『リリカル恭也&なのは』






第8話 「白の少女と黒の少女」






じめじめとした日が続く梅雨の、今にも降り出しそうな空を見上げてなのははふっと息を吐く。
なかなか進まないジュエルシード探しの事を考えて、少し気持ちが塞ぎ込みそうになるが、
それを振り払うかのように頭を激しく振る。

(ダメダメ、こんな事じゃ。ユーノくんだって、そう簡単にはいかないって言ってたじゃない)

寧ろ、まだ一月と経っていないのに三つというのは、かなり良いペースとまで言っていた。
たまたま海鳴周辺に散らばっていたというのもあるが、それでもこのペースで良いと言っていたのだ。
ただ、なのはが気になっているのは前にぽつりとユーノが呟いた、
自分たち以外にもジュエルシードを回収している者がいるかもしれないという言葉だった。

(私たち以外にも誰か居るのかな……)

もし居るのなら、その人と協力して集めれないかなと考えつつ、
なのははもう一度ジュエルシード探しに気合を入れるべく握った両拳を小さく胸元に引き寄せてガッツポーズをする。
と、そこへ来てようやく背後から小さな声で自分の名前が呼ばれている事に気付き、
それに振り返ろうとして、すぐ横に人が立つ気配を感じる。
後ろでは、あちゃーという小さな声が聞こえてくるが、なのははそちらへと振り向く事は出来ず、
ゆっくりと横に立った人物の顔を見上げる。

「高町さん、その様子からすると考えは纏まったみたいね?
 できれば、その考えが先生の出した問題に対する答えだったら、とても嬉しいんだけれど」

いつも浮かべている優しい笑みを少しだけ引き攣らせた、なのはの担任の顔がそこにはあった。
どうやら、考え事をしている間に先生に指されていたらしい。
それなのに、突然首を激しく否定するように振ったかと思えば考え込み、
先生が横に立つなり先程のポーズである。
なのはの後ろの席で必死で呼びかけていたアリサは、もう知らないとばかりに手で目を覆って天井を仰いでいる。
じっとなのはの答えを待つ先生へと小さく笑い返しながら、なのはは教科書へと目を落とす。
そんななのはへと、すずかが先生には見えないように自分の開いた教科書を見せてページを教える。
目でお礼を言うと、なのははそこに乗っている問題をすぐに計算して答えて事なきを得るのだった。



 ∬ ∬ ∬


(一雨きそうだな。しまったな、傘を持って来るんだった)

自分の机で頬杖をつきながら窓から外を眺める恭也に、物理教師の声が飛ぶ。

「高町、ぼんやりと外を眺めているんだったら、これを解いてみろ」

教師の言葉に黒板を数秒だけ見詰めると、恭也はいつもと変わらぬ淡々としたまま、
あっさりと言う。

「分かりません」

「……なあ、少しは考えたか、今。
 どうしてそこで考え込む! 珍しく起きているかと思えば……」

ブツブツと文句を言いながら今の問題の解き方を説明していく教師に教室から小さな笑いが零れる。
本気で怒っている訳ではないのだが、それでもこの後の時間ずっと恭也は事あるごとに指される事となる。



 ∬ ∬ ∬



放課後、益々怪しくなってきた雲行きをちらりと一瞥すると、アリサとすずかはなのはの席へと向かう。

「なのは〜、帰ろう」

「うん」

なのはは帰り支度を整えると、アリサ、すずかと一緒に下校する。
その帰り道の途中、なのはにユーノから念話が届く。

≪どうしたの、ユーノくん≫

≪ジュエルシードの反応があったんだけれど、今どこ?≫

≪帰っている所だけど≫

≪……だったら、途中のバス停で降りて≫

前になのはの学校まで連れて行ってもらって、
大体の道を把握していたユーノは道を思い出しながらそう告げる。

≪えっと、アリサちゃんの車で送ってもらっているんだけど……≫

困ったようななのはの返答に、ユーノも困ったように返す。

≪僕も反応のあった所には向かっているけれど、なのはの方が近いんだよ≫

≪何処なの?≫

≪前になのはの学校に連れて行ってもらった時の帰りによった森林公園。
 そこから反応が≫

≪森林公園だね。分かったよ≫

車がその付近へと差し掛かると、なのはは外を見て声を上げる。

「どうかしたの、なのはちゃん」

尋ねてくるすずかに少し悪いと思いつつ、なのはは窓の外へと視線をやる。

「さっき、あそこにユーノくんが」

「ユーノって、なのはちゃん家のフェレットの?」

「うん」

「まさか。なのはの見間違いじゃないの?
 幾らなんでもこんな所まで来ないでしょう」

「ううん、間違いなかった。ごめん、アリサちゃん。
 ちょっと止めてもらって良いかな」

「別に構わないけど……」

アリサはすぐに運転手へと声を掛けて車を止めさせる。

「私たちも一緒に探すよ」

「ううん、悪いから良いよ。それに、アリサちゃんの言うように見間違いかもしれないし。
 二人とも、今日は用事があるんでしょう。わたしなら大丈夫だから。
 それより、ごめんね」

「良いわよ、これぐらい。それよりも、早く行かないとまた何処かに行くわよ」

「うん。それじゃあ、また明日ね」

「うん、また明日」

「気を付けるのよ、なのは」

アリサとすずかの二人へと小さく手を振ると、なのはは森林公園へと向かって駆け出す。
ユーノがまだ来ておらず封時結界が張られていない為、なのははレイジングハートを首に掛けたまま公園内を探す。
しかし、それなりの広さを持つ園内を走り回っても見付からず、あまり体力のないなのははすぐに息が上がる。
そんななのはへとレイジングハートが魔法を使う事を提唱する。
言われるがまま人気のない場所へとやって来ると、なのははいつもの防護服に身を包み、
眼前に杖と化したレイジングハートを構えて静かに目を閉じて、すぅと大きく息を吸い込む。
すると、なのはの周りに無数の小さな薄桃色の光が生まれる。

「エリアサーチ」

【Ok. Area Search】

なのはの声を合図に、無数の小さな光が線を引きながら四方へと散っていく。
小さな光は一つ一つがサーチャーと呼ばれる小さな消費型の端末で、
このサーチャーは術者へと視覚情報を送信する。
これにより、術者はその場に居ながらサーチャーの届く範囲すべてを視認探索できるのである。
勿論、サーチャーの数が多ければ多いほど広範囲を素早く探せる反面、その分情報量も比例して増える。
その為、術者の力量によってサーチャーの数は違う。
それをなのはは、初めての呪文にも関わらず四方へと十以上のサーチャーを放ち、
尚且つそれら全てを制御し、その情報を処理していく。
ユーノが驚くほどの魔力もあるが、それを制御してみせる天性の才も持っているのだろう。
森林公園へと散ったサーチャーの一つから送られてきた情報から、ジュエルシードの反応を捉える。
なのはは魔法を打ち消すと、今の情報を送ってきたサーチャーを飛ばした場所へと向かう。
平日の午後、今にも降り出しそうな天気のためか人気の少ない森林公園を走る。
ようやくそこへと辿り着いたなのはは、事前にサーチャーからの情報で見ていたとはいえ、
やはり実物を目の前にして、引き攣った笑みを浮かべる。

「これって、やっぱりリス……だよね」

なのはの見詰める先では、同じように巨大化してしまった何かの実を器用に掴んで、
前歯でガリガリと齧る巨大リスの姿があった。
二メートほどになったリスはなのはに気付いて動きをピタリと止めると、
その大きくて円らな瞳でなのはを見下ろし、首を傾げる

「さ、流石にちょっと怖いかも……」

普通の大きさなら目を輝かせて喜んだかもしれないが、流石にここまで大きなリスに見詰められると、
まるで獲物を前に舌なめずりをされているような錯覚に陥る。

なのはを敵として認識したのではないだろうが、リスが突然なのはへと手を伸ばす。
咄嗟に足に小さな羽を展開させ、飛行魔法フライアーフィンを発動させて飛んで躱す。
それをどう受け取ったのか、遊んでくれるとでも取ったのか、じゃれ付くようになのはへとジャンプする。
それをもう一度躱した所で、ユーノがやって来る。
ユーノは状況を見て結界を展開させようとするが、それよりも早くリスへと何かが飛来する。
それが身体へと当たったリスは、悲鳴を上げながら状態を仰け反らせる。
そこへ、再び矢のような光が飛来する。

「魔法攻撃!?」

ユーノが上げた声に反応するように、なのはがレイジングハートを手に動く。

【Protection】

なのははリスとそれの間に割って入り、薄い膜状のシールドを展開して防ぐ。
リスが無事だったのを背後を見て確認すると、
なのはにしては珍しくきつい眼差しで魔法の矢が飛んできた来た方を見る。
そこには形状も色も違うが、
どこかなのはの持つレイジングハートと似た印象を抱かせる杖を手にした黒衣の少女の姿があった。
少女は風に黒衣をはためかせながら、静かな瞳でなのはが庇ったリスを見る。
少女の方もなのはに気付き、なのはとその手にしたレイジングハートを一瞥する。

「同系の魔導師。それに、バルディッシュと同じインテリジェントデバイス……。
 ロストロギアの探索者か」

小さな呟きはなのはへと届いたのか、何か問い掛けようとするなのはだったが、
そんな間も与えずに少女――フェイトはバルディッシュを構える。

「フォトンランサー」

雷光を纏う槍を自身の周りに生み出すと、それをバルディッシュの一振りで全て発射する。
リスへと向かうそれをプロテクションで弾くが、二メートルもあるリスの全てを庇う事ができず、
何発かが当たり、なのはもまたその威力にシールドを張りながらも吹き飛ばされそうになる。
その場に踏ん張るように留まるなのはに構わず、フェイトはバルディッシュを近接戦闘用へと変形させる。

【Scythe form】

先端から光の刃を現出させて鎌のようにすると、フェイトはリスへと向かって飛ぶ。
それを邪魔するように行く手に立ち塞がるなのはへ目標を変更し、フェイトはバルディッシュを振るう。
プロテクションを使うが、そのまま吹き飛ばされる。

「アークセイバー」

そこへ、バルディッシュの先端、光の刃がバルディッシュから切り離されて飛んでくる。
なのははそれを身を捩って躱す。
しかし、息を吐く暇もなくそこへと再び光の刃を現出させてフェイトが追撃してくる。
右から左から、上、下、斜めと縦横無尽に振るわれるフェイトの連撃になのはは辛うじて躱し、
時にプロテクションで防ぐが完全に防戦一方に追い込まれる。
素早いフェイトの動きに付いていけていない。
相手の真意が分からず、近接戦闘で近くに居る事もあり、なのははフェイトへと問い掛ける。

「どうして、急にこんな事を……。まずは話し合おうよ」

「……答えても、意味がない」

お互いのデバイスを間に挟んで睨み合うのも数瞬、すぐにフェイトはなのはから距離を開ける。
一旦、攻撃が止まった事を見て、なのはは改めて目の前の少女を見る。
見れば、自分と同じぐらいの少女。
しかし、さっきの短い戦闘からも分かるようにかなり強い。
力や魔力がといった事だけでなく、その内側の部分が強いとなのはは感じる。
そう身近にそういった人たちが居て、常日頃から見ているからこそ、そう感じ取るができる強さ。
一つの信念を貫く強さ。想いの強さを。
だが、その瞳を正面から見据えて、なのははふとした違和感を覚える。
自分の兄や姉と同じようなものを内側に感じるのに、何故かその瞳の奥に違和感を、疑問を感じるのだ。
そんななのはの疑問など知らず、フェイトはフェイトで自分の目の前に立ち塞がる白い服の少女を見る。
真っ直ぐに自分を見詰めてくる、純粋とも言えるほどに本当に真っ直ぐで澄んだ瞳。
その中に決して引く事のない強さを感じさせるのだ。
じっと対峙する二人の間に緊迫した空気が流れる。
ユーノもそんな空気を感じ取ってか、下手に動く事が出来ずにいる。
だが、そんな二人の対峙を気にせず、寧ろ今がチャンスとばかりにリスが逃げようと動き出す。
突然、背後で動き出したリスへと思わず振り返った隙をついてフェイトが動く。
なのはの横を通り抜けざま光刃でなのはの胴を狙い、プロテクションしたなのはを勢い良く吹き飛ばす。
その衝撃で気を失ったなのはの方を見もせず、バルディッシュのサイズフォームを解除し、
すぐさまフォトンランサーの発射準備を終える。
そして、今まさに逃げ出そうとしていたリスへとバルディッシュを向ける。

「……ごめんね。
 フォトンランサー」

フェイトの呪文に応えて雷光を纏った槍がリスへと飛んで直撃する。
呪文前に呟いた小さな謝罪の言葉は、誰に向けたものだったのか。
それを耳にした者はおらず、フェイトもまた静かにフォトンランサーを喰らって倒れて行くリスを静かに見るだけ。
気を失った落下するなのはを地面に激突する寸前でユーノが魔法で受け止める間に、
フェイトは倒れたリスの傍に降り立ち、リスの身体から出てきたジュエルシードを回収する。

「ロストロギア、ジュエルシードシリアル17封印完了」

ジュエルシードを回収したフェイトは宙へと身を回せながら、なのはの方を一度だけ振り返る。
しかし、すぐに背を向けると空高く舞い上がる。
その少女の頬を小さな水滴が濡らす。
それは徐々に大きくなり、ついには全身を濡らしていく。
とうとう振り出した雨の中、少女は一人空を駆ける。



 ∬ ∬ ∬



授業が終わり校舎の外へと出た恭也は、すぐに校門の所で座り込んでいるアルフに気付く。
その口には傘を咥えており、尻尾をゆらりゆらりと振って恭也が来るのを今か、今かと待っていた。

≪助かったアルフ。今にも振り出しそうだったからな≫

≪どういたしまして。それよりも、今日はどこの辺りを探すんだい?≫

≪そうだな……≫

恭也が答えようとした瞬間、アルフの鋭い念話が飛ぶ。

≪ジュエルシードの反応!≫

≪どこだ!?≫

すぐさま尋ね返す恭也にアルフが場所を告げようとした所で、恭也の後ろから忍が近づいてくる。

「ねえ、恭也。久しぶりに遊んでかない?
 最近、ちっとも構ってくれないんだから。このままだと、忍ちゃんは拗ねちゃうよ」

忍の言葉に苦笑を洩らしつつ、恭也はどう言い包めるかを考える。
と、アルフが痺れを切らしたかのように、恭也の服の袖を噛んで引っ張り出す。
有無を言わさずに引っ張られていく恭也を呆然と見送る忍に、かなり離れてから恭也が声を投げる。

「すまないな、忍。アルフが雨が降る前に散歩したいみたいだから。
 今度付き合うから、今日は許してくれ」

「もう〜! ぜぇぇ〜〜ったい、絶対に次は付き合ってもらうからね!」

立ち去っていく恭也へとそう言うと、忍は仕方ないと肩を竦めてノエルへと迎えに来てもらうように連絡する。



忍から、いや、下校する生徒たちの群れから充分に離れ、
人気がない所まで来たところで恭也はグラキアフィンを戦闘モードへと変形させる。
辺りに人が居ない事を確認すると、恭也と人型となったアルフは宙へと身を舞わす。

「で、反応はあったのは?」

「あっちの方。ここからだと、ちょっと遠いかも」

「あっち。森林公園の方か」

「森林……。ああ、そうそう。前に行った、あの木がいっぱいある公園の辺りだね」

アルフの言葉に頷くと、恭也は進路を少しだけ変えて宙を駆ける。
その横に並んで飛びながら、アルフはじっと前方を見詰める。



 ∬ ∬ ∬



振り出した雨に気付き、ユーノは未だに気を失ったままのなのはを木の下へと横たえる。
どうしようかと思っていると、なのはが小さくうめいて目を開ける。

「気付いた、なのは」

「ユーノくん? あ、あの子は?」

「ジュエルシードを回収して、もう行っちゃったよ」

「そうか。……ごめんね、ユーノくん。わたしがもっとしっかりしてたら……」

「そんな事ないよ! なのははよくやってくれているよ。
 まだ魔法を使えるようになって一月と経っていないのに、本当に凄いよ。
 それに、今回のジュエルシードの事なら気にする必要はないよ。
 向こうも何故か、あれを集めているみたいだから」

「そっか。このままジュエルシードを集めていけば、いつかまた会う事になるんだね」

「うん。なのはは、それでもまだ手伝ってくれる」

「……勿論だよ。
 今までは何となく手伝っていたようなものだったけれど、あの子とあってそれじゃあ駄目なんだって思ったんだ。
 何が駄目なのかは分からないけれど、でも、このままここで止めたら駄目って事だけは分かるんだ。
 だから、これからも手伝わせて、お願い」

「勿論だよ。むしろ、こちらからお願いしているんだし」

「ありがとう」

言って微笑むなのはに対し、ユーノは少し顔を赤くして照れる。

「雨、降ってきたんだね」

そんなユーノに気付かず、なのははぼんやりと空を見上げる。

「ごめん。すぐに移動したつもりだけど、濡れちゃった」

「ううん、良いよ。でも、まだちょっと動けないかも」

「このままだと風邪を引くかもしれないから、僕が運んでいくよ。
 あ、でも雨の中を運ぶのはまずいか」

どうしようか悩むユーノに何か言おうとしたなのはだったが、こちらへと近づいてくる足音に気付く。

「ユーノくん、誰か来る」

なのはの言葉にユーノもこちらへと近づいてくる気配を感じてフェレットの姿になる。
警戒するようにそちらを見る。



恭也たちが森林公園へと降り立った頃には、雨が降り出していた。
しかし、そんな事を気にせずに恭也はジュエルシードの反応があった場所へと走り出す。
その後ろを追いかけながら、アルフへと念話を飛ばす。

≪反応が消えたって事は、俺たちみたいに集めている別の誰かって事だな≫

≪ああ。もしかしたら、フェイトかも。恭也、もっと急いで≫

流石に公園内では人目もあるだろうと空を飛ばずに走る事にしたのだが、
アルフはもどかしそうに四本の足を忙しなく動かす。

≪アルフ、この向こうから人の気配がする≫

≪フェイトか?≫

≪そこまでは分からないが、一人だ≫

二人はそのままは気配のする場所へと走り込み、そこで足を止める。
いや、恭也だけは止める事無く走り続け、目の前で横になっている少女の下へと駆け寄る。

「なのは! どうかしたのか!」

普段の恭也からは想像し難いかなり慌てた様子に、なのはもまた驚いたように見る。

「お兄ちゃん? どうしたの、こんな所で」

「そんな事はどうでも良い。それより何があったんだ」

ざっとなのはの全身を見渡し、手足を触って骨などに異常がない事を確認していきながら尋ねる。
そんな恭也を安心させるように笑みを見せる。

「あははは、ちょっと転んじゃって。
 ユーノくんがここまで来てたから、連れて帰ろうとして追いかけてたら」

「木から落ちたのか」

「うん、そう。あ、でも大丈夫だよ。そんなに高い所じゃなかったし。
 ほら、わたし木登り得意じゃないから。ただ、ちょっと身体が少し痛いから休んでたの。
 もう大丈夫」

言って身体を起こす。
本当にもう大丈夫なのか心配げに見詰める恭也の前に、僅かになのはの顔が歪む。

「やはりまだ痛むんだな。あまり無理するな。
 とはいえ、このままでは風邪を引くな」

恭也は持ってきていた傘を広げるとなのはを背負い、自分となのはの鞄をアルフに背負わせる。
ついでとユーノもアルフの頭に乗せる。

「悪いがそれは頼む」

恭也の言葉にアルフが頷いたのを見ると、恭也はなのはを背負い傘をさして走り出す。
雨の中を走る恭也の背中で、なのははずっとフェイトの事を考えていた。
彼女のあの瞳の奥に感じた違和感を。
そして、自分はどうすれば良いのか、どうしたいのかという事を。



 ∬ ∬ ∬



家に帰った恭也はすぐさま風呂を沸かしてなのはに入るように言う。
それに対し、なのはは恭也が先にと譲らない。

「なのは、俺は美由希との鍛錬で慣れているから、先に入れ」

「分かったよ。でも、正直に言うとまだ身体が動かし難いの。
 だから、お兄ちゃん一緒に入って」

なのはの言葉に困ったような表情を見せるが、このままだと風邪を引かせてしまうと考え、
恭也はなのはを抱っこして風呂場へと連れて行く。

「あ、アルフも一緒に入ろう」

なのはの言葉に応え、尻尾をフリフリと揺らしながら二人の後に続く。
それに苦笑を見せつつ、それならユーノもと思い背後を見遣る。

「だ、駄目だよ、ユーノくんは!?」

「何故だ?」

「え、えっと、ほら、もう居ないし」

なのはが言う通り、さっきまでそこに居たと思ったユーノの姿は何処にもなかった。
一瞬、探してきて入れようかとも思ったが、腕の中で寒そうに振るえるなのはを見て諦める。

「お兄ちゃん、脱がして」

「はぁ。何処まで横着をするんだ、我が妹は」

呆れたように言いつつも、バンザイの形で両腕を上げるなのはの服を引っ張って脱がせる。
濡れた制服をハンガーに干して吊るす。
流石にそれ以上はなのはも恥ずかしいのか、恭也の後ろを向いてもらっている間に脱いで身体をタオルで隠す。

「では、お願いします。って、お兄ちゃんは脱いでないよ」

「俺は後で入るから。とりあえず、なのはを湯に入れたら外で待っている。
 上がるときに声を掛けてくれ。それじゃあ、後は頼んだぞアルフ」

一つワンと吼えるアルフの頭を軽く撫でる恭也に、なのはは少し拗ねたような目を見せる。

「お兄ちゃんはなのはが湯船で溺れても良いんだね」

「なぜそうなる。それに、もしそうなりそうになったら、アルフが助けてくれるぞ」

いつも以上に甘えてこようとするなのはを不思議に思いつつ、諭すように告げる恭也だったが、
なのはが何か聞きたそうにしている事と、本当に悩み不安を抱えているような顔つきのに気付き、小さく息を吐く。

「ちょっと待ってろ」

そう言いおくと、恭也は自身も服を脱いでなのはと一緒に湯船に浸かる。
アルフは体全体にシャワーの湯を浴びながら気持ち良さそうに目を細める。
恭也の足の間に入り込み、恭也へと凭れながらなのははどう切り出すか悩む。
そんななのはをじっと見詰めながら、恭也は自分からは声を掛けずにじっと待つ。
シャワーに飽きたのか、それとも満足したのか、
アルフが風呂場から出て行ってもなのははじっと水面を見詰めている。
やがて、なのはの口からポツリポツリと語られ始める。

「お兄ちゃんやお姉ちゃんに何となく似た人を見つけたの。
 見た目とかじゃなくて、なんていうんだろう、雰囲気とも違う。
 上手く言えないけれど、何かのために懸命になっている感じの子」

なのはが語り出した話をただ静かに恭也は聞く。
一切口を挟まない恭也に、なのはは考えながら言葉を紡いでいく。

「でも、何処か変な感じで。違和感っていうのを感じて。
 お兄ちゃんたちとは何か違うって。ごめんなさい、よく分からないね」

「いや、何となく分かった」

首を振るなのはに恭也が放った言葉に、逆になのはが驚いて恭也の顔を見上げる。
そんななのはに優しく微笑みながら、恭也は話し始める。

「詳しい事は分からないが、なのはの出会った子は強い信念、想いを持って行動しているんだろう」

「うん、そう」

「だけど、そこに違和感を感じた訳だ」

頷くなのはに恭也は更に続ける。

「その違和感がなんだったのか、それは見ていない俺には分からない。
 でも、なのはがその子をしっかりと、周りの言葉や噂、外見だけに捕らわれずに見て、
 それでそれを感じたというのなら、そこに何かあるんだろう。
 なのはは、その子から何を感じたんだ」

恭也の言葉になのはは懸命にあの時の事を思い浮かべる。

「……多分、悲しみだったと思う。寂しそうな、哀しそうな、そんな感じ」

「そうか。なのははその子にそういったのを感じたんだな」

「うん。でも、どうしてなのか分からなくて」

「その子に聞いてみたのか?」

「ううん。話し掛けてもちゃんと返事してくれなかった」

「それで、なのははどうしたいんだ。
 差し伸べた手を掴んでもらえなかったから、もう諦めるか?」

「……どうしたいのか? わたし……。
 わたしは、あの子ともう一度お話してみたい。
 どうして、あんな事をしているのか、どうして、あんなに哀しそうな目をしているのか。
 そして、お話しを聞いて、お友達になりたい。うん、わたしはあの子の事が知りたいんだ」

「そこまで考えたのなら、後は実行するだけだな」

「うん。でも、わたしの話を聞いてくれるかな」

「それは分からない。その子の事情を知らず、土足で踏み込むような行為と取られても仕方のない事だから。
 それでも、なのははその子の事を知りたいと、友達になりたいと思ったんだろう」

静かな恭也の言葉に、なのはははっきりと頷く。
そのなのはの頭上から、落ち着いた静かな声が落ちる。

「だったら、一度や二度振り払われたぐらいで諦めていたら駄目だよ。
 久遠の時だって、何度も頑張って会って、分かり合おうとしただろう。
 その結果、今、久遠とは仲良しだろう」

「うん♪」

「だったら、今度も頑張ってみれば良い。
 また落ち込んだら、話を聞くぐらいはしてあげるから」

「ありがとう、お兄ちゃん」

「いや、良い」

普段からも優しいが、何かあっても自分で解決させようとする厳しさも持つ兄をもう一度見上げる。
それでも、本当に困ったときには、今みたいに必ず助けてくれるという信頼感と安心感を抱きながら。
恭也も珍しくなのはを甘えさせるつもりなのか、その頭をそっと撫でてあげるのだった。



その後、やや長湯でのぼせた感じでフラフラと出てきたなのはの顔には迷いはなく、
その瞳には何かの決意を秘めたような力強さを湛えていた。
そう、彼女の兄や姉が時折見せる力強い何かが。





つづく、なの




<あとがき>

遂にフェイトとなのはの邂逅。
美姫 「先になのはと出会ったのね」
うんだ、うんだ。
美姫 「じゃあ、恭也との邂逅はもう少し先なのね」
そういう事。
さて、これでなのはの方にもジュエルシードを集めるはっきりとした目的意識が生まれた訳だ。
美姫 「これからどうなるの」
それは、当然秘密。
変わりに、今回の没ネタをどうぞ。
美姫 「むっ。制裁の前に先にそうくるとは」
へへん。成長したのさ。
美姫 「卑屈さを成長させてどうするの?」
グッ! 的確かつ、痛い言葉。
美姫 「まあ、良いけれどね。で、今回の没ネタは一番最後の部分なのね」
そういう事。
美姫 「では、Go〜」



余談だが、一緒に風呂に入った事が美由希たちにばれ、
その夜、高町家はいつにも増して賑やかな声を響かせたとか。



ってな感じだな。
美姫 「短い没ね」
あははは。まあ、多少はシリアスっぽくいってたから、ここはいらないやって事で。
美姫 「それで削ったのね」
その通り。
さーて、それじゃあそろそろ。
美姫 「そうね。それじゃあ、また次回でね〜」
さらばじゃ〜。







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