『リリカル恭也&なのはTA』






第17話 「日常」





月曜日、得てして週の始まりという事もあってか、何処となくだるそうな気配が漂う事もある。
勿論、逆に始まりだからこそ気合を入れてという事もあるだろう。
朝からある体育の授業に前者の気持ちを抱きつつ、休みに会えなかった友達に会える喜びも共に持ち合わせながらなのはは靴を履く。
そんななのはの頭上から声が落ち、同時に手も下りてくる。

「髪がはねているぞ」

手早く手櫛で直してくれる恭也に礼を言い、なのはは元気にいってきますと言うと玄関を潜る。
それに続くように恭也も家を出て、少し慌しい足音と共に美由希がやって来る。

「待って、待ってー」

転びそうになるも何とか堪え、美由希は靴に足を突っ込むと吐きながら玄関を潜ってくる。
なのはから見ても危なっかしい様子でフラフラと身体を揺らし、ぴょんぴょんと片足で跳ねながらも転ばない。
身体同様に左右に大きくおさげが揺れるのを見ながら、なのはは思わず感嘆の声を上げる。
剣を握っている時の美由希を知っているから、これぐらいは大丈夫だろうという思いもあるのだが、
同時に普段の美由希の少しだけ抜けている所を知っているだけにハラハラとした気持ちも抱いており、故にこそ零れたのだろう。
そんななのはの視線に気付き、意味までは読み取れなかったのか、美由希は少しはにかみ爪先をトントンと地面に当てる。
どうやら今回は転ぶような事はなかったみたいで、美由希はきちんと靴を履き終える。
その間に玄関の鍵を締めた恭也が行くかと声を掛け、久しぶりに三人揃っての登校となった。
なのはと同じように美由希もそう感じたのか、門を出てすぐにそれを口にする。

「そうだったか?」

「そうだよ。恭ちゃんと一緒の登校って結構、少ないよ。
 恭ちゃんは普段、ギリギリまで家に居るから。これからは余裕を持って家を出れば?」

「あれで余裕を持って出ている。そもそも早く着いた所でする事などないだろう」

「チャイムの鳴る一、二分前って余裕というのかな?」

そう口にしつつ、美由希としては単に一緒に登校したいが為の言葉だったのだが。
そんな事には全く気付かず、恭也は美由希の問い掛けに答えずに無言で腕を突き出す。
が、美由希は恭也の腕が動くや否やその範囲外へと飛び退く。

「ふふん。人は学習をするんですよ」

「なるほど。ならば、本当に学習しているのか試してみよう。
 今月の初め、飛ぶ斬撃というのを知っているかと聞いたな」

「その手には乗らないよ。背後に今回は電柱もないし、恭ちゃんとの距離は二メートル弱。
 踏み込まれたら逃げるだけのペースも確保。同時に逆の手にも注意しているしね」

美由希の言葉に恭也は少しだけ感心した様子を見せる、かに思えたのだが実際に見せたのは不敵とも言える小さな笑み一つである。
思わず構える美由希だが、そんな事には誤魔化されないと再び落ち着いた様子で恭也を見返す。
恭也はそんな美由希を前にしても腕を突き出したまま、中指を親指で押さえて円を作る。

「では、心して喰らえ」

淡々と告げ、騙されないと笑みすら見せる美由希に向かって中指を解き放つ。
ほぼ同時に美由希が空を仰ぎ、すぐさま額を押さえて涙目で恭也を睨みつけてくる。

「〜〜っ! い、今、何したの恭ちゃん!?」

「遠当てに付いては前に説明したと思ったが?」

「あれって本当だったの!? というか、どうしてそう涼しい顔しているかな。
 御神の技をこんな事に使わないでよ!」

「正直、俺もこんなに上手くいくとは思わなかった。因みに正確に言うのならこれは不破の技だ」

恭也自身も少し驚いた口調で言うのを聞きながら、美由希はそんな細かい事は良いと瞳を輝かせて恭也に近付く。

「恭ちゃん、私にも教えてよ」

「教えるのは構わないが、大して意味はないぞ。今程度の事でも相当、時間が掛かるからな。
 こんなのでは実戦ではまず使えない」

「それでも良いから。……って、もしかして、これって母さんに?」

確かに前は使っていなかったはずだったのを思い出して聞いてみれば、正解だと返って来る。

「美沙斗さんは技は知っていても使えないらしいがな。前にあの時の事を話したら教えてくれた」

へー、と感心する美由希であったがすぐに恭也に教えてくれとねだる。
恭也も特に問題ないかとあっさりとやり方を説明する。

「まず相手の視線を一転に集中させる」

言って右手を前へと伸ばし、美由希もそれに倣って右腕を前に突き出す。
続けてデコピンをするように形を作り、

「お前のように左手にも注意する奴が居るだろうから、出来る限り左手は自然な状態を保つ。
 因みに、初めに左手は握っておくと更に良い」

言われた通りに左手の拳を握る。それを見て恭也は頷くと次の工程を説明する。

「で、事前に左手の中に隠し持っていた小さな破片を親指で上へと打ち出し、それを右手の中指で弾く!」

言って恭也の左手から本当に小さな何かの破片が勢い良く打ち出され、それが右手の位置に来た時に中指を解き放つ。
破片は進路を変えて前方へと打ち出される。

「左手を殆ど動かさずに打ち出すのが難しいが、これは慣れれば問題ない。時間が掛かる最たる理由は……。
 打ち出す軌道がちゃんと右手の前方、中指を伸ばしきるよりも内側、伸ばした際に第二間接よりも外側という小さな範囲に……」

「って、何それ! また詐欺じゃない!」

「失礼な。ちゃんとした技だぞ。指弾という技をそのまま用いずに話術で巧妙に別の物だと思い込ませる」

「うぅぅ」

小さく唸り声を上げる美由希の目の前に左手を持ち上げ、握っていた拳を開く。
するとそこからパラパラと小さな破片が幾つか落ちる。

「今回は消しゴムだったが、これが鉄片などならそれなりにダメージを与えられる。因みに技名は特にないそうだ。
 ああ、もう一つ付け加えると、美沙斗さんが使えない理由は至極単純で、話術が苦手なんだそうだ」

恭也の駄目押しの言葉にがっくりと肩を落とす美由希。
それでも指弾は使えるかもと考える辺り、こちらも剣術に関しては相当である。
二人のやり取りを呆然と見ていたなのはは、指を弾く練習を始めた姉に苦笑をしつつ、恭也を少しだけ睨む。

≪お兄ちゃん、さっきの説明嘘でしょう≫

≪ほう、どうしてそう思う?≫

≪幾ら小さくても集中していたお姉ちゃんが見逃すとは思えないもん≫

≪それさえも欺くからこそ技と呼ばれるんだ≫

≪あと、最初のはごく僅かだけれど魔力を感知したってレイジングハートが≫

なのはの言葉に恭也は表面上は変わらずに見えるものの、内心では感心する。
それを感じ取ったのか、なのはは勝ち誇ったような笑みを見せて更に続ける。

≪あれって魔法なの?≫

≪違う。元々、昔に不破には本当に存在したれっきとした技だ。
 ただし、本当に衝撃を飛ばすには高速で物体を振り抜き眼前の空間に真空を作り上げるか、気を使う必要がある≫

≪……うん、どっちにしろお兄ちゃんもお兄ちゃんのご先祖さまも人という種に対する挑戦というか冒涜だよね≫

酷い言われように顔を顰め、言い訳ではないが恭也は反論する。

≪昔は気とかは不思議でも何でもなかったらしいぞ。そもそも今でも剣を使う者の中には剣気というものを発する人も居るからな。
 これに関しては美沙斗さんは勿論、俺や美由希でさえある程度は操れる。尤も相手を威嚇する程度のものだが≫

言い換えるのなら、それは殺気や攻撃する意志といった物らしい。
それらをより強く明確にして相手にぶつける事で威圧したりできるらしい。尤も相手との力量に差がある事が前提である。
これに関してはなのはも特に何も言わない。実際、数ヶ月前に経験した事柄からそういったものを感じ取った事があるからである。
それよりも話を逸らされているとなのはは戻す事を要求する。
それに誤魔化せなかったかと思いつつ、恭也は仕方ないと説明してやる。

≪難しい話ではない。気を自在に操れないから代わりにラキアに頼んで魔力で代用しただけの話だ≫

伝えられた御神の技術を魔力を動力にして使っただけ。
そう言うのだが、なのはにしてみれば気が扱えればそれが出来るという事で驚くには充分であった。
何となく空を見上げたくなり、遠い目で空を仰ぐ。
そんななのはへと恭也は美由希には言うなよと釘を刺す。
美沙斗との再会で鍛錬メニューに若干手を加え、今現在は新たな身体作りの最中なのだ。
ここで変な事を教える訳にもいかない。
もしもの話しだが、いずれ気を扱えるようになったのなら、その時に教えれば良いだろうと恭也は考えている。
故にこそ口止めをするのであった。詳しい理由は言われなくとも、なのはは鍛錬の事なら口を出すつもりはない。
確かに悪戯好きな兄ではあるが、鍛錬にまで持ち込まないのはよく知っているし、何か考えがあるのだろうぐらいは分かる。
恭也が嘘の説明をしてまで美由希に言わなかったのだ。だからこそ、なのはも詳しい説明はなくとも頷き約束するのである。

≪ああ、因みに後で美由希に教えた敵を欺き指弾を用いて倒すというのもちゃんと存在する技だから≫

≪お兄ちゃんの真顔で嘘を吐く所なんかは、その修行の成果なんだね≫

齎された恭也からの言葉に、思わず皮肉の一つも口にしてしまうなのはであった。
その後は特に問題もないまま、なのはがからかわれ、美由希が庇い、今度は美由希がからかわれ、なのはが恭也を注意する。
逆に二人して恭也をやり込めたりと、本当に普通の会話をしながらバス亭へとやって来る。
美由希をからかうのに少し時間を取られたのか、余裕であったはずだがバスが到着するのと殆ど同時に辿り着く。
恭也と美由希にもう一度いってきますと口にしてバスに乗ると、既に後方に陣取っていたアリサたちの元へと向かう。
互いに挨拶を交わして座れば、アリサは不機嫌な様子である。

「どうしたの、アリサちゃん」

「別に大した事じゃないわよ」

すぐに戻るから心配するなと口にするアリサを不思議に思いつつ、事情を知っていそうな、こちらはご機嫌な様子のすずかに顔を向ける。

「うーん、言っても良いのかな」

人差し指を立てて口元に当て首を傾げるすずかに対し、アリサは何も言わない所を見ると構わないのだろうと判断する。

「アリサちゃんのお父さん、今日から暫く海外に出張なんだって」

「あー、それで不機嫌なんだ」

「違うわよ!」

納得し掛けたなのはであったが、即座にアリサ本人に否定される。
否定したアリサはすずかを恨めしそうに見た後、続いてなのはを見る。

「なのは〜、なのはは知っていた? 昨日、すずかが何処で何をしていたのか」

「昨日? 確か昨日はお兄ちゃんと忍さんたちとお出掛けするって聞いていたけれど」

言った所で隣のすずかを押し退けるようにして伸びてきた両手に肩を掴まれる。

「えっと、アリサちゃん?」

「そう、なのはも知っていたのね」

恨めしげに見られ、なのはもようやくアリサが不機嫌な理由を知る。
とは言われても、前から約束していたと言っていたし、どうしようもないではないか。
困惑気味にすずかに助けを求めてそちらを見れば、すずかも困ったような苦笑を見せている。

「ほら、アリサちゃん落ち着いて。
 なのはちゃんも困っているよ、それに私もちょっときついし」

すずかの言う事も尤もで、アリサの両腕が前を通り、座席に押し付けられる形となっているのである。
アリサもすぐになのはの肩を解放すると大きな溜め息を見せる。

「もう、拗ねないの。それに私ちゃんと前日に連絡したじゃない。
 お姉ちゃんも別に構わないって言ったから、明日、暇かどうかって。
 でも、アリサちゃんが用事があるからって言ったんだよ」

「ええ、言ったわ、確かに言いました。
 パパが出張に行く前に何とか休みを取ったからって言うから、ママと三人でお出掛けしたわよ。
 でも、あの時に恭也と出掛けると言ってくれたら」

「あ、あははは、でもお父さんとは久しぶりのお出掛けだったんでしょう。お兄ちゃんならいつでも空いているし……」

「う〜。パパとは夏休みに出掛けているもの」

言いつつもなのはの言葉に半分ぐらい納得する。とは言え、簡単に誘えるかと言われれば難しい所なのだ。
ともあれ、アリサは首を振り、頬をパンパンと叩くと宣言通りに気分を入れ替える。

「まあ過ぎた事をうだうだ悩んでも仕方ないしね。それにしても、なのはも昨日は一緒じゃなかったのね」

「うん。私はお姉ちゃんや美沙斗さんと一緒にお出掛けしてたから」

美沙斗という名に付いてはアリサも聞いている。美由希の本当の母親という程度だが。

「そう言えば、今日また仕事に戻られるんだったかしら」

「うん。朝早く出発したよ」

学校帰りに一度会った事があり、その時は軽く挨拶した程度だったけれど物腰の柔らかい上品な人だったと思い返す。

「確かに顔立ちは似ているけれど、仕草とかは美由希さんと違う印象だったわね」

美由希のドジな部分を多く見ているだけに思わずそんな言葉が口を付いて出てくるアリサを嗜めながらも、すずかもまた否定はしない。
思わず笑ってしまいそうになるのを堪え、なのはは話題を変えようとする。

「お兄ちゃんとは一昨日にお出掛けしたしね」

が、変える話題を間違えたと気付いたのは再びアリサに肩を掴まれた時である。

「私、なのはに連絡受けたかしら?」

「あ、あははは……。えっと、突然出掛ける事になったし、美沙斗さんやお姉ちゃん、晶ちゃんも一緒だったから……」

尻すぼみになりつつも説明するなのはに対し、アリサはあっさりと解放する。

「冗談よ。本気で引かないでよ」

流石のアリサもそこまで理不尽な事を言ったりはしない。
なのはもそれは分かっていて敢えてやったのだが、アリサの迫力に思わず本当にびっくりしてしまったのである。
何はともあれ、今日もまた平穏な一日が始まる。





つづく、なの







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