『リリカル恭也&なのはTA』






第1話 「フェイトと恭也たちのそれから」






やや緊張した面持ちでフェイトは自室として与えられた部屋に備え付けられていた椅子に座り、じっと目の前を見詰める。
ようやく始まった裁判もクロノの言い分を信じるならば良い印象を与えているらしく、決して悪い事にはならないとの事らしい。
とは言え、油断をするつもりはないと締め括ったクロノは、更にフェイトに有利になる証拠を用意すべく執務室に篭っているらしい。
あまり感情を表に出さずに淡々と話すクロノに少し苦手意識を持っていたアルフも、
エイミィから聞かされた話に少しどころかかなり印象を変えたらしく、今では親しげに話し掛けたりもする。
尤も、その過程での少し過剰なスキンシップに顔を若干赤くし、いつもとは違って多少焦った様子でアルフを引き離すクロノを見れば、
傍からは兎も角、本人的には少し困った事に懐かれたと零してしまうらしいが。
それを聞いた彼の母親は常に変わらぬ笑顔を浮かべ、嫌われるよりは良いじゃないとからかう気満々の声で言い放ち、
数日後、膨大な書類仕事に連日の残業を余儀なくされるというような事もあったが、まあ余談である。
何はともあれ、順調な様子を見せる中、真面目なフェイトは事情聴取などの度にやはり緊張してしまうのだが。
寧ろ、全く緊張感を見せないアルフの方が変わっているのかもしれないが。
ともあれ、自室として宛がわれた一室でいつになく緊張した面持ちで座るフェイトの後ろでは、
アルフがこれまた緊張の欠片も見せない笑みを浮かべ、フェイトの髪を梳いている。

「フェイト〜、髪は梳き終わったけれどリボンはどうする?」

「ありがとうアルフ。リボンはこれを」

既に用意していたのか、フェイトは手に持っていた白いリボンをアルフへと渡す。
リンディなどからも貰った物を合わせても片手で足りるリボンの中でも一番のお気に入りだと知っているアルフはそれを受け取り、

「なのはから貰った奴だね。なのはも恭也も元気にしてるかな?」

気に入っている理由を口にしつつ、器用にフェイトの髪を二つに分けて結んでいく。
その過程で特に世話になった二人の事を思い出し、アルフの頬に自然と笑みが浮かぶ。
同様にフェイトもその口元に小さな笑みを浮かべ二人の事を思う。

「はい、終わったよ」

「うん、ありがとう」

アルフにリボンを結んでもらい、鏡で全身をチェックして服装に乱れた所がないかを確認する。
入念に確認し終えたフェイトは、それでもまだ不安なのかアルフへと向き合うと、心情そのままの顔で、

「アルフ、どこか変な所はない?」

「大丈夫、変な所はないよ。うん、フェイト可愛いよ」

「私は別に可愛くなんてないよ……。可笑しな所がなかったら良いんだ、うん」

「フェイトは自分をもっと理解した方が良いと思うけれどね〜。
 そんなんじゃ恭也みたいになっちまうよ」

心配だとばかりにそう告げるアルフであったが、逆に言われたフェイとは少し嬉しそうに笑う。

「私が恭也さんみたいになれるかな」

「うん、その反応は予想外だった。フェイト、そこで嬉しそうにしないの!
 あれは悪い見本だって」

「どうして? 恭也さん、優しくて強いじゃない」

「そこは認めるけれど、基本あれは無愛想な上に鈍感で朴念仁っていうやつなんだよ
 そこまで似たら困るだろう」

「別に鈍くはなかったと思うけれど。だって、見ても居ないのに私が隠れているのを見つけたりするんだよ?」

「あー、その鋭いとは違って……」

何と言ったら良いのかと暫く悩んだ後、髪を盛大に掻き回し、

「あー、もう良いや。これも全部恭也が悪い。うん、そう決めた。という訳で、今度会った時に足の一つでも齧ってやる。
 フェイトに関しては追々、注意しておいけば大丈夫だろうし」

「アルフ、よく分からないけれど恭也さんに酷い事をしたら駄目だよ」

アルフの言いたい事をよく理解できないまま、それでも注意だけはしておく。
フェイトの言葉に素直に頷いたアルフは、自分で乱した髪をささっと整えてフェイトの背中を押してベッドに座らせる。
その正面に回りこみ、手元の機械を弄り、

「あった、これだ。フェイト、撮るよ〜」

「あ、待って。えっとえっと、うん、良いよ」

アルフの言葉に待ったを掛け、改めて自分の姿を見下ろし、何処も乱れていない事を確認すると頷く。
それを受けてアルフは録画と書かれたスイッチを押し、自分はフェイトの後ろへと回る。

「…………」

「…………」

「…………」

「フェイト、写真じゃないんだから喋らないと」

「あ、そ、そうか。えっと、あの……。
 な、なのは、恭也さん、久しぶり。えっと、私とアルフも元気にしてます」

地球にいるなのはや恭也と連絡をする事は流石に許可されなかったものの、
ビデオレターという形でのやり取りは許可され――当然、裁判の内容などを詳しく話す事は禁じられているが――、
こうして今日撮影しているのである。
ビデオに向かって緊張した面持ちで話し掛けるフェイトの後ろで、アルフも時折喋り掛ける。
その姿はどちらも例え目の前に望んだ相手が居らず、すぐに返答が返ってこなくとも何処か嬉しそうなものであった。



 ∬ ∬ ∬



≪やはり足場がある方が剣を振るう上では有効だ。
 つまり、剣士として戦う上で空中にあろうとも足場が欲しい。
 言うまでもないが、これは空中を自由に動くというよりも≫

≪主様の攻撃力そのものを上げるため、ですね≫

≪ああ。どうにか出来ないか?≫

≪その前に空中での移動は完全に私が制御していますが、不自由はありますか?≫

リビングで夏休みの宿題という難敵――受験生という事から去年よりも多めに、しかも一学期の復習どころか一年二年分に加え、
二学期の予習も少し含まれているという、恭也にしてみれば教師たちの生徒を思ってという思いよりも、
嫌がらせではないかという思いの方が強く感じられるソレ――を前に、いささかやる気の落ちた恭也は休憩がてら念話を飛ばしていた。

≪それには問題ない。共に実戦、鍛錬をして来ただけあって俺の思うように動かしてくれている。
 まあ、空中での体勢を制御するのが少々、未だに違和感を感じるがな≫

≪それに関しては何とか慣れてもらうしかありませんが。
 どうしてもと仰るのであれば、時間さえ頂ければそれも私の方で何とかしますが≫

≪いや、そこまで甘える訳にもいかない。それに体勢一つ取っても剣を振る上では重要だからな。
 そこは俺がどうにかしないといけない領分だ≫

≪分かりました。しかし、足腰による力が馬鹿には出来ないという事を痛感します≫

グラキアフィンは美由希との鍛錬を見学していく上で、
恭也が宙に居る時と地に足を着けている時の剣速、威力などを思い出ししみじみと返す。

≪スポーツに置いても足腰は基本だからな。殆どのスポーツで走り込みをするのもその為だ。
 で、どうにかなりそうか≫

≪幾つか考えがありますので、それぞれについて考察しておきます≫

≪頼んだ≫

会話が終わり、恭也はやる気はないがやっておかないと夏休み明けに数倍の量にした問題を用意した補習が待っているとあり、
仕方なしに鉛筆を手にして再び問題と向かい合う。

「……はぁ、しかしつくづくこんな関数などが役に立つのかと思うな、俺は」

「恭ちゃん、ぼやいても減らないんだから諦めてやりなよ」

「分かっている。と言うか、お前の方は大丈夫なのか」

「私はちゃんと予定を組んでその通りにしているからね。ちゃんと余裕をもって終わるよ。
 今日だって読書感想文の為に本を読んでいるんだもん」

自分たちに読書感想文の宿題がなくて良かったと思いつつ、恭也は既に読み終えて積み重ねられている本を見遣る。

「で、読書感想文とやらを書くのにこれだけの数の本が必要なのか?」

「あ、あははは。これは、ほら幾つか読んで一番良かったのを書くためだよ。
 別に良いの! ちゃんと読書感想文は今日一日あてる予定なんだから。それよりも自分の宿題の心配をしなよ。
 まだ半分も終わってないんでしょう」

仕方ないな〜、と数少ない兄よりも優位に立てる事を隠そうともせずに言ってくる美由希に憮然とした顔をし、
無言で美由希の額へと腕を伸ばす。が、美由希は既に慣れたとばかりに間に本を挟みそれを受け止める。

「むっ」

「ふふん。宿題で頭を使いすぎた所為でちょっと動きが鈍っているんじゃない?」

「生意気な」

「なんの!」

金属で出来た普通よりも重いペンを普段使う飛針のように投げれば、美由希はそれを読んでいたのか本をテーブルに置き、
同時にその場を飛び退りソファーの後ろへと降り立つ。
恭也もペンを投げると同時に立ち上がっており、そのままソファーを踏み台にして美由希の頭上から飛び掛る。

「って、結構本気!?」

恭也の動きに美由希は目を見開くも、そこはやはり奇襲、不意打ち当然の御神の剣士。
驚きつつも体を動かして恭也の攻撃を躱すと同時に反撃の一撃を放つ。
それを空中で捌きつつ足を着けると、美由希の伸びてきた右腕を右手の甲で受け流し、美由希の右側へと回り込む。
そのまま背中をぴったりとくっつけ、踏み込んだ勢いを足で受け止め、そのまま正反対、美由希側へと踏み込む。
あっさりと吹き飛ぶ美由希だが、これは自ら前に飛んだからですぐに踏み止まると反転すると同時に蹴りを繰り出す。
軸足から腰、そして蹴り足へと理想的に力が伝わり鋭く蹴り込まれるソレを恭也は寧ろゆったりとした動きで躱し、
通り過ぎた足を掴むように手を伸ばす。恭也の意図に気付き横に飛ぶ美由希。
それらの攻防を眺めながら、グラキアフィンは改めて足腰の重要性を噛み締める。
同時に美由希や恭也の動きをしっかりと刻み込む事も忘れない、実に主思いで勤勉なデバイスである。
一方、そんな事など知らず横へと飛んだ美由希はソファーを飛び越えようとして、急に勢いを失う。

「鋼糸!?」

理由にすぐに気付き、こちらも鋼糸で恭也のペンを手繰り寄せるも恭也の方が早かった。
空中で動きの鈍った美由希へと踵を躊躇なく落とし、そのままソファーに叩き付ける。
クッションで跳ねた所へソファーを軽く跨いで腰掛ける。

「ふぎゅっ!」

「座り心地が悪い上に可笑しな音を立てるクッションだな」

「ひ、酷すぎる……」

「冗談はさておき、今回はちょっと失敗したな」

「うん。あそこで横に飛んだのは失敗だったよ。ソファーを盾にしようと思ったんだけれど……」

「その所為で障害物を避けると言う余計な動きが入り、普段よりも動きが緩慢且つ、周囲への注意が僅かとは言え逸れた」

「素直に後ろに逃げるか前に出るべきだったね」

「そうだな」

冷静に評価する恭也と自分の行動を振り返って反省する美由希。
突然鍛錬を始めるのは桃子から出来れば止めるように言われているが、必要な事だし偶になら良いだろうと恭也は結論付ける。

「ところで、そろそろ降りてくれると嬉しいんだけれど?」

「ふむ、それは気付かなかった。あまりにも座り心地が悪いんで」

「そこまで言うのならもう少しこのままで、って褒めてないよね!」

「いや、仮に褒められて嬉しいか?」

「うん、よく考えたら嬉しくないよね。という訳で退いてください」

言いつつ、美由希はふと悪戯を思いついたように恭也の脇腹へと手を伸ばし、恭也が気付くよりも先にそこを擽る。

「っ! ほう、この体勢でそのような悪戯をする勇気があるとはな」

ビクリと体を振るわせたものの、美由希が期待するような大笑いする恭也は見れず、
それ所かいつにも増して悪戯っ子を思わせる空気に美由希は引き攣った笑みを浮かべる。

「た、他愛のない軽い悪戯だよ? ほら、可愛い妹がちょっとじゃれたと言うか」

「そうかそうか。なら、兄として可愛い妹の相手を少ししてやらんといけないな。
 なに、これもまた他愛のない軽い悪戯だ。何せ、お前がやった事だしな」

両手をワキワキを開閉させ、わざと見せ付けるようにゆっくりと近づけて来る。
逃げようにも恭也が未だに上に乗っかかっており動けない。それが分かっているからこそ、恭也もわざとゆっくりと手を近付け、

「わははははっ! ちょっ、くす、くすぐったいって!」

容赦なく擽られ大声で笑う美由希。
このまま恭也に蹂躙されるかと思ったが、どうやら神様はいるようでそこに天使が助けにやって来る。

「お兄ちゃん! これ見て!」

「ん? どうかしたのか?」

なのはが急いだ様子でリビングへとやって来たのだ。
が、なのはは止める様子を見せず、少し困惑した顔になると、

「その台詞はわたしの台詞だと思うんだけれど。何をしているの?
 と言うか、そろそろやめてあげないとお姉ちゃん、苦しそうだけれど」

なのはが来ても一向に止めずに擽り続けていた為、美由希の笑い声も掠れて目の端にちょっぴり涙が浮かんでいる。

「おおう、忘れていた。大丈夫か、美由希」

解放されても美由希はすぐには喋れず、必死に呼吸を整えていた。

「お兄ちゃん、お姉ちゃんをまた虐めてたの」

「失礼な。軽いスキンシップだろう。そもそも美由希から先にやって来たから俺は付き合ってやったというのに」

本当に、という視線を二人に向けるも恭也はいつものように平然と受け流し、
美由希の方も今回ばかりは完全に嘘とも言えず曖昧に頷くしかできなかった。
ようやく美由希が落ち着いた頃、恭也がなのはに用があったのではないかと尋ね、なのはは思い出したのか手に持った物を見せる。

「これ、フェイトちゃんから。ビデオレターだって」

「ほう。なら早速見るか」

「うん」

嬉しそうに頷くなのはに恭也も少し表情を緩める。
が、念話でなのはに美由希も居るが見ても大丈夫なのか尋ねる。
返ってきた答えは大丈夫との事で、どうやら見られても問題ないものと魔法関係の物の二つを送ってきたらしい。

「フェイトちゃん、確か海外に行っているんだったっけ?」

「ああ。色々と事情があるらしくてな」

恭也と美由希が話している間になのははビデオをセットし終えたらしく、再生しても良いか訪ねてくる。
恭也が頷いたのを見て、なのはは再生のボタンを押すと暫くしてテレビにフェイトが映る。

「どうやら緊張しているようだな」

「そうだね。でも元気そうで良かった」

「あ、あれ、わたしがあげたリボンだ。ちゃんと付けてくれてるんだ」

なのはは嬉しそうに自分の髪を括っている黒いリボンに触れる。
その様子を恭也と美由希は微笑ましそうに見守るのであった。



この後フェイトの返事をするとなのはがビデオを引っ張ってきて、それに恭也も当然出る事となり、
結局、宿題があれ以上進む事はなかった。
そして、夜の鍛錬に向かう途中、割と本気で妹の親友に助けを求めようかと悩む主を見かねたデバイスが何かを告げた途端、
その足取りも軽くなり、いつも以上に身のある鍛錬となり、その弟子が思わず嘆くのだが、それもまた余談である





つづく、なの







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