『リリカル恭也&なのはTA』






第4話 「空手少女と遠き地の剣士」





遠くで鳴く蝉の声と、小さな窓から差し込む微かな光。
静けさを感じさせる中にありながら、なのはは息をするのも忘れる程にじっと目の前をただ見詰める。
夕刻と言っても差し支えのない時間になっても尚、暑さを感じさせる気候ではあるが、それとは別の理由で汗がじっとりと浮き出る。
瞬きするのも惜しいとばかりに注視する先には微動だにしない恭也と美由希の姿がある。
だが、それは決して涼んでいたりしているのではない。
互いに手に小太刀サイズの木刀を持ち、張り詰めた空気を撒き散らしている。
気を巡らせ、相手の隙を探し合い、互いにそれを潰していく。それがピリピリと空気を震わせ、見ているなのはにも緊張感を強いる。
数分前の激しい攻防から一転し、今は静かな攻防へと移っている。
なのはにはまだ二人のような真似は到底出来ないし、何となく感じ取れてもはっきりと認識はできない。
それでも見えない攻防が行われているんだと肌から伝わる言葉にし難い感覚が教えてくれる。
なのはの頬から顎に掛けて汗がすっと滑り、やがて落ちる。
同時に小さくなのはの喉があまりの緊張からか、やや引き攣った感はするものの鳴る。
それを合図とした訳ではないだろうが、二人は同時に弾かれたように前へと踏み出す。
そうなると、なのはには目で追うのが精一杯、いや、目で追う事さえままならなくなる。
遠距離からの砲撃を得意としているからか、なのはの目は非常に良い。いや、更に良くなったと言うべきか。
だが、それと動いている者を見切れる動体視力とはまた別物で、前よりも多少はましになったとは言え、
未だ二人の動きを完全に見る事はできなかった。
必死に見取り稽古をするなのはだが、少し前は見えないのに意味があるのかと疑問を抱いたものだ。
恭也にずっと見ていれば自然と目が慣れると言われつつも半信半疑ではあったが、
実際にほんの僅かとは言え目で追えるようになってきているのは確かであった。
勿論、見取り稽古も大事だが、同時に夕刻のこの時間はマルチタスク、多重思考の鍛錬も含まれている。
恭也たちの鍛錬を目で追いながら、同時にレイジングハートによる脳裏での講義やイメージトレーニングを行っているのである。
朝は体力作りと魔法の鍛錬、夕方はこの多重思考及び、視力や視界の向上、この後に恭也による実戦に関する講義。
大よそ、ここ最近のなのはの一日はこうなっていた。
今日はイメージトレーニングではなく、魔法に関する事をレイジングハートから教えてもらっており、
故にいつもより多少余裕があったからか、道場の扉が静かに開けられた事に気付く。
見れば、そこからは半居候の晶が顔をひょっこりと覗かせていた。
何か用だろうかとなのはが立ち上がろうとするのを押し止め、そればかりか唇の前に人差し指を立てると、
晶は忍び足とばかりにやや大仰に足を上げ下げして道場内へと入って来る。
そして、丁度背を向ける形となっている恭也に向かって、

「師匠、覚悟!」

叫ぶなり床を蹴ってその背中へと飛び蹴りを放つ。
が、恭也は既に晶の存在に気付いていたのか、慌てる事もなく、晶の襲撃に合わせて挟撃してくる美由希の斬撃を捌き、
その動きを止める事なく身体を半回転させると空中に居る晶へと蹴りを放つ。
左の蹴りで晶の蹴りの軌道を変え、即座に軸足を入れ替えて右足で晶の腹を突き刺すように蹴り上げる。
同時に更に身体を半回転させ、その隙を付こうと迫っていた美由希へと晶の身体をそのまま投げる。

「わっとと」

美由希は晶を両手で受け止め、その首筋に木刀を突き付けられる。

「あうぅ、まさか晶を利用するなんて」

「最初に利用したのはお前だろうが。嫌なら受け止めずに避ければ良いだろうに」

そんな事できないと分かっていて言ってくる恭也に文句の一つも言いたいが間違ってはいないのでぐっと我慢する。
その様子に満足そうに頷き、今度は晶へと恭也は呆れた口調で言う。

「何度も言うが奇襲するのに声を上げた時点で意味がないぞ」

「分かってはいるんですけれど、やっぱり奇襲は性に合わないって言うか」

晶らしい台詞にならするなと言うよりも苦笑が出てしまう。

「それで今日はどうしたんだ? いつもなら鍛錬中は仕掛けてこないのに」

「いや、最近なのはちゃんも何かやっているみたいなんで、ちょっと覗いてみようかなって思ったんです。
 そしたら、良い感じに師匠が背中を見せていたから」

ついと言った感じで笑う晶に変わらないなとなのはも苦笑を浮かべてしまう。
照れくさそうに笑いつつ、晶は思い出したように言う。

「そうそう、館長から伝言を預かってたんです」

「……どうせ顔を出せ、とかだろう」

「その通りです。師匠が顔を見せないから、全力を出せずにストレスが溜まるって嘆いていましたよ」

勝手な言い分だと零しつつ、近い内に顔を出しておくかと考える。
そんな恭也の考えが分かったのか、晶は念を押すようにもう一度顔を出すように告げる。

「それにしても今年の夏は晶、空手まみれじゃない?」

同じく恭也の考えを読み取り、その時は那美さんと出掛ける約束を取り付けようと密かに計画しながら、
美由希はその事に気付かれないように思いついた事を口にする。
そんな思惑など読み取れず、美由希の言葉に晶は元気溌剌といった感じの笑みを見せ、

「冬の大会に向けて今からってのもあるけれど、やっぱりレンが入院している今こそ差を縮めるチャンスだから。
 まあ退院直後は俺も我慢するけれど、ある程度大丈夫になった時こそ、あいつが地に倒れる時!」

拳を握り締め宣言する晶に美由希はただ苦笑しながら頑張ってと言うしかない。
そもそも晶の闘い方を剛とするのなら、レンは間違いなく柔であり、晶の攻撃を軽くいなしてしまうのだ。
その辺りの対処法を見つけず、ただ闇雲に向かえば結果は同じだろうと美由希は考えている。
そんな考えを読んだのか、晶はにやりとした笑みを見せる。

「美由希ちゃん、俺だって成長しているよ。例えば……」

言って美由希に拳を突き出す。
それを左手で払い除け、

「っ!」

後ろへと大きく跳び退く。

「左右による吼破二連」

「ほう、よく考えたな」

「へっへ、凄いでしょう。いや、もう今年の夏はこれだけに費やしたと言っても過言じゃないぐらいですよ。
 左手で吼破を打てるようになるのに苦労しました」

「それだけじゃなく、右手で打った体勢のまま下半身は動かさずに打つのはかなり苦労しただろう」

「ええ。これが一番苦労しました。流石に威力はかなり落ちますけど、不意を付く事は出来るかと思って。
 まあ美由希ちゃんにはあっさりと気付かれて避けられちゃいましたけれど。まだまだ改良が必要かな」

晶の発想に思わず笑みを零しつつ、とりあえず避けた美由希を褒めてやる。
とは言え、素直に言葉にして褒めるような真似はしないが。

「美由希もよく避けたな」

「へへへ」

「もし避けていなかったら、今日の鍛錬メニューが増えていたのに非常に残念だ」

恭也の言葉に美由希は顔を顰め、避けれた事に感謝する。
自分で自分に感謝するというある意味器用な真似をする美由希を無視し、

「それより他にも何か用があったんじゃないのか?」

「ああ、そうでした。美由希ちゃんかなのちゃん、何か読む物持ってないかな。
 カメの奴がもう少しで今ある本を全て読み終わるみたいなんだけれど」

「先週持って行ったの、もう読み終わるんだ。じゃあ、次は時代小説か、ミステリーの新作があるからそれで良いかな」

「わたしも何冊か漫画があったかな」

明日持って行く物として、美由希となのははそれぞれ候補を上げる。

「何でも良いみたいな事を言ってたんで、適当に見繕って鞄に入れといて。師匠、申し訳ないんですけれど……」

「ああ、明日は朝から空手の道場だったな。なら、午前中に俺が持って行こう」

「お願いします」

「お兄ちゃん、わたしも一緒に行く」

「あ、私も」

こんな感じで連日、レンの病室には誰かしらが見舞いに訪れており、それなりにレンも暇潰しが出来ているのであった。



 ∬ ∬ ∬



日本から離れた一つの地。都市部の一つであるここは夜だと言うのにネオンの明かりで夜なお明るい。
だが、それでも大通りや中心部から離れれば喧騒も街の明かりも届かない場所というのは存在する。
そんな一つに位置するとあるマンションの一室。
そこで一人の女性が眉間に皺を寄せ、気難しげにじっと一点を見詰める。
悩むように右手が前に伸ばされては、また胸元へと戻り、左手でぎゅっと抱くように手首を掴む。
そして数分の黙考の後、再び右手がゆっくりと伸ばされ、今度はその状態で数秒ほど維持されるも再び胸元へと引っ込む。
窓もカーテンも締め切られ、外の喧騒はここまでは届かずに静かと言っても良い空気が部屋には漂う。
そんな中にあって、女性の僅かな動きだけが音を立てている。
引き戻した右腕を胸元で左手で抱くようにしながら、部屋の中、それも同じ場所を行ったり来たりと繰り返す、その音だけ。
時折、呻くような感じで小さく唇より言葉が零れるも、既に二時間近く同じ事を繰り返している。
やがて女性は足を止め、もう何十回目となる同じ行為を行うべく右腕を伸ばす。
伸ばされる先にあるのは、やや型は古いが一台の電話。
やっとの事で、ようやく今日初めて電話に触れる。そして受話器を持ち上げ、耳元へと運ぼうとするのだが、
今度は左手がそれを押し戻すように受話器を下ろさせる。

「……はぁ、情けない。たかが電話一本掛けるだけ、それも近況を知らせるだけだと言うのにこの有様とは」

電話に両手を着く形で顔を伏せ、自らを自嘲するように吐き捨てるのは御神美沙斗その人であった。
おおよそ一月半程前、再会した恭也に諭されて新たな道を探るべく思いついた幾つかの道。
その中で比較的、連絡が付き易く自分の目的とも利害が一致するであろう組織を選び接触したのが一月以上も前の事。
今までの行動が行動だけに、幾ら悪名名高くとも番人として存在する組織である。
当然、スパイの可能性も考慮されておりあっさりと入隊とはいかず、補佐役という名目で監視下の元、
制限付きで仮入隊となったのが大よそ一月前の話である。
利用されていた際に得た敵の情報を全て伝え、その裏付けや実際に奇襲なども行い、
ある程度の信用を勝ち得た美沙斗はようやく外部へと連絡を取る事を許可された。
異例とも言える早さではあるが、それだけ美沙斗が持っていた情報が役に立ったという事と、
美沙斗もまた利用されていた事を裏付ける証拠があったのが決め手となり、連絡の許可が下りたのだ。
それでも、暫くは部隊内では監視が付くとの事ではあったが、それも後数ヶ月ほどの辛抱である。
基本、スパイでないと分かれば過去に関してはかなり寛容な組織である。
その上、美沙斗の実力は組織内でも上から数えた方が早いという事もあり、隊員として認められるのももうすぐだろう。
実際、美沙斗と共に戦場を駆けた者たちの中には既に美沙斗を認めている者も居るというのが現状であった。
何はともあれ、連絡をとっても良いと言われたものの、美沙斗が連絡を取る者だと限られている。
と言うよりも、今の所は一人しか居ない。それが甥である恭也である。
娘には何も言っていない。恭也が話す事に関しては止めなかったが、いきなり電話して母親を名乗った所で、
恭也から何も聞いていなければ混乱させるだけであろうし、何よりも敵として一度姿を見せているのだ。
故に連絡を取るなら恭也しかいないのだが、ここでも問題があった。
恭也の連絡先を知らない、というものである。
高町家の連絡に関しては士郎が生前にどうやってかは知らないが美沙斗の居場所を突き止め、
結婚の報告と共に無理矢理に伝えていった過去があり、そちらにはする分には問題がないのだ。
だが、だからこそ美沙斗は悩んでいるのである。
掛けて恭也が出れば良し。他の人が出たら。
いや、それ以前に自分から恭也にさえ掛けるのも憚れるという気持ちもあり、
帰宅してかれこれ二時間以上も電話の前で悩み続けているという訳であった。
元よりおしとやかで優しい性格をしている美沙斗はどちらかと言うと自分を抑えるタイプなのだ。
夫であり美由希の父である静馬に関しては多少、強引な所があったかもしれないが、
それさえも他と比べればかなり可愛いものである。
一度は復讐心から冷酷になれた、いや、そうあろうと演じてこれたソレは恭也に破れた時点で既になく、
そうなってくると以前の性格が少なからず顔を見せる。
勿論、昔のままという訳では当然ないにしろ、負い目を相当に感じているのは間違いなく、それが躊躇させるのである。
電話の前で更に悩む事半時間。
美沙斗はようやく意を決し、何よりも自分が居ない間の美由希の事が知りたいと言う強い欲求の前に遂に受話器を手に取る。
丁度、その時、電話の横に置いてあった時計が目に入り、

「…………はぁ」

溜め息一つ吐いて受話器を下ろす。
既に真夜中と言った時間を差しており、香港と日本の時差を考えれば、向こうも真夜中である。
流石にこんな時間に電話を掛ける訳にはいかないと残念さと無念さ、さっさと掛けなかった自分に対する苛立ち、
そして僅かな安堵という非常に複雑な気持ちで今日は諦める。
急に静けさが増した気のする部屋で、美沙斗はいつの間にかびっしりと掻いていた汗に顔を顰め、
まずはシャワーでも浴びて気分をすっきりさせ、今の事は忘れようと着替えを用意する事にする。
香港の夜は静かに過ぎて行く。



 ∬ ∬ ∬



「レンちゃんの経過も順調で、このままなら予定通りに退院が出来るそうです。
 そうそう、来週には夏祭りがあってね、フェイトちゃん、お祭りって行った事ある?」

二度目となるビデオレターを送るため、なのはと恭也がリビングのソファーでカメラを前に話し掛ける。
なのはの言葉を聞いて、恭也も思い出し、

「祭りか。アルフは知っているだろうが、色んな屋台が出るんだ。
 まあ、うちのなのはは射的の屋台出入り禁止を喰らっているし、美由希は型抜きの屋台から出入り禁止を、
 レンは金魚やヨーヨー掬いの屋台のおじさんたちに土下座されてやらないでくれと頼まれ、
 晶は屋台の近くで暴れないでくれと頼まれ……、よくよく考えてみればまともなのは俺だけか」

「因みにお兄ちゃんは大食い関係前面禁止だと言われてました」

「いやー、去年の高町家はちょっとはりきり過ぎてしまったな。
 かーさんに至っては、屋台だからって手抜きは許されないと屋台の主を押し退けて料理し出すし」

「って、恭ちゃんもなのはも嘘吐かないの!
 って言うか、本来ならなのはが止めないといけないでしょう」

「えへへへ、今日はお姉ちゃんを紹介するのでなのはも止めないでいました。
 フェイトちゃん、さっきのは冗談だからね」

「なのは、美由希に突っ込みを期待してはいけないぞ。
 これは天性のボケなんだから」

「ねぇ、もしかしなくてもかなり酷い事言われてない?」

「にゃははは。えっと、冗談はここまでにして、お姉ちゃん」

「はい。高町美由希って言います。趣味は読書とガーデニングで、なのはの姉です。
 初めまして、じゃないんだよね。旅行の時に会ってるし。
 えっと……久しぶり、フェイトちゃん。なのはがいつもお世話になってます」

「恐らく、フェイトが戻ってきた時にはこれもお世話になると思うがその時は呆れずに頼む」

「って、恭ちゃん人の話を折らないでよ」

恭也の隣に座った美由希が恭也の頬を抓る。
が、当然ながら恭也が大人しくされるがままになるはずもなく、気付けば美由希は見事にソファーから転がり落ちていた。

「いった〜。女の子に暴力振るうなんて。フェイトちゃん、恭ちゃんはこんな感じで凶暴なんだよ。
 騙されちゃファフェ、ひふぇふぇ、や、やめふぇ〜」

「おお、よく伸びるほっぺだな」

美由希が逃げれないようにがっしりと両足を伸ばし、美由希の肩を膝裏で押さえ込むと、恭也は美由希の頬を左右に引っ張る。
暴れる美由希だが、簡単に拘束は外れずにただ文句を言う事しかできない。
それさえも、頬を引っ張られて意味ある言葉にならず、涙目で恭也を睨み付ける。

「えっと、こんな感じで毎日、修行したり遊んだりしています。
 フェイトちゃんとも遊びたいな。会えるようになったら、いっぱい遊ぼうね」

恭也と美由希のやり取りに苦笑を見せつつ、なのははカメラに向かって小さく手を振る。
それを見て、美由希は痛みを堪えて恭也の手を振り解き、やっぱり痛かったのか頬を両手で擦りながらも、

「ちょっとなのは、締めに入らないでよ。全然、喋ってないのに」

「大丈夫だ、美由希。お前の間抜けさは充分に伝わったはずだ」

「嬉しくない、全然嬉しくないよ、それ! もう一回、撮り直しを要求!」

美由希がなのはに向かって指を一本立てて迫ると、なのはは少しだけ考えて美由希の紹介を始める。
気を取り直し、今度は恭也を警戒してさっきと同じように名乗る美由希。
こうして、三人が映っているビデオがフェイトの元へと送られる事となるのだが、
美由希は自分が今回のビデオレターで二回自己紹介をしていたという事実を知るのは少し先の事である。





つづく、なの







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