『込められし思い 第12話』






夏休みに入ると、恭也と美由希は一日の大半を道場で過ごしていた。
その傍らで、冬桜が二人の稽古の様子をじっと見詰める。
今も丁度、美由希へと幾つかの注意を終えた恭也が冬桜の元へとやって来る。
恭也へとタオルを渡す冬桜へ、隣に座り込むと話し掛ける。

「折角の休みに、こんな所に居ないで遊んできたらどうだ?」

「私が居ると迷惑ですか」

「いや、そうじゃないんだが…」

「私の事でしたら、ご心配なさらず。私は兄様の傍に居られるだけで、充分に楽しいですから」

「…そうか。まあ、冬桜がそう言うのなら、別に構わないが」

「はい。あ、美由希様、タオルをどうぞ」

「ありがとう、冬桜さん」

傍へとやって来た美由希にタオルを渡すと、冬桜は少し前に用意した麦茶をグラスへと注ぎ二人に渡す。
受け取ったそれを一気の飲み干して空になったグラスへ、再度注ぐ。
今度は二人ともゆっくりとそれを飲みながら、暫しの休息を取る。
二回ほど赤星が来た事もあったが、ここ一週間ほど、三人の行動は全くと言って良いほど同じだった。
それに特に不満もないのか、冬桜は本人の言葉通りにどこか楽しそうに自身もグラスを傾ける。

「それじゃあ、恭ちゃん。
 今日の鍛錬はこれでお終いなんだし、午後から冬桜さんと出掛けようよ」

美由希の言葉に恭也は少しだけ考える。
フィリス対策として週に一回は午後を休みとしており、それが今日だった。
因みに、例え週一で午後を休みにしても、深夜の鍛錬をしている上、
夏休みに入ってからはご飯時以外は殆ど鍛錬しているので、あまり意味がないとも言える。
当然の如く、後日病院へと行った恭也は延々と説教を受け、地獄のマッサージコースを体験する事となるのだが、
それはまた別のお話。
兎も角、恭也は美由希の言葉に頷くと、冬桜へと顔を向ける。
冬桜は嬉しそうに笑みを見せると、すぐさま頷く。
こうして午後からは三人で出掛ける事となったのだった。



  ◆◆◆



「で、何処に出掛ける?」

家の玄関に鍵をかけながら恭也は冬桜と美由希へと尋ねる。
それに対し、冬桜は特に思いつかないらしく美由希へと顔を向ける。

「んー、とりあえず駅前の本屋に行っても良い?
 新刊が出てるはずだから」

「別に構わないが、休みだからってあまり夜更かしはするなよ」

「分かってるて。冬桜さんもそれで良い?」

「ええ、私もそれで構いません」

「じゃあ、まずは本屋だね。その後は、デパートに行って、夏物を見て…」

「そうだな、冬桜の服を買いに行くか。
 持って来ていたので小さくなって着れないものがあるって言ってたしな」

恭也の言葉に、冬桜は自分が何気なく言った事を覚えていてくれた事にちょっとした嬉しさを感じる。
その横で美由希が他にいるものがないかを考えている。

「あ、鍛錬用のシャツもそろそろ新しいのを用意しないといけないね」

「そう言えば、包帯やガーゼなども少なくなっていたな」

「ドラッグストアー・ふじたさんの所が安売りしてたよ、そう言えば」

「なら、丁度いいな。ついでに井関さんの所へ寄って、木刀を注文しておくか」

「そうだね。新しいのは後、2、3本ぐらいだったし」

そこまで言って、恭也はふと気付いたように呟く。

「しかし、これでは出掛けると言っても、買い出しのようなもんだな」

「あははは。確かに。冬桜さんは何処か行きたい所はない?」

「私は兄様と一緒に出掛けられるだけで満足ですけれど」

「そうか。じゃあ、帰りに臨海公園に寄って帰るか」

冬桜の言葉に照れるのを誤魔化すように言った恭也の言葉に、
冬桜と美由希は顔を見合わせて小さく笑みを見せると、大きく頷く。
駅前へと向かって歩きながら、冬桜は時折ちらちらと恭也の方を、正確にはその手を見る。
それに気付き、恭也は何をしたいのか考え、ようやく一つの事に思いつくと、どうしようか悩む。
悩むが、あまりにも真剣な顔付きを見せる冬桜を見て、恭也はそっと冬桜の手を取る。
最初は驚いたように恭也を見上げる冬桜だったが、すぐに満面の笑みを浮かべ、僅かに恥ずかしそうに目を伏せる。
ようやく会えた兄に今まで甘えられなかった分も甘えたいという冬桜の気持ちが分かるから、
美由希は何も言わずに黙っているが、その心の内では必死に妹だから、妹だからを繰り返していた。
そんな美由希の葛藤など露知らず、二人は仲良く歩く。
その様子を横目に眺め、美由希はおずおずと自分も恭也へと手を伸ばすが、あっさりとそれを躱される。

「な、何で!?」

「何でとは何がだ。何を甘えている」

「そんな〜。私だって妹なのにぃ〜」

「知らん」

「う、うぅぅ。酷いよ、恭ちゃん」

「あの、兄様。美由希様が…」

訴えるように見上げてくる冬桜と、陰鬱な空気を一人で振りまく美由希に辟易して、
恭也は本当に仕方がないとばかりに美由希の手を握る。
途端に機嫌を良くした美由希に恭也は苦笑を浮かべ、冬桜は良かったですねと微笑みかける。
それに頷く美由希を見て、恭也は小さい頃、ずっと自分の後を付いて来ていた美由希と、
甘えるのを止めた頃の美由希の両方を思い出し、少しだけ優しく手を握る。
恭也の胸中までは分からないながらも、雰囲気的にその辺が分かったのか、美由希は珍しくはにかんだ笑みを見せる。
二人の妹に挟まれながら、恭也は駅前へと歩いていく。
もう少しで目的の本屋という所で、不意にシャッター音が聞こえ、音の発生源へと顔を向けると、
そこには見知った顔がニヤリと形容するのが相応しい笑みを浮かべて立っていた。
その手にはシャッター音の元となるカメラを持って、藤代彩その人が。

「ふふふふ〜。良いものを撮らせてもらったわよ、高町くん」

「……で、何の用だ」

「あれ? 慌てないね」

「何か慌てるような事でもあるのか」

「だって、ほら」

言って指差す彩の先、しっかりと繋がれた両手を見ても恭也は落ち着き払っていた。

「妹と手を繋ぐのは可笑しいか?」

「いや、別に可笑しくはないけれど…。
 何か思ったのと違う反応でつまらな〜い」

「そんなのは知るか」

恭也は実は結構、焦っていたりするのだが短くない付き合いから、どんな反応をすれば興味を失うのかを知っていた。
その為、何でもないような反応をして見せたのだが、どうやら正解だったらしい。
ほっと分からないように胸を撫で下ろす恭也へと、彩はつまらないとぼやきつつも話を続ける。

「で、高町くんたちはお出掛けって、聞くまでもないわね」

「ああ、すぐそこまでな。藤代も何処かに行くのか」

「うん。私は忍ん所」

「そうか」

「ああ、そうそう。夏休みに遊ぶ約束したじゃない。
 あれって、来週辺りにしようかと思っているんだけれど、どうかな?」

「来週か。ああ、別に問題ないな」

一応、美由希と冬桜へと聞いてから、そう答える。
それにうんうんと大げさなぐらいに首を縦に振ると、

「それじゃあ、今日の夜ぐらいには連絡すると思うから。
 実は、これから忍とその辺りを考えるつもりなんだ。決まったら、連絡するね。
 那美ちゃんには、美由希ちゃんから連絡お願いしても良いかな」

「構いませんよ」

「ありがとう。で、何処か行きたい所ってある?
 日帰りなら、海とか良いなって思うんだけれど」

「海か。海はちょっとな」

「大丈夫だって。シャツを着てれば」

「む、そうか。まあ、その辺りは任せる」

「了解♪ 一層のこと、海と山の両方にしようかしら。
 でも、それだと日帰りでは無理だしな〜。
 と、こんな所で一人で考えている場合じゃなかった。早く行かないと。
 それじゃあ、高町くん、美由希ちゃん、冬桜、またね〜」

一人で言うだけ言うと、彩は走り出す。
恐らく、その先で迎えの車が来るのだろう。
遠ざかる彩の背中を見遣りながら、恭也は何故か疲れたような気がしてそっと溜め息を吐き、
そんな恭也を美由希と冬桜は苦笑しながら眺めるのだった。



その後、予定していた所を全て周り終えた頃には、恭也の両手には大きな荷物がぶら下がり、
美由希の手にも二つばかりぶら下がっているという状態になっていた。

「兄様、私もお持ちしますけれど」

「そうか。では、一つだけ頼む」

恭也はそう言うと、幾つもある荷物の中から、比較的軽いものを一つだけ渡す。
それを受け取りながら冬桜は二人へと尋ねる。

「どうしましょう。荷物が多いですから、今日はこのまま帰りますか?」

「いや、これぐらいはどうという事はない。
 美由希さえ大丈夫なら、当初の予定通りに臨海公園へと行こうと思うが」

「私は大丈夫だよ」

「では、行くとするか」

「はい」

恭也の言葉に冬桜は一つ頷くと、臨海公園へと向かう。
既に夕方のいい時間だというのに、まだ日が出ている空の下、赤く染まる海を眺めながら、
三人は地面に長い影を落して公園内を歩く。
昼間よりも少しは気温が下がったとは言え、やはりまだ暑さを感じる中、三人の足は屋台へと進む。
白地に赤い字で氷と書かれた屋台に着くと、三人はそれぞれに注文した品を受け取り、
恭也の分は冬桜の持っていた荷物を再び恭也が持ち、両手の空いた冬桜が持って、
近くのベンチへと腰を降ろすと、少しの時間、三人はカキ氷を食べながら会話を繰り広げる。
徐々に傾き始めた太陽が三人を照らす中、暫しの休息を楽しむのだった。



つづく




<あとがき>

という訳で、夏休み序盤のお話。
美姫 「…………はぁ〜」
ま、まあ、随分と久しぶりの更新かな?
あ、あはははは〜。
美姫 「…………はぁ〜」
う、うぅぅぅ。
美姫 「……はぁ〜」
む、無言の非難は止めてくれ〜(泣)
美姫 「……という訳で、あの馬鹿もいなくなったみただし、また次回でね♪」







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