『リリカル恭也&なのは』






第53話 「なのはとフェイトW」





プレシアの頭上に落ちてきた天井の一部はしかし、プレシアを直撃する事無く、
まるでそこを避けるように二つに割れる。

「……礼なんて言わないわよ」

助かったプレシアはその原因である恭也を見上げる。
グラキアフィンを振り抜いた姿勢を解き、恭也は特に気にした様子もなく淡々と返す。

「いらない。別にお前のためにやったんではないからな」

そう言って胸を撫で下ろしていたフェイトを肩越しに見詰める恭也。
フェイトが居るから助けられたと知り、激昂するかに見えたプレシアだったが、それは恭也の杞憂だったようで、
プレシアは何も口にせず、ただ虚ろな瞳で天井を見上げ、力ない足取りで一番奥にあるカプセルへと歩く。
アリシアが眠るカプセルに手を着き、咳き込みながらもその顔を硬質ガラス越しに愛しそうに撫でる。

「ごめんね、アリシア」

既に計画が破綻したと悟り、プレシアはただただアリシアへの謝罪を口にする。
掛ける言葉もなく、崩壊を始める時の庭園から早く脱出するように告げてくるエイミィの言葉に聞き、
大きな穴が開いた天井を見上げる。その向こうに空が見えることから、その穴を抜ければ外に出れるだろう。
なのはやユーノがその穴へと向かうのを追いながら、恭也はもう一度下を振り返る。
アリシアに縋りつくプレシアに脱出する意志は見えず、それでもフェイトが必死に声を掛け、手を伸ばす。
益々揺れが激しくなる中、恭也とアルフはフェイトの傍へと近付く。

「お母さん、一緒に……」

あれだけ否定されても尚、フェイトは持てる勇気を振り絞って手を伸ばす。
プレシアはアリシアから目を離してフェイトを見上げるも、すぐに視線をアリシアへと戻す。
それでも尚、フェイトはプレシアに呼びかける。
その声に背中を向けるプレシアの足元にも亀裂が生じ始め、徐々に床さえもが崩れ始める。
崩れ始めた床から黒い、まさに闇そのものが溢れ出してくる。

「まずいよ、フェイト! 虚数空間がっ!」

「虚数空間?」

聞きなれない言葉に恭也が思わずそう口にすると、アルフは焦りながらも簡単な説明を聞かせてくれる。

「簡単に言えば、空間に開いた穴だよ。でも、ただの穴なんかじゃない。
 魔法は全てキャンセルされるんだ。落ちたら最後、二度と戻って来れない」

「ブラックホールみたいなものか」

アルフの言葉に納得しつつ、事の重大性を瞬時に理解する。
プレシアの近くに居るフェイトは、その分虚数空間にも近いと言う事で、もし捕まれば魔法が使えずに落ちるだけ。
恭也とアルフは頷き合うと一瞬で意志を疎通させ、フェイトを掴むように手を伸ばす。
だが、それよりも早くフェイトは更にプレシアへと近付くべく高度を下げる。
互いに手を伸ばせば、指先が触れるかどうかというぐらいにまで近付いた所で止まり、

「お母さん……。また怒るかもしれないけれど言うね。
 きっとアリシアだってお母さんに生きてて欲しいと思うよ。だから、行こう。
 私と一緒に居るのが嫌なら、それでも構わない。だから、とりあえずはここから出よう」

泣きそうな声でプレシアの背中に語り掛ける。アリシアの名を言った事で怒るかもしれない。
それでも、ここから逃げてくれるならと。

「どうせもう長くないの。だったら、私は最後までこの子といるわ」

返ってきた声は淡々としており、特に何の感情も篭められていなかった。
だが、フェイトにとってはそれよりも語られた内容の方に驚きを隠せない。
吐血していたから、何処か悪いのかもとは思ったが、まさかそこまで酷いとは思っていなかった。
涙が零れそうになるのを堪え、フェイトは首を振って、それでもともう一度ここから脱出するように呼びかける。
ようやく振り返ったプレシアは、しかし拒否の言葉を短く返す。

「お断りよ。もう、この子を置いてなんていかない。
 貴方は好きなようにすれば良いでしょう。もうどうでも良いわ」

本当にどうでも良さそうに告げると、再びフェイトに背を向けてアリシアを見詰める。
その背中を見下ろしながら、フェイトは一歩だけアリシアに近付く。
だが、開いた唇からは何の言葉も出てはこない。
既に興味を無くしたプレシアは、最後の時が来るのを待つかのように、ただ静かに佇む。
その足元にも虚数空間が現れ始め、徐々に床のあちらこちらに黒い染みが溢れ出す。
そこへ大きな揺れが再び襲い掛かり、プレシアの足っていた足元を崩壊させる。
アリシアの眠るカプセルと共に傾き、虚数空間に沈んでいくプレシア。
その顔は焦りも何もなく、ただただ静かであった。
そんなプレシアへとフェイトは手を伸ばし、その腕を掴む。
プレシアを救おうとしたのだが、その小さな身体はプレシアに引き摺られるように虚数空間へと近付く。
フェイトまで虚数空間に捕まってしまえば、共に落ちてしまう。
それでもフェイトは掴んで腕を離すまいと手に力を込める。

「フェイト!」

恭也とアルフの声が重なり、二人はフェイトの元へと降りて行く。
虚数空間に触れないように注意しながらなので、その速度は決して速くはない。
同じように事態に気付いたなのはもまた引き返してくるのを眺めながら、プレシアは溜め息を吐くかのように呟く。

「愚かな人形ね」

間近で言われた言葉に肩を震わせるも、それでも正面からプレシアを見詰める。

「そんなに強く握られると痛くて仕方ないわ。ここに来て、仕返しのつもり?」

「そ、そんなんじゃ……ぁっ!」

プレシアの皮肉めいた言葉に反論しようとしたフェイトであったが、腹部に痛みを感じて言葉を途切れさす。
僅かに手の力が緩んだ瞬間、一緒に落ちそうになっていたフェイトの手を払い除け、
更に腹部に魔力弾を放ち恭也の方へと吹き飛ばす。
何でもない初歩の魔法だが、虚数空間に下半身を飲み込まれた状態で撃ったためか、
元々限界が近かったのか、プレシアは再び吐血する。
だが、そんな事など気にせず、傍らのアリシアの眠るカプセルを撫でる。

「お母さん!」

虚数空間に落ちて行くプレシアへと必死に手を伸ばし、それを恭也に後ろから抱き止められているフェイトへと、
プレシアは侮蔑するような言葉を投げる。

「アリシアと二人きりになる邪魔をしないで。
 それと、何度も言わせないでちょうだい。人形にお母さんと言われる覚えはないわ。
 今ので壊せるかと思ったけれど、思ったよりも頑丈ね。まあ、それならそれで良いわ。
 壊れても壊れなかったとしても、私の勝ちだもの。
 もう貴女を壊す力はないけれど、せめてもの仕返しは出来たもの。
 精々、優しくない世界で生きて苦しむと良いわ」

そう言い放つとプレシアはもうフェイトなど見ず、ただアリシアに寄り添う。

「……お母さん」

ゆっくりと落ちて行くプレシアをじっと見詰めるフェイトに、恭也が話し掛ける。

「行こう、フェイト」

じっとプレシアが落ちていった虚数空間を見詰め後、フェイトは小さく頷く。

「はい!」

顔を上げたフェイトはその瞳に哀しみではなく、強い輝きを灯して飛翔する。
その両横を一緒に飛行する恭也とアルフへ小さな声で尋ねる。

「お母さん、助けてくれたんですよね」

「そんな訳ないじゃないか! どう考えても嫌がらせしようとしてたんだよ!
 でも、あたしがフェイトを苦しませたりしないからね。あんな奴の言葉なんか気にする事ないよ、フェイト」

憤慨してプレシアを糾弾し、フェイトを慰めるように言葉を掛けるアルフ。
逆に恭也は静かにフェイトに尋ね返す。

「フェイトはどう思うんだ?」

「……助けてくれたと思いたいです」

「そうか。だったら、それがフェイトにとっての真実なんだろう。
 フェイトが諦めずに声を掛けた事で、最後の最後で、彼女にも何かしらの変化があったのかもな。
 だから、本当に最後の瞬間に母親らしく自分の娘を助けたのかもな」

「……はい」

「二人とも甘いんだから」

結論を出したフェイトの隣で、アルフは拗ねたように唇尖らせる。
それに苦笑を漏らしつつ、恭也とフェイトは頭上で待っていたなのはと合流する。

「待っていないで先に脱出すれば良かったのに」

「お友達を置いてそんな事できる訳ないでしょう」

恭也の言葉に怒ったように返すなのは。

「……友達?」

なのはの言った言葉にフェイトが不思議そうに聞き返す。
そんなフェイトになのはは何の屈託もない満面の笑みを向けると、そっと手を差し出す。

「そうだよ、大事なお友達。その為にあんな事をしたんだから」

「そうだったな。その為に決闘までやらかしたんだった」

「むー、勝負って言ってください」

拗ねるなのはを軽くあしらう恭也。
そんな兄妹のじゃれ合いを眺めながら、フェイトは恐々といった感じで聞き返す。

「まだ、友達になりたいって言ってくれるの」

「勿論だよ!」

「あ、ありがとっ……」

なのはの言葉に礼を言うも、最後は少し涙声に変わる。
すぐにそれを飲み込み、フェイトは改めてなのはと友達になりたいと自分から告げる。
だが、どうすれば分からないと不安になるフェイトに、なのはは変わらない笑みを見せたまま、

「とりあえず、そろそろ名前で呼んで欲しいな。
 わたしはフェイトちゃんの事をずっとお名前で呼んでいるのに、フェイトちゃんは呼んでくれてないよね」

そう言って手を伸ばす。
その手を取るために、戸惑いながらもおずおずと手を伸ばすフェイト。
二人の手が繋がりそうな瞬間、またしても大きな揺れが起こり、天井が一気に崩れて落ちてくる。

「二人とも、悪いがそれは後だ。
 ここから出ない事にはどうにもならん」

恭也の言葉に二人は頷き、大きく開いた外へと通じる穴を見上げる。
二人の先に立ち、落ちてくる細かい破片を恭也とアルフが払い除ける。

「行くぞ!」

「うん!」

「はい!」

二人の返事が返ってくるなり、恭也は外へと飛ぶ。
その後をアルフが追い、続こうとするフェイトの手を横から伸びてきた手が握り締める。

「行こう、フェイトちゃん!」

「あっ……、うん、なのは!」

握られた手を握り返し、フェイトはなのはと一緒に飛び出す。
その心地良さに穏やかな笑みを浮かべ、それに気付いて少し恥ずかしげに見られてないかとなのはの方を見れば、
しっかりと目が合う。変に思われたかと考えそうになるも、すぐにそれが杞憂だと気付く。
なのはもまた嬉しそうな笑みを見せ、フェイトを見詰め返していたから。
どちらともなく繋いだ手に力を込め、それで力を得たかのように飛翔速度を上げる。
そんな二人を一瞥し、恭也もまた小さく笑みを見せ、アルフは満面の笑みを浮かべて二人を眺めていた。





つづく、なの




<あとがき>

ふー、ようやく決着が。
美姫 「プレシアの最後の行動は果たしてフェイトの言う通りなの?」
さあ。とことん、悪役をやってもらうつもりだったから、本人が言う通りだったかもしれないし、
フェイトの言う通りだったかもしれない。真実はプレシアのみ知る。
美姫 「さて、ようやくここまで来たわね」
ああ、ようやくだ。いよいよ次回で……。
美姫 「長かったわ。もう更新が遅くて、遅くて」
あ、あははは。え、えっと、それでは次回で〜。
美姫 「それじゃ〜ね〜」







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