『リリカル恭也&なのは』






第37話 「なのはとフェイトV」





一人の少女がこっそりと旅館を抜け出す。
その傍らには獣耳が頭から生えた少女の姿もあった。
二人は人目につかないように旅館を抜け出した後、裏側に位置する林の奥へとやって来る。
誰もいないのを確認すると、少女は獣耳の少女と向かい合い、ゆっくりと口を開く。

「どうして付いて来たの、久遠」

「くぅぅ。だって、くおんもなのはとあそびたい」

「もう、お留守番しててってお願いしたのに。鞄の中に隠れていたなんて。
 どうりで昨日準備した時よりも重いと思ったら」

その少女、那美は疲れたように目の前の獣耳の少女、久遠を窘める。
だが、目の前で首をもたげてしょぼくれている久遠を見ると、そんなに強くは言えずにそっと抱き寄せてしまう。

「仕方ない子ね、久遠は。来ちゃったものは仕方ないし、忍さんにお願いしてみようか」

那美の言葉に久遠は顔を輝かせると、那美に抱き付く。

「なみ、すき〜」

久遠の背中を優しく擦ってやりながら、那美は忍に頼み込むために再び旅館へと戻るのであった。
だが、手を繋いで歩きながら、那美は釘を指すように言う。

「久遠、その格好のままいないと駄目よ。
 恭也さんたちは知っているから良いけれど、今日はフェイトちゃんとアルフさんっていう人たちが居るから」

「わかった」

那美の言葉に真剣に頷くが、すぐに視線は違うものを追い出す。
本当に分かっているのかと問いただしたくなるような態度だが、那美はそんな久遠を優しい眼差しで見つめていた。



 ∬ ∬ ∬



そそくさと見つからないように風呂場から出た恭也たちは、夕飯までまだ時間があるので周囲を散歩する事にした。
一旦部屋に戻ってから再度、フェイトの部屋の前で集まった恭也たちが外へ行こうとすると、
丁度アリサたちが外から戻ってきた所であった。
アリサはなのはを見て、何も言わずに笑みを見せる。
完全に打ち解けてはいないが、多少の進歩があったとなのはの顔から理解したのだろう。
そんなアリサの心遣いに感謝しつつ、

「アリサちゃんたちはこれからどうするの?」

「私とすずかはこれからお風呂に行くのよ。もしかして、なのはたちも?」

「ううん。わたしたちはこれから散歩に」

「えっと、もしかして恭也も?」

アリサの言葉に恭也はそうだと頷いて返すと、アリサはなのはの腕を掴んで引き寄せる。

「ずるいじゃない、なのは」

「え、えっと、ずるいと言われましても……」

すずかに助けを求めるようにアリサの腕の中でもがきながらも顔を向ける。
だが、普段なら助けてくれるであろう少女も、何処か不貞腐れたような、拗ねたような視線をなのはに向けてくる。

「い、一緒に行く?」

なのはの言葉にアリサとすずかは頷きたい気持ちになるも、残念そうに首を横に振る。

「残念だけれど、忍お姉ちゃんがお風呂で待ってるの」

「さっき、お風呂に行く忍と擦れ違ったのよ。
 で、後から行くって言っちゃったから」

「それなら仕方ないな。それに、二人はもう散歩に行って来たんじゃないのか」

そう恭也が発した途端、三人の呆れたような視線が恭也へと向かい、恭也は思わず疑問顔になる。
そんな恭也を暫く見つめた後、三人は揃ったように顔を見合わせて肩を竦める。
その顔は一様に、恭也だからと物語っており、意味は分かりかねるが馬鹿にされているような気分になる。
憮然となる恭也を余所に、アリサとすずかはなのはの耳元へと小さな声で囁く。

「今日の晩御飯の席、恭也さんの隣を私に譲りなさい。
 それで許してあげるわ」

「わ、私も」

「そ、そんな事をわたしに言われても。
 それに、フェイトちゃんとアルフさんがいるし。
 お兄ちゃんの事だから、自分が連れてきたからって隣に座るかもしれないよ」

「そこはなのはがフェイトとアルフさんの相手をしなさいよ。
 良い機会じゃない。更に仲良くなれるかもよ」

決闘する事となった事情を知るはずもないアリサの言葉に苦笑を漏らしつつ、
決闘するからといって、それまで話してはいけない訳ではないし、仲良くなってはいけない訳でもないと思い直す。
アリサの言う通り、良いチャンスだとなのはは夕飯もフェイトの近くに座ろうと考える。
それを読み取ったアリサは満足げに頷くと、ようやくなのはを解放する。
何を話しているのかは分からないが、どうやら落ち着いたようなので恭也はなのはに声を掛け、
フェイトとアルフも促して歩き出す。

「それじゃあ、俺たちは散歩に行ってくるから。
 アリサとすずかちゃんも早く行った方が良いぞ。
 忍の事だから、あまり待たせると何をしでかすか分からないからな」

恭也の言葉にアリサとすずかは気の良い返事を返すと、足早に部屋へと戻るのだった。



外へと出る途中、土産売り場に居た美由希に出会う。
美由希は土産物売り場でじっと手元を真剣に見ている。
思わず何をしているのかと思ったなのはと恭也は、とりあえずそちらへと向かう。

「美由希、土産を買うのなら帰る前で良いんじゃないのか?」

「っ、あ、恭ちゃん。お土産を買うんじゃないよ」

集中しすぎていて近付いてきた事にも気付いていなかったのか、突然声を掛けられて驚きつつもそう返す。
周囲への注意力が足りないと思いつつも、恭也は美由希の手元を覗き込むとこれみよがしに溜め息を吐く。

「こんな所に来てまで本か」

「あ、あははは。いや、始めは何かあるかなってお土産の目星をつける程度のつもりだったんだよ。
 ただ、これが目に付いて。この辺りに伝わる伝承とかが載ってて、ちょっとだけ読むつもりだったんだけれど」

言いつつ語尾が小さくなっていく。
既に美由希が読んでいるページは最後の方である事からして、殆ど読み終えているような状態である。
誤魔化すように美由希は本を戻すと話を逸らす。

「恭ちゃんたちは外に行くの?」

「ああ、散歩にな。そう言えば、那美さんはどうしたんだ?」

「あ、あはははは。那美さんならちょっと外に出てる」

「何かあったのか?」

美由希の乾いた笑みに恭也が訝しげに尋ねると、美由希は煮え切らない態度で応じる。

「うーん、あったと言えばあったかな」

「どっちなんだ?」

「実はね、さっきお風呂に入ろうと思って那美さんと一緒に部屋に戻ったの。
 で、鞄を開けたら那美さんの鞄の中にね、居たのよ」

「何が? いや待て。居た、だと?」

「うん。どうも久遠がもぐりこんでたみたいで。
 それで、今外に」

言って美由希は旅館の外を出口がある方を指差す。

「あー、そういう事か。まあ、久遠の事ならフェイトたちなら受け入れてくれると思うがな」

意味ありげにアルフを見る恭也であったが、なのは以外はその意味が分からずに不思議そうな顔をする。

「まあ、どちらにせよここに来ている以上は仕方ないだろう。
 忍に頼んで一名追加してもらうしか」

「だよね。那美さんもそうするつもりだと思うよ。
 ただ、その為に注意しないといけない事があるから」

だからこそ、人目のつかない外に久遠を連れ出したのだと恭也も納得する。
一見、獣耳を付けた少女にしか見えない久遠だが、その正体は雷を操る妖狐である。
普段は子狐の姿をしているので鞄の中に潜り込めたのだろう。
だが、知らない人は当然、狐が人に化ければ驚くだろうし、何よりもここは旅館である。
ユーノなどの小動物は何とか許可をもらえたが、狐はどうなるのかは分からない。
それに、予め許可を貰ったのはフェレットに関してだけなのだ。
となれば、今日、明日の旅行中は子供の姿をしていてもらう方が無難であろう。
恭也もそうした結論に辿り着くと、納得したように頷く。

「そういう事か」

「うん。で、私は那美さんを待っていたんだけれどね。
 あははは。ついつい読み耽っちゃった。
 あ、忍さんはお風呂に行ってると思うよ。ユーノを入れるって張り切ってたから。
 何でも、旅館の人にお願いして、湯船につけないっていう条件でユーノも入浴できるようになったから」

それを聞き、なのはは心の中でユーノに手を合わせ、恭也はつい先程の自分の立場を鑑みて、
ユーノに大きな同情の念を抱く。
勿論、二人のそんな思いが通じるはずもなく、また通じたところでどうなるはずもなく、
今この時点でユーノは桶に張った湯の中で、忍に体中を洗われているのだった。
二人の脳裏に涙声の悲鳴が聞こえた気もしたが、それは気のせいだと二人は思考を切り替える。

「それで、お前は風呂にも行かずにここで本を読んでいたと」

「あははは。お風呂は後で頂くよ。それより、私も散歩に付いて行っても良いかな」

「俺は構わんが……」

言ってフェイトを見る恭也となのは。
つられるように美由希もフェイトへと視線を移し、
三人からの視線にフェイトはただ小さく頷いて了承の意を伝える。
こうして五人となった恭也たちは、旅館の周囲に設けられた自然の中を歩く。
先を行くなのはとフェイトを見守るように見つめる恭也。
先ほどからなのはが必死に話し掛け、それにフェイトが短いながらも相槌を打って返している。
アルフの方はなのはにも話し掛けたりとしているが、フェイトからなのはに話す事はないように見える。
だが、それはなのはを嫌っているのではないと美由希にも何となく理解できた。
もしかしたら、小さい頃の自分と重なる部分も見出したのかもしれない。
だが、事情を聞くような事はせず、なのはたちの会話が途切れたのを見計らってフェイトへと話し掛ける。

「フェイトちゃんは温泉初めてなんだよね。
 後で一緒に入る?」

「あ、え、も、もう入りました」

「あ、そうなんだ。そう言えば、髪が少し濡れてるかな。
 気持ちよかった?」

「はい」

美由希の言葉に小さく返事を返すフェイト。
戸惑っている様子を見て取ったのか、美由希は今度は恭也と話を始める。
思わず胸を撫で下ろすフェイトへと、今度はなのはが話し掛けてくる。

「ねぇ、フェイトちゃん」

「どうして、そんなに笑っていられるの?
 決闘しようと言っておいて、その相手と」

「どうしてって言われても、それとこれは別だもの。
 さっきも言ったでしょう。わたしはフェイトちゃんと友達になりたいの。
 決闘はお話を聞かせてもらうためと、わたしのことを認めてもらうためだもの」

そう言って笑うなのはに、フェイトは何か言おうとするも言葉が浮かばず、最後には小さく嘆息する。
呆れたように、けれども先ほどよりも幾分か柔らかくなった表情で、

「本当に変な人だね。私なんかと友達になりたいって言う事もそうだけれど、それ以外でも」

その微笑になのはは思わず嬉しさから笑い返しそうになるも、フェイトの言葉に引っ掛かりを覚える。

「それ以外でも変って、わたしはお兄ちゃんたちと違って普通だよ」

「ううん、充分に変な人だよ」

「普通です」

「変」

「普通」

「変」

このままでは埒が明きそうもないと恭也が間に入って止める。

「ほら、二人ともその辺にしておけ。
 で、だ。なのは、俺と違ってとはどういう意味だ?」

「にゃにゃ。わたしはそんな事を言って……」

「言ったよな」

「にゃにゃ」

困ったように美由希に助けを求めるなのは。
恭也の事をなのはに甘いと言いつつも、美由希もまたなのはには甘く、その視線を受けて恭也を止める。

「まあまあ、恭ちゃん。言葉のあやだよ」

「それはそれでどうなんだ」

「あははは。それよりも、決闘っていう物騒な単語が聞こえたんだけれど……」

遠慮がちに、けれどもこればかりは聞き逃せないと真剣な顔付きになる美由希に、恭也は即座に誤魔化しに掛かる。

「決闘といっても、俺やお前が想像するようなもんじゃない。
 ちょっとした勝負というか、競争みたいなもんだ」

「だよね。もし、本当に決闘なんかになったら、運動音痴のなのはじゃね。
 それにもしそうなら、なのはを危険な目に合わせるはずもないし、絶対に恭ちゃんが止めるよね」

上手く誤魔化された美由希に安堵しつつ、恭也はついつい愚痴ってしまう。

「とは言え、決闘なんて言い出すとはな。
 事情も気持ちもある程度は分かるが、なのはも本当に無茶をする。
 一体、誰に似たのやら……」

そんな事をぼやく恭也に対し、美由希はあっけらかんと笑い飛ばす。

「それこそ愚問だよ、恭ちゃん。なのはの無茶は恭ちゃん譲りなんじゃないかな?
 恭ちゃんはなのはを甘やかすし、なのはも何だかんだで恭ちゃんに一番甘えてるし。
 だから似ちゃったんじゃないかな。だとしたら、仕方ないよこればっかりは」

そう言ってのける美由希へと、なのはの可愛らしいポカポカと表現したくなるようなパンチが繰り出される。

「む〜、お姉ちゃんは酷いです」

可愛らしい妹の仕草に頬を緩ませた瞬間、その頭へと恭也のゴンゴンと表現したくなるような拳が繰り出される。

「ちょっ、きょ、恭ちゃん。いたっ、痛いよ、それ。って、し、舌噛む。
 や、やめ……あうっ!」

最後に一発、殊更大きな拳骨を貰った美由希は、そのまま頭を押さえて蹲る。

「む〜、恭ちゃんは酷いです」

なのはを真似るように唇を尖らせて呟いた言葉はしかし、恭也の冷たい声に切り刻まれる。

「なのはなら兎も角、お前がやっても可愛くも何ともないぞ」

「う、うぅぅ。兄が、兄が苛めるんです」

美由希は近くにいたフェイトを抱き締めるようにして泣き付く。
突然の事に反応もできずに抱き締められ、フェイトは困ったように恭也やアルフ、なのはにまで視線を向ける。
恭也は突き飛ばしてその辺に捨てておけというように手振りを交えて伝えるも、
流石にフェイトにはそんな真似は出来ない。困るフェイトを助けるべく、なのはが美由希を引き離す。

「お姉ちゃん、フェイトちゃんが困ってるから」

「あ、うん。ごめんね、フェイトちゃん」

「い、いえ」

泣いていたはずなのにあっさりと自分を解放し、何事もなかったかのように立ち上がる美由希を思わず呆然と見つめる。
そんな視線に気付いているのかいないのか、美由希はブツブツと恭也に文句を連ねる。

「酷いよ恭ちゃん。もう少し手加減してよね」

「手加減したら鍛えられんだろう」

「別に頭の堅さなんて鍛えなくてもいいもん。
 寧ろ、それによって脳細胞が死滅していくよ」

「ふむ。つまり美由希は既にボケはじめていると。なるほどな」

「そこまで酷くないよ! しかも、何で納得してるのよ!」

「いや、だってな」

「はにゃにゃ。わ、わたしに振らないでよお兄ちゃん。
 そ、そりゃあ、お姉ちゃんは何もない所で転んだり、本を読むのに集中しすぎて三食抜いてしまったりするけれど、
 でも、それはボケているんじゃなくて、ちょっと抜けているだけだよ!
 別に脳細胞が全滅している訳じゃないから、安心してお姉ちゃん」

「う、うぅぅ、一応フォローなんだよね、それ。
 あ、ありがとうね」

涙ながらに礼を言う美由希に、自分が言った事をよく分かっていなかったらしく、なのははそれを素直に受け取る。
対して恭也は鼻で笑うように一笑すると、

「良かったな美由希。妹に慰めてもらえて」

「う、うぅぅ。ここでまた追い討ちですか……」

精神的に凹む美由希を見兼ねたのか、フェイトがフォローしようとするも、何も言葉が浮かんでこない。
そもそも、美由希との付き合いがないのだから、どうフォローして良いのかも分からないのだ。
それでも、そんなフェイトの様子からそれを悟ったのか、美由希は笑顔でフェイトの頭を撫でる。

「ありがとうね、フェイトちゃん」

「あ、でも、私は何も……」

「何か言おうとしてくれたんでしょう。
 それだけでも充分だよ。日ごとから兄や妹に虐げられている私には、それは何よりも尊いものだよ」

美由希の言葉にフェイトは照れつつも、美由希のお礼の言葉を反芻するように思い返して小さく頷く。
そんなフェイトの様子にお礼を言われ慣れていない事を知っている恭也も、
それを知らなくても照れていると分かったなのはも知らず小さく笑みを零す。
零すが、これとそれとは別で、二人は揃って顔を見合わせて頷くと、
照れているフェイトを見て、頬を緩めながらもこちらに背を向けて、未だに頭を撫でている美由希の肩を恭也が、
その腕をなのはが掴む。共に笑顔を見せているのだが、美由希は何故か振り返る事は出来ないでいた。

「美由希、ちょっと聞きたい事があるんだが」

「お姉ちゃん、わたしも」

「あ、あははは。でも、私は今、フェイトちゃんの相手をしてるし……」

「なに、時間は取らせん」

「うんうん」

恭也の言葉に頷くなのは。
微笑ましい兄妹のやり取りなのに、同じ兄妹であるはずの美由希だけは身体を強張らせる。
そんな空気に気付いていないのか、アルフは気を利かせたつもりでフェイトの傍に立つ。

「フェイトの相手はあたしがやってるから、美由希も兄妹のコミュニケーションをすると良いよ」

「助かる、アルフ」

「ありがとうございます、アルフさん」

「うっ、うぅぅ、あ、ありがとう、ご、ございますっ……、アルフさん」

感謝の言葉を三者三様に投げるも、最後の一人だけは恨めしげであったのは言うまでもない。
そんな愚妹の事など意にも返さず、恭也となのはは美由希をフェイトから引き離す。

「さて、どうやら俺は妹を虐げる兄らしいからな」

「わたしは姉を虐げる妹だから」

「「今日はまだ虐げてなかったな(よね)」」

「あ、あうあう。さ、さっきのは冗談と申しましょうか、何と申しましょうか」

言い訳を始める美由希に構わず、恭也となのははがっしりと逃げられないように美由希を掴むと、
恭也はその頭を両脇から拳で挟みこみ、そのまま抉るようにグリグリと動かす。
痛みに悶える美由希の脇腹へと、なのはの小さな手が伸び、遠慮なしに思い切りくすぐる。

「ひゃはははは。ちょっ、な、なのっ……! そ、そこは、あ、あはははははははっ!
 い、痛い、痛いっ! 痛いよ、恭ちゃ……あ、あははははは。や、やめっ、わ、笑い死……い、痛いぃぃぃっ!」

痛みとこそばさという全く違う二種の拷問に、美由希はただ笑いながら苦悶の声を上げる。
そんな様子をフェイトとアルフが少し離れて眺めていた。

「仲が良いんだね」

「うん、そうだね。恭也の家族は皆、いい人たちでばっかりで仲良しだよ。
 あたしとフェイトと同じぐらいに」

言いながらアルフは背中からフェイトにじゃれ付くように抱きつき、フェイトはそんなアルフの頭を撫でてやる。
目の前のやり取りを、フェイトは何処か羨ましそうに見つめつつ。
そんなフェイトの気持ちを感じ取ったのか、アルフは殊更甘えるようにフェイトへとじゃれ付くのだった。



 ∬ ∬ ∬



次元空間航行艦船アースラのブリッジにて、エイミィが手元のキーを素早くタッチしていく。
それに呼応するように幾つかの画面がエイミィの前に映し出され、それに素早く眼を走らせる。
一通りの作業を終えると、凝り固まった背中や肩を解すように両腕を上に上げて軽くストレッチする。

「うーん、はぁぁ。あれからジュエルシードの反応はなしか〜」

「ほら、エイミィ。だらけていないで仕事してくれ」

後ろから今しがたブリッジにやって来たクロノの声が飛ぶ。
その声に少し間延びした返事を返しつつ、エイミィはクロノの方へと体ごと振り返る。

「そうそう、前から調べていたあの黒い少女の事なんだけれど」

「何か分かったのか?」

「分かったというか。ちょっとこれを見てくれる」

言って指を動かすと、先ほどとは違う画面が現れ、二人はそれに注目する。

「これは……」

「うん。なのはちゃんから聞いたフェイト・テスタロッサという名前では何も見つからなかったんだけれどね。
 ほら、あの子もなのはちゃんぐらいの年だったから、保護者の方も気になってね。
 だから、テスタロッサからなら何かわかるかなって思って調べていたら……」

「これが出てきたのか」

「うん。
 ただ、フェイト・テスタロッサとの関係は一切見つからなかったから、単なる偶然かもしれないけれど……」

「そう。迂闊だったわね。テスタロッサと聞いてすぐに思い浮かべるべき人物を失念していたなんて」

二人のやり取りを艦長席から見ていたリンディが、不意に二人の会話へと入ってくる。
思わずといった感じで溜め息を零したリンディを一度だけ振り返り、すぐにクロノはエイミィとの話に戻る。
クロノが見つめる先には一人の女性の写真が。
昔のものなのか、かなり若い顔立ちをしいており、研究員といった感じの白衣を身に纏っている。
右のウィンドウに出ている、その女性に関するデータを読み進めていくうちに、クロノはある部分で視線を止める。

「娘が一人か。エイミィが言うように、フェイトという少女との関係はこの資料には書かれていないが、
 あの少女の魔法レベルを考えると、この人の娘という可能性もなきにしもあらず、といった所か」

「ところがね……」

クロノの言葉に少し声のトーンを落としたエイミィが幾つかの操作をする。
新たに開いたウィンドウがクロノの前に表示され、それをクロノはざっと読む。
全てを読み終えるよりも先に、リンディが少し重たい口調で閉じていた口を再び開き、二人へと言う。

「多分、それはないと思うわ」

「つまり、艦長はフェイト・テスタロッサはプレシア・テスタロッサの娘ではないと?」

「艦長の仰る通りで、ここを見てクロノく……執務官」

言い直すエイミィに苦笑を滲ませつつ、クロノは指差された個所へと眼を向ける。
先ほどリンディの声に中断させられた個所よりも数段下の行を。
クロノがそこを見ていると分かった上で、エイミィは改めて報告を続ける。

「プレシアには確かに一人娘が居るには居るんだけれど、正確には居たというか。そのもう……。
 もし、この事が嘘だとしても、名前はフェイトではなくアリシアといったみたいだし」

エイミィの言葉にクロノは少し考え込み、

「すまないが、念のためにその辺りも全て調査してくれ。
 勿論、僕も手伝うから」

「それは良いけど……」

言外に人使いが荒いという意味を込めて軽く睨みつけてから、すぐにまた手を動かす。
その背中に礼を言いつつ、終わったらケーキでも奢るからと機嫌を取っておく。
そんな二人のやり取りをリンディはにこにこしながら見守っていたのだが、からかうように口を開く。

「この任務が終わったら、二人でデートなのね」

その言葉を共に強く否定する二人の反論を聞き流しながら、リンディは更に二人をからかう。
ひとしきりからかって満足したのか、リンディは笑顔だった顔を不意に真面目なものへと切り替える。
突然の事についていけず、思わず呆けそうになるも、すぐに二人も真剣な顔になる。

「それで、先日のあの女の子を助けたと思われるもう一人の使い魔の存在が分かったのよね」

リンディの言葉にエイミィは頷くと、先ほど呼び出そうとしていた新たなウィンドウを開いてみせる。

「正体までは分かりませんが、大よその魔力量からランクだけは」

「それだけでも助かる。それで、あの不意打ちを仕掛けてきたのは?」

「推定される魔力量からCランクだと思われます。
 クロノ執務官を襲った魔法弾の威力も大した事もありませんでしたし」

「だが、あれは電気のようなもので身体を痺れさせる術式が付加されていたからとかでは?」

倒すためではなく、捕らえるための魔法だからこそ威力が低かったのではという問い掛けに対し、
エイミィはしかし、はっきりと首を横へと振る。

「いいえ、それはありません。単に魔力そのものが電気のような性質を持っていただけですね。
 痺れはその副作用のようなものです。それについても、大した効果はなかったと思いますが」

「確かに。だが、あの逃走の際の魔法は確かに威力は弱かった。
 だが、その分早くて量があったが……」

「とりあえず、あの時見た魔法はその二つだけで、それから推測されるのはCランクという事です。
 勿論、相手が全力を出していなかったとも考えれるから……」

「そうだな。とりあえず、敵は三人と考えておこう。
 それよりも、今はジュエルシードの探索、及びエイミィと僕はプレシアに関しての調査だ」

クロノはそう話を締め括ると、すぐに自分に出来る事をする為にブリッジを後にするのだった。



 ∬ ∬ ∬



夕食も終え、それぞれに寛ぐ一同。
諸々の事情から一泊だけで明日の昼には帰る事となっているためか、皆それぞれに風呂に行ったり、
土産を見たりしていた。
が、そんな中、那美が不意に鋭い眼差しになる。
その様子に美由希は少し驚く。普段は穏やかな彼女が険しい顔になって、部屋の壁をじっと見つめているのだ。

「どうかしましたか?」

「ええ、今、変な気配が……。
 忍さん、前にお話されていたさくらさんが除霊したというのは」

「うーん、除霊というよりも封じたって言ってたかな?
 それがどうかしたの?」

「……もしかしたら、その封印が解けかけているかもしれません」

「うそっ!? だって、あのさくらが大丈夫って言うぐらいなんだよ」

「ですが、何らかの事故があって解けてしまうという事は割とある事ですよ。
 特に人が踏み入る事の出来る場所なんかの封印は。
 ちょっとした悪戯のつもりでやった事が、とてつもない事態を招いたり」

ちょっと見てきますと立ち上がる那美に続くように、忍や美由希も立ち上がる。
だが、二人を押し留める。

「一応、私も専門家ですから。
 それにいざとなったら久遠もいますし、どうしても手におえないようなら実家に連絡しますから。
 だから、大丈夫です。それよりも、美由希さんたちはここですずかちゃんたちと一緒に居てください。
 後、この事は」

言って唇の前に人差し指を一つ立てて内緒にとお願いする。
少し考えた後、忍と美由希は那美の言葉に頷くのだった。
那美と久遠が旅館を出て少し経った頃、土産売り場を冷やかしていた恭也たちの顔が変わる。

「フェイト、なのは!」

「これはジュエルシードの反応だね」

アルフが恭也の思った事を肯定する言葉を吐く。
すぐに飛び出そうとするフェイトの後に続く恭也たち。

「反応は裏の林の方から」

飛び出しながら、昼の散策で見て回った周辺の地理を思い描き、フェイトが大体の場所を告げる。
同時に、ちらりと背後にいるなのはを見る。
フェイトの視線を受け、なのはは思ったことを口にする。

「今は一緒に協力しよう。このままだと、皆の安全が心配だし。
 今回のジュエルシードは、えっと早い者勝ち……じゃなくてお兄ちゃんに預かってもらおう。
 それで、わたしとフェイトちゃんの決闘で勝った方が手にするの。それでどう?」

「管理局の方はどうするのさ、なのは!?」

なのはの言葉にユーノが真っ先に異論を唱えるが、なのはは首を横に振る。

「ごめんね、ユーノくん。でも、お願い」

「……分かったよ。元々、なのはには協力をお願いしている立場だしね」

「ありがとう!」

そんな二人の会話を聞きながら、しかしフェイトはこの反応は遅かれ早かれ管理局も掴むだろうと考えている。
勿論、なのはたちもそれは分かっているのだろう。
けれども、なのは個人として妥協案を提示してきたのだ。
それに、そんなに悪い条件でもない。だから、フェイトはその提案を受け入れる。
ただし、管理局の介入があった場合はどうなるか分からないとだけ付け足して。
それでもなのはは満足そうな顔を見せるのだった。





つづく、なの




<あとがき>

残る二つのジュエルシード。
その一つが遂に見つかる!
美姫 「ようやくね」
このままほのぼのという訳にはいかなかったのであります。
美姫 「ジュエルシードの元へと向かう恭也たち」
管理局側の動きは!?
美姫 「次回をお待ちください」
ではでは。







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