『リリカル恭也&なのは』






第9話 「邂逅の記憶、夢うつつ」






疲れていたのか、いつもよりも早めに就寝したなのはを優しく見ながら、恭也は安堵したような吐息を零す。
そんな恭也にアルフがからかうように念話を飛ばす。

≪恭也はなのはにかなり優しいね〜≫

≪……甘やかしてはいないつもりだが≫

≪誰も甘やかしているとは言ってないだろう。優しいって言ったんだよ≫

≪普通だと思うがな≫

≪恭也があの子のお兄さんだったら良かったのに……。
 そしたら、プレシアの事だって止めてくれただろうし≫

≪アルフ、今できる事をやっていこう≫

≪うん、そうだね≫

頷くと、アルフは目を閉じて前足に顔を隠すような態勢を取る。
尻尾をゆっくりとフラフラと揺らすその仕草に、美由希が笑みを見せる。

「アルフって凄く賢いよね。今も、まるで音楽を楽しんでいるみたいだし」

美由希の言う通り、部屋に流れるフィアッセの歌に合せるようにその尻尾が揺れている。

「それだけフィアッセの歌が素晴らしいということだろう」

「うん、それは当然だよ」

恭也の言葉に当然のようにすぐさま返し、まるで自分のことのように誇らしげな美由希に恭也も笑みを覗かせる。
実際、アルフはフィアッセの歌をかなりお気に入りのようで、
部屋にいるとすぐにかけるように頼んでくるのだった。
そのまま深夜の鍛錬の時間まで音楽を聞きつづけるアルフの横で、
恭也も同じようにして過ごすのだった。



深夜の鍛錬を終え、美由希を先に帰した恭也たちは深夜のジュエルシード探索を開始する。
幸いにして夕方に降った雨もすっかり止み、雲が出て星が出ていないものの、
街灯のお蔭で充分に視界ははっきりとしている。
まあ、ジュエルシードを探すのは、気配とも言うべき目に見えない波動を頼りにしているので、
明るさはそれ程問題ではないのだが。
今日は西の方、高級住宅や大きな屋敷が並ぶ方面へと足を伸ばす。
進むに連れて、密集していた家屋が徐々に離れていき、それに比例するように家そのものも大きくなっていく。
ちょっとした小高い丘の麓で足を止めた恭也は、アルフを見る。

「どうする、この上にも行ってみるか」

「そうだね、まだ時間が大丈夫のようなら行ってみたい。
 今日、いきなり消えたジュエルシードの気配から察するに、フェイトが、
 もしかしたら、フェイトじゃないかもしれないけれど、私たち以外に集めている人間がいるみたいだから」

「そうだな。なら、行くか」

行って歩き出す恭也の後をアルフも追う。
この辺りには屋敷の類は見当たらず、ただ坂道が続く。
だが、その頂上には途中からでもはっきりと屋敷が建っているのが見える。

「ん? 霧が出てきたな」

目の前で視界を僅かに追おう霧に眉を顰めた恭也だったが、アルフは顔を上げて鼻をフンフンさせる。

「恭也! これは霧なんかじゃないよ。ジュエルシードだ」

「なに!?」

「それも、これは……」

言葉を切ったアルフの端々から、ただ事ではないと悟る。

「何が起こっている」

「ジュエルシードによる記憶や夢の流出だよ。
 かなり高度な知性を持った生物に寄生し、尚且つ、
 その寄生主の奥深くに潜ってしまったジュエルシードによって引き起こされる現象だよ」

「なっ。危険はないのか!」

「ジュエルシードを回収しないかぎり、ずっと眠ったままになっちゃうよ。
 その状態が長く続けば、憔悴していくし」

「ちっ! 高度な知性というと、人の可能性が高いという事か」

「うん、そう」

アルフの言葉を聞くなり、恭也は一気に駆け出す。
その後を慌てて追いかける。

≪恭也、何をそんなに慌ててるんだい。
 確かに危険だけれど、まだ初期の状態だし、ジュエルシードを回収すれば大丈夫だよ≫

≪分かっている。だが、この先にある屋敷はあの頂上にある一軒だけだ。
 そして、あそこは……、あそこは、なのはの友人でアリサという少女の家なんだ≫

同じように念話で答えつつ、恭也は既に戦闘態勢へと移っている。
二人の眼前に大きな門が見える。
その手前で地面を蹴り、飛翔の魔法で宙へと身を舞わせると恭也はこの霧の元を辿る。
結果、最悪の事態で、そこはアリサの寝室だった。

「アルフ、どうすれば良いんだ」

いつものように攻撃してこないジュエルシードに恭也はアルフを振り返る。
アルフはカーテンに遮られて見えないながらも、最悪な事態だと口にする。

「恐らくあの子の精神世界、または夢の中にある」

「そんな所にあるものを、どうやって回収すれば……」

「無理だよ。幾ら魔法とは言え、万能じゃないんだ」

「なら、このまま衰弱していくのを黙って見てろと言うのか!」

「恭也、落ちついて」

思わず声を荒げる恭也を落ち着かせると、アルフは屋根の上に降り立つ。
恭也も落ち着いたのか、アルフにあたっても仕方ないと謝りながらその横に足を下ろす。
アルフは何か考え込んでいたが、恭也へとゆっくりと話し出す。

「……方法はなくもないかも。ただ、出来るかどうかは分からないよ。
 それに、恭也自身もかなり危険になると思う」

「それでも良い。だから、その方法を教えてくれ」

「分かったよ。この霧を利用するのさ。
 これはジュエルシードが外へと放出しているものだから、これを逆に辿ってればあの子の中へと続いている。
 この霧にはジュエルシードの魔力が篭っているから、それに恭也の魔力の波長を合せて、
 精神だけを飛ばすんだよ。そうすれば、恭也の精神はあの子の夢に入り込めるはず。
 言っておくけれど、そんなに簡単な事じゃないよ」

「それしかないのなら、やるだけだ」

言ってグラキアフィンを真っ直ぐ眼前に、天へと向かって突き立てるように構えると目を閉じる。
その様子を見守っていたアルフは、恭也の足にその身を摺り寄せる。

≪あたしも付き合うからね≫

≪すまん≫

≪別に恭也が気にすることじゃないよ。元々、あたしの目的なんだから。
 それに、なのはには可愛がってもらってるしね。その友達を見捨てられないじゃない≫

「よし、行くぞ。グラキアフィン、頼むぞ」

【了解です、マスター。霧に含まれる魔力を探知……。
 発見、補足、成分分析開始……。エラー】

「もう一度」

【再分析開始……。解析完了。
 マスター、魔力を……】

グラキアフィンの声に応え、恭也は魔力をグラキアフィンへと流し込む。
当初は戸惑った魔力の扱いもかなり慣れてきており、すんなりとグラキアフィンへと魔力を流す。
と、急に身体の中から何か力が抜き取られていく感覚を感じ、必死にそれに抗う。
それが収まると、途端に急激な疲労と身体に違和感を感じる。

「恭也、もう目を開けても大丈夫だよ」

アルフの言葉に目を開ければ、そこはさっきまでいた屋根の上ではなく、全てが白く覆われた世界だった。

「ここは……」

「あの子の夢の中。ううん、正確には入り口だね。
 ジュエルシードはあのずっと奥」

アルフの視線が指す先に、微かな光が見える。
そちらへと歩き出そうとした恭也へ、アルフが注意するように呼び止める。

「恭也、実際に思っている距離とは全く違うって事を覚えていてよ。
 それと、ここから先はあの子の記憶の中の世界でもあるんだ。
 下手に反撃して、あの子の世界を傷つけるとそれはそのまま記憶に影響を及ぼすかもしれない」

「分かった。つまり、ジュエルシードのいる空間に出るまでは、出来る限り反撃はしないようにって事だな」

「そういう事」

「それじゃあ、行くぞ」

宙を滑るように飛ぶ恭也たちの周りの景色が、真っ白な壁から一気に彩りあるものへと変わる。
両親に抱きかかえられている赤ん坊のアリサが。
庭を走り回って転び、泣き出すアリサを優しく慰めるのは恐らくは母親だろう。
進めば進むほど、風景の中のアリサはどんどん大きく成長していく。
幼稚園へと通い出し、小学校へと入学。
すずかへと悪戯をして、それをなのはに怒られているアリサ。
それが切っ掛けで仲良くなった三人。

「なるほどな。これが、アリサの記憶という訳か」

「そういう事。恭也! そろそろのんびりしてられなくなるよ!」

アルフの鋭い声に恭也が前へと視線を向ければ、
ジュエルシードのあるであろう場所から向かってくる鞭状の何か。
それらに下手に反撃しないように、恭也とアルフは身を躱しながら中心部へと向かってひたすらに飛ぶ。



 ∬ ∬ ∬



夢を見ていた。多分、夢だと思う。
だって、何もなくてただただ真っ暗な闇しかないんだもの。
暗いのはあまり好きじゃないな。昔の事を思い出すから。
あの暗闇の中での事を。でも、同時に温かくもなる。
それは、私があの人と出会ったのも同じ暗闇の中でだったから。
嫌な事は忘れて、その事だけを覚えておければ良いのに。
でも、そういう訳にもいかない。
だって、あの出来事があったから、あの人と会えたのだから。
本当に運が良かったんだと思う。
いや、悪かったからあんな目にあったのか。
でも、あの人に会えたんだし……。
まあ、どのみち親友の兄だったんだから、いずれは会えたんだろうけれど。
でも、あの出来事の時に会っていたから、すぐに仲良くなれたと思うし、
あれのお蔭であの人が本当はもの凄く優しいんだって分かったから。
でないと、第一印象はちょっと無愛想で何処か怖いお兄さんになってたかもね。
周りの女性の反応からすると、それだけではないみたいだけれど。
でもやっぱり、小さな子たちからすると、そういう雰囲気を敏感に感じ取ってしまうものだしね。
いやいや、そういうのを感じ取れる子たちは、初めてでもあの人の優しい所に気付くのかも。
現に、大概の動物はすぐにあの人に懐くし。
それに、親友の兄なんだから、何度も会う機会もあるだろうから、すぐにその事に気付けただろうし。
むむ。やっぱり、私は運が悪かったって事?
あ、でもでも、もう一人の親友もあの人の事を知ってたみたいだし、やはりあの時に出会えて良かったのかも。
う、うーん……。
あの出来事と、その後の事を考えると……。
うん、やっぱり運が良かったんだわ、うん。
って、可笑しな夢よね。夢なのにこんな風に考えれるなんて。
いやいや、夢の中でだって現実と同じようなのを見るんだから、
考えるという行動が出来てもおかしくはないわね。
にしても、やけにはっきりと体感が。
まあ、夢なんてちゃんと覚えてる方が少ないし、醒めたらこれもまたぼんやりとしたものに変わるのかもね。
にしても、夢と気付く夢か。何か面白いかも。
まあ、周囲が真っ暗っていうのは面白くないけれど。
どうせ見るのなら、もうちょっと楽しい夢を見なさいよね、私。
そう、あの人が出てくるような夢とか。
わわっ! 私ってば何を言ってるのよ。
そうじゃなくて、いや、違わないんだけれど。えっと、えっと……。
ん? あれは何かしら。
ゴム? 鞭? 蔦?
よく分からないけれど。、ウネウネして気持ち悪いわね。
って、何でこっちに来るのよ。
ま、まさか! いやーー!
これって悪夢じゃない! 悪夢よ!
やり直しを請求するわよ、私!
って、痛い、痛い! 痛いってば!
何で夢なのに、痛いのよ!
やっぱり、あれなの! 痛みを感じなかったら夢っていうのは、嘘なのね。
って、痛いー! やめてよ、やめてー!
いやぁぁぁっ! 助けてぇぇ! 助けて、きょ……。



 ∬ ∬ ∬



暗い夜道をアリサは一人歩いていた。
いつもなら、ここまで遅くなると車での迎えがあるのだが、
今日は無理を言って駅に迎えに来てもらい、そこまでは歩いて行く事にしたのだった。
初めて出来た親友の家へと遊びに行った帰りで、少し浮かれていたのかもしれない。
彼女には他にも兄妹がいるみたいだったが、残念ながら二人の兄と姉には会えなかった。
代わりに、姉のような存在として紹介された二人を思い出す。
すぐに口喧嘩へと発展し、それをなのはに止められて大人しくなる二人を。
すずかに対する事で自分を止めたなのはを思い出し、アリサは家でもかと苦笑したのは内緒だ。
おまけに夕飯までご馳走になってしまって。
それにしても、とアリサは夕飯を思い出して満足そうに頷く。
本当に美味しかったし、何よりも賑やかだった。
紹介された二人に加え、なのはの母親まで加わった夕飯の席は、とても賑やかで楽しかった。
いつもはここに、なのはの兄と姉も加わると言うのだから、もっと賑やかなのだろう。
そんな事を言ったアリサに、なのはは少し笑って見せた。
曰く、兄は静かだと。
あんな賑やかな人たちを見た所為か、いまいちなのはの兄が静かだというイメージが出来ず、
アリサは次に来た時は、なのはの兄と姉が居れば良いなと思ったものだ。
ともあれ、その帰り道の事。
アリサは不意に口を塞がれ、人気のない路地裏へと連れて行かれる。
徐々に意識が遠のいていく中、アリサは朝のニュースでやっていた、
最近、この辺りで起こっている誘拐事件に付いて思い出していた。



何やら騒がしい音にゆっくりとだが意識が浮上する。
頭が何やらクラクラし、アリサはその普段なら気にもならないような小さな物音が気になって目を覚ます。
最初に映ったのは、自分を囲んで見下ろしている三人の男たち。
その顔に浮かぶ表情を見て、アリサは薄ら寒いものを覚える。
何だか分からないが、嫌悪感を抱いて離れようとする。
だが、手と足がロープで括られているようで、もぞもぞと身体を揺らす程度にしかならなかった。
男たちはアリサが起きた事に気付くと、卑下た笑みを浮かべて近づいてくる。

「どうやら、目を覚ましたみたいだな。あーあ、可愛そうに」

「何を言ってやがる。寝てようが、起きてようがやる事に変わりはないだろうが」

「ははは、違いない」

男のたちの言葉に意味は分からないものの身の危険を感じたアリサは、
少しでも遠ざかろうと懸命に身体を揺らす。
と、その身体に違和感を感じて自分の身体を見下ろせば、下着だけになっており、
着ていたはずの服やスカートが遠くにあった。
悲鳴を上げるが、かまされた猿轡でくぐもった声しか出ない。
男たちはそんなアリサを楽しそうに見下ろすと、殊更ゆっくりと近づく。
そんな男たちの後ろから声が掛かる。

「あまり乱暴するなよ。傷でも付いたら、売れなくなる」

「へへ、分かってますって」

一瞬、助けかと思ったが、それがすぐに甘い考えだと悟る。
声を掛けた男はその返事を聞くと、面白くもなさそうに鼻を一つならし、煙草に火をつけて煙を吸い込む。
絶望の中でそれでも必死に抵抗しようとするアリサの頬を男の一人がビンタする。
痛みとこれから起こるであろう恐怖に涙するアリサを男は楽しそうに見ると、再び手を振り上げる。
また叩かれると思って身を竦めて目を閉じるのを見て、男は大声で笑う。

「この恐怖に引き攣った顔がたまらないな、おい」

「お前の趣味に付き合ってられるかよ。さっさとやれ」

「まあまあ、あわてんなって」

そんな三人の男たちを、煙草を加えた男の他に数人が後ろで呆れたように見ていた。

「あんなガキに手を出して、何が面白いんだか……」

別に男の行動をとやかく言っているのではなく、単にその趣味に文句を言っているだけのようである。
それを何となくだが感じ取ったアリサは、更なる絶望を味わう。
ここに居る人たちの中で、味方はいないと悟り。
男の手がアリサの身体へと伸びていく、身体を固くして目を閉じるアリサ。
すぐに来るであろう男の手に恐怖を感じたのも束の間、その感触はやってこず、代わりに辺りに悲鳴が響く。
何が起こったのか恐々と目を開ければ、
そこには、さっきまで自分に触れようとしていた男が地面でのたうち回っている姿だった。
男の両手、両足から鈍く光る長細いものが生えており、いや、刺さっていて、それが原因のようだった。
突然の出来事に驚くも、すぐさま辺りを警戒する男たちを嘲笑うかのように、
一つの影が突然、アリサの頭上から降りてくる。
天井には何処にも隠れるところも、ぶら下がれるようなものもないというのに、
行き成りそこに現れたかのように姿を見せた影に男たちも驚く。
そんな男たちへと向かって影が手を振ると、最初の男の手足に刺さったのと同じ者が数人の肩や腕に生える。
影は怯えるアリサに近づくと、ロープを刀のようなもので切ってそっと抱き上げる。

「もう大丈夫だから。すぐに家に帰してあげるから、もう少し待っていて。
 目を閉じていれば、すぐに悪夢は終わるから」

抱き上げられ、窓から見える月光越しに見えたその影、青年の長い睫毛、優しい眼差し、
風に揺れる前髪に、アリサは一瞬だけ恐怖を忘れて見惚れる。
それを恐怖から喋れないと受け取ったのか、影はアリサを庇うように左手で胸の中に抱いたまま、
右手で刀――小太刀と呼ばれるものを構える。
その頃にはようやく迎撃の準備が整った男たちだったが、それよりも尚青年の動きの方が速かった。
アリサを抱えているとは思わせない速度で踏み込むと、あっという間に二人の男を倒す。
その後も、反撃らしい反撃をさせる事無く、青年はその場にいた者全てを叩きのめすと、
捨てられたアリサの服を取って渡す。
青年の腕から地面へと下ろされたアリサは、改めて自分が裸に近い格好をしている事に気付いて恥ずかしくなる。
顔を紅くして急いで服を身につけている間に、青年はどこかへと電話をしているようだった。

「ええ。例の誘拐犯と思われる者たちです。
 場所は町外れの廃ビルです。……ええ、そこです。はい、分かりました。
 念のため、美由希はもう少し担当地区を回らせましょう。
 俺はこの場で待機してます。はい、はい。分かりました」

幾つかのやり取りを終えて電話を仕舞うと、青年は少女の傍に近づく。
決して怖がらせないように、一定の距離から近づかずに。

「家の人に連絡して迎えに来てもらえるかな?」

その言葉に頷くと、アリサは駅で待っているであろう運転手に電話して迎えに来てもらう。
途中、場所が分からずに青年と電話を代わったが。
迎えが来るまでの間、青年は何処から取り出したのか細い糸のようなものを使って男たちを縛っていく。
それらを全て終わらせると、アリサと一緒にビルの外に出て迎えが来るのを待つ。

「はい、これでも飲んで待っていると良い」

言って近くの自販機で買ってきたジュースを手渡す。
礼を言って受け取ったアリサは、自分がまだ助けてもらった事に対して礼を言っていない事に気付き、
改めて御礼を言う。

「別にきにしなくても良いよ。でも、これからはもう少し気を付けること。
 遅くなるようなら、誰か大人の人に送ってもらわないと駄目だから」

「はい、気を付けます」

もう充分に後悔し反省したアリサに、青年もそれ以上は言わなかった。
ふと気付き、アリサは青年に名前を尋ねる。

「名乗るほどの者じゃないから。それよりも、あれが迎えの方じゃないの」

言って青年が指差した先は、確かにアリサの迎えだった。
運転手は青年に何度も丁寧に礼を言い、後日礼に伺うから名前をと言っていたが、青年は名前を言わなかった。

「こんな事はすぐに忘れるに限ります。だったら、変に記憶に残るような事はない方がいいでしょう」

言って気遣わしげにアリサを見る。
確かに、助けられたとは言え、青年に会えばこの事を思い出すだろう。
時間が経って傷が癒えれば別だが。
その青年の気遣いに頭を下げつつ、運転手はアリサを乗せて帰って行くのだった。
これが、恭也とアリサ最初の出会いであり、恭也の気遣いは結局のところ、無駄になると知るのは、
この数日後、なのはが再びアリサを連れてきた時に分かる。
だが、アリサは年に似合わず聡明で、この時のことをかなり整理できていたため、
恭也も胸を撫で下ろすのだが、それはまた後日の話である。



 ∬ ∬ ∬



見るとはなしにアリサと恭也の出会いを見ることとなったアルフは、
前方から迫る触手三本を身を捻って躱す。

「ふーん、そんなことがあったんだね」

「ああ。まあ、懐かしい出来事だ。
 大事にならなかったとはいえ、アリサには辛い出来事だろうがな」

「多分、その辺りはもう大丈夫だと思うけれどね……」

言って恭也の横顔を見るも、恭也は触手を交わすのに専念していて、アルフの意味ありげな視線に気付かない。
徐々に激しさを増す攻撃の中を飛びながら、恭也とアルフは中心へと近づいていく。

「所でさ。何で恭也はあんな所に?
 まあ、そのお蔭であの子が助かったから良い事なんだけれど」

「ああ。丁度、連れ去りが何件か起こっていてな。
 結局、さっきの連中が犯人だったんだが。
 まあ、その件で父さんの昔の知り合いにあの辺りの調査を頼まれてな」

「なるほどね。恭也、もうすぐだよ」

後少しで中心へと辿り着く事をアルフが教えたすぐ後、そちらから悲鳴が聞こえる。

「いやーー!」

悲鳴が聞こえるや、恭也は飛ぶ速度を更に上げ、中心へと飛び込む。
まるでガラスが割れるように、中心部の空間が割れて恭也は中心部の中へと入り込む。

「いやぁぁぁっ! 助けてぇぇ! 助けて、きょ……」

蔦らしきものに両手両足を捕らわれて首を締められているアリサの頭上の空間が罅割れ、
そこから刀を手にした恭也が舞い降りる。
恭也は空間に入るなりすぐに現状を把握し、アリサを拘束する蔦を引きちぎる。
自由になり落ちていくアリサを受け止めると、蔦から距離を開ける。

「大丈夫か、アリサ」

「……恭也?」

「ああ。どこか痛いところはないか」

「えっと……。うん、ないわ」

「そうか。なら、そこで大人しくしててくれ」

恭也の言葉に頷くと、アリサは邪魔にならないようにと少し離れる。
そんなアリサを守るように、アルフがその前に降り立つ。

「アルフ、アリサを頼む。あれは俺が仕留める」

いつになく鋭い眼差しで前方を睨みつけたまま告げる恭也に、アルフは首肯する。
恭也から発せられる雰囲気が今までとは異なり、更に鋭く、まるで触れれば切れるように感じられる。
その雰囲気に飲まれたように、アルフは言葉もなくただアリサを庇うように構える。
蔦が再び攻撃を開始し、恭也とアルフ、アリサへと向かう。
アルフはアリサの襟首を咥えて背中へと乗せると、蔦を躱しながら距離を開ける。
それとは逆に、恭也は向かってくる蔦のうち、身体に当たりそうなもののみを切り捨て、
それ以外は無視して蔦の生えている中心部へと突進する。
ようやく蔦も恭也を脅威と認識したのか、空中で逃げ続けるアルフに向かって伸ばしていた蔦全てを引き戻し、
恭也のみに的を絞り込む。
前方だけでなく背後からも迫る蔦など意にかえさず、恭也は足を動かす。
蔦が戻ってくるよりも、恭也が中心部に辿り着く方が早く、
恭也は全ての蔦が一つになっている根元へとグラキアフィンを突き刺す。
痛みを感じるのか、蔦が四方八方へと伸びて暴れる。
その内数本が恭也へと迫るが、グラキアフィンの鎖部が螺旋を描き壁となって全て弾き飛ばす。
その間にも恭也はグラキアフィンを奥まで突き刺し、鍔元まで埋め込む。

「グラキアフィン、魔力充填」

【……充填完了です】

「魔力放出っ!」

恭也の言葉と共にグラキアフィンが光を放ち、魔力の柱が立ち昇る。
それは蔦の動力源となっていたコアを打ち砕き、それによって蔦がボロボロと崩れていく。
その光景を眺めながら、アルフは呆然と呟く。

「凄い魔力量だけれど、技術も何もないね……。
 ただ魔力をデバイスで増幅して、本当に放出しただけだよ。
 これは、もうちょっと魔法そのものを教えた方が良いかも……」

アルフのこの独り言は、目の前の光景に呆然となっているアリサに聞かれる事はなかった。
そんなアルフの独り言が聞こえているはずもなく、恭也は目の前に現れたジュエルシードを無事に回収する。
アルフが恭也の横へと降りてくると、その背中から飛び降りるようにして恭也へと抱き付くアリサ。
それを受け止め、恭也は優しくその背中をさすってあげる。

「もう大丈夫だから」

「ありがとう、恭也」

まだ夢と思っているアリサは、大胆にも恭也の首に腕を回して頬へとキスをする。
慌てふためく恭也に小さく笑いながらも、アリサもまた顔を真っ赤にさせる。
と、不意に睡魔に襲われて、夢なのに眠くなるなんてとぼやきつつも、徐々に意識が曖昧になっていく。

「アルフ、アリサはどうしたんだ」

「落ち着いて、恭也。
 アリサの記憶や夢を動力としていたジュエルシードが回収された事によって、本当の眠りにつくだけだから」

「そうか。なら、このまま寝かせても問題ないんだな」

「ああ。それに、ここで起こったことも殆ど覚えてないだろうし。
 もし覚えていたとしても、間違いなく夢だと思うだろう」

「そうか」

アルフの言葉に安堵する恭也だったが、アルフは少し安心するのは早いと告げる。

「この子はこのままでも問題ないけれど、あたしたちはさっさとここから出ないと、このまま閉じ込められるよ。
 元々、ここにあったジュエルシードを利用して、ここにいるんだから」

「そ、そうか。で、出るにはどうすれば」

「来たときとは逆の道を辿る」

「それはまた、何とも物理的な」

「仕方ないだろう。恭也にその辺の魔法のコントロールが出来ない以上、
 通ってきた際に出来た恭也の魔力の道ともいうべきものを辿っていくしか」

「う、俺の所為か。すまん」

「良いから、行くよ」

言って真っ黒な空間にそこだけ空いている穴へとアルフは飛び込む。
その後を追おうとして、恭也は横たわるアリサを見る。
まどろみ状態でありながら、こちらを見てくるアリサに恭也は優しく声を掛ける。

「今見たのは悪い夢だから。起きたら、いつもの現実が待っている。
 だから、ここでの事は忘れた方がいい。それじゃあ、今度は現実でな」

恭也はアリサに背を向けるとアルフが先に飛び込んだ穴へと飛び込む。
そこにはアルフが待っていて、ようやく来た恭也へと文句を述べつつ走る。

「遅いよ、恭也」

「む、すまん」

「まあ、良いけど。それよりも、今度からは簡単な魔法を教えるか」

「魔法? 今も教わっているだろう」

「今やっているのは、基本中の基本。それも初歩だよ。
 単に魔力を放出したり、デバイスに流したりするだけのね。
 今日の事で痛感したよ。それだけじゃ駄目だって。
 念話や飛翔系の魔法は何も教えてないのに出来るくせに、遠距離攻撃が一切できないなんて」

「ぐっ。だ、だが、今日やったのは」

「あれは魔法というよりも、単に魔力をぶつけただけだろう。
 あれを遠距離でやったら、方向が定まらずに何処へ飛ぶか分かったもんじゃないよ。
 それどころか、四方へと飛んでいく可能性もあるし。
 今回は、デバイスが本体の中に埋まっていたから、何処へ飛ぼうが問題なかっただけだよ。
 という訳で、さっきのあれは使用禁止。威力はでかいけれど、制御も何もなかったんだから」

「分かった」

【マスターのイメージに、遠距離魔法に関するイメージがないのが原因かと思われます。
 攻撃に関するイメージを読み取った所、全て近距離、それも武器を所持した状態のものでした。
 唯一の遠距離イメージは、細長い針状のものと、鎖状のものだけです】

「なるほどね。恭也は魔法を使った戦い方を知らないから仕方ないのかも。
 ううん、元々剣術をやっている所為で、他の戦い方がしにくいのかもね」

「えっと、これから努力するという事で」

「分かったよ。ほら、出口だよ」

アルフとグラキアフィンの二人(?)に説教されているような気分となり、
恭也はその言葉に速度を上げるのだった。



 ∬ ∬ ∬



朝の日差しがカーテンの隙間から差し込み、アリサは小さく身震いすると身体を起こして伸びをする。

「うーん。何か、懐かしい出来事を夢に見たな〜」

恭也と初めて会った日の事を夢に見た事を思い出し、小さく笑みを見せる。
と、その頭の片隅に、それとは違う夢も見たのを思い出す。
詳しい事は覚えていないが、危ない所をまたしても恭也に助けられた夢だったはずだ。
しかも、自分はその中で恭也の頬に……。
そこまで思いついてアリサは顔を茹蛸のように紅くすると、布団を口元まで引き上げ、
再びベッドに横になると、恥ずかしさのあまり布団の上で転がり悶える。
その行為は、起きてくるのが遅いアリサを起こしに使用人が来るまで続き、
その一部を目撃されてるという、大変恥ずかしい目にもあったものの、
アリサはこの日一日、終始ご機嫌だったとか。





つづく、なの




<あとがき>

今回は恭也とアリサの出会い。
美姫 「前にやるって言ってたやつね」
おう。大まかには、とらハ世界のアリサと似たような目に。
美姫 「そこを助けれるのね」
うんうん。
美姫 「にしても、今回は恭也の弱点というか」
ああ、欠点と言うか。とりあえず、攻撃魔法が苦手だという事が判明。
美姫 「前に弾を打ち出してなかった?」
あれは、飛針の応用でイメージし易かったのと、そんなに難しくない魔法だったから。
グラキアフィンの方で殆ど処理した感じだな。
美姫 「ふんふん。で、この弱点は解消されるのかしらね」
どうかな〜。今のところ、魔法だけならなのはの方が上だろうし。
美姫 「これから先、どうなるかって事ね」
そいう事だよ。それじゃあ、また次回で!
美姫 「それじゃ〜ね〜」







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