『リリカル恭也&なのは』






第46話 「フェイト、その心」





右を見ても闇、左を見ても闇。勿論、上や前、後ろさえもただ闇が広がるばかり。
そんな真っ暗な闇の中にフェイトは一人立ち尽くす。
何故、自分がこんな場所に居るのか。
それさえもあやふやで、フェイトは不安を抱く。
何かを思い出そうとするも、靄がかかったように、いや、寧ろそれを拒否するかのごとく頭痛が起こる。
僅かに顔を顰めるフェイトの前方に、スポットライトのように光が落ち、そこに一人の女性が姿を見せる。

「お母さん」

嬉しそうに呼びながらも、その足は拒むように動かず、寧ろ後退る。
胸の内側から湧き上がってくるのは恐怖。
目の前のプレシアがあれほどまでに欲して止まなかった優しげな笑みで見つめてくるのに、
身体は震え、遠ざかろうと動かない足に力を込める。
プレシアはそんなフェイトの様子にも怒る様子など見せず、笑みを作った唇からフェイトの名を優しく呼ぶ。
だが、それでもフェイトの震えは納まらず、むしろ大きくなる。
これ以上、目の前のプレシアが発する言葉を聞いてはいけないとばかりに耳を防ぐ。
だが、まるで念話を使われているかのように、プレシアの言葉が脳に直接響いてくる。
役立たず、いらない、人形、人ではない、それらの罵詈雑言が耳を押さえ、
しゃがみ込んでもずっとフェイトの頭の中に反響し、目を閉じてしゃがみ込む。
瞼の裏には、冷え切った、路傍の石でも見るかのような目をするプレシアの姿が焼きついて離れない。
いつしか声は聞こえなくなっていたが、フェイトはただ身を丸め、小さくなって震える事しか出来ないでいた。



 ∬ ∬ ∬



周囲を完全に闇に覆われた世界で、恭也は一人立ち尽くす。
直前の記憶を思い返せば、なのはとフェイトを庇い、代わりに魔法に撃たれた事を思い出す。

「……死後の世界とか言うんじゃないだろうな」

不吉な事をさらりと口に出し、自身の身体の状態を確かめる。
プレシアの魔法に撃たれたはずなのに、全く異常が見当たらない。
その事と周囲の空間を見て、恭也はこれが先程口にした不吉な世界か、もしくは夢だと判断する。
だとしても、これからどうするべきか。
悩む恭也に、まるでお前の行く先はこっちだと言わんばかりに前方に青い輝きが灯る。
特にあてがあるはずもなく、恭也はとりあえずそちらに向かって歩き出す。
途端、恭也の脳裏に様々な映像が浮かんでは消えていく。
空に浮かぶプレシアの映像。なのはが叫び、魔法を放つ。
プレシアから放たれた言葉に打ちのめされるフェイト。
心を閉ざそうとするフェイトに必死で声を掛けるアルフ。
恭也が気絶している間に起こった出来事が、次から次に流れて行く。
それらの映像を半ば無理矢理に見せられつつ、恭也はきつく拳を握る。
プレシアのフェイトに対する仕打ちに対し、言いようのない感情を覚えつつ。
語られたフェイトの真実に関しては、恭也は特に何も思わない。
プレシアの言葉がどうであれ、恭也はフェイトと一緒に時を過ごし、彼女の心に触れていたのだから。
そんなものは問題ない。
それよりも、今恭也が一番案じているのは、プレシアの言葉によって傷付いたフェイトの事である。
あの優しい少女がどれだけ傷付いたのか。それを思うと、やはり恭也はプレシアに対して怒りを抱いてしまう。
プレシアにも事情はあるのかもしれない。それでも、あんまりな仕打ちではないかと。
自分をあそこまで慕い、懸命にジュエルシードを集めて、待っていたのがあんな結末かと。
その怒りが歩く速度にも現れており、恭也の歩調はかなり速い。
が、歩けど歩けど光には近付かない。恐らくは、光の方も同じような速度で動いているのだろうが、
周りの風景が全く変化しないため、歩いている気がしなくなる。
だが、恭也は確実に足を前に出しており、今はとりあえずそれを繰り返す。
やがて、目の前の光が動きを止め、徐々に近付き出す。
光の傍に来たとき、光は一際強く輝くと、そのまま消えてしまう。
消える直前に見えた気がするのは、菱形の宝石のようなもの。
まるでジュエルシードのようなものであった。
まさかなと首を振りつつ、再び闇に閉ざされた空間で恭也は再びどうしたものかと考える。
が、今度はそんなに考える間は必要なかったようで、目の前の空間の闇が薄れる。
僅かに見えたのは金色に輝く長く柔らかな流れ。
闇の中に同化するかのような黒を身に纏っているせいか、露出した白い肌がいつもよりも余計に目立つ。
恭也がその少女を見間違えるはずもなく、身を丸まらせて怯えて震える少女に近付く。

「……フェイト」

優しく呼びかける恭也の声に、大きく肩を震わせ、恐る恐る、
怒られた子供が親の顔色を窺うようにゆっくりと顔を上げる。
目の前に現れた恭也の姿を見て、一瞬だけ表情を緩ませるも、また恐怖に身を竦ませて肩を抱く手に力が篭もる。
怯えるように恭也から少し離れる。
ここに来て、恭也はようやくここが何処だか検討がつく。
あの時は白一色であったが、多分間違いないだろうと、以前入ったアリサの夢の事を思い出す。
そして、ここまで導いてきたあの光の正体も。

「ここはフェイトの精神の中なんだな。そして、あれはジュエルシードだった。
 どうしてこうなったのかは分からないが、ジュエルシードの力で俺は今、フェイトの中に入っているという事か」

状況を確認するように呟いた恭也の言葉はフェイトの耳にも届いており、
目の前の恭也が自分の夢でも幻でもないと悟る。
悟り、更に距離を開ける。何かに怯える子供のように。

「どうしたんだ、フェイト」

「こ、来ないで下さい。わ、私は……」

泣きそうになるのを堪え、言葉を詰まらせながらもフェイトは続ける。

「私に構っても良い事なんてないですよ。だって、現に恭也さんは大怪我をしてしまいました。
 だから、私の事なんかもう放っておいてください。私は人ではないんだもの。
 怪我をしても平気だし、誰も悲しまないですから……」

泣きながら言うフェイトの言葉に恭也は無言で近付く。
怯え、恭也を遠ざけようとするフェイトのその姿からは、恭也に嫌われたくないという強い想いが感じられる。
プレシアという求めていた強い絆が壊れ、新たに築いていた恭也との絆までも壊れる事に対する恐怖。
近付かなければ、恭也の声さえ聞かなければ、表面状だけでも壊れずに済むとでも言うように。
そんなフェイトの様子にも恭也は表情を変えず、静かに近付く。
蹲り顔を背け、目を閉じても近付いてくる気配は感じられる。
恭也が一歩、また一歩と近付く度にフェイトの身体は震え、下がろうとする。
だが、足は思うように動かず、ただその場で全てから目を背ける事しか出来ない。
そんなフェイトの肩にそっと手を置く。

「大丈夫、大丈夫だから」

優しい声に、フェイトは思わず顔を上げて恭也の顔を見上げる。
そこにあるのは、変わらない優しい微笑み。
その眼差しも何処まで柔らかなく、震えるフェイトを温めるようにその肩を背中を頭を撫でる。
安堵から思わず身体から力を抜き、恭也に抱きつきそうになる。
だが、それを堪える。
恭也は何も知らないのだと。知れば嫌われる。でも、隠し事をしても嫌われる。
後で誰かから聞かされるかもしれない。
そんな不安が顔色に出る。
それらの葛藤を全て見抜いた上で、恭也は不安に押し潰されそうになっているフェイトをそっと抱き締める。
腕を突っ張って離れようとするフェイトの腕を押さえ、強引に抱き締めると背中を髪を幼子をあやすように撫で、
その耳元に優しく囁く。

「全て知っている。最後のジュエルシードが、全部教えてくれた」

恭也の言葉に身体を強張らせるフェイトが暴れるよりも早く、恭也は言葉を続ける。

「そんな事ぐらいで嫌いになったり、態度を変えたりしないさ。
 フェイトはフェイトだろう。
 俺の知っているフェイトは、いつも一生懸命で、少し抜けている部分もあるが何処にでもいるような女の子だ」

「でも、でも……私は作られた人間……ううん、人形だもの」

フェイトがそう口にした瞬間、かなり乱暴にフェイトの頭が撫でられる。
頭がグラグラ動き、軽く目を回したところに額に痛みが走る。
その痛みに思わず額を押さえて恭也を見上げれば、恭也は怒った顔で見下ろしていた。
ビクリと身体が震え、やはり嫌われたかと諦めたような表情を浮かべる。
だが、恭也が続けて放った言葉にフェイトは目を見開く。

「そんな事をもう二度と言うな」

恭也の言葉に、彼が何に怒ったのか理解して少しだけ嬉しく感じる。
しかし、すぐにフェイトは力なく首を振る。

「だって、事実だから……。だから、お母さんにも捨てられた」

「それは違うと思う。言いたくはないが、プレシアは初めから目的の為だけに君を生んだんだ。
 だから、フェイトの出自がどうこうではない。それに、プレシアの事は関係ない。
 俺が、俺やアルフが……」

「関係なくなんてない!」

恭也の言葉を遮り、フェイトが大きな声を上げる。
その瞳には涙が盛り上がり、そっと一滴零れる。
それを拭い取ろうともせず、フェイトは恭也の胸元を震える拳で強く握り締め、

「私にはお母さんが全てで、お母さんと一緒にただ暮らしたかった。
 昔のように、優しいお母さんに戻ってもらいたくて。
 でも、その記憶自体が私のものじゃなかった……。
 だったら、私が願ったこの想いも偽者って事だよね。だったら、私は……。
 今、こうしている私は何? 分からない、分からないよ」

「……俺の本当の母親は、生まれたばかりの俺を父さんに預けて消えたらしい

突然言われた事が分からずに思わず恭也を見上げる。
そして、次第にその内容を理解すると驚いた表情を見せる。
だが、言った本人は至って普通で、逆にフェイトの方が痛ましげになる。
そんなフェイトの頭を一撫でし、

「気にすることはない。俺自身、覚えていない事だし、それに俺には父さんが居たからな。
 比べる事ではないが、フェイトよりも相当恵まれている。
 と、それは今は良い。何が言いたいかと言うと、俺が母親に捨てられたという記憶は俺のものではない。
 後で父さんから聞いた話だからな。
 ただ、そういう事実があったと知っているだけのようなものだ。
 けれど、それに対して生まれ抱く感情は俺のものだ。
 誰かに情報として与えられたものだとしても、それに対して考えて思うのは、今、こうしている俺自身なんだ。
 それと同じで、フェイトもアリシアの記憶からプレシアが昔は優しかったという事を知った。
 そして、それに対して考え、思い、行動をした。それは、その願いも想いも、間違いなくフェイトのものだ。
 アリシアのものではないし、他の誰のものでもない。
 今、ここにこうしてい俺の目の前にいるフェイト自身のものなんだ」

「でも……。でも、私はっ! 恭也さんたちとは違うから……」

恭也の言う事を理解しつつも、やはりクローンという事実がフェイトを頑なにさせる。
恭也に嫌われようと、突き放されようとするような行動を取りつつ、
フェイトの手は無意識に、恭也の胸元をきつく握って離さず、その瞳は不安に揺れながらもじっと恭也を見上げる。
受け入れてもらいたいが、拒絶される事を何よりも恐れ、自分から離れようとする。
それでも孤独が嫌で、去る背中に手を伸ばすように縋りつく。
矛盾するフェイトの行動に、しかし恭也は何も言わない。
なのはと同じ年の少女に降りかかった事を、少しでも軽くしてやりたいと抱き締める腕に力を込める。
どれだけ拒絶しても、絶対に離さないと示すように。

「フェイトがさっきから口にしている事なんて、俺は本当に気にしていない。
 大事なのは、そんな事じゃないだろう」

「でも……」

「人かそうかじゃないかを分けるものとは何だ?
 少なくともフェイトには心がある。それが大事な事だと俺は思うんだが。
 ……暴論を言えば、人とてたんぱく質と電気信号で動く塊だ。
 それに、アルフはどうなるんだ? 厳密に言うと、俺たちとは違うんじゃないのか?
 人ではないだろう。なら、フェイトはアルフを拒否するか?」

「そんな事しません! アルフは私の大事な家族なんです!」

「そうだろう。アルフもきっと同じ事を言うと思うぞ。
 俺だってさっきから言っているように、フェイトの事を心配しているんだ。
 フェイトが何者であったとしても、そんなものは関係ない」

「……アルフは作られた訳じゃないもの。私は物だけれど、アルフは元々、狼として生きていて……」

「なあ、フェイト。そもそも人や物といった定義とは何だ? 
 それこそ人間が勝手に決めた事だろう。
 俺にとっては、フェイトはただ少し生まれが特殊というだけで、
 後はさっきも言ったように、何処にでもいる女の子なんだよ」

フェイトの背中を撫でながら、恭也はまだ深く考え込むフェイトに更に言葉を繋げる。
話すのはあまり得意ではないが、それでも目の前の少女に自分はいらないなんて思わせないように、
ちゃんと笑えるように。

「自分の意思を持ち、自分で考えて行動する者を人形とは呼ばないんじゃないかな。
 ましてや、相手を思いやったり、涙を流すフェイトは優しい心を持った人だよ」

脳裏に知り合い悪友と呼べる女性に仕える一人の女性の顔が浮かぶ。
それこそ人であるとか人でないとか恭也にとっては大事な事ではないのだ。
だが、フェイト自身がそう思っていないのだろう。だからこそ、フェイトを肯定するべく必死で言葉を紡ぐ。
少しでもフェイトが自分を認めてくれる事を祈りながら。

「俺は生まれや育ちなんかよりも、心が大事なんじゃないかと思う。
 そして、楽しいと思う心が、悲しいと思う心が、ちゃんとフェイトにはあるだろう。
 だったら、フェイトは間違いなく人だよ。
 もし、誰かがそれを否定するのなら、俺が肯定してやる。
 誰が否定しても、今、俺の目の前に存在しているフェイトという少女は、間違いなく人だと。
 まあ、俺一人の言葉じゃ意味はないかもしれないが。
 いや、そもそも人というものに拘る必要なんてない。
 フェイトをフェイトとして形作っている心。それが一番大事じゃないかな」

恭也の言葉をまるで刻みつけるように目を閉じ、フェイトはただじっと反芻する。

「……心。私にもあるのかな」

「ある。とっても優しくて温かい心がフェイトにはある。
 それは決してアリシアのものではない。フェイト・テスタロッサ自身のものだ」

「心……。私だけの心」

「そうだ。それに、フェイトにはちゃんとフェイトだけの記憶が、思い出もあるだろう。
 フェイトとして、リニスさんやアルフ、そして俺と過ごした日々の記憶が。
 それらもまた、アリシアが持ち得ない思い出だろう。
 心を持ち、思い出を持ち、そしてこうして存在している。なら、俺やなのはと何処が違うんだ?
 同じだろう。それ以外の事なんて、関係ない」

「それ、かなり都合の良い所だけ述べていますよ」

「そうかもな。だが、問題ないだろう」

鋭い指摘に、しかし恭也はようやく小さくだが笑みを見せたフェイトに対し、こちらも微笑み返す。
フェイトは恭也の胸元を掴んでいるのとは逆の手を、そっと自分の胸へと当てる。

「そうですね。大事なのは、心」

「ああ。そして、そこから生まれる様々な想いがフェイトという少女を形作る。
 さあ、どうする。俺はもうこれ以上言うべき言葉を持たない。
 ここから先、決めるのはフェイト自身だ。
 このままここに残り続けるか、それとも辛いかもしれない現実へと戻るために目を覚ますか」

「戻ります。辛いかもしれないけれど、楽しい事もあるって知っているから。
 それに、私はまだあの子に何も応えてませんから。
 一生懸命に言葉をぶつけてくれたあの子に」

「そうか。なら、俺は先に戻ってフェイトが起きるのを待っているよ」

「はい!」

輪郭がぼやけていく恭也にしっかりとした声で返した後、フェイトはそっとその耳元に口を近づけて囁く。

「ありがとうございます」

照れた顔を見られるのが恥ずかしかったのか、恭也からこちらが見えない場所で。
そんなフェイトの頭に手を乗せ、恭也は無言のまま姿を消す。
後に残ったのは、最初にあった暗闇とフェイトただ一人。
しかし、フェイトは初めの時みたいに不安は抱かず、ただ強い眼差しで何もない虚空を見詰める。
右手を水平に横へ伸ばし、何かを持つように拳を握る。
集中するように目を閉じ、再び開く。

「バルディッシュ」

フェイトのの呟きに応え、その手にバルディッシュが起動状態で現れる。
アルフと共に常に傍にいたもう一人のパートーナー。
リニスがフェイトのためにと心血を注いで作り上げた、フェイトのためのデバイス。
それを構え、フェイトは虚空に向かって魔法を放つ。
放たれた金色の光は、一直線に闇を駆け抜けて消えていく。
瞬間、まるでガラスに皹が入ったかのように、闇が砕け散る。
闇夜を斬り裂く雷の戦斧――バルディッシュという名の示すが如く。
崩れ行く自身の心の世界に立ち、フェイトはしっかりとその光景を見詰める。
やがて意識が薄れていき、フェイトは目覚めが近い事を感じるのだった。



目を覚ましたフェイトは、ゆっくりと目を開ける。
どうやらベッドに寝かされているらしく、横から恭也が覗き込んでいた。

「……おはようございます」

「ああ、おはよう」

知らず握っていた手から感じられる恭也の手の温もり。
それとは別の温もりを二人分感じて微笑む。
それは自虐的なものではなく、年相応の、柔らかいものであった。





つづく、なの




<あとがき>

先にフェイトの復活から。
美姫 「時の庭園は次回ね」
おう。
美姫 「本当に終わりに向かって来てるわね」
あと少し。頑張るぞー!
美姫 「後は、もっと早く書ければ良いんだけれどね」
……それでは、また次回で。
美姫 「そこはスルーするな!」
ぶべらっ!










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