立ててしまう。
「こう…、ですか?」
「ああ。そうだな、もう少し強く握って」
「あ、はい。思ったよりも、大きいんですね」
「まあな。で、指をこうして…」
「はい」
「で、基本は上から下に、こう動かして…」
「こうですか」
「ああ、そうだ」
そこまで聞いた美由希は、顔を赤くしつつ、
「ちょっと二人共、兄妹でなにしてるの!?」
怒鳴りながら襖を思いっきり力を込めて開ける。
襖が大きな音を立てる中、美由希は怒りの形相のまま部屋へと踏み込み、
そして、その足を止めると、茫然と目の前の二人を見遣る。
「えっと……」
美由希が見詰める先では、八景を握った冬桜の手に、恭也も自分の手を添え、何やら型の素振りをしている二人がいた。
突然の闖入者に対し、恭也は言い訳をするように言う。
「ち、違うぞ、美由希。その、さっきまでは、ちゃんと勉強をしていたんだ。
ただ、ちょっと息抜きをしようと休憩にした時に、俺が冬桜に教えられる事は何もないなって話になって…」
「それで、私が兄様に御神の基本的な技を教えて下さいって言ったんです」
「だから、決して、勉強をサボっていた訳ではなくてだな…」
必死で弁明する恭也と冬桜に、美由希は引き攣った笑みを浮かべると、
「な、何てお約束な……」
「何を言ってるんだ、美由希?」
「ううん、何でもないよ。ちゃんと勉強してたのは、分かったから、それよりも、時間だけれど、どうする?」
美由希の言葉に、恭也は時計を見上げ、一つ頷く。
「丁度良い。今日はここまでにしようか」
「はい、分かりました」
恭也の言葉に、冬桜は一つ頷くと、鍛練に使用する道具の入った鞄を引っ張り出す。
途中で、冬桜の手からそれを取ると、恭也は美由希へと言う。
「さて、じゃあ、行くか」
「うん」
部屋を出て行く二人に向かって、冬桜が声を掛ける。
「いってらっしゃいませ。お布団は引いておきますので」
「ああ、頼む」
「それじゃあ、冬桜さん、いってきます」
それぞれに挨拶を返すと、二人は鍛練へと向かうのだった。
次の日も、同じように冬桜から教わり、忍は忍で彩からちゃんと教わったらしく、
その結果、二人共、何とか補習だけは免れたのだった。
こうして、恭也は無事に夏休みを手に入れたのだった。
つづく
<あとがき>
という訳で、久し振りの更新。
美姫 「これも全部、165万Hitのきり番を踏んで、リクエストしてくださった…」
アルケインさんのお陰です。
美姫 「この長編は、更新速度がとっても遅いからね」
分かってはいるんだがな〜。
美姫 「だったら、少しは早くしなさいよね!」
う、うぅぅぅ、何も殴らなくても。
美姫 「違うわ。これは愛の鞭よ。決して、暴力なんかとは違うのよ!」
ものは言いようって奴だな。
美姫 「馬鹿!」
ぐげっ!
美姫 「私はアンタのためを思って、心を鬼にして」
その割には、顔が笑ってるし、普通、この場合はグーじゃなくて、パーで叩かないか……。
美姫 「愛よ、愛。それだけ、私の愛が大きいのよ」
嫌な表現の仕方をする愛だな、おい。
美姫 「顔では笑って、心で泣いてるのよ」
嘘吐け、嘘を! 心でも笑ってるだろう、絶対に!
美姫 「さて、それじゃあ、また次回でね〜」
って、無視かよ!