『リリカル恭也&なのはTA』






第13話 「遠き地にて」






「はぁ」

知らず零れ出た溜め息に気付いていないのか、デスクに向かったまま作業を続ける。
が、それも数分もすれば手が止まり、そして再び溜め息が零れ落ちる。
今度の溜め息は自覚があったのか、気を入れなおすように小さく頭を振って目の前の書類に取り掛かろうとする。
が、一旦集中が途切れてしまった為か、すぐに手は動かない。
それを誤魔化すかのように書類に目を走らせるその背後から声が掛けられる。

「美沙斗、さっきから溜め息ばかりですね」

未だ慣れない中国語に振り返れば、そこには書類を手に持った同僚、菟弓華の姿があった。
数ヶ月前まで世界各地で活動していたとは言え、そこに会話は殆ど必要ではなく、また主に英語を使っていたので未だに耳慣れない。
新たな職場でもやはり英語を主として用いるものの、表向きは商社を装っている関係上、普段は現地の言語を用いる事も多々ある。
過去の関係からも中国語に関してもそれ程問題はないのだが。
そんな詮もない事を考えつつ、美沙斗は弓華の指摘に思わず首を傾げる。
自らが認識している限り、溜め息は先程の一つだけであるはずだからである。
が、弓華の知る限りにおいてはそうではない。
もうすぐ昼休みと言った時間になるが、朝出社してから知る限りで既に片手の数は超えている。
当然、弓華も自らすべき事があるために常に美沙斗の傍に居たりしていない。
それでもそれだけの数、弓華は目撃していたのだが、まさか当の本人が全く気付いていなかったとは。
首を傾げるその仕草に可愛らしさを感じながらも、それを口にすると照れながらも否定するのが分かっているので黙っておく。
代わりという訳ではないが、弓華は気付いていなかったのかと自分が見た事を口にして指摘する。
言われ、初めて気付いた美沙斗は自らの無意識の行動に頬を染め、誤魔化すように咳払いを一つする。
そんな行動がまた弓華の頬を緩ませる事となるのだが、美沙斗は勿論気付いていない。

「今の美沙斗を見たら、誰も裏世界で恐れられていた鴉だなんて思わないでしょうね。
 おまけに僅か数ヶ月で副隊長の座に着く程の実力者だなんて」

「そんな事はないさ。気付く者は気付く」

軽い感じで話しかけたのだが、返って来た真面目な言葉に弓華は大げさに肩を竦め、持っていた書類を美沙斗のデスクに置く。
美沙斗が何か言い掛けるのを制するように手を広げて顔の前に持っていき、

「仕事の邪魔という言い訳は無駄です。さっきから進んでいないみたいですしね。
 それに話している内に昼休みになりましたから、まずは昼食に行きましょう」

やや強引に美沙斗の腕を取り、弓華は外へと引っ張って行く。
裏世界に身を置いたとは言え、元はおしとやかに育った美沙斗である。
その元来の性格に徐々にではあるが戻りつつある上に、今は戦闘中でもない。
となると、弓華の強引な行動に口では止まるように言うも強く行動に出る事も出来ずに引き摺られていくのであった。



テイクアウトできる物を購入し、弓華は大人しく付いて来る美沙斗を一つの公園へと案内する。

「こんな所があったんだね」

雑音などが遠くに感じられ、僅かな緑にベンチが数個置かれているだけの小さな公園を見渡し、そう口にする。

「小さい上にビルなどからも少し離れているので、あまり知られていませんけれどね」

行ってベンチの一つに腰を下ろすと、美沙斗にも座るように促す。
それを受けて美沙斗が腰を下ろすのを見ると、弓華は買ってきた物を取り出していただきますと早速被りつく。
同じように美沙斗も自ら買った物を取り出し、暫し静かに時折、仕事の事を話しながら昼食が進んでいく。
やがて、全て食べ終える頃、不意に弓華が美沙斗をじっと見詰め、それに戸惑った美沙斗が何か尋ねようとするも、

「美沙斗、何か悩み事でもあるんですか?」

先に弓華がそう口にする。

「力になれないかもしれないけれど、話を聞くぐらいはできますよ」

そう言ってじっと見詰めてくる弓華を暫く見た後、美沙斗は少し考え、やがてゆっくりと話し出す。
美沙斗が悩んでいたのは、高町家へと近況を知らせる電話をするかどうか、という事であった。
既に娘に会う資格はないだろうという思いと、声だけでも聞きたいと言う思い。
他には恭也と約束した近況を知らせるという連絡のこと。これも電話に出るのが美由希だと思うと中々出来ないらしい。
なら手紙というのも考えたが、差出人を書かず送れば怪しまれるかもしれない。
書けば書いたでやはり美由希の知る所になる可能性もある。
とまあ、おおよそそのような事を詰まりながらゆっくりと話していく。
そこにあるのは母としての気持ちなのだろうが、見ている弓華にはまるで少女のようにも見え、
美沙斗には悪いがやはり可愛いと思ってしまった。同時に家族を大事にしているのだという事が伝わってくる。
さっき口にした冗談ではないが、本当にこれが僅か二ヶ月足らずで信用を勝ち得て監視を解かれた人物かと。
そう、既に美沙斗に対する監視体制は予定よりも随分と早いが解かれており、今では入隊を認められたれっきとした警防隊隊員である。
それも近いうちに副隊長などの要職に着くのではないかと言われている程の実力者である。
と、自分の思考もずれてきた事に気付き、弓華は考えを戻す。

「美沙斗には私の事を話した事がありましか?」

「簡単な経緯は聞いた事があったけれど、それがどうかしたのかい?」

弓華は少し悩んだ後、左手にしてあったグローブを外して甲を見せる。
特に何があるという事もなく、強いて挙げるのなら僅かながら皮膚に少し引き攣ったような違和感を感じるといった所だろうか。
昔、大きな怪我でもしたのかと美沙斗が思っていると、弓華は少しだけ辛そうに続ける。

「もう削り取ってその痕も綺麗になりつつありますけれど、昔はここに一つの刺青がありました」

「刺青……?」

弓華の表情や口調から何か察したのか、美沙斗の口調がやや戸惑ったものになる。
それに気付きながらも弓華は話すことを止めない。

「美沙斗もよく知る龍の刺青です」

「っ!? 弓華、君はまさか……」

「そうです。私は昔、龍に居ました。泊龍という名前の暗殺者、それが私でした」

思わず腰を浮かせた美沙斗であったが、すぐに座り直す。
逆に弓華は殴られる事も覚悟していたのか、逆に呆気に取られたような顔を見せる。
それを見て、今度は美沙斗が頬を緩める。

「こうして警防隊に所属しているという事は、今はもう違うんだろう。
 過去に関してとやかく言う資格は私にはないし、言うつもりもない。
 弓華は弓華だろう。それで良いんじゃないかな」

「ありがとうございます、美沙斗」

「礼を言われる事じゃないさ」

互いに何故か照れくさくなったのか、正面を向いて相手を見ようとしない。
そのまま沈黙が続くかと思われたが、弓華が再び沈黙を破り話し出す。

「だからという訳ではないですけれど、私も少しは美沙斗の気持ち分かります。
 似たような経験をしていますから。任務に失敗した私は司法取引で保護観察処分となりました。
 そのお蔭で侵入目的で入った学校も通う事はできましたけれど、私を友達と呼んでくれる人に黙ったままにはできませんでした。
 蔡雅御剣流の元に保護観察になったんですが、私の友達の一人がその妹さんだったし、実際に刃を交えた事もあって。
 その時に暗殺者としての私を見られたり、巻き込んでしまったりした事もあって思い切って話しました」

ぽつりぽつりと語る弓華の横顔を見詰め、美沙斗はその時どれ程悩んだのかを知る。
確かに弓華の言うようにその時の気持ちが少し分かる。
自分が行ってきた事による後ろめたさや、何よりも拒絶される事の恐怖。
でも、それらを乗り越えて話したという弓華の話の続きが気になり、美沙斗はじっと語られるのを待つ。
やがて、弓華はゆっくりと口を開き、

「それでも、友達は笑ってくれました。
 それで過去がなかった事になるわけではないけれど、とても嬉しかったです。
 あの時、話して良かったと思います。だから、美沙斗も電話するべきだとは言いません。
 皆が皆、その人たちのようだとは思っていませんから。
 でも、相手は美沙斗の娘なんですよね。だったら、きっと大丈夫だと思います」

そう言って笑い掛けてくる弓華に美沙斗はただ一言だけ礼を言う。
その顔は少しだがすっきりしたようになっており、弓華もそれを見て知らず入っていた肩の力を抜く。
後は美沙斗次第だとばかりにうーんと声に出して背伸びをすると時計を見て、そろそろ戻らないといけないとベンチを立つ。
それに習うように美沙斗も立ち上がり、

「弓華は良い友達に会えたんだね」

「はい! だからこそ、今、私はここにいます」

そう言って何処か誇らしげな顔を見せる。
それを見て、美沙斗は更に何かを決意するかのように小さく拳を握るのであった。



 ∬ ∬ ∬



【主様、少し宜しいでしょうか】

不意に話し掛けられた恭也は八景を手入れしていた手を一旦止め、頷くと再び手入れを再開する。
学校からの帰宅後、自室にて何をするかと思えば小太刀の手入れ。
桃子が居れば、盆栽と絡めてからかうか嘆いてくる事だろう。
とは言え、恭也にとってはこれは大事な事である。勿論、盆栽も大事だが比べるなと反論するであろう。
己が命を預ける武器の手入れなのだから、これは怠れる物ではないだから。
尤も桃子もそれは理解しているだろうから、その大部分はからかう事が前提なのだろうが。
慣れた手付きで手入れをしつつ、そんな事を考えながらグラキアフィンが話しだすのを待つ。
何処か拗ねたような感じで声を掛けてきたので気になったが、すぐにいつもの口調で話し掛けてくる。

【やはりドリルはあった方が良いのでしょうか?】

刀身に歪みがないか見ていた恭也の手が危うく刃を滑らせそうになる。
とは言え、ここで慌てて強く握ろうものなら大惨事になり兼ねない所である。
その辺りは恭也も心得ており、上手く刃の腹を挟んでゆっくりと下ろす。

「一体、どうしたんだ?」

【忍嬢がドリルは男の浪漫だと仰っていたではないですか。後、ロケットパンチは夢だと。
 流石に後者は無理ですが、前者なら何とか頑張って……】

「あー、言っていたな。いや、あいつの言う事を真に受けなくても良いから」

今日の昼休み、屋上で昼食を取りながらノエルの妹に関して忍が言っていた事を思い出す。
人にどんな事が出来たら良いかと要望を聞いておきながら、殆ど自らの欲望を口にしていた悪友の姿を。
その時、確かにそのような事を言っていたような気がする。
後は……、思い出した恭也は僅かに顔を赤くする。

【主様? そ、その主様も男性ですし、そういう事に興味があるのも分かります。
 そ、そちらも頑張ってみます】

「違う! 確かに忍が言っていたのを思い出しはしたが、違うからな」

いつになく強い言葉にグラキアフィンも納得し、話を戻す事にする。

【では、ドリルは別になくても良いんですね】

「ああ。形態としては今の小太刀が一番扱い易いから、これ以上の改良はいらない」

【了解しました】

「はぁ、忍の奴め」

今はここに居ない忍に心の中で悪態を付きながら、今頃まだ出来ていない妹の為に必死に主を説得しているであろうノエルの事を思う。
これまた心の中でノエルに声援と励ましの声を掛け、恭也は再び八景の手入れを再開する。
それをじっと眺めるラキアの映像がフワフワと恭也の顔の横に浮かんでいる。

「見ていて楽しいか?」

【そうですね、中々興味深いです。自分で自分の身をメンテナンスする私には誰かの作業を見るというのは新鮮なものです。
 ましてやデバイスではなく、主様の本来扱われる武器のメンテナンスとなれば、覚えておいて損はないかと】

グラキアフィンの言葉に恭也はデバイスもやっぱりメンテナンスが必要だったのかと当たり前の事を今更に思い、
そんな恭也の横顔をじっと期待するような目で見詰めてくるラキアに気付く。

「……あー、もし良かったら小太刀形態時の手入れをしようか」

【宜しいのですか?】

遠慮がちに言いながらもその瞳は嬉しそうに輝いており、恭也は思わず浮かびそうになる苦笑を隠し言う。

「使わせてもらっているんだ、それぐらいは構わないさ。
 だが、同じような手入れの仕方で構わないのか? 悪いがデバイスに関しては何も分からないんだが」

【問題ありません。基本フレームを弄らず、刃部分のメンテナンスをお願いします。
 後、コアもその、磨いていただければ……】

最後は本当に遠慮がちにそう口にするが、恭也にしてみればそちらがグラキアフィンの本体であるので文句などない。
寧ろ磨くだけしか出来ない事をすまないと思いつつ、快く引き受ける。
それを聞いてグラキアフィンは機嫌もよく笑みを浮かべ放しとなる。
恭也としては八景同様に自分の命を預ける相棒である故、そう大した事ではないつもりなのだが、機嫌が良いのなら良いかと考える。
メンテナンスと言っても刀身部分も同じく磨くだけである。
八景のメンテナンスを終え、恭也は新しい布を取り出す。
それに会わせる様にグラキアフィンも映像を消し、小太刀形態へと変化する。
それを手に取り、恭也は丁寧にグラキアフィンを磨いていく。
と、不意に扉がノックされ、

「恭ちゃん、ちょっと良い?」

「返事を聞く前に開けるのならノックの意味はないと思うがな。
 で、何の用だ美由希」

尤もな事を言われてたじろぐも、美由希はめげずに恭也に用件を言おうとし、恭也が手にした小太刀に目をやる。

「あれ、恭ちゃん、そんな小太刀持ってたっけ?」

「最近、手に入れた」

「へ〜、綺麗な刃だね」

恭也の手元を覗き込み、何処かうっとりとした感じで刀身に見入る美由希に思わず苦笑してしまう。
が、このままでは作業を始められないと美由希の用件を問い質す。

「あ、そうだった。頼んであった木刀が届いたみたいで井関さんの所に行くんだけれど、他に何か用件はないかなって」

「そういう事か。そうだな……特にないな」

「分かった。じゃあ、ちょっと行ってくるね」

「ああ、行って来い」

美由希は用件を済ませると恭也の部屋から出て外出するべく玄関へと向かう。
その気配を感じながら、恭也は改めてグラキアフィンを磨き始める。
声が出ている訳ではないが、まるで鼻歌が聞こえんばかりにご機嫌な様子が感じ取れ、つい恭也の作業にも熱が篭る。
事実、自身を主である恭也に磨かれ、グラキアフィンは大層ご機嫌である。
後に、定期的に恭也に磨かれる事となるこの時間は、グラキアフィンのお気に入りの時間となるのであった。





つづく、なの







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