『リリカル恭也&なのはTA』
第3話 「帰ってきた那美と久遠」
じっと微動だにする事もなく一点を見詰めるフェイトに、アルフは肩の力を抜くように進言する。
「わ、分かっているんだけれど、どうしてもこうなっちゃう……」
徐々に語尾も身も小さくしながら口にするフェイトにアルフは肩を竦め、フェイトの隣に腰掛ける。
アルフの重みでベッドがへ込み、その反動でフェイトの身体がふわりと一瞬だが浮き上がる。
だが、フェイトはやはり必要以上に肩に力を入れ、やや強張った表情で目の前、テレビ画面を見詰めている。
そんな主の様子にやれやれと肩を竦めながらも、アルフは何処か嬉しそうにベッド脇に置かれていたリモコンを手に取る。
「それじゃあ、再生するよ」
「う、うん。あ、待って。えっと服装は可笑しな所はなし。髪も大丈夫」
ざっと全身を見下ろし、次いで手で髪を弄り可笑しな所がない事をチェックする。
真剣に自分の身嗜みに気を使うフェイトに対し、アルフは思わず苦笑を浮かべ、
「フェイト〜、今回は撮るんじゃなくて送られて来たのを見るだけなんだから気にしなくても良いんだよ」
「あ、そっか。そうだったね。ごめんね、アルフ」
恥ずかしそうにそう口にし、フェイトは幾分肩から力が抜けた状態で前を向く。
それを確認すると、アルフは一度フェイトに断ってから再生のボタンを押す。
真っ暗な画面から一秒程で何やら音が入る。が、画面はまだ暗く何も写ってはいない。
が、それ程待つこともなく、すぐにそこに光が差し込む。
「これで撮れているよ」
「ほう、そうなのか」
暗かった画面が明るくなると、そこにはなのはと恭也の声が聞こえてくる。
とは言ってもかなりカメラの近くに居るのか、画面の殆どは暗いままだが。
どうやらなのはがカメラを操作しているらしく、すぐに暗かった箇所も明るくなり、なのはの後姿が映る。
「ほら、早くしないとシャッターがおりてしまうぞ」
「だからカメラじゃないってば」
「なに? それはビデオカメラじゃないのか?」
「いや、名称の事じゃなくて……って、絶対に分かって言ってるでしょう、お兄ちゃん」
「当然」
「むー」
恭也の隣に座り、からかわれた事に無言の抗議を見せるなのは。
だが、恭也の方は平然とそれを受け流し、それどころかフェイトを、いや、カメラの方を指差す。
「それよりも良いのか? 既に撮っているのだろ。
お前の面白可笑しい顔がばっちりくっきり映っているのではないか?」
「はにゃにゃ」
恭也の指摘に慌てたようになのははカメラの方を向きながら、顔を一度手で撫でて擦る。
取り繕うように小さく笑い、やり直しとばかりに姿勢を正すのだが、
「きっとさっきの箇所を何度も繰り返し大勢の前に晒されているに違いない」
「そ、そんな事しないよ」
恭也の言葉に思わず反論するフェイトにアルフは頬を緩ませ、
また画面の中ではなのはもまたフェイトがそんな事をするはずがないと反論している。
「冗談だ、許せ。それよりも真面目にいこう」
「うぅ〜、誰の所為ですか。……んんっ。
改めて、久しぶりだね、フェイトちゃん。フェイトちゃんから送られて来たビデオ、お兄ちゃんと見たよ」
言って笑うなのはにフェイトはまたしても返事を返す。
微笑ましく見守るアルフもフェイトと一緒に見ていると、なのはに続いて恭也が話し出していた。
「元気そうで何よりだ」
「…………」
「…………」
「って、それだけ?」
「うん? ……特に思いつかない。相手が前に居ないというのは中々にやり辛いものだな」
しみじみと語る恭也になのはは仕方ないなという顔をしている。
それを見て、フェイトやアルフはらしいと思ってしまう。
それでも何とか恭也なりに近況の事を話し、なのはも同じようにあれからどんな風に過ごしているのか話してくれる。
聞きながらフェイトは何度も相槌を打つように頷き、時折短い返事を返している。
「そうだ、今度はわたしのお友達のアリサちゃんとすずかちゃんも紹介するね」
「なら俺は妹たちを紹介しよう」
「にゃはは、その中にはわたしも入っているんだけれどね」
「なのは以外に三人居るからな。後は……忍は紹介しないでおこう」
「またそんな意地悪な事を言って。忍さんが聞いたら怒るよ」
「そうは言うが、アレがフェイトに変な影響を与えたらどうする」
「…………そうそう、今、わたしレイジングハートに教わりながら魔法の練習しててね」
「話を逸らしたな」
時に冗談を交えながら、画面の中で恭也となのはは色んな話をしてくれる。
友達と遊んだ事や、家族の事。学校から出された宿題に四苦八苦している事など。
そんな合間にもなのはは時折恭也にからかわれ、拗ねたように恭也の腕を軽く叩いている。
とは言っても本気で嫌がったり喧嘩しているのではないという事はよく伝わってくる。
そんな光景を眩しそうに、そして何処か羨ましそうに見詰めるフェイト。
それに気付いた訳ではないが、画面の中でなのはは満面の笑みを見せて言う。
「フェイトちゃん、会える日が早く来る事を楽しみに待っているね」
「うん、うん。会えるようになったら、真っ先に会いに行くから」
なのはに続き、恭也もその日を楽しみにしていると告げ、最後に身体に気を付けるように注意を付け加える。
「えっと、他には……」
「気持ちは分からなくはないが、こんな所で良いんじゃないか」
「……うん」
恭也の言葉に頷くと、なのはは名残惜しそうに小さく手を振り、今回はこれでさようならと告げる。
「また忙しくなくなったらお返事ください。
待っているから。それじゃあ、フェイトちゃん、アルフさん、またね」
「二人とも、またな」
「うん、絶対に返事送るから。またね、なのは、恭也さん」
画面の中で手を振るなのはに手を振り返してそう言うと、映像が終わるまでの数秒間、フェイトはずっと手を振り続ける。
その顔には小さいながらも笑みが浮かんでおり、それを見たアルフも自然と嬉しくなるのだった。
∬ ∬ ∬
高町家の恭也の部屋。
今、ここには恭也の他に二人の人物が居た。
どちらも女性で、一人は凛とした佇まいで背筋を伸ばして正座しており、
もう一人は姉を真似たようにしているのだが、その真剣さは伝わるものの、どうしても可愛らしさを感じてしまう。
そんな二人に向かい合い、恭也もまた背筋を伸ばして正座して対面している。
「まずはお礼を言わせてください。この度の久遠の件、本当にありがとうございました」
言って年長の方が頭を下げれば、それに続くようにもう一人も頭を下げる。
それに若干慌てつつも、恭也は二人に顔を上げるように言う。
二人は神咲の名を持つ姉妹で、那美とその姉である薫である。
美由希の携帯電話に掛かってきた一本の電話。
里帰りをしている親友である那美からのそれで、恭也に会わせたい人が居るので予定を空けて欲しいと言われたのが数日前。
こうして今日、恭也は那美とその姉と紹介された人物と会っているのである。
長物――恐らくは刀――が納められていると思われる袋を肩に担いだ女性を連れ、那美が予定よりも五分ほど早く高町家を訪れた。
先日のジュエルシード回収に纏わる事件の際、久遠の祟りとしての封印が解けてしまうという事態が起こった。
幸いにして周囲への大きな被害もなく、久遠の祟りが払われる事となり結果だけ見れば良い事ではあった。
問題としては、久遠が神咲という昔から日本を魔や霊などから守護してきた一族の管理下にあった事と、
過去に祟りが暴れた際の被害の大きさから、この度の事件を解決に導いた退魔士に是非とも会いたいと言われた事だろうか。
那美にはアルフが件の退魔士だとして告げてあるが、実際はこの世界にはない魔法と言う技術による解決であった為、
それを秘匿しないといけない身としてはただ誤魔化すしかできなかった。
それならばと、せめてお礼だけでもとこうしてわざわざ当主自らが恭也の元を訪れたと言う訳である。
「わざわざご足労頂いて申し訳ないのですが……」
「はい、話は那美から聞いています。今は日本に居らず、また必要以上の礼は不要と。
ですが、流石にそういう訳にもいかないので、うちが協力した高町さんの所へと伺った次第です」
くれぐれも宜しく伝えてくれと再度頭を下げる薫の顔を上げさせ、恭也は伝えておく事を約束する。
これで堅苦しい話は終わりだと那美が肩の力を抜けば、薫も若干表情を和らげる。
その顔は退魔士を束ねる当主としてではなく、那美の姉といった感じで恭也へと話し掛けてくる。
「高町さんたちの事はよく那美から聞いていましたので、今回の件とは別に一度挨拶だけでもと思っていたんです。
那美がお世話になっているようで」
「そうでしたか。いえ、こちらこそ特に妹が那美さんにはお世話になってます」
二人揃って軽く頭を下げ合う横で、那美は嬉しそうな恥ずかしそうな顔で居心地が悪そうに腰を軽く動かす。
「これは見た目とは違い、少々おっちょこちょいと言いますか、偶に何もない所で転んだりするので迷惑を掛けとらんか、
んん、掛けていないか心配で」
言い直す薫に恭也は喋り易い方で話してくださいと告げると、薫は多少申し訳なさそうにしつつも言葉に甘える事にする。
「仕事の時なんかは気を張っちょるから大丈夫なんじゃが、こんな風に普通に喋る時は時々出てしまうんよ」
「そうですか。まあ、言葉に関しては仕方ないですよ。
それより先ほどの件ですが、うちの妹も何もない所で転んだりして迷惑を掛けているようなので」
「似た者同士という事じゃね」
「うぅぅ、私も美由希さんもそんなに酷くないのに……」
「冗談じゃ」
「冗談です」
二人同時に言われ、那美は思わず肩を落とす。
このままではまたからかわれ兼ねないと那美は話を逸らす、というよりももう一つの本題へと戻す。
「薫ちゃん、それよりあれ」
「うん? ああ、そうじゃった。高町さん、実は君自身にもうちらから一つお礼を用意したんじゃが」
「お礼、ですか? ですが、俺は殆ど何もしていないのですが」
「そうかもしれん。じゃが、那美から聞いた所では祟り相手に囮役をしたり、剣を教えてくれたりしたんじゃろう。
それらを含めたお礼と思って欲しい」
言って鞄から布に包まれた物を取り出す。
それを恭也の前に置き、その目の前でゆっくりと布を開いていく。
「これは?」
そこにあったのは一本の日本刀、それも長さなどから見るに恭也が使う小太刀と呼ばれる物であった。
「祟りの件で持っていた小太刀の一本が折れたと聞いて、うちにばーちゃん、先代がこれをと」
薫の話を聞き、そう言えばグラキアフィンと八景のニ刀で闘っていたが、
グラキアフィンはその関係で普段は小太刀の形態をとっておらず、八景一本だけではもしかしたら勘繰られるかと念を入れ、
無名の一本は折れたという事にしたのを思い出す。流石に受け取るのは躊躇われ、丁寧に辞退しようとするのだが、
「うちにあっても使い手がおらんし、さっきも言ったようにお礼じゃと思って。
これも特に銘はないけれど、それなりに業物ではあるよ」
言って薫はその小太刀を引っ込める気は全くないようで、恭也はそれに折れる形でそれを受け取ると、
確認してからゆっくりと鞘から抜き放つ。
確かに思わず恭也が見惚れてしまうほど、刃は美しく綺麗な紋を描いている。
通常の小太刀よりも少し刃が太いような気もするが、重さは八景とそう変わらない。
魔法絡みでない場合など、今ある無名の小太刀の代わりに使うかと恭也は考え鞘に戻す。
「それでは遠慮なく頂いておきます」
「ああ、そうしてくれるとうちも助かる」
これで祟りがらみの話はお終いとばかりに那美がほっと息を吐き出し、
「薫ちゃん、私は美由希さんの所に行くね」
話が終わったら後でと約束を交わしていたのを薫も見ており、那美の言葉に頷く。
それを見て那美は嬉しそうに恭也の部屋を出て行く。
その様子を薫は微笑ましく見送り、用意されていたお茶を一口含む。
「本当に仲良くしてもらっているみたいで」
「那美さんは良い人ですからね。本当にうちの美由希にはもったいないぐらいです」
互いに裏を持つだけに妹に出来た親友を心から喜んでいる事がよく分かる。
尤も恭也の方はそんな事は口にはしないかもしれないが。
「さて……」
言って空になった湯飲みを置き、薫は少し鋭い眼差しで恭也を見る。
「この後、うちは特に用はないんだけれど高町さんの方は何かご予定は?」
「いえ、今日は元より予定を空けていましたので」
そう答える恭也の顔付きも薫と似たような物になっており、互いに無言でありながら言いたい事を理解していた。
故に、共に特に何も口にせず立ち上がり、
「縁側から庭に出れば道場が見えますから」
「そう。それじゃあ、先に行ってるとしよう」
薫が部屋から出ると、恭也は八景を取り出し先ほど受け取った小太刀も一緒に手にしてこちらも道場へと向かう。
その脳裏にグラキアフィンの声が届く。
≪楽しそうですね、主様≫
≪分かるか?≫
≪当然です≫
≪かなりの使い手と見た。真剣でやり合う事になるか、木刀になるか。どちらにせよ、楽しみではあるな。
分かっていると思うが≫
≪勿論、手出しは致しません≫
本当によく理解してくれているグラキアフィンに礼を言いつつ軽く触れてやる。
それが嬉しいのか、グラキアフィンは数度宝玉部を瞬かせると満足したように沈黙する。
恭也が庭に出ようとした所で、後ろから美由希が声を掛けてくる。
「あ、やっぱりやるんだ」
「ああ」
「だと思ったよ。那美さんのお姉さん、薫さんだっけ?
恭ちゃんと同じぐらい強そうだもんね」
「時間があればお前ともやってもらえるように頼みたいぐらいだな」
恭也の言葉に美由希は頷く。その隣で那美は苦笑めいたものを浮かべつつ、
「薫ちゃん、暫くはこっちにいるみたいだから頼めば引き受けてくれると思いますよ」
「そうですか。なら頼んでおこう。まあ、今日はゆっくりと那美さんのお相手をするんだぞ」
「そんな事言われるまでもないよ。何せ久しぶりに会ったんだし。ね〜」
「そうですね」
そう言って笑い合う二人を本当に仲が良いな眺め、恭也は道場へと向かう。
その背中に少し慌てたように美由希が声を掛ける。
「そうそう、晶がはりきって夕飯を準備するってまた出掛けて行ったから、薫さんも夕飯に誘ってみて」
「あ、私も行きます。寮に連絡するんで、薫ちゃんがどうするか早めに聞いておきたいので」
言って那美もサンダルを履き恭也の後に続く。
それを見て美由希も後に続こうとするのだが、既に履くものがなかった。
「うぅぅ、恭ちゃん、おんぶ」
当然の如く聞こえない振りをしてスタスタと歩いて行くその背中に文句が飛んでくるが、綺麗に聞き流す。
恭也が道場に着く頃には既に聞こえておらず、かわりに少し賑やかな声が微かに聞こえてくる。
「美由希さん、私の背中に」
「いや、悪いですよ」
「大丈夫ですから。それじゃあ、帰りは美由希さんが、という事で」
「それじゃあ、失礼します」
「はい……わわわっ!」
「あ、あぶなっ、うわたっ!」
地面に何かが落ちる音がするも恭也は振り返らずに後ろ手で扉を閉める。
「えっと那美さん、交代しましょう」
「うぅぅ、すみません」
「いえ、気にしないでください。でも、私そんなに重かったかな……」
「いえ、軽いです! ただ私が非力なだけで。うぅぅ、恭也さんや美由希さんに剣を教わっているのに、こんな体たらくで……」
「そんな事ないですよ。那美さんは進歩してますって。ほら、人を支えるのは思ったよりも難しいですから。
私も乗るときにちょっと勢いをつけちゃったし」
「ありがとうございます、美由希さん。っと、大丈夫ですか、美由希さん」
「はい、那美さん軽いですから。これぐらい平気です」
「凄いですね、美由希さん」
聞こえてくる話し声に、普通に履物を取ってくるという解決策は浮かばなかったのかと突っ込みたいのを堪え、
ウォーミングアップするべく柔軟を始めようとして、既に柔軟をしていた薫と目が合う。
薫の顔に浮かんだ笑みから同じような事を思い、考えていると知って恭也も知らず苦笑を浮かべる。
「あの二人は本当に仲が良いみたいで安心したよ。
それに美由希ちゃんだったかな? 彼女は少しうちの那美に似ているんじゃね」
何処かとわざわざ聞き返す事もなく、恭也はただ浮かべていた苦笑を深めて返す。
互いに無言のまま近付いてくる二つの気配にそれを悟られないように柔軟に没頭するのだった。
つづく、なの
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