『リリカル恭也&なのはTA』






第6話 「お嬢様の夏休み」





周囲を自然に囲まれた人気のない閑静な風景の中に溶け込むようにして建つ一件のお屋敷。
その一室、小さく開けられた窓からそよぐ風に揺れるカーテン越しに柔らかな陽光が降り注ぎ、部屋の主である少女を包み込む。
窓越しに聞こえてくる鳥の鳴き声と、時折、カーテンに遮られずに届く陽光によって、
ベッドで眠る少女の意識がゆっくりと浮上し始める。
目覚めは悪くなかったのか、少女は意識が覚醒すると微睡むのを跳ね除けるように身体を起こし、背伸びを一つする。
朝とは言え夏の高い気温に今日も暑くなるなと思いつつ、それでも空気が湿っていない分かなり過ごし易いかと考え直して、
ベッドから降りると着替えを始める。
パジャマの上着を脱ごうとして、思ったよりも寝汗を掻いていた事に気付いて、先にシャワーを浴びる事にする。
着替えを改めて用意し、部屋を出ようとした所で少女、アリサはベッド脇に置かれた携帯電話を手に取り着信があった事に気付く。
片手で髪に手櫛を梳かしながら、もう一方の手で携帯電話を操る。

「すずかからメールか。そう言えばドイツに行くって言ってたわね。
 あれ、でももう戻ってきているのかしら」

出発前に集まった時に聞いた予定を思い出しながら、時差を計算してすずかが帰国していると判断する。
向こうも時差に関しては知っているだろうし、特に急ぎの用という事でもないだろうとシャワーの後に読む事にする。
そう判断すると携帯電話も一応持って今度こそ部屋を出る。
バスルームへと向かう途中、リビングを通り様に中を覗けば既に起きていたアリサの父と目が合う。

「おはよう、アリサ」

「おはよう、パパ、ママ。先にシャワー浴びるから」

リビングと隣接して作られているキッチンで料理をしている母親にも挨拶しそう告げる。
キッチンから朝の挨拶と分かったわという返答をもらい、バスルームへと向かうべく足を動かそうとして、
一度振り返って父親へと顔を向ける。

「汗を流すだけだからすぐに上がるし、昨日みたいに入ってこようとしないでよ」

「…………」

娘の言葉に僅かに肩を落としつつ、元よりそんなつもりなどなかったと言わんばかりに一つ頷いて新聞を広げる。
その際、僅かばかり上げかけた腰をさりげなく戻すのだが、当の娘にはしっかりとばれていた。
とは言え、釘を刺しておけば無理に入って来ようともしないのは分かっているので、それには気付かなかった振りをしてあげる。
バスルームへと向かいながら、アリサは昨夜の事を思い返す。
数日だけとは言え、休みの取れた両親と共にこの別荘に来たのは良かった。
久しぶりに会えた父と母にも甘えたのは確かである。だからといって、年頃の娘と一緒に入浴しようとするだろうか。
滅多に会えないから娘の年まで忘れてしまったのか、それともまだギリギリ大丈夫だと判断したのか。
どちらにせよ、アリサは既に父親とは言え男性と一緒に入る事に恥ずかしいと思ってしまうのだ。
故にバスルームの扉を開けた瞬間、悲鳴と共に痴漢と叫び洗面器を投げたとしても仕方ない事だろう。
その後、娘が知らない間に大きくなって一緒に入ってくれなくなったと肩を落とす父親の姿は、
普段仕事している時の姿とは似ても似つかないものであったが。
それでも諦めてないようなのは流石と褒めるべきか、いい加減にしなさいと説教するべきか。
少し考え、すぐに後者だと結論付ける。

「なのはならまだ一緒に入ったりするんでしょうね」

その辺りの感覚が同年代の少女たちと比べても幼いと言える親友を思い出し、アリサは何故か溜め息を吐く。
あの子ももう少しその辺りの自覚を身に付けた方が良いかもしれないわね。
勝手にそんな事を思いつつ、脱衣所の鍵をしっかり閉める。昨日はこれを失敗したと思いつつ上着に手を掛ける。

「でもあの家で男の人と言ったら恭也以外にはいないのよね。むむ、まさかまだ一緒に入ったりはしてないわよね」

父親との入浴からそこまで考え、アリサは眉間に皺を寄せる。
少し面白くないなと思いつつ、勝手に想像して腹を立てても仕方ないと冷静な部分が訴える。
が、それでも一度考えて付いてしまった事を止める事も出来ず、考えるほどに不機嫌になっていく。

「まあ、恭也はなのはのお兄さんであると同時に父親の役割もしているんだし可笑しな事はないわよ。
 う〜、でも羨ましい。私も一緒に……一緒、恭也と一緒にお風呂? ……む、ムリムリムリ、それはないわ。
 嫌とかいう事じゃなくて流石にそれは恥ずかし過ぎる。一緒に入れるなのはは凄いわ」

勝手に一緒に入っていると決め付けて感心するアリサ。
まあ、最近色々と事情があって一緒に入った事があるのは事実だが、その事を当然ながらアリサは知らないが。
一人脱衣所で一頻り騒いだ所でようやく冷静になったのか、アリサは若干恥ずかしそうにしながら誤魔化すように髪を掻き揚げる。

「ふぅ、この私アリサ・バニングスとあろうものが自分の想像で慌てふためくなんて無様をさらしてしまったわ。
 第一、よく考えてみたら流石にそれはないわよね。そもそもパパが悪いのよ」

責任を完全に父親に押し付けるとアリサはようやく浴室へと向かう。



それから十数分後、シャワーを終えたアリサはタオルで髪を拭きながら、携帯電話を弄り、すずかから来たメールをチェックする。

「何々……そうか、もう夏祭りの時期なのね。って、ドイツまで行って地下に篭るって忍はどれだけ引き篭もるのが好きなのよ」

すずかからのメールには簡単なドイツでの土産話も書かれており、アリサは文句を言いつつ知らず笑みを浮かべる。
そこへ母親が作り終えた朝食を持ってリビングへとやって来る。

「アリサ、ご飯が出来たから先に食べちゃいましょう」

「はーい、ママ」

素直に返事をするとアリサは携帯電話を閉じポケットにしまう。
久しぶりに母親の手料理に頬を緩めつつ味わうように食べるアリサに、母親は笑みを浮かべたまま話し掛ける。

「それで嬉しそうにしていたけれど、もしかして好きな男の子からのメールかしら?」

「っ!」

母親の言葉に思わず咽てしまったアリサを見て、父親が慌てたように身を乗り出し、

「そ、そうなのか、アリサ! あ、相手は誰なんだ! うちの娘に手を出そうなんて」

慌てふためく父親を楽しそうに見ながら、母親はポンと一つ手を叩く。

「分かったわ。恭也くんね」

母親の言葉に僅かだが頬が染まるのを目敏く見付け、父親は眦を上げる。

「だ、誰なんだ、それは。ママは知っているのか?」

「ええ、知っているわよ。ほら、高町なのはちゃんのお兄さん」

「……おお、彼か。って、年が離れているじゃないか」

「あら、私とあなたも年が五も離れているわよ」

「いや、そうだが。でも、彼とアリサではもっと離れているじゃないか。
 別にそれが悪いと言っているんではなくて……」

夫婦二人してそんな話をしている間に、ようやくアリサも咳き込んでいたのが落ち着き会話に入ってくる。

「勝手に決め付けないでよ! 年の事はどうでも良いでしょう! じゃなくて、違うわよ!
 さっきのメールはすずかからよ!」

アリサがそう口にした途端、父親の方はあからさまに安堵の表情を浮かべて何事もなかったかのようにコーヒーを口に含む。
対して母親の方は何も言わないものの意味深な笑みをアリサに向けてくる。

「な、なにママ」

「別に何でもないわよ。そうね、さっきのメールはすずかちゃんからなのは確かよね」

でも、それと恭也との事はまた別よねとその目が語っており、アリサは顔が赤くなるのを何とか堪えようとする。
そんな娘の反応に満足したのか、それともこれ以上突付くと娘が切れると判断したのかは分からないが、
それ以上は何も言わずに自分もまた朝食に手を付ける。
思わず母親を睨み何か言いかけたアリサであったが、それが墓穴になると判断できるだけの冷静さはまだ持ち合わせていたようで、
何も言わずに大人しく目の前にある朝食に手を伸ばすのであった。



朝食後、自室へと戻ったアリサは改めて携帯電話を取り出しすずかへの返信をするべくもう一度来たメールを開く。
すぐさま読み直すと、

「勿論、OKっと。ドイツの話は帰ったら聞く事にして、後は……」

簡単にこちらの近況を書き、もう一度読み直してから送信しようとして指を止め、少し迷ってから付け加える。

「皆って恭也さんも来る……じゃなくて、すずかとなのはの他に誰が来るの、とこれで良いわね」

修正し打ち直した文面を読み返し、今度こそ送信ボタンを押す。
数秒後、送信完了の表示を見てアリサは携帯電話を閉じると一仕事終えたように肩の力を抜き、携帯電話をしまう。

「もうママが変な事を言うから変に意識しちゃったじゃないの。
 こうなったらお詫びに何か強請ってやるんだから」

そう口にしつつもその顔は怒っているというよりも、寧ろ甘える口実を見つけたとばかりに綻んでいた。
そして、母親の方も甘えてくるアリサを待っていたかのように、リビングへとやって来たアリサに優しい笑みを見せるのだった。





つづく、なの







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