『込められし思い 第11話』






終業式も無事に済み、各自教室へと戻ってのHRも終えた今、教室内は明日から夏休みで浮かれる生徒たちであふれ返っていた。
ここ3年G組の教室も同じで、受験生という事で他の学年よりも多少は落ち着いてはいるものの、
やはり長期の休みという事もあり、少なからずざわついた雰囲気を醸し出していた。
そんな中にあって、恭也は一人、席に座ったまま難しい顔をしていた。
そこへ、赤星が声を掛けてくる。

「どうかしたのか、高町」

「いや、特には何もないのだが…。何と言うか、少し嫌な予感が何故かしてな」

「戻ってきた通知表が悪かったせいじゃないの」

「確かに、良くはなかったが、そんな事を気にすると思うか?」

恭也の言葉にすぐさま反応した忍へと、恭也が逆に尋ね返す。
それに対し、忍はこれまたすぐさま答える。

「思わない」

「いや、少しは気にした方が良いぞ」

「今更、気にしても仕方がないとも思うけれどね」

苦笑しながら言う赤星の後ろから、藤代が笑いながら追随する。
それに頷く恭也のへと冬桜が話を戻すように尋ねる。

「嫌な予感ですか、兄様」

「あ、ああ。まあ、多分、気のせいだろう」

「ひょっとして、フィアッセさんが休みを終えてツアーへと戻ったから、寂しいとか?」

心配そうに尋ねてきた冬桜へとそう返した恭也に、忍は茶化すように言うが、恭也はそれを否定すると鞄を掴んで立ち上がる。

「それじゃあ、帰るとするか」

「はい」

そう言うと、恭也たちは教室を出て行く。

「で、高町は夏休みはどうするんだ? 何か講習でも受ける……訳はないか」

「中々失礼な奴だな」

「ま、まさか受けるの!?」

恭也の返答に彩が驚く。
いや、彩だけでなく、忍や言った赤星本人さえも驚いていた。
そんな三人の反応にどこか憮然としつつも、恭也は首を横へと振る。

「そんな訳ないだろう」

「だよね〜。恭也がそんなもの受けるはずないよね」

「うんうん。それでこそ、高町くんだよ」

「一瞬、本気でびっくりしたぞ」

「…お、お前らな……」

口々に言う三人に、流石の恭也も微かに疲れたように言う。

「では、兄様はどのように夏期休暇をお過ごしになる予定ですか?」

「まあ、細かい所は決めてないが、美由希との鍛練が中心だろうな。
 出来れば、一週間か二週間ほど山篭りもしたいが…」

「はは、高町らしいな。そうだ、暇な時間が出来たら、やろうぜ」

「ああ。その時は、家に来い」

「忍はどうするの?」

「私? 私はちょっと研究でもしようかと思ってるわよ。
 後は、ゲームかな」

「…研究? おい、まさかノエルに…」

「ふっふっふ〜ん♪ それは、後のお楽しみよ」

忍の発した言葉の中に、嫌な単語を聞きつけた恭也は、耳を寄せて小声で尋ねるが、それに対して忍は意味深な笑みを浮かべる。
恭也は深く息を吐き出しながら、既に答え──それも最悪の──を得たとばかりに、僅かに肩を落とす。
そんな恭也に気付かず、彩がいい事を思いついたとばかりに全員へと話し出す。

「私たちは受験生だけれど、息抜きも必要よね。
 だから、夏休みのどこかで一日だけでも皆で一緒に出掛けない」

「あ、それは良いわね。冬桜に恭也と赤星くんはどう?」

「俺は別に構わないよ。早めに連絡さえくれれば」

「俺も別に構わんが」

「私も構いませんけれど」

「じゃあ、決定だね♪ 忍と二人で予定を立ててから連絡するね」

楽しそうな彩の言葉に、恭也たちも頷くのだった。



  ◆◆◆



あれから少しだけ忍たちと話してから、恭也と冬桜は家路へと着く。
その道中、冬桜が恭也へと話し掛ける。

「兄様、宜しければお母さまの墓参りに一緒に行ってもらえませんか」

「……そうだな。線香の一本でもあげるか」

一瞬だけ浮かべた複雑そうな顔を消し、恭也は少し考えてからそう答える。
恭也の言葉に、冬桜は嬉しそうな顔になると、

「あ、ありがとうございます」

「いや」

それからは他愛もない話をしながら、二人は歩いて行く。
とは言っても、お互いにあまり喋る方ではないので、ぽつりぽつりといった感じで会話が交わされる。
しかし、お互いにそれが心地良く、特に問題とも思ってないので、これで良いのだろう。
やがて、二人は高町家へと帰ってきた二人は、立派な門構えを抜け、玄関の戸へと手を掛ける。
同時に、恭也はそのままの姿勢で動きを止める。
それを不審に思って冬桜が声を掛ける。

「兄様、如何なされましたか?」

「あ、ああ。いや、どうも向こうから嫌な気を感じてな。
 殺気とも違うし、どう言えば良いのか。
 そうだな、単に嫌な予感がするといった所か」

「は、はあ。では、どうなされます?」

「いや、ただの勘違いだろう。それに、このまま炎天下の下にいるのは、流石に辛いからな。
 俺は兎も角、冬桜の白い肌には酷だろう」

「い、いえ、別にそんな事は…」

「とりあえず、さっさと部屋に行って着替えよ」

そう言って覚悟を決めると、恭也は玄関の戸を開けて入る。

「ただいま」

「ただいま帰りました」

「師匠、冬桜さん、お帰りなさい!」

「お師匠、冬桜さん、お帰りです」

「恭ちゃん、冬桜さんお帰り!」

「ああ。所で、皆してどうしたんだ。こんな所まで出迎えに来るとは」

不思議そうに尋ねる恭也に、晶とレンは顔を見合わせ、美由希は嬉しそうな顔を覗かせる。

「実は、おやつ作ったんだ。だから、早く食べてもらおうと思って」

「…お前が作ったのか、美由希」

「うん、そうだよ。
 見本として、私の分を晶に作ってもらって、それを見ながら恭ちゃんの分は私が作ったの」

恭也は恐る恐るといった感じで晶とレンを見る。
その恭也の視線を受け、晶とレンは満面に爽やかな笑みを浮かべる。
あまりにも爽やかすぎて、逆に何やら怪しさを感じさせなくもない笑顔を。
そして、その笑顔のまま、晶が先に口を開く。

「美由希ちゃん、頑張りましたよ」

「ホンマに、頑張ってました。期待してください」

「いや、努力ではなく、結果の方を知りた…」

恭也の言葉を遮るように、レンの言葉を次ぐように晶が口を開く。

「何せ、いっぱいありますから」

「いや、量よりも…」

「そうです。大皿から溢れるほどに、たくさんありますから…」

二人は完全に恭也の言葉を無いものとして、言葉を投げ掛けてくる。
そんな二人の態度に、恭也は先ほどの嫌な予感が再び蘇るのを感じつつ、逃げようとするが、
すぐ後ろには冬桜がいて、逃げ道が塞がれていた。

「ほらほら、早く食べてよ」

恭也が一瞬だけ躊躇した隙に、美由希は恭也の腕を掴むとリビングへと連れて行く。
がっしりと掴まれ、逃げれない恭也は、引きずられつつも、晶とレンに問い掛ける。

「あ、味の方は、大丈夫なのか」

「りょ、量のほうは、俺たちが保障しますから」

「いや、量はこの際、どうでも良い。それよりも、味は…」

「み、見た目も保障します」

「だから、味の方は…」

「に、匂いは……」

「む、無臭ですから、大丈夫です」

「いや、無臭っていうのは逆に可笑しいだろう!
 い、いやいや、この際、それも大目に見よう。
 だが、味だ。味の方は…」

恭也の声に晶とレンは顔を見合わせると、天上を一旦見上げ、そろって恭也の方へと顔を再び戻すと、
親指を突き出し、そのまま恭也の方へと突き出す。
その二人の仕草に、恭也は望みを抱くが、続く二人の言葉に、それは粉々に砕け散る。

「師匠のために、美由希ちゃんが一生懸命作ったものを、例えそれが味見だとしても、俺たちが食べるわけにはいかないですから」

「ですから、それはお師匠自身が是非、確かめてください」

その二人の言葉を聞き、恭也はがっしりと逃げられないように腕と同時に手首を決めている美由希へと話し掛ける。

「……そんなに量がたくさんあるのなら、俺一人では食べきれないだろう。
 美由希、晶やレンにも分けてやろう」

「あ、そうだね。たくさんあるから、二人も遠慮しないで食べてね」

「い、いやー、気持ちは嬉しいんだけど、なぁ」

「あ、ああ。
 残念ながら、うちと晶は見本となるおやつを作る時に、ちょくちょく味見をしてたから、もうお腹がいっぱいなんや」

「そうそう。残念だけど、そういう訳だから」

「そ、そや、少し腹ごしらえも兼ねて、軽く身体でも動かそうか」

「そうだな。夕飯の支度までには戻ってくるから」

「そ、そういう事ですんで、お師匠はうちらの事は気にせず、食べてしまってください」

「寧ろ、食べきってください」

「ほ、ほなら、うちらはこれで」

二人は言い切ると、さっさと玄関から外へと出て…、いや、逃げて行く。
普段の仲の悪さを感じさせないほど、ツーカーで話を合わせる二人の背中を恨めしそうに見遣りつつ、
恭也は憂鬱な溜め息を吐くのだった。

そうして、恭也はリビングへと連行され、後を付いていく形で冬桜もやって来る。

「ま、待て待て。その前に、着替えないとな」

「んー、じゃあ、早くしてよ」

しめたと思ったのも束の間、美由希は部屋の前で陣取り、恭也が逃げないように見張る。
恭也よりも先に部屋へと入って着替えた冬桜が出てくると、代わりに恭也が入る。
逃げようと思えば、何とかなるのだが、外には美由希と一緒に冬桜も待っている。
恭也は外に聞こえないように、口の中で小さく呟く。

「くそっ。人質とは姑息な…」

別段、美由希にはそんなつもりはなく、ただ純粋に早く恭也に食べて欲しくて部屋の前で待っていて、
冬桜も単に恭也を待っているだけなのだが、今の恭也はよっぽど切羽詰まっているのか、そう映るのだろう。
当然、冬桜にも人質にされているなどという意識はないのだが。
恭也はゆっくりと制服を脱ぎ、私服へと着替えるのだが、その動きが徐々に遅くなっていく。

「ああー、まるで囚人服へと着替えるような心境だ…」

呟きつつも、着替えは着実に進んで行く。
やがて、着替え終わった恭也は、大きく溜息を吐き出すと、覚悟を決めて部屋の扉へと手を掛ける。
そして、意を決して開け放すと、そこには満面の笑みを浮かべた美由希が居た。
美由希は出てきた恭也の腕を再び掴むと、リビングへと恭也を連行…いや、連れて行く。

恭也と冬桜の座った前にドンと大皿が置かれ、そこには溢れんばかりに山盛りに乗ったクッキーが鎮座しめしていた。
恭也は恐る恐るそのクッキーをひとつ摘み、震える指先で口まで運ぶと、一口齧る。
途端、口の中に広まる不可思議な味。
辛いような甘いような酸っぱいような…。それでいて、後から苦味が出てくる。
噛めば噛むほど、様々な味が口の中に広がり、恭也はすぐさま飲み込む。
一つ食べ終えた恭也へと、美由希が期待の篭もった目を向ける。

「どう、恭ちゃん。一応、甘さは控えたつもりだけど」

「……甘さを控える云々以前の話だと思うが」

「どういう事?」

「自分で味見してみろ!」

「酷いな。それじゃあ、まるで美味しくないみたいじゃない」

「いや、まるでじゃなく…」

「うっ」

恭也がはっきりと告げるよりも先に、横から小さな呻き声が聞こえてくる。
そちらへと視線を転じれば、冬桜が口を手で押さえていた。
どうやら、冬桜も目の前の物体を食したらしく、それに気付いた美由希が同じように期待の篭もった眼差しで見詰める。

「冬桜さん、どう?」

「お前は、これの感想を求めるのか…」

苦しげに呻くように漏らす恭也の言葉が聞こえていないのか、美由希は期待に満ちた目で冬桜をじっと見詰める。
冬桜は非情に言い辛そうな、困ったような顔を少し見せた後、震える声を懸命に抑え、引き攣った笑みを浮かべる。

「と、とても、個性的なお味かと」

「本当!? まだまだあるから、たくさん食べてね」

「は、はい」

美由希の言葉と共に、更にもう一皿、ドンと目の前に出されたモノに、冬桜は少し涙目になりつつも、必死で笑顔を取り繕う。
美由希を悲しませないようにと、懸命に振舞う冬桜の頭にそっと手を置くと、恭也は優しく頭を撫でる。

「冬桜は、本当に良い子だな」

「そ、そんな…」

先程の引き攣った笑みとは違い、心の底からの笑みを浮かべる冬桜を見て、美由希は拗ねたように恭也へと視線を向ける。

「恭ちゃん、冬桜さんばっかりにずるいよ。私だって、こうして頑張っておやつを作ったんだから、少しは褒めてよ」

「褒めて欲しいのなら、それなりの結果を見せろ。いや、寧ろ、料理はしてくれるな」

「それ、どういう意味よ」

「別に…」

聞き返す美由希をあしらいつつ、恭也は手に持った食べかけのモノを口に放り込むと、
我慢して租借し、やや強引に飲み込むのだった。

(明日から夏休みで本当に良かった……)

恭也は胸中にそう呟くと、逃げ出した二人にどう仕返しするかを考えるのだった。



その日の夕食後、晶とレンのためにと、恭也が取っておいた美由希の作ったおやつを泣く泣く食べる二人の姿があったとか……。



つづく




<あとがき>

よし、次回からは夏休みだ!
美姫 「さて、一体どんな騒動が巻き起こるのか!?」
それは、次回にならないと分かりません〜。
美姫 「ようは、何も考えてないと」
あ、あははは〜。
美姫 「うふふふふ〜」
いやいや、何もって事はないぞ。
確実に一つはある話をする事が決まってるから。
美姫 「ああ、あれね」
ああ、アレだ。
美姫 「でも、アレまでの間はどうするの?」
確かに、いきなりアレにはいけないからな。
その辺は考えつつだな。
美姫 「それじゃあ、そういう訳でまた次回で!」
ではでは。







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