『リリカル恭也&なのは』






第4話 「たまには、こんな日常も」





薄暗い部屋。
まるで城壁を思わせるような壁に、部屋の中央に置かれたろうそくの炎によって作られた影が躍る。
影は全部で二つ。
一つの影は両腕を高く上げた形で揺らいでおり、もう片方の影はその前に立っている。

「……お母さん」

両腕を高く上げた、いや、その手首には手枷が嵌められており、そこには天井よりぶら下がった鎖が付いている。
強制的に腕を上げさせられた格好の少女は、ぼろぼろの衣装を身に纏い、やつれた顔で目の前の女性へと目を向ける。
少女に母と呼ばれた女性は、その顔を僅かに歪めると、右腕を上げる。
その手に握た鞭を、目の前の小さな少女へと手加減もなしに振り下ろす。
皮が皮膚を叩く乾いた音が部屋に響く。
少女は悲鳴をぐっと堪え、小さく呻くのみ。
その身体には、いつからこのような仕打ちを受けていたのか、縦横無尽に走る鞭の跡が。
最早、自分の足で立つこともままならないのか、
少女は天井より降りる鎖にその身を預けるように身をぐったりとさせ脱力していた。
それでも、ローブを纏った女性は更に鞭を振るう。
身体に鞭が振るわれるたび、少女は小さく身体を跳ねさせる。
痛々しいそんな姿にも、女性は顔色一つ変えずにひたすら鞭を振るう。

「まったく。分かっているの?」

「……わ、分かっています」

返事した途端、首筋から肩へと鞭が振り下ろされる。
止まる事無く振るわれる鞭に、少女は逃げることも叶わずただされるがままに打たれる。
ようやく手を止めた女性は、少女の綺麗な金髪を無造作に掴むと引っ張り上げ、下がっていた顔を無理矢理上げる。
その瞳を正面から覗き込み、女性はその口を開く。

「だったら、こんな所でもたもたしてないで、早く母さんの願いを叶えて」

「で、でも、アルフが……」

初めて。少女が初めて反論するような言葉を吐き出した瞬間、女は少女の頭を放り出すように突き放す。
そして、その身体に足に腕に、鞭を振るう。
息も絶え絶えといった感じの少女の顎を掴んで、またしても顔を上げさせる。

「良いかい。あの犬は、アンタに愛想をつかして出て行ったんだよ。
 もう居ないんだよ。分かったら、さっさと契約を解きなさい。
 そして、私の為にロストロギアを手にいれて来るんだよ」

「……はい。ロストロギアを探しに行って来ます。
 でも、アルフとの契約は……」

「好きにおし。あんな犬、私にはどうでも良いこと。
 その代わり、しっかりと働くんだよ、フェイト」

女の言葉に、フェイトと呼ばれた少女は小さく頷く。
同時に、その手を拘束していた手枷が外れ、フェイトはそのまま床に倒れ込む。
そこへ言葉を掛けるでもなく、女は背を向けると部屋を後にする。
その間、女は一度も少女を振り返ることもなく、気遣う様子すら見せなかった。
やがて、ゆっくりとその身を起こすと、フェイトはふらつく身体を引き摺るようにして、部屋を出て行く。



 ∬ ∬ ∬



朝、もぞもぞとベッドから起きだしたなのはは、まだ寝ぼけ眼で部屋を出る。

「おはよう、なのは」

「おはよ〜、お兄ちゃん〜」

たった今、なのはを起こした恭也に挨拶をしてフラフラと頼りない足取りで下へと向かう。
その横を、こちらは元気にユーノが駆け下りていく。
それを苦笑を浮かべて見ながら、恭也はなのはの後ろに付いて歩く。
左へふらり。右へふらり。また左。今度は右。
わざとやっているのかと言いたくなるぐらい、なのははフラフラと左右に身体を揺らしながら歩く。
流石に階段はこれではまずいと思い、恭也が呼び止めようと声を掛けたのだが、
振り返るのと同時に、左足をまさに階段へと踏み出そうとしていたなのははそのまま転げ落ちる。
いや、落ちそうになる。
そこは恭也がしっかりと受け止め、大事には至らなかった。
ただ、恭也にお姫様抱っこされる形となったなのはは、その温もりと安心感からか、
更なる睡魔に襲われるように、目を閉じる。

「こら、なのは。いい加減に起きろ」

「うにゅ〜。おはよ〜ございましゅ〜」

「ああ、おはよ。さっきも挨拶はしたがな」

「ほら、いい加減にしゃきっとしないか」

「うぅぅ。なのははまだ眠いのです〜」

「なのは」

「洗面所までお願いします〜」

「……はぁ〜。洗面所までだからな」

「はいぃぃ」

半分寝ぼけながら返事を返すなのはを、改めてちゃんと抱えると恭也は下へと降りて行く。
リビングを通り、洗面所へと向かう恭也へ、桃子が声を掛ける。

「良いな〜、なのはは〜。ねえ、桃子さんにもやって〜」

「年を考えろ」

「失礼ね! もっと他に言いようがあるでしょう!」

「……ふむ。重いから嫌だ」

「あ、あんたって子は〜」

「あまり騒ぐとなのはが起きる」

「ああ、ごめん。って、起こさなきゃ、まずいでしょうが」

「む、そうだったな」

恭也の言葉に苦笑を見せると桃子は肩を竦める。

「ほら、さっさとお姫様をお連れしてあげて。
 朝食の方は、晶ちゃんがもう用意し終わっているんだから」

「了解。ほら、なのは」

「はい〜」

うとうとしているなのはを軽く揺さ振り、恭也は洗面所へと連れて行く。
その背中を眺めつつ、美由希たちは揃って苦笑を浮かべる。
その顔は、如実に恭也がなのはに甘いからな〜と物語っていた。



高町家のリビング。
ようやく目を覚ましたなのはも席に着いて、皆で朝食を取る。
暫くは無言で箸が進んでいたが、不意に恭也が左隣に座るなのはへと話し掛ける。

「所でなのは。ここの所、幾らなんでも目覚めが悪いんじゃないのか?」

「にゃっ。そ、そうかな?」

「ああ。あまり夜更かしはしないようにしろよ」

「う、うん」

恭也と美由希が鍛錬に行っている間にこっそりとジュエルシード探しを行っているなのはは、
やや引き攣った笑みを浮かべながら頷く。
別に毎日夜遅くに探している訳ではなく、普段は学校帰りなどにやっているのだが、
昨夜はたまたま、夜遅くまで探していたのだった。
だからこそ、今日は起きるのが辛かったのだが。
やや俯き加減になったなのはを助けるように、美由希が話題を変えようと向かい側に座るフィアッセに声を掛ける。

「そう言えば、フィアッセ新曲できたんだよね」

「うん。テープをなのはに渡しておくから、後で皆の分、ダビングしてもらってよ」

「ありがとう。どんな曲なんだろう」

ちょっとわざとらしいかなと横目で隣に座る恭也を見遣る美由希に、恭也は特に気付いた風もなく話に加わる。

「そうか。もうすぐコンサートだったな」

「うん。初めてママと一緒の舞台にね。本当は、もっと早くに実現するはずだったけれどね。
 ここに来て、ようやくだよ」

「そうか。確か、ここ海鳴から初めて、世界中を周るんだったな」

フィアッセが歌えなくなった理由を知っている恭也はさりげなく話題を変える。
それに対し、フィアッセも頷く。

「うん。だから、皆とも暫くは会えなくなるけれどね。
 でも、ちゃんと連絡は入れるようにするからね」

「そうか。それじゃあ、歌のレッスンもいよいよ本格的になるんだな」

「うん。ごめんね、桃子。お店の方、手伝う時間が減っちゃうけど」

「なに言ってるのよ。フィアッセは歌手なんだから、そんなの当たり前じゃない。
 お店の事は気にしないで、フィアッセはフィアッセにしか出来ない事をしなさい」

「うん。ありがとう、桃子」

「それにしても、世界中を巡るCSS卒業生によるコンサートですか。
 何か凄いですね、師匠」

「ああ」

「しかも、お師匠。これが、チャリティーコンサートいう事ですから」

レンの言葉に恭也だけでなく、美由希たちも感心したように頷く。

「まあ、何にせよ、またフィアッセの歌が聴けるというのは嬉しいな」

恭也の言葉に嬉しそうに、やや照れの混じった笑みを浮かべるフィアッセだった。



 ∬ ∬ ∬



「それじゃあ、いってきます」

晶やレンが先に行き、それから少しして恭也と美由希、なのはが家を出る。
三人で道を歩きつつ、やはり話題は知らずコンサートの事となる。

「あ、那美さんも誘ってみよう」

「まだ先の話だというのに、気の早い」

「でも、フィアッセがチケットをくれるからといって、ギリギリに言ったらやっぱり無理じゃない」

「確かにな」

「くーちゃんも一緒に連れて行ってあげようよ」

「いや、流石に狐は……」

なのはの言葉に美由希が苦笑を零すが、なのははにっこりと笑う。

「だから、人型になってもらえば良いんだよ」

「あ、そっか」

「いや、それはそれで問題があるだろう」

恭也の言葉に、納得した美由希も何でと首を傾げる。
そこへ、恭也はやや重々しく口を開く。

「幾ら人型になっても、あの耳や尻尾はそのままだからな。
 先日、それで酷い目にあった」

何処か遠い目をして語る恭也に、その言葉の内容をもの凄く聞きたくなる美由希だが、
その背中が何も聞くなと言っており、ぐっと堪える。
そこへ、なのはが無邪気に言う。

「大丈夫だよ。だって、くーちゃんは小さいから、そんな格好していても大丈夫だって。
 それに、皆始まったら、気にしないと思うけれどな。ねえ、駄目かな?」

恭也の手を握り、上目遣いで尋ねるなのは。
それを横で見ていた美由希は、心の内で勝負ありと告げる。
そして、その結論は間違いではなかった。

「……まあ、良いだろう。別に気にしなければ良いだけの事だしな」

やっぱりと思いつつも口には出さず、美由希は違う事を口にする。

「忍さんも誘ってあげたら、恭ちゃん」

「忍をか? そうだな。
 確か、椎名さんのファンだと言っていたしな」

「じゃあ、私はアリサちゃんやすずかちゃんも誘おう」

嬉しそうに言うなのはの頭に手を置き、歪んでいたリボンを直してあげる。
礼を言うなのはの後ろから、車のクラクションが小さくなり、三人の横で止まる。

「おはよう、なのは、恭也、美由希」

「おはよう、なのはちゃん。
 おはようございます、恭也さん、美由希さん」

窓が開いてたった今話していたアリサとすずかが顔を出す。
それに挨拶を返すと、なのははその車に乗り込む。

「それじゃあ、いってきますお兄ちゃん、お姉ちゃん」

「ああ、いってらっしゃい」

「いってらっしゃい、なのは」

兄と姉に見送られ、車が走り出す。
その車内でなのはは二人をコンサートに誘い、礼を言われる。
同じく、恭也も忍を誘った所、既にチケットが予約で取れなかったらしく、かなり感謝される。
ただ、その感謝を表す態度として、教室で抱きつかれたのには少々困ったが。
恭也もなのはも、ジュエルシードの回収を忘れているわけでは決してない。
しかし、それだけという訳でもなく、普通に日常の生活も送っていく。
ともあれ、今日は平穏に時が流れて行く。
こんな日もあるのだった。





つづく、なの




<あとがき>

さて、今回はジュエルシード探しはお休み。
いや、お休みというよりは、反応がなかったという所か。
美姫 「ともあれ、日常ね」
そうそう。
ジュエルシード探しは、学校から帰ってからと、
なのはは恭也たちが鍛錬している間。
恭也は鍛錬後だからな。
美姫 「流石に学校のある平日に遠出は無理だしね」
そういう事だよ。
美姫 「所で、コンサートはまだやってなかったのね」
だな。忍、那美、レンに関しては済み状態だが。
まあ、忍や那美に関しては、過去編としてやるから、本編では触れてないんだけれど。
美姫 「すずかちゃんやアリサが絡んでくるのよね」
おう! と、今回はここまでだな。
美姫 「それじゃあ、また次回でね」
ではでは。







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