『リリカル恭也&なのはTA』






第15話 「嵐の予兆」






ヨーロッパにある一つの小国。
豊かな自然から生み出される鉱物や農業により生計が成り立っているこの国には、手付かずの森林が今も尚存在している。
その中でも広大な土地を個人で所有する者が居た。
昔からこの国で栄えてきた一族で、貴族だったという血筋を辿れば何処かの王族にさえ連なるとも噂されている。
真偽は不明ながらも広大な土地の所有者だという事は事実で、住まう屋敷もまた立派な物であった。
そんな屋敷の一室にて、屋敷の主は珍しい客を迎えていた。
接客用として作られながらも滅多に使用されることのないその部屋は、
調度品は元より部屋の作りからして重要な客を持て成す為のものだと分かる作りになっており、
窓からは中庭に咲き誇る花園を一望できる。
そんな部屋で恭しく頭を下げるのは初老の男で、その前に座するのは三十代前半といった風体の男であった。
部屋には二人しかおらず、お茶を運んできた給仕の者も追い払っている。
ありきたりとも言える体調を気遣うやり取りを儀式のようにこなし、ようやく本題に入らんと屋敷の主である初老の男が口を開く。

「それで本日はどのようなご用向きで」

正面に座る男の方が主であるかのような態度を取るも、それを気にする者もなく男は前置きもなく唐突に語り出す。

「用など一つしかあるまい」

声は見た目通りに張りのあるものでありながら、そこには荘厳めいた響きさえ感じられ、言い回しも何処か古めかしさを感じる。
が、特にそれを不思議に思うこともなく初老の男は言われた言葉の意味を考えるでもなく理解し、同時に小さく驚愕の声を零す。
慌ててそれを飲み込み、今一度目の前の男へと視線を向けるも冗談などではない事は明らかである。
そもそも目の前の男が冗談を口にするなどとは思ってもおらず、初老の男は知らず浮かんだ額の汗を拭う。

「では、手筈はいつも通りに」

「頼む。とは言え、まだ確証を掴めた訳ではないから、動くのはそれを掴んでからになるだろうがな」

「分かりました。そちらの方もお任せくださいませ。全てはお望みになられるままに運ぶよう取り計らいます」

初老の男の言葉を聞くと、男は静かに立ち上がり扉へと向かい、それを見て慌てたように初老の男も続くように立ち上がる。
見送るために扉を開けるべくやや早足で男を抜こうとして、不意に背後から声が聞こえて足を止める。

「折角のお茶なのに、一口も付けないなんて勿体無いわね」

振り返れば一人の女性が、男が手を付けなかったカップを片手にお茶請けとして出されたクッキーを口にしていた。
その存在に気付いた初老の男は女性に対しても頭を下げ、

「いらしていたのですか。気付きませんで、とんだご無礼を」

「気にしなくても良いわよ。それにしてもこのクッキー美味しいわね」

「さっさと戻るぞ」

初老の男に対する者よりも幾分砕けた調子で女性へと声を掛けるも、女性は未だに腰を下ろしたままお茶を手放そうとしない。
ちらりと背後を振り返って見れば、視線に気付いたのか小さく手を振る。
が、やはり立つ気はないようである。
そんな二人の間に挟まれた形となった初老の男は、先程よりも噴き出してきた汗を拭いながら、女性へと話し掛ける。

「そこまで気に入って頂けたのでしたら、お土産に致しますが」

男の言葉に協力するような事を口にしつつも、女性の反応を何処か窺うように上目遣いでちらちらと見る。
そんな初老の男の態度など気付いているはずなのだが、全く意に返さずに寧ろ嬉しそうな笑みを一つ浮かべるとようやく腰を上げる。

「それじゃあ、すぐにお願いするわ」

言って足音を立てる事もなく初老の男の脇を通り過ぎる。
初老の男も今更その程度では驚かず、再び二人の横を通り過ぎて扉を自ら開けて頭を下げる。
男たちが廊下を出て玄関へと向かう間に使用人を掴まえて急ぎ土産の準備をさせると遅れないようにと後を追うのだった。



 ∬ ∬ ∬



海鳴市の南側に位置する海鳴南商店街。
その一角にある喫茶翠屋の裏側で桃子が一人首を傾げていた。
やや童顔気味の顔は困惑気味でありながら真剣味を帯びており、手には携帯電話が握られている。
本来なら仕事中にその様な事をする桃子ではないし、もししようものならアシスタントコックの松尾も注意するだろう。
が、今回に限っては松尾は何も言わずにキッチンに引っ込んで作業を続けている。
理由は、怪しげな人影が家の前をうろついている。
そんな連絡が翠屋で働く桃子の下へと届いた事による。
その連絡が来たのが今日の午後の事である。
近所の住人が知らせてくれたらしく、警察に連絡するかどうかは悩んだらしい。
もしも桃子の知り合いならと配慮しての事らしいのだが、特徴を聞く限りでは桃子の記憶にはない。
とは言え、これ以上迷惑を掛けるのもどうかと思い、後はこちらで対処すると返答すると桃子はまず家族へとメールを入れる。
家に帰らずに真っ先にここに来るようにと。
なのはに晶や美由希に同じ内容のメールを送り終えると、恭也に聞いた話を伝えるべくメールを打つ。
その最中であるのだが、流石に僅かとはいえ焦っているのか、時折、打った文字を消したりしている。
本来なら家長たる自分が確認するべき事なのだろうが、こういう時はどうしても恭也に頼ってしまう。
また事実、荒事に関して言えば恭也が最も適しているし、逆に高町家では桃子は下から数えた方が早い。
それでも、やはり危険な目に遭って欲しくないと思うのが親心と言うものである。
加えて恭也の性格を考えるとあまり深刻に書き過ぎるのもどうかと思うのだ。
故に送る文面に頭を悩ませつつ、それでも急いでと気ばかりが急いて何度目かの入力ミスをする。
一度落ち着くためにも深呼吸し、結局は聞いた事と変わらない内容を打って送信する。
そうそう日中の住宅街で大事にもならないだろうと気楽に考えようとするも、恭也の顔が浮かびその考えに釘を刺してくる。

「はぁ、家族を大事に思ってくれるのは嬉しいけれど、流石に慎重過ぎるというか。
 お蔭で今回みたいな事があったら、必要以上に緊張しちゃうじゃないの」

ここには居ない恭也に文句を言いつつも、恭也たちのやっている事に関しての危険性を常々、
それこそ士郎からも聞かされていた桃子である。
その辺りに関しては文句を言いながらも理解はしている。寧ろ、この文句は自分を落ち着かせる為のような物である事さえも。
ともあれ、現状で自分の出来る事はもうないだろうと気持ちを切り替え、桃子は仕事へと戻るのであった。



真っ先に帰宅するなのはを翠屋に止め、美由希には手伝いと言って店を手伝ってもらいながら桃子は恭也からの連絡を待っていた。
なのはの相手をしてくれている晶を見ながら、この中で唯一事情を聞いている美由希は店の周囲に注意を払っていた。

「うーん、特に変な気配は感じないけれど。その人の勘違いか、こっちには来ていないだけなのか」

席は八割方埋まっているものの、既に注文された品も全て運び終えた事によって生じたちょっとした手の空いた時間。
美由希は念の為により注意深く周辺の気配を探り、一人そう零す。
どちらにせよ、そろそろ片が付いているだろうと時計を見ようとしてドアベルの音に振り返り、

「いらっしゃいま……」

笑顔で挨拶する途中で、その顔が強張り声が途切れる。
知らず構えようとする身体を何でもないように装い、

「すみませんでした。いらっしゃいませ」

もう一度言い直す。



時間を少し遡り、校門前で集合した恭也と美由希は揃って翠屋へと向かう。
晶からは一足先に向かうと事前にメールが届き、美由希は気にするでもなく今回の召集に付いて何があったのかと考えを巡らせる。
大よそは新製品の味見役か、忙しいときのヘルプかと話すのだが、恭也の顔がいつになく真剣な事に気付く。

「恭ちゃん、もしかして何か聞いているの?」

「ああ。そうだな、お前には教えておいた方が良いかもしれないな」

言って恭也は足を早めながら桃子から来たメールに付いて話す。
それを聞き、美由希も若干顔を真剣なものへと変える。

「でも、それだったら、もっと早く帰ったほうが良かったんじゃ。
 家に誰も居ないと分かったら翠屋に来る可能性だって」

「流石に日中でと考えなくもないが、可能性で言えばなくもないな。
 とは言え、これが送られてきたのは最後の授業の途中だったからな」

流石にそんな緊急の用件だとは思わなかったのである。
だからこそメールを見てすぐに向かおうとしているのである。

「俺はこのまま直接家に向かうから、店の方は頼むぞ」

「うん、分かった」

話しながらも徐々に速度を上げ、別れる頃には既に走り出しかねない勢いの恭也を見送る。
美由希と別れ、恭也は一人家へと向かい、近くまで来ると気配を消す。
鞄を手にしたまま、角から顔だけ出して見れば確かに家の前に誰かが居た。
桃子のメールにあったように暗色系で纏めた上下に両手には荷物を持っている。
その人物は高町家の門前を行ったり来たりを繰り返し、時折、中を覗くように背伸びをしている。
が、どれだけ背伸びしようともそれで中の様子が見えることはなく、すぐに諦めて門へと引き返す。
そして、また門の前を行ったり来たりと繰り返す。
確かに怪しいとも言える挙動を繰り返しているが、その実、その動きのどれにも無駄な部分などなかった。
改めて恭也は警戒心を強くし、ゆっくりと近付いていく。
幸い、その怪しげな人物はこちらに背を向けており気付いては居ない。
油断しなければ何とか取り押さえる事が出来るかもしれない。
そう考えて慎重に歩を進め、後数歩と迫る。後は一気に走り寄り掴まえる。
決断し走り出そうとした瞬間、こちらに気付いたのか偶々か、その人物が振り返り、こちらの意図に気付いたのか咄嗟に後ろへと跳ぶ。
二人同時に身構えそうになり、そこでこれまた同時に動きを止める。

「恭也……?」

「美沙斗さん、ですか?」

改めて目の前に人物を見れば、どうしてもっと早く気付かなかったのかと自問したくなる。
まあ、顔が一切見えていなかったからというのもあるが、よく知った気配であるというのに。
とそこまで思いつき、改めて思い出せば癖なのだろうか、さっきまでの美沙斗は殆ど気配を感じられなかったのだ。
妙に納得しつつ、どうしてここにと尋ねれば、嘗て対峙した際の凛とした雰囲気もなく、しどろもどろに答えてくれる。

「その、久しぶりに休暇が取れて、それで特に行く場所もなくてだね。
 それにこの前、ようやく美由希と電話で話せた際に、その、会いたいと言ってくれて、だから……。
 だ、だけど、いざこうして来てみたは良いけれど、顔を出して良いのか迷って、美由希も社交辞令で言ったかもしれないし……」

言いたい事は何となく分かったが、その喋り方が美沙斗が外見通りに緊張しているのだと確信させてくれる。
会いたいが会い辛く、それで家の前で悩んでいるのをご近所の人に見られたという事だろう。
とりあえず、考えていた最悪の事態ではないようなのでほっと胸を撫で下ろし、

「それなら遠慮しなくても良かったんですよ。美由希だって会いたがってましたから。
 とは言え、美沙斗さん、平日の昼には美由希は学校ですしかーさんは仕事で留守ですよ」

恭也に言われ、初めてその事に気が付いたのか美沙斗は僅かに驚いた顔を見せたかと思うと、顔を赤くして俯いてしまう。
本当に一児の母かとか、裏で恐れられた一流の剣士か、と思うほどに新鮮な様子に知らず頬を緩め、

「でしたら、今から翠屋に行きますか」

「だ、だが、桃子さんにも迷惑だろうし……」

恭也の提案に戸惑いの表情を見せる。
ここは多少強引にいった方が良いかと考え、恭也は美沙斗の荷物を手に取ると玄関を開ける。

「とりあえず、荷物は家に置いて行きましょう」

美由希たちを呼び戻せば良いのだが、恭也の少し悪い癖が顔を見せる。
行き成り連れて行って美由希を驚かせようという思いと、珍しい姿を見せる美沙斗をもう少し見たいという思いから、
恭也はやや強引に事を進めるべく美沙斗の腕を掴み、翠屋へと連れて行くのであった。



驚きつつも言い直した美由希を前に、美沙斗は何と言えば良いのか分からずに俯いてしまう。
その後ろで恭也は期待通りのものが見れて満足するのだが、この後の事を全く考えていなかった事に気付く。
店の入り口で固まってしまう二人。果たして、これは店に居る人たちにどう映るのだろか。

≪主様、お戯れも構いませんがちゃんと考えてから行動した方が宜しいかと思いますよ。
 それでは新たな発明品を作り上げた時の忍嬢と変わりませんよ≫

≪そうだな。今回に関しては甘んじてその言葉を受けよう。しかし、ここまで硬直するとはな。
 店のお客さんたちも奇異の目で見出したし……さて、どうするか≫

≪奇異というよりも好奇心といった視線も感じますが。
 察するに恋人を連れてきた兄にお兄ちゃん大好きな妹が困惑し、それに対して警戒する恋人の図でしょうか≫

≪……本当にお前は何処でそんないらない知識を仕入れてくるんだ。いや、言わなくても何となく察しは付くが。
 と言うか、この状況は少し違わないか? 美沙斗さんは警戒と言うよりも≫

≪そうですね。ならば、恥らうと表現を改めましょうか≫

などと主従で現実逃避をしていると、奥から桃子がやって来てこっそりと恭也を手招きしている。
事情を説明しろと言うことなのだろうと理解し、恭也は後は美由希に任せて奥へと向かう。
慌てて恭也を呼び止めようとする美由希と美沙斗の声が重なり、またしてもお見合いするように顔を見合わせ、言葉もなく見詰め合う。
やがて、おずおずと美由希が美沙斗をカウンター席へと案内し、水やおしぼりなどを取るために一旦離れる。
そんな光景をこっそりと盗み見しながら、恭也は家の前に居たのが美由希の母親である事を伝える。
桃子は既に美沙斗が美由希を預けた本当の理由を士郎から聞いて知っており、詳しくは話していないが、一度敵対した事は伝えてある。
故に二人揃ってじっと二人の様子を眺めていると、ややぎこちないながらも美由希は美沙斗へとお冷とおしぼりを差し出し、
美沙斗の方もぎこちなくはあるが注文を済ませたようである。
オーダーを伝える美由希を手招きし、やや強引にというか、元より今日は人手が足りない訳ではないので仕事を終わらせると、
注文した品に美由希の分を加えて美沙斗の元へと持って行かせる。

「話し込んだりするのは家の方が良いでしょうから、少し休憩したら家に行けば良いわ」

行き成り家に上がるよりも店の方がまだ落ち着くだろうと考え、桃子は美由希を送り出す。
が、そのまま仕事には戻らずに恭也と二人でこっそりと物陰から覗く。
普段なら美沙斗に気付かれるかもしれないそれは、しかし緊張しているからか気付かれる事がなかった。

「しかし、かーさん。さっきの台詞はちょっと違うんじゃないか」

「気にしたら駄目よ。本当なら恭也がお嫁さん候補を家族に紹介してくれるって時に言うつもりだったんだけれどね。
 そっちはいつになるか分からないし、相手によってはもう言う必要ないかもしれないもの」

言って見上げてくる桃子の視線を無視し――ここで下手に反論なりすれば変な矛先が向きかねない――親子のぎこちない様子を見守る。
そんな出歯亀と言われても仕方のないもう一組の親子を呆れたように眺めるのは松尾である。
こちらは見守るなんて選択はなく、二人の肩にポンと手を置くと素晴らしい笑顔を見せる。

「店長、目が回るほど忙しい訳ではないですが、まだ仕事はあるんですよ。
 恭也くんもそこで突っ立ているのなら食器でも洗ってくれると助かるんだけれど?」

「あ、あははは、恭也、桃子さん仕事に戻るわ」

「……二人が食べ終えるまでお手伝いします」

そう言って奥に引っ込む二人を見て松尾は満足げに頷き、それらのやり取りをただ眺めていたなのはと晶は事情が全く分からず、
ただぽかんと事の成り行きを眺めるだけであった。





つづく、なの







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