『リリカル恭也&なのは』






第43話 「勝負の前に……」





旅行から戻った翌日、フェイトはプレシアの元へと再び報告に戻っていた。
なのはと決闘する事は流石に報告せず、近々、ジュエルシードが手にはいるかもしれないという報告に留める。
別段、なのはの存在を隠す必要はないのだが、何故か言う気になれなかった自分を不思議に思いつつ、
フェイトはここに戻ってきた本当の目的を、恐る恐る目の前のプレシアへと話そうと口を開く。
報告のためではあるのだが、フェイトの脳裏にはそれ以上の目的があった。
しかし、やはり躊躇う気持ちがあるのか、すぐそこまで上がってきた言葉が、中々そこから先に出てこない。
そんなフェイトの様子にも気付かず、いや、フェイトの事など気にも掛けていないプレシアは、
一度もそちらを見る事無く、報告を聞く際に閉じていた目を開くと立ち上がる。
立ち去るその背中を見て、フェイトは何かに突き動かされるように飲み込みそうになった言葉を口にする。

「待って、お母さん!」

珍しい、いや、初めてかもしれないフェイトの叫びにプレシアは僅かに足を止めるも、
すぐに興味なさそうに歩みを再開させる。
その背中に向かってフェイトは更に必死に言葉を投げかける。

「アリシアって知ってる?」

フェイトがそう口にした途端、プレシアから魔力が膨れ上がり、気が付けばフェイトは壁に叩きつけられていた。
背中を強打し、崩れ落ちるフェイトへと更にプレシアの魔法が押し潰さんと襲い掛かり、
再び壁に背中を強く打ち付け、肺の中から空気が一気に抜けて咳き込む。
俯き咳き込むフェイトの頭にプレシアの足が振り下ろされ、床に顔を擦り着けられる。
更にプレシアはフェイトを踏みにじるように足で頭を踏み付けたまま、その背中へと鞭を打ち下ろす。
何度も何度も。フェイトが悲鳴を上げても止める事なく、寧ろその度に強くなっていく。
フェイトがアリシアの事を尋ねた途端、火がついたように怒り出したプレシア。
その事に何か感じるよりも先に、フェイトは謝る。
プレシアを怒らせたと分かったからだ。

「ごめんなさい、お母さん。ごめんなさい。
 もうアリシアのことは…」

「その顔で、その口で、その声で、あの子の名前を呼ばないで!」

フェイトが再びその名を口にした途端、今まで以上にプレシアはフェイトを鞭打ち、
足を腕を背中を、所構わず闇雲に打ち下ろす。
既に来ている物もボロボロの布と化してもプレシアの怒りは収まる事を知らず、
フェイトの白い肌に赤い筋を幾つも生み出す。
今までにない程の怒りに晒されながらも、フェイトはただじっと耐える。
だが、その目から一滴の涙が零れる。
鞭打たれる事よりも、アリシアをあの子と呼んだ時のプレシアから、
自分に対するものとは別の、何処か寂しくも優しいものを無意識に感じ取ったからか。
だが、フェイトは自分が涙を流した理由が思い浮かばないのか、プレシアは悪くなく、
自分が悪いから怒られているんだとばかりに、涙なんか流していないと上手く動かない腕でそれを拭う。
その腕さえもプレシアの鞭は遠慮なく打ち据え、撥ねた反動で頬にも一条の痕を残す。
焼けるような痛みを腕に感じつつも、フェイトはただ黙って唇を噛み締める。
頬の方は大した事はなさそうで、暫く経てば跡も残らないだろう。
だが、何度も叩かれて熱を持ち、痛覚が鈍ってきた背中よりも頬の方が痛みを感じるのか、知らず頬に手を当てる。
いや、もしかしたら頬の傷だとすぐに恭也やアルフに気付かれてしまうと思ったのか。
隠すように頬に手を当てるその間にも鞭は止まる事なく振り下ろされ、それはフェイトが気を失っても暫く続けられた。

「はぁー、はぁー。に、二度とその名前を口にするんじゃないよ、この出来そこないが」

気を失っているフェイトに追い討ちのように言葉を投げつけると、
それでも足りないとばかりにフェイトを魔法で吹き飛ばす。
気を失っていて受身も何も出来ないフェイトはそのまま壁に叩きつけられ、力なく床に倒れ込む。
それを冷ややかな目で眺めた後、プレシアは少しふらつくようにこの場を後にするのだった。



プレシアが立ち去ってからかなりの時間を経て、フェイトはようやく目を覚ます。
まず最初に感じたのは頬の痛み、次いで体のあちこちから熱を伴った痛みを感じ始める。
体中がようやく痛みを感じ始めたフェイトに痛い場所を教えるかのように、一斉に痛み出す。
顔を顰めて思うように動かない身体を起こしつつ、フェイトはそのまま壁に凭れ掛かる。
目を閉じてプレシアの激昂ぶりに申し訳ないという気持ちと悲しみを抱く。
自分の所為でプレシアを怒らせ、悲しませてしまったと自分を責める。
責めながら体中に浮かぶ傷を見て、恭也とアルフにどう誤魔化すかを考える。
明日には帰るといってある以上、帰らなければ余計な心配を掛けるし、また何かあったと思われるだろう。
とは言え、この痣だらけの身体を見られると何をされたのかは一目瞭然で、
アルフなどは怒ってプレシアの元に乗り込みかねない。
恭也もアルフのように感情も顕わに怒ったりはしないが、静かに怒るだろう事は間違いない。
それぐらい分かるぐらいには長い付き合いになっているし、
またそれだけ自分の事を気にしてもらえるという事に対し、少し不謹慎かもしれないが喜びを感じていた。
恭也もアルフも自分にとっては大事な人たちだからこそ、プレシアと喧嘩して欲しくないと思うフェイト。
だから、この傷は長袖などを着て誤魔化そうと考える。
とそこまで考えて、フェイトは急に顔を赤くする。

(きょ、恭也さんに身体を見られるなんて事ないじゃない。
 身体の傷を見られるって事は、つまり何も着ていないって事だから……。
 そ、そんなお風呂に入る訳じゃないのに……。お、お風呂と言えば、温泉で……。
 うぅぅ、今思い出すととっても恥ずかしい……)

痛みを忘れるために脳がそう働いたのかどうかは分からないが、
フェイトは何やら色々と想像したり思い出したりして、顔を紅くする。
それを振り払うように首を横に何度も振ると、
痛む身体に無理をして自室として宛がわれている部屋へと足を引き摺りながら戻るのだった。



 ∬ ∬ ∬



フェイトがプレシアへの報告から戻って来る日、恭也はフェイトのマンションでアルフと共にその帰りを待っていた。
今日、なのははリンディへと正式にフェイトとの試合のお願いに行っているはずである。
そうでなくても、フェイトの許可なく、この場所になのはを連れて来るような事は恭也もしないだろうが。
朝から待っている二人であったが、昼を周っても一向に戻ってこなかった。
アルフは朝からずっとうろうろと部屋の中を歩き回っている。

「いい加減に落ち着いたらどうだ」

「分かっているよ、分かっているけれど。プレシアにまた苛められてなければ良いんだけれど」

本当にフェイトの事が心配だというのはよく分かるのだが、視界の端を、
時には目の前を朝からずっとうろうろとされる方としては、文句の一つぐらい言っても罰は当たらないだろう。
とは言え、恭也も前に見たフェイトの傷を知っているので、やはり心配ではあるのだが。
そうこうする内に更に時間が流れ、動き疲れて大人しく座り込んでいたアルフの耳がピクリと動く。

「帰ってきたよ!」

アルフの声とほぼ同時、部屋の中央に魔法陣が浮かび上がり、そこにフェイトの姿が現れる。
とんと軽やかに床に足を着けるも、すぐにふらつくように倒れそうになり、両横を恭也とアルフに支えられる。
少し照れ臭そうにはにかみお礼を述べるフェイトに、アルフは抱き付く。

「大丈夫? どこも怪我してない?」

「大丈夫だよ、アルフ」

アルフの言葉に微笑を浮かべたままそう返すフェイトに、今度は恭也が声を掛ける。

「ところで、どうして長袖なんか着ているんだ?
 暑いだろう」

「えっと、それは向こうはこことは違ってて……」

「成る程。だが、ここでは暑いだろう」

着替えるか尋ねる恭也にフェイトは首を横に振って断ると抱き付いているアルフの頭をそっと撫でる。
そんなフェイトの様子をじっと見詰めていた恭也であったが、すっとフェイトの背中に人差し指を当てる。
僅かにだが顔を顰めて動きを止めるフェイト。
だが、何もなかったかのようにアルフの頭を再び撫で、後ろを振り返る。

「恭也さん、くすぐったいです」

「ああ、それは悪かった。さて、アルフそろそろ離れろ。
 そのままだとフェイトに負担が掛かる。それと救急箱を」

恭也の言葉にアルフは撫でられて垂れていた耳を立たせる。

「フェイト、やっぱりプレシアに何かされたんだね!」

「な、何もされてないよ」

「フェイト……」

アルフの言葉を否定するフェイトへと、恭也は静かな口調で話し出す。

「母親の事を思い、アルフがそのプレシアと喧嘩するのを見たくないと言う気持ちも分かる。
 だが、怪我している事を隠すのはやめてくれ。
 アルフだってフェイトの事を考えてすぐに殴りに行ったりはしないさ。なあ」

「…………分かってるよ」

中々返事しなかったアルフだったが、二人からじっと見詰められて渋々と納得してみせる。
アルフからその言葉を引き出すと、恭也は再びフェイトへと視線を向け直し、

「だから、これからは怪我をしたら素直に言う事。良いな」

「……ごめんなさい」

「謝らなくても良い。さて、それじゃあ、まずは腕を見せてみろ」

言って包帯や消毒液を手にする恭也にフェイトは少し躊躇った後、観念したように袖を捲り上げる。
前よりも酷いその傷に眉を顰めるも恭也は何も言わずに治療を始める。
その後ろでアルフは剣呑な顔付きで危険なぐらい魔力を溢れ出させる。
だが、それを抑えるようにクッションを両手に抱き、思い切り齧り付く。
うー、うー、という唸り声を発しつつ、アルフは胸の中でプレシアに対する呪詛を、ありったけの文句を並べる。
最初に二人と約束していなければ、間違いなく飛び出していただろうと思わせるぐらいに不機嫌さを隠そうともせず、
クッションを両手両足で押し潰し、口に咥えたまま床をごろごろと唸りながら転がる。
それを背後に放置したまま、恭也はフェイトの手当てをしていく。
残すは背中だけとなり、恭也はアルフに代わってもらおうと静かになった後ろを振り返る。
が、そこには散々八つ当たりされてボロボロになったクッションに抱きついたまま眠っているアルフの姿が。
困ったように恭也はフェイトへと顔を戻すと、フェイトもまた困ったような顔でアルフを見詰める。
眠っている所を悪いが恭也はアルフを起こし、背中の治療を任せる。
その間に台所で簡単な物を作る。
向こうからアルフの怒った声が聞こえてくるが、あれを見れば仕方ないだろうと考える。
腕や足だけでもあれだけの傷が付いていたのだ。
一番打ち易い背中などはもっと酷いのであろう。
会ったこともない人を聞いただけで判断したくはないが、やはり恭也はプレシアに怒りを抱いてしまう。
今までに何度か目にした、プレシアの元から帰ってきたフェイトの様子や身体の傷。
それだけで充分である。アルフがあそこまで悪く言うのも納得がいくぐらいである。
思わず考え込みそうになった恭也であったが、すぐにそれらの考えを消して、
今はただフェイトの為に料理を再開させるのだった。
フェイトの治療を終えたアルフが台所へと顔を出し、恭也の肩越しに鍋を覗き込む。
途端に台所に響いたのはアルフの腹の音。
誤魔化すように笑うと人数分の食器を手にリビングへと戻って行く。
特にフェイトの傷については触れず、恭也もまた聞こうともしない。
ただ黙って火を止めると、出来上がった料理をリビングへと運ぶのだった。



少し遅くなった昼食を取り終え、片付けも全て終えた恭也がリビングに戻ると、
フェイトを寝かせようとするアルフの姿があった。

「寝てないと駄目だってば」

「別に風邪とかじゃないから寝てなくても良いって」

そんな事を言い合っている二人の対面に腰を下ろし、恭也は苦笑混じりに二人の仲介をする。

「アルフも落ち着け。怪我なんだから、大人しくしているのなら寝ていなくても大丈夫だろう」

「でも……」

「ただし、ちゃんと大人しくしていること。良いな、フェイト」

「分かってます」

恭也の言葉に素直に頷くフェイト。アルフもまたこれ以上は何も言わずに大人しくする。
そこへ恭也の携帯電話が音を立てて鳴り響く。
ディスプレイに表示されている名前はなのはとなっており、恭也はすぐに出る。

「もしもし」

「もしもし、お兄ちゃん」

「何かあったのか」

「あの、フェイトちゃんとの勝負の事なんだけれど」

「ああ、決闘の事か」

「勝負って言ってよ」

「同じようなものだろう」

「うぅぅ、そうかもしれないけれど……」

とりあえず軽く妹をからかった後、恭也はなのはに再度用件を尋ねる。
今度はからかわずに、なのはからの言葉を待つ。

「一週間後の朝5時に臨海公園から離れた海上に結界を張ってくるって」

「なるほど。後はフェイトの返答次第か」

「うん。お兄ちゃんからフェイトちゃんに聞いてみて」

「ちょっとだけ待ってくれ」

「え、うん」

なのはの不思議そうな声を聞きながら、恭也は通話口を押さえてフェイトに今聞いた事を話す。
怪我の具合もあるのでどうかと聞く恭也に、フェイトは問題ないと答える。
暫くフェイトをじっと見詰めていた恭也であったが、そこに嘘などがないと悟ると再び電話に戻る。

「待たせたな。フェイトの方はそれで問題ないようだ」

「分かった。それじゃあ、クロノくんたちにもそう伝えておくね。
 ……お兄ちゃん」

そう言った後、なのはを電話を切ろうとせず、恭也もまたなのはが何か言いたそうにしているのを感じ取ったのか、
電話を切らずに暫くそのままにしておく。
やがて、なのはは小さな声で聞いてくる。

「今、フェイトちゃんと一緒にいるの」

「ああ。偶々な」

「そっか。うーん、わたしよりもお兄ちゃんの方が仲が良いのは悔しいけれど、今は仕方ないのかな」

寂しそうに呟くなのはに、恭也は元気付けるように声を掛ける。

「頑張ると決めたんだろう」

「うん……」

「だったら、精一杯頑張れ。きっとお前なら出来るはずだ」

「……うん! フェイトちゃんと仲良しになれるように頑張ってみるね」

「ああ。それじゃあ、気を付けて帰って来るんだぞ」

「分かった」

言って恭也が電話を切ろうとするその前に、少しだけ早口でなのはが喋る。

「ありがとう、お兄ちゃん」

言うや早いか、恭也からの返答も待たずになのはは電話を切る。
既にプープーという通話が切れた事を示す電子音を耳に聞きながら、恭也は照れたように携帯電話を見るのだった。



 ∬ ∬ ∬



なのはとの勝負を明日に控えた日の午前十時前、恭也の姿は駅前にあった。
毎日のように昼過ぎから夕方までフェイトの元へと顔を出していたが、
今日はフェイトのマンションへと行く予定はなく、こうして出掛けている。
誰かを待っているのか、駅前のベンチに座る恭也。
そこへ待ち人が待ち合わせよりも五分ほど早く姿を見せる。

「お待たせ、恭也」

「すみません、お待たせしたみたいで」

「いや、約束の時間までまだ時間はあるから気にする必要はないさ」

そう言ってベンチから立ち上がる恭也。
恭也の言葉に駅前にある時計を見るフェイトとアルフ。
確かに待ち合わせの十時にはまだ数分早い。
胸を撫で下ろすフェイトに対し、アルフは特に気にもしていない様子で早く行こうと急かす。
三人がこうして外出しているのは、昨日のアルフの言葉が発端であった。



顔を見せてはフェイトたちと他愛もない話をしたり、近くのスーパーに買い出しに言ったりとする毎日。
何気ない日常だけれども、フェイトもアルフもそれを楽しみにしていた。
今日もまた夕飯の買い出しをしてきたばかりである。
フェイトの傷もかなり良くなっており、恭也としても一安心と言うところか。
何よりも、まだ暫くは掛かるだろうが、傷跡が残らないようなのが良かったと思う恭也である。
自身の傷だらけの身体は納得の上のものだが、フェイトのような小さな子が、
ましてや女の子の身体に傷が残るという事を少しだけ心配していた恭也である。
アルフの方もフェイトの回復に胸を撫で下ろしている。
ただ、明後日になのはと勝負するということに関しては、やはりまだ複雑そうではあるが。
なのはと少しとは言え親しくなった身としてはやはり辛いのだろう。
またそれ以上に、万全とは言いがたいフェイトの傷の事もあるが。
フェイト自身に言わせると、闘う上で既に問題なく、ただ腫れが酷いので見た目が大げさに見えるだけだと。
その言葉を信じるしかない二人であったが、昨日、今日と外に出ても特に可笑しな所もなかったので納得する。
と、アルフが思いついたように二人に言う。

「それじゃあさ、明日何処かに遊びに行こうよ。
 前みたいに三人でさ」

「ちょっとアルフ。そんな急に勝手に決めたら恭也さんに迷惑だよ」

「いや、俺は別に予定もないから構わないぞ。勿論、フェイトさえ良ければだが」

「えっと……」

遠慮するように見上げてくるフェイトに優しい眼差しを向け、遠慮しないように言う。
恭也の言葉と隣から期待するようなアルフの視線に勇気付けられるように、おずおずとフェイトは口を開く。

「そ、それじゃあお願いしま……ううん、そうじゃなくて、私もお出掛けしたいです」

「そうか。なら、明日朝の十時に迎えに来よう」

「待った、恭也! ここはやっぱり待ち合わせというやつにしよう」

「待ち合わせ? まあ別に構わないが。じゃあ、駅前で良いか」

「うん、それで良いよ。フェイトも良い?」

アルフの言葉に嬉しそうに頷くフェイトであった。



そんなやり取りがあり、こうして恭也たちは駅前に集まったのである。

「さて、それじゃあ行くか」

言って恭也たちが向かったのは、電車で数駅離れた場所にある動物園であった。
中に入るなり、フェイトよりもアルフのほうがはしゃぎ出す。

「おお、広い広い。ほら、恭也もフェイトも早く、早く!」

「ま、待ってよ、アルフ。そんなに慌てなくても……」

アルフに手を引かれて慌てて落ち着くように宥めるフェイトであったが、
その言葉も聞こえていない様子でアルフはフェイトの手を引く力を強める。
そんな様子に肩を竦めると、恭也もはぐれないように二人の後に続く。

「この世界の色んな動物が見れるんだよ。まあ、檻に入れられて少し可哀想な気もしないでもないけれど」

「確かにそうなんだが……」

「ああ、別に悪気があったんじゃないよ。こいつらにとってはこっちの方が幸せなのかもしれないし。
 少なくとも餌に困る事はないだろうしね。
 それにここで生まれたものたちに取っては、自分が不幸かどうかなんて分からないだろうし」

アルフの言葉に苦笑を漏らす恭也の隣で、フェイトは少しだけ考える素振りを見せる。
が、すぐに恭也とアルフの視線に気付いて考え事を止める。

「またフェイトったら、明日の勝負の事でも考えてたんだね」

「そ、そんな事は……」

歯切れの悪いフェイトの返事に顔を見合わせると、恭也はフェイトの頭に手を置く。

「まあ、今考えても仕方ないだろう。今はただ楽しめば良いんじゃないか。
 アルフみたいにもう少し肩の力を抜いて気楽に」

「……そうですね。そうします。頑張って楽しみます」

「いや、だから頑張らなくても良いんだが……、まあ良いか」

フェイトの返答に苦笑をもらしつつ歩き始める恭也。
フェイトを間に挟んでアルフは拗ねたように恭也を見る。

「あたしってば、そんなにお気楽に見えるのかい?」

「いや、まあ、あ、ほらアルフ、あれが猿だぞ」

「猿ぐらい知ってるよ。……おお、あんなにいっぱい」

あからさまな話の逸らし方に拗ねつつも、恭也の指差す先を見てアルフは目を見開き楽しそうに駆け出す。
手を引かれて引っ張られて行くフェイト、二人の背中を見送りながら、恭也はほっと胸を撫で下ろす。

「あれがボス猿だね。如何にも偉そうだし」

「そうなの」

「間違いないよ」

アルフとフェイトの会話を聞きながら、恭也も二人の元に合流する。
ついでにアルフが指差す猿を見れば、確かに一匹だけ高い所に座り込んで餌を頬張っている偉そうな猿がいた。
そのボス猿の元へと一匹の猿が近付いていく。

「貢物として何か食べ物でも渡すのかな?」

アルフの食べ物と直結した発想に思わず小さく笑うフェイト。
その後ろに立ち、恭也は猿の方を見ながら口を開く。

『親分、大変です』

『どうかしたのか、ハチ』

『へい。隣島の奴らがうちの縄張りに……』

『何だと!』

恭也の言葉に合わせるように、ボス猿が怒ったように立ち上がる。
それを見た近付いていた猿が飛び降りるように走り出す。
その後をボス猿も追いかけるように降りていく。

『こっちです、親分』

『早く案内しろい!』

「恭也、猿の言葉が分かるの?」

動きと一致した台詞に思わずアルフが尋ねれば、恭也は真顔のまま少しだけ自慢するように胸を張る。

「まあな。昔、修行で父さんと全国を周っている時、山で遭難しかけてな。
 食料もなく困っていた所に、その辺りを縄張りとしている猿たちと会ったんだ。
 猿の手にはその辺りから採って来たと思われる果実などがあってな。父さんと二人でその食料を強奪した。
 それは壮絶な戦いだった。俺も父さんもあちこちを傷つけられながらも戦った。
 そして遂に猿たちを倒した俺と父さんは、その猿たちのボスとして崇められ、その山で一ヶ月ばかり過ごしたんだ。
 その時に少し覚えた」

「へー」

妙に感心するアルフに対し、フェイトは恭也を見上げて遠慮がちに言う。

「冗談、ですよね」

「ああ、勿論冗談だ。猿の言葉なんて分かるはずがないだろう」

「〜〜っ! 恭也〜、あたしをからかったね」

「だから、冗談だって言っているだろう。
 こんなのを信じるなんて、アルフは素直な奴だな」

「ぐるるぅぅ」

唸り声を上げて恭也の腕に軽く噛み付くアルフの頭を数度撫でるように軽く叩くと、恭也たちは次へと移動する。
そんなアルフを羨ましそうに眺めるフェイトに恭也は手を差し出す。
おずおずと握り返してくるフェイトに苦笑を零し、
恭也は未だに腕に噛み付いているアルフを引き摺るようにして次の動物の元へ。
思わず心を読めるのではと思ってしまったフェイトに、恭也は話し掛ける。

「俺となのはは年が離れているだろう」

いきなり言われた事に首を傾げつつも頷くフェイトに、恭也はただ続ける。

「なのはが物心つく頃にはかーさんは店で忙しくて、俺や美由希はずっと剣の修行ばかりしていたんだ。
 だから、なのはには本当に寂しい思いをさせてしまったと今でも思うよ。
 だからかな、何となくフェイトがこうして欲しかったんじゃないかと思ったんだ。
 なのはも昔は今のフェイトみたいに、偶に遊びに連れて行っても言いたい事を言おうとしなかった、
 いや、出来なかったんだ。甘えても良い年なのに、けれども甘える相手もいなくて。
 だから、遠慮してばかりしていたな。だから、晶やレンには感謝しているよ。
 あの二人のお蔭で少しは寂しさも紛れたみたいだからな。それに、俺たちもなのはの事に気付けた」

「そうだったんですか」

少ししんみりした空気を振り払うように、恭也は意地の悪そうな笑みを見せる。

「だから、別に心が読めるとかじゃないぞ」

「え、あ、そ、そんな事は思って……うぅ」

いないとは言えない素直な反応を見せるフェイトに、今度は普通に笑顔を見せる。

「さて、フェイトをからかうのはこれぐらいにして、今度はサイか」

意地悪ですと言う小さな囁きは聞こえなかった事にして、恭也は辿り着いた新しい動物の説明をする。
アルフも恭也の腕から既に離れており、今度は珍しそうにサイを見る。

「サイと言って大きいものは体長4メートルもある。
 だが、その巨体からは信じられないぐらいに早くてな、確か時速50キロぐらいで走ったんじゃないかな」

疑わしそうに見てくるアルフに恭也はこれは本当だと教える。

「あと、皮膚が非常に堅いんだ。刃が中々通らず、戦った時は苦戦したな」

「へー、そうなんだ」

「凄いですね」

「……因みに皮膚が堅いと言うのは本当だが、戦ったというのは嘘だぞ」

「……きょ〜〜や〜」

「あ、あははは。アルフも落ち着いて」

再び唸るアルフをフェイトが宥め、一向はまた次の場所へ。

「うわー、大きいなこれ」

「うん。鼻も長いけれど、本当に大きいね。象って言うんだってアルフ」

「象はあの鼻を器用に使って物を掴んだり、水を体にかけたりするんだ」

説明する恭也の前で、鼻を使い器用に餌を食べる象。
それを面白そうに眺める二人に恭也は説明を続ける。

「水を吸い上げて体にかけるのを見た人が、ポットを閃いて発明したんだ。
 これがこの世界最初のポットで、象を見て思いついたから象の印を刻んだのは有名だな。
 後、あの大きな耳を使って空を飛ぶのも有名だな」

「へー、空も飛べるんだ」

「まあ、どちらも冗談だが」

「アルフ、落ち着いて」

「がるるるぅぅ」

「いやいや、耳で空を飛ぶというのに関しては、そういうお伽話があるんだ」



「ほう、今度はヒポポタマスか」

「ヒポポタマス? カバじゃないのかい?
 それとも、この世界ではヒポポタマスと言うの?」

カバは知っていたらしいアルフの言葉に恭也は頷く。
頷きながらも、その台詞は肯定じゃなく、

「いや、カバだぞ。だが、ヒポポタマスとも言うんだ」

「二つ呼び名があるんですか」

「いや、二つじゃないな。他にもイポポタムとかもあったな。
 これはフランス語で、ヒポポタマスは英語だ」

「何だい、それは!」

思わず突っ込むアルフであった。



「これはキリンだな」

「長い首ですね」

「ああ。これは上にある餌を求めて進化したとも言われているな」

「それも冗談だろう」

「いや、本当だぞ。アルフ、もう少し人を信用しないと駄目だぞ」

「むー、完全にからかわれている気がする」

「そんな事はない」

真顔で断定する恭也であったが、アルフは疑わしげに見る。
それを見てフェイトは楽しそうに笑う。
フェイトが喜んでいるのならと、アルフもすぐに笑顔に戻り、恭也もまた頬を緩めるのだった。
そんな感じであちこちを見ている間に昼食の時間となる。

「そう言えば、そろそろお昼にするか。さて、どうする?」

売店を見かけてそう尋ねる恭也に、アルフはにやにやと笑い、フェイトは少し恥ずかしげに目を伏せる。
二人の様子に首を傾げる恭也を前に、アルフはフェイトを急かすようにする。

「ほら、早く」

「う、うん。あの、恭也さん。今日のお昼は私とアルフが作ったんですけれど」

「そうなのか。それじゃあ、ありがたく頂こうかな」

フェイトたちが持っていた鞄はずっと恭也が持っており、少し重さがあると思っていたが弁当だと知って納得する。
適当な繁みを見つけ、そこにレジャーシートを広げる。
そこに座って鞄をフェイトに渡すと、弁当箱を取り出して目の前に広げていく。

「ほう、これは美味しそうだな」

「だろう。ちゃんとあたしも手伝ったんだからね」

「アルフが手伝ったと言うのが不安だが、ありがたく頂こう」

「そうそう、ありがたく頂いて。
 まあ、あたしが手伝ったから不安だろう……って、それはどういう意味だい!?」

「冗談だ。ほう、美味いな」

「だろう」

「本当ですか」

それぞれ違う反応を見せる二人に頷くと、恭也は次のおかずを口にする。

「うん、大したもんだ」

恭也から再度褒めてもらい、フェイトは嬉しさと照れの混じった笑みを零す。

「ほら、二人も食べないと俺一人で食べてしまうぞ」

「恭也、それは食い意地がはり過ぎだよ」

慌てて箸を持つアルフに続き、フェイトも箸を手に取ると弁当へと伸ばすのだった。



昼食を終えた後、三人はまた園内を見て周る。
恭也が時々フェイトやアルフをからかい、時に二人に逆にからかわれ、そんな風に楽しみながら過ごしていく。
楽しい時間はすぐに過ぎるのか、気が付けばすっかり良い時間になっていた。

「全部見て周ったし、そろそろ帰るか」

「そうですね。今日は本当に楽しかったです」

「喜んでもらえたのなら、俺としても嬉しい限りだ」

「いやー、本当に楽しかったねフェイト。また来ようよ」

「うん。その時は恭也さんも一緒に……」

「そうだな、また三人で一緒に遊ぼう。今度は遊園地とかも楽しいかもな」

「あたしはあそこに行ってみたいな。ほら、あの刺身がいっぱい泳いでいる所!」

「まさかとは思うが、水族館か?」

「そう、そこ!」

恭也の言葉に正解とばかりに指を突きつけるアルフに、恭也は呆れたような顔を向ける。

「あれは刺身じゃなくて魚だ。因みに、食べれる訳じゃないからな」

「わ、分かってるよ。ちょっとした勘違いってやつだよ」

「勘違いって……」

くすくすと声を出して笑うフェイトにアルフは目を細め、その手を握り締める。
突然の事に少しだけ驚くも、フェイトは笑顔のままアルフの手を握り返すと、反対の手で恭也の手を握る。
三人は仲良く並びながら、家路へと向かって歩く。
いつもよりも一日を短く感じながら。



フェイトのマンションで夕食を済ませ、のんびりとした時間を過ごす三人。
恭也の足の間にすっぽりと納まりながら、フェイトは帰りに買った本を開く。
恭也の背中からはアルフが覗き込むようにしている。

「……流石にこの状態はどうかと思うんだが」

「気にしない、気にしない。こうしないと、皆ちゃんと読めないだろう」

恥ずかしそうにフェイトが広げる本は、昼間に恭也が話した空飛ぶ象の話。
アルフが真偽を確かめるために本屋により、そのまま気になって購入したものである。
始めはアルフが恭也の位置にいて、二人で読もうとしていたのだが、
恭也を仲間外れにするのはよくないと今の体勢になったのである。
当然のように辞退した恭也であったが、一緒に読みたいとフェイトにまで頼まれて折れる事となったのである。
とは言え、この体勢にはやはり抵抗があるらしく再度抗議してみる。

「だって、こうしないと逆から本を見ても分からないじゃないか」

「いや、俺が読むのだから逆でも俺は読めるし問題ないんだが」

「そんな事よりも早く読んで」

アルフに催促され、また下から見上げてくるフェイトの催促する目に恭也は諦めて本を読み始めるのだった。



「……おしまい、と」

昔、なのはに読んであげた事を思い出しながら、恭也は読み終えた本を閉じる。
しかし、背中にいるはずのアルフは中々退こうとはしない。
予想外にすぐ真横にあったアルフの顔を見れば、恭也の肩を枕にしていつの間にか眠っていた。

「……」

「多分、疲れたんだと思います。今日はいっぱいはしゃいでいたから」

思わず沈黙する恭也にフェイトが苦笑しながらそう言う。
それに納得しつつもどうしたものかと考える。
起こすのは可哀想な気もするが、このままという訳にもいかないだろう。
そう思い動こうとするも、それよりも先に下から手が伸びる。
フェイトが恭也の肩に乗りかかっているアルフの頭を優しげに撫でる。
柔らかな表情を見せるフェイトに、恭也はもう少しこのままでも良いかと腰を落ち着ける。
暫くアルフを撫でていたフェイトはその手を下ろすと、恭也を見上げておずおずと尋ねる。

「あの、もう少しだけこうしていても良いですか」

その言葉に恭也が頷くと、フェイトはそのまま緊張気味に身体を強張らせて沈黙する。
甘えたいのに甘え方を上手く知らないフェイトの頭を撫で、親が子供をあやすようにフェイトの身体を引き寄せ、
そのまま自分に凭れ掛からせる。
突然の事に驚き、怒られないか嫌われないかと不安そうに振り返るフェイトに出来る限り微笑んでみせる。
恭也からした事だから気にしなくても良いのに、ようやく安心したように肩の力を抜くフェイト。
その事に複雑な心境になるも、表情は変えずにフェイトの頭を何度も何度も優しく撫でてやる。

「フェイトはえらいな」

「……そんな事ないですよ。お母さんにはまだまだだって怒られますし」

「そんな事はないさ。少なくとも俺はえらいと思うぞ」

気休め程度にもならないかもしれない。それでも恭也はフェイトを褒めてあげる。
誰も褒めてやらないのなら、せめて少しはフェイトという子を知っている自分だけでもと。
こそばそうに恭也の言葉を聞きながら、フェイトは目を細める。
背中越しに感じる自分のものとは違う温もりや鼓動。優しく頭を撫でる少しごつごつした堅い手の感触。
それらをもっと感じられるように、すっと目を閉じて身体全体でそれを受け入れる。
フェイトの身体から力が抜けたのを見て恭也は動かしてた手を止める。
緊張が取れたのかと思ったが、見れば寝息を立てている。
よくよく考えてみれば、疲れて眠るアルフに付き合っていたのだからフェイトも疲れているのだろう。
アルフは兎も角、たった今眠りに着いて穏やかな寝顔を見せるフェイトを起こすのは忍びなく、
恭也はもう少しだけこのままでいる事にする。
二つの寝顔を眺めながら、恭也もまた少しだけ休息を取ろうと目を閉じる。
音のない部屋の中、寄り添うように眠る三人は皆、安らいだ顔をしていた。





つづく、なの




<あとがき>

まずはごめんなさい。
美姫 「遅すぎるわよ!」
ぶべらっ!
美姫 「しかも、予告と違うし!」
ぶべらっ!
う、うぅぅ。それには訳が……。
700万ヒットの各務さんからのリクエストです。
美姫 「番外編でも良いと仰ってたのに」
いやいや、一層の事ここに入れてしまえと思って。
美姫 「それにしても、プレシアのフェイトの扱いが益々酷くなってるわね」
あはははは。
リリ恭なののプレシアには、もうとことん悪役になってもらおう、うん。
美姫 「言い訳は終わりかしら?」
……いやいや、元からそのつもりだったんだよ。
だから、フェイトが酷い目に遭うのはプレシアの所為という事で……。
美姫 「それ以前に、ほのぼののリクエストだったでしょうがっ!」
ぶべらっ!
た、確かにリクエスト内容は恭也、フェイト、アルフの三人で過ごすほのぼのな一日。
ちゃ、ちゃんと最後の部分がそうだろう。
美姫 「そのリクと、前から考えていたプレシアの逆鱗、アリシアに触れるのを一緒にするのはどうかしら」
あはははは。と、とりあえず、こんな形でここでほのぼのを入れちゃいました。
各務さん、こんな感じですがどうでしょう。
美姫 「で、次こそは決戦なのね」
おう。今度こそ、なのはとフェイトのガチ勝負。
美姫 「なら、さっさと書きなさい!」
イエス、マム!
それでは、また次回で。
美姫 「まったね〜」







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