『リリカル恭也&なのは』






第1話 「が〜る み〜つ まじっく、ぼ〜い み〜つ び〜すと!?」






梅雨も近づきつつある六月の上旬。
その日、高町なのはは親友であり、同じ三年星組の月村すずかとアリサ・バニングスと寄り道をして遊んでいた。
日が傾き出した頃、二人と別れてなのはは一人で公園内にある林道を家路へと向かう。
その折、なのはは誰かに声を掛けられたような気がして足を止めて辺りを見渡す。
しかし、辺りには人影など見当たらず、なのはは気の所為かと歩き出そうとして、再び声を聞く。
決して、気のせいではないという確信が何故か湧き、なのはは何となくこっちだろうと思う方へと歩き出す。
あれっきり声は聞こえてはこないが、なのはは迷う事無く、鬱蒼と生い茂る草木を掻き分けて進んで行く。
やがて、少しだけ開けた所へと出る。
なのはは制服に付いた葉っぱなどを払い落としながら、辺りを見る。
と、地面に横たわる一匹のフェレットを見つけて駆け寄る。
何処か怪我でもしているのか、フェレットは息はしているものの、動く素振りを見せない。
なのははそっとフェレットを抱き上げると、両手で落ちないように気を付けながら走り出す。
と、その衝動で気が付いたのか、首を少しだけ持ち上げてなのはを見るフェレット。
なのははフェレットに笑いかけながら、「大丈夫だよ」と声を掛けると更に急ぐ。
向かう先は、兄の交友関係で知り合った獣医の元だった。
その獣医、槙原動物病院でフェレットの具合を聞き、それが軽いものだと知ってほっと胸を撫で下ろす。

「とりあえず、今日はうちで預かっておきますね、なのはちゃん。
 明日からどうするかは、なのはちゃんが決めて良いから。
 飼えないようなら、うちで飼い主が見付かるまで預かるし」

「はい、ありがとうございます」

獣医である愛にそう言われ、なのはは礼を言うと帰宅するのだった。



 ∬ ∬ ∬



その日の夜、なのはは桃子へと話を切り出す。

「ねえ、お母さん、お願いがあるんだけれど」

「うん? なあに? なのはがお願いなんて珍しいわね」

そう言ってなのはが用件を切り出すのを待つ。
なのはのお願いに興味があるのか、全員がなのはへと視線を向ける中、なのはが切り出す。

「うん。今日、学校の帰りに怪我をしたフェレットを拾ったの。
 それで、飼い主さんが見付かるまで、うちで飼っても良い?」

「フェレット?」

なのはの言葉に問いで返す桃子の横で、恭也が諭すように言う。

「仮にもうちは飲食店を経営しているからな……」

「店の方には連れて行かないようにするから」

「家の中で毛が付いたりするだろう」

「……まあ、その辺りは私たちが気を付けるという事で良いじゃない、恭也」

「別にかーさんがそれで良いのなら、俺は構わないよ」

「よね。アンタって、とことんなのはに甘いから」

「そんな事はない」

「いや、充分あるって恭ちゃん」

「師匠、ひょっとして自覚してなかったんですか」

「お師匠はなのちゃんには甘いですよ」

口々に言われて憮然とするが、それを打ち払うようになのはへと視線を向ける。

「ちゃんと世話をするんだぞ」

「うん。ありがとう、お兄ちゃん」

「礼なら俺じゃなくてかーさんに言え」

そう言うと恭也はそそくさとこの場を後にする。
それを見て、美由希たちは顔を見合わせて笑うのだった。



深夜、恭也たちが鍛錬に出て暫くした頃、なのはは不意に目を覚ます。
夕方に聞いた自分を呼ぶ声が再び聞こえてきたのだ。
始めは寝ぼけ眼で気のせいかと思っていたが、はっきりと聞こえてくる声になのははベッドから身を起こす。

≪お願い、助けて≫

「誰? 誰なの?」

≪君は? この声……。ひょっとして、夕方の女の子? 僕の声が聞こえるの?≫

「聞こえてるけれど、わたし、あなたに会った事あるの?」

≪覚えてない? ほら、助けてもらった……≫

「助けたって…………。まさか、あのフェレット!?」

助けたで思い浮かぶのが他になく、なのはは半信半疑で言うが、返って来た返事は肯定だった。

「ま、まあ、くーちゃんも話せるし、意外と多いのかな。
 何か、わたしの周りで今までの常識が崩れていく気が……。
 あ、でも、一番身近なお兄ちゃんからして、常識から外れてるんだし……。
 こう言うのを何て言ったかな。確か、授業でやったよね。
 えっとえっと、そうそう、類は友を呼ぶってやつだ」

現実逃避なのか、本人が聞いたら落ち込みそうな台詞を呟いて何とか平静を保つなのは。
しかし、この時のなのははまだ知らない。
自分がこれから、もっとも常識とかけ離れた現実と対峙する事となり、
その為に常識ではない力を手にすることを。
ともあれ、なのはは何とか心を落ち着かせると、再び声へと問い掛ける。

「助けてって、どうしたの?」

≪奴が、奴が来るんだ!≫

「奴? 奴って?」

≪ああっ!≫

なのはの言葉には答えず、かなり切羽詰った声を上げるフェレットに、
何を感じたのか、なのはは手早く着替えると家を出る。
兄や姉とは違って運動は少し苦手ななのはは、息を乱しながらも何とか槙原動物病院へと辿り着き、
そこで信じられないものを見る。
扉が開いたまま、ただ開いたのではなく、大きな力で無理やり吹き飛ばされた跡に驚きながら、
ゆっくりと門を潜る。

「お、お邪魔しま〜す」

少し場違いな言葉を発しつつ敷地内へと踏み入ったなのはの耳に、何かが倒れる音、
次いで、ガラスの割れる音が聞こえる。
その音の発生源へと、外を周る形で向かったなのはの目に、またしても信じられないものが飛び込む。
なのはが運び込んだフェレットが窓から外へと飛び出し、
その後を追うように全身毛むくじゃらの物体が飛び出して、ブロック塀にぶつかる。
ぶつかっただけでなく、ブロック塀を壊す。
その光景に呆然となるなのはの前に、あのフェレットが飛び込んでくる。

「来てくれたの?」

さっきまで頭の中に聞こえてきたのとは違い、はっきりとフェレットの口から言葉が発せられる。
しかし、それに驚く事もなく、寧ろ、フェレットの後ろに見えるモノに驚いて尋ねる。

「う、うん。それよりも、あれは何!?」

「あれはジュエルシードが、この世界の生物に取り付いたものなんだ」

「ジュエルシード?」

初めて聞く単語に疑問を浮かべるなのはだったが、それに対する返答は鋭い注意の声だった。

「あぶない!」

「えっ? わっ! わわっ」

フェレットの声に正面を見れば、その毛むくじゃらが襲い掛かってくる所だった。
なのはは転ぶように尻餅を着く。
その頭上を毛むくじゃらが通過して行くのを見て、
なのははすぐに立ち上がると壊れたブロック塀から逃げ出す。
その後を、例の毛むくじゃらが追いかけてくる。

「わ〜、追いかけてくるよ〜」

「えっと、そう言えば君の名前を聞いてなかった」

「こ、こんな時に〜。えっと、なのは!」

「分かった、なのは。僕はユーノ。僕の声が聞こえたという事は、君には魔法の資質があるって事なんだ」

「ま、魔法!?」

「そう。僕はこの世界に散らばったジュエルシードを探さないといけないんだけれど、
 その為になのはの力を貸して欲しいんだ」

「そ、そんな事を急に言われても……。
 それに、そのジュエルシードって、あの化け物の事なんでしょう」

「それは、なのは危ない!」

ユーノの言葉になのはは頭を下げる。
その頭上をまたしても毛むくじゃらの化け物が通過していき、なのはの行く手を塞がんと立ちはだかる。
すぐさま踵を返して走り出す。
その脳裏に先程追い越して着地した化け物の足元で地面が陥没したのを思い出す。

「このままだと、街のあちこちに被害が……。
 ねえ、ユーノくん。わたしに魔法の力があるから協力して欲しいんだよね」

「そうだよ」

「もし、力を貸したら、あれを止めれるの?」

「うん。逆にあれを止めないといけないんだ。
 もしかして、力を貸してくれるの?」

「うん。このままだと、街が大変な事になっちゃうし。
 いつもいつも、お兄ちゃんに守られているわけにはいかないから」

恭也の事だから、事情を知れば何とかしようとするだろう。
でも、流石の恭也もアレの相手は無理だろうとなのはは考えて決意する。
そんななのはの胸中など知らず、ユーノは首に掛かっていた紅くて小さな球を前足で器用に挟んで渡す。

「これは?」

「それはレイジングハートといって、インテリジェントデバイスだよ」

「え、えっと、インテリジェント…………なに?」

「それは良いから、今から教える呪文を唱えて」

「うん」

「我、使命を受けし者なり。契約のもと、その力を解き放て」

「……我、使命を受けし者なり。契約のもと、その力を解き放て」

なのははユーノに教えられた呪文を唱えていく。

「風は空に、星は天に、そして、不屈の心はこの胸に。
 この手に魔法を。レイジングハート、セットアップ!」

≪Stand by ready. set up≫

なのはの呪文に応えるように、レイジングハートが眩い光を爆発的なまでに放つ。
その光から目を逸らしながら、ユーノはなのはの持つ魔力の膨大さに驚きを隠せない様子だった。

「す、凄い。何て魔力なんだ……」

「…………うぅぅ」

しかし、光はなのはの身を包んだまま、何の変化も見せない。
知らず呻き声を洩らすなのはに、ユーノの声が飛ぶ。

「なのは、落ち着いて思い描くんだ。君が扱うレイジングハートの形を。
 そして、その身を守る防護服を」

「……形。そして、防護服…………」

ユーノの言葉に反応するように、なのはの頭の中でイメージが形作られていく。
それがしっかりとしてくると、レイジングハートが大きくなり、杖の形を取り出す。
同時に、なのはの体を白い装束が包み込んでいく。
光が収まった時、そこには杖を手にした白い防護服に身を包んだなのはが居た。
そこへ、先程の化け物が襲い掛かる。

「きゃああぁ」

咄嗟に杖を前に差し出すなのは。
すると、杖から声が響く。

≪Protection≫

なのはの前に幕のようなものが現れ、化け物を弾き飛ばす。
吹き飛んだ化け物を見てユーノがなのはへと指示を出す。

「なのは! あの思念体を停止させるには、レイジングハートで封印をするしかない」

「そ、そんな事を言われても……」

「大丈夫。レイジングハートの声を聞いて」

「レイジングハートの声…………」

目を閉じ、レイジングハートと心を通わせる。
自然と腕が動き、口が動く。

≪Sealing Mode. Set up≫

杖が少しだけ変化し、そこへ再三、化け物が突っ込んでくる。
それを静かに見据え、なのははレイジングハートを振りかざす。

「封印!」

≪Stand by ready. sealing≫

レイジングハートから数本のリボンのようなものが伸び、化け物の体を絡め取っていく。
徐々に動きを鈍くしていき、最後には完全に動きを止める。
と、その体がぼやけたかと思うと、完全に消え失せ、そこにはひし形をした小さな宝石だけが残る。
宝石は、そのままレイジングハートに吸収されるように消えていった。

≪Receipt No.XXI≫

化け物の姿が消えたことでほっと胸を撫でおろすなのはの前で、レイジングハートが元の小さな宝球へと変わり、
服も元の通りに戻る。
そこへ、ユーノの嬉しそうな声が飛ぶ。

「凄いよ、なのは! 初めてだっていうのに、こんなに」

「あ、あははは。わたしはただ、レイジングハートが教えてくれたようにしただけだから」

「レイジングハートが? やっぱり、なのはの魔力はかなり…………」

「それよりも、さっきの宝石がジュエルシードなの?」

「え、あ、うん、そうだよ…………」

何か考え事をしていて返事が遅れる。
そんなユーノへと手を差し伸べながら、なのはは笑顔を見せる。

「どれぐらい出来るか分からないけれど、頑張るからこれから宜しくね、ユーノくん」

「こちらこそ」

なのはの手を、腕を伝って肩に止まったユーノも改めてなのはへとお願いするのだった。



 ∬ ∬ ∬



翌日、既に家に居たフェレットに少なからず桃子は驚きつつも、
なのはに会いに夜中に来たという言葉をすんなりと受け入れる。
そして、件のユーノはといえば……。

「あーん、可愛い〜。ほら、ユーノ、こっちおいで〜」

「ユーノ、ほらご飯だぞ」

「って、阿保か晶! フェレットにねこまんまやってどないするねん」

「んだと。じゃあ、何をやれば良いんだよ!」

「んなもん、うちが知るかいな!」

「てめー、自分が知らないくせに、なに偉そうに!」

「こら、二人とも、ユーノが驚くでしょう。
 それに、ほら。どうやら、食べてるみたいだし」

珍しく美由希が二人を止めながら、足元で美味しそうに食べているユーノを指差す。
その光景に晶とレンも争うのをやめて、目を細める。
桃子も同じようにその光景に目を細める中、恭也が静かに席を立つ。

「皆、ほのぼのとしているのは構わないが、時間は良いのか?」

恭也の言葉に全員が慌てて時計を見て、急いで学校へと行く準備を始める。

「ほら、なのはもそろそろ準備をしないと」

「うん」

恭也の言葉に返事を返すと、なのはは鞄を手にする。

「行ってきます」

「ああ、俺も今から出るから、途中まで一緒に行くか」

「うん」

久しぶりに兄と一緒に途中までとはいえ、登校するのが嬉しいのか、なのはは笑顔で答える。
ドタバタと家の中で騒がしく人の行き交う音を聞きながら、恭也となのはは揃って家を出る。
バス停までなのはと一緒に歩いていると、後ろから近づいてきた車が二人を少し追い越してから止まる。
後部座席の窓が開き、そこから二人の女の子が顔を見せる。

「なのは〜、おはよ〜」

「おはよう、なのはちゃん」

元気良く挨拶するのは、日本人離れした顔立ちをした少女、アリサ・バニングス。
そして、少し控えめに挨拶をするのは、風芽丘学園で恭也と同じクラスにして席まで隣、
恭也の親友、月村忍の従姉妹の月村すずかだった。
忙しい両親に代わり、忍の家で預かっているらしい。

「おはよう、アリサちゃん、すずかちゃん」

二人に挨拶を返すなのはの横から、恭也も二人へと声を掛ける。

「おはよう、アリサ、すずかちゃん」

「おはよう、恭也」

「おはようございます、恭也さん」

アリサは車の扉を開けるとなのはに乗るように促し、なのはも車へと乗り込む。
そんな三人に恭也が、窓越しに声を掛ける。

「それじゃあ、三人ともちゃんと授業を受けろよ」

「それは恭也の方でしょう」

苦笑しながらそう言うアリサに、恭也も苦笑を浮かべながらすずかを見る。

「忍の奴か?」

「え、ええ。忍お姉ちゃんが言ってました」

少し困ったように言うすずかに、すずかは悪くないよと笑い掛ける。

「そうそう、悪いのは、寝ている恭也なんだから」

「まあ、それを言われると返す言葉もないがな。
 と、あまり喋っていると遅刻してしまうな」

「あ、それもそうね。それじゃあ、私たちも行くわ」

「ああ」

ゆっくりと動き出す車を見送ると、恭也は自分も学校へと向かうべく歩き出す。
歩いている途中で、恭也は不意に誰かに呼ばれた気がして足を止める。
だが、周囲には誰もおらず、普通なら気のせいかと思うところだが、何となく、
本当に何となく、恭也はそのまま角を曲がって、裏路地へと入る。
そして、そこで大きな四本足の獣を見つける。
茜色の毛並みをし、尻尾の途中からは白くなっているその生き物は、大型犬のようにも、狼のようにも見える。
何処か怪我をしているのか、地面に横たわったまま動こうとはしないそれを見て、恭也の躊躇う事無く近づく。
近づく恭也に気付いたのか、顔をのそのそと上げると、低い唸り声を上げる。

「落ち着け。すぐに病院に連れて行ってやるから」

そう言うと、恭也の言葉が分かったのか唸るのを止めて大人しくなる。
もしくは、最早、そこまでする力もないのかもしれないが。
恭也がその身体をそっと抱き上げると、ぐったりと腕の中で意識を失う。
それを見て、恭也は槙原動物病院へと急ぎ足で歩くのだった。
途中、地面が陥没して遠回りをさせられたりしたが、何とか無事に辿り着く。

「どうしたんだ一体」

槙原動物病院に着いた恭也が最初に洩らした言葉はそれだった。
それもそのはずで、ブロック塀は壊れており、門も少し歪んでいる。
中はここからでは分からないが、見える範囲で小さな庭のようになっていた個所は、
何かが暴れたかのように荒れており、どうやらガラスも幾つか破れているみたいだった。

「あ、槙原さん。泥棒でも入ったんですか」

丁度、中から出てきた愛へと恭也は尋ねる。
それに愛はのんびりとした笑みを浮かべて答える。

「それが全く分からないのよ。朝来てみたら、もうこんな状態で。
 警察に連絡したんだけれど、何も取られていないし。
 昨夜、この近くでガス管か何かが爆発したみたいで、同じような事がここでもあったんじゃないかって」

「ああ、そう言えばここに来る途中、回り道をさせられましたよ」

「そうなの。じゃあ、本当にこの近くだったのね。
 でも、お預かりしている動物たちに何もなくて良かったわ」

と、そこまで言って愛は少し顔を曇らせる。

「ごめんなさい、恭也くん。
 後で、ちゃんとなのはちゃんにも謝りに行くつもりなんだけれど、昨日預かったフェレットが、
 何処にも見当たらないの。多分、逃げ出したんだと思うけれど……」

本当に申し訳なさそうに謝る愛に、恭也は連絡をしていなかったのかと小さく呟く。

「そのフェレットでしたら、家に居ますよ。
 どうも、昨夜の内になのはの元へ来たらしくて」

「あら、そうなの。良かった〜。あ、怪我とかはしてなかった?」

「ええ、怪我とかはしてなかったですね。今朝もご飯を食べてましたから」

「そう。だったら良かった」

ほっと胸を撫で下ろし安心する愛だったが、次いで不思議そうな顔をする。

「それで、恭也くんはどうしてここに?」

「実は、この子を診てもらえないかと」

言って抱えていた犬を愛へと見せると、すぐさま愛は状態を見る。

「うん。大きな怪我はないわね。小さな傷だから、簡単な手当てで大丈夫。
 後は、多分疲れているのね。怪我の手当てをするから、中へ」

「はい、お願いします」

中へと入ると、色んな物が散乱しており、結構酷い状態だった。
それでも無事だったベッドへとそっと寝かせると、愛は手早く薬を塗り、包帯を巻いていく。

「後は目が覚めたら、何か食べるものをあげれば大丈夫ね。
 うーん、この子、犬かしら? 狼にも見えるんだけど……」

「まさか。狼がこの辺をうろちょろなんてしてませんよ」

「そうよね。ちょっと見たことがないタイプだけれど、犬よね。
 で、この子は恭也くんの家の子?」

「いえ、通学途中で見つけて、怪我をしているようだったので」

「ふふふ。高町さんの所は、皆優しいのね。
 昨日はなのはちゃんで、今日が恭也くん。明日は美由希ちゃん辺りが来るのかしら」

「そうそう怪我をした動物を見つける事はないですよ、流石に」

愛の言葉に苦笑めいた笑みで答えつつ、恭也は散らかっている物を拾う。

「ああ、良いわよ恭也くん」

「ですが……」

「大丈夫だから。後で耕介さんが来てくれるって」

「ああ。それなら、大丈夫ですね」

「ええ。だから、恭也くんは早く学校に行った方が良いわよ。
 ほら……」

言って愛が指差す時計を見て、恭也は溜め息を洩らす。

「もう遅刻決定ですね」

「そんな事ないわよ。ここからなら、100メートルを3秒で走れば、ぎりぎり間に合うわよ」

「それは既に無理の領域ですよ」

「そうかしら? 恭也くんなら出来そうだけれど」

「俺を何だと思ってるんですか」

愛の事だから、決して悪気があって言っているわけではないと分かっているので、恭也はただ肩を竦める。
そんな恭也に愛は笑顔を見せながら、眠っている犬の首筋を撫でる。

「それで、この子はどうする?
 もしかしたら、飼い犬じゃないかもしれないし」

「えっと、とりあえず飼い主を探そうかと思います。
 もし居ないようなら、誰か貰い手がないか」

「それが良いですね」

恭也の答えに愛は嬉しそうな笑みを見せると、ふと思いついたことを口にする。

「アリサちゃんなら、欲しがるかもしれませんね」

「確かに、アリサは犬好きですからね。でも、既に10匹ほど飼ってますからね。
 まあ、どうしても駄目だったら、最後に聞いてみます」

「じゃあ、この件は恭也くんに任せますね」

「ええ。それじゃあ、俺はこれで。帰りに一度寄りますから」

「はい、分かりました。それじゃあ、いってらっしゃい。
 お勉強頑張ってくださいね」

「はい、いってきます」

愛の言葉に苦笑しながらも返事を返すと、既に遅刻確定となっている学校へと向かうのだった。



 ∬ ∬ ∬



放課後、真っ直ぐに槙原動物病院へとやって来た恭也は、中へと入る。
朝の惨状が嘘のように綺麗に整頓された部屋を見渡し、流石だなと感心することしきりの恭也に、
愛が微笑を浮かべながら、裏庭へと恭也を連れて行く。
裏口を抜けてすぐに見える木の根元に、朝方恭也が連れてきた犬が寝転がっていた。
足音に気付いたのか、耳をピクピクと動かすと、ゆっくりと顔を上げる。
愛は犬の前に座り込むと、隣の恭也を犬へと紹介するように話し掛ける。

「この人が、あなたをここに連れてきてくれたのよ。
 ちゃんと感謝してね。それじゃあ、恭也くん、私はまだ患者さんが待っているから」

「はい」

愛が中へと入るのを見送ると、恭也も屈み込んで犬の頭をそっと撫でる。

「大した怪我じゃなくて良かったな。
 とりあえず、お前の行き先が決まるまでは、
 ここで世話になる事になるだろうから、いい子にしてるんだぞ」

恭也の顔をじっと見詰める犬に、恭也は困ったような顔を見せる。

「とりあえず、何と呼んだら良いのかが分からないな。
 もし、誰かに飼われていたんなら、勝手に名前を付ける訳にもいかないし。
 かと言って、名前がないままというのもな」

≪アルフ。あたしの名前はアルフだよ≫

「アルフか、いい名前だな。俺は恭也だ。宜しくな」

≪よろしく。って、私の声が聞こえてるの?≫

「ああ、聞こえているぞ。…………って、お前喋れるのか!?」

≪アンタ、反応が遅くないかい?≫

「悪かったな。それはそうと、何か頭の中に直接聞こえてくるんだが……」

≪念話って言うんだよ≫

「って、別に目の前に居るのはアンタだけだから、普通に喋っても問題ないね」

「普通に喋れるんなら、始めからそうしてくれ」

「悪かったよ。まさか、聞こえるなんて思わなかったし、普通、この世界の人間はもっと驚くだろう」

「まあ、人によりけりだろうな。だが、喋れるんなら、話が早いな。
 お前の飼い主は誰だ? 遠いようなら、連れて行ってやるが」

「無理だよ。さっきもちょっと言っただろう。
 この世界って。つまり、この世界とは違う世界に居るんだ。
 それに、あのババァがきっと会わせてくれない」

「……難しい事は分からないが、込み入った事情があるみたいだな。
 なら、元の場所に戻れるまで、どうする? 期間にもよるが、愛さんに頼めば、ここに居られるし」

「いや、やることがあるんだ。……って、アンタ、どうして私を見つけれたんだ?
 あそこは、あまり人が来るような場所には見えなかったけれど。
 それとも、この世界ではああいった場所は普通に人が訪れるもんなのか?」

「いや、あまり通るような場所ではないな。
 ただ、何かに呼ばれたような気がしてな。それで、行ってみたんだ。
 今にして思えば、その念話というのに似ていたか」

「…………恭也、ひょっとして魔法を使える?」

「いや。この世界には魔法なんて…………、まあ、なくはないのかもしれないが。
 兎も角、俺は使えないな。使い方を知らないし」

「……でも、あの時の声を聞いたって言うんなら、可能性はあるのかも」

「どうかしたのか?」

俯いて何事か考え込むアルフの様子に、恭也はどこか痛むのか心配そうに声を掛けるが、
アルフは首を横に振ると、恭也を見上げ、切羽詰った声を上げる。

「お願いだから、あの子を助けるのに、力を貸して!」

「かなり深刻な話のようだな。まあ、こうして知り合ったのも何かの縁だ。
 俺で力になれるのなら、構わないが。一体、何をすれば」

「あいつを倒したら、あの子が悲しむ。でも、それだと……。
 そうだ。恭也、ジュエルシードを探すのを手伝ってくれよ」

「ジュエルシード?」

「そうさ。青い色をしたひし形の宝石。
 魔法科学で生み出された結晶体で、持ち主の望みを叶える力があるって言われているんだ。
 あの女は、それを集めさせようとしているから、それを集めていけばきっと」

「つまり、探し物を手伝えば良いんだな」

「そう。手伝ってくれる?」

「ああ、それぐらいだったら」

「あ、ありがとう」

笑みを見せる恭也に、アルフは嬉しそうに尻尾を振りながら礼を言うと、
身体の毛の中から何かを取り出し、口に咥えて恭也へと差し出す。
恭也はそれを受け取ると、しげしげと見詰める。
鈍い銀色のわっかに白い宝石みたいなものが付いたそれを手に持ち、恭也はアルフへと視線を転じる。

「これは?」

「それは、お礼の代わりだよ。
 というより、ジュエルシードを集めるには、力が絶対に必要になるはずだから。
 その為の力を、リニスから貰ったそのデバイスをアンタにあげるよ。
 私には使えそうもないから」

「別に礼はいらないが」

「良いから、持っておいて。私には使えないけれど、もしかしたら恭也には使えるかもしれないから。
 あの子を助けるには、多分、それの力が必要になるし」

「分かった。そういう事なら。
 だが、これを使うとは?」

「ああ、それはインテリジェントデバイスといって…………」

言葉途中で区切ると、アルフは彼方を見詰める。

「これは……。ジュエルシード!? 恭也、付いてきて!」

言うなり走り出したアルフの後を恭也は慌てて追いかける。

「おい、一体どうしたんだ」

「さっき話していたジュエルシードの波動を捉えたんだよ」

「そういう事か」

恭也は納得したのか、アルフの後に付いて走る。
恭也たちが辿り着いたのは、八束神社の奥、いつも恭也たちが鍛錬をしている場所だった。

「ここにあるのか?」

「…………来る!」

アルフがいうと同時、何か黒い靄が恭也へと襲い掛かり、恭也は咄嗟に後ろへと飛ぶ。
同時に、飛針を取り出して投げつけている。
しかし、それらは靄に簡単に弾かれ、近くにあった木の幹へと突き刺さる。

「霊!?」

「違うよ。あれがジュエルシードさ。
 正確には、その思念体って所」

「あんなのの回収か。で、どうやって回収するんだ」

「勿論、倒してだよ」

言って飛び掛るアルフだったが、怪我が痛むのか僅かに動きが鈍る。
靄はアルフを弾き飛ばすと、一番無防備だと思われる恭也へと向かう。
身構える恭也だったが、反撃できずにただ攻撃を躱すだけ。
アルフは強く身体を打ちつけたのか、未だに起き上がれずに居る。
と、恭也がアルフへと視線を向けたその瞬間に、靄が広がり覆い被さるように降りてくる。

「しまった!」

まさか、そんな攻撃が来るとは思っていなかった恭也は、可能な限り後ろへと下がるが、
木にぶつかって動きを止める。
恭也へと靄が迫った瞬間、恭也の左腕に付けられた先程の腕輪から声が発せられる。

≪Let's ask it.  your mastering?≫

「はぁ?」

いきなり聞こえた言葉に、恭也は素っ頓狂な声を上げてしまう。
尚も同じ事を聞いてくる腕輪に向かい、恭也は木の後ろへと回り込みながら答える。

「何を言っているのか分からん。日本語を話せ」

≪I see. Language change.
 これで宜しいでしょうか、御主人様≫

「ああ、それなら分かる。しかし、その御主人様はやめてくれ」

≪では、マスターで宜しいですか≫

「っ! 何でも良いから、用件を言え!
 今、結構忙しいんだ」

襲い掛かってきた靄の攻撃を紙一重で避けつつ怒鳴る恭也に、腕輪は淡々と続ける。

≪マスター、戦闘モードに移行します。
 初めての変更ですので、マスターの扱いやすいものをイメージしてください。
 後、防護服を≫

「よく分からんが、イメージすれば良いんだな」

言ってイメージしようとした恭也の脳裏に、腕輪からのイメージが伝わる。
恭也と腕輪のイメージが一つに重なっていく。
その光景をアルフは呆然と眺める。

「本当に、使えるなんて……。
 これで、あの子を助けやすくなるよ」

アルフが見守る先で、光に包まれていた恭也の姿が浮き上がってくる。
と、そこを靄が先端を鋭くして武器のように伸ばしてくる。

「危ない!」

アルフの言葉に、しかし恭也は落ち着いたまま腕を振るう。
途端、靄が消し飛ぶ。
恭也の右手に握られた剣によって。

「……魔法の杖が剣の形状に!? 何て滅茶苦茶!」

思わず叫ぶアルフの目の前に、恭也が降り立つ。
膝よりも下まで裾のある黒いコートめいた上着の下には、これまた黒い服。
右手に握られた剣の鍔部分には腕輪にあった白い宝石が鈍い光を放っており、
左腕は手首から肘までを鎖が巻き付いている。
恭也は静かに目の前に迫る靄を見据えると、口を開く。

「とりあえず、魔法とは良く分からないが、人に害なすというのなら斬る!」

「行くぞ、グラキアフィン」

≪はい、マスター。拘束≫

恭也の言葉に白い宝石が答える。
向かって来る靄へと左腕の鎖を伸ばすと、鎖は左腕に巻き付いていた時よりも長く伸びる。
どうやら、恭也の意思で何処までも伸びるようで、靄をぐるぐる巻きにして行く。

≪封印準備完了≫

宝石の声に応えるように恭也は靄の頭上へと跳ぶと、そのまま剣を一閃させ、縦に真っ二つにする。
靄が断末魔の悲鳴を上げて消え去った後には、XXという文字が刻まれたジュエルシードが浮いていた。
恭也は言われなくても知っていたのかのように、剣をジュエルシードに触れさせる。

≪ジュエルシード ナンバー20、封印完了≫

ジュエルシードが白い宝石へと吸い込まれると、恭也はさっきまでの服装に戻っており、
剣や鎖も消えて、左腕には腕輪が嵌っていた。

「恭也、デバイスを使えたね」

「ああ、何とかな。ともあれ、これで回収は終わりだな」

「ああ、ようやく一つ目だよ」

「…………はぁ? ちょっと待て。
 そのジュエルシードというやつは、何個もあるのか?」

「そうだよ。全部で、21個。って、言ってなかったっけ?」

「聞いてないな」

「あははは〜、ごめんよ。でも、手伝ってくれるんだろう」

不安そうに見詰めてくるその瞳に、恭也は肩を竦める。

「仕方がないだろう。乗りかかった船だからな。
 最後まで、協力するよ」

「ありがと〜、恭也〜。あんた、いい奴だよ〜」

アレフは嬉しそうに恭也へと飛びつくと、その顔を舐めます。

「ははは、分かったから落ち着けって」

恭也もアルフの頭を撫でながら、これからまた大変な日々が続くのかと、そっと空を見上げる。
そんな恭也の内心を知ってか、グラキアフィンが一度だけ輝くのだった。



その後、アルフを連れて家へと帰った恭也は、玄関でたまたまばったりと会った桃子と美由希が、
自分の背後を気にしているのを見て、今のうちにと説明する。

「恭也、そちらは……?」

「拾った。家で面倒を見たいんだが、良いか」

「拾ったって、アンタ。それに面倒って、そっちの子はそれで良いの?」

「ああ、本人もそれで良いと言っているしな。
 しかし、何を驚いているんだ。確かに大きいけれど、誰彼構わずに噛み付くような奴じゃないぞ。
 なあ、アルフ」

言ってアルフがいる方へと振り返った恭也は、そこで動きを止めてしまう。
何故なら、そこにはアルフではなく、獣特有の耳を頭に、お尻に尻尾を付けた女性が立っていたからだ。

「な、だ、誰だ、おま……」

「今更、何を言ってるんだい、恭也」

「って、まさか、アルフか」

小声でアルフへと確認を取る恭也に、アルフは頷いてみせる。

「そうだけれど……。って、そうか。
 恭也はこっちの姿は初めてだったね。
 こっちは人型で、さっきまでのは獣タイプ。まあ、犬型って所かな」

「つまり、お前はあの犬型と人型二つの姿を持っていると」

「そうだけれど? それがどうかしたの?」

可愛いらしく首を傾げるアルフに、恭也は背筋に寒いものを覚える。

(すると何か。俺はこいつを拾ったと…………)

呆然となる恭也の前で、動きを止めていた美由希がようやく声を出す。

「い、いやぁぁぁ! きょ、恭ちゃんが、恭ちゃんがぁぁっ! 恭ちゃんが犯罪者にぃぃぃっ!」

「とりあえず、声が大きい」

言って美由希を黙らせると、アルフへと恨めしそうな視線を飛ばし、その腕を掴んで角へと消える。

「さっさと犬型になってくれ」

「えっ? どうして」

「頼むから」

必死に頼む恭也の姿に何を感じたのか、アルフは言われたとおりに犬型になる。
そのアルフを連れて、未だに混乱している桃子と美由希に、さっきのは違うと必死に説明するのだった。





つづく、なの




<あとがき>

一話をお届け〜。
美姫 「これで、恭也となのはの出会いは終わりね」
だな。さて、いよいよ次からは…。
美姫 「ってな訳で、また次回〜」
おいおい。
美姫 「って事で、アンタはさっさと書く!」
シクシク……。
美姫 「それじゃ〜ね〜」
ではでは。







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