『リリカル恭也&なのは』
外伝3 聖なる夜のサンタさん
お茶とお茶請けを用意して縁側……ではなく、炬燵でみかんの皮を剥いている恭也。
ここは高町家ではなく、ハラオウン家の居間。
この家の主であるリンディがちょっと前に炬燵を出したと聞き、こうしてお邪魔しているのである。
勿論、それだけではなくて、ちゃんとした用事もあっての事だが。
そのちょっとした用事も済み、恭也とリンディは向かい合ってみかんとお茶をそれぞれ口にする。
「はぁ〜、やっぱりお茶は美味しいわね」
「炬燵にみかんも良いですよ」
お茶に砂糖を入れるのには驚いたが、流石にもう慣れたものでその件に突っ込む事はしない。
そんな二人の間でフェイトがみかん相手に苦戦を繰り広げる。
「久しぶりだわ、こんなにのんびりと出来るのは」
「お疲れ様です。しかし、こうして炬燵があると鍋とかも恋しくなりますね」
「ああ、それも良いわね。今度、高町さんの所と一緒に鍋でもしましょうか。
桃子さんと熱燗をやるのも良いわね。恭也くんも付き合う?」
「いえ、俺は酒は遠慮します。鍋の方は遠慮なく頂きますが」
「今度、桃子さんに言ってみよう♪」
「……甘くて美味しい」
恭也とリンディの会話の合間にみかんを食べたフェイトがぽつりと感想を漏らす。
どこかのんびりとした空気が流れる空間から少し離れ、つい先ほど帰宅したクロノと、
恭也を探していたなのはが、やや呆然とそんな三人を眺める。
「二人ともそんな所に立っていたら寒いでしょう。こっちに来て一緒に温まりましょう」
リンディの言葉にクロノとなのはもいそいそと炬燵の中に入る。
恭也の隣に座ったなのはへリンディがみかんを勧め、なのははお礼を言ってそれを手に取る。
「それにしても、急に冷えましたね」
窓の外を眺めながら恭也がしみじみと漏らせば、リンディがそれに答える。
「これから益々冷え込むそうだから、皆も風邪とかには気を付けるのよ。
この調子だと丁度、クリスマスの頃には雪が降るって言ってたわね」
朝見ていた天気予報を思い出して注意から一転、そんな事を言うリンディ。
対して、フェイトは首を傾げる。
「クリスマス?」
「クリスマスというのはこの世界の、まあイベントというか祭りというか、そんなものかな。
元々はキリスト降誕を祝う日なんだけれどね。そうそう、もうすぐクリスマスなんだよね」
フェイトに簡単な説明をしながら、なのはもしみじみと呟く。
それを聞き、恭也もまたしみじみと。
「そう言えば、もうそろそろそんな時期か。
プレゼントという餌で子供たちに親の都合の良い調教をするお爺さんが、煙突なんてもう殆どの家にないよ、
という突込みに耐えながら、夜中に不法侵入しても何も言われない日が来るのか」
「お、お兄ちゃん、何かクリスマスに恨みでもあるの?」
恭也のあまりと言えばあまりな説明に、なのはは思わず引き攣った笑みで尋ねてしまう。
それに対して返って来る答えは、嘲笑を含んだ眼差しと、
「毎年、毎年、可愛いを自称する妹にプレゼントを強請られれば、嫌でもやさぐれもする」
「あう……」
恭也を探していた理由が、正にそれだけになのはは言葉に詰まるのだが、そんななのはの頭に手を置くと、
「まあ、冗談だ。それで、今年は何にするのか決まったのか?」
「うん!」
一転して嬉しそうな顔で恭也に抱き付くなのはを微笑ましく見遣りながら、リンディはフェイトにも聞く。
「そうそう、フェイトさんも欲しいものがあったら教えてね」
「いえ、別に……」
「遠慮しなくても良いのよ。クリスマスにはサンタクロースと呼ばれるお爺さんが、
寝ている良い子の枕元にプレゼントを置いて行ってくれるというお話があってね――」
リンディの話の途中であったが、フェイトが口を開いて割って入る。
「もしかして、それがさっき恭也さんの言っていたお爺さんなんですか?」
「ああ、そうだ。まあ、俺が言ったのは冗談だが。
実際は一年間良い子にしていた子供にプレゼント配って行く好々爺だ」
「へぇ、そんな立派な人が居るんだ」
フェイトの言葉に恭也たちは顔を見合わせ、こっそりと念話を交わす。
≪も、もしかして、フェイトちゃん、サンタクロースを信じちゃったのかな≫
≪そうかもしれんな。そもそも、サンタ自体を今の今まで知らなかったみたいだしな≫
≪うーん、困ったわね。ここで本当は実在しないと告げるのはちょっと可哀想かしら≫
≪何を言っているんだ、母さんは。ちゃんと事実を教えてあげなければ、逆にフェイトが後々困るかもしれないだろう≫
≪これだから、クロノは駄目なのよ。フェイトさんの純真さを少しは見習って欲しいわ≫
≪ぐっ、そ、そもそも、僕たちだってこっちで暮らすからって、
現地の情報を調べなければ知らなかった事じゃないか。なのに、何でそこまで言われないと……≫
クロノがリンディへと文句を言いそうな気配を察し、慌てた様子でなのはが間に割り込む。
≪その内、自然と気付くと思いますから、信じている間は黙っててあげようよ≫
≪そうね。やっぱり、なのはさんは何処かの誰かとは違うわ≫
≪ちなみに、その何処かの誰かさんってのは誰のことかな?≫
≪あら、言わないと分からない?≫
≪仲良く親子喧嘩するのは後にしてもらって、とりあえずはサンタは居るという事で話を合わせましょう≫
またしても始まりそうな親子のスキンシップを今度は恭也が押さえ込み、これを合図に念話での内緒話を終える。
一方、そんな念話の内容を知らないフェイトは急に黙り込んだ皆を不思議そうに見ている。
「オホン。兎に角、フェイトさんもまだプレゼント貰える歳なんだから、欲しい物を言わないと」
「言うんですか?」
「ああ。紙に書いたり、もしくはその家の親に欲しいプレゼントを言うんだ」
「何かないの?」
恭也の言葉に続き、リンディがプレゼントの要求をする。
少し考えたフェイトだが、特に何も浮かばないらしく首を振る。
「すみません、何も浮かびません」
「あたしはこの前見つけた、骨の玩具!」
急にそういう声が響き、フェイトの足元から一匹の子犬が姿を見せる。
いや、子犬へと変化しているアルフが出てくる。
「何だ、君は炬燵の中に潜っていたのか」
「いやー、この中ってば温かくてついうとうとしちゃってさ。
でも、話は聞いたよ。中々立派な爺さんがいるんだね」
「君はプレゼントを強請るような歳……、いや、見かけとは違うんだったか」
思わず考え込むクロノとは違い、リンディはただ微笑んで頷いている。
「そうね、アルフさんのプレゼントもきっと届けてくれるわよ」
「ねぇ、フェイトはないの?」
「うん、何も浮かばないかな」
「うー、それじゃあフェイトの所には何も届かないじゃない。
だったら、あたしもいらない」
フェイトの言葉にアルフがそう口にすれば、フェイトがそれを止めるように言う。
「駄目だよ、アルフ。アルフはちゃんと欲しい物を言ったんだから、もらわないと。
私に遠慮したら駄目」
「だって……」
「私の欲しかったものはここにある」
言って恭也となのは、リンディにクロノを見るフェイト。
言って恥ずかしくなったのか、フェイトは炬燵の布団を顎元まで引き上げて潜りこむように顔を隠す。
フェイトの言葉に女性陣は嬉しそうに微笑み、男性陣は揃って照れてあさっての方を向く。
「本当に良い子ねフェイトさんは。
きっと何かプレゼントが届くわよ」
「そうなんですか」
「ええ、そうよ」
言ってフェイトの髪を優しく撫でてあげるのだった。
∬ ∬ ∬
翌日、高町家をリンディが訪れていた。
恭也を訪ねたリンディは一つの荷物を恭也の前に置く。
「これは?」
綺麗に包装された二つの荷物に、尋ねた恭也はしかしすぐに気付く。
「もしかして、クリスマスプレゼントですか」
「ええ。昨日、あの後買いに行ったの。アルフさんの分とフェイトさんの分。
フェイトさんのは何が良いか悩んで、ぬいぐるみにしたんだけれど」
「フェイトならきっと喜びますよ。しかし、そうですか」
言い置いて恭也は断りを入れて一旦席を外す。
戻ってきた恭也の手にはこちらも二つの包装された包み――プレゼントが。
「もしかして、恭也さんも」
「はい、あの後買いに。俺の方は本を何冊か。
前に読んであげたときにアルフと二人で喜んでましたから」
「だったら、二つともプレゼントしましょう」
「ええ、フェイトの方は二つともプレゼントすれば良いと思いますが……」
言って恭也はアルフ用のプレゼントを見て、次いでリンディを見る。
リンディも同じよな仕草をした後、
「その中身はやっぱり……」
「想像通りだと思いますよ」
無言でプレゼントを見つめるも、すぐに気を取り直す。
「まあ、アルフなら二つあっても喜ぶでしょう」
「そうね。フェイトさんにも二つのプレゼントが届くのだし、同じものだけれど良いわよね」
そう言って二人は微笑み合う。
「それじゃあ、後は当日にフェイトさんとアルフさんの枕元にプレゼントを置けばオッケーね」
「そうですね。それじゃあ、俺の分も纏めてお願いします」
「あ、その事で実は二つばかりお願いがあるの」
両手を合わせて恭也を拝むようにするリンディに、とりあえず内容を先にと尋ねる。
リンディは一つ頷くと、
「一つ目のお願いは、このプレゼントを当日まで預かっていて欲しいのよ。
家の中に隠していると、何かの拍子に見つからないとも限らないでしょう。
その点、恭也さんの所に預けておけば安心できるし」
「それは確かにそうですね。では、このプレゼントは俺が預かりましょう。
それでもう一つのお願いというのは何ですか?」
「それはね、当日サンタさんになってプレゼントを置いて欲しいのよ」
「確かにサンタはお爺さんですから、変装するのなら男の俺の方が良いかもしれませんね。
しかし、寝ている間に置いて行くのにそこまでするなんて、リンディさんも結構楽しみにしてるんですか?
まあ、それは別に構いませんが、サンタの衣装はどうすれば良いかな」
「あ、違う、違う、そうじゃないのよ。別にサンタに仮装して欲しいって訳じゃないの。
普通にプレゼントを置いてくれるだけで良いのよ。」
その言葉に恭也は少しだけ残念そうに見えなくもない表情になるも、すぐに疑問をぶつける。
「リンディさんが置いても良いのではないですか?」
「そうなんだけれどね。ちょっと不安というか。ほら、アルフさんがいるでしょう。
もしかすると気付いてしまうかもしれないでしょう。
その点、恭也さんは私よりも気付かれないでしょうし」
アルフの野生の勘を警戒して、気配を消せる恭也に頼むのだというリンディに恭也も納得する。
納得すると再び席を外し、今度は鉤詰め状の何かを幾つか持って戻ってくる。
持ってきたその道具の具合を確かめるように、手の中でひっくり返して確かめ、手入れを始める。
「久しぶりに使うからな。一応、本番前に家の窓で試しておくか。
しかし、これを使うのも久しぶりだな。最後に使ったのはなのはが六つの時だったか……」
その道具にに視線を向けながら、リンディは多少引きつった顔で、
「あの、玄関を開けておくから、そこから入って来てくれて構わないんだけれど……」
「……そう言えば、そうでしたね」
リンディの言葉に納得しつつも、少し残念そうに恭也は道具を片付ける。
その後、二人は細かい部分を詰め、ここに指揮官リンディ、実行部隊恭也のクリスマスサンタ作戦が立案されたのである。
∬ ∬ ∬
12月24日当日、高町家でのパーティーも終わり、深夜の鍛錬も終えた恭也は大きな袋を肩に担いでハラオウン家の前に立つ。
辺りをすっかり闇に包まれた、物音一つしない静かな住宅街。
いよいよ作戦の決行である。いざ出陣とばかりに恭也は玄関のドアに手を掛け、すぐに困ったような表情を見せる。
≪……リンディさん、鍵が掛かってます≫
念話で呼びかけるも、答えが返って来ない。
思わず途方に暮れる恭也に、頼れる相棒が念話で語りかけてくる。
≪マスター、リンディ提督はかなり泥酔されていましたから、恐らくは無意識に戸締りをしてそのまま眠ってしまわれたのでは≫
≪やっぱりそう思うか、ラキア≫
己が相棒のデバイス、グラキアフィンから、恭也は自身も頭のどこかでそうじゃないかと思っていた事を伝えられ、
思わず溜め息を零す。深夜の住宅街、それも戸締りのされた家の前で大きな袋を持った怪しい男。
これが赤い服ならまだ言い訳も立つが、全身真っ黒では事実を伝えて果たして信じてもらえるか。
「まずは無理だな。サンタというよりは、コントなどに出てくる泥棒と言った方が信憑性も高いな」
思わず、前になのはたちと一緒に見たテレビ番組を思い返してしまう恭也。
≪マスター、どうされます?≫
≪仕方ない。これを使おう。万が一を考えて持ってきていて正解だったな。
家主の許可もちゃんとあるから犯罪にもならないし、これで作戦を続行だ≫
そう言って内ポケットから取り出したのは、手入れをしていたあの道具である。
少し嬉しげにそんな物を取り出すところを誰かが見れば、それこそ絶対に通報されても可笑しくはないだろうに。
勿論、誰の視線もないことは既に確認しているし、今も周囲に気を張っている。
その上で恭也は玄関の扉に道具を近づけようとし、しかしグラキアフィンが制止するように割り込む。
≪……マスター≫
≪どうした?≫
≪いえ、そこを開けるよりも、直接フェイト嬢の部屋に忍び込まれた方が早いですし、雰囲気も出るのでは?≫
≪確かにその通りだな。フェイトの部屋は確か、二階のあそこだったな≫
フェイトの部屋の窓へと視線を向けると同時に、その身体が浮かび上がり窓の前へ。
恭也の行為を止める所か、嬉しそうに行動する恭也に積極的に協力をするグラキアフィン。
この主にしてこのデバイスありというか、朱に交わればというか。
ともあれ、グラキアフィンの協力の下、非常に手際良く鍵を開けて、恭也はフェイトの部屋へと侵入を果たす。
気配を完全に消し、足音一つ立てずに眠るフェイトとアルフの傍に立つ。
二人の寝顔に微笑を滲ませ、数年前までのクリスマスを思い出す。
(昔はなのはの枕元にもこうしてプレゼントを置いていたな)
しみじみと思い出に浸りながら、プレゼントを枕元にそっと置くと、来た時同様に足音を立てずに外に。
勿論、きちんと鍵を掛けてからお暇をする。
デバイスと息をぴったり合わせ、誰もいない夜空に本物のサンタよろしく飛び去るのであった。
翌朝、枕元に置いてあったプレゼントにアルフは飛び跳ねるようにして喜びを現し、
フェイトもまた控えめながらも嬉しそうに微笑みながら、大事そうに二つのプレゼントを胸に抱いて、
リンディたちにサンタが来てプレゼントを置いて行ったと報告する姿が見られたとか。
おわり、なの
<あとがき>
メリークリスマス!
という事で、フェイトの一日メイドとかも考えたんだけれど、やはり時期的にこっちのネタを。
美姫 「という訳で、外伝ね」
これでラスト!
外伝での毎度のお約束。本編と時間軸を気にしないでください。
美姫 「お姉さんとの約束よ」
と、恒例の文句も謳った所で、今回も没ネタがあったりする。
美姫 「それはこちら!」
フェイトの部屋から戻ってきた恭也は、そのまま自室に戻らずに美由希の部屋へと赴き、
侵入しても気付かない弟子に嘆きつつ、マジックでその額に二重円と自爆の文字――自爆ボタンを描くのであった。
翌朝、目を覚まして洗面場で顔を洗う段になって、そこにある鏡でその事に気付いた美由希が抗議するのだが、
当然のごとく未熟者の一言の元に切って捨てられたのは言うまでもない。
哀れ、美由希。
美姫 「扱いが酷いわね」
いやいや、何度も言うように……。
美姫 「はいはい、分かってる分かってる」
なら良いが。ともあれ、今回はこの辺で。
美姫 「それじゃあ、まったね〜」
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