『リリカル恭也&なのはTA』






第7話 「世界の果てまで届く歌」





「次はロシアだっけ?」

「うん、そう。その次がスウェーデン、ノルウェーと周ってヨーロッパ各地を順に」

電話越しに久しぶりに聞く姉の言葉に恭也は無表情のまま頷いている。
が、親しい者が見ればその顔から彼が喜んでいるという事はすぐに分かるらしい。
現に電話の傍に居る美由希やなのはが恭也を見て楽しそうに笑っている。

「うん、分かっているよ。フィアッセも身体には気を付けて。
 こっちは大丈夫。ドジな所も多いけれど、小さい頃からやって来ただけあってそれなりに手伝いは出来ているみたいだし」

「もうそんな事ばっかり言ってると、美由希が可哀相でしょう」

「あれが可哀相?」

本気で首を傾げて美由希を見る恭也。
フィアッセが何を言っているのか分からないが、大よその検討は付いたのか美由希が軽く睨んでくるのを受け流す。

「ああ、皆元気でやっているよ。今はなのはと美由希しかいないけれど。
 うん、今代わる」

言って受話器から耳を離し、今か今かと待っていた二人に受話器を渡す。
どちらから先に出るか迷った挙句、先に美由希が受話器を取る。

「フィアッセ、元気にしてた? うん、私は元気だよ。
 あははは、大体何を言ってたかは分かってるよ。まあ、いつもの事だしね。そんな事より……」

話の弾んでいるらしい美由希を見ながら、恭也は次の順番を待つなのはに視線を落とす。
それに気付いたのか、なのはも顔を上げて、

「フィアッセさん、元気だった?」

「ああ、元気そうだった。まあ、後で話すんだから自分で確認してみると良い」

「うん」

恭也の言葉に頷きながら返し、美由希の方へと視線を戻す。

「あははは、そうなんだ。アイリーンさんらしいよね。
 それにしても、本当に椎名さんは凄いよね。やっぱり買い物とかでも日本語で通すんだ」

「それで何となく通じているっていうのには本当に感心するよ」

話に華が咲いているようで、受話器からも微かにフィアッセの笑う声がする。
その事に恭也はまた口元を綻ばせ、逆にそれを聞き取れないなのはは不思議そうに首を傾げる。
そんななのはの仕草に気付いたのか、恭也は口元を手で隠すように覆いながら、
残った手で誤魔化すようになのはの頭をやや乱暴に撫でる。
最早、それは撫でるというよりも髪を掻き乱すという表現がぴったりで、実際になのはの髪はあちこちはねている。

「もうお兄ちゃん、やめてよ」

「ああ、すまんすまん。
 長くなった妹の髪を前衛的なアートにしようとしたんだが、やはり芸術というものは理解されないみたいだな」

「もう勝手な事ばっかり言って。それよりも、どうして笑ってたの?」

誤魔化しきれなかったか、もしくは髪を乱暴に扱われたので恭也が照れ隠しに誤魔化そうとしていた事を聞き出そうとしたのか。
どちらにせよ、恭也の行動は裏目に出たようであった。
だんまりと貫こうとするも、じっと見上げてくるなのはの目は聞くまで引き下がりませんとはっきりと訴えており、
仕方なく恭也は口を開く。

「別に大した事じゃない。ただフィアッセが楽しそうに笑っていたからな。
 ツアーが上手く行っているみたいで安心したんだ」

恭也の言葉になのはは納得したように頷きながらも、よく受話器からの声が聞こえたなと感心するような呆れたような目を向ける。
その視線を綺麗に無視し、恭也はなのはの背中を軽く押してやる。
なにと目で問い掛けると、恭也もまた無言のまま前を示し、そちらを見れば美由希が受話器を差し出していた。
どうやら話しにも区切りが付いたらしく、なのはと代わろうとしていたらしい。
なのはは若干急いで受話器を受け取り、久しぶりとなるフィアッセと話し出す。

「フィアッセさん、なのはです」

「なのは〜、元気してた?」

「うん。フィアッセさんは?」

「私も元気だよ。でも、晶やレンの作るご飯や桃子のお菓子がちょっと懐かしいよ」

フィアッセと話し始めたなのはを二人して見ながら、フィアッセの言葉が聞こえたらしく、恭也と美由希は頬を緩める。
電話するのに夢中で気付かなかったなのはであったが、気付いたらまた感心半分、呆れ半分の視線で二人を見ただろう。
その事に思い至ったのか、恭也は頬に手を当てて解すように軽く揉む。
その行動に不思議そうに首を傾げるも、恭也のする事だしと本人が知ったらデコピンの一つももらいそうな事を考えつつ、
美由希は特に触れずにフィアッセと話した事を恭也にも話す。

「そうそう、ツアーの最中だっていうのにティオレさんが偶に悪戯をしてきて困っているって言ってたよ」

「そうか……。まあ、あの人のあれは治らないだろうな。
 そういうフィアッセも少し似ている所があると俺は思うんだが」

「あははは、やっぱり親子だよね」

はっきりと肯定はしないものの、美由希は否定もせずにただ笑う。
その脳裏にはこのコンサートが始まるよりも前の事が浮かぶ。
無事にコンサートが行われる事になり、こうして楽しそうなフィアッセが見れた事を喜ぶ気持ちと同時に違う感情も浮かぶ。

「やっぱりまだ許せないか?」

「ううん、そうじゃない……と思う。事情を聞いたからっていうのとも違うけれど。
 私は母さんに捨てられたと思ってたから、そうじゃなくてちゃんと大事にされていたんだって知って、その事は嬉しかったよ。
 でも、母さんがやろうとした事はやっぱり間違っているって思う。
 だけど、それは私がそんな状況になった事がないからだし、もし私がその立場になったらどうしていたのかなって」

難しく考え込む美由希の頭を乱暴に撫で、

「そんな心配しても仕方ないだろう。それにそうなったとしても、お前なら大丈夫だ、きっと。
 美沙斗さんは本当はとても優しくて穏やかな人なんだ。けれど復讐の為にそれらを捨てて、道を間違えた。
 けれど、あの人はちゃんとした道に戻る事を約束してくれたんだ。お前としては複雑かもしれないがな」

母親に愛されていたと知り、それでも捨てられたという事実は残り、更にその母が自分の大切な人たちの前に敵として立ち塞がった。
それらを聞かされたのは事件からかなり経ってからであったが、当初は戸惑いしかなかった。
考えまいと思いつつもついつい考え込んでしまい、今ではどうにか落ち着いて考える事が出来てる。
その上で、やはり美由希は答えを出せずに居たのである。

「まあ、許す許さないという簡単な問題じゃないしな。
 それに加えて、お前はフィアッセやティオレさんに申し訳なく思っているんだろう」

「うん」

「ティオレさん本人は気にしていないと言っていたというのは教えたよな。
 これは最近、俺も教えてもらった事なんだが、どうも美沙斗さんはティオレさんとフィアッセにあの後会ったみたいなんだ」

恭也の言葉に驚いた顔を見せる美由希に落ち着くように言い聞かせ、恭也は続ける。

「直に会って謝罪したらしい。尤も美沙斗さんもそれで許されるとは思ってはいなかったんだろうけれどな。
 それでも謝らずにはいられなかったのかもな。
 もしくは、許されなくてもそうする事で踏み外した道を歩き直す為の始まりにしたかったのか。
 そればっかりは本人以外には分からないけれど、そうしようと思ったのは間違いなくお前という存在があるからだよ」

恭也はじっと美由希の目を見詰め、美由希もまた見詰め返す。
その意味をしっかりと受け取ろうとするかのように。

「さっきも言ったけれど、美沙斗さんは本当は優しい人なんだ。そして、自分の子供を大事にしていた。
 だからこそ、あの後お前に会う事無く去ったんだろうな。今度会う時は少しでもお前に誇れる自分で居たかったんじゃないかな」

だからこそ、美由希の家族であるフィアッセに会いに行ったのかもしれない。
そう言うと恭也は口を閉ざし、その隣で美由希は一人考え込む。
暫くして、ゆっくりと美由希は口を開け、

「恭ちゃんは母さんが今どこに居るのか知っているの?」

「いや、落ち着いたら向こうから連絡をくれるとは言っていたが。
 美沙斗さんもそう簡単に連絡してこれないのかもな」

「そう……。ねぇ恭ちゃん、もし連絡があったら教えてね。
 私も母さんにもう一度会ってみたい。まだ自分でもよく分からないけれど、とりあえず会って話をしてみたい」

「ああ、分かった。俺に連絡が来たなら、その事も伝えておこう」

言って今度は子供をあやすようにポンポンと軽く頭を叩く。
それに擽ったそうに目を細める美由希であった。

「お兄ちゃん、フィアッセさんが代わってって」

「そうか。なのははもう良いのか」

「うん、たくさんお話したよ」

笑顔で答えるなのはから受話器を受け取り、恭也は再びフィアッセと話す。
と言ってもそう多く話す事もなく、すぐに話は終わり恭也は美由希となのはを近くに呼ぶと電話のボタンを一つ押す。

「フィアッセ、美由希たちにも聞こえるようにしたよ」

「ありがとう、恭也。美由希、なのは、また暫くは連絡できないと思うから最後にこれだけは言わせてね。
 恭也と美由希のお蔭で、私はママと一緒の舞台に立って、精一杯歌う事が出来ているよ。
 そして、二人だけじゃなく、桃子になのは、レンに晶。他にもたくさんの人たちが居たから今の私があるの。
 だから、たくさんの感謝の気持ちを込めて最後まで力の限り歌うから。
 ここには居ない恭也たちの元にこの気持ちが届くように。ツアーが終わったら、また会いに行くからね!」

フィアッセの言葉に三人はそれぞれの言葉で返し、久しぶりの姉との会話は終わりを告げる。
電話が切れても三人は暫くその場に留まっていたが、

「さて、そろそろ夕方の鍛錬を始めるぞ」

「軽くランニングからだね。なのは、行くよ」

「はーい」

フィアッセが精一杯歌うように、今自分たちがやるべき事をするべく恭也たちもその場から去るのだった。





つづく、なの







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