『込められし思い 第15話』






朝の駅前。
学生たちが夏休みへと入り、普段よりも人通りが少ないとはいえ、
通勤のためにやはり昼間などよりも多い人込みの中、恭也たち高町家の人々は既に集合していた。

「修行のためじゃないのに山に行くなんて久しぶりかも」

美由希の言葉に晶たちが苦笑する中、恭也もまた同じように頷きながら懐かしそうな目をする。

「まあ、今回はいきなり山奥に置き去りにされて、
 三日間自力で生き抜けなんて事をする人はいないだろうしな」

何とも返事に困るような過去話に、これまた困ったような顔をする晶たちであったが、
美由希だけは一人うんうんと頷いている。
つくづく変わった兄妹であるが、それを変わっていると認識してそれを口にする者は残念ながらここにはいなかった。
そんな風に話しながら他のメンバーを待っている恭也たちを、通りすがる人のうち数人が眺めていく。
冬桜や美由希へと向かう視線と恭也へと向かう視線が半々といった所か。

「はぁ、お師匠だけでも結構目を引くのに…」

「今回は冬桜さんもいるからな。いつも以上に人目が…」

そんな事を話している間にそこへ那美がやって来る。

「すいません、お待たせしてしまいました」

「いえいえ、まだ集合時間の十分前ですよ」

那美の言葉に美由希が時計を指しながらそう告げる。
それを聞いてほっと胸を撫で下ろす那美が持っている二つある荷物のうち一つから鳴き声が。

「くぅ〜ん」

「あ、くーちゃん、おはよう」

「くぅー」

なのはの挨拶に嬉しそうに返す久遠。
外に出しても逃げたりはしないはずだが、もうすぐ電車に乗るのでそのままにしておく。

「くーちゃん、後でいっぱい遊ぼうね」

狭いところに閉じ込めているという事実に少しなのはは申し訳なさそうにしながら、久遠に話し掛ける。
それに答える久遠を見ながら、下手に出すと人見知りの激しい久遠なら逃げ出しかねないと思っていた那美は、
外に出すように頼まれなくてほっとした顔を覗かせる。
そこへ今度は赤星と彩の二人がやって来る。

「やー、やー、皆お揃いで」

「ひょっとして遅れたか?
 さっき藤代とそこで会った時は充分に間に合う時間だったと思ったんだけれど」

言いながら時計を見て、まだ時間よりも少し早いと知って安堵する。

「高町たちも早く来てたのか」

「もう、そんなに楽しみでしょうがなかったのね。
 高町くんってば、意外と子供っぽい所があるわね。さては、昨日の夜も中々眠れなかったとか?」

「いや、これでもかってぐらいにぐっすりと」

「もう、面白みのない答えね」

「藤代を楽しませる気がないからな」

「うぅぅ、酷いわ高町くん。あんなにも私の事を必要だって言ったくせに」

「言ってない」

泣き真似をする彩に恭也は即座に否定する。
お馴染みのやり取り故か、彩の言葉に美由希たちも過剰に反応する事もなく、寧ろ二人から少し距離を開ける。
そんな周囲の反応をよそに、彩は大げさな素振りで恭也を見つめる。

「そんな! あの日、あの星に二人で漫才界を制覇しようと誓ったのに…」

「誓ってないし、やりたいのなら一人でやってくれ」

「もう、そこは今は朝だから星は見えないとか言ってくれないと。
 ふー、散々突っ込みを教えたけれど、まだまだ甘いわね」

「はぁ、別に甘くても良い」

既に他人のふりをしている美由希たちを恨めしそうに見遣りつつ、逃げそびれた事を悔やむ。
いつもなら一緒に巻き込まれているはずの赤星も今回はちゃっかりと難を逃れ、冬桜と何やら話し込んでいる。
まだ彩の事を良く知らない冬桜を避難させてくれた事には感謝するも、見捨てた事を恨むように赤星を見つめる。

「う、うぅぅ。私というものがいながら他の女の子に色目を使うなんて…」

ほっとくと何処までも暴走しそうな、いつもよりもテンションの高い彩に呆れつつも恭也は仕方なく声を掛ける。

「もう分かったから、その辺にしておいてくれ。流石にここは目立ちすぎる。
 というか、藤代、テンションが高すぎるぞ」

「あははは、確かにちょっと場所が悪かったわね。
 テンションが高いのは見逃して。何だかんだでこのメンバーで旅行なんて初めてだからね」

楽しそうに笑う彩に恭也も仕方ないとばかりに肩を竦める。
ようやく騒ぎが収まったのを確認し、
それから人の流れをある程度見送ってから美由希たちも二人の元へと戻ってくる。

「彩さん、朝から元気ですね」

「真っ先に逃げ出しといて、何事もなかったかのように会話に戻ってくるな。
 しかも、丁寧にある程度時間を置いてから戻ってきて」

「だ、だって…」

他の者に当たるような事はせず、その分まで美由希一人へと怒りをぶつける恭也であった。
当然、助けようとする者もなく。

「う、うぅぅ、何で私ばっかり…。って、それよりも恭ちゃん、もう集合時間過ぎてるんだけれど」

美由希の言葉に恭也も時計を確認すると、確かに既に五分ほど過ぎている。

「確かにおかしいな」

「そう? 忍の事だから、いつものように夜遅くまでゲームとかしてたのかもよ。
 休みになるとすぐに昼夜逆転するからね」

「忍一人ならそれもあり得るが、ノエルも今回の旅行には来るし、何よりも集合時間まで知っているんだぞ」

「あ、それは変だよね。ノエルさんも知っているんなら、絶対に可笑しいよ」

はっきり分かる信頼の差である。
だが、忍をフォローするような声は誰からも上がらない。

「だとすると何かあったのかもしれないぞ、高町」

赤星がそう言った時、後ろから声が掛かる。

「ごめんね、遅れて」

「皆様、誠に申し訳ございません」

いつの間にかやって来た忍が顔の前に手を立てて謝る横で、私服のノエルが恭しく頭を下げる。
と、忍はすぐさま彩を睨むようにジト目を向ける。

「あ〜や〜。中々言ってくれるじゃない」

「あ、聞いてたんだ。でも、事実でしょう」

「む〜、恭也〜。彩が苛める〜」

「だが、遅刻は事実だろう。何かあったのかノエル」

軽く忍をあしらい、その事にブーブー文句を言う忍をスルーしてノエルへと尋ねる恭也。
それに対してノエルは申し訳なさそうにしつつ、言葉を濁しつつ、

「その、時間通りに到着するように忍お嬢様を起こしたのですが…。
 申し訳ございません。ちゃんと起きるまで傍にいるべきでした。
 流石に約束の前日なので夜更かしなどはされていないと思っていたのですが」

「つまり、忍の二度寝が原因か」

恭也のその言葉に忍に突き刺さる幾つもの視線。
居た堪れなくなったのか、忍はあたふたと弁解を始める。

「ち、違うのよ。昨日は荷物の点検をしてちゃんと寝たのよ。
 た、ただ、中々寝付けなかっただけで」

「理由は兎も角、二度寝は事実なんだろう」

「うっ」

恭也の呆れたような物言いに言葉をなくす忍であったが、すぐに気を取り直す。

「まあまあ、良いじゃない。それよりも…」

「そうだな。揃った事だし、そろそろ行くか」

「うんうん。さすが恭也」

言って腕を絡めて歩き出そうとする忍を恭也が止める前に、美由希たちによって引き離される。

「ドサクサに紛れて何をしてるですか、忍さん」

腕を掴んだ美由希の隣から那美がそう口にすると、忍は誤魔化すようにただ笑う。
その間に恭也と赤星は歩き出していた。

「おい、早く行くぞ」

その言葉に慌てて恭也たちの後に続く美由希たち。
恭也の方を見れば、ちゃっかりとその左手を取っているなのは。
逆の手には久遠の入っているゲージを手にしている。
右手になのはの分の荷物まで持っている恭也の手はこれで完全に塞がる。
しかも、恭也の右隣にはちゃっかりと言うか、ここ最近では当たり前となった冬桜の姿があった。

「うぅぅ、同じ妹なのに何で私だけ待遇が酷いのでしょうか、那美さん〜〜」

同じ妹なのに、なのはや冬桜と比べて自分の扱いを嘆く美由希を慰めながら、那美は後に続く。
同様に忍たちも動き始めるのだった。



  ◆◆◆



電車内でなのはは久遠に話し掛けながら、時折、恭也や冬桜と話をする。
三人並んで席に座る対面には美由希、忍、那美が座る。

「そう言えば、言われるがままに水着とか持ってきたけれど、山なのよね」

彩の洩らした言葉に忍が頷く。

「川があるって言わなかった?」

「うん、私は聞いてない」

そう言って他のメンバーを見るも、彩以外は聞いているらしくうんうんと頷いている。

「ちょっと、忍〜。あんまりじゃない」

「あははは。皆に話してたから、てっきり彩にも言ったと思ってたのね。
 ごめんごめん。でも、水着を用意するようには伝えてたみたいだから良いじゃない。ね、ね」

「はぁ、まあ良いけどさ。でも、山奥なんでしょう。熊とかは大丈夫なの?」

「そこはほら、頼りになる用心棒が三人」

「三人? 高町くんに美由希ちゃん、……まさか赤星くん?」

「おいおい。俺に高町兄妹の真似事をさせるなよ。って、月村さんも俺を数にいれてないよな」

驚いたように忍へと顔を向ける赤星と彩の二人へと、恭也が呆れたように、美由希が盛大に首を横へと振る。

「お前らな。俺たちを何だと思ってるんだ」

必死になって恭也の言葉にコクコクと何度も頷く美由希。
そんな二人の言葉を笑い飛ばすのはやはり忍である。

「何言ってるのよ。恭也と美由希ちゃんなら熊の一匹や二匹」

「いやいや、普通に無理ですから忍さん」

「えー、そうなの」

美由希の言葉にがっかりする忍へと恭也がふと気付いたように口にする。

「もしかして、残る一人はノエルか」

「決まってるじゃない」

「決まってるのか」

あっさりと肯定する忍に疲れたような顔をして同情的にノエルを見る。
これまたやや疲れた顔を見せながらも、既に慣れたと言わんばかりに小さく頷く。
つくづくノエルの苦労を思い遣る恭也たちである。
そんな雰囲気を察したのか、忍は膨れたように唇を尖らせる。

「もう皆して、私を苛めるんだもん。冬桜〜、私の味方はあなただけよ」

「あ、え、その…」

泣きつかれて困り果てる冬桜に、恭也はあっさりと言う。

「甘やかすのは忍のためにならないから」

「え、えっと、そういう事みたいですので…」

「が、がーん。冬桜まで見捨てるなんて…」

「あははは、残念だったね忍。冬桜は高町くんの言うこと第一だからね」

「い、いえ、そんな事は…」

彩にからかうように言われて顔を赤くして否定するも、恭也を除く誰もが彩の言葉に納得していた。
先程の忍のような状態に冬桜は困ったように恭也を見上げる。
恭也はただ苦笑して、

「ほら、お前たちもあまり冬桜を困らせるなよ。
 忍と違って繊細なんだから」

「うわっ、酷い。それじゃあ、まるで私が繊細じゃないみたいじゃない」

「違うのか」

「うぅぅ、乙女心にグサグサと突き刺さる言葉の刃…」

「まあ、忍は少しぐらいへこんでる方が静かで良いかもね」

「あ、彩までそんな事を言うなんて…」

裏切られたとばかりに嘆く忍へと彩はニヤリと笑みを見せる。

「冗談よ、忍。私が忍を見捨てるはずないじゃない。
 あの星に誓ったじゃない。私たち二人、いつか立派な…」

「って、今はまだ星見えないって!」

「うんうん。やっぱり忍は最高だよ」

そんな二人のやり取りを眺めながら、恭也はとても疲れた吐息を零すのだった。



そんなこんなで乗り換えを含めて電車に揺られる事数時間、そこから更にバスに揺られ、
ようやく一行は目的地の近くまで辿り着いていた。
バスを降りてから少し歩き、人気の少なくなってきた林道で忍は足を止める。

「さ、ここからは後少しよ」

丁度二つに分かれた道の前で叫び出した忍に対し、恭也たちはただ呆然と前方を見渡す。

「どうかしたの?」

「いや、どうしたというか…」

赤星が遠慮がちに指を分かれ道の一方へと指差す。
そこには看板が出ており、『これより先私有地につき、関係者以外立ち入り禁止』と書かれていた。

「これがどうかしたの? こうしておかないと、間違えて入ってくる人がいるでしょう」

「いや、そうじゃなくて、ここから先全部が私有地なのか」

「みたいよ。ほら、さくらの家もかなり資産家だし」

軽く言ってのける忍を前に、恭也は改めて目の前の少女がお嬢様だったのだと認識する。
それを敏感に感じ取ったのか、不安を隠すように無理矢理拗ねたような顔をする。

「今更遠慮するような態度は嫌だからね」

「ん? ああ、そうじゃない。ただ忍が本当にお嬢様だったんだなと改めて思っただけで…」

「あ、そうなんだ…って、それはそれで何か腹が立つんだけれど」

「まあ、そう深く考えるな。それだけ忍が親しみ易いって事なんだから」

「褒めてる、のよね」

忍の伺うような言葉にはっきりと頷く恭也であるが、褒め言葉としては前後の会話から考えても微妙な所である。
だが、恭也は至って真面目な顔をしており、忍も考えるのも馬鹿らしいとあっさりと流す事にする。

「まあ良いわ。それじゃあ、後少しだから頑張ってね」

ここにいる大半の者が体育会系の者たちばかりなので、ここまで歩いてきたというのに疲れた様子もない。
ノエルが荷物を持っていて手ぶらの為か、忍も普段のインドアから考えてもまだまだ元気である。
だが、三名ばかりが、まだ歩くことに若干の疲れを見せていた。
因みに、言うまでもなくなのはと冬桜、そして那美の三人である。
二人の荷物は恭也の両手にあり、二人も手ぶらではあるのだが。
このメンバーの中ではやはり体力的に劣る二人であった。
それでも疲れて歩けないというほどでもなく、もうすぐ着くという言葉に少し元気を取り戻す二人であった。



つづく




<あとがき>

旅行編初日〜。
美姫 「とは言っても、移動だけで終わってるわよ」
しかも、まだちゃんと着いてないしな。
美姫 「次回はどうなるの」
無事に到着した後の話。
美姫 「別荘初日ね」
おう。という訳で、また次回で。
美姫 「次はいつになるのかしらね〜」
ぐぅっ。







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