『リリカル もう一つの戦い』






住人が寝静まり返った深夜の高町家内にある道場での事。
ここに、今二つの影が向かい合って座っていた。

「さて、恭也」

「何、父さん」

その影の一つ、高町家の主高町士郎が静寂を破る。

「お前も気付いていると思うが、なのはの事だ」

「ああ、その事か」

「そうだ。少し前まで、深夜や早朝にたまに出掛けていただろう」

「最近はなかったと思ったのに、またたまに出かけているようだね」

「ああ。なのはが悪い事をしていないというのは、言うまでもなく信用している。
 それはお前も同じだろう」

士郎の言葉に恭也はすぐさま頷く。
それに関しては、疑う余地もない程信用しているのだ、二人とも。
だから、士郎がこれから語ろうとしている事は、その辺りの話ではないだろうと検討を付ける。

「多分、その前の件とも関係があるかもしれないし、ないのかもしれない。
 どちらにせよ、なのはが何も言わない以上、それを聞くつもりはない。
 だが、危険な事ではあるかもしれん」

そこで言葉を一旦切ると、そっと目を閉じる。
いよいよここから本題かと思われる雰囲気が流れる中、士郎は閉じていた目をそっと開ける。

「そこで、当分の間なのはが出掛ける際には、俺かお前が後を付ける事にする」

「いや、ちょっと待て! なのは自身が何か言ってくるまでは干渉しないんじゃないのか」

「表向き、はな。だが、よく考えてみろ恭也。
 もし、なのはに何かあってみろ。お前はそれでも良いのか」

「むぅぅ」

士郎ほど親ばかではないにしろ、恭也もまた充分すぎるぐらいになのはには過保護なのだ。
そして、そんな二人だけで話し合っている以上、結論は既に出ていると言っても差し支えはないだろう。



二人がそんな相談をしてから数日後。
途中で合流した恭也と士郎は完全に気配を消してなのはの後を尾行…、もとい、
二人風に言うのならば、心配のあまりこっそりと見守っていた。
そして、そこで二人は信じられない光景を目にするのだった。

「……父さん、あれは何だと思う」

「あー、俗に言う魔法というやつじゃないのか。
 それよりも、恭也。なのはが今使ったのって」

「あー、父さんの言葉を借りて言うと、魔法だな」

「「…………」」

呆然と空を見上げつつ、恭也と士郎はビルの屋上へと上る。

「所で、さっきから俺たち以外の気配を感じないんだが」

「ああ、同感だ恭也。これは恐らく、ほら、何だ。
 結界とか言うやつじゃないのか」

「結界? ああ、よく漫画とかである関係のない人間は入れないという」

「ああ」

「…なら、どうして俺たちは入れているんだろうな」

「……気にするな。こっちの方が都合が良いんだし」

「確かに。まあ、察するに俺たちは初めからなのはへと意識を向けていたから、結界に弾かれなかったって所か」

「おおう、何やら賢そうだぞ、恭也」

「褒めてないだろう」

「っと、お喋りはお終いだ。屋上に出るぞ」

何十階という階数を話しながら上ったにも関わらず、息一つ切らさずにそう注意する士郎に、
これまた息を切らしていない恭也は頷いて応じる。
静かに扉を開き、上空を見詰める。

「……なあ、恭也」

「何だ」

「カメラ持ってきてないか」

「ある訳ないだろう、そんなもの」

「くぅぅ。目の前になのはのあんな可愛くて凛々しい姿があるというのに、それを残す手段がないなんて。
 こうなったら、記憶に刻み込んで」

流石にここまで親ばかだったかと思わず身を引きつつ、恭也は上空の戦いを見る。
少し離れた所では、なのはの友達として紹介されたフェイトも戦っている。
その相手は剣を持ち鎧に身を包んだ女性で、恭也はその剣さばきに目を見張る。

「中々の使い手みたいだな」

そう呟いた恭也の言葉は、しかし、士郎の悲鳴じみた声でかき消される。

「煩いな…」

「貴様! うちの娘に何をする!」

見れば、なのはが同じ年ぐらいの女の子に吹き飛ばされていた。
士郎は憤怒の表情で相手を睨み付けると、恭也へと顔を向ける。

「いけ、恭也! 行ってなのはを救え!」

「いや、距離的に無理があり過ぎるだろう。
 ざっと見積もって、直線距離で15、いや、20メートルだぞ」

冷静に切り返す恭也の肩に手を置くと、士郎はあくまでも真剣な顔付きで語る。

「恭也。御神流は何かを守るときに、その真価をはっきするんだ。
 お前なら出来る」

「いや、どう考えても無理だろう」

「……根性なしめ」

「根性の問題ではないだろう。大体、落ちたらどうするんだ!」

「息子と娘では、態度が変わるもんなんだよ男親という奴はな」

「いや、変わりすぎだろう。というか、間違いなく死ぬんだが」

恭也の言葉を聞き流しがら士郎は何事か考え込み、何かを思いつく。

「恭也、内部にダメージを与える徹があるだろう」

「ああ。御神の基本の一つだな。それが…」

尋ね返しつつ、どうせろくでもないことだろうと身構える恭也に、やはり士郎はとんでもない事を言い出す。

「あれをダメージを半端に残して撃つとどうなると思う?」

「どうもこうも、本来内部へと浸透させるエネルギーが外部へと逃げて、徹本来の威力は半分も出ないな」

「ああ。だが、外部に出たエネルギーにより、対象物を吹き飛ばすという事は可能だな」

「冗談とは聞かん。正気か?」

「当たり前だ。よし、やるぞ。俺が撃つから、お前は良い感じで吹き飛べよ」

「阿呆か! その方法で吹き飛んでも精々が5メートル。
 どう考えても10メートル以上も足りないだろう。ましてや、相手は上空だぞ。
 重力を考えろ!」

「大丈夫だ。御神に負けはない」

「勝ち負けじゃない上に、分が悪すぎる賭けにすらなってない。
 しかも、かかっているのは俺の命だぞ!」

「なに、気にするな」

「するわ!」

二人が言い争っていると、その上空に一人の男の子、ユーノが現れる。
咄嗟に物陰へと隠れる二人だったが、ユーノは二人に気付いて声を掛ける。

「えっと、ここはちょっと危険なので離れてください。
 すぐに戻れますから。それと、出来ればこの事は忘れて…」

「貴様! 一体、どこの馬の骨だ! なのはとどういう関係……もごがぁもぎゅっ」

叫んで飛び出そうとした士郎を押さえ込むと、恭也はユーノへと話し出す。

「うちの父がすまないな。すぐに立ち去るから」

「えっと、ひょっとして士郎さんと恭也さんですか」

「俺たちを知っているのか」

驚いて姿を見せる恭也と士郎。
そこへ、アルフがやって来る。

「ユーノ、そんな所で休んでないで、さっさとなのはの所に行きな。
 私はフェイトの援護に行くから」

行ってすぐに飛び立ったアルフは、恭也たちの事に気付かなかった。
困ったように恭也を見るユーノに、恭也は簡単に事情を説明する。
それを聞き、苦笑するユーノだったが、なのはなら大丈夫と告げる。
その言葉と、先程見たなのはの戦いを見て恭也は頷く。
これはなのはの戦いなのだと。
所が、ここにいるもう一人はそうは思わなかったのか、いや、違う事を思ったのか、
いつの間にか恭也の腕から抜け出して、ユーノの背後に立っていた。
しかも、抜き身の刃をその首に突きつけて。

「おい、父さん。その子はなのはの味方みたいだぞ」

「分かっている。だがな、俺は今、信じらん事を聞いてしまったんだ」

「何を…」

真剣な士郎の表情に恭也は目の前の少年が味方ではないのかと言葉を飲み込むと、士郎が話し出すのを待つ。
それ程待つ事もなく、士郎は話し出す。

「ユーノというのは、なのはが連れて来たフィレットと同じ名前だな。
 これは偶然か? 正直に話せば命だけは助けてやろう」

士郎はなのはがこの少年と同じ名前をペットに付けたと思い、
ならばその少年はなのはにとってどんな人物なのか確かめようと尋ねた。
しかし、実際に殺気を当てられて命の危険を感じたユーノは正直に、自分がそのフィレットだと告げる。
途端、士郎の殺気が膨れ上がる。

「お前、前に桃子となのはと一緒に風呂に入ったな」

「あ、ああああ、あれはむりや…」

「入ったな」

「は、はははい」

「そうか。……ふぅ。今すぐ死ね!」

今正に振り下ろされようとした士郎の腕を、恭也が鋼糸で絡め取る。
その隙にユーノは走り出すと、恭也の後ろへと隠れる。

「恭也、お前もそいつの味方をするのか」

「落ち着け、父さん。相手はまだ子供だぞ」

「そんな事、知るか」

「怒りで完全に我を忘れているか……」

「きょ、恭也さん、ボクは一体どうしたら…」

「正気に戻るまで逃げるしかないが…」

呟く恭也の視線の先で、なのはが大きな爆発で吹き飛ばされる。
その音を聞き、士郎はすぐに後ろを振り向くと、そのままフェンスを乗り越えてなのはへとジャンプする。
しかし、その距離は裕に50メートルはあり、当然ながら士郎の伸ばした手は届かず、
それどころか誰にも気付かれずに地面へと落ちていく。

「バカか」

舌打ちしてフェンスを乗り越えると、恭也は士郎へと鋼糸を投げる。
しかし、鋼糸で届く距離に既に士郎はおらず、まっさかさまに落ちていく。
もう駄目かと思ったその時、士郎の身体がふわりと浮かび上がり、そのまま元いた屋上まで戻ってくる。
驚きつつ見れば、ユーノの足元に魔法陣が浮かび上がっており、これがユーノのお陰だと分かる。

「ありがとう、ユーノ」

「いえ。このままだとなのはが悲しみますから」

言いながらも士郎からちゃっかりと距離を取るユーノに苦笑しつつ、恭也は士郎と向かい合う。

「父さん。なのはが絡んだとしても、もう少し、本当にもう少しで良いから後先を考えてくれ」

「うっ。咄嗟だったんだから仕方ないだろう」

流石にバツが悪そうに言う士郎だったが、すぐにその目がユーノを捉える。
思わず身を震わせるユーノへ、士郎が優しい声音を出す。

「ユーノくん、さっきの件はなかった事にしてあげよう」

「ほ、本当ですか?」

「なかったもなにも、命を救われたんだから…」

思わず呟いた恭也の言葉など聞かなかった事にして、士郎はユーノへと話し掛ける。

「その代わり、だ。俺も飛べるようにならんか。
 思うように飛べるだけで良いんだ」

「それぐらいなら、簡単なデバイスに予め飛翔の魔法だけを組み込んでれば。
 でも、魔力がないと…」

「そうか、そうか、出来るか。なら、それを二つくれ。
 それでチャラだ。どうだ?」

どうだと言いつつも、その目は獲物を狙う鷹の目で、断った瞬間に襲い掛かる気満々だった。
という訳で、ユーノは仕方なくその要望を飲むのだった。





  ◇ ◇ ◇





深夜の高町家。
場所は以前同様に道場内。
これまた以前と同様に二人の男が向かい合い、その間に二つの何かが置かれる。

「これは?」

「デバイスとか言ってたな。まあ、早い話がこれで俺もお前も空を飛べるわけだ。
 勿論、ユーノくんには口外無用としっかりと言っておいたから安心しろ」

「何を安心するんだ。というか、俺のもか!?」

「当たり前だ。それと、これを」

言って目元を隠すマスクをどこからか取り出して渡す。

「で、これは?」

「俺たちの正体を隠すためだ」

きっぱりと言い切る士郎に、恭也は冷めた眼差しも向けるのだった。
それから数日後、再びなのはが戦いを繰り広げるのを眺めながら、
恭也は士郎に引っ張られて来た際に無理矢理着せられた服装を見下ろす。

「はぁー。何を考えているんだ、あの人は」

そうぼやくも、なのはがピンチになるや士郎の後をすぐに追って飛び出すあたり恭也もあまり責めれないのだが。

みつあみにした少女、ヴィータの攻撃がなのはへと降りそそぐ。
まるで矢のように尾を引き五つの弾がなのはへと迫る。
完全に態勢を崩したなのははそれを躱す事が出来ないと悟ると、シールドを出現させようとする。
しかし、それよりも先に何かが飛来してその五つ全てを叩き落す。

「誰だ、 邪魔しやがるのは!」

突然の邪魔者にヴィータは眦を吊り上げてそちらを見遣る。
同様に、なのはもその先を見詰める。
そこには、マントを羽織り、目を覆い隠す仮面を付けた二人組みがいた。

「えっと、ありがとうございます」

とりあえず、なのはは助けてくれたらしい人物へと礼を言う。

「いえいえ、礼に及びませんよ。可愛いお嬢さんを助けるのは当然の事ですから」

「あれ? あのー、失礼ですけれど何処かで会った事ありませんか?」

「いえいえ、初対面ですよ、可愛らしいお嬢さん」

「うーん、何処かで聞いたことがあるような」

そう言って考え込むなのはを見ながら、士郎は声を変質させる機能も付け加えさせようと考えていた。

「んな事より、誰だよお前ら」

そんなやり取りを打ち破るように、ヴィータが二人を睨む。
同時に手に魔力を集める。

「どっちにしろ、邪魔するのならお前らも!」

言ってなのはへ攻撃したのと同じものを二人へと向けて放つ。
しかし、二人はそれを簡単に避けると、あっという間にヴィータの懐へと飛び込む。

「おいたが過ぎる子にはちょっとお仕置きが必要だな」

士郎はヴィータの杖を掴むと、そのまま力任せに放り投げる。
そこへ、シグナムが合流してきて、ヴィータを受け止める。

「大丈夫か、ヴィータ」

「当たり前だ! だけど、あいつら可笑しな格好しているくせに中々やる」

「そうか。なら、今度は私が相手をしよう」

「そっちの騎士の相手は俺がさせてもらおう」

言って恭也は小太刀を抜く。

「ほう、面白い」

空中で恭也とシグナムが対峙するのを見詰めるなのはの前に、士郎がやってくる。

「何処か怪我はしてないかい」

「いえ、大丈夫です。でも、どうして助けてくれたんですか」

「それは勿論、君が可愛いからだよ。
 ここはお、私たちに任せて、少し休んでいるといい」

「でも…」

戸惑うなのはの元にフェイトがやって来ると、士郎と向かい合う。

「なのは、大丈夫だった」

「うん、この人が助けてくれて」

敵か味方か判断出来ずにいるフェイトの耳に、金属同士がぶつかり合う音が届く。
見れば、上空ではシグナムが目の前の男と同じような格好をした男相手に剣で戦っていた。
その素早い動きに、流れるような仕草、それらにフェイトは思わず見惚れる。

(単純に剣の腕では仮面の男の方が上。でも、シグナムには魔法が…)

そう思った瞬間、シグナムが男と距離を取り、剣から炎を生み出す。
上下左右前後から逃げ道を塞ぐように迫る炎の帯に、しかし男は躊躇わずに前へと出る。
腕を背中へと回すと、そこからもう一本小太刀を抜く。

「二刀流だと!?」

驚くシグナムに構わず、恭也はニ刀を素早く振るい、炎に僅かな隙間を作り出すと、そこへと身を飛び込ませる。
すぐさまその隙間は閉じるが、恭也は既に炎を抜けてシグナムへと迫る。
それを手にした剣で受け止める。

「ふっ。まさか、あのような方法で切り抜けるとはな」

シグナムは恭也を押すと、後方へと飛んで距離を開ける。

「今日はここまでにしておこう。仮面の剣士よ、私の名はシグナム。
 闇の書の守護者、ヴォルケンリッターの将。
 お前の名は?」

そう訪ねるシグナムへ、恭也ではなく士郎が答える。

「ただの通りすがりの者だが、とりあえず俺は仮面の剣士一号と、そして、そっちは二号と名乗っておこうか」

「それはかなり嫌な名前だな、おい」

「そうか。では、次に会った時は決着を着けよう、仮面の剣士二号」

「…頼むから、その名で呼ばないでくれ」

やけに疲れた様子で肩を落とす仮面の剣士二号、もとい恭也の仕草に、なのははまたも既視感を覚える。
が、それが何か像を結ぶ前に士郎の声によってかき消される。

「それでは、我々はこれで。可愛いお嬢さん方、また機会があればお会いしましょう」

言ってマントを翻すと、二号の襟を掴んでそのまま夜空へと消えていくのだった……。



後日、道場に呼び出したユーノへと士郎が何やら注文をつけているのを目撃した恭也だったが、
何も言わずにその場を足早に立ち去ったのは言うまでもない。
勿論、だからと言って、参加せずにいられるはずもなく、
今日も今日とて怪しげなマントを纏った二人組みは、夜の街を羽ばたくのだった。







おわり




<あとがき>

……はっ!
お、俺は何をしていたんだ。
美姫 「そんな事を言っても、誤魔化せないわよ。
    何よ、このお馬鹿なSSは」
ふっ、記憶にございません。
美姫 「で通じるか!」
いてててっ! いや、ほら、たまにはちょっと羽目を外して…。
美姫 「ったく、これじゃあ士郎が可笑しな人みたいじゃない」
違うぞ、それは。ただ単に、人よりもかなり親ばかというだけだ。
美姫 「あ、そう」
まあ、これはこれとして。
美姫 「はいはい」
じゃあ、この辺で。
美姫 「まったね〜」







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