『リリカル恭也&なのはA's』






外伝4 バレンタインデー






「――という訳よ、分かった」

「は、はい! で、でも本当にそんな事を……」

「勿論よ。それにこんなのは序の口よ」

「じょ、序の口なんですか」

「そうよ。私ならもっとすごい事を」

「お姉ちゃん! フェイトちゃんにあまり変な事を教えたら駄目だよ」

月村邸のリビングで妹が姉を嗜める声がする。
フェイトと忍の間に割って入る従姉妹のすずかに、忍は平然としたまま返す。

「変も何も私はただ明日の事を教えてあげただけなのに」

「明日ってバレンタイン?」

「そうよ。知らないって言うから、明日は好きな人にチョコを渡して告白する日だってね。
 勿論、私はもっとすごい事をするけれどね。ふふふ」

「お姉ちゃん、そんな事ばっかり言ってるから、ううん、やったりするから恭也さんに怒られるんだよ」

「うっ、それを言われると辛いわね。やっぱり普通にチョコを渡す事にしようかな」

ふと漏れ出た言葉にすずかはやっぱりというような顔で呆れたような視線を投げ、
同時にフェイトに変な事を教えていなかったという事に胸を撫で下ろす。
そんな姉妹を見比べながらフェイトは忍ではなくすずかへと尋ねる。

「すずか、明日は好きな人にチョコレートを渡すって本当」

「うん、そうだよ。まあ告白云々までは別に気にしなくても良いけれど」

むしろされては困るとばかりにすずかは後半部分を特に強調して告げ、
その迫力にフェイトは僅かに身を引きながらも頷いて見せる。
それを見て取るとすずかはようやくフェイトから身を引き、いつもの笑顔を見せる。

「もう作ったの?」

「あ、チョコレートは作った事がなくて。
 忍さんが代わりに用意してくれたの」

フェイトの言葉にすずかが素直に忍を尊敬するような眼差しで見つめれば、
忍は忍で謙遜など見せずに胸を張って大威張りしてみせる。

「もうお姉ちゃんってば。そんな事しなければ、本当に尊敬できるのに」

「それって尊敬してないって言ってるようなものよすずか」

「っ! そ、そんな事ないよ」

「す〜ず〜か〜?」

「あ、あああ、わ、わたし、明日のためにチョコを準備をしないと」

言って逃げ出そうとするすずかの腕を掴んで引き寄せると、忍はにやりと形容するのがピッタリくる笑みを浮かべる。

「どれどれ、可愛い妹分がどれだけ成長したのか確かめてあげよう」

「い、いやっ! お、お姉ちゃんやめてぇっ!」

脇腹をくすぐりながらも徐々に手を上へと滑らせて行き、身を捩って逃れようとするすずかを両足で挟んで固定する。

「さ〜って、たっぷりねっぷりじっくりと確かめますか」

ワキワキと両手をすずかの目の前でわざと蠢かし、すずかの胸へと近づけていく。

「や、ややや、やぁぁぁっ!」

目の前で繰り広げられる激しいスキンシップに微笑を浮かべ、フェイトはそろそろお暇するべく立ち上がる。

「それじゃあ、私はそろそろ帰るね」

「ま、ままま待ってフェイトちゃん、た、たす、たすけ……」

「ばいば〜い、フェイトちゃん。明日は頑張ってね♪」

楽しそうにライバルである少女に片手を振って見送ると、すぐさま妹弄りに戻る忍。
忍の言葉に頬を染めつつ小さく頷くと、フェイトは月村邸を後にするのであった。



翌日、学校が終わるなりフェイトは真っ直ぐに家に――帰らずに高町家へと向かう。
立派な門の横にあるインターフォンを鳴らすも中から誰かが出てくる様子はない。
まだ帰宅していないのだと分かると、自分がどれだけ急いできたのか分かって少し赤面する。
とりあえずは家に一旦戻って着替えてから出直そう、そう考えて踵を返したその目の前に、

「フェイトか。なのはは一緒じゃないのか?」

家の前で立ち往生していたフェイトにそうやって声を掛けてきたのは、
この家の住人でフェイトが会いに来た人物、高町恭也その人であった。

「えっと、なのはは掃除当番で」

「そうか。家に何か用事でもあったのか。とりあえず入るといい」

言って門を開けてフェイトを中へと招き入れる。
恭也の後に続きながら、フェイトは家へと入る。

「お邪魔します」

「ああ、どうぞ。とりあえずリビングの方に行って待っててくれ。
 すぐに行くから」

「あ、はい」

恭也の言葉に従い、既に知ったるとばかりに迷わずにリビングへと向かう。
それを見送り自室へと戻った恭也は宣言通りに手早く着替えを済ませるとリビングに向かう。
お茶を入れてフェイトの対面に腰を下ろすなりフェイトが小さな包みを取り出して差し出してくる。

「あ、あの、恭也さん、これ」

「チョコレートか。ありがとうな、フェイト」

「い、いえ」

少し素っ気無くなったけれども大丈夫かと不安そうに見つめるフェイトに笑顔で受け取ると、
恭也は断ってから包みを丁寧に剥がして行く。
中の箱を開け、そこからチョコレートを取り出して首を傾げる。

「これもチョコレートなのか」

「はい」

変わった形のチョコを手に首を傾げる恭也の隣へと移動し、恭也の手からそのチョコレートを取り上げる。

「これはこうして」

言って手のひらサイズの細長いソレの両端を握り、回すようにして上下に分ける。
まるでキャップを取るみたい、いや、実際にキャップを取る。
すると中から見慣れたチョコレート色のものが見える。更にフェイトは底部分を回転させる。
それに合わせるようにチョコレートが迫り出す。

「リップチョコです」

「ほう、珍しいな」

思わず感嘆の声を漏らす恭也が見ている前で少し恥らいながらも、そのチョコレートを舌を出して少し舐めて溶かし、
それを自らの唇へとさっと塗る。
突然の行為に意味が分からずに呆然と見ている恭也を見上げ、そっと目を閉じる。

「た、食べてください」

耳まで真っ赤にしながら言い放たれた台詞に恭也はたっぷりと数十秒固まり、ようやく再起動を果たすと、
ややギクシャクした声で未だに目を閉じているフェイトに尋ねる。

「フェ、フェイト?」

「は、早くお願いします」

だが、声が上擦り名前を呼んだだけでそれ以上の言葉が出てこない。
小さく震えるフェイトを見て、恭也は自分が苛めているような気分になってくる。
そんな気持ちに押されるように覚悟が決まり、肩にそっと手を置いて顔を近づける。
気配でそれを察し、ひときわ大きく身体を震わせるもじっと耐えるように待つ。
周囲の気配を探り、自身のデバイス――グラキアフィンで周辺の魔力反応をスキャンし、
更に周囲を自身の目で見渡して誰もいない事を確認すると素早く舐め取る。
互いに真っ赤になって言葉もなくただ顔を俯かせる。

「ま、まだ食べますか」

その沈黙に耐え切れなくなったのか、先にフェイトの方からそう声を掛ける。
それで恭也もまた弾かれたように我に返るとフェイトの行動をとりあえず制する。

「フェイト、い、今のは誰に聞いた」

「し、忍さんが今日はバレンタインと呼ばれる日で、こうやってチョコレートを贈る習わしがあるって。
 本当に嫌ならしなくても良いと言われましたけれど、恭也さんにはお世話になっているから。
 わ、私も恥ずかしかったですけれど、恭也さんなら別に嫌じゃないから……」

「そうか、それはありがとう」

兄が妹にするようにお礼と一緒に誉めるように頭を撫でてやる。
それに嬉しそうな表情を見せるフェイトを優しげな眼差しで見守りながら、
その胸中では忍に対するお仕置きメニューを幾つも浮かべていく。
忍としてはまさか本当にやるとは思っていなかったのかもしれないが、フェイトは真面目過ぎるのだ。
冗談を冗談だと思わずに実行してしまうなどと思いもしなかっただろう。
だが、そんな言い訳に耳を貸すつもりは恭也にはなく、忍の明日の命運は本人の知らない所で既に決定してしまう。
忍の事よりも今はフェイトの事だと考えを切り替え、恭也は本当の事をフェイトに教えてやる。
それを聞いた途端、フェイトは顔を紅くして俯いてしまう。
自分の無知を恥じる気持ちとは別に、改めて自身の行動を思い返して恥ずかしそうに顔を隠す。

「す、すみません、わ、わた私……」

「いや、フェイトが気にすることじゃない。全ては忍の所為だからな」

「で、でも……」

「そこまで畏まらなくても良い。寧ろ、俺は良い目を見た立場なんだから」

慰めるためにそう口にし、した途端に顔を紅くする恭也。
慌てて弁解しようとするも上手く言葉が出てこない。
対するフェイトの方も恭也の言葉に再び顔を朱に染めて俯く。

「えっと、その……。あ、改めて新しいチョコレートをお渡ししますから」

「いや、そこまでしなくても良い。チョコレートならここにあるからな。
 これで充分だよ」

言ってリップチョコを手に取る。
その言葉をどう理解したのか、フェイトは真っ赤になりながらも礼を言い目を閉じる。

「きょ、恭也さんが気に入ったのならどうぞ」

「……ち、違う、そうじゃなくて」

フェイトがどんな勘違いをしているのか気付いて恭也は慌てて否定すると、リップチョコをそのまま口に入れる。

「ほら、これだってチョコレートなんだから普通にこうやって食べれば良いだろう。
 だから新しく用意しなくても良いって事だよ」

「……あっ。あうぅぅ」

自分の勘違いを指摘され、フェイトは更に顔を真っ赤っかにすると身を縮めて俯く。
そんなフェイトを慰めるように無言のまま頭に手を置き、恭也は優しく撫でてやるのだった。





おわり、なの




<あとがき>

という事で、バレンタインのお話〜。
美姫 「またしても時節ネタね」
おう。これまた例によって本編とは関係ないと思って頂ければ。
美姫 「という事だそうです。そして、行き成りだけれど次からはおまけね」
そういうことだ!
美姫 「それでは、どうぞ〜」



おまけ

フェイトを撫でていた恭也は不意にその手を止める。
名残惜しそうに離れていく手を見ながらもフェイトも気付いていた。
玄関の方が賑やかになっている事に。
どうやら美由希たちが帰ってきたらしく、

「ただいま恭ちゃん。忍さんも来ているけれど、あ、フェイトちゃん、いらっしゃい」

リビングへと顔を出しながら言った美由希であったが、そこでフェイトが居る事に気付いて挨拶を交わす。
その後ろから忍となのはがやって来る。

「やっほー、恭也。って、あれあれ? 何か怒ってる?」

恭也から放たれる何かに気付き、忍の笑顔が途中で凍る。
恭也の視線から逃れるため、自然と忙しなくあちらこちらへと飛ぶ視線がテーブルの上にある一つのものを見つける。

「……え〜〜っと」

様子の可笑しい忍に気付いた美由希がその視線を辿り、同じ物を目にする。

「あれ、恭ちゃんそれは何? リップみたいだけれど」

「これか。これが何か知りたければ、そこに無意味に突っ立ている奴に聞いてみろ」

「あ、あははは……。それはチョコレートだよ」

「チョコですか?」

「そう。こう自分の唇に塗って食べて♪ ってするためにフェイトちゃんにあげたやつなんだけれど」

忍が冷や汗を掻きながらも恭也のプレッシャーに素直に白状する。
それを聞いてなのはは恭也の態度の理由を知り、騙されたのであろうフェイトへと同情する。
その視線に気付いたフェイトが目を伏せる。
本来なら助けてあげたいところではあるが、大事な親友を騙したので少しは懲りてもらおうと考えて、
なのはは無言で忍の横を通り過ぎてリビングへと入っていく。
そんな中、美由希は忍とリップチョコを何度も見比べ、やがてその視線がフェイトへと向かう。
ようやく美由希も一連の出来事を理解したらしく、それを見てなのはは忍の味方がこの場に誰もいなくなったと思う。
美由希も無言で忍から離れ、恭也へと向かって凄い勢いで詰め寄る。

「恭ちゃんの鬼畜、人でなし、むっつりスケベ!
 フェイトちゃんが何も知らないのを良いことに、忍さんと共謀してそんな事をするなんて見損なったよ!
 鈍感で朴念仁で無表情で、年中不機嫌そうな顔ばかりして真っ黒クロスケの若年寄りでも、そんな事だけは、
 そんな事だけはしないと信じていたのに。なのに、なのに……」

「……美由希、言いたい事はそれだけだな」

静かに放たれた恭也の冷たい言葉に美由希は固まり、逆に忍は怒りの矛先が変わったと安堵しようとする。
だが現実はそんなに甘くはなかった。

「二人とも今日はとことん話し合おうか」

話し合おうと言いながら指をバキバキと鳴らす恭也に二人は揃って後退る。
それら一連の出来事を横で見ていたなのはは、既にこれからどうなるのか充分に理解し、
理解したからこそフェイトを連れて自室へと急ぎ戻る。
まだよく分かっていないフェイトの手を引っ張り、自室の扉を閉める。
その扉越しに何やら到底人が出したとも思えないような悲鳴が聞こえてきたが、きっと多分それは気のせいだろう。






ご意見、ご感想は掲示板かメールでお願いします。



二次創作の部屋へ戻る

SSのトップへ


▲Home          ▲戻る