『恭也と守護霊さま』






夕方の高町家。
その高町家のリビングでは、椅子へと座った恭也を取り囲むように女性陣が陣取っていた。
並々ならぬ気迫を感じつつも、恭也は平静を装いながら、湯呑みを手に持ち、口に運ぶとそっと傾ける。
ずずず、と茶を啜る音が、無言だったリビングに音を立てる。
それを合図としたかのように、突如、ドンという音が響く。
その音を立てた主、忍はテーブルへと振り下ろした拳もそのままに、恭也へとやや喧嘩腰の口調で口を開く。

「で、どういう事なのかしら?」

「どういう事というのは? というよりも、テーブルを叩くな。
 たまたま、湯呑みを持っていたから、お茶が零れずに済んだが…」

「恭也が湯呑みを持ち上げたから、叩いたのよ」

「いや、それでも叩くのはどうかと思うんだが」

「そんな事言って、話を逸らさないの」

「別に、そんなつもりはないんだが」

「だったら、説明をしてもらえるかしら」

忍の他に、高町家の住人に那美もそろって同意するように首を縦に振る。
そんな面々を眺めまわしながら、恭也はもう一度、お茶を啜る。

「はぁー、お茶ぐらい、静かに飲みたいものだ」

「全くだわ…」

そんな風に、疲れたように呟いた恭也の言葉に同意する者がいた。
その人物は、恭也の隣の椅子に座り、恭也と同様、湯呑みを両手で持って、お茶を啜っていた。
その女性はお茶を啜ると、肩から前に垂れていた美しい黒髪を、鬱陶しいとばかりに、
それでいて、どこか面倒臭さそうに後ろへと掻き上げる。
その女性──忍たちが恭也を問い詰める原因となった──の言葉に、忍が言う。

「悪いんだけれど、貴女は少しの間、黙っててもらえるかしら」

忍のこの言葉に、特に機嫌を悪くした風も見せず、それどころか、忍の方を見ることもせず、ただ無言で湯呑みを傾ける。
そんな態度にむっと来るのを堪えつつ、忍は恭也へと視線を戻す。

「で、こちらは、何処のどなたで、どんな関係なのかしら?」

忍の言葉に、恭也は息を吐き出すと、自分でも思い出すように、そっと話し始めた。





  ◇ ◇ ◇





その日の放課後、恭也はいつものように帰り道を歩いていた。
商店街にある、母親の経営する喫茶店を手伝おうと歩く。
ここまでは特にいつもと大して変わった事もなく、恭也は一人歩いていた。
さして広くもない道路を、そこそこのスピードで走る車を眺めながら歩いていた恭也の前で、
一人の少年が急に横の路地から飛び出してくるまでは。
運転手もそれに気付き、慌ててブレーキを踏むが、急に止まれるわけもなく、甲高い音を立てながら少年へと向かう。
運転手の反応は、それなりに早かったと言えるだろう。
しかし、それでも間に合わない事は、周りに人はいないが、もし居たとしても、誰の目にも明らかだった。
恭也が、運転手の反応よりも早く行動をしていたのを除けば。
恭也は子供が飛び出して来るのを見ると、すぐさま神速を使い、子供の元へと走り出す。
色が落ちた世界の中を、酷くゆっくりと掻き分けるように進む。
車が目前に迫り、恐怖に顔を引き攣らせる子供をその腕に抱え込むと、恭也はそのまま路地へと向かって跳躍する。
いや、しようとした。
地面を蹴った足の膝が悲鳴を上げなければ、そのまま恭也と子供の体は子供が飛び出してきた路地へと辿り着いただろう。
しかし、鈍い痛みに顔を顰め、微かに地面を蹴る足の力が鈍る。
前のめりに倒れていく中、せめて子供だけはと、路地目掛けて、少し強く押す。
それとほぼ同時に、恭也の周囲に色が戻り、音が戻ってくる。
子供は助ける事が出来たが、自分の体はまだ車の前。
それでも、少しでも助かるようにと地面を蹴り、
路地へと飛び込もうとする意志を見せる恭也を嘲笑うかのように、鉄の塊が迫る。
少しでも衝撃を和らげようと体を丸め、衝撃に備える。
が、いつまで経っても、その衝撃は訪れない。
可笑しいと感じて目を開けると、恭也の体は子供の前、路地へと入っていた。
そのすぐ後ろを車が通り過ぎ、暫らくして停止する。
それをどこか茫然と眺めつつ、恭也は何が起きたのか分からないといった顔を見せる。
確かに、自分は間に合わなかったはずだ。
それなのに、こうして無事にいる。
無事なのは良い事なのだが、何故、助かったのか分からずにいる恭也に、女性の声が掛かる。

「全く、危機一髪って所だったね」

その言葉に横を見れば、いつの間にか、そこには一人の女性が立っていた。
長い黒髪をそのまま後ろへと流した女性は、恭也を見るとにっこりと笑いながら、片手を振って見せる。

「ああー、やっと見えるようになったのね。うんうん、良かったわ」

「はぁ?」

女性の言葉の意味が分からず、恭也はただ首を傾げるが、そんな事に構わず、女性は続ける。

「それにしても、危なかったわね。全く、壊れた右膝を抱えているくせに、無茶をするんだから。
 大体、神速はちゃんとした体が出来上がった上での話なのよ。そりゃあ、あなたの事情は知っているけれど…」

女性から出た言葉に、恭也は驚いてその言葉を遮る。

「ちょっと待ってくれ。神速を知っているのか!?」

「知っているも何も、今、あなたを助けるために私が使ったじゃない」

それを聞き、恭也は自分が無事だった理由を悟る。
しかし、それでも、女性の言葉には聞き逃せないものがあった。

「神速を使った……だと? しかし、御神の生き残りは…」

「あの、お兄ちゃん…」

考え込みそうになった恭也を、子供の声が呼び戻す。
恭也はそちらへと振り向くと、腰を屈めて目線を合わせる。

「何処も怪我はないか」

「うん。ありがとう」

「礼なら、俺じゃなくて、そっちの人に言ってくれ」

恭也の言葉に、子供は不思議な顔をしたかと思うと、恭也の指差す先を見る。

「何処にいるの?」

「何処って、すぐそこに」

恭也は女性の立っている場所を指差して見せるが、子供はただ首を傾げるだけだった。
そこへ、車の運転手が慌てて駆け寄ってくる。

「すいません。どこか怪我は…」

「いえ、俺も、この子も幸いにして怪我はなかったですけど」

「そ、そうですか。それは良かった。ああ、本当にすいませんでした」

「いえ、こうして無事でしたし。
 ただ、この辺は路地などがあったりして、子供だけではなく、
 猫なども急に飛び出してくるので、もう少しスピードを落とされた方が良いかと思いますよ」

「ええ。以後、気をつけます。あ、念のために、名刺を渡しておきますので、何かあれば、ここまで連絡してください」

そう言うと、男性は内ポケットから名刺を取り出し、恭也と子供に渡す。
それにざっと目を通すと、恭也はそれを仕舞い込む。
子供の方は、無事だったためか、既に退屈そうにしており、それを感じた恭也は、

「それでは、今回は何とも無かった事ですし、この辺で失礼しますね」

「はい、本当に助かりました。でも、本当に何かあったら、そこへ連絡してください」

「はい、分かりました。ほら、今度は急に飛び出すんじゃないぞ」

「うん。それじゃあ、ありがとうお兄ちゃん」

子供は恭也の言葉に元気に頷くと、そのまま走り去って行く。
それを見送った後、恭也は男性へともう一度、挨拶を済ませると、その場を去る。
その後ろを、当然のように付いてくる女性へと、恭也は小声で話し掛ける。

「さて、どういう事ですか。どうやら、あの人にも貴女の事は見えていないようだけれど」

「それはそうでしょうね。だって、今は半霊化しているような状態だし。
 この状態の私を見れるとしたら、退魔士とかじゃないと無理よ」

「半霊化? という事は、霊なんですか、貴女は」

「あなたじゃないわよ。織葉(おりは)よ。私の名前は、織葉。
 それと、その敬語は止めなさい」

「しかし…」

「あなたの性格はよく分かっているけれど、止めないと説明してあげないからね」

「…分かった。これで良いか」

「うんうん。さて、それじゃあ、何処から話そうかしら」

「と、その前に、姿は俺にしか見えてないんだよな」

「ええ、そうよ」

「だったら、人のいない所へ行こう」

「確かに、一人で頷いてたりしたら、馬鹿みたいだものね。
 それじゃあ、ちょっと大人しくしててね」

そう言うと、織葉は恭也に口付ける。
驚く恭也を尻目に、頭へと手をやり、逃がさないように力を込める。
暫らくそうしてから、ゆっくりと離れる。

「い、いきなり何をする」

「うん? ちょっと力を分けてもらっただけじゃない。
 抱擁でも良いんだけれど、口から直接、受け取る方が、早いし効率的だからね」

言いながらも、織葉の顔も恭也同様に赤くなっていた。
それを誤魔化すように、織葉は手を振る。

「あははは〜。感謝しなさいよ。織葉ちゃんのファーストキスなんだから」

「俺だって、同じだ」

「男と女では、重みが違うのよ、重みが」

「自分からしたくせに…」

「そこ、細かい事に拘らない」

「細かいか?」

「細かいわよ」

初めて会ったにも係わらず、恭也はこの織葉という女性から、まるで旧知の仲のような感じを受けていた。
だからか、彼にしては珍しく、初めからかなり色々な事を言い合っている。
と、急に真面目な顔になると、

「で、人のいない場所へと行きたいんだが…」

「え、そんな。外でだなんて…。でも、どうしてもって言うなら、恭也だったら、良いかな。
 あ、でもでも、ちょっと複雑よね。小さい頃から見守ってきた姉という立場から見ると…」

突然、ぶつぶつと言い出す織葉に、恭也は少し大きな声で呼び掛ける。

「おい、織葉」

「あ、ああ、ごめん。えっと、人気のない所ね」

「ああ。そこで、詳しい話を聞きたい」

「話……? あ、ああ、そういう事ね。うん、それはそうよね。あ、あははは」

一人、何を納得しているのか分からないが、このままでは埒があかないと感じた恭也は、やや強引に移動しようとする。
その腕に、織葉は自分の腕を絡めると、安心させるように言う。

「大丈夫よ。さっき、力を貰ったって言ったでしょう。今は、実体化しているから、他の人にもちゃんと見えるわよ。
 ほら、こうして触れるでしょう」

言いながら、恭也の腕に強く抱き付く。
恥ずかしそうに照れながら、引き離そうとする恭也に、織葉は急に真面目な顔になる。

「ほら、こうしてくっ付いてた方が、他の人に聞かれにくいでしょう」

そう言われれば、恭也としては異論も言えず、ただ大人しくなる。
それを満足そうに見た後、織葉は口を開く。

「そうね。簡単に言えば、私はあなたの守護霊って所かしら」

「守護霊? それって、普通は見えないんでは」

「まあ、普通はね。私はかなり特殊って事よね。
 というよりも、恭也の方が特殊と言うか…。まあ、その辺は省くとして。
 で、私はかなり力を持っていたから、こうして実体化とかもできるって訳。
 さっきの半霊化の状態なら、恭也だけに見える状態ね。勿論、退魔士とかの中には見える人もいるでしょうけど。
 それと、完全な霊化状態。この状態になると、恭也にも姿は見えないわね。
 今までは、この状態だったわけ。
 ただ、一度、私を認識したから、完全な霊化状態になっても、今の恭也になら、私の存在は感じられるようになっているはずよ」

「なるほど。で、どうして、急に俺の前に現われたんだ?」

「だって、恭也が危なかったんだもの」

「そう言えば、さっき助けてくれたのは織葉だったんだな。ありがとう」

「いいのよ、礼なんて。当たり前の事よ。
 本当は、もっと早くに前に現われて、色々と忠告とかもしたかったんだけどね。
 力が付いたのが、ここ最近だったから」

「そうだったのか。でも、何で急に」

「まあ、元々あなたの霊力は高かったからね」

「霊力? しかし、薫さんには殆どないと言われたんだが…」

「そりゃあ、そうよ。だって、あなたの霊力の殆どは、私に流れているんだもの。
 私は今まで、何人かの御神の者たちの前に現われているんだけれど、私を認識した者や、
 ましてや、実体化までさせるほどの者はいなかったわよ」

「ずっと、御神の者の守護霊をしていたのか」

「ちょっと違うわね。守護霊をしたのは、あなたが初めてよ。
 それまでは、御神全体を見守ってきたというか。まあ、そういった術を生前に施したからなんだけどね」

「術というのは? いや、その前に、どうして御神を」

「うん? だって、私も御神だもの。私の名前は、御神織葉って言うのよ」

「なっ!?」

「あれ? 言わなかったっけ」

「今、初めて聞いた」

「そう言われれば、そんな気もするわね。でも、神速を使ったって言ったんだから、それぐらい推測しないと」

「……そうか。思い出した」

「うん?」

「御神織葉。大よそ、400年程前に、そう言った名前の天才剣士がいたと、美影さんから聞いた事がある。
 御神始まって以来の天才にして、開祖と並ぶほどだったと。ただ、病弱だったため、若干、十八にしてこの世を去ったと」

「うーん、そっか。一応、名前は残ってたんだ、私って。いや〜、凄いわよね〜、私ってば」

「ああ。俺が聞いた人物と同一だと言うのなら」

「何よ、疑っているの」

「いや、そういう訳ではないんだが。どうも、昔の人という感じがしないから」

「それはそうよ。だって、霊なんだから、服装とかも自由に変えられるし。
 ずっと、この世を見てきたから、時代の変化に取り残される事もなかった訳だしね。
 あ、でも、容姿だけは変えられないから、昔、死んだときの姿なんだけれどね。
 ねえ、恭也の目から見て、私ってどうかしら?」

「……まあ、その、綺麗なんじゃないか」

「そう? ありがとう」

恭也の言葉にご機嫌になりつつ、織葉は話を戻すわねと言うと、続ける。

「うーんと…。あれ? 殆ど話し終えた? ひょっとして」

「まあ、大体の事情は。ただ、どうして、俺の守護霊になったんだ?」

「ああ、それはね…。本当に覚えてない?」

「何だ、俺が何かしたのか」

「いや、そうじゃないけれど。そっか、まだ赤ん坊だったから、覚えてないか。
 恭也はね、生まれて少ししてから、士郎に連れられて、本家へとやって来たのよ。
 そこで、私の事を見つけたのよ。
 びっくりしたわよ。今まで、私の事に気付いた者はいなかったのに、恭也には私が見えてるんだもの。
 試しに、あっちに行ったり、こっちに行ったりとしたんだけれど、視線はちゃんと後を追ってくるんだもの。
 で、私は思わず、恭也に触ったの。だって、赤ん坊の恭也、可愛かったんだもの。
 そしたら、恭也から力が流れてきたのよ。その時、分かったわ。
 あなたは、とても大きな力を持っているってね。
 だから、それまでずっとやってきていた御神を見守る事を止めて、あなたの守護霊になったのよ。
 でも、そのせいで、御神が滅ぶなんて……」

「……それは、別に織葉のせいではないと思う。
 例え、事前に織葉がその事に気付いていたとしても、伝える方法もなかったわけだし」

「そうなんだけれどね。って、湿っぽいのはやめ、やめ。
 えっと、で、恭也の守護霊になったのは、あなたなら最強の御神になるんじゃないかって思ったからかな。
 天才と言われた私を、越えるかもしれない可能性を持った子供。
 ね、ね、普通は興味を持つでしょう。本当は、私が指導してあげたかったんだけどね〜。
 幾ら、恭也から力の供給があったといっても、それまで浮遊霊に近かった私が、守護霊なんかになったせいで、
 力をかなり消費しちゃったのよね〜。いやー、まさか、半霊化すらできないとは思わなかったわ」

「もしかして、今まで見えてなかったのは…」

「うん。単に、私の力が減っていたから。でも、もう大丈夫よ。
 これからは、実体化も問題なくできるから」

笑顔で言う織葉に対し、恭也は少し俯く。

「しかし、俺はもう剣士としては…」

「だったら、右膝を使わない闘い方を学びなさい」

急に大人びた顔付きと口調で話し出す織葉に、恭也は思わず顔を上げる。

「あなたは、強くなりたいから剣を握ったの? ただ、人よりも強くなりたいから。
 違うでしょう。あなたは、守りたいから剣を取り、強くなりたいと思ったんでしょう。
 だったら、今の状態でも、更に強くなりなさい。諦めず」

「しかし…」

「大丈夫よ。この天才と言われた私が、これからは指導してあげるから」

「はい」

織葉の言葉に、恭也は頷く。
それを嬉しそうに眺める織葉の目はとても優しいものだった。
商店街に差し掛かった頃、恭也は思い出したように尋ねる。

「そう言えば、術というのは?」

「……ああ、それね。
 そっか、今の御神というか、近代に入ってからの御神は、小太刀を使った暗殺術の方しか残らなかったんだったわね」

そう呟くと、織葉は真面目な顔付きになり、恭也へと視線を向ける。
その顔は、先程までの無邪気なものではなく、剣士として、また、恭也に何かを教えようとする師としての顔だった。
知らず、恭也も顔を引き締める。

「御神の正式名称は知ってるわね」

頷くのを見て、織葉は続ける。

「永全不動八門一派。これは、御神小太刀ニ刀術、不破暗殺術、水翠一刀術、藤那無手術、
 御巫退魔術、宗像権謀術数術、神代護術、水郡隠密術の八つの事だったんだけれど、
 時代の流れと共に、御神、不破以外は無くなってしまったのよ。
 幾つかの技などは、御神や不破に吸収されたけれどね。で、当時の御神は、この八つを持って御神流と呼んでいたの。
 尤も、全てを修める事のできた者はいないけれどね。だから、それぞれの八門に当主が出来たって訳。
 そして、唯一の例外が、天才と言われた私という事よ」

「つまり、織葉は八つ全ての使い手という事か」

「そうよ。で、そのうちの一つ、御巫退魔術の秘奥義と神代の秘奥義の特性を合わせて、私は死ぬ間際に自身の魂魄を霊にしたの」

「二つの分家の秘奥義……」

「そうよ。まあ、その辺は良いじゃない。さて、他に聞きたい事は?」

「……いや、特にないな。仮に聞いたとしても、理解できそうにもない」

「それが賢明かもね。って、着いたわね」

立ち止まり、二人が見上げるのは、恭也の目的地でもある翠屋。
その佇まいを眺めながら、織葉は口元を綻ばせる。

「ああ〜、楽しみ♪ どんな味なんだろう。
 私が生きていた時代には、甘味と言えば、和菓子だったからね」

「ああ、そうだろうな。……って、食べるつもりなのか!?」

「当たり前じゃない」

「いや、霊体って、モノが食べれるのか?」

「別に食べなくても良いんだけれど、食べても良いじゃない」

「まあ、別に構わんが…」

そう呟いた恭也に、織葉は少し真剣な眼を見せる。

「それよりも、気付いてる?」

「ああ、さっきから後をつけて来ている事だろう」

「そう。気付いていたのなら、良いわ。
 まあ、恭也の友達だから、特に進言しなかったんだけれどね」

「また、何かくだらん発明でもしたのかと、こっちはヒヤヒヤものだがな」

「とりあえず、入りましょう」

そう言うと、織葉は恭也を引っ張って店の中へと入る。
その様子を物陰から窺っていた怪しい人影も、少し離れて付いて行くのだった。



店に入るなり、偶々、フロアに来ていた桃子と目が合う。
桃子は恭也の腕にしがみ付いている織葉を見ると、さも分かっているといわんばかりの笑みを浮かべて、

「いらっしゃいませ〜。恭也、アンタ、今日はバイトは良いからね♪
 で、で、こちらはどなた」

予想通りとは言え、あまりにも予想通りの展開に、恭也は疲れたような溜め息をこれみよがしに吐き出すが、
桃子には何処吹く風といった様子だった。
他の客の邪魔にならないよう、店長自ら、二人をテーブル席へと案内すると、じっと恭也と織葉を見る。
桃子の視線を受け、織葉は頭を下げる。

「織葉と申します、桃子さん」

「そう、織葉ちゃんって言うのね。って、私の名前は知ってるんだ」

「はい」

「そっか、そっか。うんうん、家族の事まで話すような仲なのね。うんうん。
 だったら、もう少し早く連れてきて欲しかったわ」

一人、納得する桃子を余所に、メニューをじっと見つめる織葉。
そこへ近づく、三つの影。
商店街の途中から後を付けていた忍と、恭也たちよりも先に来て、カウンター席に座っていた美由希と那美だった。
無言で近づいて来る三人を見て、桃子は恭也を肘で突っつく。

「恭也、後は任せたわよ」

「任せたって、何をだ」

「色々よ。とりあえず、織葉ちゃんを連れて、家にでも行きなさい。
 ここだと、お客さんの迷惑になるから。あ、因みに、ちゃんと忍ちゃんたちも連れて行くのよ。
 それと、私が家に帰るまで、織葉ちゃんを帰したら駄目だからね」

勝手な事を言うだけ言うと、桃子は愛想笑いを浮かべて奥へと入って行く。
そんな背中を眺めつつ、店の邪魔になる事はできないと、仕方がないと恭也は立ち上がる。

「織葉、とりあえず、先に家に行くぞ」

「ええ〜。折角、食べれると思ったのに……」

「ほら、さっさとしろ」

「わかったわよ〜」

ブツブツと文句を言いながらも、同じように席を立つ織葉。
そのまま、来た時と同じように恭也の腕と腕を組む。
大声を上げる美由希と那美を注意して、恭也は家へと向かう。

「織葉、腕を離してくれ」

「どうして?」

「まあ、色々とあるんだが、とりあえず、恥ずかしい」

「うーん、まあ、良いか」

素直に腕を解くと、織葉は楽しそうに歩く。

「いや〜、久し振りの実体だけれど、結構、霊体とは違うわね」

そんな事を言いながら、くるりと周ってみせる。
本当に楽しそうなその顔に、恭也もついつい頬を緩めるのだった。
高町家へと着くと、丁度、やって来た晶と玄関で鉢合わせし、リビングへと場所を移した所、レンとも出くわす。
こうして、今に至るのであった。





  ◇ ◇ ◇





「……と、まあ、大体はそんな所だな」

「つまり、織葉さんは恭ちゃんの守護霊なのね」

「同時に、あなたの遠い祖先でもあるのよ、美由希」

「確かに、そう言われれば、恭也さんとの間に、何か繋がりのようなものを感じますけれど…。
 ただ、こうして実体化されている現在では、全く普通の人と見分けが付きませんね」

織葉をじっと見つめていた那美が、そう零す。

「疑り深いわね。恭也、あなた、思ったよりも信用されてないみたいね」

「ち、違います」

織葉の言葉に、那美は慌てたように言う。
それを楽しそうに見ながら、織葉は立ち上がると、

「それじゃあ、証拠という訳じゃないけれど、見せてあげるわ」

言った瞬間、美由希たちの前から織葉の姿が消える。

「え、えっ?」

驚く美由希たちを前にして、恭也はただ不思議そうな顔をする。

「何を驚いているんだ?」

「何って、師匠。織葉さんが消えて…」

「織葉なら、ここに居るじゃないか」

そう言って恭也は自分の横を指差す。

「無駄よ、恭也。言ったでしょう。半霊化の状態なら、普通の人には見えないのよ。
 因みに、恭也は姿は見えるでしょうけれど、触れないわよ」

試しに、恭也は織葉へと手を伸ばす。
確かに、恭也の手は織葉の腕を掴む事無く、突き抜ける。

「でも、恭也だったら、私と同調…、えーっと、強く触ろうと念じながらなら、触れるわよ」

その言葉に従い、もう一度伸ばす。
すると、今度は確かに感触が伝わってくる。

「分かった?」

「ああ」

「で、そこの退魔士のお嬢さんに、そっちのお嬢さん。お嬢さんたちには私が見えてるわよね」

「はい。ちゃんと、見えてますし、言葉も聞こえますよ」

「ええ」

「言葉に関しては、……これで、全員に聞こえるでしょう」

「わっ! 織葉さんの声だけが…」

驚く美由希が大層気に入ったのか、織葉は楽しそうに笑う。

「で、完全な霊化状態になると……」

「「あっ」」

那美と忍が小さな声を洩らす。
美由希たちと同じように、完全に見えなくなったのだ。
恭也も同じだったが、那美たちとは違い、その姿を見る事は出来ないが、何となく居る場所を感じる事ができる。
そんな恭也の脳裏に、織葉の声が響いてくる。

『この状態だと、流石に言葉も聞こえないのよね』

「だが、俺には聞こえているが」

『恭也にはね。でも、他の人には聞こえていないわよ』

その言葉を肯定するように、他のものは織葉がいたであろう場所をじっと見ているだけだった。

「……っと、これで信じた?」

実体化して姿を現しながら、そう言った織葉の言葉に、全員が否応なしに頷くのだった。

「さて、全員が納得した所で、恭也、これから宜しくね」

「ああ」

この時、全員が同じ事を思っていた。
織葉に気に入られれば、恭也との仲を取り持ってもらえるかも、と。
しかし、当事者たる二人は、そんな邪な考えに気付かず、お互いに握手を交わしていた。
こうして、更に騒がしい日常が幕を開く事になるのだが、この時の恭也にそれを知る由もなかった。



かなりご機嫌で帰ってきた桃子が、事情を聞いてがっくりと肩を落とす事になるのは、もう少し後の事だった。






おわり




<あとがき>

と、まあ、こんなのが出来た訳だ。
美姫 「ちょっと変わった短編ね」
うん。何故か、恭也の守護霊が実体化したら……、とか思って。
で、どうせなら、ちょっと変わった設定にしちゃえって事で…。
美姫 「御神流のご先祖になったのね」
そういう事だ。
美姫 「短編は久し振りだったかしら?」
えーっと、多分、短編は久し振りかな。
さえ、久し振りに短編も書いたし…。
美姫 「じゃあ、他にも書くものがあったわよね。ほら、さっさとするわよ」
うぅぅ〜。分かってるよ〜。
美姫 「さて、それじゃあ、今回はこの辺で」
ではでは。





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