『込められし思い 第20話』






「何故、登るのかと問われたのなら、そこに山があるからよ!」

朝食の席で行き成り宣言するかのように立ち上がり、右腕を頭上へ上げ、左手を胸に当てた格好で忍が突然、
意味不明の事を言い出す。
一瞬、皆は動きを止めるも、

「晶、醤油取って」

「はい、美由希ちゃん」

「今日は何をしようか、レンちゃん」

「そやね、昨日は川で泳いだから……」

「藤代様、どうぞ」

「ども、ありがとうございますノエルさん」

「なみ、それほしい」

「これ? はい」

「あ、すみません赤星さん。ソースお願いします」

「はい、篠崎さん」

「あ、あの、皆さん忍様が何か仰られているようですが……」

自然と動き始めた事に冬桜は一人困惑したように、隣に座る恭也へと最終的に助けを求めるように視線を向ける。
その視線を受け、恭也はうむと小さく呟くと窓の外をちらりと見詰め、

「朝とは言え、今日も暑いからな」

「ちょっと恭也! それどういう意味よ!」

「こっちが聞きたい。一体何だと言うんだ、藪から棒に」

「ふふふ、よくぞ聞いてくれました」

恭也の言葉に忍はやけに嬉しそうに胸まで張って話し出す。
それを食事をしながら聞く。

「この近くに山があるんだけれどね」

「既にここ自体が山だろう」

思わず恭也がそう突っ込むと、忍はちっちっちと指を数回振って見せる。

「そうじゃなくて、山登りというかピクニックに適したちょっとした山よ。
 という訳で、今日は山登りなんてどう?」

忍がそう皆へと問い掛ければ、彩が真っ先に賛成する。

「良いわね、山登り。赤星くんも行くでしょう」

「まあ、別に良いかな」

「俺も参加します」

「うーん、うちは遠慮します。のんびり過ごすか、また川にでも行きます。
 晶、おサルだけにそのまま山に入って戻って来ぃひんかっても良いねんで」

「んだと! それだったら、おめぇも亀らしくそのまま川辺に棲息してな」

朝から喧嘩腰になる二人であったが、すぐになのはの怒ってますという顔を見て、すぐさま大人しくなる。
そんな二人を満足そうに見てから、なのはも不参加を伝える。

「くーちゃん、一緒に遊ぼうね」

「うん」

「あ、私も遠慮しておきますね」

体力に自信のない那美も断りを入れ、残る面々を忍が見る。

「別に強制はしないから安心しなさい。でも、恭也は参加ね」

「何故だ」

「内縁の妻の身を案じて付いてきてくれても良いじゃない」

「今、この瞬間に思いっきり行きたくなくなった」

「ひ、酷い、恭也! 彩〜、恭也がね、恭也が苛めるの」

「おお、よしよし忍、可哀相に。でも安心して、高町くんに捨てられても私が居るじゃない。
 二人の愛は永遠に不滅よ」

「いや、それは遠慮しておくわ」

「なっ! あ、赤星くん、忍が私を捨てた〜」

「はいはい、分かったからとりあえず落ち着いて。
 と言うか、二人とも朝からテンション高すぎだって」

いつもの如く始まった漫才が終わるのを待って、慣れた様子でノエルが普通に声を上げる。

「私はこちらに残ります」

その変わらない様子に忍の方も慣れているのか、そのまま頷くと残る三人を見遣る。

「で、美由希ちゃんたちはどうする?」

「うーん、私は遠慮しておこうかな」

夏海がそう返事をし、次に美由希が何か言おうとする前に恭也が割って入る。

「因みにお前は強制参加だ。足腰の鍛錬と思え」

「う、うぅぅ。元から参加するつもりだったけれど、そう言われると何故かやるせなく感じるのは何で?」

勝手にいじけ出す美由希を一瞥し、恭也は冬桜へと問い掛ける。
それに対し、冬桜は同じく質問で返す。

「最終的に兄様も行かれるのですか?」

「ああ、行くつもりだが」

「でしたら、私も参加します」

「そうか、だがあまり無理はするなよ。疲れたらすぐに言うんだぞ」

「はい」

「……む〜〜。もう一人の妹にも優しさや愛をください」

拗ねた顔をして恭也にそう文句を言えば、恭也は優しい顔で美由希を見詰め返す。
予想外の対応に戸惑いつつもじっと見詰め返せば、

「なら、お前にも愛をやろう。冬桜が疲れたら、お前に背負わせてやるぞ」

「それの何処が愛なの!?」

「お前を少しでも鍛えてやろうと言う師のありがたい愛情じゃないか。
 遠慮はいらんぞ、ありがたく受け取れ」

「うわぁ〜ん、鬼だよ!」

「失礼な。本当に俺が鬼なら完全武装させた上で最低でも十キロの荷物は持たせるぞ」

「それやったら、本当に鬼だよ恭ちゃん」

これまたいつもの兄妹のやり取りを、周りはただ黙って見ている。
夏海もすっかり慣れたのか、恭也たちのやり取りを横目に朝食を取る手を休める事無く動かしていた。



  ◆◆◆



山登りへと向かった一行であったが、やはりと言うか冬桜が一番最初に疲れ始める。

「少しペースを落とすか」

「そうしましょうか」

「す、すみません」

恭也の言葉に忍が賛成の意を口にすると冬桜は申し訳なさそうにそう口にする。
だが、そんな事を気にするような者は誰もおらず、皆歩くペースを落とす。

「まあ、私や赤星くんとかは運動部だし、他の人たちも体力はある人たちばかりだしね。
 ただ一番不思議なのが、インドア派なのに意外と体力のある忍なのよね」

「ふっふっふ、彩、舐めてはいけませんよ。徹夜をするには意外と体力もいるんですよ!」

「忍、あまり威張って言う事じゃないよ。どうせ、ゲームとかくだらない発明したりとかでしょう」

「なっ、くだらないだなんて、幾ら愛しい彩の言葉でも許せませんな〜」

いつものようにふざけながら、忍は両手の指をワキワキと動かして彩に迫り、
流石にそれに何か不吉なものを感じたのか、彩が数歩後退る。
が、彩の下がる速度よりも早く忍は前へと飛び出し、

「……と言うわけで、揉ませろー!」

「いやいや、脈略なさすぎだって忍!」

じゃれ合う二人を見なかった事にし、恭也は冬桜の隣を歩く。
後ろから二人の罵声が聞こえてきた気もするが、気のせいだと決め付けて美由希へと声を掛ける。

「美由希、ようやくお前の出番だぞ。
 良かったな、これで来た意味があるじゃないか」

「って、本当に背負わせるつもりなの!?
 しかも、私の意味がそれだけみたいな言い方はやめて!」

こっちもこっちで兄妹でじゃれ始める恭也たちに肩を竦め、赤星が冬桜の隣へとやって来る。

「大丈夫、水翠さん」

「はい。お気遣いありがとうございます、赤星様」

「どういたしまして。無理そうならちゃんと言ってね」

「そうだぞ、冬桜。お前を運ぶ運搬マシーン美由希も今か今かと出番を待っているからな」

いつの間にか戻ってきた恭也がそう言えば、そのすぐ後ろから美由希の拳が飛んでくる。

「変な名前をつけないでよ!」

それをあっさりと躱し、

「ふむ、なら少しでも格好よくなるように横文字でMIYUKIにしよう」

「いや、耳で聞く分に違いが分からないから!
 と、冗談はさておき、本当に無理そうなら言ってね」

「そうだぞ、冬桜は遠慮し過ぎるようだからな。少しはこっちの妹みたいな我を出せ。
 まあ、ここまで凶暴になる必要はないがな」

「私が凶暴なのは恭ちゃんの私と他の妹に対する態度の違いが原因じゃないかと思ったりもするんですが?」

「まあ、本当に無理そうなら俺が背負うから遠慮するなよ」

「はい、ありがとうございます。でも、もう少し頑張ってみます」

美由希の言葉をあっさりとスルーし、恭也は冬桜を気遣う。
礼を言う冬桜の後ろで美由希がいじけ、それを赤星と晶の二人掛かりで必死に宥めるのであった。



ペースを少し落としながらも何とか山頂には昼過ぎに到着した一行は、そのままそこで弁当を広げる事にする。

「この辺りは少し涼しいな」

「本当ね。あー、風が気持ちいい」

恭也の言葉に同意するように目を細め、風を気持ち良さそうに感じる忍。
他の者たちも暫し風を感じるように言葉もなく身体を休める。
誰もが取る中、晶のお腹が音を立てる。

「あははは。もうお昼ですからね。登った分降りないといけないんですから、まずは腹ごしらえしましょう」

誤魔化すように笑うと荷物の中から弁当を取り出す。

「ノエルさんやカメと一緒に作ったんですよ。さあ、どうぞ召し上がれ」

言って皆に取り皿と箸を渡し終えるなり、真っ先に自分が箸を伸ばす。
思わず笑みを零しながらも、恭也たちも弁当に箸を伸ばすのだった。



昼食を取り終えた後、暫しの休息と各々適当に過ごしていたが、そろそろ下山しようという時、
冬桜の姿だけが何故か見当たらない。

「美由希、冬桜はどうしたんだ」

「私は知らないけれど」

「あれ、美由希ちゃんと一緒に奥に入っていってなかった?」

美由希の言葉に忍が疑問を投げるも、美由希は首を横へと振る。

「確かに奥へと行きましたけれど、私は一人でしたよ」

「もしかして、水翠さん美由希ちゃんの後に付いて行ってはぐれたんじゃ」

「かもしれんな。俺と美由希、赤星で手分けして探してくるから、忍たちはここで待っていてくれ」

「分かったわ。でも、恭也たちまで迷わないでよ」

忍の忠告に頷いて応え、恭也たちは美由希が向かった先へと駆け出す。
少し奥へと入った所で、確かに細いが何とか人が通れそうな道が見える。

「ここを進んだんだな」

「うん」

恭也を先頭にして奥へと入って暫く進むと、徐々に道が狭まっていく。

「……お前はこんな所まで来て何をするつもりだったんだ」

「あ、あははは。まあ、ちょっと探索と言いますか」

何故か笑って誤魔化す美由希を訝しみながらも、今は冬桜の事が優先だと更に進んでいく。
その途中で恭也は立ち止まり、足元や周辺の木を調べ始める。

「どうかしたのか、高町」

「ああ、ちょっとな」

その様子に美由希は僅かに緊張を見せ、やがて恭也が美由希を細めた目で見る。

「お前、ここに罠を仕掛けて俺を誘い込むつもりだっただろう」

「あ、あははは。……正解です。
 でも上手く出来なかったのと、恭ちゃんを呼びに行く前に他の人が引っ掛かったらまずいかと思って、
 ちゃんと罠は全て解除したよ」

「これで美由希ちゃんがこんな所まで来た理由は分かったとして、だとすると水翠さんはどこに?」

「これ以上美由希が奥に行ってないのだとすれば、罠を仕掛けている美由希に気付かずに奥に行ったという所か」

恭也は改めて周囲を見渡し、三方向を指差す。

「恐らくはこの三方向のどれかだと思うから、一旦手分けしよう。
 あまり深く入らないことと、そうだな十分ぐらい探したら再びここに集合にしよう」

恭也の決断に美由希と勇吾は納得すると三手に分かれて更に奥へと進む。
勇吾は来た道から見て右手へ、美由希が左手へと進み、恭也がそのまま真っ直ぐに進む。
勇吾が進んだ先は恭也たちよりも木々の茂りも少なく、多少とは言え道らしきものもある。
だが足元は思ったよりも悪いらしく、小石なども多い。
それらに気を付けながら進んでいくと、目の前に腰ぐらいまでの高さがある草が見えてくる。
しかも、その草には最近誰かが通ったのか、踏まれて倒れている箇所が見られた。
勇吾は冬桜が通ったのかもしれないとその折れた部分を通り、更に奥に進んでいく。
そろそろ十分が経つ頃だが、もしかしたらこの先にいるかもしれないともう少しだけと進んでいく。
が、不意に足が地面の感触を無くして落ちる。

「つぅっ。何だ、穴か?」

何とか受け身を取れたものの、少しだけ打った腰を擦りながら自分が落ちて来たらしき場所を見上げる。
そこは段差になっていたらしく、高さは三メートルといった所であった。
だが垂直な上に掴まるような場所も見当たらないそれを前にどうしたもんかと思案していると、

「赤星様?」

後ろから聞こえた聞き覚えのある、たった今の今まで探していた冬桜の声に振り返る。

「水翠さん。美由希ちゃんの後を付いてきて、ここに落ちたって所かな」

「はい、お恥ずかしい限りですがその通りです」

冬桜は木の根元に座り、勇吾の推測を肯定する。
足を横にして座る冬桜の手が足首を気にするように触れているのを見て、勇吾は水翠の傍にしゃがみ込む。

「ひょっとして足を挫いたの?」

「はい。腫れてもいませんので骨には異常はないと思いますけれど」

「ちょっとごめんね」

断ってから冬桜の足に触れれば、僅かに顔を顰めるも骨に異常があるようには見えなかった。

「まあこういうのは高町の方が詳しいだろうけれどね。
 簡単にだけれど応急処置してしまおう」

言って勇吾は持っていたハンカチを切り、簡易包帯を作ると冬桜の足首に巻いていく。

「申し訳ございません」

「気にしなくて良いよ。それにしても、この前とは逆だね」

「この前ですか?」

「うん。ほら、夏休みになってから高町とやった時に保健室で」

「そう言えば、あの時は私が」

「包帯を巻いてくれたよね。……と、はいこれで少しはましだと思うよ」

「ありがとうございます」

「良いよ。さて、問題はどうやって戻るかだけれど、それは心配ないか」

自分の戻りが遅ければ、恭也や美由希が来てくれるだろうと勇吾は考え、冬桜の隣に座る。

「赤星様はどうしてこんな所に?」

「水翠さんを探しに来たんだよ」

それを聞いて迷惑を掛けたとまた落ち込む冬桜を何とか慰める。

「水翠さん、そんなに気にしないで。
 友達なんだから、これぐらいで遠慮しないの。高町も言っていただろう。
 ちょっと遠慮し過ぎだって」

勇吾の言葉に冬桜もようやく笑顔を見せ、胸を撫で下ろす。
そこへ頭上から聞きなれた恭也の声が聞こえてくる。

「赤星、いるのか」

「おお、ここだ。水翠さんもいるぞ」

勇吾が返事を返すなり恭也が飛び降りてくる。

「二人とも無事か。冬桜、足を捻ったのか」

手当てされた冬桜の足を見て恭也が問い掛ければ、冬桜は頷いて勇吾に手当てしてもらった事を伝える。

「ふむ、少し触るぞ。……骨に以上はないみたいだな。
 今日一日大人しくしていれば問題ないだろう。まあ、帰りは念の為に俺が背負っていこう」

「それは良いとして、お前まで飛び降りてきたら俺たちはどうやって帰るんだ」

呆れたように妹馬鹿な恭也に言うも、恭也は平然と返す。

「簡単な事だ。美由希、まずは赤星を引き上げろ」

上から美由希が上半身を乗り出すようにして手を伸ばし、恭也はその下で崖に手を着いて背を丸める。

「赤星、ほら」

恭也の意図を察し、赤星は少し距離を開けると恭也へと走り出す。
そのまま背中に飛び乗り、そこから更に上へと飛んで手を伸ばす。
その手を美由希が掴んで引き上げる。

「冬桜、こっちに」

足を怪我している冬桜を肩車し、引き上げるように頼む。

「はい、水翠さん」

上へと戻った勇吾が冬桜の手を掴んで引き上げ、残る恭也は自力でジャンプした所を美由希に引き上げてもらう。
その後、冬桜を恭也が背負い忍たちの所へと戻る。
怪我をした冬桜を皆が心配するも、大した事ないとしって胸を撫で下ろす。
心配してくれた皆に謝る冬桜であったが、誰もそれを責めるような者はおらず、逆に怪我の心配をしてくれる。

「皆さんありがとうございます」

「それにしても大した事がなくて良かった。
 全く美由希が後を付けられている事に気付かないからこういう事に」

「えぇ! 私が悪いの!?」

「あははは、諦めなさい美由希ちゃん。恭也はなのはちゃんと冬桜には甘いんだから」

「うぅぅ、同じ妹なのに……」

そんないつものやり取りをしながら下山する恭也たちを、その背中に背負われながら冬桜は楽しそうに眺める。
その後ろで赤星は自分の掌をじっと見詰め、そこに何かがあるかのように何度か握っては開いてを繰り返す。
だが、すぐに忍や彩に加わり、いつものように会話に加わるのだった。



つづく




<あとがき>

旅行も後僅かだな。
美姫 「今回は冬桜が行方不明に!?」
遭難とかも考えたんだが、やはりそこまで大事にはならなかった。
美姫 「美由希の扱いはある意味、いつも通りだしね」
いやいや、美由希好きですよ、本当に。
美姫 「はいはい。それじゃあ、また次回でね〜」
ではでは。







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