『リリカル恭也&なのは』






第41話 「恭也と那美と久遠と」





言い訳を考える恭也の隣でなのははまだ半分夢心地と言った感じで恭也の顔をじっと見詰め、

「……うーん、まだ夢?」

呂律もあやふやなままに呟くとそのまま恭也に抱き付いて目を細めると、再び寝息をたて始める。
美由希たちが大声を上げるも、妹である故に強くは言えずにそのまま黙り込む。
一方のフェイトはその大声で完全に目を覚まし、自分の状態に気付いて頬を染めて起き上がる。

「ご、ごめんさない、恭也さん。本当にごめんなさい。
 ご迷惑を……。何とお詫びすれば……」

「いや、そこまで謝らなくても良いから。……と言うかアルフ。
 お前はさっさと起きて離れろ」

「う〜ん、後五分。昨日は夜遅くまでたくさん動いて疲れてるんだから、あと少しだけ〜」

「恭ちゃん? アルフさんと夜遅くまで何をしてたのかな?」

「何もしてない! アルフ、起きろ!」

「うぅぅ、恭也はなのはやフェイトには優しいのに、あたしには冷たくない?」

「良いから起きろ」

身体を多少乱暴に揺すってアルフを起こす。
渋々と起き出したアルフは不満そうにしながらもフェイトへと笑顔で挨拶を返す。
しかし、当のフェイトからは小さく返事が返ってくるだけで、よくよく見ると顔も赤い。

「フェイト、もしかして風邪でもひいたの?
 あ、それとも昨日の疲れが?」

「ち、違うよ、そうじゃなくて……」

「……あれ? 皆もそろってどうしたんだい?
 って、どうして恭也があたしの下にいるの?」

「やっと気付いてくれたか。とりあえず、退いてくれると嬉しいんだが」

「ああ、悪いね。えっと、確か昨日は……」

アルフが何か言う前に足を引っ掛けて転ばし、文句を言う前に恭也が先に言葉を被せる。

「どうしたんだ、アルフ。突然、転んで。
 ああ、起き抜けに行き成り立ち上がったから立ち眩みでもしたのか?」

「何を言ってるんだい! アンタが足を……あー、立ち眩みしたのかも。アハハハハ」

恭也の酷く鋭い眼差しにアルフは笑ってそれを肯定すると、恭也が視線で告げる後ろへと視線を向けて、
そこに美由希たちがいると知る。

「あははは。皆、おはよう!」

元気に、けれどもわざとらしく挨拶をしてくるアルフに、しかし美由希たちも挨拶を返す。
その間に恭也は未だに腕の中で眠るなのはを起こす。

「ほら、なのは」

「う、うぅぅん」

眉間に皺を寄せ、少しでも多く眠っていたいとばかりに目覚める事に難色を示す。
だが、ここで甘やかす訳にもいかず、恭也は何とかなのはを起こす。

「……あれ、お兄ちゃん? ……おはよう」

まだ寝ぼけ眼で恭也を認識すると、一応朝の挨拶をしてくる。
だが、本当に起きているのかどうかは怪しく、まだ油断は出来ない。
油断するとこのまままた二度寝、いや、今日は三度寝か、ともあれまた眠り姫と化しかねない。
恭也は慣れた手付きでなのはの身体を抱えて立たせると、ふらつく身体を肩を持って支えつつ、

「おはよう、なのは。そろそろ起きろ」

「…………おはよう」

「ああ、それはさっきも聞いた」

「……うーーん」

恭也の言葉になのはは伸びをすると、ようやく目を覚ます。
最近は魔法の練習もあって多少は朝に強くなっているはずなのだが、やはり昨日の戦闘はかなり疲れたのだろう。
とは言え、このまま寝かせておく訳にもいかないのだから仕方ない事ではあった。
ようやく全員が目を覚ますも、こちらへとじっと視線を注いでくる美由希たちの態度に恭也は一人頭を抱える。
と、なのはもようやく事態を飲み込めたのか、やや渇いた笑みを浮かべる。
なのはの場合、美由希たちは仕方ないなー、で済ますのだが、この場にはそれで済まない人物がいるである。
アリサとすずかの二人から突き刺さる物言わぬ視線に、なのははただただ笑って誤魔化すしかできないのであった。
何か問いただしたそうな忍たちの視線に気付き、恭也は慌てたように忍たちよりも先に話し出す。

「なのはもフェイトもどうしてここで寝ていたんだ?」

これは恭也にとっても本当に疑問なのだ。
恭也の記憶は最後にあの九尾狐の紅眼を破壊したところでなくなっているのだから。
そんな恭也の疑問になのはから念話であの後の事を説明される。

≪……という事なんだけれど、わたしもフェイトちゃんも疲れてたから、多分そのまま寝ちゃったんだと思う≫

なのはの言葉に納得しつつも、これをそのまま伝える事が出来ない以上、
忍たちを納得させる事は出来ないであろうと考えた恭也は、

「そうか、アルフが夜中に動いていたと言ってたが、散歩にでも行ってたのか?
 もしくは、風呂にでも。で、間違って俺の部屋に来てしまったんだな」

「う、うん、実はそうなの」

恭也の説明くさい台詞になのはは必死で頷いて同意する。
幾分か柔らかくなったアリサとすずかの視線に胸を撫で下ろしつつも、
やはり未だ睨んでくる二人の視線から逃げるようになのははフェイトの手を取ると部屋を出て行く。

「フェイトちゃん、早く着替えちゃおう。えっとアルフさんも」

もう一方の手でアルフの手も取ると、まるで逃げるように、いや実際に逃げているのだが部屋を足早に立ち去る。
かなり無理がありそうな恭也の説明に、美由希は何で気付かないのというような視線を向けてくるも、
それに気付かない振りをしてみせ、これでこの件は問題なしといった表情を見せる恭也。
流石にこれ以上突っ込んでも無理かと悟ったのか、思ったよりもあっさりと忍たちも追及を諦める。
こうしてどうにか朝の騒動を何とか終息させた恭也であったが、
祟りの件に関しては、当事者である那美と久遠には言っておかなければならないと思い出し、
魔法の件を隠してどう説明するかという、更なる問題の浮上に頭を抱える羽目になるのだった。



朝食を終えた後、皆がお土産を見て回っている間に恭也は那美に声を掛ける。

「那美さん、少しお話が……さざなみの皆さんにお土産ですか」

「ええ。でも、帰宅は昼過ぎなので、まだ余裕がありますから大丈夫ですよ」

恭也の言葉に微笑んで答える那美に恭也も邪魔されずに話をするには今が良いと考え、とりあえずは部屋に戻る。
途中でなのはと一緒にいた久遠も連れて行く。
朝食中に念話でなのはやフェイトたちと大まかに那美への説明を決めていたので、なのははすぐに事情を察し、
久遠に手を振るとフェイトの姿を求める。
少し離れた隅の方でアルフと一緒に見て回っているのをみつけ、そちらへと向かおうとしたのだが、
その肩をアリサとすずかの二人が掴んで引き止める。

「な〜の〜は〜」

「なのはちゃん、ちょっとお話良いかな?」

二人の表情や口調から、その話というのがすぐに今朝の事だと理解したなのはは引き攣った笑みを浮かべる。

「えっと、今はちょっと忙しいかな〜」

「何なら、フェイトやアルフさんも一緒でも構わないわよ」

「そうだね、あのお二人にも色々と聞いてみたいし」

流石にあの二人まで差し出すのは忍びないと思ったのか、なのははがっくりと肩を落とすと大人しく二人に付き合う。
とは言え、既に理由は恭也が嘘ではあるが説明したので特になのはが改めて言う事はないと思うのだが。
そんな風に考えつつも、間違っても迂闊な事を言わないようにしようと決意するなのはであった。
まあ、結局の所は二人による愚痴となのはたちに対する嫉妬、
特になのはに関しては恭也に寝ぼけていたとはいえ抱きついた事もあり、毎日ああなのかと問い詰められたりとしたが、
ようは嫉妬を含んだ不満をただ聞かされる羽目となるだけで、こちらから何か言う事もなくぼろは出さないで済んだ。
済んだのだが、やはり精神的にかなり疲れたのだけはどうしようもない事であった。



恭也が泊まっている部屋の中で、那美と久遠は隣り合って恭也の対面に座る。
そんな二人の前にお茶が差し出される。
礼を言う二人に恭也は本題を切り出すべく口を開く。

「何からお話するべきか。とりあえずは、いきなりですが本題からにしましょうか。
 那美さん、もうすぐ解けると言っていた久遠に施されていた封印の事なんですが……」

恭也の言葉に那美の顔付きが変わり、僅かに姿勢を正す。
何となく周囲の空気も変わったように感じられる中、固唾を飲んで見詰めてくる那美に恭也はそれを口にする。

「祟りは既に久遠の中にはいません」

「……………………はい?」

たっぷりと時間を掛け、ようやく恭也の言葉の意味を理解……できずに首を傾げる。
確かに行き成りそう言われても信じられないかもしれないと恭也は順を追って話す事にする。

「まず、昨夜の事を覚えてますか?」

「昨夜……もしかして、この辺りに封印されていた悪霊の事でしょうか」

「はい。あの時、悪霊が解放されたのはご存知ですよね」

「ええ。私は危うく取り込まれそうになったんですけれど、久遠が助けてくれたみたいで……」

「くおん、なにもしてないよ?」

久遠は久遠で那美に助けられたと思っていたのか、今始めて聞いた那美の台詞にきょとんとした顔で那美を見詰め返す。
そんな久遠の反応に那美もまた驚きの表情を見せ、何やら事情を知っているらしい恭也へと自然と視線が向かう。

「俺も聞いたけれど詳しくは専門外なのでよくは分からないのですが、
 那美さんと久遠はその悪霊に取り込まれてしまったみたいなんです。
 それで、その悪霊は取り込んだ者の力を使う事が出来るみたいで、那美さんの霊力や久遠の力も使ったそうです」

恭也の言葉にやはり驚きを見せながらも那美はただ黙って話を聞く。
自分がここにいるという事は、既にその悪霊が倒されたからだろうと考えて。
最悪の可能性――自分たちは助けられたが悪霊が逃げたというのも考えなくもなかったが、
それなら恭也がここまで落ち着いているはずもないだろうと。
そんな那美の考えを見抜いてか、恭也は既に悪霊は倒されたと告げる。
その上で説明を続ける。

「それでその場に駆けつけて退治した者から聞いた話なんですが、悪霊から那美さんと久遠を引き離した時、
 最も大きな力、つまり久遠の祟りだけは悪霊も手放さなかったみたいなんです。
 祟りの力を得た悪霊は手強かったみたいですが、その人は何とか倒しました。
 その時、一緒に祟りの方も滅んだみたいでして。
 どうも取り込んだ悪霊は逆に祟りに取り込まれそうになっており、二つが融合したような状態だったみたいなんです。
 なので、共に滅んだという事らしいのですが……」

「そんな、あの祟りを退治するなんて、そんな凄い人が……」

「えっと、その人が言うには本来の力は出せなかったみたいです。
 何せ、互いに相手を取り込むことに力の大半を使っていたみたいだったと……」

「そうなんですか。それでも、並の退魔士じゃないですね、その人」

何となく拍子抜けした感じで呆然と返していた那美であったが、
ゆっくりと徐々に恭也が話した言葉の内容が染み渡ったのか、不意に隣に座る久遠に抱き付く。
薄っすらと目じりに涙を浮かべつつも優しく久遠を抱き締める。

「良かった、良かったね久遠」

「どうしたの、なみ? どこかいたい?」

那美の涙を見たからか、そう尋ねる久遠に那美は首を横に振る。

「違うのよ、久遠。これは嬉しいから」

「うれしい?」

「そう。これでずっと久遠と一緒にいられるから」

「ずっといっしょ?」

「うん」

「なみ、くおんもうれしい♪」

たどたどしくも、けれども本当に嬉しいという気持ちの篭った言葉を那美に聞かせながら久遠も那美に抱き付く。
そんな二人を眺めながら、改めて二人の仲の良さに恭也は目を細める。
これが初めの頃は互いに嫌っており、警戒していたというのだから、人の関係とはつくづく不思議だと感じる。
とは言え、二人がこうなったのはやはりこの二人が優しいからであろう。
そんな事を思いつつ、恭也は那美に聞いた昔の事を思い出していた。



 ∬ ∬ ∬



恭也が無事に二年へと進学して数日が経ったある日、学校から帰ってきた恭也は一人で神社までジョギングをしていた。
神社の境内で軽く身体を解し、少しだけ休息を入れようとした折、こちらに近付いてくる気配を感じて振り返る。
見れば、そこには白衣に緋袴という巫女の格好をして竹箒を持った少女がいた。

「こんにちは」

「こんにちは」

互いに挨拶を躱し、簡単な世間話をする。
今年からこっちにある学校に通うことになり、ここの神主と知り合いでこうして神社でお手伝いをしているという少女。
対し、恭也は偶にこの付近で運動していると説明をし、互いに名乗りあう。
これが神咲那美との最初の出会いであった。
この後、子狐の久遠とも知り合い、美由希やなのはといった高町家の面々とも知り合っていく事になり、
那美が退魔士であったり、久遠が変化したりといった事は大よそ二ヵ月後に判明するのだった。
仲良くなった美由希の見る目が変わるのではと恐れていた那美であったが、美由希はその程度では態度を変える事無く、
逆に今度は恭也や美由希の秘密――御神流という古流剣術に関して教えられる事となり、
二人は今まで以上に仲良くなるのであった。
更に言えば、この時に恭也と那美は互いに感じていた不思議な感覚を確かめるように話を持ち出し、
やはり幼少時代に会っていた男の子、女の子であった事を知り、
周囲を今まで気付かなかったのかと呆れさせたりもしたが。
ともあれ、そんな感じで那美も高町家の面々と仲良くなって時間が流れた頃、
冬休みも終わるという日に実家に戻っていた那美が高町家へと訪れたのだ。
ただし、その雰囲気はいつもと少し違っており、出迎えた恭也は多少驚いた。

「いらっしゃい、那美さん」

「はい。あの、ところで今は恭也さん以外に誰かいますか?」

「生憎、今は俺だけなんですが」

「そうですか。なら、丁度良かったです」

那美の言葉の意味は良く分からないが、ただ冬の寒い中にいつまでも外で立ち話もなんなので家へと上げる。
リビングに通した後、恭也が用意したお茶に最初だけ口をつけ、
それ以降黙ったままの那美を恭也はただ静かに見詰める。
が、流石に三十分も経とうかという頃になり、恭也は那美に促すように声を掛けようとして、
遮るように那美が話し出す。
その話こそが久遠の祟りの事であり、那美の本当の両親が久遠が暴走した時に亡くなったと教えられる。

「始めは久遠を恨んでいたんです。だから、遠くから石をぶつけたりして苛めて……」

今の仲の良い二人からは想像もできないが、
起こった出来事を聞く限りでは仕方ないのかもしれないと恭也はただ静かに聞く事に徹する。
那美の話はふとした切っ掛けで仲良くなっていた事へ移る。
何でもない久遠との思い出を話す那美からは、本当に久遠の事を思っていると感じられる。
が、その声が不意に沈みこむ。

「今年、田舎に帰った時に言われたんです。
 正確には昨日なんですけれどね。多分、来年の夏ぐらいに久遠にされている封印が解けるって。
 その時、久遠が人間にまだ恨みを抱いていたら……。勿論、そんな事はないって思います。
 それに、そうなってもきっと私が止めてみせる」

悲しげな顔から一転して、那美は何か決意したような顔で恭也を見詰めてくる。
その視線を受け止めながら、恭也はまず最初に浮かんだ疑問を口にする。

「何故、それを俺に?」

「他の人に話して心配や迷惑は掛けたくないので、勿論、恭也さんにも言うつもりはなかったんです。
 でも、今のままじゃ駄目だって思って。それで、どうしても恭也さんにお願いしたい事ができたんです。
 だから全てをお話しました」

何となく予想しつつも恭也は那美にそのお願いというものを尋ねる。
そして、それはやはり恭也が予想した通りのもので。

「私に剣を教えてください! 勿論、御神流を教えて欲しいとかじゃないんです。
 基本で構わないんです。お願いします!」

必死になって頭を下げる那美に恭也は困ったような顔をしつつも、

「まずは頭を上げてください那美さん」

いつもよりも静かな声で那美に話し掛ける。
美由希との鍛錬時によく見せるやや鋭い眼差しで那美を見詰め、それでもしっかりと見詰め返してくる那美。

「どうやら本気のようですね」

「はい。あの子の為に私も出来る事をやっておきたいんです」

「……分かりました。そこまで仰るのなら、これから夕方には家に来てください。
 道場の方で美由希と一緒に教えますから」

こうして那美が恭也へと剣を教わる事が決まる。
表向き、那美の仕事の関係上、少しでも危険を減らせるようにという口実を作りつつ、那美は恭也に教えを乞う。
美由希同様、いや、それよりも物覚えはあまりよくない那美であったが、これまた美由希同様に努力家で、
また確固たる目標があるからか那美は確実に剣の腕を上げていた。
とは言っても、行き成り実戦レベルとまではいかないが。
だが、始める前と比べると三ヶ月もする頃にはかなり成長していた。
なので、試しに恭也は美由希と対戦させてみる事にした。

「そ、それは流石に無理です」

「那美さん、別に美由希に勝てと言っているんじゃないんですから。
 ただ実際に相手にする時、素振りや基本的な動きなどしかしてなければあまり動けませんよ」

「う、うぅぅ、わ、分かりました。美由希さん、お願いします」

「えっと、こちらこそ」

ちらりを横目で恭也を見れば、何も言わずにただ美由希を見詰め返してくるだけである。
もし那美に負ければ恭也からどんな目に合わせるかと考えて思わず身体を震わせるも、
すぐにこれも那美のためになると気持ちを入れ替える。
恭也が無駄な事などしないという信頼は元より、恭也の言うように付け焼刃ほど危ないものはないのだ。
本当に那美が退魔で剣を必要とする場面があるのかどうかは分からないが、
ここで手加減するのは那美のためにもならないのである。
これで変に今のレベルで通じると思ってしまうといざという時に油断や慢心に繋がる可能性が出てくるのだ。
那美に限ってそれはないかもしれないが、剣を習っている以上、
そしてこうして対峙した以上は相手が誰でも関係ない。
全力を持って相手をするだけである。勿論、その中に数パーセントとはいえ、
下手に手加減したら恭也のお仕置きがあるという思いもあったかもしれないが。
那美はおずおずと自分の持つ短刀の大きさに作られた木刀を手に持つ。
対する美由希はいつも使っている小太刀サイズの木刀を二本手にして構える。
剣を持った美由希を前にして、那美は早くもその雰囲気に飲まれてしまう。
普段の美由希からは想像もできないその姿、纏う空気に。
その一瞬の逡巡の隙に美由希は那美との間合いを詰め、左手に握った木刀を一閃させる。
木がぶつかり合う乾いた音が響き、次いで木刀を握っていた手に痛みが走る。
それが美由希の攻撃で自分が持つ木刀が弾き飛ばされたんだと気付いた時には、
その喉元に美由希の木刀が突きつけられていた。

「あ、あううぅぅ」

全く反応できなかった那美が立ち上がるのを待ち、恭也はもう一度二人を対戦させる。
美由希が何か言いたそうにするがそれを黙殺し、ただ続けるようにだけ告げる。
那美自身も木刀を構えているのを見て、美由希も構える。
その後、四回ほど行われた打ち合いはどれも美由希があっさりと那美を倒していた。
まだ続けるのかと問いたそうな視線を投げてくる美由希に首を横に振り、対戦はもう終わりにする旨を伝えると、
今度は那美へと話し掛ける。

「那美さん、どうでした」

「えっと、本当に凄いですね美由希さん。
 美由希さんや恭也さんの鍛錬を見せてもらった事はありますが、実際に見るのとやるのとでは全然違いました」

「そうですか。ですが、最初のは兎も角、二度目以降も那美さんの方は同じような感じでしたが」

「あはは、やっぱり行き成りは無理ですね」

「そうじゃなくて、自分から一切動いてませんよね。
 しかも、避けようという動作すら殆どなかった。美由希の奴が回数を重ねる事に手加減していったのに」

「それは……」

何か言おうとする那美を押し留め、恭也は更に言葉を繋げていく。

「稽古を見ている限り、少なくとも最後の立会いでは何らかの反応が出来たはずです。
 いえ、寧ろ稽古の時よりも悪い」

恭也の言葉に俯いてしまう那美であったが、恭也は容赦なく告げる。
稽古ではある程度成長を遂げているのに、対戦させると途端に全く駄目になるということを。
少し冷たい言い方に美由希が何か言い掛けるも、恭也の視線の強さについ黙ってしまう。
その間にも恭也は那美へと話すのを止めない。

「剣は武器で傷つけるものです。ですが、それは扱う人次第でもあります。
 でも、那美さんは傷つけるということを怖がるあまり、
 例え木刀での打ち合いでも無意識にか動きが堅くなってます。
 いえ、動こうとすらしていない。そんなのでは、幾ら鍛錬したとしても何の役にも立たないでしょうね」

「恭ちゃん! そこまで言わなくても良いんじゃないかな。
 那美さんは基本しか習ってないんだし、大体……」

「基本でも剣を手にする以上、甘えは許されない。
 ましてや、それを用いて戦おうとするのなら、それは即座に命に関わる」

「それはそうだけれど。でも、那美さんが剣を習った理由って護身のためだよね。
 だったら、もう少し違うやり方もあるんじゃ……」

「護身だろうが何だろうが、剣を手にした者を前にして、相手がどう出るのか分からないだろう。
 その時に一歩踏み出せなければ、逆に傷付くのは那美さんなんだぞ。
 逆にその最初の一歩さえ動ければ、逃げるという選択肢だって生まれてくる。
 だが、今のままではただ単に武器を取り出し、相手を余計に警戒させ、挑発しているだけだ」

「そうかもしれないけれど……」

項垂れる那美を気遣わしげに見遣る美由希を無視し、恭也は那美を静かに見据える。

「どうします? もう止めますか?
 貴女の覚悟とはしょせんその程度のものですか?」

恭也の言葉に肩を震わせ、睨み付けるように顔を上げるも恭也の無言の威圧にまた顔を伏せてしまう。
顔を伏せたまま那美は力なく立ち上がると、無言のままに道場を後にする。
その背中に美由希が何か言い掛けるも、恭也は肩を掴んでそれを止める。

「暫くの間、俺たちはこの時間にここで鍛錬してますから。
 どうするのかは、貴女次第です。
 ただし、今の気持ちのままで来た時は、その時は美由希ではなく俺が容赦なく相手しますからそのつもりで」

流石に恭也へと突っ掛かる美由希を軽くあしらい、立ち去る那美から視線を外す。
道場から去る間、那美は一度も振り返ることも声を上げることもなかった。
それから三日、那美が高町家を訪れる事もなく、美由希は不貞腐れたように恭也に文句を言う。
言うが、恭也の言う事を誰よりも理解しているのもまた美由希自身であり、
自身も剣を握るからこそ、本気で恭也を怒る気にはなれない。
それでもやはり親友を苛められたような気持ちがあるので、それを鍛錬時に恭也へとぶつける。
が、見事な返り討ちに何度もあっていた。

「うぅぅ、痛い……」

「まだまだ動きに無駄が多すぎるな。さて、充分に休んだだろう。
 さっさと準備をしろ。もう一本いくぞ」

「はい!」

木刀を手に起き上がると美由希は構える。が、それを恭也が止める。
そんな恭也の合図にも美由希は油断せずに恭也を視界の中に入れたまま、恭也が向けた視線の先を追い、
知らずにその顔に笑みを見せる。
そこには何かを決意するような厳しい顔付きの那美が立っていた。

「恭也さん、もう一度お願いします。私に、私に剣を教えてください!
 あの子を助けたいんです!」

恭也に言われた言葉に塞ぎ込み色々と考え込んでいた那美であったが、
その間もずっと一緒に居て何とか慰めようとしてくれた久遠の為に、
久遠と共に過ごす日々の為に再び鍛錬を再開する決意をする。
その為に自分が傷付く事は既に覚悟していたが、それだけではなく相手を傷つけるという覚悟も持って。
勿論、傷つけずに済むのならそれに越した事はないという考えではある。
だが、それは恭也や美由希も同じなのだと気付き、それでも譲れないものが、
守りたいものがあるのだと久遠から教えられたから。
本当にそんな覚悟が出来たのかは分からないが、それでも一歩を踏み出す覚悟だけはちゃんとしたから。
だから那美は再び恭也の前に現れ、一度は逃げてしまったけれどももう一度教えを乞いたいと頭を下げる。
そんな那美に投げられたのは、冷たい言葉でも拒否する言葉でもなくただ一言だけだが優しい声であった。

「待ってましたよ」

「……はい! よろしくお願いします!」

こうして二人に戻った夕方の鍛錬は、いつの間にか見慣れた三人での鍛錬へと再び戻ったのだった。



 ∬ ∬ ∬



懐かしそうに目を細めて昔の事を思い出していた恭也へと、那美がふと気になった事を尋ねる。

「そう言えば、その退魔士さんはどうしたんでしょか。私、お礼を言いたいんですが。
 恭也さんも親しそうですし、もしかしてお知り合いの方なんですか?」

「えっと、それは……。実は皆には内緒ですが、アルフなんです」

「えぇっ! アルフさんも退魔士さんだったんですか!?
 あ、もしかして恭也さんにアルフを預けて遠くに出かけていた理由って……」

「ええ。海外の方でちょっと難しい仕事を引き受けたらしくて。
 そんな訳で、また犬のアルフを預かる事になりそうでして」

「そうだったんですか。後でちゃんとお礼を言っておかないと」

「いや、そんなのを気にするような人ではないですが、まあ、那美さんがお礼をしたいみたいですし、
 後でアルフには伝えておきますよ」

「お願いしますね」

恭也の言葉に那美は嬉しそうにそうお願いすると、もう一度久遠の頭を撫でる。
撫でられた久遠も嬉しそうに那美に擦り寄り、そんな二人を見ながら恭也も知らず少しだけ頬を緩ませるのだった。





つづく、なの




<あとがき>

那美編も終わり〜。
美姫 「那美に関しては、那美が入学した時に出会ったのね」
おう。とらハ本編から見たら一年早くかな。
と、早く次を書かねば。
美姫 「そうよ、そうよ。ただでさえ、ペースが落ちてるんだから、きりきりと書く、書く!」
うぉぉぉぉ!
美姫 「それじゃあ、また次回でね〜」
次こそは、次こそは早く!







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