『リリカル恭也&なのは』






プロローグ 「物語はいつも知らないうちに」






鬱蒼と木々が生える林の中、一人の少年が息も荒く立っている。
薄く差し込んでくる月光にその姿を浮かび上がらせ、油断無く周囲を窺う少年の耳に、前方から微かな物音が届く。
少年が気付くと同時、少年が見据えた先の繁みより、丸い物体が飛び出す。
全身を剛毛に覆われ、その瞳を紅く輝かせたソレは、鋭い牙の立ち並ぶ口を大きく開けて少年へと向う。
その生き物の姿形は、地球上のどんなものにも分類できるようなものではなかった。
しかし、それを見据える少年の目には、それに対する疑問も、ましてや恐怖さえもなかった。
少年は手に握り締めた小さな紅い球を指先で持つと、手をソレへと掲げ上げる。
少年が翳した手の前の空間に、光り輝く壁が現われ、今まさにに少年へと噛み付かんとしていたソレは弾かれる。
壁に弾かれ、地面へと叩きつけられたソレは、この場から逃げ去るようにそのまま繁みの奥へと姿を消す。
その後ろ姿を力なく見詰めながら、少年は力尽きたように地面へと崩れ落ちる。
少年の掌から、先程まで握り締めていた紅い球が転がり落ち、少年の頭元に転がる。
と、少年の姿がぼんやりとした輝きに包み込まれていく。

「駄目だ……。魔力がもう……」

光が収まると、そこには先程いたはずの少年の姿はなく、フェレットに似た小動物がその身を丸めていた。
その頭元には、あの赤い球が転がっており、一瞬だけ輝く。
フェレットは力なく頭を持ち上げると、すぐに力尽きたかのように、地面へとその身を横たえる。
薄れゆく意識の中、不特定の誰かへと声に出さずに呼びかけながら、意識を手放した。



 ∬ ∬ ∬



何処とも知れない、まるで洞窟を思わせるような風景が広がる場所。
ただ、天然に出来上がったものではない事は、ローブにマントという出で立ちをした女性が立つ、
綺麗に整えられた足元の床を見るとすぐに分かる。
ローブの女性は冷ややかな眼差しに何の感情も込めず、自らの先で膝を着く一人の女性を見下ろす。
ローブ姿の女性の視線の先では、十代半ばと思われる茜色の長く美しい髪の女性が息も絶え絶えに視線だけは鋭く、
自分を見下ろしてくる女性を睨み返す。
その若い女性の頭には、ふさふさとした毛並みをした、何か犬科の獣特有の形をしている耳があり、
そして、同様の毛並みで覆われた、力なく床へと垂れている尻尾からすると、純粋な人ではないのかもしれない。

「全く、主人が主人なら、その使い魔も駄目ね。
 全然、躾がなっていない。
 そうね、貴女が居るだけであの子の魔力を微々たるものとはいえ使う以上、今ここで取り除くのも良いかしら」

天気の話でもするように、さらりと本人へと確認するかのように呟く。
勿論、始めから答えなど期待していないのだろう、ローブの女性は唇を笑みの形に持ち上げる。

「でも殺してしまっては、あの子にも気付かれるわね。
 仕方ないわね。二度と、減らず口が叩けなくなるように、永遠の眠りをあげるわ。
 決して死ぬことはないけれど、目覚めることもないね。
 全く、リニスも面倒な事を置いていったわね」

「あの子の事だけじゃなく、リニスの事まで馬鹿にするのか、アンタは!」

それまで膝を付いていた獣耳の女性は床を蹴り跳躍する。
天井すれすれまで飛び上がると、そのまま拳をローブの女へと振り下ろす。
しかし、それは女の目の前に突如現れた障壁の前に阻まれる。

「ぐぅぅぅ」

障壁に激突し、拳がそれを打ち破ろうと震える。
それをうんざりとした瞳で睨み返しながら、女は軽く腕を振る。
すると、何かに弾かれたように女性の体が後方へと吹き飛ぶ。
空中で体を回転させ、何とか足から着地するものの、すぐに膝を着き、片手は胸の下、あばらと押さえ、
もう片手は地面へと着き、口の端からは血の筋がすっと流れている。
それでも、その瞳に宿る闘志だけは最初と変わらぬまま、女性は女を睨み付ける。
それが気に喰わないのか、女は馬鹿にするように鼻を一つ鳴らす。

「もう反抗はお終い? その手に握ったデバイスで反撃の一つもあるかと思ったのに。
 尤も、リニスが作った失敗作では大した力もないでしょうけれどね」

「失敗作なんかじゃない! リニスが、あの子の役に立てるようにって作ってくれたものだ!」

「そう。だったら、やっぱり失敗作じゃない。
 誰にも起動できないのだから。多分、何処かで設計を間違えたのね。
 まあ、最初の方に作ったものだからしょうがないのでしょうけれど、やっぱり使えない奴だったわ」

小馬鹿にした言葉にぎりぎりと歯を食いしばり、飛び出そうとする体を必死で押さえ込む。
考えもなしに飛び掛れば、また同じ事になると分かっているか。
懸命に堪えていた女性だったが、女がリニスだけでなく、女性の主まで貶めるような言葉を口にした時、
女性の頭の中にはさっきの出来事は綺麗に消え去っており、低い姿勢で女へと詰め寄る。
それを冷ややかに見下ろしながら、女はしてやったりと言う笑みを浮かべて、右腕に握る杖を横へと振るう。
鈍い輝きを放つ球が五つ浮かび上がり、女性へと飛ぶ。
それを女性は拳で叩き落しながら女へと迫るが、叩き落した球が軌道を変えて再び襲い掛かる。
またしても後方へと吹き飛ばされ、壁にぶつかって止まる。
さっきよりもダメージが大きいのか、起き上がることも出来ずにただ視線だけを女へと向ける。
最早、満足に動けないだろうと踏んだ女は、気だるげに手を持ち上げ、力を集め出す。
それを見た女性は、両掌を床へと向け、苦しげながらも何やら呟く。
女性の呟きに応えるように、その周りに淡い光で描かれた四重円が浮かび上がり、
外側の二つの円と、内側の二つの円、それぞれの間に様々な文字が浮かび上がり、その円周上を回る。
外側の二重円の内側には、二つの四角形が内側の二重円を囲むように浮かび上がり、それぞれ逆方向へと回転する。
女の掌から放たれたエネルギーの放出とほぼ同時に、女性もその行動を終える。
残った力を振り絞り、最後の一言を呟く。
同時、耳をつんざく爆音が狭い空間に起こり、もうもうと煙が辺りに立ち昇る。
ようやく煙が収まる頃には、さっきまでそこに居たはずの獣耳の女性の姿は何処にもなかった。
女はそれにさしたる感慨も抱かず、ただその獣の耳をした女性が先程まで横たわっていた場所に、
さっきまではなかった人一人が通り抜けられるような穴を見詰めて、静かに呟く。

「逃げたのね。まあ、良いわ」

それっきり興味を無くしたのか、女はマントを翻すと、この場を立ち去る。
後には、ただ静寂のみが残された。



 ∬ ∬ ∬



ローブの女の攻撃から逃れた獣耳の女性は空中、──どうやら、この女性が居た所は空中にあったらしく、
女性が落ちてきたと思われる所には、大きな城が浮んでいる──を落下しながら、そっと目を閉じる。

「駄目だ。あたしの力じゃ、あの子を救えないよ」

自分がこのまま地面に激突するかもしれないという事は考えていないのか、獣耳の女性の脳裏には、
大事なたった一人の主の顔だけが浮んでいた。
しかし、よく見ると、少女が落下する先には地面などなく、何処までも何もない空間があるのみ。
いや、落下する先だけでなく、辺り一体が何もない空間となっている。
何もない空間に、女性が落ちてきた城があるといった感じだった。
それがなければ、どちらが上で下かも分からないような空間を、女性は落ち続ける。
ただ主の事だけを考え、その為に出来得る限りの事をしようと誓いながら、
落ち行く身で女性は懸命に祈るのだった。



「「お願い、誰か助けて!」」



その声にならない祈りが届いたのは、果たして偶然なのか、必然なのか。
別々の場所で紡がれた願いは、しかし、まるで何かに呼び寄せられるように一つの地へと収束する。
運命の歯車が、ゆっくりと回り始め、祈りを聞く者が待つ街へと。





つづく、なの




<あとがき>

ってな訳で、リリカルマジカル始まります!
美姫 「やっとのスタートね」
だな〜。
美姫 「でも、まだまだ序章ね」
確かに。
美姫 「次回からいよいよ動き出すわよ〜」
次回、サムライボーイ、マジカルガール、第一話「ここは何処? 江戸時代?」
乞うご期待!
美姫 「ほほう、本当に書くのね?」
嘘です、ごめんなさい。
美姫 「ったく。何気に作品のタイトルまで変わってるし」
あ、あははは〜。えっと、それじゃあ、美姫ちゃんお願い。
美姫 「仕方ないわね。次回、リリカル恭也&なのは…」
第一話「が〜る み〜つ まじっく、ぼ〜い み〜つ び〜すと!?」
美姫 「それは、不思議な出会いがもたらした素敵な物語」
近日アップ! (…予定)
美姫 「そんなこんなで、また次回〜」







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