『込められし思い 第18話』






二日目の朝。
とは言え、十時を軽く回り、お日様も高く既に気温は軽く汗ばむ程である。
ただ山奥ということもあり、時折吹き抜ける風と川辺による清涼感などのお陰で、
実際の温度よりも多少涼しく感じられる。
別荘から少し歩いた所にある開けた浅瀬の川に、恭也たちの姿はあった。

「冷た〜い。でも、気持ち良いです〜」

川に手を入れてはしゃぐ那美の声に、美由希もその横から手を入れる。

「あ、本当だ。気持ち良い」

「はしゃぐのは構わないが、はしゃぎすぎて転んで顔から突っ込むなんて真似だけはするなよ」

「流石にそこまでドジじゃないよ」

恭也の言葉に膨れつつ振り返った美由希であったが、途中でバランスを崩して倒れそうになる。
それを那美が慌てて支え…。

「わっわっわ、み、美由希さん」

「っとっとっと、那美さん、じっとしてください」

巻き込まれて那美も倒れそうになり、途中で美由希が支える形となる。
だが、どうにか川に落ちるような事態は避けれたらしく、二人揃って安堵の吐息を漏らすも、
恭也は呆れたようにそれを見詰める。

「まあまあ、ある意味お約束よ、恭也」

川辺に持ってきていた荷物を置き、昼食用のバーベキューの準備を簡単にしていた恭也に忍が笑いかける。
同じように準備をしていた赤星も頷く。

「うーん、でもお約束ならやっぱり川に落ちてもらわないと…」

少し不満そうに唇を尖らせる彩に、忍はちょいちょいと川辺を指差す。
そこには、美由希たちと同じように手を入れてはしゃぐなのはと夏海の姿が。
恭也たち四人が見詰める中、夏海はまたしても自分の足に躓き、見事に頭から川へ。
慌ててなのはがその手を引っ張ると、どこかばつが悪そうに夏海が顔を出す。

「ふぇぇ、濡れちゃいました」

「まあ、水着なんだから良いじゃない」

「でもでも、パーカーまで濡れちゃいましたよ〜」

流石に人が来ないとは言え、山の中を歩くので忍たち女性陣は揃って水着の上に何かを羽織っている。
恭也や赤星はTシャツを。

「それでしたら、こちらに干しておけば帰るまでには乾くかと」

ノエルはそう言いながら夏海からパーカーを受け取り、パラソルから吊るす。

「パラソルまで持ってきてたんですか」

「やっぱり日焼けが怖いじゃない」

そう言って笑う忍に、運んできたのは俺たちだと赤星の小さな突っ込みが入るも、当然ながら聞いている様子はない。
慰めるようにその肩をポンポンと叩く恭也へと、荷物運びを手伝っていた晶が声を掛ける。

「師匠、これはここで良いですか」

「ああ、ご苦労さま。そうだな、適当にその辺に置いておいてくれ。
 まずいようなら、後で俺か赤星で移動させるから。それよりも、晶も遊んできて良いぞ」

「分かりました!」

元気に答えると、晶は前を開けて肩に乗せる程度にしておいたパーカーを投げ捨てて、川へと向かった走っていく。
そのパーカーを拾い上げ、呆れたように呟くレン。

「まったくあのオサルは。脱ぐなら脱ぐでちゃんと畳むなり、置いて行くなりすればいいもんを」

ブツブツと文句を言いながらもパーカーを折り畳むと、纏めて荷物の置いてある敷物の上へと置く。
件の晶はと言えば、そのまま川に飛び込もうとしてなのはに止められ、準備運動をさせられている所であった。
それを可笑しそうに見遣りつつ、レンはからかう為に近付いていく。

「何だかんだと言いつつもいいコンビだよね、あの二人」

「まあな」

忍の言葉に相槌を打ちながら、恭也は隣で同じように動いている冬桜へと話し掛ける。

「冬桜ももう良いから、川に入ってきたらどうだ」

「ですけれど…」

恭也を気にする冬桜を忍が誘う。

「恭也も後で来るって。ねぇ」

「ああ。後少しで終わるしな」

恭也の言葉を聞いて冬桜は頷くと、そっと上着を脱いで水着になる。
恥ずかしそうに身を捩り、肌を隠すようにしながらも恭也を見詰める。

「あの、兄様。変ではないでしょうか」

白のワンピースに身を包んだ冬桜が頬を桜色に染めて尋ねてくる。
恭也の後ろで見ていた赤星と彩も思わず見惚れる。

「うん、良いんじゃないかな」

「そうですか」

恭也の言葉に嬉しそうに顔を綻ばせる冬桜の隣から、忍がゆっくりと上着に手を掛けて、まずは肩を露出させる。
殊更ゆっくりと上着を下ろしていき、まずは左手だけを抜き取ると流し目を送る。
呆れる男性陣二人に対し、彩は口笛を鳴らし手を叩く。

「良いぞ〜、忍ちゃん。もっと脱げ〜。一気にいけ〜」

彩の言葉にウィンクを飛ばす忍を見ながら、恭也は疲れたような声を絞り出す。

「赤星……」

「言うな。俺もかなり疲れているから…」

この二人は放っておこうと決め、互いに準備を終えるべく動き出す二人に忍は慌てたように引き止める。

「もう、冗談じゃない。ちょっとしたお茶目って奴よ。そんなに露骨に嫌がらないでよ。
 流石に傷付くわよ。私ってそんなに見る価値もないの」

目元を潤ませて見上げてくる忍の様子に恭也は困ったように言葉を濁す。

「別に忍に魅力がないとかじゃなくて…」

「本当に?」

「あ、ああ。って、赤星!」

恭也一人に的が絞られたのを見て、赤星はさっさと逃げ出す。
そんな赤星をからかう為に彩が動くが、それよりも早く赤星はその場にいた冬桜を巻き込んで逃走を図る。

「水翠さん、高町たちはもう少し時間が掛かりそうだから、俺たちだけ先に行ってようか」

「で、ですが…」

「良いから、良いから。早く離れないと、俺たちもあの二人に捕まってしまいます」

後半は冬桜にだけ聞こえるようにそっと囁き、赤星はさっさと歩き出す。
背後で悔しそうに舌打ちする彩に心配そうな顔を見せる冬桜ではあったが、彩は軽く手を振って応える。
本気で怒っているのでなく、いつものやり取りだと。
当面、恭也をからかう事にした彩は、冬桜に先に行くように手で合図すると自分は恭也と忍の元へと向かう。
後ろ手に恭也から隠しているある物を忍の手から受け取り、恭也の背後に周りそれ――目薬を自分の目にも差す。

「酷いわ、高町くん。私たちなんて路傍の石なのね」

「ふ、藤代までいきなり何を…」

涙目の少女二人に挟まれて困惑する恭也は周りに助けを求めて視線を這わすも、孤立無援であった。
そんな恭也へと更に迫りつつ、忍は上着を全部脱いで水着になる。

「この水着だって、恭也が喜んでくれるかなって不安になりながらも選んだのに……」

「いや、水着は似合ってる」

「本当に?」

「あ、ああ」

「うぅぅ、どうせ私なんて…」

忍を褒めると彩は目を伏せていじけたように唇を尖らせる。

「ふ、藤代も似合ってるよ」

二人の少女に挟まれてどうしようもなくなった恭也へと、ようやく助けが入る。

「恭也様、こちらの準備も終わりました」

「そ、そうか」

「では、我々も行きましょう」

二人に挟まれて動けない恭也の腕を取り、ノエルはさっさと歩き出す。

「もう、ノエル何をするのよ!」

「そうそう。折角、これからだってのに」

さっきまで涙を湛えていたはずの目を見開き、ノエルに文句を言う二人。
そんな二人にノエルは淡々と、

「ですが、流石に恭也様もかなり困惑されているようでしたので。
 このような物まで使うのはどうかと」

主人の悪戯に困っている使用人といった感じでいつの間にか彩の手から取り上げていた目薬を掲げる。
それを見て恭也は二人をジト目で見下ろす。

「あ、あはははは〜。それじゃあ、そろそろ泳ごうか彩」

「そうだね、忍。ほら、高町くんもノエルさんもはやく、はやく〜」

恭也は何か言うよりも先に二人は走り出していた。
溜め息混じりにその背を見送り、恭也はノエルへと礼を言う。

「いえ。こちらこそ忍お嬢様がご迷惑を。ですが、忍お嬢様も決して悪気があるのでは…」

「分かってる。それよりも俺たちも行こう」

「はい」

恭也の言葉に小さな笑みで応えると、ノエルは恭也と一緒に忍たちの元へと向かうのだった。



「よう、高町」

「何がよう、だ。真っ先に逃げやがって」

やって来た恭也へと軽く手を上げる赤星を軽く睨みつつ、恭也はTシャツのまま川に入る。

「あははは、それは悪かったな。だけど、お前が逆の立場ならどうしてた?」

「全力で逃げたな」

「そうはっきりと言われるのもあれだな」

そんな事を話していると、恭也の後ろから晶が近づいてくる。

「師匠、覚悟ー!」

言って水の中に引きずり込もうと飛びつくも、あっさりと躱されてそのまま放り投げられる。
盛大な水しぶきを上げて落下した後、勢いよく顔を出す晶を見下ろす。

「奇襲に何故声を上げる」

「そ、それはそうなんですけれど…」

言いつつ晶の視線がちらりと背後を見る。
既に気配を察知している恭也は、特に慌てる事もなく振り返る。

「で、お前まで何を…ぷっ」

振り返った恭也の顔に水が掛けられる。

「ふふん。油断大敵だよ、恭ちゃん」

偉そうに胸を逸らして威張る美由希へと、恭也は小さな笑みを浮かべると静かに右手を拳作り振り上げる。
そのまま水面へと勢いよく振り下ろす。
水柱と呼ぶのが相応しいぐらいに吹き上がり、全て美由希へと向かう。

「わっぷ、ちょっ…」

流石に二、三メートルもの勢いで吹き上がる水の勢いには耐え切れず、美由希は後ろへと倒れる。

「ふん、奇襲で水を掛けるならこれぐらいするんだな」

「ぷはっ! うぅぅ、ちょっとした兄妹のスキンシップなのに…。酷いよ。
 大体、徹で水面を打つなんてやり過ぎだよ」

「スキンシップだったのか? 晶を囮に使って背後から来るからてっきり奇襲の練習かと思った。
 それならそう言えば良いのに。大体、背後に立ったお前が悪い」

そう斬り捨てると美由希の頭を押さえ、再び水面へと押し戻す。

「ちょっ、きょ…ガボゴボコ……」

ぶくぶくと泡を立てながら水中へと潜っていく、いや、潜らされる美由希。
懸命に水面を叩く姿が何とも…。

流石にこれ以上はまずいという所で腕を離すと、美由希は盛大な呼吸する。

「はっはっはー。し、死ぬかと……。うぅ、恭ちゃんとのスキンシップは相変わらずきついよ…」

「大丈夫ですか、美由希さん」

背中を擦りながらも苦笑する那美へと笑い返す美由希の視界に、背後からこっそりと近付く影が三つ。
子供形態の久遠となのは、そして冬桜である。
こっそりと近付いているつもりなのだろうが、当然の事ながら恭也は気付いているだろう。
まあ、流石に美由希のような扱いはないものの、三人の目論見は上手くはいかないだろうな。
そんな事を考えながらじっとそちらを見詰める美由希。
と、三人は一斉に恭也へと両手で掬った水を掛ける。
それを背中に浴びた恭也は小さく笑いながらも、三人へと片手で水を掛け返す。

「な、何でー! な、那美さん! 今の見ましたか!
 お、同じ妹なのに、私は溺れさせられて、向こうは楽しそうにじゃれてますよー!」

「あ、あはははは」

美由希の訴えかけに那美はただ笑って誤魔化す事しか出来なかった。



間に昼食を挟み、午後からも各々に時間を潰す。
楽しそうに遊ぶなのはたちを見詰めながら、恭也はチェアに腰掛ける。
そこへノエルが黙って冷たいドリンクを差し出す。
礼を言って受け取りながら、恭也の顔は知らず微笑していた。

「この後、この辺りを散策すると忍お嬢様は仰っていましたが」

「散策?」

「ええ。私有地の向こう側は忍お嬢様も行った事がないとの事でしたので」

「あっちは俺も見てなかったな。何かあるのか?」

「珍しい草木や小動物がいると記憶してます。まあ、リスなどはこの辺りでも見られますが。
 向こうには、珍しい鳥などが巣を作っているのを朝方見てきました。後は、小さな社があったかと。
 他はあまりこことは変わらないですね」

「そうか。まあ、遅くならないように注意だけはしておくか」

「何でもなのは様のご要望らしいのです。
 私が朝方に鳥を見てきた話をしましたら、是非見てみたいと仰られまして」

「……危険はないと思うが、念のために俺も付いていこう」

「そう仰ると思ってました。私は夕食の支度があるのでご一緒できませんが、忍お嬢様を宜しくお願いします」

それをお願いするために切り出したのだろうと理解し、恭也はただ分かったとだけ返す。
そんな恭也に頭を一つ下げると、ノエルは飲み物をトレイに乗せ、忍たちの元へと歩いていく。
甲斐甲斐しく世話を焼きつつも、楽しそうにしているノエルを見て、
大分表情も豊かなになっているなと恭也は一人思うと、貰った飲み物をそっと口に含むのだった。



つづく




<あとがき>

ふむ、水着シーンになったが、あまり描写がないな。
美姫 「いや、アンタの所為でしょうが!」
ぶべらっ!
う、うぅぅ。とりあえず、旅行二日目をお送り〜。
美姫 「中々にハイテンションな面々ね」
まあ、旅行という事で。次回は多分、森林浴かな?
美姫 「本当に?」
……えっと、分かりません。ぶべらっ!
美姫 「それじゃあ、また次回でね〜」
ではでは。







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