『リリカル恭也&なのは』






第51話 「プレシアの使い魔」





どこかの山中、その一角に停泊している時の庭園。
その庭園の中に幾つもある部屋の一室に朝の光が差し込む。
カーテンの隙間から差し込んだ光が顔へと当たると、その主は眩しそうに小さく呻き、
身体をごろりと転がして光から逃れる。
その小さな身体が逃げた先、丁度、下敷きにされた格好になったもう一人の少女は眠たげに目を開ける。
自分を急に苦しませた原因を見るなり、仕方ないという風に小さく笑みを零し、
起こさないように身体を引き抜く。そのまま小さく伸びをした金髪の少女――フェイトはベッドから降りると、
まだ眠っている自分と同じか、少し幼い感じがする少女の頭を撫でる。
撫でられた少女の頭には、普通ではまず見られない犬のような耳が生えており、ピコピコと動く。
そんな仕種にもう一度フェイトは頬を緩めると、着替えるためにクローゼットへと歩き出す。
そこへ扉をノックする音が響き、フェイトが返事を返すよりも先に開かれる。

「フェイト、アルフ、朝ですよ」

そう言って二人の少女を起こすために入ってきたのは、肩口ほどの長さの薄茶色の髪に深い青の瞳、
黒い服の上から白い上着を着た女性であった。

「おはよう、フェイト」

「おはよう、リニス」

挨拶をしてきたリニスという女性に挨拶を返し、フェイトは着替えを始める。
リニスはまだベッドで眠るアルフを見て溜め息を一つ零す。

「アルフも主人であるフェイトを見習って、ちゃんと起きて欲しいものです。
 アルフ、起きなさい。いつまで寝ているんです」

言いながらアルフの肩に手をやり揺さ振る。
流石に耳元で声を発せられた上に、こうも身体を揺すられてはアルフも目を開けるしかなく、
ゆっくりと身体を起こしながら目を擦り、大きく口を開けて欠伸をする。

「ふぁぁぁぁ〜、おはよー、リニス」

「はい、おはよう。ほら、早く着替えて」

目を擦りながらベッドから降りたアルフに服を渡してやり、リニスは扉の前まで歩くと振り返る。

「朝食はもうできていますから、早く来ないとアルフの分だけ片付けてしまいますからね」

「わわっ、すぐ行くから絶対に片付けないでよ!
 って、何で返事しないで笑ったまま出て行くの!」

慌てて服を全て脱ぎ捨て、渡された服に頭を突っ込むも焦っているためか中々頭が出てこない。
着替えを終えたフェイトがアルフに近付き、着替えを手伝ってあげる。
フェイトに素直に礼を言いつつ、それでも急いで着替えるアルフ。

「そんなに慌てなくても大丈夫。ちゃんとアルフの分を取っておいてくれるから」

それは分かっているが、万が一という事を考えているのか、
もしくは寝坊ばっかりする自分に対する罰もあり得るとでも考えているのか、アルフはわたわたと手足を動かす。

「アルフ、少しじっとしてて。それと、足はあまり関係ないと思うけれど」

頭からすっぽりと被る上下一体の白いワンピースタイプの服だから、頭や手は動かして通さないといけないが、
フェイトの言うように、足は全く関係ない。
だが、手を動かすと自然と足も動くらしく、手が動くに合わせて足もやはり動く。
それに笑みを浮かべつつ、フェイトはアルフの頭を出してやる。

「はい、腕は自分でできるよね」

「うん。……よし、できた! フェイト、早く行こう!」

手も出し終えて服を着終わったアルフは、フェイトの手を取り走り出す。
そんなアルフに苦笑しつつも、フェイトは黙ってアルフの後に続いて食堂へと向かうのだった。



 ∬ ∬ ∬



「いただきま〜す!」

言うなりがつがつと食べ始めるアルフ。
それを横目に見遣りながら、リニスは正面に座るフェイトに話し掛ける。

「今日はこの後、昨日までの復習を行います。
 午後からは魔導試験、その後休憩を少し挟んで実技です。
 朝は身体の資本ですから、しっかりと食べてください」

「うん。……リニス、お母さんは?」

「プレシアは昨日から徹夜で何か作業をされてましたから、まだ作業中だと思いますよ。
 後で私が食事を持って行って休むように言うつもりですが」

この山中に停泊し、フェイトがリニスから魔法を習い始めてから今まで、一度も一緒の食卓に着いた事がないプレシア。
昔はよく一緒に食事したのにと寂しげな顔を見せつつも、研究者としてのプレシアの事も理解しており、
フェイトは何も言わずにただ、そうとだけ返すと自身もまた食事に取り掛かる。
そんなフェイトを何とも言えない表情で眺めるも、
すぐにそれを悟られないように、リニスはいつものように柔らかな笑みを浮かべる。

「プレシアもフェイトの事を褒めていましたよ。
 この間の試験では満点だったし、今では自分で魔導書も読んで勉強していると伝えたら、それは嬉しそうに」

優しい小さな嘘を口にしながら、リニスは地下の研究室に篭もりきりのプレシアを思い、
気付かれないように嘆息する。使い魔であるリニスは当然のようにプレシアの身を案じるし、
その気持ちも分からなくもない。元々、リニスはアリシアやプレシアには懐く山猫の身であったのだから。
それがアリシアと共に、あの事件で亡くなる所をプレシアに使い魔として助けられたのだ。
尤も、それはフェイトを教育するためであり、その為にプレシアから素質とその魔力を受け継ぎ、
プレシアが保有している多くの魔法や知識さえも与えられたのだが。
全てはアリシアのために。けれども、今ここにいるフェイトを見ても良いではないかと思うのだ。
母親を求めているのに、迷惑を掛けないために一人我慢するフェイト。
リニスにとってプレシアもアリシアも大事だが、フェイトもまた同じぐらいに大事な存在であった。
故に、これぐらいの嘘なら構わないだろうと自分に言い聞かせる。
このぐらいなら、主人であるプレシアも知った所で何も言わないだろうと。
プレシアのやろうとしている事を止めたいと思うが、やはり主であるプレシアの気持ちも分かるだけに何も言えない。
使い魔が望むのは、主の幸せだから。何よりもそれが優先される。
そんな葛藤を抱きつつ、せめてフェイトのために出来る事をしようと。

「ここまでは順調どころか、少し早いぐらいに進んでますね。
 この調子だと、予定よりも早く最終試験を迎える事になるかもしれませんね。
 ちゃんとそれまでに約束したプレゼントを用意しないと」

言って、ここ暫く頭を悩ませているプレゼントである所のデバイスに付いて考える。
色々検討した結果、インテリジェントデバイスというのは決まった。
プレシアからも材料費に幾ら掛かっても良いと言われている。
故にリニスは費用の事は一切気にせず、フェイトの習得している魔法、これから習得する魔法などは勿論、
戦闘スタイルから細かい動きにまで注意して設計をしている。
そして、それとは別にもう一つ設計しているデバイス。
こちらは少々癖があるものの、今までにないデバイスの設計をしている。
最終的にこの二つのうちのどちらかがフェイト専用のデバイスとなる。
残った一つはアルフに渡しても良いかと考えている。デバイスを使う使い魔。珍しいかもしれない。
だが、彼女ならフェイトの為に力になろうとするだろうから、その時の力になるのなら無駄にもならない。
その二つのデバイスの設計で、リニスもまた最近は少し睡眠時間が減っているのだが、
疲れを感じるどころか、寧ろフェイトの為に何かしていると思うと嬉しくなってしまうリニスであった。
そんな風に思わず思考するリニスへと、フェイトは嬉けれど遠慮するような視線を向けている。
それに気付いたリニスは、フェイトに遠慮する言葉を出させる前に口を開く。

「まあ、そうは言ってもまだ先の事でしょうね。
 頑張ってくださいね。私も頑張ってフェイトのためのデバイスを作りますから」

思わず頷かされてしまうフェイトであったが、その顔は嬉しそうであった。
それを見てリニスもまた笑みを浮かべるのだった。



 ∬ ∬ ∬



いつものように、フェイトがプレシアの蔵書を読んで勉学に励んでいるであろう夜中、
リニスは病魔に侵されながらも連日夜遅くまで作業をしているプレシアの身を案じ、食事を持って訪れる。
だが、そんなリニスにすげなく言葉を返すだけで、すぐに手元へと視線を落とすプレシア。

「プレシア、少しは食事を取らないと……」

「後で食べるから、そこに置いておきなさい」

「そう言って、昼は何も手をつけてませんでしたよ」

注意するように告げるリニスに、プレシアは特に反応も見せずに作業を進める。
慣れたものでリニスは何も言わずに食事を入り口の横にある台の上に置くと、もう一度その身を案じる言葉を投げる。

「しつこいわよ。分かったと言ったでしょう。今は邪魔しないで。
 そんな事よりも、あの人形の仕上がり具合はどうなの」

「プレシア、ちゃんと名前で呼んであげてください」

プレシアの放った言葉に、相手が主であると理解していても少し咎めるような口調になる。
それを意にも返さず、ただ鼻先で笑い飛ばす。

「流石に母性の強い山猫の使い魔ね。あの偽者にも愛情を持って育てているようだわ。
 でも、あれはあの子じゃないのよ」

「そんな事は分かっています」

毅然と返すリニスをつまらなさそうに見遣り、

「まあ、どっちでも良いわ。それより、どうなのよ」

フェイトの魔法に関する成績を再度尋ねる。
これ以上は何を言っても無駄で、逆に怒らせることになると分かっているから、リニスはその質問に答える。

「順調です。寧ろ、予定よりもかなり早いですね」

「そう、なら良いわ」

言って再び視線を手元に落とすプレシアに、リニスは言葉を続ける。

「この辺で何かご褒美をあげれば、更に頑張ると思うんですが。
 例えば、明日の朝食を一緒に取って、その席でプレシア自ら褒めてあげるとか」

思い切って切り出した内容は、しかし、プレシアに何の反応ももたらさなかった。

「明日もいつも通り、朝食はここに持ってきて」

「プレシアっ! 少しはあの子自身も見てあげ……」

「使い魔が主人に指図するつもり?」

「私は別にそんなつもりでは……」

リニスの言葉を遮るように発せられたプレシアの言葉は、やけに静かく冷たいもので、
リニスは言葉を飲み込まざるを得なかった。
今、この時点でプレシアが自分との契約を切るとは思えないが、万が一という事もある。
まだフェイトの為にしてやれる事を全て終えていないため、リニスはプレシアの言葉に了承する旨を伝える。

「それでデバイスの方はどうなっているの」

「はい、順当です。一応、前に報告した通り、設計段階からフェイト専用として作っているものと、
 新しい技術を用いたものと二つ、どちらも設計は終わって作業に取り掛かってます」

「そう。なら、それの完成を急ぎなさい。勿論、フェイトの完成もね。
 それらを少しでも早く終わらせて、さっさとただの山猫に戻りなさい。
 あなたほどの高性能な使い魔、維持するのも楽じゃないのよ」

プレシアのあまりの言い様にも、リニスは短い了承の返事を返して部屋を出て行こうとする。
既に契約する時点からそういう契約であったので、今更リニスはその事には何を思う事もない。
ただ、プレシアとフェイトの事だけが気掛かりであるのだが、それは言葉にしない。
と、その背中にふとプレシアが声を掛ける。

「……新しい技術と言ったわね」

「はい、そうですが」

今まで退室する際に呼び止められる事などなかったリニスは、珍しい事だと思いながら主人と向かい合う。

「貴女の知識は私の有していたものを与えていたわよね。
 その貴女が新しいと言うという事は、何か新たな技術が発明されたの?」

技術者、研究者としての純粋な好奇心が少しと、
その技術が自分の計画している事に使えるものかどうか見ようという気持ちを大部分に持ち尋ねる。
そんなプレシアの感情を理解していながらも、
僅かに覗いた研究者としてのプレシアの目の光に少しだけ気持ちが嬉しくなったリニスは、少しだけ口元を緩める。

「いえ、少し言い方を間違えましたね。
 デバイスには使われた事のない技術という事で、この技術自体はプレシアが知っているものですよ。
 そんな事を考える人など居ないでしょうし、そもそも完成されたものではないですから。
 ただ、私はその中の一部を少しだけ流用したに過ぎません。でも、今までにないデバイスになると思いますよ」

やけに自信に満ちたリニスの言葉に、プレシアは興味を覚えたのか設計図を見せるように言う。
自身の知っている技術をどう応用したのか、それを知りたいと思ったのだ。
やはり、その根底には今煮詰っている部分の打開策が見つかるかもしれないという強い気持ちがあるのだが。
明日にでもと告げるリニスに今日持ってくるように言い渡し、すぐに持ってこさせる。
リニスより受け取った設計図に目を走らせるも、途中でその目が見開かれ動きを止める。

「……リニス、あなた」

感情の一切感じさせない低い声がプレシアから発せられる。
使い魔であるリニスは、プレシアの感情が憎悪や憎しみ、怒りといったあらゆる負の感情で満たされていると感じ取る。

「このデバイスのコアに使われている魔力駆動炉のノウハウは、あの大型魔力駆動炉開発のものよね」

「は、はい。ですが、それをずっと小さくして元からあるものと合わせましたから同一のものではありませんよ。
 あの暴走したものとは全くの別物……」

「それだけじゃないわ。このインテリジェントデバイスの知能に使おうとしている技術はなに!」

「そ、それは……」

プレシアの詰問する口調にリニスは言いよどむも、睨むように見詰められてやがて口を開く。
その声は震え、怯えるように一つの言葉を吐き出す。

「プロジェクトF.A.T.Eの人造生命のノウハウです」

「私からアリシアを奪った技術のノウハウを、あの偽者を造りだした技術を貴女はデバイスに用いようとしたの!」

「で、ですが、通常のデバイスとして設計するのなら、フェイトのサポートをする以上はこれぐらいではないと!
 フェイト一人で戦う事を想定するのなら、彼女の膨大な魔力をより効率的に増幅し、
 自らも魔法を唱えるぐらいのデバイスでないと。
 このデバイスなら、同時に二つの大きな魔法の起動だって可能になるんですよ。
 フェイトが傷つくことが少しでも減るようにと……」

「偽者が傷ついたのなら、修理すれば良いでしょう。これはいらないわ」

プレシアの言葉に、しかしリニスは珍しく素直に従わずに反論を口にする。

「治療、ですよね。プレシア、あなたがアリシアを大事にするのは分かります。
 私だってアリシアのことを……。ですが、フェイトだって一人の女の子なんですよ。
 私にとっては、どちらも大事な子なんです。
 それに、怪我をしない方がプレシアの計画もより早く進むではないですか。
 だから、教育係として少しでも生存率を、怪我が少なくなるようにと……」

「もう一度言うわ、これは破棄しなさい」

「……」

プレシアの冷たい口調にリニスはまたしても言葉を遮られ、沈黙でもって返す。
だが、彼女の主はその沈黙さえも許さず三度目となる警告をただ静かに告げる。

「良いわね」

「……はい」

リニスがようやく小さくそう言うと、プレシアはその設計図をリニスの目の前で破り、更に丁寧に燃やす。
灰となって消えていく設計図をじっと眺めたまま、リニスは一切口を挟まず、ただ沈黙したまま見詰めていた。



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フェイトの最終試験が終わり、リニスは少し寂しい気持ちでそれをフェイトへと告げる。
そんなリニスの気持ちなど知らず、フェイトは嬉しそうな顔を見せる。
その胸のうちはこれでプレシアの役に立てると思っているのだろう。
そんなフェイトをアルフ共々優しく抱き締める。
言葉もなく抱きしめてくるリニスにフェイトは照れながらも大人しく抱かれ、
アルフもまた何か感じたのか、暴れたりせずに大人しくその腕の中に収まる。
ひとしきり二人の感触を刻み込むように抱き締めると、リニスはいつものように微笑を浮かべる。

「さて、それじゃあフェイトにお祝いをあげないとね」

「あたし、あたしには!?」

騒ぐアルフにリニスは笑い掛ける。

「ちゃんとアルフの分もあるわよ」

そう言って疼く胸を押さえる。
フェイトに渡すデバイスは昨日のうちに出来上がっている。
設計段階からフェイト専用として設計し、途中からはそのデバイスと同じ形のものを使った訓練も取り入れた。
既にコアとフェイトも互いに引き合わせもしているので、全く問題はないであろう。
自信を持ってフェイトのための最高傑作を作ったと言い切れる。
だから、リニスが胸を痛めているのは違う理由である。
初めて主であるプレシアの言い付けを守らなかったというもの。
だが、後悔はしていなかった。
少しでもフェイトの為に、ただその想いだけで、あの日プレシアに禁止されたデバイスをこっそりと作ったのだ。
これがアルフにあげるご褒美である。
彼女ならば、フェイトの為に一生懸命な彼女になら、このデバイスを渡しても大丈夫だろうと。
そんな複雑な気持ちを全て笑顔の奥に隠し、リニスは二人をデバイスを作っていた部屋へと連れて行く。
完成したデバイスを見るのは当然、初めてとなるフェイトは少しドキドキしながらその瞬間を待つ。
リニスから丁寧に渡された、金色の三角形の宝石を渡される。

「闇を貫く雷神の槍、夜を切り裂く閃光の戦斧、バルディッシュ。
 これが、フェイトのデバイスです。さあ、手にしてあげて」

リニスの言葉に手を伸ばし、その宝石を手にした瞬間、自然を唇から言葉が零れ、
それに応えるようにその姿を変えて、フェイトの手の中で長柄の獲物へと変わる。
その様子を満足げに眺め、リニスは次いでアルフへと向き直る。
その顔はかなり真剣味を帯び、つられるようにアルフもまた真剣な面持ちになる。

「アルフ、あなたにも一つのデバイスを用意しました。
 でも、これの存在は出来る限りプレシアには秘密にしてね」

「よく分からないけれど、黙ってろって事だね」

「ええ。もし見つかったら、壊される可能性もあるの。
 本当なら使い魔である私が主人を欺くなんていけないのだけれど、フェイトの為にもこれだけはしておきたかったの。
 これぐらいしか、私には出来ないから」

リニスの言葉にアルフは真剣になって頷く。
プレシアのフェイトに対する態度に腹を立てているアルフにとって、主人でもあるフェイトの方が優先される。
尤も、そんな事がなくてもアルフはフェイト優先だろうが。
対し、フェイトはそこまでしてくれるリニスに感謝でいっぱいの気持ちになるが、
やはり母親に秘密というのが心苦しそうである。

「そんなに気にしなくても良いわ。設計図はちゃんと見せたもの。
 ただ、ちょっと危険だからプレシアもフェイトに持たせたくなかったのよ」

フェイトの気持ちを少しでも楽にしようとそんな嘘を吐き、危険と聞いて顔を顰めるアルフに笑い掛ける。

「大丈夫よ、アルフ。私を信じなさい。
 フェイトのために私の持てる知識を全て動員して作り上げた最高傑作なんだから」

「じゃあ、バルディッシュは?」

「勿論、バルディッシュも同じよ」

リニスの言葉に思わず聞き返したアルフにきっぱりとそう言いきると、リニスは白い宝玉を手にする。
それをアルフの方へと近づけながら、ゆっくりとした口調で告げる。

「全ての智を携える翼、過去と未来の知識を与える白き宝玉、グラキアフィン。
 これがあなたにあげるご褒美よ」

ご褒美という言葉に喜び手を差し出すアルフであったが、グラキアフィンは何の反応も見せない。
頭上に掲げて光に透かして見たり、上下に振ったりするも無反応である。

「リニス、これ壊れているの?」

「そんなはずはないのだけれど……。管制人格みたいなものだから、ひょっとして使い手を選ぶのかも」

今更ながらに気付いた事を口にするも、アルフはブンブンと振るばかりである。
それを止めさせ、リニスはデバイスを手にする。
意志持つデバイス、インテリジェントデバイス。
その種類のデバイスとしても、グラキアフィンは相当に特別な作りとなっているのだ。
コアには効率的に魔力を増幅する駆動炉を搭載し、その命とも言うべき知能には禁断とも言われる技術、
魔力素質を持った人造生命体を生み出すノウハウを使ったのだ。
グラキアフィンには、その名が示す通り、プレシアやリニスの魔法知識が全て詰め込まれているのである。
勿論、魔法知識だけではなく、様々な知識を詰め込んだ。
魔力素質とプレシア、リニスが知り得るあらゆる知識を詰め込んだコアを作ったのだ。
既存の知識を用い、新たなものを生み出せる程の知能に、使用者の魔力を増幅する回路。
またそれらを制御できなければ意味がない。だからこその人造生命のノウハウを利用したのだ。
つまり、グラキアフィンのコアは高度な思考能力を持ち、魔力資質に魔力までも備えているのである。
言うならば、デバイスが既に一つの魔導師とも言えるのだ。
逆に言えば、それだけの知能を持つが故に使い手もまた選ぶ可能性もある。
いや、インテリジェントデバイスでさえ、使用者を選ぶのである。
ならば、グラキアフィンが非常に限られた者しか使えない可能性を当然考えるべきであった。
それを完全に失念していたリニスであった。
どんな条件を満たせば、グラキアフィンが主と認めるのかは分からない。
だが、もうそれを調べる時間は残されていない。
仕方ないかと思い、それでもアルフへと渡そうとしたリニスの手の中で、グラキアフィンが光り出す。

【Stand by ready. Set up】

突如、リニスの腕に魔法陣が展開される。
だが、その魔法陣は二つの円の内部に三角を二つ重ねた六芒星でミッド式のものとは異なっていた。
見たこともない魔法陣をフェイトやアルフが見詰める中、リニスだけはその原因を理解する。

(人造生命体の技術のノウハウをコアに用いるのは無理があったのね。
 故に魔法を使うには不完全で、それを構築する魔法陣も欠けてしまっているんだわ)

本来、四角形が二つ重なるミッド式の魔法陣の頂点が一つずつ崩れ、三角形が二つで魔法陣を形成している。
そこまで理解して、リニスはこのデバイスの当初の目的、
デバイス自体が高度な魔法を使うというものが失敗に終わったと落胆する。
が、そんなリニスの目の前で消えそうになっていた六芒星が回転を始め、
再びその姿をはっきりとしたものへと戻すと、その状態で魔法を起動させる。
呆然とそれを眺めるリニスに、扱う基本形状となる杖の形と、
バリアジャケットの形成をグラキアフィンが問い掛けてくる。
それすらも聞こえていないのか、リニスは目の前の事態を分析する。

(高度な知能を持ち合わせているから、欠けた魔法陣で魔法を構築しなおしたの!?)

新たなものを生み出せる程の知能を持たせたが、それが想像以上であったことに驚く。
同時に、改めて自らの主が魔導師としても技術者としても優れている事を再認識する。
思わず長い思考に入っていたらしく、フェイトやアルフが見ていることに気付くと軽く首を振り、
魔法をキャンセルしてグラキアフィンを手に包み込み、そっとアルフに手渡す。

「どうやら、このデバイスは使い手を選ぶみたいだわ。
 ごめんね、アルフ。これはアルフが持っていて、信用できる人に渡しなさい。
 その人が使えるかどうかは分からないけれど」

そう言って、自分に使えないと分かって拗ねるアルフの頭を撫でつつ、
腕輪にしたグラキアフィンをアルフの腕に着けてあげる。それを見て、アルフも機嫌を直す。
デバイスではなく、装飾品を貰ったと気持ちを切り替えたらしい。
そんな現金なアルフに笑みを零すと、リニスはもう一度二人を近くに呼んで抱き締めると、そっと立ち上がる。

「私はプレシアに報告をしたら、プレシアの用で少し出掛けることになるから」

「良いな、あたしも行きたい」

そう言って羨ましそうに見てくるアルフの頭に手を置き、優しく撫でてやる。

「暫くは帰って来れないから、その間、フェイトと会えなくなるわよ。
 フェイトは疲れているから、今日はゆっくりと休ませないと駄目だもの」

「う〜、それは嫌。でも、それだとリニスにも暫く会えないんだよね」

「そうね。でも、アルフにはフェイトが居るでしょう」

「うん!」

リニスの言葉に即座に返答する。
それを見て安心したような表情を見せると、リニスはアルフの頭から手を離す。

「それじゃあ、私はプレシアの所へと行くから、二人も部屋に戻ってゆっくりと休みなさい」

言いながら二人の背中を優しく押し、共に部屋を出る。
途中まで一緒に歩き、プレシアの研究室へと通じる所で足を止める。

「アルフ、ちゃんとフェイトを助けてあげるのよ。
 フェイトはちゃんと食事や睡眠を取る事。あまり無茶ばっかりしては駄目ですよ」

リニスの言葉にしっかり頷く二人を見て機嫌良さそうにリニスも頷く。

「くれぐれも身体には気を付けて、元気でいてくださいね」

最後にそう言うと、リニスはプレシアの元へと向かう。
その背中を見送った後、アルフは部屋へと戻ろうとする。
だが、じっとリニスの去った方を見たまま動かないフェイトに気付いて足を止める。

「どったの?」

「さっきの最後のリニスの言葉、少し可笑しくなかった?」

「うーん、別に可笑しな所はなかったと思うけれど。気のせいじゃないの?
 どれぐらい出掛けるのかは分からないけれど、リニスも心配性だよね。
 フェイトにはあたしが付いているんだから、ちゃんとあたしが面倒を見てあげるよ」

言って笑うアルフにフェイトも笑い返す。

「そうだね。……うん、私の気のせいかな。
 今日は流石に疲れたから、早く部屋に戻って休もう」

「うんうん、そうしよう♪」

フェイトの手を引き、アルフは鼻歌混じりに部屋へと戻る。
手を引かれながらもフェイトはもう一度だけ後ろを振り返り、
心の中でリニスへと先程言い忘れた言葉、いってらっしゃいを告げるのだった。



 ∬ ∬ ∬



恭也の手に握られたデバイス。
正確には、そのデバイスのコアとも呼ぶべき白い宝玉から感じられた魔力にプレシアは反応する。
設計図として知っているだけで、その形状も剣などではなかったし、完成された物を見たこともない。
当然だ。自分は破棄するように告げたのだから。だから、普通なら存在しないはずのもの。
だが、それでも間違えようのない白い宝玉に、先ほどの高速移動魔法はデバイスが展開していたという事実。
その二つだけでプレシアは確信する。

「そのデバイスは!? リニス!」

捨てるように言ったはずのデバイスの存在を認め、
言い付けを守っていなかった使い魔へと叱責するように、思わずプレシアはその名を叫んだ。





つづく、なの




<あとがき>

グラキアフィンの秘密、と言うほどでもないけれど、ようやく明らかに。
美姫 「いや、人造生命体の技術って……」
いやいや、そのものじゃないよ、ただ、より深い思考能力を構築し、
新たな発想を生むために今までの技術では無理かなと思ったリニスが、そのノウハウをちょっと使って……。
美姫 「いや、それって一緒よね」
生命体は作ってません。
美姫 「それで言い逃れするの!?」
はははは。まあ、そんなこんなで六芒星の秘密も終わり。
美姫 「でも、普段はミッド式の魔法陣なのね」
恭也の魔力を使ってるからね。恭也の魔力を一使い、グラキアフィンの魔力を九使う感じ。
大きい魔法だと、グラキアフィンが全て肩代わりするから、六芒星。
あとは、魔力を増幅したりするのも同じく六芒になる。
美姫 「グラキアフィンの魔法みたいな扱いだからね」
そういう事だ。自身が魔力を持ち、勿論、普通の魔導師のように自然回復するデバイス。
美姫 「恭也の魔力量が少なくても大きな魔法が撃てる理由ね」
そういう事です。つまりは、エイミィが前に分析したように、恭也のランクは低いと。
美姫 「デバイスのお陰で高ランクなのね」
その通り。ってな感じかな。って、後書きまで説明っぽく!?
美姫 「その辺り、普通は本編に入れるんじゃ」
勿論、入れていくつもりだぞ。
美姫 「なら、ここでの説明って……」
もしかしたら、省くかもしれないって事で。
美姫 「それは、入れるって言わないのよ!」
ぶべらっ!
美姫 「ったく、もう馬鹿なんだから」
す、すみません……。
美姫 「こんな馬鹿ですが、後数話お付き合いください」
ではでは。







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