『込められし思い 第19話』






赤星は泳ぐのを止めて川から上がると恭也の隣に腰を下ろす。

「高町は泳がないのか」

「ああ、俺はもう暫くここでのんびりとしているさ」

「そうか。なら……」

美由希たちのように枯れていると口にせず、赤星は持ってきた荷物の一つを漁り出し、そこから何かを取り出す。

「どうだ、高町」

「やけに長い荷物だと思ったら釣竿か? しかし、こんなものまで持ってきていたのか」

「いや、これは別荘にあったんだよ。
 月村さんに許可を貰って三本ばかり持ってきたんだ。
 ここから少し上流へ行けば、結構魚がいるらしいぞ」

どうすると聞いてくる赤星に、恭也は釣竿を手にして立ち上がる事で応える。
二人は揃って上流の方へと向かい、それに気付いた者の中から冬桜が小走りに近づいてくる。

「兄様、どちらに行かれるのですか」

「少し上流の方にな。赤星と釣りをしてくる。
 という訳で、美由……ノエル暫くなのはたちを頼む」

「かしこまりました」

「ちょっ、恭ちゃん! 今のはどういう事よ!」

憤慨する美由希の声を綺麗に聞き流し、恭也は赤星を促す。
その恭也に冬桜が遠慮がちに尋ねる。

「兄様、私も一緒してもよろしいでしょうか」

「俺は別に構わないが。赤星は良いか」

「ああ、別に構わないよ。丁度、釣竿ももう一本あることだし、何ならやってみる?」

「いえ、私はやった事はないので」

「そうなの。じゃあ、俺でよければ教えてあげるよ」

そんな事を話しながら、三人は上流へと向かう。
適当な場所に腰を落ち着けると、恭也と赤星はさっさと竿に針や餌などを付けていく。
先に自分の分を終えた赤星が、待っていた冬桜に説明しながら順次冬桜の竿の準備を整えていく。

「で、最後に餌をつけてこれでお終い。
 大体、分かった?」

「多分。まだ一人で出来るかは分かりませんが」

「それもそうだね。とりあえず、これで釣りをする準備は整ったから、後は実際にやるだけなんだけど」

言って自分の竿を手にし、それを水面へと落とす。

「こうやって糸を垂らして、基本的に後は待つだけだよ」

冬桜も見よう見真似で水面に糸を垂らし、無事に出来た事でほっと胸を撫で下ろす。
そんな様子を微笑ましく見遣りながら、赤星はそのままその場に座る。
冬桜を間に挟んだ向こう側では、同じように胡座をかいた恭也が糸を既に垂らしており、

「何故だか、高町は貫禄を感じさせるな」

「そうか? と、ちょっと待て。
 それはまたあれか、美由希たちみたいに枯れているとかいう意味か」

「いやいや、別にそういう意味じゃないって」

恭也の言葉に悪意の全くない笑顔で応え、赤星はハンカチ地面に広げる。

「どうぞ、冬桜さん」

「いえ、そこまでして頂かなくても」

恐縮する冬桜に気にしないでともう一度勧め、困惑する冬桜を他所に恭也へと視線を飛ばす。
親友からの視線を受け、恭也はそのまま地面に座ろうとしていた冬桜に言う。

「既にそこまでされたんだから、お言葉に甘えれば良い」

「分かりました。それでは失礼します。赤星様、ありがとうございます」

恭也の言葉に素直に従ってようやく腰を下ろした冬桜に、これまた笑顔で返して赤星は軽く竿を上下に揺らす。
夏とは言え、木々が生い茂り、日差しも大きく広がった枝葉のお陰でかなり和らぐ上、
川のせせらぎが聞こえてくるこの場所は、比較的に涼やかな風が吹き抜けていく事から、茹だるような暑さは感じない。
そんな場所で三人は言葉少なく、穏やかな時間を過ごすのであった。



ようやく日が傾き出した頃、美由希たちの元へと戻った恭也たちは手早く撤収の用意をすると別荘に戻る。
そこで着替えた一行はそれぞれ自由行動を取る事となり、恭也はなのはの要望通りに周囲の散策をする事にする。

「場所はこっちで合っているの、恭也?」

「大よその場所はノエルから聞いたから大丈夫だ。と、なのは足元に気をつけろ」

左手になのはの手を、右手に冬桜の手を取り先頭を歩いていた恭也が、
足元に地面から突き出た根を見つけて注意を促す。
緩やかな斜面ながらも舗装もされず、道らしきものもない場所を歩き難そうにするなのはの手を引いてやり、
その身を軽く持ち上げて根のない所で下ろす。
それを楽しそうにもう一度とねだるなのはにしてやりながら、恭也は後ろへと声を掛ける。

「足元が結構悪いから、気をつけろ。特に美由希」

「何で私だけ名指しなの! 恭ちゃんの意地悪!
 絶対に転ばないもんね」

恭也の言葉に妙な対抗意識を燃やし、今まで以上に慎重に足を運ぶ。
その視線は少しでも根が出ている所は見逃さないとばかりに鋭い。
そんな美由希の隣で、その根に律儀にも足を取られるのは那美で。

「わ、わわっ」

美由希が咄嗟に支えて転ぶ事は免れる。

「朝の再現を見ているみたいだわ。という事は、夏海も気をつけないと転ぶわよ」

「大丈夫ですよ、忍さん。幾ら私でもそうそう、って、きゃぁっ!」

忍がからかうように声を掛けたしりに、夏海は石に躓く。
が、これまた美由希が支えて転ぶ事はなかった。

「ありがとうございます、美由希さん」

「いいえ、どういたしまして。ふふん、どう恭ちゃん」

少し自慢気に前を歩く恭也に向かって胸を張るも、肝心の恭也は冬桜と繋いだ手をエスコートするように引き、
悪い足場を歩くフォローをしている。

「う、うぅぅ、同じ妹なのにそこには越えられない壁が……」

冗談交じりにぼやきつつも、足元をしっかりと見ているのは学習していると言えるのかもしれない。
が、逆に足元にばかり注意し過ぎ、頭上への注意が疎かとなっていた。
故に、少し突き出ていた枝へと見事に頭をぶつける。

「っつ。う、うぅぅ」

「大丈夫ですか、美由希さん」

「う、うん、大丈夫だよ」

ぶつけた個所を手で押さえ、出血がない事にとりあえず胸を撫で下ろす。
ただし、その部分は少し赤くなっていたが。
と、そんな美由希の視線が美由希の声に反応して振り返った恭也とぶつかる。
初めは心配して振り返った恭也であったが、何ともないと分かるとすぐにそんな表情を消し去り、

「はぁぁ。どうせお前の事だから、足元ばかり注意していたんだろう」

「あはははは、流石は美由希ちゃん」

呆れを多分に混ぜて皮肉る恭也に反論も出来ずに黙ってしまう美由希であったが、
遠慮もなしに笑う忍を少しだけ恨めしそうに見る。

「忍さん、そこまで笑わなくても……」

「いやいや、ここまでお約束を破らない美由希ちゃんと那美に感心してるのよ。
 今回はそこに加えて、新たな三人目のお仲間、夏海まで加わって、しかも夏海も夏海でお約束を破らないし。
 うんうん、凄いわよ」

妙な感心をする忍であったが、歩きながら振り返ったのが悪かったのか、珍しく転びそうになり、
咄嗟に前を歩いていた恭也の背中にしがみ付いて、何とか転倒は免れる。

「ごめん、恭也」

「いや、それより足を捻ったりはしてないか」

「うん、大丈夫。ちょっと滑っただけだから」

恭也へと答えながらも、その背中に感じる三対の視線に耐えかね、非常にばつが悪そうな顔で振り返れば、
やはりそこには何か言いたそうな顔が三つ並んでいた。

「あ、あははは……」

ひとまず、笑って誤魔化す忍の姿がそこにはあった。



斜面も終わり、平坦な道を少し行った所で道を逸れて林の中へと入っていく。
少し歩く速度を落とし、数分行った所で少しだけ開けた場所に出る。
そこでようやく恭也は足を止める。

「この周囲らしい。とりあえず、見れるかどうかは分からないが、あまり煩くしない方が良いだろうな」

恭也の言葉になのはと冬桜は口を噤むと、頭上を見上げてきょろきょろと探し出す。

「見当たらないね」

「もう少し奥に行けば巣とかがあるかもな」

美由希の言葉に恭也が答え、それを聞いたなのはが奥へと行こうとする。
だが、それを繋いだままの手で止める。

「なのは、勝手に動いては駄目だ。下手をすれば、迷子になる」

「うん、ごめんなさい」

「そうだな、俺はこの場に残ろう。
 奥に行きたい者は美由希、お前が連れて行け」

「私が?」

「ああ。これぐらいの場所なら、ここから少し離れたぐらいではここを見失わないだろう。
 前に山篭りした山奥の森よりも視界も開けているしな。それに、いざとなったら俺の気配を探れ」

「うん、分かった」

恭也の言葉に頷く美由希であったが、その言葉を聞いた夏海は何か問いたそうな表情を見せており、
それに対して忍はただ肩を竦めるだけである。
今更これぐらいで驚いても仕方ないとその顔が物語っていた。
結局、恭也を残して全員で森の中へと入っていく。
それを見送り、大勢というのはそれだけで小動物たちは警戒し、姿を見せないかもしれないと今更ながらに思い付き、
少人数で何回かに分かれて行くようにするべきだったかも、という考えが頭を横切る。
だが、既に美由希たちの気配は離れており、結局は気付かないふりを決め込んで手近の木へと腰を下ろすのであった。



奥へと入った美由希たちは、ようやく目当てのものを見つけて息を潜める。
なのはは思わず口を手で押さえ、遥か頭上をじっと見つめる。
リスらしき小さな動物が懸命に何かを食べている。
その様子に美由希などは頬を緩ませ、他の者たちも多かれ少なかれ似たような表情を見せる。
ある程度堪能した美由希たちは驚かさないようにそっと移動を開始するも、
やはり気付いたらしく、リスはその場から更に上へと上って行き見えなくなる。
残念そうに見送りつつ、足を進めていけば今度は街では見かけた事のないような小鳥などを見つける。

「うー、何とか触れないかなお姉ちゃん」

「難しいと思うよ。近づいたら向こうも気付くだろうし、そうなったら逃げちゃうだろうしね。
 自然の生き物って警戒心も強いし」

「そっか」

美由希の返答に残念そうな顔になるも、すぐに笑顔に戻って再び視線を小鳥に戻す。
そんな感じで周辺を見て周った冬桜たちが恭也の元へと戻ろうとするが、美由希がそれを止める。

「どうしたの、美由希ちゃん。
 まさか、場所が分からないとか言わないわよね」

「……」

忍の冗談に、しかし美由希は真剣な顔付きで周囲を見渡す。
まさか本当に、という思いが浮かび上がるが、それを美由希が否定する。

「いえ、恭ちゃんの気配の位置は何となく分かってます。
 ただ、うーん、何と言えば良いんでしょう。いつもよりも気配を薄くしているというか。
 何かあったのかな」

「単に美由希さんを鍛えるためとかじゃ……」

那美の漏らした言葉に、夏海を除く全員が思わず納得してしまう。

「でも、念のために気配を消して近づきましょう」

「いや、そんなの出来ないって。出来るのは恭也と美由希ちゃんの兄妹だけだって」

忍が突っ込んだ言葉にうんうん頷く一同に苦笑しつつ、美由希は補足するように言う。

「気配云々は兎も角、出来る限り足音を消して、ゆっくりと移動しましょう。
 多分、何もないと思いますけれど万が一の備えです。
 それに本当にこれが鍛錬の一環だとしたら、普通に近づくと怒られるだろうし……」

「あー、美由希も色々と大変ね」

最後に漏らした言葉に、これまた異論を感じる事もなく忍が慰めるようにそっと肩に手を置く。
それから一行は美由希を先頭にしてゆっくりと移動を始める。
そんな感じでようやく戻ってきた美由希たちは、こっそりと恭也の居る場所を陰から覗き、

「わぁ〜」

思わずなのはがそう漏らしてしまうのも仕方ない事かもしれない。
その視線の先では、腕や肩のみならず頭の上や膝の上などにまでリスや小鳥といった生き物を乗せた恭也の姿が。
恭也自身は少し困ったような表情で、かといって振り払う訳にも行かずにされるがままとなっている感じなのだが、
腹から胸を伝い肩へとよじ登ったリスがそこでクルミに噛り付き、
頭上を輪を描くように飛んでいた小鳥が腕に止まり羽を休める。

「……良いな〜、お兄ちゃん」

なのはは羨ましそうに呟くも、出ていったら動物たちが逃げるだろうと動けない。
が、恭也は既になのはたちの気配に気付いており、顔を向ける。
動物たちも気付いたのか、飛び立つもの、走り去るものと様々な反応を見せるも一様に逃げ出す。
それを残念そうに見ながらなのはが近づけば、まだ数匹は逃げていなかったのか、
警戒するように恭也の陰に隠れながらも様子を窺っている。
出来る限り怖がらせないように近づき、恭也の隣に座る。
それでもまだ逃げないリスに手を伸ばそうとするも、リスはそれを感じ取って恭也の肩へと登る。
そこが安全だと言わんばかりにそこから顔だけを覗かせ、なのはを見る。
そんなリスに恭也が手を伸ばせば、リスはすんなりとその手に乗る。
それを怖がらせないようになのはへと近づける。

「大丈夫だ。その子は別に危害を加えないから」

恭也の言葉が分かるのか、リスは恭也の手の上で大人しく近づくなのはを見上げ、
差し伸べられた手を警戒するように何度か軽く噛み、何もないと分かるとゆっくりと移動していく。

「わ、わぁ〜」

感動したようにリスにそっと触れるなのは。それを見て美由希たちも静かに近づく。
警戒するも、それでも逃げずに居るリスに美由希たちも手を伸ばす。
それを見ていた何匹かも同じように戻って来て、忍たちの身体に纏わりつく。
が、やはり恭也が一番のお気に入りなのか、結局は皆がそこに戻っていく。
再び小鳥やリスたちに群がられる恭也を見て、

「恭ちゃん、本当に仙人みたいだね。
 と言うか、普段から枯れているから……」

最後まで言わせる事なく美由希を黙らせると、リスたちに向かって声を掛ける。

「そろそろ俺たちも戻らないといけないから、お前たちも巣に戻ると良い」

恭也の言葉が本当に分かっているのではないだろうが、何となく伝わったのか、一匹、また一匹と去っていく。
それらを見送ると、恭也は立ち上がる。

「それじゃあ、そろそろ戻るか」

充分に満足したなのはたちからも反対するような言葉もなく、再び来た道を戻り出す。
その帰り道、ふと夏海が恭也に尋ねる。

「どうして、あんなに警戒せずにやってくるんですか?
 何か動物の好きな匂いを出しているとか?」

「別にそんな事はないと思いますよ。
 まあ動物は、特に野生の動物は気配を敏感に察知しますから。
 気配を希薄にすればひょっとしたら……。
 実際、美由希を試すつもりでそうした頃から集まり出しましたし。
 なので、試してみては?」

「いや、出来ませんから普通は!」

「ナイス、夏海! 全くその通りよ。
 そんな変なの出来ないって、普通は」

思わず突っ込んだ夏海を誉める忍に恭也は美由希に目で尋ねる。
出来ないのか、と。
それに対して美由希は分からないとしか答えようがなかった。



「そうだ。ここまで来たのなら、帰るルートを少し変更しませんか」

別荘への道を戻っている途中で夏海がそう切り出してくる。
曰く、この近くに昨夜話していた塚があるのだとか。
忍は面白そうだと賛成し、美由希が反対するも結局は行く事となる。
少し遠回りするような形で足を伸ばす。

「ここがそうですよ。ちょっと分かりにくいでしょう」

夏海が言うように、少し道を外れた所に小さな社が建っているだけのそれは、ともすれば見過ごすかもしれない。

「この社の中に鬼が封じられたという伝承があるんですよ。
 後、社の後ろにある石は墓標だと言われてます」

言って後ろに回れば、確かに直径二十十センチほどの石が高さ二十センチ程の台の上に鎮座していた。

「この石の下にある台みたいなのが、鬼を埋めた石室で、石は封印の為に置かれているという説もあります。
 まあ二十センチ四方の中に鬼が入るか、とか、この程度の石じゃ重石にもならないとかで、
 あまりこっちの説は広まらなかったみたいですけれどね。言わば、地元でも知っている人は少ない伝承なんですよ」

少し自慢そうに胸を張る夏海であったが、腕を組み、歩きながら説明したのが悪かったのか、
見事に転び、そのはずみで墓碑となっている石に手を付き、その勢いも止まらずに石を台から落としてしまう。
そんなやはりお約束をしつつ、夏海は照れたように笑って誤魔化す。
元に戻そうとした夏海を制し、恭也が石を元の場所に戻す。

「ありがとうございます」

「いえ。しかし、良いんですかね。管理されている方に報告しなくても」

「大丈夫ですよ。
 管理している人はいないですし、地元の人が何度か同じような事をしたっておじいちゃんも言ってましたし」

そう言って笑う夏海に苦笑を返しつつ、別荘へと帰ることにする。

「流石に腹が減ったな」

「今日の夕飯は何かな〜」

「晶様とレン様、それにノエル様のお料理はとても美味しいですから、ついつい食べ過ぎてしまいます」

恭也の言葉に二人の妹が手を繋ぎながら答えれば、
美由希と那美、夏海はいかに何もない所で転ばずに済むかという各々の見解や工夫について話し出す。

「うーん、忍ちゃんだけ一人〜。恭也〜。構って〜」

背中に抱き付いてくる忍を適当にあしらいながら、賑やかな一行は別荘へと帰って行く。



つづく




<あとがき>

夏休み旅行編、二日目の午後〜。
美姫 「釣りに散策に」
そして、三人娘のドジに。
美姫 「いや、それは夏休みとか関係ないイベントじゃないの」
まあまあ。そんなこんなで賑やかに夏休みを満喫してますよ、恭也たち。
美姫 「もう少しこの旅行編は続きます」
次はどんなイベントが待っているのか。
……やはりメイドイベントは必須だよな。
美姫 「夏も旅行も全く関係ないわね」
あ、あはは、冗談だよ、冗談。
それでは、また次回で。
美姫 「それじゃ〜ね〜」
ではでは。







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