『込められし思い 第22話』






夕食も終え、めいめいに寛ぐ中、ソファーにだらしなく寝そべっていた忍が残念そうな声を上げる。

「あーあ、明日にはもう帰るのよね」

「別にお前だけ残っても構わないんだぞ」

忍の言葉に、元々お前の――正確にはさくらのだが――別荘だろうという意味でそう告げるも、
忍はそのまま顔をソファーに埋め、わざとらしく泣き真似をする。

「うぅぅ、恭也がいらなくなったからって私を捨てた〜。
 手切れ金に別荘一つだなんて〜」

「可哀相な忍! と言うか、別荘一つって中々豪勢のような気もするけど。
 ともあれ、何て可哀相なの!? 高町くんには血も涙もないのね!」

「…………はぁ。それで、明日の十時ぐらいにここを出れば良いか」

「はい、そのぐらいが丁度よろしいかと思います」

「明日でお別れかと思うと、少し寂しいかな」

恭也とノエルのやり取りを見ていた夏海がそうぽつりと漏らせば、那美やなのはがお手紙を書くと慰める。
その言葉に夏海も笑顔を取り戻し、最後の夜だから遊び倒すわよと勢い良く手を上げる。
そこへレンと晶がデザートを乗せた盆を手にやって来る。

「残ってた果物、全部使っちゃいました」

「結構な量ありますけど、これだけおれば問題もない思います」

「そうだな。食べる事なら美由希が居るからな」

「恭ちゃん、私はそんなに大食いじゃないよ!」

「冗談だ。冬桜、足元に気を付けろ」

「はい、兄様」

晶とレンの後ろから、果物を剥いたり切ったりするのを手伝っていた冬桜が盆を持って現れると、
恭也はそう注意するように言葉を掛ける。
それに頷く冬桜の手から、赤星が立ち上がって盆をそっと取り上げる。

「ありがとうございます」

「どういたしまして」

テーブルに置かれたデザートに、皆が手を伸ばす中、忍と彩は二人しっかりと抱き合い、

「彩〜、皆が、皆が酷いのよ〜」

「おお、よしよし。でもね、忍。私もデザートの誘惑には勝てないの!」

「そ、そんな、彩まで私を見捨てると言うの!?」

「ええい、離せ、離せ、は〜な〜せ〜」

「死んでも離さないわよ!」

立ち上がった彩の腰にしがみ付く忍と、それを振り払うように腰を左右に振る彩。
そんな二人を楽しそうに見遣り、冬桜は小さく笑う。

「本当にお二人は仲がよろしいですね」

「それは確かにな。とは言え、流石にいつでも何処でも俺たちを巻き込んでふざけるのは止めて欲しいがな」

「それに関しては、俺も高町に同意だよ」

一番巻き込まれている恭也と勇吾のしみじみとした実感の篭った言葉に、美由希たちが苦笑を見せる中、
当の本人たちはというと、

「はい、忍姫到着しましたよ」

「うむ、ご苦労」

忍が腰にしがみ付いた状態のまま引き摺り、恭也たちの下へとやって来てちゃっかりとデザートに手を伸ばし、

「時に彩よ、姫に対する扱いとしては酷いのでは?」

「何を仰います、姫。先程の運搬方法は、その昔牛を使ってやった事でございますれば。
 これすなわち、私自身が牛に成り代わってまで運んだ次第です」

「ほう、そうなのか。ならば、一応褒めてつかわそう」

「ありがたきお言葉」

などと妙に変な言葉使いで訳の分からない事を言っていたりする。

「なぁ、高町」

「なんだ」

「俺の記憶違いじゃなければ、多分、藤代の言ってたのって拷問の一種じゃないかと思うんだが。
 引き摺っていたしな」

「奇遇だな。俺も牛車じゃなくて、同じような事を思っていた。
 あれだろう、罪人の両手両足をロープや縄で括り、それを四頭の牛にそれぞれつけて引っ張らせると言う」

「ああ、それそれ。牛のゆっくりとした歩みに、苦痛もそれだけ長引くと言う」

男二人の話を聞き、忍の目が彩へと向かうも、絶妙なタイミングで彩は視線を逸らして手にしたデザートを口に。
じと目で見られている視線を感じつつも、彩は気付かない振りを続けるのだが、

「あ〜や〜?」

「あ、あはははは、まあまあ落ち着いて忍。
 別に本当に拷問した訳じゃないし、ちゃんと運んであげたのも事実でしょう」

「事実は引き摺ってきたって言うと思うんだけれど」

「まるで、罪人の市中引き回しだな」

彩の言葉に忍ではなく、勇吾と恭也が思った事を口にする。
その二人にそこ煩い、と八つ当たり気味に文句を述べ、忍には愛想笑いを見せる。

「はぁ、まあ別に良いけれどね。
 でも、罰としてそれは没収!」

言って忍は彩の手から果物を取ると、自分の口へと放り込む。

「あー! な、何という事を……。か、神をも恐れる所業……」

「ふっ、私を引き摺った罰と思い、大人しく諦めなさい」

「あの二人の会話を聞いていると、実は神は大した人物じゃないような気がしてくるな」

「まさに罰当たりといったところか」

二人のやり取りを見て、またしても恭也と勇吾がぽつりと呟く。
何だかんだと言いつつ、やはりこの四人は頼りも付き合いが長いといった所なのだろう。



その日の深夜、今日も今日とて鍛錬に出掛ける恭也と美由希を冬桜が見送りに玄関までやって来る。
昼間の足の捻挫があるため、今日は大人しく寝ているようにと恭也が言ったのだが、見送りだけはと付いて来たのだ。
玄関で見送る冬桜に先に休むように言い聞かせ、恭也は美由希を連れて別荘から少し離れた林の中へと向かう。
軽く走りながら向かう途中、不意に美由希がからかうような、拗ねたような声を上げる。

「恭ちゃん、冬桜さんやなのはには甘すぎるよね」

「そんな事はないだろう」

「あるよ〜。私、あそこまで優しくしてもらった事ないもん」

「ふむ、なら優しい言葉の一つも掛けてやろう」

思わぬ言葉に期待と驚き、そして疑うような眼差しで見詰め返せば、当の恭也は至っていつもと同じ表情で、

「忍のお蔭でいつもと違った環境で鍛錬が出来るのはありがたい事だが、実は俺たちが鍛錬している場所なんだが……。
 どうも色々と出てもおかしくない場所らしい。初日に鍛錬した後、まあ翌日の朝の事なんだが、
 鍛錬場所を聞かれて答えた後、忍や那美さんに場所を変えるように言われてな。
 まあ、特に何か出た訳でもないし、また何かあっても那美さんがいるから大丈夫だろうと思い、
 後はお前に黙っていれば問題ないかと今まで黙っていたんだ。
 だが、優しい俺はやはり事実を話してやるべきだったと思い、今こうして話してやったんだが」

「う、うぅぅ、極悪だよ、悪魔だよ。そんなの最後まで黙っててよ。
 と言うか、二人、特に那美さんに注意されたのなら、本当に危ないじゃない!
 どうして、場所を変えなかったのよ! もしかして、私もう何かに憑かれているんじゃ。
 はっ! だから、転びそうになったり、枝で頭をぶつけたり、冬桜さんの尾行にも気付かなかったんじゃ……」

「いや、その辺はいつもとあまり変わってないから心配するな」

「それはそれでどういう意味か、じっくりと問い質したいけれど、きっと後悔するのは私だからやめておく。
 というか、今日は他の場所に行こうよ! って、全然優しい言葉じゃないし!」

「優しい俺の言葉だろう」

「間に何か変なのが入ってる上に、全然優しくない!
 私がこういうの駄目だって知ってるくせに!」

足を止めて首を振る美由希を呆れたように見遣り、それでも少しやり過ぎたかと反省する。

「安心しろ、冗談だから。那美さんに注意されたのなら、流石に場所を変えるに決まっているだろう」

「……本当に冗談?」

疑り深く聞いてくる美由希に、恭也は自業自得とは言えすぐに信じない美由希に苦々しい顔で頷く。

「冗談だ。だから、さっさと行くぞ」

「ほ、本当の本当?」

走り出した恭也の後ろを、こんな所に一人にされては適わないとばかりに追いかける。
追いかけながらも、鍛錬場所に近づくにつれ、美由希は周囲をきょろきょろと窺う。
その様子に呆れながらも、恭也は力強く肯定してやる。

「本当の本当だ」

「本当の本当の本当に?」

「しつこい。
 俺だって、お前だけが憑かれるだけなら兎も角、それによって冬桜やなのはにまで害が出るような事はしない」

それを聞いた美由希は落ち込みつつも、それなら本当に大丈夫かと胸を撫で下ろす。
撫で下ろすも、怖がらされた、もとい、からかわれた事に腹を立てて前を行く背中を殴りつけるのだが、
あっさりと躱された上に当然のように反撃の蹴りが飛んでくる。
それを咄嗟に横に跳んで躱すと、もう反射的と言ってもいいぐらいに自然と飛針を取り出して指の間に挟んでいる。
どうやら、今日はこの辺りの鍛錬になりそうで、恭也の方も既に指の間に美由希と同じ数の飛針を抜いて構えている。
互いに視線を交わしたのは一瞬、同時に二人の腕が振るわれて二人のほぼ中間で互いの飛針がぶつかり合う。
それを確認する事なく、美由希は飛針を投げると同時に近くの木の陰に飛び込む。
既に先程まで恭也の言葉に怖がっていた姿は何処にもなく、そこに居るのは一人の剣士だった。
期せず、正面からの打ち合いではなく、互いに姿を隠してのゲリラ戦となる。
美由希同様、木の陰に飛び込んだ恭也はすぐに茂みへと飛び込み姿を隠す。
互いに自分の気配を消し、相手の気配を探り、闇から闇へと無音で移動する。
美由希の耳が微かに鳴った足音を捉える。
だが、すぐには仕掛けない。場所が茂みからではなく林道からだった事から罠という可能性をまず考えたのだ。
故に慎重に障害物を利用して身を隠し、足音のした方へと向かう。
足音は定期的に鳴っており、どうやら歩いているようだ。
耳を澄まさなければ聞こえないぐらいに小さな音だが、益々美由希は警戒を強める。
すなわち、これは恭也が誘っているのではないかと。
とは言え、このまま手を拱いている訳にも行かない。
移動しているのなら、設置型の罠はないだろうと考える。
もしかしたら、罠のある場所まで誘い出すつもりかもしれないとも。
だとすれば、早めに仕掛けた方が良いと判断して飛び出す。
飛び出した所を飛び道具でやられないように身を低くして、一気に距離を詰めるべく走る。
が、同時に林道を挟んだ向こう側からも飛び出してくる影があった。
ここが罠の場所だったのかと内心で臍を噛みつつ、瞬時に対処を考える。
結果として、罠を無視して恭也を狙おうと更に速度を上げて下から小太刀を振り上げ、
そこで同じように上から小太刀を振り下ろしている恭也と視線が絡む。
それだけなら問題ないのだが、その恭也の位置が問題であった。
何故なら、今まで恭也だと思っていた人物の頭上から攻撃を仕掛けてきていたからだ。
同様に恭也もまた宙に身を躍らせて小太刀を手にしたまま、珍しく驚いた表情を見せていた。
恭也と美由希の繰り出した攻撃は、突如現れた第三者へと振り下ろされ……。

「っ!」

寸前の所で止まった小太刀は、恭也のものは首筋に、美由希の物は脇腹に触れる寸前であった。
当然の如く、夜道で行き成り林から現れた二人に凶器を振るわれ、しかもぎりぎりの所で止められたのだ。
それで失神したとしても誰も責められないだろう。
だが、その人物は短く息を吐いて身を振るわせただけで気丈にも意識はしっかりと保っていた。

「あ、あなた方は誰なんですか……。どうして、私の邪魔をしようとするんですか」

震える声で問い掛けられた声は女性のもので、二人は取りあえず気まずそうに顔を見合わせると小太刀を仕舞い、
揃って頭を下げる。

「申し訳ありません。こんな時間にこのような場所に他に人が来るとは思ってもいなかったもので。
 俺たちは決して怪しい者ではありません。ここで剣の鍛錬をしていただけです」

「本当です。信じられないかもしれないけれど、毎日、二人でこうやって鍛錬しているんです。
 だから、てっきり師範代だと思って」

二人して必死に事情を説明していると、件の女性は二人をじっと見詰めた後、小さく頷く。

「どうやら、嘘という訳でもないみたいですし信じます」

そう言って首筋と脇腹を一撫でする。
当たってはいないと分かっているが、恭也も美由希もひたすら恐縮するだけである。
そんな二人を前に、女性は安堵するような吐息を漏らす。

「良かった、今夜の儀式を邪魔しようとする人かと思ってしまいましたが、杞憂だったようですね。
 そもそも邪魔しても何の益もないばかりか、既に正しい伝承も失われて等しいですし」

意味ありげな言葉を吐かれ、恭也と美由希は顔を見合わせると、女性に話しかける。
もし迷惑でなかったら話してくれませんかと。

「お詫びという訳ではありませんが、もし何かを邪魔しようという人が居るのなら少しぐらいは役に立てるかと」

「あ、いえ、さっきのは言葉の綾と言いますか。実際にはそんな人は居ないと思いますから。
 先程も少し零してしまいましたけれど、邪魔をしても何の益もない所か、
 私たちがやっている事を知っている人も本当に限られた人だけですし」

「そうですか。そこまで仰られるのなら。
 ですが、夜道の一人歩き、ましてやこんな山奥では何かと危険でしょうから送っていきますよ」

恭也の申し出をやんわりと断る女性であったが、不意に聞こえてきた咆哮に林の奥を睨み付ける。

「まさか……、そんなあり得ないわ封印が解けた?」

呆然と呟かれた言葉は、しかし恭也と美由希にはしっかりと聞こえており、
また女性の様子からただ事ではないと判断する。

「一体どうしたんですか」

恭也の声に我に返ったのか、女性は暗い夜道を手にした懐中電灯一つの明かりだけで走り出す。
流石にこのまま見送る訳にもいかず、恭也と美由希の女性の後を追う。

「危険ですから、あなたたちは逃げてください」

「危険と聞いて益々一人で行かせられませんよ。
 出来る範囲で構わないので、話してくれませんか」

付いてくる二人を見て、女性は話せば大人しく引き返すと考えたのか話し始める。
女性の名は星野美香といい、大学生との事である。
ただし、彼女の家系は代々鬼を封じた墓碑を管理してきた一族で、封印が弱まる度に彼女の一族が封印を掛け直して、
今日まで鬼を封じ続けていた。
夏海は管理している人はいないと言っていたが、それはただ誰もそれを知らなかっただけらしく、
昔は兎も角、今となっては本当に一部の者しか知らないらしい。
で、その封印が弱まるのが丁度今年なので、彼女がその封印の強化のためにやって来たのである。
本来なら封印はまだ解けるはずはないのだが、先程感じたのは封印が解けたものだという。
そこまで聞いたとき、二人の脳裏には嫌な予感とちょっとした事が思い起こされる。

「因みに封印をしているのは……」

「この先を下った先にある祠、その裏側にある大き目の石がそうです」

やはり間違いなく夏海が倒したアレである。
二人は思わず頭を抱えそうになるも、気を取り直して尋ねる。

「例えばですけれど、その石が倒されたりしたら封印が解けたりするのですか」

「いや、普段なら何も問題はありませんよ。
 ただ、封印を強固する日の数日前は封印そのものが弱まっているので、流石に問題ないとは言えませんけれど」

この言葉は決定的であった。
今度ははっきりと分かるぐらいに恭也と美由希は顔を顰め、だがすぐに気を取り直して尋ねる。

「それでも、もし解けていたらどうなりますか」

「今までの長い封印で力は弱まっているはずですが、それでも人が敵うかどうか。
 だとしても、私は鬼をもう一度封印しないといけません。
 大丈夫です、そのための術も教わっていますから、鬼を弱らせるか動きを止める事が出来れば」

「そうですか。なら、最後の質問です。
 鬼に物理的な攻撃は通じますか?」

「それは通じますけれど……まさか。駄目です、危険です!」

恭也の考えている事が分かったのか、二人が剣をしている事を思い出して叫ぶが、二人は困ったような顔をしてみせる。

「どうも封印が解けた原因として、俺たちの連れが絡んでいるようでして。
 その罪滅ぼしといいますか、そう受け取ってください。大丈夫です、本当に危ないようなら逃げますから」

恭也と美由希の目を見て、言っても聞かないと悟ったのか、美香は渋々ながらも頷く。
頷いた所で、ふと疑問を抱く。

「それにしても、よく鬼なんて信じてくれますね」

これには兄妹揃って苦笑を浮かべ、

「私も兄もこういった事に慣れていると言いますか……」

複雑な事情を察してくれたのか、美香はそれ以上は何も聞かずにいてくれた。
その事に感謝しつつも、恭也は鬼の事が気になり、

「封印が解けたと言いましたけれど、鬼の方はすぐには出てこないんでしょうか」

「いえ、何分始めての事なので分かりません。
 ですが、急いだ方が良いのは確かですね」

「そうですか。それでは、少し失礼します」

言うや恭也は美香を抱き上げ、驚く美由希と美香が何か言う前に走る速度を上げる。

「失礼ですが、こちらの方が早いので」

「恭ちゃん、セクハラだよ!」

「お前こそ、何を暢気な事を言っている。
 もし鬼が既に出てきていて人を襲うようなら、一番近くに居るのは冬桜たちになるんだぞ。
 という訳で、申し訳ありませんがこのままでもう少し我慢してください。
 美由希、もっと早く走るぞ」

言って更に走る速度を上げ、美由希も流石に文句を言わずに付いてくる。
いや、実際にはぶつぶつと小声で同じ妹がどう、とか呟いていたが。
美香の方は恭也の言葉を聞き、大人しくされるがままに運ばれる事にする。
程なくして、二人は少し前に見た祠の前へとやって来る。
裏に回って見れば、石は転がり落ちていた。

「間に合ったのか、それとも……」

恭也は最後まで言うよりも早く、その場を飛び退く。
その頭上から二メートルを越える巨体が落ちてきて、その勢いで腕を振り下ろす。
地面に穴を開けた影を見れば、尖った角を額に持ち、口元からは鋭い牙を生やした鬼がこちらを睨みつけていた。

「絵本とかで見るのとはちょっと違うね」

「ああ。角が一本の上に、目なんて白目がないぞ。まるで昆虫のようだな」

暗闇に爛々と輝く翠色の瞳を見据え、二人は本気とも冗談ともつかない言葉を交わす。
後ろで少し震える美香に、恭也と美由希は確認するように尋ねる。

「弱らせるか、動きを止めれば良いんですよね」

「え、ええ。でも、本当にやるんですか。言い伝えではその身体は鋼よりも堅いと言われているんですよ」

「とは言え、ここで逃げて美香さんだけで封印できます?」

美由希の少し意地の悪い言葉に美香は何も返せない。
鬼を前にして改めて分かる。一人なら、封印しようとした瞬間にやられてしまうだろうと。

「そういう訳なんで、お手伝いさせてください。近くには妹や友達も居ますし。
 時間を稼ぐぐらいなら何とかしますから」

言って美由希は小太刀を抜き放つ。
その隣で恭也も同じように小太刀を抜くと、二人は合図もなしに同時に鬼に向かって走り出す。
まず最初に恭也が鬼へと斬りかかるも、美香の言うとおり鬼はそれを腕で防ぐ。
肉を切ったと思えない堅い手応えにすぐにその場を飛び退けば、すぐ眼前を鬼の腕が通り過ぎていく。
そこへ美由希が突きを放つも、これまた身体の表面で弾かれる。

「うわー、本当に堅いよ恭ちゃん」

美由希の言葉に頷きながらも、恭也は小太刀を振るう。
同様に美由希も鬼の攻撃を潜り抜けては一太刀、二太刀と斬撃を浴びせるのだが効いている様子はない。

「とりあえず、相手の攻撃を躱す事を優先に考えろ。
 倒す必要はないんだ」

「とは言え、どうやって弱らせるの?」

「体力勝負……は無理そうだな」

鬼の攻撃を小太刀を交差させて受け止め、その反動で後ろへと大きく跳ぶ。
恭也の隣に美由希も走り寄り、改めて鬼と対峙する。

「さて、こういった場合は……」

試すように見てくる恭也に美由希は無言で見詰め返す。
暫し沈黙で見詰め合い、ぽつりと呟いた美由希の言葉に恭也は満足したように走り出す。
再び振るわれる腕を掻い潜り、恭也は鬼の背後へと回る。
鬼も振り返りざまに腕を振るうが、それをしゃがんで躱し、

「美由希!」

その声に応えるように既に走り寄っていた美由希は、恭也を攻撃して空振りに終わり、
いまだ振り回されている状態の腕、その肘へと小太刀をニ刀交差させた攻撃を繰り出す。
同時、正面から恭也も全く同じ技を繰り出す。
前後からの同時攻撃、雷徹が鬼の関節に放たれる。
これまで同様、弾かれるかと思われた攻撃であったが、今回は骨の折れる音が響く。
痛みによるものか、咆哮を上げる鬼に構わず二人は上下から俺が箇所を更に挟むように攻撃を繰り出し、
結果、鬼の腕が切り落とされる。すかさず攻撃の手を緩める事なく、今度は腹と背中にこれまた同時に雷徹を放つ。
斬るのではなく、ダメージを内部に通す奥義。
それを前後から喰らい、さしもの鬼も思わず膝を着く。
そして、膝を着いた瞬間、美香の封印の術が発動し、鬼は叫び声を上げて斬れ飛んだ腕もろともその姿を消す。
祠の裏を見れば、倒れていたた石もいつの間にか戻っており、美香はその前で膝を着いて祈るように手を組んでいる。

「……ありがとうございます。まさか、本当にもう一度封印できるなんて」

驚いた顔に疲労感を漂わせながらも、美香は嬉しそうな声を上げる。
それに対し、二人もようやく安堵の息を零す。
背中にはびっしりと汗を掻いており、改めて鬼の強さをしみじみと痛感する。
流石にこれから鍛錬という程の元気はなく、二人は美香を近くまで送っていく。
ここで良いですという言葉に二人は美香に背を向け、自分たちも帰ろうとするのだが、
その別れ際、改めて恭也たちに礼を言いつつも、今更ながらに疑問をその背中に投げかけずにはいられなかった。

「あの鬼を相手に腕を切り落としたり、本当に弱らせるなんてあなたたちは一体……」

その言葉に恭也と美由希は顔を見合わせ、少しばかり意地の悪そうな笑みで持って振り返りざま、

「俺たちは、ただの剣士だ」

「私たちは、ただの剣士だよ」

全く同じ台詞を二人同時に言うのであった。



つづく




<あとがき>

という訳で、旅行編もこれでお仕舞い。
明日には帰宅!
美姫 「最後の最後で二人は事件に遭遇したけれどね」
まあな。でもまあ、何事も経験だよ。
美姫 「あまりしたくはない経験でしょうけれどね」
あははは。因みに、ちょっとしたおまけがあったり。
美姫 「それはこの後で」



おまけ

翌日、帰りの電車で話を聞いた那美は気付けなかった事に落ち込んでいた。
それを慰めるように、恭也と美由希は必死で言葉を紡ぐ。

「対峙して分かった事ですけれど、鬼は幽霊などとは違って実体を持っているため、
 俺たちの攻撃も通じたんですよ」

「そうそう。だから、その存在もきっと那美さんが感じ取る霊気とか妖気といったものじゃなくて、
 私や恭ちゃんが感じ取る気配といったものだったんですよ」

「美由希の言うとおりです。実際、鬼から感じたのは前に崇りから感じたものよりも、慣れ親しんだものでしたし」

「それに力も弱まっていて、更に封印されていたんですから」

「うぅぅ、でも、その封印にすら気付きませんでした……」

「そ、それは……」

少し持ち直した那美であったが、美由希の言葉に再び肩を落とす。
視線で馬鹿弟子という罵りを投げ、恭也は美由希と共に必死で那美を慰めるのだった。



ってな感じで。
美姫 「さて、おまけも終わった事だし、今回はこの辺にしましょうか」
だな。それじゃあ、また次回で。
美姫 「まったね〜」







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